第8話 ■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■/龍上キララ VS 零堂ヒメナ
――――私の心は、ずっと凍っていた。
だけど…………。
◇
――ねえママー、キララはなんでキララっていうのー?
◇
『Cブロック最後となる第四試合!
最初に入場したのは西ゲート、黄閃学園1年! 龍上キララ選手!
あの龍上ミヅキ選手とは兄妹で、彼に似た恵まれた魔力量による豪快な戦い方をする選手でしたが、今年からは戦術の幅を広げ大きく伸びた選手です。兄であるミヅキ選手に続くことができるのか!?』
それなりの歓声を浴びつつ、キララは進む。
(……まあ、兄貴のおまけ扱いに文句は言えないかなー)
実況の謳い文句は気に入らないが、恨むのは筋違いだ。
なぜなら、今の自分に龍上ミヅキの妹であること以外大して特筆すべき点がないから。
兄と違って、これまで結果を残してきた訳ではない。
だらだらと、毎日無駄に過ごしていた。
刃堂ジンヤが、ミヅキを倒そうと藻掻いている中学三年間――その時、自分は一体なにをしていただろう。
ほとんど覚えていない。
それくらい、いい加減に生きてきた。
だが――四月。
刃堂ジンヤとの、あの出会い、あの戦いから、今日までのことは、鮮明に覚えている。
(……さっきはみっともないとこ見せちゃったなあ……)
「キララ――――っ! キミと私達のこれまでを信じろッ!」
「キララさん――!」「キララちゃん――!」「頑張れ――っ!」「頑張って――ッ!」
ヤクモ、ジンヤ、ライカの応援が聞こえてくる。
応援席の彼らの方へ視線を向け、力強く一度頷く。
勇気はもらった。
恐怖は消えない。
――それでも、進むと決めている。
『続いて東ゲート! 炎赫館学園! そう、炎赫館学園なのです! 彼女は元蒼天学院の四天王に名を連ねていたのですが、なんと皆さんもご存知、あの前回大会準優勝、真紅園ゼキ選手を追って、炎赫館へ! その熱く情熱的な行動同様に、熱く情熱的な戦いを見せてくれるでしょう! 炎赫館学園二年、零堂ヒメナ選手!』
「…………私の紹介、余計な情報多くないですか」
「いいじゃないですかーっ、とっても目立って!!」
メイド服姿の少女――ヒイラギが嬉しそうに飛び回る。
「私はゼキさんのように目立つのが好きではないのですが……」
「ヒメ――――――っっ! ファイト――――――っっ!」
「ヒメナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! ぶちかませえええええええええええええっっっっっ!!!」
ミランとゼキが、応援席で声を張り上げている。
ヒメナはミランに向けて一度頷いた後、ゼキを睨みつけ――――拳を突き出した。
「あなたからの応援なんて、今はいらないです」
これは宣戦布告だ。
自分はただ、見守られる存在ではない。
どこまで勝てるか。応援はするけれど、結局はどこかで敗れて、彼のもとへはたどり着かない。そんな惨めな存在ではないと。
きっとこの声は、想いは、今はまだ届かない。
だが、構わない。
ここで刻みつけてやろう。
――――零堂ヒメナは、真紅園ゼキのライバルになれる存在なのだと。
相手は龍上キララ。
あの龍上ミヅキの妹。Bランク。
自分よりも才能に恵まれ――そして、刃堂ジンヤという選手に敗れてからは、人が変わったように必死に努力をしているらしい。
つまり、努力する天才。
努力なんて、誰だってして当然。
どれだけ努力しようが、所詮は凡人の自分とは違う。
零堂ヒメナはこう考えている。
龍上キララは――、
◇
相手は零堂ヒメナ。
かつては蒼天院セイハのもとで戦っていた、経験豊富かつ、途方もない鍛錬を積んだ騎士。
つい最近になって慌てて強くなろうとした自分とは訳が違う、戦い続けてきた者。
そんな相手に、付け焼き刃の努力では敵わないだろう。
龍上キララはこう考えている。
零堂ヒメナは――、
◇
そして二人は舞台へ上がり、互いを見据えると、同時にそこへ至る。
龍上キララは――、
零堂ヒメナは――、
自分よりも強い――――だが、勝つのは自分だ。
音が遠くなっていく。
視線と視線がぶつかり合い、キララとヒメナは、二人だけの世界へ足を踏み入れる。
魂装者を武装化。
どこか遠くで、『Listed the soul!!』と響いて――――。
同時、二人は初手となる攻撃を放っていた。
◇
キララは氷柱を八本出現させ、一斉に射出。
同時展開の限界が八、同時操作限界が四。彼女は射撃戦を挑むこともあるが、その技巧には優れていない。ランク頼みのゴリ押しばかりしてきたからだ。
対してヒメナは、手元の鎖を持ち上げ、振るっていた。じゃらりと金属音が響いて、鎖がしなり、その先端に付いているモノ――巨大な鉄球が放たれた。
鉄球による横薙ぎの一閃が、全ての氷柱を一度に砕く。
澄んだ破砕音を響かせ、透明な破片が散った。
鉄球。あまりにも無骨、しかしそれ故にシンプルな強さを持っている。
魔力を抜きにした場合程ではないが、それでも武器の質量や大きさはそのまま強さに繋がる。
質量や重さは、魔力を通せる量に関係するからだ。
それに、結局は魔力というものは元の威力を強化しているに過ぎないので、仮に魔力が同等の場合、勝敗を決するのは武器の性質。
つまり――
ヒメナは鎖を繰り、弧を描いて手元へ戻ってくる鉄球を頭上で回転させ、そのまま再びキララへ放つ。
もう氷柱はない。今度は横薙ぎではなく、一直線に。
そして、それは――
つまり――まともに受けることの許されない超重量、高威力の一撃。
「や、ば……っ」
わかっていた。知っていた。
ヒメナが鉄球使いであることくらい、事前に彼女の試合記録を見て確認している。
だが、映像で見るのと、実際に戦ってみるのでは、訳が違う。
あっさりと氷柱を砕いたあの破壊力。
自身の骨を氷柱同様に容易く粉々にするイメージは明瞭に浮かんでくる。
刀などで斬りつけられるよりも、恐怖としては上かもしれない。
怖い。でも――
「――ッ、《絶蒼》!」
氷の盾が出現する。《絶蒼》などと言っているが、フユヒメやセイハのそれと比べれば防御力は大きく劣る。Aランクではないのだから、当然だ。
それでも、キララは黄閃学園内ではミヅキに次いで高い防御力を誇る。
ジンヤの《迅雷一閃》には破壊されたが、逆に言えば彼女が《迅雷一閃》クラスの破壊力を持っていなければ突破不可能。
その壁が――。
「脆いです」
――あっけなく、砕け散った。
「な、ウッソ、で、しょぉッ……!?」
氷壁を砕いてなおも猛進する鉄球。キララは足元を爆破し、それによって自身を吹っ飛ばして無様にリング上を転がりつつも、どうにか回避。
「痛っ……ああもう、ありえな、なんだしそれ……ッ」
焦りに満ちた声音で呟いた。
背筋が冷える。それは当然、彼女や自身が発する冷気のせいではないだろう。
「なにその威力、おかしくない!? 《攻撃》はBじゃなかったの……!?」
零堂ヒメナ、Cランク。その彼女が《攻撃》の項目がBというだけで異常ではあるのだが、しかし――
「ああ、すみません……今開示されているデータはそうですよね」
彼女の現在のステータスはこうだ。
零堂ヒメナ ランクC
攻撃 A
防御 B
敏捷 B
拡散 C
出力 D
精密 B
「《攻撃》のランクが、一つ上がったので」
「上がった……!? Bから、さらに……!?」
キララの誤算はそこだった。
まずCランクの彼女が、《攻撃/B》というだけで十分におかしいのだ。だが、それならばキララでも防げた。
だが、ヒメナはキララの予想の上を行く。
鉄球という武装の特徴、ヒメナの魔力集約技術の上手さ、それらによって、《攻撃/A》を実現させているのだ。
近い事例では、ジンヤの《迅雷一閃》がそれだろう。
各種の項目において、総合ランクよりも一つ上のステータスを得るだけでも凄まじい努力と工夫が必要となるのだ。
ヒメナはCランクでありながら、《攻撃/B》でも十分に凄まじかった。
だが、それを2ランクも上にまで引き上げていた。
この時まで、その情報を開示せずに。
大会前、成長したステータスや試合記録を秘匿することは、戦略として極々当たり前のことだ。
だが、これは読めなかった。
(…………っつーか、零堂ヒメナもバケモンだけど、ジンジンもやっぱバケモンだわホンットに……)
ジンヤの貧弱なステータスを思い出す。
総合ランクGという、騎士を目指すことすら烏滸がましいと言われる非才さ。
だが、努力と工夫でミヅキ、ハヤテ、アンナというAランク騎士を倒している。
(…………遠いなあ……)
遥か彼方にある、彼の背中を想う。
今も最前列で自分を応援してくれている彼を想う。
思っていたよりも、この道はずっと遠く険しい。
だが、それでも……。
「集中……。今は、目の前だけ見なくちゃだ」
彼との距離を思うと、涙が出そうになる。
足が止まりそうになる。
生まれ持った才能とは違う、戦う者の覚悟。
険しく果てない道を行く覚悟が、自分にはまだ足りていない。
それでも、進むと決めたのだから。
(あの鉄球はヤバすぎる……防御は無理。回避し続けるにしてもリスクが大きすぎる。だったら……)
キララは、前に出た。
足元を魔力で覆って、爆破――その勢いで、一気に加速、肉薄。
「――――、」
ヒメナの表情に焦りが出た。
彼女は慌てた様子で、鎖を引きずり鉄球を手元へ戻す。
鉄球の弱点。
高威力である故の、その重量は敏捷性に欠ける。
それに、モーションが大きい分、近づいてしまえばこちらが一方的に攻撃できる。
――接近できれば、勝機は大いにある。
キララが接近を果たすのが先か、ヒメナが鉄球を手元へ戻し、次弾を放つのが先か。
「――――遅いっしょッ!」
ヒメナの次撃よりも早く、キララは接近を果たして、刀を振り上げた。
だが――。
「さて、どうでしょう?」
焦りに満ちたヒメナの表情が一変。
不敵に微笑むと、彼女は拳を振り抜いた。
振り抜かれた拳は、キララの顔面を捉え、そのまま彼女の体を冗談のような勢いでふっ飛ばした。
『痛烈な一撃ィ――――――ッッッッ!!
なんということでしょうか! 零堂選手、肉薄された瞬間に、自身の武器を消し去り、別の形態へと変化させたッッ!』
「――――な? え? ……は……?」
一体なにが起きたのだろうかと、キララの頭が、疑問で埋め尽くされる。
『龍上選手、リング外へ吹っ飛ばされた! 意識はあるようですが、足元がふらついている!
カウント内に復帰を果たせるでしょうか!?』
『フォー! ファイブ!』
実況の声や、レフェリーのカウントが、遥か彼方から聞こえてくる気がする。
(ちょ、ま……なに、え? 武装の変化? リングアウト……?)
なにをされたのか。
自身がどうなったのか。
実況の言葉の中に、答えがあったが、なぜか他人事のように聞こえる。
『ララッ! なにやってんの、早く戻らないと! ララッ!』
ユキカの叫びが聞こえる。
その声で、キララの脳裏にはいくつかの光景が想起された。
◇
龍上キララと、氷谷ユキカは、最初から仲が良いわけではなかった。
騎士と魂装者として共に過ごした時間は長いが、しかし彼女達は本気で上を目指していなかった。
頑張っていない。
頑張る必要など、まったくない。
高ランクの騎士である。ただそれだけで、華々しい未来は約束されているのだ。
騎士だからといって、プロリーグや《ガーディアン》のような、戦いばかりの人生に進む必要はない。
――――なんだっていいから、キラキラ輝くように生きると良いわ!
ちょっとおバカで、ネーミングセンスがない、でも優しくて大好きなママは、そんなことを言っていた。
だから『キララ』。
正直、恥ずかしいけど、でもかなり気にいっていた。
だから、なんだってよかったのだ。
甘やかされて育ったキララは、そう考えていた。
都市内外の研究機関への協力や、都市内での教職、もしくはアパレル関係か――都市内の騎士向けの店に置いてあるトレーニングウェアのセンスのなさにはうんざりした。都市内に騎士向けのファッションブランドでも立ち上げて、一山当ててもいいかもしれない。
それかファッションモデルにでもなってみるのもいいだろう、異能も使えて派手なパフォーマンスができるモデルなんてウケそうだ。容姿にも自信はある。
あの爛漫院オウカとかいう女と被るのは癪だが、まあいいだろう。
――と、この通り。
高ランク騎士であるだけで、華々しい未来が無限に広がっている。
ああ、才能を持って生まれてよかった。
どう進んでも、生涯年収は無能力者や低ランク騎士よりも圧倒的に上。
圧倒的、勝ち組。
だから、頑張らなくてもいいのだ。頑張らくても、勝ち組なのだから。
そうやって温く、緩く生きているキララとユキカは、温く緩い友情で繋がっていた。
一緒にいるとそれなりに楽しく、確実に得。
お互いに容姿もいいし、一緒にいるのが相応しい。
こうやってつるんでいれば、クラスでもカースト最上位グループを形成できる。
そういう打算を前提とした繋がり。
そんな温く緩く――しかし、不満もない立ち位置を、キララは全て捨てた。
刃堂ジンヤとの、あの出会いによって。
将来どうするかなんて、もう知らない。
今は、少しでもジンヤに近づきたい。
それだけで、緩く温い、しかし確実にそれなりに幸せになれる道への興味を失った。
変わってしまったキララのもとから、大勢の友人が消えた。
カースト上位グループに所属していたというのに、今ではキララもほとんどぼっち同然だ。
そんなキララのもとを、ユキカは何故か離れなかった。
ある時、キララはユキカに聞いたことがある。
「ユッキーさあー……なんで?」
「なにが?」
「ほら……もう、リナもユカもアヤカも、みーんな離れてっちゃったのにさー。なのに……」
なのに、どうして。
離れていった友人達を、薄情だとは思わない。彼女達の気持ちが、キララにはよくわかるから。
だって、彼女達の態度は、過去の自分そのものだから。
外見を、体面を、周りの目を、イメージを、そんなことばかり気にする気持ちは、本当によくわかる。
熱くなるのはダサい、
頑張るのは格好悪い、
程々にテキトーにさらっとこなすのが一番クール、最高に格好いい。
その気持ちは、よくわかる。
でも、もう無理なのだ。
もう、そんな薄っぺらな格好良さ、求める気持ちには少しもなれない。
彼女達を見下すつもりはない。
これは、自分の問題だから。
だって、もっとずっと格好いい人を知ってしまったから。
彼の背中に、憧れたから。
最高に格好いい自分でいたいから。
「……別に。私はどっちもいいってだけ。あんまし大勢でワイワイやるのに拘りがあるわけでもないしねー……。前のララみたいに、周りにどう思われるかに拘りがあるわけでもないし、今のララとか、刃堂君みたいに必死になりたいとも思わない。どーでもいいんだ……冷めてんだよね、私」
少しだけ、期待していた。
ユキカは、『チョー熱いアンタに影響されて、私も最強目指したい的なー?』というような、キララが期待した答えを持っている訳ではなかった。
それでも、ついてきてくれるユキカには、感謝している。
そして、そんな冷めているはずの彼女が――。
◇
『ララ! なにやってんの! こんなとこで足踏みしてる場合じゃないじゃんッ!』
ユキカが、こんなにも声を張り上げている。
いつも冷めている彼女のことを想う。
常に冷静、キララへのツッコミ役、自分のことはあまり話したがらない。
そんな彼女が……。
そんな彼女がだ――。
ダンッ!! と、力強く一歩踏み出すキララ。
――そんな彼女が、こんなにも叫んでる。
なのに、どうして止まっていられるだろう。
「いいの一発もらったくらいでやられてたらさあ…………そんなん、クソでしょッ!」
叫んで、駆け出し、リングへ上がる。
「やりますね」
「…………先輩もね」
睨み合う二人。
ヒメナが構えた。
両手の高さは胸の辺り、肘が伸び切らない程度ではあるがかなり左手を前に出している。
左手は開かれ、右手は軽く握られている。
左足を前に、つま先は内側へ。軽くステップを踏んでいる。
(ボクシング……っぽいけど、かなり崩してるかな。あの開いて突き出した左手はこっちの刀への対策か)
本来のボクシングの構えなら、ガードは上げて顎を守るが、そこは念頭に置かれていないようだ。
左手で刃を捌いて、右拳を叩き込む――それが狙いだろう。
ジンヤと一緒に、ゼキやセイハ対策に徒手での技術を学んでいたのが活きた。
狙いは読める。
ゼキの試合記録などで、似たスタイルは見たことがある。
まさかヒメナが鉄球を捨て、ゼキのスタイルを使ってくるなどとは思わなかったが、ゼキへの対策がそのまま使えるだろう。
間合いならこちらが有利。
剣の間合いをキープして立ち回れば、有利に運べるはず。
◇
ヒメナは構えつつ、キララを観察していた。
(よく見てる……こちらの構えの意図は察してくれてそうですね)
ここまでの試合内容は、完璧と言っていいだろう。
こちらはノーダメージ、あちらには一撃大きいのが入っている。
そして、もう一撃入れる算段もついている――ついさっき、整った。
こちらが有利に見えるが――しかし、油断はできない。
それに、完全に有利とは言えない。
なぜなら、キララの方が総合ランクが上だから。
一撃の威力も、スタミナも、あちらが上。
長期戦になる程、こちらは不利だ。
一撃で持っていかれる可能性がある。魔力切れはこちらの方が早く訪れる。
少しも集中を切らさず、なおかつ手早く決めなくてはならない。
(――まったく……本当に、遠いですね)
ゼキだったらこの相手はどれくらいで倒せるだろうか。
セイハだったら、そもそも接近を許しているだろうか。
凡才の身には、あまりにも遠い背中。
それでも、と――零堂ヒメナは、目の前の少女と同じような決意を焚べて、闘志を燃やしていた。
キララ、刀を腰の鞘に収めた。
二刀の両方を、だ。
鞘はどちらも、左側に。
片方の刀の柄に右手を添え、腰を落とし、構えた。
――――居合。
(居合……? というか……鞘!?)
これまでのキララの試合データの中で、鞘を出現させているということはなかった。
(新技……それも抜刀術。読めますが、しかしそれでも……)
刃堂ジンヤの《迅雷一閃》。
風狩ハヤテの《旋風一閃》。
雨谷ヤクモ、そして水村ユウジの《蒼流一閃》。
これだけ前例を見ていれば、今更龍上キララがそれを使ったところで驚きもない。
ないが、わかっていたとしても、厄介なことに変わりない。
(――――いいでしょう、勝負です)
ここを切り抜けられなければ、到底その先へは行けない。
剣士として恐ろしい相手ならば、龍上ミヅキがいる。兄に比べれば、妹の方は可愛いものだ。
龍上ミヅキを倒し、決勝へ行って、真紅園ゼキと戦う。
自分がそれに足る騎士かどうか――――ここで試されるだろう。
◇
構え、睨み合う二人――僅かに訪れる静寂を斬り裂いたのは、キララが爆炎を用いて加速した音だった。
爆炎加速による踏み出しの勢いそのまま、鞘内に爆発を起こし、刀の射出速度を高めた抜刀術、技法自体はジンヤのそれ、しかし彼女の属性に沿ったアレンジが加えられたその技の名は――――
(ジンジン……、ライちゃん……、ヤクモ先輩……アタシに少しだけ、力を貸してッ!)
「雷咲流〝雷閃〟が改――《業火一閃》ッ!」
放たれた一刀は、威力も速度も申し分なかった。
しかし――。
「――――ッ、な……っ!」
驚きに声を漏らしたのは、キララの方だった。
抜刀からの一閃は、ヒメナに受け止められていた。
拳――ではなく、足で。
彼女の両足、その前面を覆う青色のハーフグリーブ。
彼女は右足を掲げ、脛で刀を受けていた。グリーブと刃が激突して、甲高い音を奏でる。
「足……っつーかッ!」
(また高速武装変化……!? 一体、いくつパターンが……っていうか、変化速度が速すぎる!)
まずそもそも、武装形態を変える事それ自体が高等技術だ。
その上、武装を変化させる速度も驚異的。一瞬のやり取りの中で武装を変化、もしくは追加する技術。
ヒメナはただそれを行うだけでなく、ここぞという時にその札を切ってくる。
やはり経験では、ヒメナが圧倒的に上。
そしてその作戦を成し得る零堂ヒイラギの魂装者としての性能は、抜きん出ている。
そして、キララの驚愕が止むことはなかった。
ヒメナの掲げた右足、その真下。そこに四角い氷のプレートが出現している。
攻撃に使うのでも、防御に使うのでもない。
なんのために。
その答えが出るよりも、先に。
ヒメナは右足の下へ出現させたプレートを足場に、右足で踏み込んで、左足を蹴り上げた。
キララの側頭部を、ヒメナの左足が捉え――そのまま彼女を蹴り飛ばした。
足場により高さを稼いだハイキック。身長ではヒメナはキララに大きく劣るが、一つの工夫でそれを帳消しにしている。
この上背なら、蹴りはこの辺りに来る――そして、それ以前にボクシングの構えを取っていたことにより、飛んでくるのは拳だと印象付ける。そういう心理的死角から飛来する一撃。
決まった――――かに思えたが。
「っぶね、いったぁぁ~…………腕折れるかと思ったってーのマジでぇ……」
「……理想は意識を刈り取る。最低でも、腕一本だったんですけどね」
ぶんぶんと右腕を振るうキララ。
抜刀に使っていたのは右手だ。
咄嗟に刀を左で持ち替え、右腕で蹴りをガードしたのだろう。
あの蹴りに対応したのも見事だが、なによりも――
(あれで、あの程度のダメージで済むのは、さすがBランクといったところでしょうか……)
本当に嫌になる。
どういう魔力密度、出力量だ。硬いにも程がある。
◇
(ヤバかった、マジで……!)
未だに痛みが残る右腕に、敵の恐ろしさを感じつつ、キララは考える。
蹴りの直前、ヒメナの構えが変わった。
つま先を内側に向ける構え――ボクシングのそれから、つま先の向きが変わり、内側から前方へ。
あれはキックボクシングの構えだろう。
それで気づいた。間違いなく、蹴りが来ると。
武装の変化。構えの変化。
騙し、釣りを入れてくる量。狡猾だ。自分の弱みを理解し、そこを補うために小細工を厭わない。
かつての自分とは正反対のタイプ。
憧れた背中に、少し似たタイプ。
(ジンジンとの対策がなかったら、今ので終わってた……)
相手が複数の格闘技を使い分けることくらいは予想できている。
むしろ、そこを利用し、相手の変化のタイミングを見極めてつけ込む――そう考えていたはずなのに、対応するので手一杯だった。
ヒメナに大きく飛ばされて、距離が開いたことで生まれた束の間の急速。
だがそれも、ヒメナによって終わりを告げる。
駆け出して突っ込んでくるヒメナ。
まだ拳はおろか蹴りの間合いにすら入っていない地点で、ヒメナが跳んだ。
槍のような飛び蹴り――キララは体を横へ振って躱す。
モーションが大きすぎる。彼女にしては、失着に見えた。
ヒメナは背後に着地したはず、すぐさま振り向かねば――と、キララが身を捻ったところで、信じられないものが視界に飛び込んでくる。
地面と垂直の氷のプレートに、着地しているヒメナの姿。
そのままヒメナが飛びかかってきた。
蹴り――ではない。
ヒメナの両足が、キララの左腕へ絡まり固定される。彼女の手が、キララの左手を掴み、そのまま腕が反らされ――、
(は……ちょ、関節技……!?)
――変則飛びつき腕ひしぎ十字固め。
空中へ出現させた氷を利用した、立体機動格闘術。
キララの中で『なぜ』という疑問の答えはすぐに出た。
真紅園ゼキは、こういう戦い方はしない。
これは、真紅園ゼキを倒した男の――――蒼天院セイハの戦い方。
純粋な打撃での勝負では、僅差でゼキに敗れたセイハは、その後あらゆる格闘技を学んだ。
前回大会でのセイハの勝因の一つとされている。
ゼキを倒そうとする、セイハの妹であるヒメナが、それくらい出来ないはずもなかった。
左手から刀を取りこぼす。
だが、まだ終わらない、攻撃は続いている。
(このままじゃ……、肘、靭帯が……っていうか、折れられる……ッ!)
両手健在でも押されているのだ、片腕ならすぐに敗北してしまうだろう。
どうすれば、どうすれば、どうすれば――――、
焦るキララの脳裏に浮かんだのは――、
「…………こ、のぉぉッ!」
爆炎で加速。
直接爆炎をヒメナへ叩きつけても、魔力でガードされてしまうだろう。
もう片方の刀を抜こうにも、鞘が凍結され、抜刀が封じている。
炎で溶かせるが――痛みに苛まれながらでは、細かい動作、術式構築は不可能。
だから――キララは、駆け出してそのままリングの外へ飛びこんだ。
着地する面は体の左側――つまり、ヒメナが組み付いている方。
「ぐっ……っ!」
ヒメナがうめき声を漏らす。
彼女を地面へ叩きつけたが、それではダメージが通ってない。
しかし、彼女は悔しそうに表情を歪めた。
「上手いですね」
「だから、先輩もね……っ!」
ヒメナが拘束を解いた。
――――リングアウト。
ここでそのまま技をかけていたら、二人ともリングアウトで敗北となる。
一足先にヒメナがリングへ戻った。後を追って、キララもリングへ。
「…………はぁ……はぁ……はぁ……」
「……本当に、しぶとい、ですね……」
「……そりゃ、……だって、まけ、られないんですから……ッ!」
荒い呼吸を繰り返すキララ。
対してヒメナも、僅かに呼吸を乱している。
キララは痛みと疲労の中で、鈍る頭をどうにか回す。
(正面から仕掛けても、勝てない……)
――体術では、相手が圧倒的に上。
――射撃戦に持ち込んでも、遠距離では鉄球への対応策がない。
――スタミナ切れを狙おうにも、恐らくあれだけの体術を誇るのなら、ほぼ魔力なしでもこちらと渡り合えるだろう。そうなれば、スタミナ切れはこちらのが先かもしれない。
完全に詰んでいるように見える。
もはやこれ以上続けても、無様を晒すだけかもしれない。
だが――行儀よく負けるくらいなら、無様を晒したほうがマシだ。
キララが求めたのは、そういう在り方。
頑張るのが格好悪い?
引き際を見極められないのは惨め?
いいや違う。
自分が憧れたあの男は、どれだけ無様だろうが、必死になって這いずった。
そうやって、あの絶対的な兄を倒した。
格好悪くても頑張るのが、最高に格好良い、と――――そう思ったのだ。
だから。
「……ちょっとずるいけど、でも……お互い様っしょ」
右手と、痛む左手に別々の色の魔法陣を出現させるキララ。
赤色と青色。
火と氷。
二つの魔法陣を、重ねる。
直後、そこから膨大な量の水蒸気が広がって、周囲を包んだ。
着想元は――かつてキララが敗北した相手、爛漫院オウカ。
そして、真紅園ゼキ。
これで、両者の視界は奪われた。
だが――。
爛漫院オウカは、視界を奪われても反響定位によって相手に位置を割り出すことができる。
キララは超音波など操れないが、しかし。
精密性を上昇させたことにより、使用できるようになった新たな技があった。
――熱感知。
《火属性》の高等術式。
霧に包まれた中でも、ヒメナの体温を感知して位置を割り出せる。
単調な戦いしかできなかった自分にしては、工夫した方だと思う。
水蒸気で視界を遮断+熱感知により、こちらは一方的に相手の位置を把握。
だが、鉄球でも振り回されれば、こちらも視界が悪い以上危険。
なのでここで使うつもりはなかった。
相手はすぐにそれに気づくかもしれない。
そうすれば、こちらもリスクが高い。
分が悪い賭けだ。
その前に、倒し切る――――!
まずは先程落とした刀を回収しておく。
霧を出す前に位置は覚えておいた。
こうでもしないと、回収の隙はなかっただろう。
そして――仕掛けた側の優位で、一撃はこちらが加えられると踏んでいたのだが……、
大前提となる熱感知。
周囲を走査するも――ヒメナの姿がない。
(なんで……!?)
声を出さないようにするのが精一杯だった。
声を出せば、向こうに位置が露呈する。
しかし動揺から、一歩後ずさり――……
パキン……と、氷が割れる音が響き、
直後、そこへ鉄球が叩き込まれた――。
「がッッッ、はァッ…………!」
枯葉のように虚しく飛ばされ、地面に叩きつけられるキララ。
霧が晴れていって、中からヒメナが鉄球を引きずって現れる。
「け、ほ……あ、あぐっ……」
口元から血が滴る。咄嗟の防御で、左腕が潰された。
防御できたのは、ほとんど奇跡だった。
キララは自分が立っていた地点を見る。
その周囲には薄い氷が張られていた。ヒメナの狙いは、それを踏んだ際に生じる音で位置を割り出すことだろう。
では、熱感知に引っかからなかったのは――――、
「周囲を冷気で覆えば、熱もなにもないか……」
「正解です。気づくのが遅れましたね」
――――零堂ヒメナは、強すぎる。
心底、そう思った。
ミスがない。
一つ一つの技の練度が高い。
正面からやりあっても強いというのに、搦め手も上手い。
格が違いすぎる。
才能では自分が勝っている。
才能以外、なに一つ勝てない。
才能がなければ、もうとっくに終わっている。
これが元四天王の実力。
これが真紅園ゼキへ挑むと誓った女の力。
「無理だよ……こんなの……勝てないよ……」
何一つ通じない。
そう痛感して、キララは崩れ落ちて、ぼろぼろと大粒の涙を流してしまう。
絶望に染まる心の中に、それとは別の、絶望を俯瞰する冷めた自分がいる。
(あーあ……ホント……ホントに、惨め……かっこわる……)
こんな姿を大勢に見られて、××な人に見られて……。
死にたくなるほど、無様だった。
もうやめよう。
無理だったのだ、初めから。
周回遅れの、付け焼き刃が、必死になったった、たかが知れているだろう。
よく頑張った方だと思う、こんなに頑張ったことはなかった。
これだけ頑張っても、人生で一番頑張っても、結局、少しも届かなかった。
これが現実。
これが、光の外にいる龍上キララの限界。
劇的な逆転など起こらず、順当に、ただ実力あるものが勝ち進む。
主人公でないものに、世界はそこまで優しくできていない。
散々周囲を期待させておいて、期待はずれの、どうしようもない結果を出す。
そういうことが起こるのが、現実というものだ。
(降参する時は、レフェリーに言えばいいんだっけ……)
そうやって、レフェリーを探すため、視線を上げた、その時だった――――、
「「――諦めるなぁあああああッッ!!
龍上キララぁああああああああああああ――――ッッッ!!」」
リングのすぐ近く――キララが入場した西ゲートの付近。
そこには、刃堂ジンヤと、雨谷ヤクモが立っていた。
「キララさんッ! 僕は、嬉しかったんだ、キララさんがここまで強くなっていて! クモ姉に聞いたッ! 僕を目指してることを! 嬉しかったんだ! こんな僕が、誰かの目標になれるなんて! 待ってるから、僕は、絶対、誰にも負けないからッ! だからッッ!」
刃堂ジンヤが叫んだ。
「立てッ! キララ! 諦めるな! 諦めることは、私が許さない……! だって、キミは私に勝ったんだ! 私だって、そこに立ちたかった! でも、そこにいるのはキミなんだッ! だから……私の夢を背負ったまま、勝手に諦めることは、絶対に許さないッ! だからッ!」
雨谷ヤクモが叫んだ。
「「だから、立てッ!」」
二人は、叫んだ。
キララはそれを聞いて、さらに大粒の涙を流しながら、刀を杖に、ゆらゆらと、おぼつかない足取りで立ち上がった。
「ははっ……熱いなあ、二人とも……」
手の甲に涙を擦りながら、キララは笑った。
「熱い……熱いや……なんだろこれ……」
知らなかったことばかりだ。
努力を積み重ねた先にある、勝負へ望むことの恐怖も、敗北への恐怖も……。
本当の強者との、ギリギリの戦いも。
そして、もう一つ知りたいことができた。
今はどうしても、それが知りたい、それが欲しい。
そして、思い出した。
「アタシの名前は、龍上キララッ! 大好きなママがつけてくれたこの名前にかけて、勝利の輝きはアタシのものじゃないと気が済まないんだっつーのッ!」
努力を積み重ねた果ての敗北――その恐怖は、痛い程わかってる。
だからこそ。
努力を重ね、敗北への恐怖を乗り越え、その先の勝利を知りたい。
胸で燃えるこの熱い気持ちを、絶対に絶やしたくない。
「……それでこそです」
ガチンッ、とヒメナが拳と拳をぶつけ、静かに笑った。
ここまで粘ってくれたのだ。
降参なんてされては興ざめだ。
最後まで足掻いて足掻いて足掻いて――その果てに、この拳を前に散るといい。
それが、素晴らしい好敵手に相応しい、美しい散り様だろう。
「――最後まで、全力でお相手しましょう」
「……上等ッスよ。でもって、勝つのはアタシですから」
「いいえ、私です」
「だったらそれ――」
「ええ――それは、」
「「――剣/拳で決めることっしょ/決めることですね」」
その時キララは、勝利の前にもう一つ、知ることができた。
全力を尽くした戦いは、最高の好敵手との戦いは、こんなにも痛くて、辛くて、怖くて、苦しくて、逃げ出したくなるのに、嫌なのに、なのに、なのに。
なのに、こんなにも楽しい――――ッ!
ああ、これが騎士か。これが努力か。これが全力か。
知らなかった。
一生知らないまま、いい加減に生きて死ぬところだった。
戦うだけでこれだ。
だったら、この先は――――。
◇
ヒメナの冷たい表情が、
キララの先程まで怯えに満ちていた表情が、
牙を剥いて笑う、戦闘者の笑みに変わる。
(なーんか今すっごい勝てる気してるけど、実際普通にめっちゃ劣勢……っていうか、まあ向こうからしたら最後にお互いに一撃入れて綺麗に終わろっかーくらいだよね……でも、でもさあ……ッ!)
負けられない。
状況は絶望的。
相手はノーダメージ。
こちらはダメージが蓄積している上に、左腕は折れている。
右手だけで、どう倒す?
今までのありとあらゆる攻撃は通用しなかった。
応援されたところで、隠された力に目覚めたりしない。
だが――なにも秘されてる訳ではない、脳裏に刻み込まれた努力の記憶がいくらでも湧き上がる。
ヤクモ先輩はなんて言っていた――?
思い出せ、手繰り寄せろ、持ってる手札が通じないなら、なんでもいいから新しい切り札を今ここで生み出せ――、
そして――――。
――――思いついた。
右手を柄にかける。
構えは抜刀一閃を繰り出す時と同じ。
モーションも同じ。
加速しながら、ヒメナへ肉薄して、
間合いに入るよりも手前。
まだ、剣が届かない――ここだ。
「雷咲流、飛沫が改――――《火龍飛爪》ッ!」
そこで鞘内での爆発により加速した刀を引き抜いて、さらに手元でもう一度爆発を起こして、刀をヒメナへ投擲した。
「そんな付け焼き刃で……!」
投擲した刀を容易く弾くも――さらに次撃が飛んでくる。
「――な、」
もう刀はないはず――とヒメナが目を剥いた。
いいや、違う。
刀ではなく、即座に生成した氷の剣――!
だが、それも防ぎ切る。
片手だけの投擲では、限界がある。
そこへ右手だけのキララが斬りかかる――ヒメナの左拳が、氷剣を打ち砕いた。
そして――ヒメナの右拳が大きく引かれて――、
これでトドメだ。
キララは左腕が使えない。
刀ももうない。
(この拳を防ぐ術が、龍上キララにはそんざ――――
――――存在しない、という思考の直前、驚愕によってそれは遮られた。
「雷咲流〝雷閃〟が改――《業火一閃》ッ!」
左手で、逆手に持った刀で、抜刀一閃。
ヒメナの右拳と、キララの左手による一閃が激突する。
「なんで、左、それに、刀――」
――二本の内、一本は、先刻の関節技の際に落としているはず。
――左腕は折れているはず。
刀は霧の中で拾っていた。
そして、折れた左腕は氷で固定し、爆炎で動かしている。
だが、これで互角。
ヒメナが右拳を振り抜いた姿勢、キララは左手を振り抜いた姿勢。
お互いに攻撃手段が尽きた――――
刹那。
「――――《火龍/逆襲氷爪》」
ヒメナが弾き飛ばした氷の剣が、
キララの爆炎によって吹き飛び、
再度彼女へと牙を向き、
ヒメナへと突き立った――――。
「――――お見事です。……土壇場で、よくぞここまで。見誤っていました。あなたは、才能だけの騎士ではありませんね……」
そう言って、ヒメナは倒れた。
ヤクモに言われたことを思い出す――――
魔力の操作がなってない。
剣技がなってない。
魔術と剣技を合わせるという意識が足りてないない。
氷と火の二つの属性を使える強みを活かせていない。
生まれ持った魔力量に物を言わせて戦うばかりで、工夫ができていない。
最後の交錯で重ねた工夫。
――――全て、ヤクモの教えのおかげだった。
「…………ありがとうございました……ッ!」
目の前の好敵手へ。
自分で自分を諦めた時ですら、信じ続けてくれた先輩へ。
心からの感謝を。
そして、会場が歓声に包まれる。
キララはヒメナへぺこりとお辞儀をしてから、リング付近にいるヤクモとジンヤのもとへ駆け寄って、
まだ自由に動く右手を上げて、
「――――――ぶいっ!」
そう言って、Vサインを突き出して笑った。
「ふふ、はははっ……頑張ったね、キララ」
笑いながら、ヤクモも同じ仕草をする。
「…………ぶ、ぶいっ?」
戸惑いつつ、ジンヤも真似をしてみる。
「ねえ、ジンジンっ!」
「…………なにかな?」
「……あのねー……、なんでもないっ!」
――――キララはジンヤに×をしている。
――――キララはジンヤが××だ。
でも、まだそれは告げられない。
もっと強くなる。
もっと勝って。
もっとジンヤに相応しくなる。
そうしたら。
この気持ちを教えてくれたジンヤに――、
悔しいって気持ちを、
勝ちたいって気持ちを、
そして、××って気持ちを、
この気持ちを教えてくれた感謝と、それから――。
この気持ちを、伝えようと思った。
◇
こうして。
龍上キララは、勝利を知った。
辛かった、怖かった、逃げ出そうとしたことも、諦めようとしたことも何度もある。
というか逃げたこともあるし、負けそうになれば完全に諦めた。
だが、信じてくれる人がいた。
だからここまで来ることが出来た。
やっと、やっと――努力の果ての勝利を掴んだ。
そして、勝利を知った、その感想は――――。
――――また勝ちたい、だった。
こんなもの、一度知ったらやめられるはずがないと、そう思った。
◇
試合後の医務室――。
ヒメナが呆然としつつ、虚空を見つめていると、扉から誰かが入ってくる。
「――――よう」
「…………ゼキさん」
気安い、いつもの調子で、ゼキがやって来た。
自分を救ってくれた男。
自分が勝ちたかった男。
勝ちたいと願って、戦うこともなく、届くこともない男。
自分が、愛している男。
「……いい、試合だったぜ」
「……そんな言葉……」
「いらねえか?」
「いらないです……」
沈黙が流れ、そして――――、
ゼキは、ヒメナを抱きしめた。
「ちょ、ゼキさ、んっ、なにして、ばかばかばかっ、痛いですってもう、傷! 傷が! もう! 傷が! なにするんですか!?」
「仕返し。オレがセッカと戦った後、傷口触ったろお前」
「ハァ!? いつの話してるんですかもう! や、やめてくださいようっ!」
「なんで?」
「……だって、恥ずかしいじゃないですかあ……」
「恥ずかしくねえよ、立派だった」
「そういうことじゃなくて……! そういう、ことじゃ……、」
それからヒメナの声は、震えが強くなって。
「…………勝ちたかったです……ッ! もっと勝って、ゼキさんと戦いたかったです! こんな気持ち、初めてで、どうしたらいいかわからないんですよ! みんな……みんなこうなんですか!? わかんないですよ、まだ、こんなの、慣れてないんですからぁ……ッ! なんですか、なんなんですかこれ……ッ!」
零堂ヒメナの感情は、十年間ずっと、感情を凍結されていた。
泣くことも、笑うこともなかった。
誰かと戦っても、何も感じなかった。
「そいつはな、悔しいっつーんだ、オレがセイハをぶっ飛ばした力だな」
「…………こんなの……、こんな、……ううぅ…………ああああ…………あああっ!」
それからヒメナは、大声を上げて、子供のように泣いた。
「やっぱ、心なんていらねーか?」
「そんなわけ、ないじゃないですかぁぁ……ッ!」
もうこれを絶対に手放さないと、ヒメナは誓った。
これがゼキがくれたもの。
龍上キララが、くれたもの。
知らなかった。
本気で戦って負けると、こんなにも悔しいだなんて。
「うああああああああああ………………っっっ!!」
その時、ヒメナとは別の泣き声が響いた。
当然、ゼキでもない。
「…………あァ!? ヒイラギ、なんでいんだよっ!」
「ずっといましたああああ……気まずいから隠れてましたああああ……っ! でもお、だってええ……ヒメナ様があああ……っ!」
「あー……なるほどな」
零堂ヒイラギは、十年間ずっと、心が凍ったヒメナと接していた。
どれだけ言葉をかけても、何があっても、冷たい反応しか返ってこない。
でも、ヒイラギは信じていた。
今はどれだけ冷たくても、彼女には温かい心があると。
そして、今……ヒメナの中には、温かいどころか、灼熱のような心が燃えている。
嬉しかった。
そして。
悔しかった。
勝てなかった。
いろいろな気持ちがぐちゃぐちゃになって――ヒイラギは泣いた。
「ヒイラギぃ……ごめんねえ……私、弱くて、ごめん、ごめんねえ……」
「いいんですよう……っ! わたしだって、ごめんなさい……!」
「来年は、勝とうね……っ!」
「優勝しましょう! 来年こそ、ゼキ様をやっつけて、龍上キララ様もやっつけて、優勝するんです!」
「うん、……うん……うああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああん……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………っっっっ!!!」
「うあああああああ……、ヒメナ様あああああああああああああああああああああああああああ……ああああああああ……ひ、めな、さまあああああ、ああああああ……!!!!」
そうやって。
零堂ヒメナは、生まれたばかりの赤ん坊のように。
零堂ヒイラギと同じ、十一歳の子供みたいに。
馬鹿みたいに、いつまでも泣いていた。
ずっとずっと、泣いていた。
やっと手に入れた、悔しいという気持ちを、心を抱きしめるように。
――――そして、しばらくして。
「…………あれ、ゼキさん、どーしたんですか?」
「なんでもねえよ」
ヒメナに背を向けるゼキ。
彼の頬にも、一筋の涙が。
ゼキはヒメナの笑顔を取り戻した。
では、その後はどうするのか――?
こうやって、一つずつ知ってほしかった。
ヒメナに宿っているものはなんなのか。
ヒメナの笑顔を取り戻した力は、一体なんだったのかを――――。
◇
第8話 ■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■
第7話 光の外で
第8話 それでも、と光へ手を伸ばし続ける者達の戦い




