エピローグ ■■■■■、■■■■■■■■■■■
「いやぁ~……青春だね☆」
――と、サムズアップしながらそれだけ言って、風祭マツリは去っていった。
ジンヤは担任教師の言葉にへこんだ。
思い返すと、ちょっと……いやかなり恥ずかしい。
『キララさんッ! 僕は、嬉しかったんだ、キララさんがここまで強くなっていて! クモ姉に聞いたッ! 僕を目指してることを! 嬉しかったんだ! こんな僕が、誰かの目標になれるなんて! 待ってるから、僕は、絶対、誰にも負けないからッ! だからッッ!』
衆目の前で全力で叫んだ。
勿論、言葉の内容に嘘偽りはない。全て心の底から思っていることだ。
しかし、それはそれ。マツリの言うとおり、あまりにも青春すぎる。
「うあー……」
ジンヤの横に座るヤクモも、真っ赤な顔を両手で覆っていた。
「……クモ姉、二回目じゃん」
「慣れないものさ……」
「そっか……」
ヤクモはジンヤとの戦いでも、先程と同じように激励を叫んでくれていた。
あれは本当に嬉しかった。
しかしやはり、それはそれ。恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
ジンヤとヤクモは現在、自分の試合がある訳でもないのに、控え室付近のレストルームにあるベンチに座っていた。
「まあ、きっと同じような戦いが目の前にあったら、また駆け出してしまうだろうけどね」
「……だね、違いない」
そう言ってジンヤとヤクモは、小さく笑い合った。
「あー、なに話してんのー?」
そこへ、赤色の髪をしたツインテールの少女が駆けてくる。
「なんでもないさ」
「うん、なんでもないよ」
「えー、なになに気になるじゃんー、教えてよー!」
にじり寄ってくるキララを見て、二人はまた笑みを零した。
◇
それからアンナ、ライカも合流。
「キララ、強いんだねー」
やって来るなり、アンナはそう言った。
「ありがとう~、アンナちゃんもね~」
言いながら、アンナの頭へ手を伸ばすキララ。
何気なく頭を撫でようとしたのだろう。
「――あ、」
気の抜けた声とは裏腹に、アンナの動きは俊敏だった。ぱしん、と音が鳴る程に強く素早く、キララの手を掴んだ。
「……っと、ごめん……やだった?」
「……んーん、いーよ。……アンナもごめん、あんまりこーゆーの、慣れてないから」
そのままアンナは、キララの手を引いて自らの頭部は導いた。
かつてのアンナだったら、キララの手を振り払っていたかもしれない。
どころか、ジンヤの人間との会話に興味も示さなかったかもしれない。
だが、変わっていくという決意をした。
優しい手つきでアンナの頭を撫でるキララ。
アンナも気持ちよさそうに身を委ねる。
それを見ていたジンヤは、胸の内から温かい何かが溢れてくるようだった。
だが、横を見ると――
ライカが、キララとアンナを見て呆然としていた。
「私より仲良くなるのがはやい……」
「それは時期とか、立場とか、色々……」
意外と繊細なところがあるライカを見て、悪いと思いつつも笑ってしまうジンヤ。
いつかのハヤテを見ているようだった。
「あ、でもね、キララー」
撫でられながら、猫のように顔を緩ませていたアンナが、いきなり真剣な顔になったかと思うと、ジンヤの方へ近寄っていき、
「いくらキララが強くても…………アンナのが強いからね? 忘れちゃダメだよ?」
アンナはジンヤの腕に抱きつきながら、そう牽制した。
「言うねえ~……でもアンナちゃんも忘れちゃダメなんじゃない?」
「……なにが?」
「ジンジンが、どっち派かだってことをっしょ!」
今度はキララがジンヤに抱きついて、その腕を自らの豊かな胸で挟み込んだ。
「あー、ずるっ、いんらん! もうころすっ!」
「ころす!?」
アンナが言うと洒落になってない! と狂愛譚について聞かされているキララの背筋が凍る。
「…………ねえー、二人共」
「「……あっ、」」
「……その男、誰の彼氏だったかなー?」
暗い瞳で、底冷えするような声を出すライカ相手に、アンナはとぼけた顔で、
「うーん……アンナのかな?」
「ちょ、マジ? 怖いもの知らずかよこいつ……」
ライカにも、すっとぼけたアンナにも、怯えつつ、キララがそっと離れていった。
「…………アンナちゃんっ!?」
「わー、ライカさん怒った、こわーっ!」
ぺろりと舌を出してウィンクしたてへぺろ顔をジンヤに見せながら、アンナは走り出してしまう。それを虚ろな瞳の、狩猟者の表情で追い立てるライカ。
……二人ともかなり鍛えているので、すれ違った人達がそのあまりの健脚ぶりに驚愕していた。
「…………で、ジンジンはなんでめちゃくちゃニコニコしてんの?」
「え……あ、いや、嬉しくて」
「――変態? 自分を取り合って殺し合う女の子を見て興奮する性癖の人……?」
「……ち、ちがうよ」
一度は本気の殺意を向けた彼女が、こうして冗談を言えるようになったのが、嬉しかったのだ。
ただ、本当に《冗談》だったのかは怪しいところであり、さらに今度はライカが本気の殺意を向けているように見えたが……ジンヤはその事実からは目を逸らすことにした。
◇
「あのさー、ジンジン……」
その後、先行していたキララの魂装者である少女、ユキカがいる店の場所をライカ、アンナへ伝え、そこでキララの祝勝会を行おうという話になった。
奇しくも二人きりになれたキララ。ただでさえライカと付き合っており、さらにアンナが現れたことにより、こんな機会はなかなかない。
まだ気持ちを伝えるつもりはないとはいえ、他にも言いたいことは山程あった。
「……ありがとね」
「え、なにが……?」
「んー、いろいろ」
応援してくれたこと。信じてくれたこと。
それから、初めて戦ったあの時のこと。
それに、これはどう表現すればいいのかわからないが――、そもそも、刃堂ジンヤという存在がいてくれたこと。出会ったくれたこと、生まれてきてくれたこと、今の在り方でいてくれたこと……そういった、根本的で、スケールが大きな感謝になってしまう。
それを上手く言葉にできる自信が、キララにはなかった。
だから、『いろいろ』。
「うん……僕の方こそ、ありがとう」
「えー、なにが?」
「……それはもう、いろいろだよ」
ジンヤは今日の戦いを思い出す。
キララは勿論、ユウジ、オウカ、ヒメナといった騎士達の戦いは、ジンヤの胸を熱くしていた。
自分と同じように、自身が持つ才能と、抱いた願いの釣り合いが取れなくとも、それでもと挑み続ける者達がいる。こんなにも勇気づけられることはないだろう。
それに、ルピアーネやミヅキ、才能を持っている者だって、努力をしていない訳ではないし、自身の力が願いに対して十分な訳でもない。
誰だって、本気で戦っている。
そういう事実が、ジンヤの闘志をさらに燃え上がらせる。
今だって頑張っている。だが、もっと頑張れる。そう心から思えた。
罪桐ユウや、輝竜ユウヒ。それに、セイハやゼキ――ジンヤは狂愛譚の中で、別次元の才能を持つ者達と向かい合った。
現状、彼らには敵わない。
世界の中心は彼らで、
つまり主役は彼らで、自分のような人間は端役。
目立たない舞台の隅で、スポットライトを浴びることもなく消えていく無機質な背景と限りなく等価の存在。
――――だが、そんなことはどうだっていい。
そんなこと、彼らと出会う以前からわかっていた。
――なにもないと、そう思ってたいたあの時から、何も変わっていない。
ライカと出会う前の、自分が嫌いで、夢も友もなく、全てを諦めていたあの時から。
母に誓ったあの時から、生まれを呪うことなど絶対にしないと決めている。
父との束の間の、泡沫のようなやり取りをした時に、この葛藤には区切りがついている。
それでも、戦い続ける限り、悩みや葛藤を捨てることはできない。
『……ジンヤ、お前がその道を選んだなら、僕はそれを応援するよ。その道は果てしなく、そして途轍もなく険しい。いつかきっと、罪桐ユウよりもずっと強大な敵と戦うことになるかもしれない……それでも、進むか?』
父はそう言っていた。
本当の戦いは、これからだ。
『罪桐ユウより強大な敵』というのがなにを指しているかはわからない。
だが、大勢の仲間と挑んだあの戦いよりも、これから挑む、一人と一振り同士がぶつかり合う戦いのほうが、きっと厳しくなる。
あの悪辣よりも恐ろしい相手なんて、いくらでもいる。
さらに激化する戦いを前に、怯える気持ちもあるが――しかし。
今日もらった熱が、これから踏み出す一歩に力をくれる。
「……熱いなあ」
いつかの出会いや、いつかの再起を思い起こされる夕焼けが広がる街。
日の長い夏の太陽が染めた橙色の街を歩みながら、ジンヤは決意を新たにした。
そして確信が一つ。
――この夏は、まだまだ熱くなる。
迅雷の逆襲譚 4巻 上 / ■■■■■、■■■■■■■■■■■
◇
――――ザザッ
『罪桐ユウより強大な敵』――――そう考えた瞬間、ジンヤの脳裏に鋭い痛みが走ると共に、ノイズのように、思考が乱れた。
そして、見たことがないはずの、知らない誰かの姿が浮かんで――消える。
「…………なんだ、今の……?」
世界から抜け落ちたソレは、今はまだ……。
◇
「素晴らしい戦いだったな」
騎装都市内にある、とある閑散とした喫茶店の中、一人の男がそう呟いた。
男の端末には、本日行われたCブロックの試合映像が流れている。
「……意外ですね。あなたにそういう感性があるとは。あなたの出自を考えると、こういったことには興味がないと思ったのですが」
銀髪の男と向かい合うのは、金色の髪に碧眼の柔和な顔立ちの少年――輝竜ユウヒだった。
「だからこそ……かもしれんな。存外、オレはこういう戦いが嫌いでなかったのかもしれん。これが今のオレに芽生えたものなのか、昔からそうだったのかはわからんがな」
男の名は――――レヒト・ヴェルナー。
「ボクも嫌いではありませんよ。むしろその逆ですかね」
「それこそ意外だな。善悪もなく、英雄もいない戦いを、お前が好くというのか?」
レヒトは、ユウヒの言葉に僅かに目を見開いた。
「……『だからこそ』と、同じことを言わせてもらいます。だって、いいじゃないですか。ボクは確かに英雄であらねばと思っていますが、だからといってそうでないものを見下す趣味なんてありませんし。他者を見下すなんて、英雄らしくないでしょう? ……それから純粋な、後腐れのない戦いというのも綺麗だと思いますよ。それは、悪との戦いではありえないことですから」
「……ふ、ふははっ」
「……どうかしました?」
「いやなに、おかしくてな。お前の言葉が、ではない。自分自身がだ。愚問をぶつけたな、すまなかった。オレも同じだ」
善悪のない戦い。
後腐れのない戦い。
ユウヒやレヒトにとっては、この大会での戦いが奇異に思える。
なぜなら、戦いというものは常に命を懸けるものだから。
相容れない者との殺し合いに、綺麗な結末などありえない。
両者が笑顔で終わる戦いなど、ありえないのだ。
戦いとは凄惨で、その結末は大抵がいつまでも胸にこびり着く、暗く冷たいものだ。
自身の使命に背を向けるつもりなど微塵もない。
それでも、この奇異な場で与えられた戦いを享受することくらいは、許してもいいかもしれない。
ユウヒもレヒトも、同じようなことを考えていたのだ。
「オレの部下も、あまり見たことのない顔をしていたよ」
試合後。
敗北したことに必死に頭を下げ続けるルピアーネに、気にするなという言葉をかけた。
彼女はレヒトの期待に応えられなかった際、過剰に自身を責める傾向にあるのだが、今回はいつもよりもそれが抑えられていたように見えた。
「名もなき者達の価値、か……」
《主人公》は、《物語》を持つ。
それがこの世界の法則。
友情譚。
狂愛譚。
終炎譚。
英雄譚。
基準係数を満たした者達が持つ《物語》。
そして、基準に満たない、名もなき物語を持つ、英雄ではない者達。
「……全力を尽くして戦った者達に、貴賎はないでしょう。彼らが英雄ではないとしても」
「らしくない言葉だな」
「……ですかね。彼ならそう言うかもしれないと思ったんです。ボクだって、同じことを思いはします。思いはしますが……」
あの少年とは相容れない。
それでも、あの少年の考えは嫌いではなかった。
「ままならん立場だな、オレもお前も」
「ええ、とても」
レヒトの言葉に、頷くユウヒ。
彼ら――名もなき者達も、きっとユウヒのような人間に、上から目線で語られたくはないだろう。
だからユウヒは、それ以上言葉を紡ぐことはやめた。
ただ、自分はその時を待てばいいい。
今だけは。
そのためだけに、ここにいるのだから。
「結局――ボクが求める因果は一つです」
「……ああ、それはオレも同じだ」
「――ついたようですね」
店に入ってくる影が二つ。
「――――おい、輝竜。なんだよ、話って」
「……手短に済ませてくれると助かる」
黒宮トキヤ。
夜天セイバ。
「……すみません。話があるのは、ボクではなくて、彼の方なんです」
ユウヒがそう言うと、レヒトが口元につけていたカップを降ろして、黒宮トキヤに視線を移し、そして――――。
「久しぶりだな――――黒宮トキヤ」
トキヤにとって、その男は初対面だったはずなのに。
それなのに――――。
「手短に、という要望に応えようか……今からお前達《主人公》――いや、《共鳴者》に、この世界に隠された秘密をいくつか伝えてやろう」
そう言って、レヒト・ヴェルナーは薄く笑った。
それを見た瞬間、トキヤの脳裏に痛みとノイズが走って――――、
『……好きよ、■■■。×してるわ』『――悪くない顔だ』『どうして■■を守ってやれなかったッ!』『――私だって、勝ちたいよッ! 力になりたいんだよッ! 大好きな■■■■さんのために!』
あるはずのない、記憶が、浮かんできて。
黒宮トキヤは、その笑みを――――その男を、知っていた。
◇
迅雷の逆襲譚 4巻 上 / ■■■■■、■■■■■■■■■■■
迅雷の逆襲譚 4巻 上 / その物語に、未だ名前がないとしても 完
次巻
迅雷の逆襲譚 4巻下 ■■■■■■/■■■■■■




