第1話 ■■■■■■■、■■■――■■■■■■
「ふむふむへえ~、なるほどぉ~……そうなっちゃんだあ、そうやって利用されちゃうんだ、お兄ちゃんのやったことって」
「え~なんでそんなめんどくさいことするんですかあ~……? そっちの方が面白いから? なるほど、アナタらしい理由ですねえ……確かに、面白いかもですねー。アタシ的に、そーゆーのよりもっとシンプルなのが好きですけどぉー」
「ん? あ~、あっちの方のことですか? さて、どうですかねー。あっちはあっちで楽しいですよねー。アタシ好みですねー、血の量とか特に!」
「関わってる《騎士団》の面子ですかー? まあヴァシリーおじさまは当然としてー、ビクターさんも関わってるみたいですし……あっちゃ~、ミーシャお姉様まで。もうぐっちゃぐちゃだこれ、楽しいことになっちゃうかも? これお兄ちゃん、お外にいたら混ざりたかっただろうなあ。ま、あそこの特性的にそりゃそっか。アハハ、あーウケるマジで、きひひ……」
「まー、でも今はこっちですよねー、とりあえず。こっちでの動き次第で、いろいろと本番の感じも変わってきそうですしー? 実際、笑えましたもんねー、《狂愛譚》。もう最後なんて傑作でしたよ。特にお兄ちゃんがボコられるとことか笑 素敵な■■でしたね、■■に追加したくなりましたぁー?」
「おっとぉー、なにやら動きが……。ふむふむ……わー、せっかちさん。そんなことしちゃうんだ。まあいいですけどねー、そっちはアタシの管轄外ですしぃ~」
「最終的にどういう形になるかですよねー。みんないろいろやりたいみたいですもんねー。……え、アタシですかあ? うーん……そうだなあぁ~」
「まだ考え中なんですけどぉー……やっぱりぃ~……《■■■》の彼ですよねー。斬夜破破! もー、想像したら濡れちゃった♡」
「もちろん、いろいろ終わった後ですよ? お兄ちゃんじゃないですし、早漏かまさないですって。え、理由ですか? やだなあ……そんなの決まってるじゃないですかぁ」
「だってぇ……彼を×したら――――、」
◇
キララと共に、ライカ達のもとへ向かっていた時だった。
ジンヤの端末に連絡が入った。
相手は、蒼天院セイハだった。
彼の言葉に、ジンヤは目を剥いた。
『――――刃堂、今すぐに屍蝋を連れてこちらへ向かってくれ』
◇
『久しぶりだな――――黒宮トキヤ』
『手短に、という要望に応えようか……今からお前達《主人公》――いや、《共鳴者》に、この世界に隠された秘密をいくつか伝えてやろう』
初対面のはずなのに、知っている男。
あるはずのない記憶。
原因不明の痛みが走った頭を抱えながら、トキヤはその男に問う。
「テメェ……なにをしやがった?」
男は余裕に満ちた笑みのまま言う。
「何も。ただ、貴様とオレが出会った。だが、それはきっかけに過ぎん。それがなくとも、いずれ貴様はそこに至っていたよ」
男の口調が、僅かに変化を見せた。
硬質さを増したように思えるそれは、なぜだかトキヤにとってそれ以前のものよりも、正しいような――そんな感覚がした。
会ったこともないはずの男の口調の、些細な変化などわかるはずがないというのに。
刃のように鋭く輝く銀色の長髪を、後ろで結い上げた白皙の美丈夫。
人間離れしていると、そう感じるほどに整った造形の男だった。
こんな男、会っていれば忘れるはずがないと、トキヤは再度痛感した。
しかし、彼への違和感は消えなかった。
「かけるといい。手短にとは言ったが、立ち話で済ますような内容でもない」
男がそう促すも、トキヤは警戒し、相手を睨みつけたままだ。
「…………そちらの男の魂装者を、オレに突き刺しでもしたままで構わんぞ? それで安心して話ができるというならな」
ここに居合わせる、トキヤと共に来たもう一人の者――夜天セイバ。彼の右手が、腰に差した刀にかけられており、そこへ視線をやりながら、男は異様なことを平然と言ってのける。
セイバの刀は魂装者だった。彼の能力は、《能力無効化》。確かに、彼の刀を突き刺せば、相手は能力を使うことができない。
それ以前に、ごく当たり前のこととして、刀が突き刺さっている人間はまともに反撃できるはずもない――そんな冗談めいたことでも、男の冷然とした声で言われると、真剣味が宿っているように思える。
この男は、ここで本当に刀を突き刺したとしても、なんの問題もなく話を続けるように見える。
「……アホか。そんなスプラッタな趣味ねえよ。……セイバ、一応警戒はしといてくれ」
「言われずとも。気を抜ける相手には見えないな」
そう言ってやっと、二人は男の対面に腰掛けた。
男の力は未知数だ。
だが、どんな能力だろうが、セイバの無効化を前にすれば全て同様に意味をなさない。
そうなると警戒すべきは、魔力を用いない攻撃だが、相手は武装していない。テーブルの上には、コーヒーが入ったカップのみ。
もしもアクション映画よろしくその場にあるもので攻撃してきたとしても、こちらは魔力で防御するだけで全て対処できる。
ひとまず安全と断言していいはずなのに、男が纏う底知れなさが、それを許さなかった。
「えーと……なにか頼みましょうか?」
男の横に座るユウヒが、惚けたことを言い出した。
「……いらねえ。さっさと話せよ」
「……そうですか」
おいしいんですけどね、ここの珈琲……と彼にしては気の抜けた呟きが、沈黙に溶けていく。
「――で、テメェはなんだ? さっきオレに何が起きた?」
「オレとの出会いをトリガーに、並行世界におけるお前の魂と、この世界におけるお前の魂が《共鳴》し、お前の魂に、別世界での記憶が混じったのだろう」
「…………、…………わかるように言え」
「……」
「……おい、正気かよこいつみたいな顔すんじゃねえよ、ユウヒもテメェ、ダメだこいつみてえな顔して肩すくめてんじゃねえ!」
「……すまん」と、口にしたのは同行者のセイバだった。
「なんでお前が謝るんだよ!」
たまらず言葉を漏らしたセイバに、トキヤが怒りを露わにする。
「……まず、なんだよ並行世界って。あるわけねーだろそんなもん」
「《異能》をその身に宿しておいて、何を今更」
「はぁ? お前馬鹿か? 《神域事象》も知らねーのか?」
《神域事象》。
この世界にいつから《異能》というものがあったのか。
それは未だ明らかになっていないが、しかし、世間が《異能》というものを認識した瞬間は、決定的なある事件が起きてからだ。
常識ではあり得ない力。
既存の物理法則では説明がつかない事象。
しかし、その力によって、これまで人間が想像し得ることができながら、未だ実現できていなかった全てを成し得たわけではなかった。
例えば、並行世界間の移動。
例えば、時間旅行。
例えば、幻想生物の創造。
《異能》があったのだ。ならば、それらも確かにあるはずだと、誰もが考えた。
が、いつしかそれは不可能なのだとわかった。
人は超常の力を手にしながら、未だ届かない領域がある。
そういった想像上にしかない、机上の空論である、実現不可能事象を。
この世界の人類の限界を。
《神域事象》と呼ぶ。
そしてこれは、異能者が《騎士》と呼ばれる以前から異能を扱っていた者たち――魔術師達も当然把握していた。
異能者の数が増え、世界は様変わりしようが、《神域》が侵されることはなかった――と、されている。
「お前の常識を破り捨てようか」
「……ああ?」
「その《神域》に足を踏み入れる者――それがお前達……いいや、オレ達――《主人公》だ」
「…………つまりなんだ、並行世界ってのは……実在すんのか」
「ああ、世界の可能性というのは、そこまで矮小なものではない。
ここでお前とオレがこうして話している世界もあれば、殺し合いを繰り広げている世界もある。そして、それらは無数に存在している。ここより未来の世界もあれば、過去の世界もある、時間軸に囚われず、無数にな。今この瞬間、お前がコーヒーでも飲んでいる世界もあれば、オレがお前を殺している世界もあり得るということだ」
並行世界。
無数の可能性。
男の言葉を噛み砕く仮定で、彼が出した例え話――殺し合い。
目の前の男のことなど、なにも知らないはずなのに。
それなのに。
なぜだかそれは、とてもしっくりきた。それが自然、それがあるべき姿のような、こうして話をしているよりも、刃を交えているほうが当然というような――そんな感覚。
先刻の頭に起きたノイズ――いや、フラッシュバックというのが正確か。
いつかどこかで起きたというその記憶の連続、知らないはずの光景。
そこでトキヤは、この男と戦っていた。
では、なぜ――?
思い出そうとすると、恐怖がせり上がってくる。
決して、それだけは思い出してはいけない――そんな恐怖が、絶望が、湧き上がってくる。
それはまるで■■■■の、■のような……。
訳の分からない感覚だった。
「《主人公》――いや、《共鳴者》は、他世界に存在する自身の魂と共鳴する者だ。先刻も言ったが、時間軸は関係ない。今よりも幼いお前もいれば、遥かに年老いたお前もいる。どの世界と共鳴したかは知らんが、《今この瞬間に起きたこと》ではない可能性が高い。なにを見ようが、今は気にしないことを勧めよう」
「んなこと言われてもな……」
自分でも、何を見たか正確に把握できていない。
そしてだからこそ、気にするなというのは無理な話だ。しかし、曖昧な記憶には言い知れぬ恐怖が付きまとっている以上、考えるのを本能的に拒否してしまうのも事実だ。
「言われたところで動揺は消えんか。まあいい、多少混乱してでも今伝えておきたかったのでな。
さて――……《主人公》がなぜ《共鳴者》となるのかだが……、」
「ちょっと待て」
「…………なんだ?」
「れぞなんちゃらの前に……主人公ってなんだ? 確かにオレぁ主人公だが。あの赤いのじゃねえ、オレが主人公だ。……で、お前なんで大真面目に《主人公》がどうとか言ってんだ?」
「――輝竜。黒宮は《英雄係数》については?」
「知らないですね」
「……、」
レヒトが突然無言になり、シームレスに冷めたコーヒーへ手を伸ばした。
「おい、なんか知らねえけど呆れてんだろ」
「……しかたないでしょうね。アクセス権限ランクA~AAの事象ですし……」
ユウヒの言葉に、トキヤは眉を潜めた。
「……ランクAAつったら、《八部衆》クラスじゃねえか。なんでそんなことお前が……」
「これはあまり大きな声では言えませんが、ボクは過去にライキさんにいろいろと教えてもらっていまして」
「刃堂ライキか。そりゃ、《八部衆》クラスなら知ってるだろうが……っつーかそれ大丈夫なのか?」
「……ですから、大きな声では言えないと」
「なんでもいいからさっさと教えろよ」
「ええ、もちろん」
ユウヒの口から《英雄係数》について語られる。
この世界に存在する、《主人公》という概念。
言うならば、それはどれだけ《主人公》であるかという数値。
行動や才能によって変化する数値が、基準値を満たした者を《主人公》と呼ぶ。
《神域》として、ありえないと否定されることすらない、まだ世界の多くの人間が存在すら知らない法則を聞いて、トキヤは――。
「ほーん……ま、当然オレは《主人公》に決まってるわな。なんだよ、当たり前のこと大げさに言いやがって」
「お前……すごいな」
トキヤの不遜な態度に、セイバが素直に感心したというような顔で呟いた。
「《神域事象》に踏み入るようなことになってんだ。今更だろ」
「……そうかもしれんが」
トキヤの反応を見て、ユウヒはあることを思い出していた。
『…………なるほど、確かに僕は《主人公》ではないね』
ここまで違う反応を見せるものなのか。
この場合、《係数》以前に、人格の問題がありそうだが。
「《共鳴者》となる条件は、まず《主人公》であること。それをお前達は既に満たしていた。そして次の条件。これはいくつかあるが、お前の例で言えば先刻起きた通り、他世界で関係がある者――つまり、オレと接触したことだ。運良く《共鳴》が起きてくれたおかげで、説明に実感が伴うであろうことは僥倖だったな。……しかし、以前にも感じたことがあるのではないか? お前は既に、オレ以外にも他世界で関係があった者と接触している」
「…………フユヒメや、エコか……」
彼の幼馴染であり、ライバルである少女――雪白フユヒメ。
そして、必ず守ると誓っている妹であり、魂装者でもある少女――黒宮エコ。
「《係数》が足りてなければ《共鳴》は起きない。そして、《係数》が低い内は、起きたとしても、夢のように曖昧なまま消えていく。他世界での《因果》も関係する。このように条件が複雑な以上、自力で《共鳴者》であることを自覚するケースは稀だ」
確かにこれまでも兆候はあった。
特に、二年前の大会の決勝。あの時、フユヒメと戦うことが、まるで遥か以前より決まっていたかのような、こうなる以外ありえないというような――そんな感覚があった。
「………………で、結局、お前はそれをオレ達に教えて、なにがしてえんだ?」
「ああ、やっとその話ができるな」
お前が馬鹿だからここにたどり着くのが遅くなった――という意味合いをひしひしと感じる言い回しだった。
「目下、このことが関係する事態に直面するのは黒宮よりまず夜天だ」
「……ああ? オレじゃねえのかよ」
「……どういうことだ?」
「灼堂ルミア。彼女にこのことを伝えておくと良い。でなければ――確実に次の試合で敗退することになるぞ」
「……ルミアの対戦相手と、ルミアが他世界で関係があった、ってことか」
セイバは即座にレヒトの言葉を受け、彼の言わんとすることを察した。
「どこかの誰かよりも理解が早くて助かるな。そういうことだ、その忠告をしておきたかったのが一つだ」
おいコラそれ誰だよあァ? と立ち上がるトキヤを、セイバは無理やり座らせつつ、疑問を投げかける。
「…………どうしてお前が、そんなことを知っている? 《共鳴》とやらが『自身の並行世界の魂』と起きるのならば、自身のこと以外は知りようがないだろう」
「さて……そこまで教えてやる義理はないな。こちらも開示できる情報には制限がある」
「ランクAAの情報を教えておいて、まだ先があるということか……」
セイバもまた、レヒトへ底知れぬものを感じた。
「そういうことだ。……そうだな。オレに勝ちでもすれば、その先を教えてもいいが」
「……下らないな。俺と戦いたかったらお前が上がってこい。決勝でなら相手をしても構わない」
「ああ、ではそれで。全てを知りたければ、勝ち上がれ」
――話は終わりか? とセイバが問う。
――お前に今すべき話は全て、とレヒトが頷く。
するとセイバは、トキヤを置いて早々に立ち去ってしまった。これ以上情報を伝えることはできないとレヒトが言った以上、もう得るものはないと判断したのだろう。
「あいつ、オレのこと置いていきやがった……どんだけ薄情なんだ」
「……心配になったんじゃないですか」
「あー……かもな」
恐らくルミアのところへ向かったのだろう。
トキヤのように表面に出さないだけで、セイバも十分に動揺していた。
「……んで? セイバへの話は終わりつってたけど、オレにはまだなんかあんのか?」
「――――最後に、一つ」
そこでレヒトは、一度言葉を区切る。
明確に線引をするように。
ここが境界だと。
ここを超えれば、決定的に黒宮トキヤとレヒト・ヴェルナーの関係性は変化する。
静寂が落ちる、そして。
「――――オレは、貴様と戦いたい。だから、貴様が上がってこい、黒宮トキヤ」
そうして、彼はその願いを口にした。
「……はっ、上等。セイバじゃねえが、テメェが上がってこいよ。言われなくてもオレは優勝すんだよ」
「……ふ、それでこそ」
「それにな、オレもテメェと手ずからぶちのめしたいと思ってたんだ。あー、別に他の世界がどうとかじゃねえぞ」
「では、何故に?」
「テメェ、偉そうでムカつくんだよ。なに知ってんだか知らねえけど、その態度が鼻につく」
その言葉を皮切りに、トキヤは矢継ぎ早に怒気に満ちた声を発していく。
「いいか? オレが主人公だ。テメェが言う大層な『れぞなんちゃら』のことじゃねえ、そのままの意味だ。英雄係数? 並行世界? 知らねえよ、そんなもん関係ねえ、これはオレの想いで、オレの願いで、オレがすべきことで、だからごちゃごちゃわけわかんねー法則だのなんだのの出る幕はねえんだよ」
小難し話など全て後回し。
なにを言われようが、トキヤがこの大会へ抱いた最初の想いは、少しもブレない。
「く、ふふ、はははは……っ! ああ、そうだな、その通りだ。そういう貴様だから、オレは……ッ!」
睨み合う二人。
まるで遥か以前から決まっていたようで――――しかし、それはたった今結ばれた、強固な《因果》だった。
まるで正反対の二人の思考が、ここに一致した。
◇
その後、トキヤが去って、再びレヒトとユウヒだけが残された。
結局のところ、ややこしい話を長々としたが、レヒトがしたかったことは――、
「あなたは……ただ、彼に喧嘩が売りたかっただけですか」
「そうなるな」
「意外ですね、戦いを楽しむタイプには見えませんが……」
「ああ、本来ならばな。オレの動機は、もっと暗く、陰惨なものだ。例えば、敬愛する師を奪われた復讐や、大切な者達を脅かす侵略者への憎悪……そういったものだな」
「では、なぜ?」
「お前にもあるだろう、譲れぬ《因果》が」
「ええ、勿論」
「今のオレは、いつかどこかのオレとは異なる。そして、今この状況……表の世界の、奇異な戦いが連なる、この街で、ヤツと相見えた――――それでどうして我慢できるというのだ?」
「なるほど、よくわかりました……それなら」
「……ああ」
Dブロック第一試合 レヒト・ヴェルナー対翠竜寺ランザ
Dブロック第四試合 輝竜ユウヒ対絡繰リラク
二人が一回戦、二回戦と勝ち進めば、Dブロックの代表を決める三回戦でぶつかることになる。
「――――ボクの《因果》は、誰にも譲れません」
「オレの《因果》も同様だ。そして、お前との戦いも楽しみにしているぞ」
そう言って、二人は不敵な笑みをぶつけ合った。
◇
店を後にしたユウヒは、ある人物に連絡を取る。
「……レヒトとの接触が終わりました。意外な程あっさりしてましたよ。アーダルベルトの直属のはずなのに、大して彼に忠誠心も見せていませんでしたし……推測ですが、そもそもヤツはあまり部下に忠誠を求めるタイプではないでしょうね」
『今更だな。当然だろう。自身を殺させるために人を育てるような男だぞ』
電話の相手は赫世アグニ。
アグニがまさに、『殺させるために育てられている者』だろう。
やはりアーダルベルトは狂っている――というのはユウヒとアグニが同時に思ったことだ。
『――――使えそうか?』
レヒトがユウヒに接触してきたのは、トキヤ達に繋いでもらうためだ。
《ガーディアン》に協力しながら、《使徒》でもあるユウヒは、重宝される立場にある。
レヒトとしては、同じ《終末赫世騎士団》という大きな枠の一員であるつもりなのだろうが、
《使徒》は虎視眈々と、《騎士団》を――アーダルベルトを討つ準備を整えている。
「もう少し見極めたいですね。戦力としては申し分ないと思います」
アグニがアンナを手元に引き入れようとしていたのも、彼女を確保することが、目的のために役立つからだ。
表世界の学生騎士達が、ただひたすらに大会の頂点を目指しているその裏で。
着実に、その先を見据えた者達が動いている。
◇
『――――刃堂、今すぐに屍蝋を連れてこちらへ向かってくれ』
蒼天院セイハからの突然の連絡。彼が焦りを見せる事態は、異常だと即座に判断したジンヤは、アンナと合流すると、すぐに指定された場所に向かった。
そこは、騎装都市内にある《ガーディアン》本部。蒼天学園付近の建物で、ジンヤ達がいた競技場がある中央エリアからそう遠い場所ではなかった。
真っ白な、空高く聳える威容。正義、清廉、そういった単語を呼び起こす純白の建物は、今のジンヤやアンナにとって、とても恐ろしいものに見えた。
だって二人は、正義に背いた。
自分達の願いのために、《ガーディアン》と敵対した。
今でも、セイハ達と戦ったという事実を思い出すと、背筋が凍る。
「……刃堂、急な呼び出しですまない。既に上には叢雲さんも来ている。歩きながら、概要を説明しよう。気をつけてくれ――……場合によっては、お前達にとって最悪の事態にもなり得る」
そしてセイハの口から語られる、緊急の呼び出しの理由。
上層へ、目的のフロアへたどり着いてしまう。
それを聞き終えたジンヤは、彼らが向かうべき部屋の前へ。
セイハは先に入室している。合図の後に、ジンヤ達も入室する手はずになっていた。
目の前の扉の奥から冷気が漏れ出しているのではないかと錯覚する。
この先は、自身が知らない領域だ。
今ここではまだ、直面してもなにもできない、遥か高みの魔人達の住まう場所。
この先にいるのは――――
《救星神装守護騎士団》日本支部最高戦力。
《護国天竜八部衆》。
《ガーディアン》というのは、《キャバルリック・ガーディアンズ》の通称。
それは、世界を救うための組織。
世界最高の騎士達を集め、《焚書侵略異界体》――通称、《騎士団》と戦うための組織だ。
そして主に、都市内では、《ガーディアン》日本支部騎装都市管区を意味している。
つまり、ジンヤ達がこれまで口にしていた《ガーディアン》というのは、蒼天院セイハを頂点とする、《騎装都市》内の治安を守る組織のことを示していた。
しかし、この先にいる者達は――――世界を守るために戦う者達。
この国で最強の騎士達だ。
横にいるアンナの手が、震えていた。
「…………大丈夫、大丈夫、だから……」
声が震えた。
ジンヤの手先だって、震えていた。
それでも、震えた手で、同じように震える手を包み込む。
アンナもここへ呼び出された以上、彼女についての何らかの追及だろう。
彼女は罪人。
大勢を殺した。
刃堂ライキを殺した。
それが罪桐ユウの仕業だとしても、そこをどこまで斟酌されるかなど、相手の都合次第。
もし、アンナが処罰されるとして、それが認められないものだとしたら――――。
世界を敵に回してでも、守ると誓った。
それなのに、この震えはなんだ――?
この扉の先にいるのは、世界どころかたった一つの国の者達だ。
…………しかしそれは、簡単に言ってしまえば、叢雲オロチ級の人間が、八人いるということ。
世界という曖昧なものよりも、ずっと実感が伴う恐怖として、強大な壁として、ジンヤの心を蝕んでいく。
扉が開く。
セイハが入室を促してくる。
足を踏み入れると――――、
「遅ッせェンだよボケッッッッッ、ぶち殺されてえかよ鈍間ァッ!」
突然、椅子が蹴り飛ばされて飛来してくる。
豪速で進む椅子の軌道が、アンナの顔面を捉えていた。
ジンヤはほとんど反射で《疑似神経加速》を発動。
椅子を片手でつかみ取る。
蛮行の犯人は、ジンヤとアンナを睨みつけていた。
金髪の女性だった。
真っ白な軍服の胸元を大きく開けて着崩して、タバコを咥えている。
「……遅れて、申し訳ありません」
訳もわからないまま、突然連れてこられて、遅刻もなにもないが、それでもこちらの立場が下だ。
静かに椅子を降ろし、彼女のもとへ返して頭を下げた。
「……ナメてんじゃねえぞ犯罪者」
「……オイ、ガライヤ……、ブッ飛ばされてえか?」
金髪の女性へ、怒気――いや殺意すら満ちた言葉を突きつけたのは、ジンヤもよく知る相手。
叢雲オロチだった。
いつも通りの甚兵衛姿、萌黄色の長髪をポニーテールにしている。
その姿に、少しばかり安心したのも束の間、これまでにない程冷たい表情のオロチに戦慄する。
自身よりも圧倒的に上位な者達の睨み合い。
その重圧に、押しつぶされそうになる。
「ハッ、いいぜ別に? めんどくせえんだよ、ごちゃごちゃくっちゃべんのなんざ。なぁ、オロチィ……ここで決着つけちまうか? ウチが勝ったら、そのクソガキぶち殺していいよなァ?」
「……上等だよテメェ」
「――――ダッセェなァ、もっといい喧嘩のやり方があんだろうがよォ」
二人の睨み合いを見ながら、苛立たしげに声を上げる男が一人。
短めの金髪に、黒のメッシュがイナズマ型に入れられている。右耳には金色のリングピアス。鋭い目つきに、牙のような歯を剥く凶悪な笑み。
《八部衆》だけの特別な軍服を大胆に着崩している男の横には、きっちりと軍服を着ている少女が。
「ガキの前でみっともねえ、大人のやることかよ。ま、オロチは事情が事情だ、しゃーねーとして……ガライヤ、相変わらずダッセェよお前」
「そうですよ、ガライヤちゃん! この馬鹿に言われたら終わりだよ!」
金髪の男の横にいる、緑髪の少女は、この場にそぐわぬ程に小柄であった。
恐らく、屍蝋アンナよりもさらに小さい。
――雷轟ソウジ。
そして、彼の魂装者である神樹シンラ。
「…………いや、オレだからだろ? 喧嘩に拘りあるオレだから……」
「ソウジくんが人に注意なんかしていいわけないでしょ?」
「そこまで……?」
「……ふっはは! さすがだね、シンラくん。オロチ、ガライヤ。シンラくんとソウジの和むやり取りに免じて、ここは一度矛を収めようか」
吹き出したのは、室内の円卓、その最奥部に座る男。
長めの黒髪を後ろで結んだ、穏やかな顔の男だった。
「チッ……ま、今はいいさ。これからたっぷり絞ってやるわけだしね」
そう言って、ガライヤと呼ばれていた金髪の女性が座る。
オロチはガライヤを一瞥してから、ジンヤへ視線を移した。
――心配するな。
そう言っている気がした。
「さあ、それじゃあ始めようか――――この星を救うための話を」
黒髪の男が、そう言って優しく笑った。
彼こそが――、
《護国天竜八部衆》が《天部》、第一席。
《虚空創星》――天導セイガ。
日本支部で唯一の、《終末赫世騎士団》のメンバーを撃退した経験を持ち、さらに複数の団員と交戦し、生還した男。
世界有数の騎士にして、この国で最強の男。
第二席、『竜王』はこの場に来ていないようだった。
しかし――ジンヤはそれが誰なのか知っていた。
《九天竜王》――雷崎アマハ。
ジンヤの最愛――ライカの母にして、この国の女性で、最強の騎士。
そして、第三席、『迦楼羅』。
《金翅邪竜》――叢雲オロチ。
ジンヤの師であり、《全知の剣聖》である彼女は、国内三番目の実力者だ。
第四席、『阿修羅』。
《阿修羅金剛杵》――雷轟ソウジ。
近接格闘でなら、国内最強の男であり、そして――彼は、真紅園ゼキの師であった。
第五席、『乾闥婆』。
《美音乾闥婆蜃気楼》――八尺瓊ガライヤ。
《神速の剣聖》、八尺瓊ジライヤの娘にして、今現在最も《神速》に近い剣士が彼女だ。
第六席、『夜叉』
《鎮将九星遮那王》。
彼の素性は謎が多い。
一つ判明しているのは――彼が、現在の《全知の剣聖》であるということ。
第七席、『緊那羅』。
《緊那羅拳武王》――蒼天院セイハ。
学生の領域を逸脱した力を認められ、唯一学生でありながら《八部衆》入りを認められた、騎装都市で最強の男。
第八席、『摩睺羅』。
《摩睺羅伽反魂曼荼羅》――医王寺スクナ。
現在行方不明。騎士にして、医者という異色の実力者であり――彼女こそが、風狩ハヤテが求めている《名医》だ。
以上、八名が日本最高戦力、《護国天竜八部衆》。
欠席者三名。
出席者、天導セイガ、叢雲オロチ、雷轟ソウジ、八尺瓊ガライヤ、蒼天院セイハ、五名。
これより、《八部衆会議》を開始する。
最初の議題は――、
「さぁ、大罪人、屍蝋アンナの処分、さっさと決めようや。ウチは程々に拷問してから、ぶち殺すべきだと思うんだけど、そこんとこどーよォ?」
八尺瓊ガライヤが、そう言って笑った。
◇
第1話 ■■■■■■■、■■■――■■■■■■
第1話 護国天竜八部衆、
◇
「レヒト――経過はどうだ?」
「順調だ、お前の出る幕はまだ先だよ――――レンヤ」
◇
「ねえ、レンヤくん――――彼は……刃堂ジンヤくんは、《天秤》を砕けるかな?」
◇
第1話 ■■■■■■■、■■■――■■■■■■
第1話 護国天竜八部衆、そして――世界の裏側で




