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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/上 その物語に、未だ名前がないとしても
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 第2話 あと少しだけ夢の中で




 8月3日。

 ジンヤが病室で目を覚ました日の翌日。

 そしてCブロックの試合が行われる前日だ。


 ジンヤは一日入院したのみで、すぐに退院した。


 現在彼は、ホテルの自室で浴槽に浸かっている。

 高めの温度。深く息を吐き出して、これまでの激動を想起する。


 罪桐ユウに纏わる事件。

 ジンヤは、体中ボロボロではあるが、目立つ傷に治癒術式を施す程度で済んだ。

 一連の戦いでは、ユウヒの方がずっと大きなダメージを負っていた。腕は折れている、臓器をいくつか損傷している。

 そんな状態でも、ユウヒはジンヤとの決着をつけようとしていたのだから、彼の――いや、彼らの『決着』への執念は、尋常ではない。

 二人の憧憬は、一人の男で交差し、激突している。


 刃堂ジンヤが、輝竜ユウヒに敗北することは。

 輝竜ユウヒが、刃堂ジンヤに敗北することは。


 他の誰かに負けることとは、まったく別の意味を持つ。


 在り方そのものの否定。譲れない誇りの喪失。

  

 だから二人の戦いは、必然で、宿命で、避け得ぬ因果で結ばれていて。

 

 ユウヒは必ず、決勝の舞台でジンヤを倒すと誓っている。

 ジンヤも、ユウヒと決着をつけること自体は望むところであったが――しかし、剣祭の決勝が、その舞台であるかどうか、その部分には確信が持てないでいた。


 もう一人。

 刃堂ジンヤだけを見据えて、牙を研ぎ続けている男がいる。


『……礼なら、あそこでもらってやる』


 龍上ミヅキは言った。

 レイガによって窮地に陥ったジンヤを救った。その時の礼を、彼は受け取っていない。

 決勝まで、それを預けている。

 

『見ての通りだ。オレが欲しいのはこの馬鹿との再戦だけだ。今こいつが捕まれば、こいつの剣祭は確実に終わる。だったら、この馬鹿が屍蝋の潔白を証明する可能性に賭けるしかねェだろうが』

 

 ジンヤと戦うため、ただそれだけのために、自身の剣祭――どころか、騎士人生すら棒に振りかねないリスクを背負って、ゼキやセイハを敵に回して、ジンヤを助けてくれた。

 

 かつては、憎悪を向けて当然の宿敵だった。

 だが、ジンヤが憎んだのはミヅキではない。己の弱さだ。

 そして今は、助けられてばかりだ。


 超えるべき高い壁で。

 目指すべき遠い敵で。

 そんな果てしない彼方にいるはずだった男が。

 ずっと遠くにいると思っていた彼が今、こちらを見上げ、見据え、目を逸らさずに食らいついてくる。


 こんなにも、光栄なことがあるだろうか。

 それを思うだけで、涙が出そうになる。

 

 自分は、そんなところまで来たのだ。

 あの龍上ミヅキに、ずっとずっと追いかけてきた宿敵に、追いかけられるようなところまで来たのだ。


 ――――いいや、自惚れが過ぎた。


 追いかけられる? 違う。あの時は勝てたかもしれないが、実力で彼を完全に越えたなんて思えない。

 彼はきっと、もっと強くなっている。

 その証拠に、あの真紅園ゼキと正面から戦って、引き分けている。

 お互い全力ではなかったかもしれない。それでも、完全に手を抜いていたわけでもなかっただろう。

 真紅園ゼキ。都市の第二位。

 ゼキやセイハとは、夏祭りの夜――罪桐ユウの策略によって戦うことになったが、まるで歯が立たなかった。

 拳士タイプとの戦いに慣れていなかったのもあるが――純粋に、あの時に実力では劣っていた。

 また次の戦いがすぐにやってくる。

 頂点を決めるための、戦いが。

 だというのに、未だにジンヤの実力は、頂点に値する程には至っていない。


 強くならなければ。

 もっともっと、強くならなければ。


 輝竜ユウヒのため。

 龍上ミヅキのため。


 ハヤテやアンナ、これまで戦ってきた者達に、誇れる騎士であるため。

 刃堂ライキの息子であると、胸を張って言える騎士であるため。


 そしてなにより――最愛との、夢と約束のため。


「……もっと、強く」


 浴室に、静かな呟きが反響する。

 消えゆく声。

 消えない炎。

 胸の中に熱いオモイが宿っているのを感じる。

 炎には、常に様々なものが焚べられている。夢や約束や宿命――この身を動かし、魂震わすあらゆるものが。


 火照りは、長湯によるものだけじゃないかもしれない。


 そろそろあがろうか――そう思った、時だった。




「じ、じじじっ、じじっ、ジンくん!」


 蝉かな――――と、ジンヤは思った。


 浴室の磨りガラス越し、ライカが呼んでくる。


「な、なにっ、どうしたの?」


 いきなり呼ばれ、胸が跳ねる。

 こっちは裸だ、全裸だ、丸出しだ。見られた訳ではないが、全裸の状態で声をかけられるというのは、なんだか妙に恥ずかしいし、それに磨りガラス越しとは言え、すぐそこに彼女がいるというのも緊張してしまう。

 

 …………そして、ライカも同じく緊張しているようだ。

 じじじじじじ……、と。名前を噛みまくって、蝉になっている。

 なぜだろうか。

 理由は、すぐにわかった。


「は、入っていい?」

「はい!?」


 はい……はい? はいっていい?


「えっ、いや、なんで……!?」

「ほら……ジンくん、体中筋肉痛って言ってたでしょ? そ、その、大丈夫だったか、気になって……」

「ああ、大丈夫……、」


 そう、ジンヤは激しい戦いにより、全身あらゆるところが悲鳴を上げていた。

 リミッターを外す、などという技を何度も使ったのだ。限界を越えた酷使により、筋肉はボロボロになっている。そうならないための制限を、強引に外してしまったのだから。

 治癒術式で多少マシになったとはいえ、痛みが全て消え去った訳ではまったくない。

 確かに、いつもより体を洗うのには苦労した。


 ……しかし、なぜそんなことを?

 首を傾げるジンヤ。数秒黙考。そして、気づく。

 

 まさか、体を洗うのを手伝ってくれるとでも言い出すつもりだったのだろうか……?


 つまり、ライカも一緒に風呂に入るということだ。

 

 ――――それは、とても魅力的なことに思えた。


 一緒にお風呂。甘美な響きだ。夢と言ってもいい。男ならば誰でも一度は考えたことくらいあるだろう。ただ閨を共にするのとは異なる。湯の中に共に浸かり、体を重ねる。きっと沸騰する程、どうにかなってしまう。それだけではない。風呂ですることと言えばなんだ? 体を洗うことだ。隅々まで、ぬるぬるとした泡で互いを包み合い…………、いや、いやいや、待て、

待て待て――と、ジンヤはそこで思考を止める。

 …………そういう店か、と。

 そういう店の、そういうプレイか、と。

 あまり詳しくはないが……ハヤテがそんなことを言っていた気もする。彼のエロ知識は恐ろしい。常に女のことばかり考えているような男だ。その手の話はよくされたが、その度に赤面してしまっていた。

 まったくどうしようもない、度し難い親友だ……と、謎の責任転嫁を始める。

 妄想を打ち切る。

 ――なんというか、ライカを不埒な妄想の対象にするのは気が引けた。

 刃堂ジンヤは生真面目な男なのだ。

 そして、この男は、どこかライカを神聖視している。

 脳内といえど、彼女を汚すことはできない。

 

 一緒にお風呂。

 魅力的だが、そういうのは今後の――遥か未来の楽しみにとって――、


「あ~……うん、入っていいよ!」


 遥か未来になどとっておけるかッッッッッ! とジンヤは立ち上がった。

 ばしゃっ、とお湯が滴る。

 超かわいい彼女が一緒に入りたいと言ってるんだから入るに決まってる迷う必要などなし他に選択肢など存在しない!! 

 刃堂ジンヤも、男なのであった。


「じゃ、入るね~」

「……あっ、ちょっ、待って、ライカ、その、ふ、服は!?」


 服は脱ぐのだろうか。

 ……体を洗うのを手伝うだけなら、工夫すれば着衣のままで可能な気がする。


「それなら平気だよっ」


 そう言って、ライカが浴室に入ってくる。


 彼女は、真っ白いビキニを着ていた。


 どやっ! と……とても良いドヤ顔だった。


 ……確かに、これなら大丈夫なのかもしれないが……。

 いつものライカなら、水着すら恥ずかしがるだろう。

 おかしい……なにかがおかしかった。


 それはさておき。


 眩しいほどに白く、汚れない美しい肌。

 程よく締まった肢体――それでいて、胸部は柔らかく、わがままに、優しく、健やかに、自由に、激しく、素晴らしく、豊満に成長している。

 たわわに実った禁断の果実。収穫の時期ではないだろうか。

 布地が少ないように思える。かなり攻めている。際どい。零れ落ちてしまいそうだ。溢れてしまいそうだ。

 布地のせい――それとも、成長したのだろうか、着痩せするタイプなのか……かなり大きく見える、普段よりも。成長だとすれば恐ろしい。いずれ叢雲オロチ級の大台に乗るのだろうか。だとしたら、自分ももっと大きな男にならねば。あの胸のように、大きな――――(※刃堂ジンヤは長湯でのぼせておかしくなってます)



「ど、どう? ……えへへ……びっくりしたでしょー?」


 

 『全裸! と思わせて水着でした!』作戦だったのだろう。大成功だ、とんだ策士もいたものだ。

 あのガウェイン・イルミナーレと並び得る神算鬼謀と言えるだろう。恐ろしい、完全にひっかかってしまった。

 

 弄ばれた。弄ばれたが、嫌いじゃない。


 えへへ……と後ろでを組んではにかむ最愛の彼女がどうしようもなく愛おしい。

 びっくりさせるのには成功したが、ちょっと大胆になったのは恥ずかしい……そんなところだろう。なんと可愛らしい。可愛い。僕の彼女はこんなにも可愛い――とジンヤは噛み締めた。 立ち上がり、拳を握りしめ、天を仰いで噛み締めて……。



「…………ぁ、う……じ、ジンくん」

「な、なに……」

「そ、それ……」

「どれ?」

「それ……」

「え……?」

「チンアナゴ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ライカが走り去って行った。


 そういえば、ジンヤは全裸だった。


 ………………チンアナゴよりは、たくましいと思う。


 ◇


「…………気を取り直して……い、いくよ?」

「う、うん……」

 

 走り去ったライカは、ジンヤの水着を持って帰ってきた。

 チンアナゴは封印され、純情すぎる十六歳雷崎ライカは、顔を真っ赤にしつつどうにか再びジンヤと向き合うことが可能になった。

 ちらちらチンアナゴ方向への視線が気になる。

 

 現在ジンヤは、泡にまみれている。一度、自分で洗ったものの、もう一度ライカが洗ってくれるそうだ。正直、痛みに耐えながらも、どうにかなったので必要ないのだが、楽しいので申し出を受けることにした。

 ごしごしと、泡立たせたウオッシュタオルでジンヤの体を丹念にこすっていく。時折隆起した筋肉に目を奪われ、ぽーっとした顔のままフリーズするライカ。


「どうしたの……?」

「いや……またすごくなったなって……ジンくんの筋肉……♡」


 腕や胸、腹筋や背筋、あらゆる部分を撫で回していくライカ。


 彼女は武器オタク……というか武器フェチだ。筋肉というのは、武器を扱うのに必要なものであり、そもそも肉体を武器と捉えれば、筋肉それ自体も武器と考えられる。

 それを抜きにしても、単純に愛しい男の肉体というのは魅力的に映るだろう。

 特にジンヤは、魔力に頼らずに戦うタイプだ。その全身は、隈なく鍛え上げられている。

 ライカでなくとも見惚れるだろう。


「すご……かたぁい♡」


 よくない想像をしてしまいそうになる。

 よくない部分を硬くしてしまいそうになる。


 よくない、非常によくない。

 リミッター解除の原理を応用し、どうにかアレを抑えることはできないだろうか……と考え得る。いやいやアホか、アホだろうか。

 そんなことせずとも耐えてみせる……!


「あ、やっ、らいかっ、そこ、だめっ」


 ジンヤは生娘のような声を出してしまう。

 痛めている部分にライカの指先が触れてしまったからだ。


「えー、ここ?」

「あだっ、ほんと、だめだって!」

「……ふふ、ごめんごめん、ごめんね……平気?」

「うん、平気だけど……」


 愛おしそうに、ゆっくりと……、つつ……、と指先で胸を撫でられる。


「ひゃえ……」

 

 痛みとは別の理由で、変な声がでた。

 

「ど、どうしたの?」

「い、いや……」


 言えない。

 ただ体を撫でられるだけで、なんとも形容し難い快感に襲われたなど、言えるはずもない。


 これはそういういやらしいナニカではないのだ。

 彼女の神聖な献身に泥を塗ることになる。


「えー、なになに……?」

「な、なんでもないよ……」

「……んー? こう?」


 つつつ……とライカがジンヤの胸板に指を這わせた。


「ゃ、あっ、ちょ……」

「ふふ……かわいい♡」


 小悪魔がいる。

 どうしてしまったのだろうか。

 どうかしてしまったのだろうか、雷崎ライカ。

 おかしい。明らかにおかしい。普段のライカはこんなことしない――というか、できない。

 ジンヤもライカも、奥手で純情で、照れ屋で、恋愛は得意ではなく、こういった、なんというか、男女の駆け引き的なことには疎い。

 なので付き合っているというのに、いつまで経っても進展しない――いや、それは構わない、構わないのだが……。

 …………悪くない、こういうのも。

 しかし、やはり謎だ。

 謎は解き明かさねばならない。


「どうしたのライカ……なんというか、今日はすごく、その、大胆っていうか……」

「えへへ……バレちゃったかな。うん、そうだね、今日の私、ちょっと大胆……かも」

 

 いきなりもじもじし始めた。

 顔を真っ赤にして、ジンヤの胸板を指先でぐりぐりしつつ目を逸らす。

 小悪魔ライカがどこかへ消えて、いつものライカが戻ってきた。


「……なんでだと思う?」

「それは……」


 …………なぜだろうか?

 

「えーと、なんでだろう……」

「な・ん・で・だ・と・お・も・う」


 ぐりぐりが、刃堂ジンヤの肉体へのぐりぐり侵攻が激しさを増した。


「あ、あれ、雷崎さん、怒ってます……?」

「どうかな~雷崎さん、怒ってるかなー? どう思うー?」


 めちゃくちゃ怒ってる。

 情緒の緩急がすごい。

 小悪魔ライカ、もじもじライカときて、激おこライカだ。なぜ。


「…………アンナちゃん?」

「正解」


 正解だった。

 言われてみれば、当然だった。

 アンナとの再会。突然のキス。それからも、事ある毎に彼女に抱きつかれていた。合コンの際にも猫アンナと『じんにゃ~♡』『あんにゃー♡』とイチャついていた(雷崎ライカ視点)。

 確かに、いろいろなことがあった。大変なことがあった。

 一連の事件を終えての、病院の屋上での出来事。

 叢雲家+ライカ、ナギでの花火。その時も、ジンヤはずっと、アンナといちゃいちゃと……いちゃいちゃとしていたのだった!

 アンナは本当に、辛い思いをしただろう。だからそれくらいの役得はあってもいいはずだ。

 いいはずだが!

 それはそれ! これはこれ!

 どんな理由があろうが、彼氏が他の女といちゃいちゃしていれば怒りもするのだ!


「アンナちゃんといちゃいちゃした分………………私とも……いちゃいちゃしてよ……」

 

 ぷくーっと膨れて、頬は真っ赤で、ちょっと涙目で、上目遣いで、消え入りそうな声で、そんなことを言われてしまえば、刃堂ジンヤはもうダメだ。

 どうにかなってしまいそうだった。

 今すぐ抱きしめて――抱きしめて、どうするのだろう、わからないが、なんというか、もうめちゃくちゃにしたいという、謎の衝動に襲われる。


 ――この後、めちゃくちゃイチャイチャした。


 ◇


 翌朝。

 

 8月4日。Cブロックの試合が行われる日だ。

 いずれ戦うかもしれないライバル達の戦い、しっかり見ておかなければならないので、当然観戦に向かう。

 

「んん……」


 ジンヤは目を覚まし、ベッドから体を起こした。

 昨日はとてもいい夜だった。夢のようだった。夢だったのかもしれない。

 ……横には一糸まとわぬ姿のライカが。

 …………いたりはしない。するわけがない、とても健全にいちゃいちゃしたのだから。

 ――――と、思ったが。

 パジャマ姿のライカならいた。なぜ。ベッドは二つあるのに、ジンヤの方へ潜り込んでいた。


「んん~……」


 ライカが抱きついてくる。

 

「ちょ、なに、起きてるの……寝ぼけてるの!?」


 戸惑うジンヤ。ライカはそのままジンヤを押し倒し、顔を覗き込んでくる。


「おはよぉ~~、ジンくん」

「……おはよう」


 このまま食われてしまうのでは、という体勢だ。彼女の美しい金糸の髪が顔にかかる。甘い匂いがする。というか、迫力が、迫力が凄い。薄手のパジャマだとはっきりと存在がわかる。

 昨日、水着越しにたっぷりとその迫力と存在を思い知らされても、まったく慣れない。


「…………ライカ? そのー……この体勢はそりゃまあ夢のように嬉しいんだけど、そろそろ起きてもらえると……」

「夢かもよ?」

「え?」

「まだ、夢かもよ?」

 

 ふふ……と妖艶に、淫靡に、夢魔か何かのような笑みを零すライカ。

 

「ねえ、ジンくん……」

 

 こつん、とライカが自身の額をジンヤの額へ優しくぶつけてくる。


「どう思う、まだ夢かな?」

「…………ああ、夢だね」


 ジンヤはライカを抱き寄せ、体勢を逆転させ、彼女を組み伏せて、再び額と額をぶつける。


 これは夢の中だから、きっと許されるのだ。


 そう言い訳して、彼女の唇を貪った。



 狂愛譚が終わって、残ったモノは何か。

 失ったモノはたくさんあった。

 そして、奪われそうになったモノも。

 屍蝋アンナを守り抜いた。彼女を赫世アグニや、罪桐ユウに奪われてしまうという可能性は、大いにあった。

 だが、それだけの物語ではなかった。

 アンナだけの、物語では。

 彼女を守り抜く戦いを、支えてくれた最愛がいた。


 自身の命すら迷わずに賭けのテーブルに叩きつけて、最愛は戦い抜いた。


 ジンヤが死を選びそうになった時――――その時は、自分も一緒だと言ってくれた。

 アンナに死神の刃を喉元に突きつけられても、最愛は怯まなかった。


 だから、あの戦いは。

 屍蝋アンナを守り抜く戦いでもあり。

 雷崎ライカと共に戦い抜いたものであり、彼女を守り抜いたものでもあるのだ。


 ならば。

 守り抜いたモノ、その大切さ、愛しさは、こうして確かめねばならないだろう。


 ジンヤは最愛を抱きしめて。

 ライカの存在を、確かめて。


 早く起きて、出かける仕度をしなければならないのだが。


 もうしばらく、こうしていたいと。


 あと少しだけ夢の中にいたいと――――そんなことを思った。




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