エピローグ 迅雷の逆襲譚
「それじゃあ……クモ姉の退院&僕とライカの代表決定を祝して……」
「「「「乾杯!」」」」
僕、ライカ、クモ姉、キララさん。四人で僕の部屋に集まって、ジュースで乾杯している。
あの戦いから、数日が経過した。
龍上君に勝った勢いそのまま、僕は代表選抜戦を勝ち続けて、無敗で彩神剣祭への出場を決めた。
また一つ、僕らは夢に近づいていた。
「いやー、マジですごいねジンジン。さっさと代表になっちゃうなんてさー。ま、うちの学園最強じゃ当然か」
「キララさんだって、もう少しだろう」
キララさんはまだ日程上試合が残っており、それに勝てれば十分に代表入りは可能な戦績だ。
「勝つよ。アタシだって、兄貴やジンジンに負けてらんねーもん。騎士やってて、《剣聖》目指さないやつなんていないって。大会で当たったら、リベンジすんだからね!」
「望むところだ」
こつん、と拳をぶつけ合う。
「キララ、この間の試合だが、やはりまだキミは魔力制御が甘い、大技に頼りすぎだ。ジンヤに教えてもらうといい」
「マジすか……でもジンジンとかヤクモ先輩みたいにはすぐできないっすよ~」
キララさんと、クモ姉は、あれからどういうわけか懇意にしているようだ。
「……ねえ、クモ姉」
「どうした?」
「キララさんとなにかあったの?」
「別に……ああ、いや……まあ、キミのおかげさ」
□ □ □
「――帰れ」
ジンヤとミヅキの決戦の日。キララは、ヤクモの部屋を訪れていた。
彼女に無理やりジンヤの戦いを見せるためだ。
「……また来るって、言ったよね」
「何度来ようが同じだ」
「あーもう、めんどくさい! お前ら、さらうよ!」
「……は? え?」
あの日、ヤクモとキララが観客席から声援をくれたのは、そういうわけだった。
今こうしてみんなで笑い合っていられるのも、キララの働きが大きいと、ジンヤは思っていた。
□ □ □
「先輩、先輩とうるさいやつだが、悪くないよ。ジンヤやライカには、姉と呼ばれてしまうからな。新鮮な響きだ」
「ヤクモ先輩、なんの話っすかー?」
「キミがもう少し魔力操作が上手ければまだまだ強くなれるという話さ」
「……うぅー……頑張りマス……。ジンジン、ヤクモ先輩ってこんなスパルタなん、昔からなんこれ……?」
「……まあ、そうだね」
「うへぇ~……」
がっくりと肩を落とすキララさん。本当に、賑やかな人だ。
「なあ、ジンヤ」
「なに、クモ姉」
「――嬉しいよ、キミがまだ、私を姉と呼んでくれ」
「……僕も嬉しいよ、まだクモ姉をそう呼べて」
「キミのおかげさ……ありがとう、本当に感謝してる……」
「そんな……! 僕がそうして欲しいと思ったってだけのことだよ、クモ姉は今も昔も、ずっと僕の憧れだから」
「目指すよ、キミの憧れに恥じない騎士を。そうだ、キミとはまだ騎士として戦ったことはなかったな。リハビリが終わったら、手合わせ願えるかい?」
「是非、よろしくお願いします」
「……ところでジンヤ」
「なに? クモ姉」
「キミ……ライカとはどうなっているんだ?」
ぶふっ――と、僕とライカは同時にジュースを吹いた。
「あ、えっと、それは……」
「ジンくん!」
ライカの焦る声。
どうしよう。こういうのは正直に言ったほうが……とは思うんだけど。
ライカはなにやら、タイミングがどうとか言ってるんだよな……。
「えー……それは私の方から発表させて頂きます」
「…………え?」
ライカが立ち上がった。
□ □ □
龍上ミヅキは学園の屋上で仰向けになって、空を見上げていた。
横に体育座りのメルクもいる。
端末が鳴る。
学園でのニュースを配信しているメールだった。
刃堂迅也が代表決定したことが書いてる。
ミヅキも代表入りは既にほぼ確実となっている。ジンヤより遅いのは、彼に負けた一敗があるから。
「…………みづき、くやしい?」
メルクが話しかけている。
ここのところ、会話が少し増えた。
本当にとりとめない、短いやり取りだ。
別にあの少年に当てられて、強くなるにはパートナーとの絆が大切などと寝ぼけた考えに改宗したわけではない。
気まぐれだ。別にメルクのことは嫌いではない、基本的に何も面倒なことを言わない、無害な少女だ。
「まァな。負けて悔しくなかったことなんざ一度もねえよ」
「…………つぎは、かてる」
「根拠は」
「…………こんきょは、ない」
「ねえのか」
「…………ある」
「なんだよ」
「…………みづきは、めるくのひーろー、なので」
「ヒーローだァ……?」
思わず舌打ちしてしまう。胸糞悪い単語だ。
「んなガラなワケあるかボケが」
自分は最低な人間だ。
これまで一体、どれだけの人間を傷つけただろう。
その全員が、ジンヤのように這い上がれるわけではない。そのまま再起不能になった騎士は大勢いるだろう。それでいいと思っている。挫折するならその程度の雑魚だったということだ。
だが――ミヅキは己が正しい人間ではないことを知っている。
だからどうにも、この少女が時折見せる自分への信仰めいた感情が、苦手だった。
「…………じゃあ、まおー」
「魔王、ねえ……」
ヒーローよりは、マシだった。
「それでいくか……あァ、そうだ。オレァ、テメェのために、他のヤツらの夢を全部叩き潰して、天辺に立ってやるよ」
「…………さすが、めるくの、まおーさま」
ぼーっとした口調で、表情ではあるが、僅かに頬を染めて、少女は笑っていた。
「――メルク」
「…………なに?」
初めて、少女の名前を呼んだ気がする。
彼女に手を差し出す。彼女は小さな手でそれに触れた。
武装化。
銀色の刃で、ミヅキは己の足元まで伸びる銀髪を、肩のあたりで切り落とした。
『…………さんぱつ?』
「まァな、気分でも変えようと思ってな」
――女々しく、情けない話ではあるのだが。
ミヅキはかつて、願掛けとして髪を伸ばしていた。
願いは叶った。ミヅキは中学時代、全国三連覇を成し遂げている。
その直後、叶った願いがどうでもよくなるような敗北を経験した。
そうなると、願いとは、なんだったのかわからなくなった。
わからなくなったまま、生きてきた。
彼に長い長い髪は、その弱さの象徴だったのだ。
これだけ伸びるまで、迷い続けていた。
本当に、情けない話だ。
風に乗って消えていく銀髪を見て想う。
自分は悪だ、自分は屑だ、自分は正しくない、最低の人間だ。
それでもいい、どれだけ自分が最低の人間だろうと。
必ず、この少女の抱いた幻想になってみせる。
そして、今度はあの少年に――――。
「メルク」
「…………なに」
「――――今日も勝つぞ」
「…………きょうもかてるよ、わたしのだいすきなみづきなら」
マセたガキだ、と思いながら、ミヅキは彼女の頭をくしゃくしゃになるよう撫でた。
長かった髪を切り落としたからか、彼の足取りはとても軽い。
□ □ □
僕とライカは、公園のベンチに座っていた。
あの日の戦いの後。
空は当然、夕焼けに染まっている。
僕は、夕焼けが好きだった。
ライカと出会った時の空の色を、覚えている。
そして、ライカと過ごし続けた時間帯だ。
彼女とチャンバラごっこをしていると、いつも気づけば夕焼け空になっていた。
家に帰る前の最後の一戦。二人ともボロボロになっているが、表情は最高に楽しそうだ。
ずっと、あの日の続きをしているのかもしれない。
そうしている先に、僕らの約束があるのかもしれない。
そんなことを、思った。
「……ジンくん、覚えてるよね。新しい、約束」
当然だ。
「ああ。僕が先に言う」
「……男の子、だから?」
「それもあるけど、僕が先だからだ」
「何が……?」
「それも全部、今言う」
立ち上がる。
緊張する。
戦いの前よりも、ずっと緊張しているかもしれない。
こういうことに、僕は疎い。
当たり前だ。だって、そういう想いを抱いた相手は、たった一人だ。
息を大きく吸い込む。
そして。
「ライカ! 僕は十年前のあの日から! キミを初めて見た時から、ずっと好きだった!」
「……うん。私も。大好きだよ、ジンくん」
ライカは泣いていた。
泣くことがあるか、こんなに、こんなに嬉しいのに……。
「ジンくん、泣いてる」
「ライカもだ」
「嬉しいんだもん」
「僕もだ」
「……ぎゅーってしていい?」
「あ、ああ……構わない」
ライカが抱きついてくる。甘い匂いと柔らかい感触に包まれる。
「……キスは? いい?」
間近でそんなことを言われる。
「いや、それは……」
「うるさい、ばか、へたれ、だまれ」
そう言って、唇を押し付けられて、黙らされた。
「……っ、はぁ……こういうのは、男のほうから!」
「うるさいへたれ、もう一回するぞ」
「……い、いいよ」
「……すけべ」
……バレた。
もう一回したかった。
「それで、何が先なの?」
「僕の方が、先に惚れた」
「……私だって!」
「《約束》の時だろう?」
「――――わっ、なんでわかるの?」
「……いきなり呼び方が『ジンくん』になった」
「バレバレだ……」
「僕のほうが、六年は早い」
「……六年かけて惚れたの」
「…………」
「ふふ、かわいっ、照れてる」
当たり前だろう……。
悔しいが、何も言い返せない。
「それが、三年前か」
「……うん」
「ごめん、三年も待たせた」
「……いいよ、ちゃんと約束果たしに来てくれたから」
「今度はもう待たせない。最短で、最速で……今年、僕らで剣聖になろう」
「うん、出来るよ。だって……」
「ああ、そうだね……」
近頃僕らは、相手が何を言うのかわかってしまう時がある。
そんな時、相手の言葉にぴったりと同じ言葉を重ねるのだ。
自分もそう思っていたことを示して、その想いを二倍に強めるように。
「「この世界に、本気で願って叶わないことなんてない」」
□ □ □
「私、雷咲雷華は……刃堂迅也くんと、お付き合いさせてもらっています……!」
『えー……それは私の方から発表させて頂きます』……そんな言葉を口にしたかと思えば、電撃発表だ。なにそれ、聞いてないぞ僕は……。
「知ってたよー」
「知ってたな」
「知ってたの!?」
ぐいっ、とすごい勢いでこちらを見てくるライカ。
「言ってないよ!?」
「いや、バレバレだし……ライちゃんマジでウケる」
爆笑し始めるキララさん。
「ねえ、キララちゃん」
「なに?」
「お・つ・き・あ・い・さ・せ・て・も・ら・っ・て・い・ま・す!」
キララさんは、僕に腕を絡めていた。
「あ~へーきへーき、これくらい友達どーしのやつ」
「私が大丈夫じゃないのっ!」
「え~……束縛強い系なの……じゃあ、りゃくだつあーい」
「えくれーる!」
「あいたっ!? はぁ!?」
ライカはキララさんにチョップを繰り出した。
……むぅ~と膨れているライカ。……たまに子供っぽいんだよな、必死に大人ぶって、女の子らしくしようとしてるけど、素が出る。
もしかして、電撃発表はキララさんへの牽制……?
意外と本当に束縛が強いのかも……そういうところも可愛いなと、そんなことを思っていた。
「あ、そーだ! 記念写真とらない? 思い出作っちゃお!」
唐突にキララさんがギャルみたいなことを言う。
……そういえば、ギャルだった。
カメラを取り出すキララさん。
クモ姉はすぐには立てないから、みんな座ったままで、なんというか、自然体の姿を撮影することに。
……その写真は、きっと何度も見返すことになるのだろうな、と思った。
ライカと再会してから、この瞬間まで。
それは、僕らのこの先に広がる長い長い夢への道の――大切な、第一歩だと思うから。
□ □ □
――僕は、夢を見ることが嫌いだった。
僕には、夢がなかった。
僕には、何もなかった。
夢も、才能も、友達も、好きなことも、なにも。
夢がないから努力することもない。
才能がないから努力せずできることもない。
好きなことがないから、努力したこともない。
僕は、夢という言葉が嫌いだった。
何かを目指せる人が、嫌いだった。
羨ましかったのだ、妬んでいたのだ。
何かを目指せる人は、何かを持っている人だ。
それは、夢だったり。
才能だったり。
友達であったり。
そのことを好きであることだったり。
何もない僕に、夢などあるはずがない。
僕は、何者にもなれず、なにも成し遂げることができない。
ずっとそう思っていた。
けれど――あの日、全てが変わった。
ライカに出会って、変われた。
何もない僕に、何かが出来た。
ライカという、大切な人ができた。
《約束》をしてから、必ず叶えると誓った、夢が出来た。
その夢は何度も、潰えそうになった。
その度僕らは、互いを支え合って、何度も立ち上がる。
この物語は。
僕らの物語は。
誰もが笑って馬鹿にして無理だと言った、夢を掴むための物語。
一条の迅雷が刻む、逆襲譚。