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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/上 その物語に、未だ名前がないとしても
64/164

 ■■■■■■■■■3 ■■■■■■■■■■■■





『真紅の籠手――テメェが真紅園ゼキだな?』


『ああそうだ、この学園で一番強ェ、ここのアタマがこのオレだッ! オレに用があんだったら、こいつらに手ェ出してんじゃねえぞ! なんなんだよテメェは!』


『よくぞ聞いてくれたじゃねえかァッ! 喧嘩のやり方弁えてんなァ!

 オレの名はトリスタン・ベオウルフ――拳での喧嘩なら世界で一番強ェ男だッ!

 テメェにゃこれで充分だろう、なァ、テメェと喧嘩しにきた、さあ戦ろうやァッ!』


『上等だクソ野郎、テメェにぶっ飛ばされたヤツらの全部足した分ブッ飛ばしてやるから覚悟しろやァァアアアアアッッッ!』


 

 




 

 唐突に現れた来訪者。破壊された校舎。倒れていく仲間達。

 ゼキはその知らせを聞いて、堪らず病院から駆け出した。

 ミヅキとの戦いでの傷も癒えていないまま、街を駆け抜け、自身の学園までたどり着き――そして、その男を目にした。



 怒りに任せ突っ込んだものの、こうして拳を受け止められてわかる。

 ――――こいつは、格が違う。

 学生レベルを逸脱しているどころではない。ゼキは学生レベルの、その上・・・を知っている。

 彼の師である騎士――彼こそが、最高の拳士と信じていたが……纏った雰囲気の禍々しさで言えば、師を凌駕している。

 今は封じているようだが、先刻校舎の半分を吹き飛ばした際に僅かに見せた魔力、その出力量も桁外れ。

 勝てない。

 確信した。

 が――――真紅園ゼキの、戦いばかりの喧嘩人生において、勝算が皆無なことが拳を握らない理由になったことなど、ただの一度足りとも存在していない。

 


 いつだってそうだった。

 初めて蒼天院セイハと出会った、あの時だって。

 格上だろうが、相手の方が魔力が上だろうが、ランクが上だろうが、なんだろうが関係ない。

 


「ッッラァッ!」



 裂帛の咆哮と共に、拳を繰り出す。捻りのない直截な右拳。当たらない。右ジャブ、左ストレート、さらに右ストレート。当たらない。左脇腹を狙っての鈎突き――これは布石――そこから、右上段蹴り。ボクシングや空手を混ぜ合わせたちゃんぽん。セイハを倒すためだけに、ただ拳を振るう戦い方から、どう拳を振るうかを考えるようになった。しかし、全て、当たらない。

 当たらない、当たらない。トリスタンは、どれも紙一重で躱していく。

 魔力だけではない、肉体だけではない。

 魔力も肉体も異常だが、加えて目も良い。全てを紙一重で躱せるのは、攻撃を完全に見切っているから。見切り、そして回避の技術も図抜けている。



「どォ――したよォ、ンな眠たくなることやってんなよ、欠伸しかでねえ。滾らせろ、もっと滾らせろ。その前にゃまずテメェが滾らねえとなあ……。ほーら、ここだ、ここ、ちゃんと狙え?」



 ここだ――そう言って、彼は自身の左頬を指し示した。ゼキが右拳を振り抜けば、ちょうどそこに直撃する。

 ゼキはそんな挑発を受けて黙っていられる程腑抜けていない。

 

 迷わず、拳を叩き込んだ。

 ――直撃。

 トリスタンの頬に、ゼキの拳が突き刺さるも……、


「オイオイ、食らってやってんだぞ、もちっと気合入れようや」


 拳を叩き込まれたまま、彼は笑っていた。

 

 鋼鉄の塊でも殴っているような手応。硬さも、密度も、質量も、なにもかもが人体のそれとは思えない。血と肉と骨で出来ているのが信じられない程の感触。


「オラ、しっかりしろ」


 乱雑に、ただ足を振り上げた――そんな所作の蹴りで、ゼキの体が宙に打ち上げられた。

 そして、落下してくる瞬間を狙って、トリスタンは回転、空間を真一文字に薙ぎ払う蹴りがゼキに直撃、蹴鞠めいた勢いで、冗談みたいに吹っ飛ばされた。

 

 地を削り、砂埃を舞い上げてなお進んだところで停止。

 ゼキは空を仰いだ。この光景も、久しぶりだと思った。

 都市の2位。思えば遠くまで来た。ゼキの人生、その始まりはただの喧嘩狂い。そこらのチンピラでしかない低俗な男だったはずだ。そんな男が一度は、セイハに勝利し、頂点に立ったこともあった。

 忘れていたのかもしれない。

 吹っ飛ばされて地に叩きつけられるなど、かつては毎日のようにあったことなのに。

 いつしか忘れかけていたのだ。

 ――――格上たかみへ挑むことこそが、我が人生。

 格下とのわかりきった戦いなど、欲しはしない。

 そう、そうだ、そうだったのだ、強くなりすぎた、遠くまで来すぎた、そのせいで温くなっていた。拳が冷めていた、拳が煤けていた、違う、違う、違う、そうではない、そうではないのだ、この拳がなぜ握られるのか、それは生涯一度も忘却してはならないことだった。


 誰かに、理不尽に、偉そうな何者かに、気に食わない悪党に、自身と相容れぬ者に――支配されるのが許せない。上から目線の人を見下したようなヤツらをぶん殴って押し通る。 

 ずっとそうやって生きてきた。蒼天院セイハ――出会った時から気に食わなかった、何度もぶつかりあって、殴り合った。だが、忘れていたのではないだろうか。大会の中で、スポーツめいた戦いを繰り返して、始まりの想いを忘れていたのではないか。


 そして、何より――これだ、これが許せない。

 自分より強い者の存在など、許してはならない。それを許容する者を、男だとは認めない。だからこそ自身の生涯は、戦いだけで作られていたのだろう。

 そして今、目の前にいる男は――。



「かはは……かはははははっ……くッ、ははッ……かッ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッ!」



 天を仰ぎながら、ゼキは笑った。


「ブッ壊れた……って訳じゃねェよなァ? なァ、そうだろ、真紅園ゼキ」


「ああ、決まってんだろ……オレァ生まれた時からブッ壊れてんだよ」


「で――何が面白ェ? わかっちゃいるが、テメェの口から聞かせろ」



 跳ね起き、

 立ち上がり、

 地を蹴り、

 疾走し、

 拳を振り上げ、


 ゼキは――――、


 ――――吼えた。




「まだテメェみてえなのがこの世界に存在するってことが面白くてしょうがねェんだよッ!」



「クッハハァッ! あァ、だろうなァ! 笑っちまう程よくわかるぜそいつァよッ!」




 ゼキとトリスタンが、同時に拳を振り抜き、拳と拳が激突した。

 今度は、どちらも退かない。


「思い出すなァ……アードに出会った時のオレそっくりだぜ」

「あァ? 誰だよそいつ」

「気にすんな、こっちの話だ」


 アード、と。アーダルベルトを、この世界で最強の男を、そう呼んだ。


 確かにトリスタンは、彼には勝てない。ああ、だが、だからこそ、それ故に――あの男は素晴らしい。彼がいなければ、世界が色褪せてしまっていた。遥か高みへ挑めない人生など、なんの価値もない。

 そして、それは彼が世界へ感じていることだろう。あの男の世界は、色褪せているのだろう。それが許せない。彼の世界の色褪せた世界を破壊する、それがトリスタンの忠誠だ。

 それになにより――どこまでいっても、トリスタンとゼキは、同じ人種だ。

 自分より強い者がいるなど、許せない。

 トリスタンのアーダルベルトへの忠誠。

 忠誠を誓ったからこそ、彼を殴り飛ばす。

 そのために、もっともっともっと強くならなければならない。その糧が欲しい、踏み台が必要だ、それを育てる。可能性は、目の前の少年――真紅園ゼキ。




「かははっ……テメェは最高だ、トリスタン・ベオウルフ。テメェがいるからオレァまだ走れる、まだ楽しめる、オレの人生はここからまだ熱くなる。――だがなァ、だが、テメェはブッ飛ばす。オレの大事なモン傷つけたテメェを、オレァ許さねえ」



「クハハッ……いいぜ、いいな、いいぞオイ、見込んだ通りだ。……あァー……滾る……滾るじゃねえかよ…………ブッ滾らせてくれるじゃねえかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、真紅園ゼキィィィッッッッ!」


 


 二人は同時に拳を振り上げる。

 男と男――喧嘩狂いが、ここに二人。

 拳と拳――譲れぬ想いを握りしめた、この世界で最も明瞭に魂という形なきそれに近いモノがぶつかり合う。




 二人の拳が激突し、そして――――。





 ◇


 

 






『さあ、始めようか――徒花よ、継承者よ! 

 因果を強固にするのは戦いだッ! 

 ここで貴君らがオレを打倒できるなどとは思えんが、それでも今の貴君らの輝きを魅せてくれ!

 いつかオレに至高を寄越すと、ここでそう確信させてくれッ!』




『『――――上等だ、クソ野郎ッ!』』




 

 世界最強。陳腐な言葉だ。だが、最果てに近づく程、それを表現しようとすれば児戯めいていく。少年の想像力は容易く生み出す――全てを貫く矛を、決して砕けぬ盾を。実際に存在しないはずの空想。しかしそれが存在するのならば――目の前の男がそうなのだと、馬鹿馬鹿しくなる考えを強制される程の、圧倒的な威容。


 しかし、戦いに絶対があるだろうか。罪桐ユウにだって、勝てるはずがないと思い続けていた。アーダルベルトが罪桐ユウより遥かに強くても、この世界で一番強くとも、それでもどこかに倒す方法があるのではないだろうか、と。

 ジンヤはそう考えていた。

 ――――いいや、厳密には少し違う。

 敵わないとあらゆる要素が示しても、認められないだけだ。父を殺したこの男に勝てないなどと、認めたくないだけだ。


 ジンヤとユウヒが、悠然と立つアーダルベルトへ、左右から同時に斬りかかる。




「――――《迅雷一閃エクレール》ッ!」

「――――《閃光一刀エクレール》ッ!」



 

 黄金の最果ては、武器アルムすら出さずに、ただ迫る刃へ手を翳した。

その手は、魔力に覆われている。

 そして――――、

 こちらが、魂装者アルムに魔力を込めた全力の一刀であるにも関わらず、

 ただ、

 手を握っただけで――、


「脆いな。ああ、すまないな――オレも久方ぶりなのだ、こうも力の差が開いた相手と戦うのは……少々、加減を誤った」

 

 ただ手を握っただけで、それだけで――、






 ジンヤが振るった刀が――最愛の魂装者アルムが、砕け散った。




 


 

 魂装者アルムの破壊。

 それは決して起き得ることがない現象ではない。

 互いの魔力が離れている場合、生じる可能性があるのだ。

 ただ、そこまで実力差がある相手ならば、本来戦うこと自体がまずあり得ないというだけのこと。

 ジンヤはGランクの騎士だ。

 しかし、これまでもAランクの騎士という、ステータス上の実力が離れた相手と戦ってきている。

 それはまず、ジンヤの総合ランクは低いが、出力自体は総合ランクに比べ低くはないこと。それから精密性の高さによって、魔力のコントロールを誤ることがないこと。そしてライカと同属性であることにより、属性不一致の場合よりも出力が高まっていることなど――低ランクのジンヤが高ランク騎士と戦えている理由はいくつかある。

 つまり、ジンヤは普段、Aランク騎士と打ち合う際、常に魂装者アルムをAランク相当の魔力で覆って戦っているのだ。

 それは彼の本来の出力や魔力量を考えると、気が遠くなるような綱渡りを続けていることになる。そして、今もそれを怠ってはいなかった。

 であれば――この相手は、Aランク相当の騎士よりも、遥か格上。

 Aランクよりも上は、存在している。

 ただ、学生レベルの最大がAランクというだけだ。

 ユウやオロチ、アグニなど、学生レベルを逸脱している騎士達は、総合ランク、もしくはステータスのどこかの項目にAよりも上があるはずだ。


 ただ、仮にAより上だとしても、魂装者アルムの破壊を引き起こす程の差は起こり得ないはずなのだ。


 なぜなら――それはもう、学生レベルとそれ以上の差など以前に、人類の限界が存在するからだ。

 Aより上の領域に、そこまで大きな差は存在しないはずなのだ。

 そこはもう、人類の限界――その目前で競い合う神域のはず。

 これまでの常識を嘲笑うかのように、アーダルベルトという最果ては、ジンヤの常識――その遥か上に君臨している。


 さらに、通常起こり得ない魂装者アルムの破壊は、恐ろしい現象が付随する。



「け、ほっ……」



 ――――武装化が解かれて、人の姿に戻ったライカが、崩れ落ちて、夥しい量の血を吐いた。



 武装化の解除。

 そして、武装化状態の際に起きた武器へのダメージが、魂装者アルムの人体に襲いかかる。


「――――ライカ……ッ!?」


 駆け寄って、抱き上げる。

 知ってはいた。あまりにも起こり得ない現象であるため、リスクとして勘定に入れていなかった。その愚かさが、ライカを傷つけた。


「少女を傷つける趣味などないのだがな。難儀なものだ、男の戦いに愛する女を使うというこの世界は」



 冷ややかな視線のまま、しかしその声音に僅かな不満の色を滲ませ、アーダルベルトは言った。本当に、彼の言葉通り、ただ力加減を誤った。そんな調子だ。

 ほんの少し魔力を放出しただけで、相手の魂装者アルムを破壊してしまう。

 桁外れ、異次元、冠絶した怪物。なるほど、こんな力を持っていれば、世界の頂点で孤独に飢えるのも道理だろう。


「あ、ああ……、」


 声を震わせたのは、ジンヤでもなく、ライカでもなく――ユウヒだった。


 それは、異常とも言えることだった。

 なぜなら、輝竜ユウヒは、あの罪桐ユウと戦った時ですら微塵の怯えも見せなかったのだ。

 

 ユウヒは自身の魂装者アルムがアーダルベルトに触れる直前、刀を引き戻して後方へ跳んでいた。

 

 ユウヒが見せた怯え、その現象もジンヤにとって信じられないことではあったが、今はソレよりも。


「ライカっ……ライカ……!」

「へ、いき……ちょっとびっくりしたけど、これくらい、いつものジンくんに比べたら、なんでも、ないから……」


 弱々しい声、今にも消えてしまいそうな、儚げな表情。

 いいや。

 消えてしまいそうな、などではない。きっともう一度同じダメージを受けたら、彼女は死んでしまう。それ程の傷を追っている。体力が、魔力が、恐ろしいまでに消耗しているのを感じる。


「そんなわけあるかよっ! 僕は騎士で、キミは魂装者アルムだろっ!? キミが傷つく必要なんか……!」


 ジンヤの目には涙が滲んでいた。

 ライカの生命の灯火が、消えかけている。


 いやだ、いやだ……そう心の内で、子供のように叫んでいた。

 自分を救ってくれた少女。

 自分を愛してくれた少女。

 小さい頃から、ずっと彼女を追いかけていた、彼女に相応しい男になるために、走り続けてきた。

 自暴自棄になって、死を選びかけた時に言ってくれた。一心同体だと、ずっと一緒だと、だから、彼女はもう半身なのだ。彼女の死は、体を半分削り取られるよりも、もっと痛い、もっと辛い。それこそ、彼女の死は、刃堂ジンヤの死と同義だ。彼女のいない世界なんて、耐えられない。

 

 屍蝋アンナの戦った時に感じていた焦燥感、恐怖――《武装解除》。ライカが傷かもしれないというそれだけで、ジンヤの精神を恐ろしい程に消耗させていた。

 それが今、起きてしまった。


「ばか……今、戦ってる最中でしょ、さあ、もう一度、私を握って……!」

「でも、またキミが……っ!」


 震えた声でそう叫ぶと、弱々しい拳が、ジンヤの頬にぶつけられた。


「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ……。いいの、別に……。私は騎士になれなかった、ジンくんみたいに傷つくことができない、ただ見ているだけなの、嫌だったんだから……」

「見ているだけな訳があるかッ! ずっと! ずっと一緒に戦ってただろ!?」

「……えへへ……ありがとう……。でも、一緒に傷つきたいよ……それだって、一緒がいいの……だから、平気だから……! あいつを……ライキさんを殺したあいつを……倒さないと……っ!」

「…………あああ……ああああああ……ッッッ!」


 選択肢なんて、なかった。

 ここでただ、ライカが傷つくのが嫌だと泣きわめいて逃げ回っても、どうせ二人まとめて殺されるだけだ。

 アーダルベルトから逃げられるなんて、思わない。


 だったら、戦うしか、道はない。


「……あああああ……ッ……!」


 絶望が、恐怖が……負の感情が、ジンヤを縛り上げる。それをライカが解き放ってくれる。

 叫んだ。恐怖を引き裂くように、咆哮しながら最愛の彼女の手を握りしめた。


 そして――――


「「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《迅雷じんらい逆襲ぎゃくしゅう》ッ!」」


 血まみれの彼女を刀と変えて握り、再び最果てと向き合う。



「最愛が傷つく危険が伴うことをわかっていながら、なおも最愛に背を押され進むが。素晴らしい、魅せてくれるな、徒花よ。やはり係数に見合わぬ勇者ではないか」


 

 アーダルベルトの口元に笑みが浮かんだ。



「貴君に敬意を。オレの最愛を以て相対しよう」


 

 彼の手に、雷光を纏う黄金の槍が握られた。

 黄金の雷光。

 彼の獅子のような髪も、あの武装も、全てはその魔力の色が表れていたのだろう。


「貴君ならば、こちらが相応しいか」


 黄金の槍がその形状を変化させ、刀となった。


「まさかオレがあの男の前に刀を握ることになるとはな……つくづく面白い。さあ、始めようか徒花。――ああ、その前に」


 一閃――。


 目で追うことすらできない速度で刀が振り抜かれたかと思えば――ユウヒの胸から、鮮血が咲いた。


 なぜ――刀の間合いではなかったはず、当たるはずがない、それなのに、ただその場で刀を振るっただけで、ユウヒが切り裂かれた。

 なにかを飛ばした? いや、そんな魔力反応はなかったように見える。

 まったく正体がわからない能力。

 

 ユウヒはその場で崩れ落ちて、倒れた。


「継承者、貴君は確かに英雄だがな……しかし、英雄ならば鏡の前で見飽きているのだ」


 正体不明の一刀で、輝竜ユウヒを倒してみせた。


 冠絶を見せつける、最果ての男。


「ユウヒくん……ッ!?」

「ジンヤくん……、いけ……」


 構うなと、崩れ落ちる彼の目がそう叫んでいた。


 吹き出た赤色は、人体から流れ出ていい量のなのかわからない。

 ユウヒまでが、死の危険に見舞われている。


 それでも。

 ユウヒは止まるなと言うだろう。

 それでも。

 最愛の少女が見せた勇気を、決意を無駄にはできないから。


 ジンヤは構えた。

 ちっぽけな、取るに足らない、英雄足り得ない少年が――――世界の最果てへ挑む。

 

 

 ――制限機構リミッター解除カット

 ――知覚速度パーセプションスピード限界駆動オーバークロック

 ――肉体負荷超過フィジカル・オーバーロード



 ジンヤにとって、どんな相手にも言えることだが、他の騎士と同様にアーダルベルト相手にも長くは保たない。

 決めるなら、一瞬で。


 だから最初から、一刀に全力を注ぐ。


 制限機構解除。脳のリミッターを外して、魔力も筋力も全て使う。

 

 さらにトリガーを絞る。鞘に搭載された機構から、空薬莢が吐き出された。


 制限機構解除+撃発機構――これが今出せる、全力の一刀。


 

「《迅雷/撃発一閃エクレール・エクスプロジオン》――ッ!」



 対してアーダルベルトは、刀を寝かせて構え、ただ真っ直ぐに突っ込んでくる。


 狙いは見えた。切っ先も、視線も、なんの幻惑も入れずに、こちらの心臓を狙っている。

 小細工など必要ないと言いたいのだろう。


 彼の速度は凄まじい。

 ジンヤがこれまで見てきた騎士で最速――ユウヒの速度よりも、なお遥か上。

 だがそんなことは百も承知、世界の頂点と嘯く男が、ユウヒの速度に劣るはずもない。


 だから、知覚速度を限界まで引き上げた。


 ――――勝てる。


 そう思った。


 相手の突きの機動は見えている。それよりも、こちらの抜刀一閃が勝る。

 アーダルベルトの腕を斬り落とし、そのまま奴の体に刃が届く。


 だが、そこで気づく。

 アーダルベルトの刀が凄まじい魔力を纏っていることに。

 彼は雷光を纏っていた。つまり、雷属性の魔力を保有している。ユウヒを斬り裂いた能力と、雷の属性。

 能力は騎士と魂装者アルムで一つずつという原則を考えれば、彼の力はこれで全て。


 アーダルベルトの刀は、凄まじい磁力を帯びている。それによりこちらの刀は弾き飛ばされ、軌道が捻じ曲げられる。

 単純に同じ力で対抗しても、魔力量で差で勝ち目はないだろう。

 

 ならばと、こちらも作戦を変更する。高速の世界で、その思考が可能だったのは、知覚速度を限界まで引き上げていたからだ。


 こちらの刀が弾かれる直前、相手と異極の磁力を付加させる。それにより、こちらとあちらの刀は引き寄せられ、確実にぶつかり合う。

 正面からの激突ならば、勝ち目はないだろう。

 磁力付加のタイミングの見極め、そして、こちらの刀の位置が重要だ。

 相手の刀、その側面へ全力の一撃を叩き込んで軌道を逸し――そして、こちらの切札、《迅雷/逆襲一閃エクレール・ヴァンジャンス》でトドメを刺す。

 幸い、空薬莢の位置はベストだ。龍上ミヅキを倒したあの時のように、刃を交えた直後の切り返し。そこでの勝負をこちらが取る。


 引き上げられた知覚速度の中で、針穴に糸を通すような小さな勝機を見極め――そして、

 僅かな勝機を見極めた刹那に、こちらも磁力を操作。


 アーダルベルトとジンヤの刀が激突した――――直後、



「……あ、が…………どう、して…………」


オレにこの力を使わせるとはな。想像以上だ、徒花よ」



 

 アーダルベルトの刀は、ジンヤの心臓を過たずに貫いていた。




 刀が引き抜かれる。血が吹き出した。


 痛みが、恐怖が、自分が消えていく、真っ暗な感覚に包まれていく。漆黒の闇に落ちていくような、無数の手に引き寄せられていくような。

 これまでの人生が想起されていく。

 

 罪桐ユウに絶望させられ、死を選ぼうとした時に近いが――あの時の比ではない。

 

 もっとずっと、明確な終わり。


「感じるだろう、それが死だ。恐れるがいい――そして憎むがいい。オレを、貴君に死を齎した者を。決して忘れるな。いつか必ず、オレにそれを与えると強く誓え」


 血にまみれた刀を握る男は、そう言って薄く微笑んでいた。


「ジンくん……! ジンくん……ッ! いや、いや……いやだよ、ジンくん、そんな、ダメだよ……っ!」


 倒れたジンヤへ、ライカが駆け寄った。


 ライカがどれだけ泣き叫んでも、ジンヤはもう目を開けなかった。


 彼の瞳が閉ざされる。


 心臓の鼓動が止まる。


 今ここに――――刃堂ジンヤは、アーダルベルトによって、その人生に幕を引かれた。 



 ◇



 ゼキとトリスタン――その戦いの結末は……。


「が、はっ……ぁ……」


 トリスタンの拳が、ゼキの体を貫いていた。


「あァー……悪ィ、殺しちまった……つい滾ってなァ……」


 血まみれの拳を引き抜いて、微笑みながら頬をかいてみせるトリスタン。


 ゼキが崩れ落ちて――絶命した。



「トリス、ここで終幕だ」



 瞬間、彼の背後に一人の男が――アーダルベルトが現れた。


「……おォ……アード、そっちはどォだったよ?」

「良き戦果が得られた。そちらの首尾は?」

「上々も上々よ、滾ったぜ……ついぶっ殺しちまった」

「ふふ、はっははは……ッ! やはり卿はそうなったか、まったく……卿という男は」

「あァ……? テメェはどォなんだよ?」

オレも同様だ。互いに本当に変わらんな。またビクターやギース殿にどやされるであろうよ」

「ハッ、知るかってんだ。こんくらいやっといた方がいいだろォよ。後始末なんざ考えて喧嘩できっか」

「相違ない。では退くとしよう。些か舞台を荒らしすぎた。オレ達はこの時点での、この舞台は相応しくない。相応の役者達に譲るとしよう」

「ま、そりゃそォだ……帰るとすっかァ」


 

 そして、二つの巨大な影は消失した。

 消えないはずの、破壊の痕を残して。


 ◇


 かくして。


 刃堂ジンヤは死んだ。

 真紅園ゼキは死んだ。


 そして――。


 ◇





「…………目覚めたか」


「……ど、どうも」




 ジンヤとセイハの会話。


 物語は、何事もなかったかのように、ジンヤが病室で目覚めた場面に繋がる。

 

 罪桐ユウとの戦いが終わり、その直後にアーダルベルトなどというイレギュラーが襲来したことなど、最初からなかったかのように。


 ジンヤにも、セイハにも、ゼキにも、この世界のほとんどの人間に、あの日起きた特大のイレギュラーの記憶はない。認識すらすることができない。





 世界から、あの時の出来事が抜け落ちている。





 ジンヤはアーダルベルトと戦った記憶も、殺された記憶もない。

 それはゼキも同様。


 この語られなかった物語の痕跡全てが、消失している。



 だが――これは一時的に封印されているだけだ。

 

 結ばれた因果が消えた訳ではない。



 いつか必ず、刃堂ジンヤはこの因果と向き合うことになる。

 この記憶を取り戻すことになる。



 一度は自分を殺した、最果ての男と、いつか必ず――――。





 ――――――世界が終焉を迎える、その時に。





 ◇









 語られなかった物語3 終焉に至る因果は結ばれて


 










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