第6話 ユメドケ / 爛漫院オウカ VS ルピアーネ・プラタ
『まずは西ゲートからの入場!
藍零学園3年、ルピアーネ・プラタ選手! 学内序列は4位、Bランク!
彼女に関するデータは少ないですが……Bランクでさえ序列4位ということを考えると、今年の藍零は層が厚いですね。そもそも今年は特に全体的にハイレベルな騎士が揃っているのですが!』
悠然と。
艶然と。
一歩進むごとに色香が振りまかれていくような、そんな美女だった。
窮屈そうに制服に押し込められた胸が揺れ、程よく肉付き熟れたような、それでいてすらりと伸びる脚を漆黒のストッキングが包み込んでいる。
紫色の長髪は、後ろで三つ編みに括られ、それが蠍の尻尾のように足元まで伸びている。
艶めく唇。どこか憂いを帯びたような瞳、それを縁取る長い睫毛。
高校生離れをした美しさを持った彼女は、浴びせられる歓声に興味を示さず、ただ静かにリングへ上がった。
『そして東ゲートから入場するのは~~~……彼女を待っていた方も多いのではないでしょうか!
注目度、人気で言えば今大会トップクラス!
歌って踊れて戦えるアイドル!
アイドルにして騎士という異色の選手!
黄閃学園1年、爛漫院オウカ選手!』
――――瞬間、歓声が炸裂した。
◇
歓声の大きさで言えば、《頂点》であるセイハや、前回大会上位陣のゼキ、トキヤ、二年前の大会でトキヤと決勝を争ったフユヒメ、中学時代の三連覇によって知名度抜群のミヅキに並んでいただろう。
男性人気で言えば、今大会ナンバーワン。
ちなみに女性人気ならば、セイハ、ユウヒ、ハヤテ、ミヅキ辺りが頂点を争っている。
さらに余談だが、ジンヤはまったくその争いに入れないのに、ハヤテがちゃっかり入っていることに憤慨していた。
前評判通り、オウカへの男性陣の熱気は凄まじかった。
例えばこの少年。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
オウカちゃんんんんンンンアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ピンク色に輝くサイリウムを振り回しながら叫ぶのは……つい先程までミヅキと激闘を繰り広げた少年、水村ユウジだった。
ユウジに対して、幼馴染のジュリは、
「もぉ~……うるさいなあ、ユウジくん。もう少し静かにしてよね」
とでも言うかと思いきや――、
「きゃああああああああああああああああああ!!!!!
オウカちゃん!!!! 頑張ってえええええええええええええ!!!!」
実際は、一緒になって叫んでいた。
やはり二人揃ってファンなのだ。ジュリも最初は抵抗があったが、一度ユウジに無理やりライブに連れて行かれてからは、すっかり染まった。
最初は『デートでアイドルのライブ?????』とあわや十年の恋も冷めるところだったが――オウカのライブは、本当に良かった。
そしてその横。
ボサボサの金髪の少女が、サイリウムを振り回していた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
オウカたそオオオオオオオオオアアアア!!!!
愛してるうううううううううううううううううう!!!!!」
………………ガウェイン・イルミナーレだった。
彼女はとにかく日本のオタク文化全般を愛しているので、そこにはアイドルも含まれる。
「わわっ、すごい、本物ですね!」
ガウェインの横にいるガラティーンも、サイリウムを小さく振りながらはしゃいでいた。
彼女もガウェインの影響でオウカのことは知っていたので、画面の中の存在が目の前にいるということに感動を覚えていた。
◇
「…………アナタ、人気者みたいねえ」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ」
「ふぅーん、そぉ……」
ルピアーネはゆっくりと観客席で沸き立つオウカのファンを見回してから、
「くだらないわねえ……」
と、静かに呟いた。
聞き捨てならない台詞だった。
「あなた、どういう……」
「有象無象の男達に応援されないといけないなんて、情けない。やかましい彼らもばっかみたいねーホント。アナタ達、くだらない在り方だわ。これは楽勝かしらね? でもまあ、楽に勝てる分にはいいかしら」
オウカの言葉を遮り、オウカが許せない言葉を重ねるルピアーネ。
オウカはただ黙って、彼女を睨みつける。
「あら、言い返してこないのかしら? そんなに気が弱い方には見えないのだけれど」
「……言いたいことなら、歌に込めるか……もしくは、今なら刀で語らせてもらいます」
そう言って、銀色の刀を構えるオウカ。
そこへオウカの魔力が通され、刀が桜色へ変じていく。
「そう……アナタが私の言うことを一つも否定できない程の腑抜けじゃないと、退屈しなくていいのだけれど――でもやっぱり、楽に勝てるならそっちの方がいいかしら」
「私は誰かを否定したりはしません。だって、誰かを認めて、肯定して、応援するのがアイドルですから。……でも、一つ例外があります。一つ、あなたは許せないことを言いました」
「なにかしら?」
「それはこれからの戦いの中で教えますよ」
睨み合う二人。
そして、『Listed the soul!!』という声が高らかに響き、二人の戦いが始まった。
◇
最初に仕掛けたのは、ルピアーネだった。
「大口に見合う力を見せてちょうだいね……いくわよ?」
彼女はその手に握った紫紺の刃を振るった。すると四つの魔法陣が出現、その全てからボーリング球程の大きさの岩石が放たれた。
重さもボーリング球でいう16ポンド(約7.3kg)と同程度かそれ以上だろう。魔力による防御なしで当たればそれだけで確実に決着がつく。魔力で防御していても、岩石も魔力で強化されてる以上、大ダメージは免れない。
「いきなり容赦ないですね……っ!」
オウカはルピアーネが魔法陣を出現させた時点で、同時に自身の頭上に魔法陣を出現させていた。
桜色の刀を掲げた彼女の頭上。
そこに現れた魔法陣から、大量の桜の花びらが飛び出した。
ルピアーネは思った――見映えがいいだけの、下らない技だと。
膨大な量の花びらが、四つに分かれて、迫り来る岩石を迎え撃つ。
それは、桜色の嵐だった。
花弁の集合体が岩石に激突すると、ミキサーにでもかけたかのように、一瞬で粉々になる。
その後、花弁の塊は――、
ぱっ、と。
花火のように、
花咲くように、
突然、四方八方へ散った。
雨のように、というのは近いが正確ではない。
雨粒のように真っ直ぐに落ちるのではなく、ひらりひらりと宙を舞い踊りながらゆっくりと落下していく花弁。
突如吹いた桜色の嵐に、
突如振った桜色の雨に、
――――その幻想的な光景に、再び大歓声が響いた。
「…………そうやって、持て囃されて満足かしら?」
「ただ目立ちたくてやってるわけじゃないですよ? もちろん、戦いも華麗にがモットーではありますけど、アイドルですからっ!」
一見無作為にばら撒かれたように見える花弁。
花弁の全てが、突然ぴたりと静止した。
そして、その全てが一斉にルピアーネへ殺到する。
花弁が、あらゆる方向から同時に迫る。
――大会屈指の射撃戦の腕を持つ水村ユウジの同時展開限界は100、同時操作限界は30だった。
オウカの場合は、同時展開限界、測定不能。同時操作限界、20。
さすがに総合的な射撃戦の腕ではユウジに劣るだろうが、弾数だけで言えばオウカの能力は圧倒的だった。
同時操作限界が20というのは、無数にも思える花びらを一塊にしたものを一つと数えたものでだ。
花びら一枚一枚に、ある程度の攻撃力はある。一枚だろうと、魔力により強化された花びらは相手の肌に触れれば、刃のように引き裂き、ダメージを与えるだろう。
だが、やはり複数の花びらを集めた方がそれだけ攻撃力は増す。なのである程度花びらを集めた一塊ずつで運用するのが基本だ。
ルピアーネを取り巻く花びらは、それこそ無数に思えるが、本命は20の一塊。
「……ふぅん、なるほど」
オウカの攻撃が放たれる直前――ルピアーネはその意図に気づいていた。
ただの見映えだけの技ではない。
たん、とルピアーネは足先で地面を叩く。
すると巨大な石柱がいくつも伸びて、ドーム状になって彼女を包み込んだ。
花びらは、岩の壁に遮られ、ルピアーネに届くことはなかった。
先程、岩石を粉々にしたように、花びらによって岩を削ることは可能だが――先のそれよりも分厚く、込められた魔力量も多い。
防御力の差、魔力量の差。
ここは如実にランク差が現れた。
ルピアーネのステータスは、
ランク B
攻撃 B
防御 B
敏捷 D
出力 B
拡散 C
精密 C
対して、オウカのステータスは、ランクC。
精密はユウジやジンヤと同じようにAの、所謂努力型。
だがやはり高ランクの相手と正面から技をぶつけ合えば、地力の差が出てしまう。
敏捷は互いにD。
恐らく相手も近接戦はそこまで得意ではない、魔術戦タイプだろう。
それはオウカも同じ。同タイプの対決だ。
ならばやはりそのままランク差が勝敗に繋がるだろうか。
だが、オウカは知っている。
刃堂ジンヤを。
水村ユウジを。
才能の差を覆す努力と工夫で戦っていた彼らを。
誰もが笑ったとしてもなお、挑み続けた騎士を。
誰からも注目されずとも、高みへ挑んだ騎士を。
撃ち合ってみてわかる。
能力の相性は然程よくない。
似たスタイルの相手で、なおかつランクが上というのはやりにく相手だ。
オウカにとって、勝ちやすい相手というのは近接タイプ――それも強力な範囲攻撃を持たない、もしくは範囲攻撃自体を持ってないタイプ。
彼女の学園内での序列は3位。上にはジンヤとミヅキが。
龍上ミヅキは、オールラウンダー。オウカにとって鬼門となる相手だ。
だが、オウカはジンヤには勝ったこともある。
かつて、ジンヤが空噛レイガと遭遇した時のこと踏まえればわかるように、あの時のジンヤはアウトレンジからの攻めにとことん弱かった。
現在のジンヤならば、ユウヒとの戦いで至った《疑似思考加速》により、遠距離技を躱すことも出来るだろう。
(……まあ、相性もランク差もどうだっていいです。天才じゃない分際で上を目指すなら、結局この先格上にしか当たらないんですから)
ここを勝ち抜いても、次の相手は龍上キララか、零堂ヒメナ。
龍上キララは、自分より上のBランク。
キララに勝ってはいるが、選抜戦時代の話だ。オウカ対策――というか、範囲攻撃対策くらいはしているだろう。
その先は恐らく、Aランクの龍上ミヅキ。
準決勝の相手となるDブロックを勝ち上がってくる者はまだわからないが――決勝は、できることなら、ジンヤが勝ち上がってくれれば都合がいい。
尤も、順当にいけばセイハかゼキ、もしくはあの一回戦で凄まじい力を見せつけていたアグニだろう。
頂点への道は、気が遠くなる程に果てしなく、険しい。
それでも、進むと決めた。
だって、それは――――。
◇
爛漫院オウカは、ずっと孤独だった。
朽葉リンネは、ずっと孤高だった。
リンネは昔から、何事も人よりほんの少し上手く出来た。
勉強も、運動も。絵を描くことも、歌を歌うことも、ほんの少しだけ。
だからだろうか。
リンネはどこか冷めていて、周りにあまり興味が持てなかった。
自分より、ほんの少し出来の悪い周りの人間達に、あまり魅力を感じなかった。
だからといって、これだけは譲れないという強烈な想いもない。
つまらなかった。
つまらなかったが、そこから脱出したいというような飢餓感も持っていない。
やはりどこか、冷めていたのだろう。
オウカに出会ったばかりの頃のことは、よく覚えている。
彼女は魂装者を探していて、自分はやはり、魂装者としてもそこそこに優秀だった。
だから様々な騎士から求められるのだろうが、どうにもしっくり来ない。
自身の優れた能力を求められるのは気分が良いが、戦いは別段彼女の冷めた心を満たしてくれはしなかった。
オウカと試しに組んでみようと提案され、一緒に過ごしている時のことだ。
「…………そのアイドルというのは、一体どこがいいんだい?」
純粋な、疑問だった。
「ハァアアアアアアアアアアアアアア~~~~~~~~~!!!? あなた正気ですかぁぁあああああ!?」
オウカという少女は、とにかくやかましい。口調は一応丁寧になるように心がけてるくせに、その丁寧さと人格が合ってなさすぎる。
物静かなリンネとしては、それだけで組むのはごめんだった。
「いいですか!? アイドルですよ、アイドル! まず可愛い、可愛いじゃないですか、ほらこれ見てくださいよ!」
そう言って、オウカが好きな流行りのアイドル達を見せつけられた。
ピンとこない。
「歌もいいじゃないですか! ほら、聴いてくださいよ、耳出してください! 耳! ほら! 耳!」
強引に耳を引っ張られて、イヤホンを突っ込まれた。
痛い。
ピンとこない。
リンネにはよく理解できなかった。
オウカの必死になるアイドルとやらは、そんなに良いものなのだろうか。
だが、興味があった。
だって自分にはそんなものない。
冷めた自分には、オウカのように熱くなれるものがない。
少しだけ、羨ましかった。
「…………どうして、わたしなんだ?」
こんな自分を魂装者に選ぶ理由がわからない。
だが、オウカはなぜだか自分と組むことに拘った。
「……え、だってリン、とにかく顔が良いじゃないですか」
「はぁ?」
能力目当ての女子はいた。
だが、さすがに顔を目当てにして近づいてくるのは男子だけだったし、そういう相手は一目でわかるので断ってきた。
「私と並ぶとバランスがいいんですよね。キャラも正反対ですし。なにより私と並んでいい程の可愛い女子で、魂装者ってなるともう本当に絞られるんですよね。あなたは厳正な審査を勝ち抜いてるんですから、もっと誇っていいですよ?」
そんな審査、知らなかった。
なんだこの傲慢な女は、頭がおかしいのかと本気で思った。
「真っ白な髪、真っ白な睫毛、真っ白な肌、赤い瞳……雪みたいに綺麗で、冬みたいに静かで、冷たくて、透き通ってて、美しい……春みたいに穏やかで可愛い私と並ぶのにふさわしいじゃないですか!」
真剣な顔で、そんな恥ずかしいことを言ってくる。
「……というか待て、どうしてわたしの見た目が重要なんだ? 魂装者に見た目なんて関係ないんだろう」
「え、一緒にやりましょうよ、アイドル」
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? 正気かきみは!?」
久々に、大声を出した。
なぜだかオウカの中では、リンネがアイドルをやることは決定していて、断るという可能性は存在しないらしい。
頭がおかしいと、もう一度本気で思った。
それから、鏡で自分の姿を見る度にオウカの言葉を思い出してしまう。
冬がどうとか。雪がどうとか。
自分の真っ白い髪をつまんで、眺めてみる。
綺麗だと、そう言ってくれた。
あらゆることで周囲よりほんの少し優れているように、見た目もまた自身で言うのは恥ずかしいことだが、少しは優れてると思う。
だが興味がなかった。
自身の見た目になんて、興味はなかったはずなのに……。
自分はオウカのようなフリフリの衣装を着てステージに立っているところを想像する。
それだけで、顔が真っ赤になった。
…………あれから、オウカの提案についての返事は保留させてもらっている。
魂装者として組んでくれ。
一緒にアイドルになってくれ。
そんな提案の答えを、リンネはずっと迷っていた。
そして、リンネは決心した。
「…………答え、決めてくれました?」
「ああ……決めたよ。……もう少し、きみと一緒にいてやろう」
「では、オーケーということですか?」
「あ、ああ……そうなる」
「……どうしてです? あんなに嫌そうだったのに」
その問いになんて返すかだけは、本当に簡単に思いついていた。
「だってオウカ、きみの顔はとにかく良い。わたしと並ぶのにふさわしいと思った」
嘘だった。
オウカの顔は、まあ実際いいだろう。
だが違う。
理由はそうじゃない。
あんなにも真っ直ぐで、熱くなれるものを、同じように「独り」のはずの彼女が持っているのだ。そんなもの、気になるに決まっている。
「ふふーんっ、あなたもわかってきたじゃないですか、リン! 私の顔が世界で一番可愛いのは当然ですが! あなたは二番目に可愛いんですから、当然! 私にふさわしいんですよっ!」
こうして。
孤独な少女と。
孤高の少女と。
独りと独りが出会って、二人になった。
それからリンネは、オウカから彼女の『復讐』の話を聞いて、彼女の情熱がどこから来ているのかを知った。
リンネは誓っていた。
オウカの復讐を、必ず見届けると。
◇
ルピアーネはドーム状に包まれた岩石の中で思考を巡らせていた。
この壁がすぐに破られなかった以上、防御ではこちらが勝っている。
防御中心で引き気味に戦って削っていけば、ランク差こちらが勝つだろう。
いっそこのまま、この岩壁の中に閉じこもって、ここから外へ無差別に攻撃してみるのもいいかもしれない。
相手を視認できない以上、狙いをつけることはできないが、上手く行けば安全に勝てる手段だ。
あまり見ていて面白い戦い方ではないだろうが、知ったことか。
ルピアーネの目的は、勝つことだ。観客などどうでもいい。
不特定多数の男の視線に晒されるのは、たまらなく不愉快だ。
――――彼女は男が嫌いだった。
たった一人、あの人を除いて。
自分をどうしようもない絶望の底から救ってくれたあの人だけいればいい。
あの人以外、全て同様に塵屑だ。
だから――塵屑に持て囃されることに必死で、塵屑に囲まれていい気になっているオウカの存在は、どうしようもなく目障りだった。
まったくもって理解できない。
理解するつもりも、必要もない。
目障りならば――ただ、叩き潰せばいいだけの話。
魔力を練り上げ、勝負を決めるための術式を構築していく。
技を放つ直前――、
足元から、樹木が伸びて絡みついた。
(これは……ッ!)
つい先程、同じような手を見ている。
ミヅキ対ユウジの戦い、防御の直後を狙ったユウジの攻撃。
だが、あの時と異なる点がある。
まず、あの時はミヅキが防御を解除した直後だった。つまり視認可能だったのだ。だが今はまだ、岩石のドームに覆われてこちらの姿を見ることができないはず。
それに、ミヅキが防御に使っていた銀色の膜は彼一人分を覆う程度の大きさ。あの場合なら、視認せずともミヅキを捉えられる可能性は高い。
しかし、ルピアーネが作ったドームの広さは十メートルはある。視認せずに当てずっぽうで狙ったところで、命中の可能性は低い。
(なぜ――? いいえ、今はそれよりも……ッ!)
敵の能力を突き止めるより、目の前の脅威を排除するのが先だ。
即座に足元の樹木を切り裂きつつ、背後の岩石に張っていた魔力を消し去る。
さらに岩石を分解し、砂状に。そこから脱出。
これで自身とオウカを隔てるようにドームがある状態に――と、ルピアーネが現状の互いの立ち位置を脳内で確認し、そこで気づいた。
振り向きつつ、刀を背後へ振るう。
「気づきましたか」
「それはさっき見たわ」
「…………残念。では私が、ただ同じことをするだけではないというところまで予測するべきでした」
射撃戦→防御に転じた相手へ、射撃戦により意識が薄れている足元からの樹木の攻撃→そこから逃れたところへ接近し、近接攻撃……この流れは、前の試合でユウジがミヅキに仕掛けていた。
ここまではほぼ同じ形。
ルピアーネはクロスレンジを得意としていないが、それは相手も同じ。近づかれたところで、それだけでは決着はつかない。
だが。
直後、ルピアーネを桜嵐の刃が襲った。
オウカはユウジのように、剣戟を挑むつもりはなかった。
近づいたのは、自らすら囮するため。
本命は、自身が最も華麗と信ずる花弁の刃。
「……まだ、終わる訳には……いかないのよ……ッ!」
ルピアーネが背後へ飛んだ。
再び岩石のドームの中へ逃げ込むという訳ではない。
逃げ込んだところで、視認できていないはずの場所へ攻撃を加えている方法がわからない。
ルピアーネが巨大な岩石のドームに触れると、その全てが一瞬で砂となった。
膨大な量の砂を操り、自身を取り囲んで、桜刃から身を守る。
操作精度や威力では劣るだろうが、操れる物量ではこちらが勝るだろう。
魔力量に物を言わせた手段で、どうにか乗り切った。
そして――。
「アナタと違って不格好だけど、しかたないわね……どれだけ無様でも、あの人のためになれないよりはずっといいもの」
巨大な岩石を砂へ変えたものに加え、さらに魔法陣から砂を出現させる。
凄まじい量の砂嵐が舞って、観客から二人の騎士の姿を隠してしまう。
当然、互いの姿も視認できなくなった。
オウカのように能力を展開すればそれだけで目を奪うような鮮やかさは、ルピアーネにはない。
所詮、泥に塗れるのが、砂塵塗れになるのが、地に這っているのが――そういう無様しか似合わない、下らない女だという自覚はある。
男が嫌いだというのに、誰に見せるでもない、無意味な美しさを磨き続けるのは、心のどこかで諦めきれていないからだろう。
男は嫌いだ。男の下卑た視線は、不愉快でたまらない。そんなものを率先して集めようとしている眼前の少女は――爛漫院オウカは、気が狂っているとしか思えない。
あの人は、自分を女として見ることなんてない。
自分の想いが報われることなんてない。
そんなこと、わかりきっているはずなのに。
無意味とわかっているまま、無意味なことをしている。
矛盾していることは、痛い程理解している。
狂っているのは、自分も同じ。
単純に気に食わないというのもあるが……ほんの少し、羨ましいのかもしれない。
オウカは自分程、自身の在り方を恥じてはいない。
むしろ誇っている。
――――本当に、ムカつく。
ルピアーネの戦意に、ほんの少しだけ《あの人のため》以外の理由が加えられた。
「負けられない、レヒト様のために……絶対に負けられないのよ……だからッ!」
砂塵で覆われた世界。
魔力をリング全体へ広げ、手当たり次第に石柱を出現させた。
運任せのその攻撃は――、
「ご、はァッ…………ッッ!」
オウカの腹部に、床から伸びた石柱が直撃した。
呼吸が止まった。
上空へ打ち上げられ、叩きつけられる。
意識が途切れかける。
リングが砂嵐に包まれていることにより、こちらの状況が把握できていないのか、ダウンカウントが始まらないが――立ち上がらなければ、次が来る。
もう一撃食らえば、もう立ち上がれないかもしれない。
そもそも、ここがどこかもわからない。もしもリングアウト寸前だったら、もう一撃食らえばリングアウトだ。
そうなったら立ち上がっても、もうリングへ復帰するのが間に合わない。
――――立たなければ。
《なあオウカ……きみがそうやって這っている様を、ファンが見たらどう思うかな》
「……ハッ、冗談。私が舞台の上でそんなところ見せる訳ないじゃないですか……それと」
吐き捨て、手のひらを握り、リングへ叩きつける。
「ファンじゃなくて、養分ちゃんですって……ッ!」
震える脚を引きずって、どうにか膝を折り曲げ、リングを踏みしめ――――立ち上がった。
「この砂嵐……髪に埃がつくんで最ッ悪ですけど……でも、養分ちゃん達に無様を見せないで済むところだけは感謝できますね」
◇
倒した。
手応えはあった。
オウカが倒れる音はした。
オウカの魔力反応は乏しい。
視界不良のため、姿が確認できないが、反撃がない以上はもう終わったのだろう。
ダウンカウントがないのは、審判からも状況が確認できないから。
あとはこの砂嵐を解除し、相手の姿を確認すれば終わり――そう思った瞬間。
「こっちですよ」
声がした。
背後――即座に振り返り、岩石を放つ。
いない。
部分的に、砂嵐を払っていく。
「こっちですってば」
声。
再び声がした方向へ攻撃。
いない。
「……どういうことかしら」
堪らず砂嵐を解除。
視界が晴れていく。
声がした方向にオウカは――――いない。
ならばどこに?
「ありがとうございます、砂嵐を解いてくれて。クライマックスだっていうのに、養分ちゃん達に決着の瞬間が見えないなんて、そんなのは無粋ですから」
オウカが立っていたのは、声がした方向とはまったく別――どころか遥か後方。
あんなところからの声の届き方ではなかった。
一瞬で移動するには不可能な場所。
ルピアーネの何故という疑問の答えが出るよりも早く。
「――――私達は、二人で一つのユニットなので」
ルピアーネは、戦いの中でいくつか疑問を持っていた。
不可解な方向からした声。
視認していないはずなのに、命中する攻撃。
その答えは――オウカではなく、リンネの能力。
リンネは《音》の概念属性を持っている。
ドーム内への攻撃。
そのカラクリはなんなのか。
――――反響定位。
それはまず、ドーム内へ樹木を出現させ、そこから音波を放ち、反響定位の要領で位置を探る。
反響定位というのは、コウモリなどが行う音波を発し、その反響によって周囲を把握する術だ。これならば、暗闇に包まれたドーム内だろうと関係ない。
樹木から音波を発し、その反響を樹木で受けて位置を探るという、オウカとリンネの合わせ技だ。
不可解な方向からの声。
これはまず、砂嵐の中でも反響定位によりルピアーネの位置を探り、彼女の付近に魔法陣を出現させる。スピーカーのような役割を果たす魔法陣からは、オウカがいないはずの場所から彼女の声がするという訳だ。
「それじゃ、次の攻撃でラストです――――アンコールは、ありませんから♪」
桜嵐の刃が、ルピアーネを包んだ。
『決まったアアアアアアアアア!!!!
砂嵐にリングが包まれた時は一巻の終わりに思われたが! しかし最後は鮮やかに決めました!
Cブロック第三試合――――勝者、爛漫院オウカッ!』
オウカが観客席に向かって拳を振り上げた瞬間――今日一番の歓声が響いた。
◇
試合の後、ルピアーネは医務室で目を覚ました。
「おはようございます♪」
「…………どうしてアナタがここにいるのかしら」
ベッドの横に座っていたのは、憎らしいピンク色――つい先刻、自分を倒した女、爛漫院オウカだった。
「だって、まだ教えてないじゃないですかっ!」
「……ハァ?」
「あなたを許せない理由ですよ」
「……ああ、そんなことも言ってたわね」
『私は誰かを否定したりはしません。だって、誰かを認めて、肯定して、応援するのがアイドルですから。……でも、一つ例外があります。一つ、あなたは許せないことを言いました』
今更どうでもいい。
負ければ全て終わりだ。
「で……なにかしら?」
どうでもいいが、わざわざそんなことのために来たのならば聞いてやるくらいはいいか、とルピアーネは投げやりに思考した。
「私は誰かを否定しません。誰かに否定されても、気にしません。でも、他人の夢を馬鹿にするようなことだけは、例外です。特に……私を応援してくれる人を、馬鹿にするようなことだけは」
『くだらないわねえ……』
『有象無象の男達に応援されないといけないなんて、情けない。やかましい彼らもばっかみたいねーホント。アナタ達、くだらない在り方だわ。これは楽勝かしらね? でもまあ、楽に勝てる分にはいいかしら』
「……で、なにかしら? 土下座でもしろってていうなら構わないわよ。敗北以上の惨めなんて、もうないもの」
「いえ、そんなのいいです」
「なら、なによ?」
「私の歌、聴いてください!」
「ハァ!?」
「んんっ……。おほんっ。あーあー。よし、喉の調子はまあまあかな……?」
「ここで歌うのかしら!?」
「ダメですか?」
「医務室よ!?」
「あ……そうでした」
ルピアーネは頭を抱えた。こんな馬鹿に自分は負けたのかと。
「じゃあ、ほら、これで!」
そうして、ルピアーネの耳に、オウカの端末に繋がれているイヤホンがねじ込まれた。
そして。
「ふぅーん…………まあ、ピンと来ないわね」
「そんなわけないじゃないですか」
「なんでそれをアナタが決めるのよ……」
全人類が自身の感性を理解できるとでも思っているのだろうかこいつは。
「……まあ、何度か聴くといいかもってなるかもですから! スルメ曲の可能性がありますから!」
そう言ってオウカはルピアーネから、彼女自身の端末を奪い去ると、勝手にいくつかの曲をダウンロードした。
「ちょっ……アナタ本当に馬鹿!? 私のウォッレットが……」
ルピアーネの電子マネー、その残高が理不尽に削られた。
「後で払いますから」
「…………ここでもう一戦しましょうか?」
「いえ、早く聴いてください!」
「……ほんっとうになんなのよもう…………まあいいわ。聴くから、さっさと出ていきなさい」
そう言って、ルピアーネはオウカから顔を逸した。
それを見て、オウカは笑った。
「絶対ですよ? それでは!」
それだけ言って、医務室を出て行くオウカ。
ルピアーネが顔を逸した理由は――、
オウカが笑った理由は――、
『ユメドケ』という曲だった。
冬のように、静けさに満ちた始まり、少しずつ春に向かっていくような、そんな曲。
モチーフは桜と雪。あの二人を表しているのかもしれない。
夢が叶わないとしても。雪のように溶けてしまったとしても、それでも残るものはある。
雪解けの季節。夢が叶わなかった後に咲く花もある。
そんな、ありふれた、くだらない、陳腐なメッセージの詞だった。
本当にくだらない――――今の自分に重なる、そんな歌。
ルピアーネにとって、オウカの在り方は不愉快だ。
あんなものは認められない。
オウカなど、ただムカつくだけの存在だ。
ムカつくが――――それでも。
ルピアーネは敗北し、彼女の戦いは終わっていて、
彼女の願いは、夢は、最初から終わっていて、少しも叶う余地なんてなくて。
雪が解けるように。
夢が解けるように。
「…………まあ、悪くない歌ね」
彼女の瞳から、一筋の涙が流れた。
◇
医務室を出たオウカは、その背を扉に預けていた。
そして、室内から聞こえてきた静かな声に、満足そうに頷くと、歩み出す。
向こう側からやってくるのは、白い髪をした相棒。
にやりと笑ったオウカは、リンネが掲げた手に自身の手をぶつける。
ぱちん、と小気味のいい音が鳴った。
オウカはアイドルだ。
だから、自分がどれだけ否定されたって構わない。
だが、ファンを否定されるのは許せない。
そして――――どれだけ否定されたって。
相手を否定せず、肯定する。
応援する。
だって、誰かを応援するのが、アイドルなのだから。




