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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/上 その物語に、未だ名前がないとしても
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 第4話 頂点へ挑む者/ 龍上ミヅキ VS 水村ユウジ


『わ、わかっていたとしても……! 僕はこう言うよ……二度と忘れられないようにしてやるッ! お前に、消えない敗北を刻んでッ!』


『ハッ……御託はいらねえ、来いよ。テメェにゃ悪いが、雑魚を弄んでた腑抜けは死んだ。今のオレは、誰が相手だろうが全力で潰す、遊びはねえぞ』






 龍上ミヅキ対水村ユウジ。

 先に仕掛けたのは――――意外と言うべきか、ユウジだった。

 

 ミヅキはほぼ全てのステータスが高く、攻防、近距離中距離で高いレベルを誇り、《パーフェクトオールラウンダー》などと呼ばれているが、攻撃的なスタイルの騎士だ。

 

 高い防御力と豊富なスタミナを持つ以上、序盤は様子見で相手に技を出させて、持久戦に持ち込み削り取るような戦い方を選んでも勝てる――というより、堅実に勝ちを狙うのならそちらを選ぶべきだ。

 だが、彼はそんな気性をしていない。

 自ら攻めて、相手との差を示し、叩き潰して勝つことを好む。

 長いリーチを活かし、先制攻撃を加えることを好む。


 彼の初手に多いのは、蛇腹剣の特性を持つ自身の野太刀による伸びる刺突――もしくは高密度の雷属性魔力斬撃を飛ばす。


 ミヅキは野太刀を振り上げ、そこに魔力を纏わせていた。

 雷光斬撃を放つモーション。


 そして、その時点で――ユウジの攻撃は放たれていた。


 正面から、水弾が3つ。

 大きさは野球ボール程。水とはいえ魔力で加速したものだ、生身で食らえば大ダメージは免れない。魔力で覆った部位でも、ダメージは通るだろう。


「……ッ、」



 僅かに目を見開くミヅキ。

 先手を取られるとは思っていなかった。


 思っていたより出来る。

 速い――弾速自体も、術式構築も、そこから狙いをつけて発射するまでも。

 だが。


 バヂィッ! と激しい雷撃音が弾けた。

 ――雷撃結界。

 ミヅキが指定した領域内に魔力を感知した瞬間、自動で雷撃が弾け、侵入したモノへ迎撃を加える術式。

 空噛レイガとの戦いでも使用していたものだ。

 

 生半可な遠距離攻撃では、ミヅキ自身に防御の体勢を取らせることすら敵わない。

 それを見てユウジは――口元に僅かな笑みを浮かべていた。


「だったら、これで……っ!」


 彼の周囲に水弾が浮かぶ。その数9。それを3つに分けて、三連の水弾を三方向から雷撃結界へ叩き込む。

 三連の水弾。その先頭のものに対し、雷撃が発動しても、その隙に残りの二つが結界をすり抜けてくる。

 レイガの対処とほぼ同じ。

 一瞬で見抜いた分析力、さらに即座に対応策を打てる能力の幅。

 ランクの割には、戦える騎士だと――ミヅキはさらに相手の脅威を上方修正する。


「……チッ」


 軽く舌打ちしつつ、大きく後方へ飛びながら、連続で雷光斬撃を放つ。

 三方向へ放たれた斬撃が、同じく三方向から迫る先頭が削れ二連となったの水弾を全て消し飛ばす。


 対処は出来た。が、先手を取られた上に、後方へ下がらされた。

 これだけで、ミヅキの癇に障るには十分だった。


「――――クソが」

「…………うっ、」


 鋭い視線でユウジを射抜くミヅキ。

 ユウジは僅かに竦むも、すぐに表情を改めて睨み返してくる。


 奇妙な気分だ。怯えさせるつもりなどなかったが、今ので怯えたらしい。すぐにそれを握り潰し、闘志を剥き出しにしてくる様からは、とてもではないが自分と戦える騎士だとは思えない。

 だが実際に今、押されているのはこちらだ。

 手を抜くつもりは毛頭なかった。

 では最初から全力で臨んでいたか?

 それも違う。

 初手で彼の最高威力にして最高速度の技、《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》を出すつもりもなければ、それに範囲と手数を加えた《雷竜災牙アドヴェルサ八岐之大蛇オクタグラム》を選んでもいない。

 いや、出すつもりすらなかった。

 それが手抜きという言い方もできるかもしれない。

 が、容易く切札を出すのは、このトーナメントにおいてそちらの方がよっぽど舐めているだろう。

 目の前の試合に全力を尽くすと言えば聞こえはいいが、ただ自身に酔うためにそんなことをしているのなら優勝を目指す参加者全員を馬鹿にしているとしか思えない。

 トーナメント序盤から切札を見せていけば、それだけ後半で対策が取られる。

 いかに目の前の相手に全力を出さずに勝ち上がっていけるか――それこそが、大会に挑む姿勢において『全力』だと、ミヅキは考えていた。

 理想を言えば、目の前の相手に全てを見せるのは決勝だけで十分だ。

 最低でも、この相手にいくつか隠している『新技』を見せるつもりはない。


 これはジンヤにも共通しているが、龍上ミヅキは戦いの楽しむ感性を持ちつつ、勝利に対しての姿勢はクレバーだ。

 これは、高速のスイングと同時に刀を分離させ、二点同時斬撃を放つ《蛇竜閃》を、対輝竜ユウヒのために隠していたことなどからもわかるだろう(ジンヤによってその切札は切らされてしまったが)。

 ジンヤよりも、この傾向は強いかもしれない。

 

 ――――なぜならミヅキは、生まれてからずっと、勝ち続けてきた人間だから。

 

 ジンヤのように、負け続けてきた人間とは違う。才能を持ち、生まれながらに勝利を宿命付けられた人生。

 敗北など、そう多くは経験していない。

 だからこそ、彼はどこまでもプライドが高く、敗北を許容できない。

 

 ――――そんな男が、三度負けた。


 輝竜ユウヒに敗北した。

 刃堂ジンヤに敗北した。

 風狩ハヤテに敗北した。


 許せるだろうか、こんなことが。


 ずっと勝利し続けてきた男の誇りは、あの日から――輝竜ユウヒに敗北した時から、踏み躙られ続けている。 




 水村ユウジ。

 この相手は、刃堂ジンヤではない。




 考えなしに力を振るうのではない。相手を倒せる最小限のラインを見極める。

 そして――その見極めに失敗していた。

 当然、最初から全力を出すつもりなどなかった。


 が、それでも――この相手は、水村ユウジは侮れない。

 

 蒼天学園の5位。

 どこかで、所詮は滑り込みで出場枠を勝ち取った相手と思っていたかもしれない。

 末席ではあるが、あの蒼天院セイハの部下である《四天王》の一人の相手に対して。


「――――面白ェ、少しは楽しめそォだ」


 ミヅキが、笑った。

 無名の選手だ。楽しめる相手とは思っていなかったが、そこも改めよう。

 

 



「…………笑うのかよ、これで……っ!」


 ユウジは震えていた。

 大舞台にも慣れていない。

 ましてや相手は、逆襲を思い描き続けてきた宿敵。

 手が、足が、唇が、全身が――震える理由など、いくらでもある。

 今はこちらが押しているはずなのに、精神的には動揺しっぱなしのこちらと、平然としているあちらで随分と差が開いている。


《ユウジくん……平気?》


 互いを信頼した騎士と魂装者アルムは、気持ちが高ぶるに連れて、感情が互いへと流れ込む。

 強い感情程、はっきりと伝わってしまう。

 ジュリは今、ユウジから強い不安と恐怖を感じていた。


「うん……平気だよ――――これは、武者震いだ」


 だが同時に、これまでにない程の凄まじい高揚感も流れ込んでくる。


 震えを噛み殺し、ユウジは笑った。


 戦えている。

 あの龍上ミヅキと。

 それどころか、笑みすら浮かべさせることができた。

 それだけで。

 たったそれだけで、飛び上がる程嬉しくなる。

 涙がこぼれそうになる。

 あの男が、どこまでも遠かった男が、今は自分を見ている。 

 忘れもしない――――ミヅキとの戦いで敗れた時の記憶を。

 あの瞳を、絶対に忘れない。

 あの時、ミヅキはユウジを見ていなかった。

 たった一撃で敗れた。

 初手に雷光斬撃を放ったミヅキ。ユウジは水壁を出現させ防御を試みるも、打ち破られ、それで決着。

 一撃での決着。

 試合時間は数秒。

 それに比べれば、途方もない進歩だ。

 まだやられていない。

 まだ立っている。

 まだ試合は続いている。

 どころか、先手はこちら。

さらに、相手を下がらせた。


 だが――まだだ、まだこんなものではない。


 龍上ミヅキの口元に笑みを浮かべさせて、それで、それだけで満足か――?

 いいや、否。


『二度と忘れられないようにしてやるッ! お前に、消えない敗北を刻んでッ!』


 勝つと誓った――だから、こんなところで攻め手を緩めるつもりはない。

 まだ戦いはこれからだ、ここからいくつも策を用意してあるのだから。


 再び水弾を出現させる。

 今度は同時に、十。

 深緑の刀身を持つ刀――ジュリが変じた武装形態――を、タクトのように振るう。

 大量の水弾を、一斉射出。


「ハッ、それしか能がねェか!?」


 地を蹴り駆け出しながら、一閃。


 《蛇竜閃》。

 八つに裂けた銀色の刀身が振るわれ、大量の水弾を一気に引き裂き、消し飛ばしていく。

 刀身には電流が流されており、触れた瞬間に水弾を高熱で霧散させた。


「ああ、生憎と僕にやれるのはこれくらいだ!」


 水弾展開――今度は、同時に二十。


 そこでミヅキは目を剥いた。

 ――一体どこまで増える?


 3、9、10と来てここで20。

 ただ数が増えるだけなら、脅威ではなかった。恐ろしいのは、20もの水弾がそれぞれ別々に動いて、ミヅキを取り囲んでいくことだ。


 複数の水弾は、一度のスイングの軌道上に重なっていたため、十ならば、八つに分かれた刃の一閃で処理出来た。

 だが、二十となると、一閃では処理できない。振り抜いた直後の隙に、打ち漏らしを回避するのが難しくなる。

 

 雷撃結界はもう破棄してしまった。

 あれは特定の位置を中心に、そこから周囲を指定し、自動迎撃を構築しておくものだ。

 後方へ下がらされた時点で、初手のやり取りで発動していた分は役目を終えた。

 無駄に結界を維持していても、無駄な魔力を食うだけだからだ。

 仮にそのまま放置していても、盾に使えたが、ユウジの水弾の操作は精確だ。すぐに結界の範囲を特定し、迂回して攻めてくるだろう。

 今から結界を張り直す?

 いや、先刻と同じように突破されてしまうだろう。


 蛇竜閃でも、雷撃結界でも――防ぎきれない。

 

 二十もの水弾の同時展開、同時操作。

 これはどの程度の技術なのか。





「……やるな、あいつ……」


 観客席で試合を見ていたハヤテが、口をついて呟いていた。

 彼は高いステータスを誇るが、精密性が低い部分が弱点だった。

 ステータスは、ランク、攻撃、防御、敏捷、出力、拡散、精密の七つの項目に分かれているが、実はこれはある程度簡略化されている。

 さらに詳細なステータスの項目には、同時展開数、同時操作数というものが有り、その騎士が一度に操作対象を出現させる数、操れる数というのが、ステータスを計測する際の評価項目に含まれる。

 もっと言えば、その数が《精密性》の評価に影響を及ぼすという訳だ。


 ハヤテの精密性はC。

 同時展開数は六、同時操作限界は二だ。

 これが彼の刃翼が六本までである理由であり、対ジンヤ戦においてハヤテは六本を全て同時に精密操作していた訳ではなく、『六本』でジンヤを囲いつつも、放っていたのは一本ずつだ。

 ハヤテは思う。


 意味のないたらればではあるが――もしもジンヤと戦った時、ユウジと同じレベルの精密性を持っていれば、結果は違ったかもしれないと。



 

 

 水村ユウジ、ランクD。

 彼がかつてミヅキに一撃で敗れた際のステータスは、

 

 攻撃 E

 防御 E

 敏捷 E

 出力 E

 拡散 E

 精密 D

 

 というものだった。

 これは騎士としては平均以下。Dランクの中でも下位だろう。

 だが、今の彼のステータスは、


 攻撃 B

 防御 B

 敏捷 C

 出力 D

 拡散 B

 精密 A


 これは、Dランク騎士としては異常なものだった。

 そもそもこの総合ランクDという評価は、ステータスの各項目から算出されたものではない。

 ランクというのは、保有魔力量と出力から計測される。そして、この部分はほとんど才能に依存しており、努力したとしても上昇には限界がある。

 

 つまり、ジンヤやユウジのような才能がない騎士は、一生かけてもミヅキやハヤテ……それに、アグニやユウのような、大出力の技を放つこと――そしてそれを連発するようなスタミナを得ることはできない。


 だが――――精密性だけは別だ。

 ジンヤが精密性を極め、自身の肉体を極限までコントロールし、リミッター解除や、動きをプログラムする術式を獲得したように。

 ――ユウジもまた、努力によって自身の武器と獲得していた。


 精密性A――そして。


 同時展開限界、100

 同時操作限界、30


 二十の水弾を操作し、ミヅキを驚かせたが、彼はまだ底を見せていない。

 そして、さらに詳細なステータスを開示しよう。

 

 弾速  A

 持続性 A

 精確性 A

 集弾率 A

 速射性 A

 精密軌道A

 射程距離A

 展開速度A


 これらは射撃戦において必要となる項目だ。


 ユウジには、ミヅキのような魔力量も、ジンヤのような剣技もない。

 だから磨いた。

 自分だけの武器を。







 ジンヤが剣技に限れば全ての大会出場者の中でもトップクラスなのと同様に。


 魔術による射撃戦に限れば、水村ユウジは今大会トップクラスだ。

 





 観客の中には、こう思う者達が現れ始めていた。


 ――――波乱が起きるかもしれない、と。


 龍上ミヅキという王者。中学時代三連覇、ルーキー達――どころか、大会出場者の中でもトップクラスのステータス。

 ジンヤに敗北したと話題になっていたところで、依然としてミヅキの実力を疑うものなどいなかった。


 そして、ミヅキ自身も思っていた。

 この感覚は――『あの時』に似ていると。



 『あの時』。

 刃堂ジンヤに敗北した、あの時に。




 二十の水弾が放たれた。

 迎撃、回避は不可能――そこでミヅキが取った手段は、


《……みづきっ!》

「ああ、わかってる」


めるくが促す声に応える。


 どろり、と。

 銀色の野太刀が溶け落ちた。

 さらに左手につけていた手甲も。

 野太刀と手甲が形を変えて、銀色の膜となってミヅキを覆う。

 つるりとした銀の球体が出来上がり、そこへ水弾が殺到。

 水弾が激突し、水飛沫が跳ねる。

 球体には傷一つなかった。

 

 めるくの能力は金属操作。これは今まで、野太刀の動きを操作する、もしくは形状を変えるのが限界だった。

 だが、彼女もこれまでから進歩がない訳ではない。

 一定の形状の操作、変化という段階を越えて、瞬時にあらゆる形状へと変化することが可能となっていた。

 

 銀色の球体は、手甲程ではないものの、高い防御力を誇る。

 これにより、ミヅキは水弾を完全に防ぎきった。


 だが――切らされた。隠していた手札を。

 この時点で、『新技の温存』という当初の目標が崩された。


「……ったく、またこれか」


 ジンヤに《蛇竜閃》を引き出された時から進歩がない。

 やはりどこか宿敵に似ているユウジに、ミヅキは形容し難い苛立ちを覚えた。


 状況は芳しくない。

 

 何度目になるだろうか、ユウジの脅威を上方修正。

 『温存して勝つ』から『なんとしてでも勝つ』へ指針変更。


 銀の球体の形状を操作、再び野太刀の形へと戻すが――――、


 そこで、気づいた。


 足元に、深緑・・の魔法陣が展開している。

 青色ではなく、深緑――つまり、《水属性》ではなく《木属性》。

 魂装者アルムの方の能力だろう。


『ハッ、それしか能がねェか!?』

『ああ、生憎と僕にやれるのはこれくらいだ!』


 序盤から徹底して《水弾による射撃》で挑んできていたのは、この時のため。

 確かに遠距離の撃ち合いに自信があり、強みでもあるのだろう。

 それしかないと、印象付けられていた。


 その強みすら、ここへの布石に――囮にしていた。



 ここまでした以上、これが本命――!



 咄嗟にその場から離れようとしたが、魔法陣から伸びた細い木がミヅキの両足に絡みついて、彼の動きを拘束した。


「ぐッ、がぁああああ……ッ!」


 叫び声を上げるミヅキ。拘束の強さ自体は大したことはない。だが、木と触れた部分から強烈な不快感が広がっていく。

 まるでこちらの生命力を吸い上げられているような――――否。

 事実、吸い上げられているのだ。

 

(まさかこいつ……ここまでッ!)

 

 《木属性》が持つ《概念術式》。《吸収》という概念を抽出し、強化。

 それによって、ミヅキの生命力を吸い上げているのだ。


「……効くだろう? 僕にはもったいない、自慢の魂装者おさななじみ能力ちからだよ」


「……クソったれがッ!」


 素早く野太刀を振るって絡みつく木を切断。

 どうにか逃れるも、凄まじい疲労感が襲いかかってきた。

 《生命吸収》――要するに、体力や魔力を直接吸い上げられた。

 ユウジの魔力が増加するのを感じた。

 これで彼は、この試合で消費した分の魔力を全て回復した上に、さらに余剰の魔力を手にしただろう。

 

 ミヅキは軽くふらつく――が、まだやれる。

 彼の魔力量は膨大だ、あのまま吸い上げられ続ければ危険だったが、即座に切り離せたことでこの程度で済んだ。


「……あれでまだ立つのか。僕が同じことされたら、それだけで終わってるぞ……!」


 追い詰めているはずのユウジが驚愕に声を震わせている。

 おかしな戦いだ。

 試合開始から一方的に攻め続けているのはユウジだというのに、彼はずっとミヅキを恐れ続けている。


 ――――いや、その部分も彼の強みなのか。


 彼はきっと、誰よりも臆病だ。

 だからこそ、相手の脅威は最初から最上位に設定されている。

 

 何よりも――水村ユウジは、龍上ミヅキを倒すためだけにここに来ている。


 ミヅキとユウジでは、最初からこの戦いへ懸ける想いが違う。

 想いの量でユウジが強くなった、などという綺麗な話ではない。

 ――この戦いのための準備の量が違う。

 ――相手への警戒度が違う。

 ユウジは自身の情報量が少ないこと、誰からも期待されてないことすら、作戦に組み込んでいる。

 


 ふらついたミヅキが顔を視線を上げた瞬間――目の前には、ユウジがいた。

 


 接近を許している――。


 野太刀の形状を変化させての防御によって、一度視界を塞いでしまった。そこへつけこまれ、さらに徹底して《水弾による射撃》で意識を《水属性》と《遠距離攻撃》に釘付けにされていた。だからこそ、ユウジの魂装者アルム側による能力を食らってしまった。

 

 ここまで全て、ユウジの思惑通り。

 そして、ここまで全てが、この時のための布石。


 ふらつくミヅキへ肉薄したユウジは、納刀した刀を構えていた。


 ミヅキはそれで気づいた。


 ――――水村ユウジが憧れた騎士は誰だったか。

 

 ◇


 勇二ユウジの名の通り、彼は次男だった。


 ユウジにとって、兄は全てだった。自分よりも才能があって、 強くて、誰からも慕われていて、頼りになって、なによりも勇敢な兄。

 臆病な自分とは違う、天上の存在。


 そんなユウジにとって絶対であった兄が、あっさりと敗北する瞬間を見た。


 ユウジが当時中学一年の時、中学三年だった兄は、龍上ミヅキに負けた。

 あっさりと、本当にあっさりと負けてしまった。

 この世界には、兄よりも強い人間がいるのだと、初めて実感した瞬間だった。


 そして、兄は騎士をやめてしまった。


 その頃のミヅキは、輝竜ユウヒに敗北して変わってしまう前だ。


 兄は、ヤクモのようにミヅキに心を折られた訳ではない。

 ミヅキとの差に絶望して、勝手に折れていってしまったのだ。


 ユウジは世界の広さを知ると同時に、『終わり』があることを知った。

 弱い人間は、戦うことすらできない。

 心が折れてしまう。


 怖かった。

 自分もいつか折れてしまうのだろうかと――――いいや。


 自分はいつか折れると、そう思ってしまった。


 いつの日か、ジュリと約束した。


 彼女は言った。


『…………私は、どんなことがあったって、ユウジくんのこと見捨てたりしないよ』


 負けが続いて、ユウジが不貞腐れた時だろうか。

 もう自分のような才能のない騎士は見限って、もっと優秀な誰かの魂装者アルムになればいいと、きっとそんなことを言った。

 

 気が強くて、いつもユウジを引っ張ってくれる彼女が、その時はとても悲しそうな顔をしていた。


 怖かった。

 どんな強い敵よりも。

 どんな窮地よりも。

 そんなふうに彼女を悲しませるのは。

 なによりも、怖かった。



 そこからユウジは、ミヅキを倒そうと決めるが――。

 いざ、対戦してみれば、結果は一撃で敗北。

 ――――悔しかった。

 情けなかった。

 兄の仇を打てないことが。

 弱い自分が。

 だが、それよりもずっと悔しかったのは――――。


 その後、ミヅキとヤクモの戦いを見た。

 そして、ミヅキとジンヤの戦いを見た。


 そこで、ユウジは思い知ったのだ。


 ミヅキの態度は、ユウジに対してのものと、ジンヤやヤクモに対してのものでは、明らかに異なっている。


 ユウジはミヅキを恨んでいる。

 憎悪している。

 越えたいと思っている。

 

 だが、それはミヅキに何かを言われたからではない。


 何も――――何も言われなかったから。

 眼中に入っていない、記憶すらされない存在だったから。


 ユウジは、荒れていた頃のミヅキが、心を抉って甚振って弄び、、再起不能にする価値すらない、取るに足らない端役だったのだ。


 許せない。

 

 本当に許せないのは。

 本当に恨んでいるのは。

 本当に越えたいと思っているのは。


 龍上ミヅキではなく、過去の何者でもない自分自身だ。


 だが、胸を張って過去を越えたと言えるようになるには、どうやったって避けられない壁がある。

 


『責任を取れ! 私にもう一度夢を見させた責任を! 夢を見てしまうだろう! 一度は否定した、馬鹿な子供のような夢を! キミがそうまでできるなら……私だって、もう少し頑張れるかもしれないとッ! 思ってしまうだろうッ! だから、立てッ! キミがそいつに勝てるのならば! 私だって、何度でも立ち上がるからッッッ!』



 ジンヤとミヅキの戦いの映像は、何度も見た。

 ユウジが一番強烈に印象に残っているのは、二人の戦いよりも、ヤクモが叫ぶシーンだ。

 所詮は一人の観客が叫んでいただけのこと。

 ビデオで後から確認しても、ヤクモの言葉を全て聞き取るのは難しい。


 だが――――ユウジは覚えている。


 彼は、あの場にいたのだ。

 学内での戦いは、学外の生徒に秘匿される場合も多い。だが龍上ミヅキはあまりにも有名だ。故に今更隠す必要などなく、あの場には学外から偵察に来ている者も多かった。


 少し離れた席で、叫ぶヤクモを見た。

 事情を全て理解できるわけではなかった。

 だが、事前にヤクモとミヅキの試合を見ていて、あの試合以降、ヤクモが公式戦から姿を消しているのも知っていた。

 だから、理解できてしまった。

 

 ミヅキに負けたとはいえ、ヤクモだってユウジからは遠い存在だった。

 なぜなら、ミヅキが明確に敵意を持って潰した相手だから。

 眼中にない自分とは訳が違う。

 そんな人間ですら、藻掻いている。

 だったら自分は一体なんなのだ?


 夢を見てしまう。

 雨谷ヤクモのように、もう一度立ち上がりたい。

 刃堂ジンヤのように、龍上ミヅキへ逆襲したい。


 龍上ミヅキは、自分のことを取るに足らない人間だと思っているだろう。

 だが、そんなことが許容できるだろうか?

 否、断じて――断じて否だ。


 龍上ミヅキに譲れぬ誇りがあるように、水村ユウジにも譲れない誇りがある。


 彼も男だ。

 自分が宿敵と定めた男が、自分のことを一切視界に入れず、その存在を魂に刻み込んでいないなど、そんなことは絶対に許せなかった。

 



 ◇




 水村ユウジは、雨谷ヤクモと刃堂ジンヤに憧れた。

 

 ――そして、この技は、刃堂ジンヤの逆襲を見たヤクモが編み出した技。

 

 ふらつくミヅキへと、納刀状態で肉薄していたユウジは叫ぶ。




「雷咲流〝雷閃〟があらため――《蒼流一閃ヴォルテクス》ッ!」




 瞬間――――ミヅキは過ちを悟った。

 水村ユウジの脅威を見誤っていた。

 だから敗北する、そう悟った――――訳ではない。

 

 ユウジもミヅキも、自身の全力を尽くしている。

 ミヅキが技を温存するのも『全力』、ユウジが全てを注ぎ込んでミヅキを倒そうとするのも『全力』だろう。

 方針は違うが、どちらが間違いかなどという話ではない。

 

(……いいや、違ェな)


 方針自体は間違っていなくとも、その方針を改めるタイミングは間違っていた。

 あまりにも遅すぎた。



 だからここまで、無様を晒した。

 だからここまで、無礼を働いた。



 水村ユウジは、刃堂ジンヤではないのだから、全力を出さずに倒すべきだ?

 違う。

 水村ユウジは――刃堂ジンヤではない。

 ああ、そうだ、そうだったのだ。


 もはや、今この場においてあの宿敵は関係ない。





 この男は…………刃堂ジンヤではなく、水村ユウジなのだから――――!

 水村ユウジという男は――――全力で挑むべき存在だった。







「…………覚えたぜ、テメェのツラ」




 静かに呟き、そして。




「――――《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》」







 ふらついた姿勢から、強引に踏み出して、魔力を注ぎ込んだ一刀を叩き込んだ。


 《蒼流一閃ヴォルテクス》と《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》が激突。


 ユウジの《蒼流一閃ヴォルテクス》は、ジンヤの《迅雷一閃エクレール》に到底及ばない以上、まともにぶつかれば勝ち目はない。

 だが、正しい姿勢から放っていない上に、魔力の練り込みも甘い。

 万全の一刀でない故、両者の斬撃は拮抗し、同時に弾かれた。



 それはまるで、ジンヤ対ミヅキの最終幕、その再演のようで。




「――《蒼流/逆襲一閃ヴォルテクス・ヴァンジャンス》ッ!」 


 


 

 つまりは、屈辱から這い上がってきた逆襲の一閃が決まる場面で――――。











 弾かれた直後、自身へ水流を放ち素早く切り替えしたユウジが一手速い。

 勝負は決着した――、









「――――《雷竜災牙アドヴェルサ逆襲一閃ヴァンジャンス》」








 ――いいや、否。


 この場の逆襲者は、ユウジ一人ではない。










 もしもミヅキが、ジンヤと戦う前の状態の、なにもかもを諦めて、八つ当たりをしているだけの子供のままなら、ここで終わっていただろう。

 だが、今のミヅキはそうではない。




 彼もまた、屈辱から這い上がる逆襲者なのだから――!




 《雷竜災牙アドヴェルサ逆襲一閃ヴァンジャンス》。

 外部への魔力干渉ができないジンヤのように、空薬莢に頼る必要がない。

 ただ、弾かれた場所へ素早く磁力を発生させ、反発で刀を弾くだけで、ミヅキはジンヤと同様のことが出来るのだ。



 再び激突、拮抗。

 両者は大きく弾かれ、互いに後方へ。


 即座に、ミヅキが雷光斬撃を放った。


 過去のユウジなら、防ぐことができなかった攻撃。

 過去のユウジを一撃で倒した攻撃。



「覚えただけじゃまだ不十分だ……ッ!」


 倒して、刻む。

 最初にそう宣言したはずだ。 


 水壁を出現させる。

 それは、かつてのものとは異なっている。

 あの日のユウジとは違う。

 

 ミヅキの雷光斬撃が防がれた。


 確かに分厚い水の壁であればそれも可能かもしれない。

 だが、ユウジが目の前に出現させた水壁にそこまでの厚みはないし、この一瞬のやり取りの間に、そこまでの水壁を展開するには時間が足りない。


 では何故か?


 ユウジを守る水壁――その全ては、《超純水》で構成されていた。


 水は電気を通しやすい。

 だが、超純水は絶縁性を持つ。


 純水とは、不純物を取り除いた高純度の水。

 水道水の中にでも、塩類、残留塩素、微粒子、微生物の残骸等が含まれている。

 これらを取り除くことを可能にしているのは、ユウジの驚異的な精密性。

 刃堂ジンヤが電気信号すら操ることができるように、ユウジは分子単位の精密操作が可能なのだ。

 精密性だけは、努力でしか高めることができない。


 大会最高峰の射撃戦の腕。

 それを囮にした《生命力吸収》。

 《蒼流一閃ヴォルテクス》。


 ここまで既にいくつも過去の彼からの成長を見せてきたが、これはなによりも明確に過去との違いを示していた。

 

 この技を成立させている時点で、ユウジの水使いとしての技量は素晴らしいものだ。

 水使いとしての実力は、あの蒼天院セイハにすら匹敵する。


 しかし。


 ミヅキが刀へ魔力を収束させる。

 これまでよりも高い魔力。

 

 ただ威力を上げたところで、この壁は破れない――――だが次の瞬間、ユウジのその想像は、容易く凌駕された。


 雷光斬撃が、水壁を突き破ってこちらへ迫る。

 ほとんど反射で足元から水流を勢い良く噴出させ、自らの体を真横に弾き飛ばしてどうにか回避した。

 咄嗟のことで、上手く着地が出来ずにたたらを踏む。

 なにが起きたのか。

 ユウジはそれを理解して、目の前の相手がやはり怪物だと痛感した。


 なぜ超純水の壁が破られたのか。 

  

 絶縁破壊。

 絶縁体に加わる電圧が、限度以上のものになると、絶縁性を失い電流が流れる。

 この限度――つまり絶縁耐力を超える高電圧を、ミヅキは叩き込んだのだ。

 

 相手もまた、雷使いとしては最高レベル。

 

 電気を自身の肉体に作用させる程だ、細やかな応用力の部分でならジンヤが勝るだろう。

 だが当然、単純な出力ならばミヅキが圧倒的に上だ。





「ハッ……下らねえな。テメェはオレの頭ン中に残って、そこで満足か?」


「下らないと、そうやって見下した相手にお前は負けるんだ……ッ!」





 ユウジが再び水弾を形成する――今度は、《超純水》で。

 超純水は、別名《ハングリーウォーター》と呼ばれ、高い溶解性を持つ。

 そもそも、水には『ものを溶かす力』がある。

 水が持つ《溶解》という概念を抽出し、強化。

 これは通常の水でも可能だが、《超純水》を使うことにより、そこに宿る概念はさらに強化される。


 これにより、ユウジは万物を溶解させる水弾を編み出した。

 

 《超純水》の生成に意識の大半を持っていかれるため、数は十に留まっている。

 だが、これならば先刻の金属の膜を突破できるだろう。

 リングの石畳を溶解させ、足元から攻めることだって出来る。また生命吸収の樹木で攻めてもいい。

 

 いくらでも勝ち筋がある。

 この攻撃を起点に、勝利に繋げる。


 そう確信して、水弾を放つも――――。




「――――《雷竜災牙アドヴェルサ八岐之大蛇オクタグラム》」




 その水弾全てを引き裂いて――――さらにユウジへと届く斬撃が放たれた。


 一閃で、水弾の全てを引き裂き、蒸発させて消し飛ばす。

 万物を溶解させようが、水は水だ。高熱の雷撃を纏った刀身に触れれば、蒸発しない道理はない。

 さらに磁力によって高速で二刀目を放つ。

 言わば、《八岐之大蛇オクタグラム逆襲一閃ヴァンジャンス》。

 ハヤテとの戦いで防ぎきられたあの時よりも、さらに発展させた絶技だ。


 ユウヒと戦った時よりも、

 ジンヤと戦った時よりも、

 ハヤテと戦った時よりも、


 ――龍上ミヅキは強くなった。


 どん底から這い上がった。

 ジンヤのように。

 ユウジのように。


 新技を温存どころか、新技を既存の技と組み合わせ、さらなる技を土壇場で生み出して、ミヅキはどうにか、勝利を掴んだ。


 



「…………ちくしょう…………やっぱり、……本当に……強いなあ……」


 天を仰ぐユウジが、腕で顔を覆いながら呟いた。

 その瞳からは、涙が溢れていた。

 

 ミヅキは踵を返して、ユウジに背を向ける。

 歩み出す直前、小さな声で言った。


「…………テメェは勘違いしてんだよ」


 届かなかった。

 だから、何を言われても受け入れようと、ユウジはそう思っていた。

 

 そこへミヅキは、こう言った。





「テメェが目指すべきはオレなんかじゃねえ。ハナッから頂点だけ見てろや……テメェとアイツとの違いは、そこだ」




  

『ハッ……下らねえ。テメェはオレの頭ン中に残って、そこで満足か?』

『下らないと、そう見下した相手にお前は負けるんだ……ッ!』



 あの時、ミヅキはユウジを見下した訳ではなかった。

 あの言葉は、彼を最大限認めたからこそだった。




 確かにジンヤとユウジは似ている。

 だが、ジンヤは最終目標をミヅキを倒すことに定めてなどいなかった。

 むしろ逆。

 ミヅキを倒さなければ、絶対にその先に踏み出せない――――だからこそ、ミヅキを宿敵と定めていたのだろう。


 


 ユウジは、弱い自分を乗り越えたかった。

 臆病な自分に勝ちたかった。

 もっともっと、ジュリと戦い続けたかった。

 いつか兄のように、心が折れてしまうかもしれないと考えてしまうのが嫌だった。

 

 龍上ミヅキに勝てれば、それでよかったはずなのに。

 負けてしまった、はずなのに。


 ともすれば、ミヅキに勝利するよりも、ずっと大きなモノを得ていた。


 涙が溢れるが――先程までとは、理由が違う。


 悔しさはある。

 だが同時に、ずっと追いかけていた存在に、こんなにも認められたことが、あまりにも嬉しくて。


 それに、まだここで終わりたくないと思ったから。

 もっと先があると、わかったから。

 もっとずっと先があると。

 ここで終わらないと、わかったから。


 ユウジは涙を拭いて立ち上がり、ミヅキの背中に叫ぶ。





「…………来年は! 僕が優勝するッ! だから、お前は頂点で待っていろッ!」



「…………あァ、先に行くぜ。精々這い上がれ。何度負けようが這い上がる……そォいうヤツとの戦いは面白ェ」





 

 臆病で、弱虫で、才能のない少年の挑戦が……逆襲が、ここに終幕を迎えた。

 誰にも注目されないはずだった少年の存在は。

 彼が宿敵と定めた男の心に――――強く刻み込まれた。




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