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真紅園ゼキの人生。それは常に、戦いと共にあった。
最初は、自分のためだけの戦いだった。
騎士になる前から、喧嘩ばかりしていた。
気に入らない上級生を叩きのめした。スポーツをやってるヤツだろうが、武道をやってるヤツだろうが――騎士だろうが、関係なく殴り飛ばしてきた。
そして、騎士としての力に目覚めた。
それは、ゼキの人生を何も変えはしなかった。
ただ、殴れる範囲が広がっただけだ。
騎士に生身で挑めば敗北する。
当たり前の話だ。だが、こちらも騎士であれば話は違う。
騎士になってから、前よりも気持ちのいい殴り合いができなくなった。
遠距離からちまちまと攻撃を当て続けて、こちらに小さなダメージを蓄積させ、体力と精神を削るようなつまらない戦い方をするような相手と戦うこともある。
しかし、騎士になってからの方が相手を殴った時に得られる爽快感が大きい。
遠距離型の相手に肉薄し、相手を殴り飛ばした時の快感は、騎士でない頃には味わえないものだ。
それに、なにより。
――――あの男に、出会ったから。
◇
蒼天院セイハ。この街の頂点。誰かを守るために、正義のために戦う者。
出会った時、彼に完膚無きまでに叩きのめされた。
格が違った。
許せなかった。
ゼキの人生で、負けっぱなしを許容したことなど、ただの一度もない。
だからセイハに負けてからは、全てを彼を倒すためだけに費やした。
それでも、届かなかった。
なにが違う。
ヤツと自分の、一体なにが?
自分の拳に足りないものはなんだ?
答えをくれたのは、一人の少女だった。
零堂ヒメナ。
出会った時は、敵としてだった。セイハの下にいる四人の部下、《四天王》と呼ばれる騎士達を倒さなければ、セイハと戦うことはできない。
だから戦って、倒した。しかし、彼女とはそこで終わらなかった。
彼女はある事情を抱えていた。
――――笑うことができない。
セイハにかけられた、呪いのような術式。
なにもセイハは、ヒメナを苦しめようとその術式を行使した訳ではない。
セイハとヒメナは、兄弟だった。
名字が違うのは、ヒメナが蒼天院の分家である零堂の家に預けられていたから。
幼い頃、セイハとヒメナの両親は殺された。
ヒメナはその瞬間を見てしまった。
それから、彼女の心は壊れてしまった。
毎日ひたすら泣いている家族を想って、セイハはその涙を凍らせた。
負の感情を凍結させた代償に――彼女は、正の感情も失い、笑わない人形が出来上がった。
ゼキがそれを知った時――自分以外のために拳を握ろうと思った。
誰かのために、戦おうと思った。
そして、セイハと再び挑み――初めて彼に勝利した。
◇
それからもゼキは、少しずつ誰かのために拳を握ることを覚えた。
剣祭の一回戦、空噛レイガと戦った時もそうだ。
大切な先輩であるシエンを倒したレイガ。先輩の無念も握りしめた拳は、決して砕けることはなかった。
シエンに言われた言葉がある。
忘れられない、言葉がある。
『……お前もそのうち、炎赫館が気に入るさ』
シエンはそう言った。
かつては、その言葉がわからなかった。
炎赫館学園。ゼキが所属する学校。
ゼキに愛校心などなかった。だが、いつしか変わっていた。
学校のヤツらなど、ほとんどが喧嘩相手だ。入学したばかりの頃は、誰が一番強いのかなんて馬鹿なことを決めるために毎日戦い続けた。
頭を張りたいなんて欲はない。
人より偉ぶりたい願望もない。
ただ、誰かの下であることが許せないだけ。
だから、全員倒した。
ただそれだけの関係のはずだった。
だが、いつしか――。
『ゼキ! てめえゼッテー蒼天院のヤツブッとばせよ!』
『てめーは俺らの誇りなんだよ、負けんじゃねえぞ!』
『ゼキさん、勝ってくださいよ! 俺絶対応援いくんでっ!』
いつしか、ゼキの周りには大勢の人間がいた。
自分のためだけに、拳を握っていたはずなのに。
今はこの拳に、たくさんのものを握りしめている。
◇
ジンヤとユウヒの前に、アーダルベルトが現れたのと時を同じくして――。
炎赫館学園を、ある一人の男が訪れていた。
黒のライダースジャケット、ダメージデニムに、黒のカントリーブーツ。
浅黒い肌に、短めの紫髪、サイドは刈り上げられて、荒れ狂う龍の如きラインが幾重にも入っている。
サングラスを外し、胸元に引っ掛けると、男は静かに呟いた。
「オレの期待を裏切るんじゃねえぞ、楽しませろや――真紅園ゼキ」
男が向かったのは、学園にある闘技場。
夏休みの時期に入った学園は、校舎内にはほとんど生徒がいなかったが、闘技場は人で溢れていた。
彼らは皆、剣祭に出場することが出来なかったが、それでもゼキの活躍を見ていてもたってもいられず、こうして己を磨いているというわけだ。
男は大勢の騎士達を睥睨した後、口元に笑みを浮かべると――
突然、拳を振り下ろし、床を殴りつけた。
刹那――――天地が、震えた。
轟音と震動が建物を襲う。地震か、爆発か、なにか強力な術式の行使か――誰もが災害、もしくはそれに準ずるものが起きたと驚愕し、辺りを見回す。
音と衝撃がした地点には、ただ、男が一人。
「ハイ、ちゅうもォオオオオオオオオオオオオオオオオオくッ!」
気怠げに肩を回しながら、男は叫んだ。
一斉に視線が集まる。
「誰でもいい、真紅園ゼキってヤツを呼びな」
「なんだテメエッ!」
「ここがどこかわかってんのかァ、アァ!?」
「なにナメた真似してくれてんだコラァ!」
騎装都市にある七校の中でも、特に血の気の多い生徒が集まるのが炎赫館学園の特徴だ。
そこでこんなことをすれば、彼らも黙ってはいられない。
「……カハッ。元気いーなーオイ。いいぜ、来いよオラ。御託はいらねえ、カチコミだコラ。とりあえず真紅園がくるまでの暇つぶしで遊んでやっから泣いて喜べやガキどもォッ!」
「ナメてんじゃねえぞコラアアアアアアアア!」
「ゼキさん呼ぶまでもねえ、この馬鹿潰せえええええええええええええええええッッ!」
怒号と共に押し寄せる炎赫館の生徒達を見て――男は、笑った。
「カハッ……いーねー。ま、ガキ相手に本気なんか出さねーからよ、せめてオレに一発くらい入れてみろや」
そこから先の光景は、信じられないものだった。
魂装者を持った騎士達が、生身の男一人に圧倒された。
それは、この騎士と魂装者が頂点に立つ世界において、有り得ないことだった。
男は、魂装者を持った騎士と戦うのに、魂装者を使わない――それどころか、魔力さえも使っていない。
――――ただの拳で、百人以上の騎士を殴り飛ばしていった。
「カッハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ククッ、カカッ、カハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! アァ――――弱ェ! 弱ェ! 弱ェ! 弱っちいなあオイオイオイオイ、どォ――したテメェら根性出せや男魅せろやもっとしっかり拳握れやァアアアア !その程度かァ!? そんなモンかァ!? 握った拳が情けねえって泣いてんぞオラアアアアアアアアアアアアアアアァ!」
戦いの場は、闘技場を飛び出して校庭に移っていた。
人間が、砲弾のように打ち上げられて――否、撃ち放たれていく。
男が拳を振り抜き、人体が砲弾と化して、校舎の壁に叩き込まれる。
校舎に人間が埋め込まれ、いくつも亀裂が入っていく。
「さーて、仕上げだ……わかりやすくテメェらの誇りを踏みにじってやるよ。そっちのが滾るだろ? なあ、滾れや滾れ、滾って滾って、ブッ滾ってよォ……オレのことも滾らせてくれやァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
叫び、笑いながら、男は拳を校舎へ叩き込んだ。
それを見ていた周囲の騎士達は、悪い夢を見ているのだと思った。
不出来なコメディのような、そんなふざけた光景だった。
ただの拳で、校舎に大穴が空いた。
「もういっちょォ、景気良くいっとくかァッ!」
男が、拳に僅かに魔力を込めた。
それだけで。
たったそれだけで。
炎赫館学園の本校舎――――その半分が、吹き飛んだ。
――その時だった。
崩れ行く校舎を目の当たりにして、拳を握りしめている少年がいた。
少年が、駆け出す。
「なにをしてやがんんだテメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
真紅の拳が、破壊者へと放たれた。
「よォ……やァァァァっと来たか遅えぞ待ちくたびれたぞ、女じゃねーんだ、あんま待たせんじゃねーよボケ」
男は喜悦に満ちた笑みを浮かべながら、少年の全力の拳を片手で――魔力すら纏っていない手で受け止めた。
「真紅の籠手――テメェが真紅園ゼキだな?」
「ああそうだ、この学園で一番強ェ、ここの頭がこのオレだッ! オレに用があんだったら、こいつらに手ェ出してんじゃねえぞ! なんなんだよテメェは!」
「よくぞ聞いてくれたじゃねえかァッ! 喧嘩のやり方弁えてんなァ!
オレの名はトリスタン・ベオウルフ――拳での喧嘩なら世界で一番強ェ男だッ!
テメェにゃこれで充分だろう、なァ、テメェと喧嘩しにきた、さあ戦ろうやァッ!」
「上等だクソ野郎、テメェにぶっ飛ばされたヤツら全部足した分ブッ飛ばしてやるから覚悟しろやァァアアアアアッッッ!」
「吼えるなァッ! いいぜ、いいかもなァテメェ、もしかしたら滾るかもしれねえッ!」
アーダルベルトは、刃堂ジンヤとの因果を求めた。
ならばトリスタンが求めるのは、真紅園ゼキとの因果。
ジンヤとユウヒがアーダルベルトと激突するのと同刻。
我が拳こそが絶対と吼える二人の男の喧嘩が、幕を開けた。
◇
語られなかった物語2 喧嘩狂い、二人




