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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/上 その物語に、未だ名前がないとしても
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 第7話 光の外で






 ――――私/アタシには、大切な人がいる。





 ◇


 龍上キララ対零堂ヒメナの試合が行われる前のことだ。

 控え室付近にある自販機。その手前にはベンチとテーブルが。

 試合を控えた選手や、選手の応援に来た者達のための休憩スペース。

 そこには、キララとヒメナの姿があった。

 

 二人はこれから戦う敵同士。

 睨み合い火花を飛ばし、あわや一触即発――――かと思えば、





「大好きな人って、ぶすっといっちゃいたくなりますよねー? 刺したくなっちゃいますよねー!?」




 そこには、キララとヒメナ以外の人物も何人か集まっている。


 無造作に伸びた漆黒の髪。

 長めの前髪の隙間からは、光が失せて、狂気が滲んだ瞳が覗く。

 ――彼女は灼堂ルミア。

 キララとヒメナのCブロックとは別、Dブロックの選手だ。


「いやいやいや……はい!?」

「ならないと思いますが……」


 キララとヒメナは、若干引き気味で答えた。


「……。相変わらず、恐ろしい人ですわね」


 真っ赤な縦ロールのツインテールの少女。

 真紅園ゼキの妹にして、魂装者アルムである少女、真紅園クレナも半眼でルミアを睨みつつ言う。

 だが、表向きは嫌悪を示しつつも、


(……血に塗れたお兄様は素敵ですが……わたくしがそこに介在する必要はありませんわ、むしろそれは邪魔。不要。お兄様に相応しい殿方との戦いの末に、雄々しく血に塗れるのが素敵なのですから!)


 ――と、ルミアと方向性は似ているものの、相容れない嗜好を抱えていた。

 

「……アンナ、わかるなあ~」


「わかるかな!? 屍蝋アンナちゃんだっけ? あなた、いい娘ね」

「うんうん! あなたも素敵だと思うな、ルミアさん! だって、大好きなんだから、全部、ぜんぶぜーんぶ自分のモノじゃないといやでしょ!? だから痛みだって、傷だって、闘志だって、憎悪だって、ぜーんぶ、アンナのものにしたいよっ!」

「そうね……そう、命も、ね……」


 暗い笑いを浮かべるアンナとルミア。

 狂気を宿した少女二人は、周囲をドン引きさせつつ、意気投合していた。


 狂愛譚を終え、これまでのような『ジンヤ以外全ていらない』というような、極端な考えはやめたアンナだったが、『ジンヤの全てが欲しい』という彼女の狂愛が消えた訳ではない。

 

「…………なんこれ、ヤンデレ女子会? アタシ帰っていいかなー……」

「気が合いましたね、キララさん。私もちょっとこれは……」


 対戦相手だというのに、ルミアとアンナという特大の狂気を前に、比較的常人な感性の二人は、奇妙な仲間意識を持つ。


「――――でも、キララもヒメナさんも、大好きな人が自分を見ていないなんて、気に入らないと思いませんか?」


 屍蝋アンナが、真っ直ぐな瞳で二人を見つめた。


「……それは」


 言葉に詰まるキララ。


「…………」


 ヒメナも同じく、言葉に詰まってしまった。


 キララはアンナを見つめる。


 キララは、屍蝋アンナに纏わる事件、その顛末をジンヤ達から聞かされていた。

 彼女を巡り起きた戦い。

 そこでは、ジンヤ側についた騎士と、ガーディアン側についた騎士がいた。

 この場で言えば、アンナ、キララはジンヤ側。ルミア、ヒメナ、クレナはガーディアン側と言える。

 クレナはゼキの魂装者アルムである以上、あの戦いの渦中にいた。

 なので、蟠りがない訳ではないが――既に終わったこと。

 大会が始まれば、あの時とは別の対立軸がいくらでも生まれる。

 だから、あの戦いのことは、ここへ持ち込まない――そうクレナやヒメナがそう配慮してくれたおかげ、こうしてアンナは今もこの会話に混ざることが出来ている。

 ルミアはそもそも、最初からそんなことは気にしない性分なのだろう。


「……っていうかさ、アンナちゃん……なんでアタシだけ呼び捨て?」


「…………キララ、ライカさんと同じで、敵だからっ」


 むぅーと唸りながら、アンナがキララのある一点を睨みつけた。


「……ちょ、そんなに見んなって……だいじょーぶだって、アンナちゃんもその内でっかくなるって!」

「……ほんとですかぁ~?」

「や、ごめん、わかんない……」

「もぉー、キララぁーっ!」

 

 ぺしぺしぺしと弱パンチを連打される。

 めるくにも呼び捨てにされ舐められてるのといい、やたらと舐められやすいキララなのだった。

 

 ◇



「いよいよだね」

「……、はい」

「ララ、声震えてるー」

 

 ヤクモの言葉に、なんとか声を絞るキララ。それをキララの魂装者アルムであるユキカに茶化される。

 

「ユッキーうっさいっ!」

「どしたのー、らしくないっしょ?」

「そりゃ……だって、ユッキーの目的だってあるし……」

「いいっていいって、そんなキバんなくてもさー。あたしのことはついでくらいでいいよ」


 気だるげに端末をいじりながら答えるユキカ。

 彼女には、剣祭を勝ち抜いて叶えたいある願いがあった。


「……やはり、緊張するかい?」

「そりゃ、まあ……」


 俯くキララ。

 試合のことを考えると、手が震えた。

 ユキカの目的のこともある。


 だが、理由は他にもあった。


 ◇


「いよいよじゃん、ヒメ。……へーき?」

「はい……ありがとうございます、ミランさん」


 キララ達とは別の控え室。

 そこにはヒメナと、彼女の友人で、既に敗退してしまった選手でもある嵐咲ミラン。

 それから、


「大丈夫ですよ、ヒメナ様っ!! だってヒメナ様、すっごく頑張ってたじゃないですか!! だから優勝できますよっ!!」


 と、元気な声で言いながらぴょんぴょんと跳ねるメイド服姿の少女が。


 彼女は零堂ヒイラギ。

 十一歳。

 零堂ヒメナの、義理の妹。


 この大会の出場選手は、基本的には高校生ではあるが、年齢制限の下限がある訳ではない。

 実力さえあれば、飛び級の騎士でも参加可能だ。

 そして、魂装者アルムの方は騎士よりもその割合は多い。

 龍上ミヅキの魂装者アルムであるめるくが十歳であることを考えれば、ヒイラギの存在もそう珍しくもないだろう。


 『零堂』は『蒼天院』の分家であり、ヒメナは零堂の家に預けられていた。

 そこで共に過ごし、ヒメナの魂装者アルムとなってくれたのがヒイラギだった。


 ヒメナと似た色の青髪。

 身長は平均よりかなり低めのヒメナよりも、少し高いくらい――つまり彼女も高い方ではない……だが――ぺったんこなヒメナと違って、それなりにある彼女は、飛び跳ねる度に胸元が大きく波打つ。

 その度にヒメナは敗北感を覚えるので、彼女のクセには困っていたが、彼女が落ち着いていることはあまりない。


「優勝って……出場する以上、理想はそうですが」

「できますよっ!! だって決勝でゼキ様と戦うんですよねっ!? ね!?」


 しゅっ、しゅっーと口に出しながら、シャドーボクシングを始めるヒイラギ。恐らくゼキをイメージした仕草だろう。

 

 ゼキと戦う。

 それを想像すると、同時に――


『大好きな人が自分を見ていないなんて、気に入らないと思いませんか?』


 アンナの言葉を思い出した。


 さっきはあの言葉に、咄嗟に反応することができなかった。

 だって、あまりにもヒメナの心の奥底を言い当てていたから。


 ゼキは、セイハのことしか見ていない。


 ――――かつてのヒメナならば、絶対に言わなかった言葉がある。


 そんなことは、痛い程わかっている。

 セイハへの気持ちと、ヒメナへの気持ちは、まるっきり種類が違うことも、理解している。


 ――――絶対に言わなかった言葉がある。


 ――――それでも、ヒメナは騎士だった。


 かつてヒメナは、セイハに救われた。

 かつてヒメナは、ゼキに救われた。

 

 ヒメナを襲った悲劇。

 目の前で殺された両親。

 絶望の底にいたヒメナを救った兄、セイハ。

 しかしその救いは、ヒメナの心を、笑顔を凍結させるというもの。

 そして、ゼキと出会った。

 奪われた笑顔を取り戻した。


 ゼキは、ヒメナのために――そして、自分自身のために、セイハと戦った。


 だから――――。

 だけど――――。


 ――――お兄ちゃんばっかり、ずるいよ。


 ――――ヒメナは、封じ込めていた言葉を、胸の中で呟いた。


 兄のセイハにも、ゼキにも、感謝はしている。

 それでも、許せなかった。


「そうですね……決勝で、ゼキさんをぶっとばしちゃいましょうか」


「はいっ、その意気ですっ! 優勝しましょう、ヒメナ様っ! しゅっ、しゅっー!」


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、拳を振り回すヒイラギ。


 そんな彼女を見ながら、ヒメナは静かに拳を握りしめた。


 ◇


 キララは、あの時まで――ジンヤに出会い、戦い、敗北したあの時まで、努力というものをしたことがなかった。

 それは、彼女が生まれながらに才能を持っていたから――というのもあるが、もう一つ。


 幼少期より、兄である龍上ミヅキの背中を見続けていたからだ。


 ミヅキは努力などしない。泥臭いことなどしない。ただ、圧倒的な強さを見せつけて勝つ。

 そんな姿に、憧れた。

 実際、ミヅキは人知れず努力をしていたのだが、キララにはそれがわからなかった。


 ただ生まれ持った力を、あるがままに振るうのが、キララの考える強者としての理想の在り方だった。


 しかし、その考えは、ジンヤによって両断された。


 それからキララは、必死に努力を重ねた。


 だが。

 だからこそ。


『……やはり、緊張するかい?』

『そりゃ、まあ……』


 ヤクモの言葉で、キララの奥底に封じ込めていた想いが溢れる。


「……緊張しますけど、それ以上に、楽しんで……、これまで頑張ったことを、全部……」


 声が震えた。

 足元が崩れていくような、恐怖を感じる。


 楽しむ?

 頑張ったことを出し切る?


 ――――無理だ。


「あ、あれ……アタシ、なんで……」


 崩れ落ちて、涙が溢れ出した。


 ――――怖い。


 勝てるはずがない。

 優勝なんて、絶対に不可能だ。

 

 だって、自分は所詮、つい最近になって頑張り始めた、なにもかも手遅れの周回遅れ。

 才能だって、少しはあるというだけで、本当に才能がある人間――兄であるミヅキや、《頂点》のセイハに比べれば霞む程度もの。

 そんな人間が、勝てるのだろうか?


 相手は零堂ヒメナ。

 Cランクで、Bランクであるキララの方が、才能の面では勝っているかもしれない。

 だが彼女は『元四天王』。蒼天学園時代、セイハの部下としてこの街を守っていた騎士だ。

 キララとは経験も努力も桁が違う。


 ――キララは、これまでの人生で一切努力をしてこなかった。


 その彼女が、4月から現在までの3ヶ月、必死に努力し続けてきたのだ。

 高く高く積み上げた努力の結晶、それを積み木のように重ねていく。ぐらぐらと揺れるそれは、たった一回の敗北でばらばらに砕け散る。

 これから始まるのは、そういう戦い。

 途方もない努力の果てにつかみ取りたい願い――それが一瞬で消え去る、一回切りのトーナメント。


 努力に慣れていない彼女は、努力を積み重ねた末に挑む戦いのプレッシャーにも慣れていなかった。


「……大丈夫さ」


 泣き崩れるキララを、ヤクモは優しく抱きしめた。


「……大丈夫。確かに相手は強い。それに、恐らくキミよりも努力しているだろう。で、それがどうした? 相手がキミより努力していたら、キミの努力は全部なかったことになるのか?」


「そ、れは……」


 キララが涙声のまま答えようとして、言葉に迷う。

 

 その時だった。

 控え室の扉が開いて、ジンヤとライカが入ってくる――そして、キララを抱きしめているヤクモと、目が合った。


「……、」

「……、」


 ジンヤはなにかよくないものを見てしまったかもしれない、というような気まずそうな表情で、そっと扉を閉めようとするが。


「ジンヤ、来い、姉弟子命令」

「はいッ!」


 ヤクモの言葉に、ジンヤが素早くこちらへ寄ってきた。


「……抱きしめてやれ」

「…………え、ええ……!?」


「うっ、あぁ……じんやぁ……?」


 キララは泣きながらジンヤの方を見る。


 最悪だった。これではあの時――ジンヤに敗北した時から少しも成長していない。

 もう泣き顔なんて絶対に見せないと決めていたのに。


「――――姉弟子命令」


 ヤクモがさらに促す。

 ジンヤはライカへ視線をやる。

 ライカは無言で頷いて、ぐっと親指を立たていた。


「(……いいんだ!?)」

「(彼氏的にはダメだけど、泣いてる女の子を放っておくなんて、男としてダメだよ)」


 ライカが下したのは、なんとも男らしい裁定だった。


「……よ、よし、わかった……」


 キララに近づくジンヤ。

 どれだけライカと恋人として触れ合おうが、だからといって女性への接し方が突然上手くなるということはない。

 少なくとも、ジンヤはそうだった。

 付き合ってもいない女の子に触れるなんて、ジンヤにはあまりにも暴挙だった。


 だが、ジンヤがキララを抱きしめる直前――キララの伸ばした手が、それを遮った。


 そして、無言でジンヤの手を取ると、それを自身の頭の上に乗せた。


「……撫でて」

「…………う、うん」


 そうねだられ、ジンヤはキララの頭を撫でた。


 キララは、ここでジンヤに抱きしめられるのなんて、ごめんだった。

 本当は、そうされたらどれだけ嬉しいだろうか。

 憧れていて、初めての気持ちをたくさんくれた人で、だから、それは当然、そういう気持ちもあるのだろうが――それでも。


『大好きな人が自分を見ていないなんて、気に入らないと思いませんか?』


 アンナの言葉に対し、キララは思う。

 当たり前だ、気に入らない、悔しいに決まっている。


 屍蝋アンナを巡る事件の話を聞いて、キララは本当に悔しかった。

 アンナは、必死になってライカに向かっていった。

 ジンヤを求めて、全力で戦った。

 

 キララにはそんな勇気はなかった。

 だってまだ、ジンヤに相応しくない。

 ライカとの友情だって、壊したくない。

 今の彼女に芽生えた気持ちなど、所詮はその程度。


 そんな気持ちでアンナのような――この星よりもなおジンヤが重いと言い切る少女のような真似はできない。


 キララはミヅキやハヤテのように、ジンヤを助けることすらできなかった。

 あの事件に、関わることすらできなかった。

 それが今の自分の立ち位置。


 ライカが羨ましかった。

 アンナが羨ましかった。


 自分はまだ、その領域にはいない。


 だから、今はこれでいい。

 けれど、ずっと今のままなんて許せない。







 ジンヤに…………。

 初めて×をした少年に、胸を張ってこの気持を伝えられるように……。







「…………ありがとっ、チョー元気でた」


 顔を真っ赤にして、俯いて。涙を拭きながら、ぼそぼそとそんな声をつぶやく。





 本当に、元気が出た。勇気が出た。

 

 ああ、そうだ――彼は。

 刃堂ジンヤは、いつだってこんな気持ちを抱えてまま、しかし少しも怯えずに戦っているのだ。

 

 それなのに自分が弱気でどうする。

 少しでもあの憧れに近づくと決めたのだ。

 だから。


「それじゃ、行ってくるわ!」


 涙を拭いて。

 龍上キララは、戦いの舞台へ向かった。


 ◇



 かつてのキララとヤクモの戦いがそうであったように。

 この戦いは、彼女たちよりもずっと大きな運命を背負った者達――ミヅキ、ゼキ、セイハ、トキヤ、セイバ、ユウヒ……彼らのような、《係数》が高い者達と比べれば、取るに足らないものだろう。


 きっとキララも、ヒメナも、優勝することはない。


 彼女たちは、運命という舞台において中心に立って、光を浴びるような存在ではない。



 それでも――――この戦いが光の外だとしても。



 

 ――――アタシ/私には、大切な人がいる。



 

 龍上キララには、大切な人がいる。

 譲れない想いがある。


 零堂ヒメナには、大切な人がいる。

 譲れない想いがある。


 ――――だから、負けられない。


 そんなことは、誰だって同じ。

 舞台に上がる者は、誰しも譲れぬ想いを抱えている。


 想いを抱えた二人。

 勝つのは一人。


 どこまでも残酷で、しかしだからこそ見る者の胸を熱くする。

 そんな――光の外での戦いが、今始まる。



























おまけ



ライカ「ジンくん」


ジンヤ「はい」


ライカ「……頭」


ジンヤ「頭?」


ライカ「んっ(頭を突き出してくる)」


ジンヤ「(頭突きか!?)」


ライカ「………………撫でて、私も」


ジンヤ「…………なるほど」


ライカ「……♪」

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