第28話 〝ヴァンジャンス〟
『……いこうか、ユウヒくん』
『……ああ、終わらせにいこう、ジンヤくん』
ジンヤとユウヒ、二人の闘志が頂点に達した時。
同時、これまでの戦いで少しずつ溜め込まれていたユウの苛立ちも高まっていた。
「っつかえね~……ガキに負けてんなよなー。やれやれ、結局ぼくが自分で戦うことになるのか、めんどくさいなあ……。ま、いっか。うーん、これはもう、面白演出に拘ってもらんないかなー? しょーがないから、真面目に潰すよ」
ここに来て、やっと余裕を削ることができた。
未だに表面上、ダメージを与えられているようには見えない。
肉体へのダメージは回復してしまう。
しかし、度重なる策謀の失敗により、ユウの精神にさざ波が立ち始めていた。
これまで策が失敗しようが、それもまた新たな絶望に繋がると考えてまったく気にしていない時に比べれば、大きな進歩に見えた。
ジンヤは電気信号干渉を行う。
この技は、ずっと昔から物にしようと努力し続けていた。
ステータス上、《精密性》にしか強みを見いだせないジンヤが強くなるのなら、この部分しかないと思っていた。
龍上ミヅキ戦の時は、電気信号操作により、自身の動きをプログラムして思考を排除した動きをすることしかできなかった。
風狩ハヤテ戦の時、実はジンヤは《本覚の構え》+背後へ刃翼を出現させるという凶悪な技への対処のために、リミッター解除を部分的使っていた。
輝竜ユウヒとの戦い。彼の住まう速度域に強引に踏み込むため、未完成の技を発動し、極限の一瞬の中で成功させた。
アンナを救うには、ユウヒとの戦いでこの技を物にしていなければいけなかっただろう。
必然の努力と、幸運な偶然がいくつも重なって、ジンヤはここにたどり着いている。
――制限機構、解除。
――知覚速度、限界駆動。
――肉体負荷超過。
――設定/1秒。
刹那、ユウヒと共に駆け出す。
閃光、二つ。
ユウを斬り裂き、駆け抜ける。ユウは右手にアロンダイトを握っていたが、《不壊》を発動させるよりも、二人の方が圧倒的に速かった。
もはや何もやらせはしない。《神速》に近い領域の速度による、絶対的な先制攻撃で、ユウの両腕を切り飛ばした。
右腕と左腕が宙を舞って、地面に落ちる。
だが、彼には再生能力が――――いや、もはやそんな悠長なことはしていられない。
「…………もういいや、めんどくせえ、絶望してくれないならブチ殺したって同じだもんね」
恐ろしいまでに冷たい声。
そこには明確な殺意が乗っていた。
これまでの彼にはなかったものだ。
だって彼は、相手を絶望させたかったから。殺してしまっては、意味がない。
そもそも、わざわざ殺意を向ける程手こずってすらいなかった。
道を歩いている蟻を、殺意を向けて踏み潰す人間などいない。所詮は気まぐれ。ただの遊び。そういう感覚は、もう消えていた。
「《顕現/実行》――――《豊穣齎す光輝》」
《豊穣齎す光輝》。
《終末赫世騎士団》に所属する、とある騎士の能力だった。
起きた現象は――――異形。
異形が、顕現した。
失われたユウの腕、その切断面から、びっしりと鱗に覆われた腕が伸びた。
さらに、彼の背中からは、巨大な翼が。
禍々しい漆黒の翼。鱗に覆われた巨大な腕。
それは、《竜》の一部を模した力。
《幻想都市計画》。そこでは幻想生物を生み出すという実験があった。
あの実験は確かに、ユウのお遊びでしかなく、アンナを苦しめるために作られた偽りの箱庭。
だが、それはユウが既存の計画を乗っ取ったというだけで、計画自体は本当に存在していた。
《豊穣齎す光輝》の能力を使えば、この世に存在するはずがない化物を生み出せる。
そして、化物の力が炸裂した。
「死ね」
直截に、ただ一言。
呟いたかと思えば、ユウヒの目の前に悪辣が現れ、竜の腕を振るっていた。
人間が、壊れる音が響いた。
骨が砕け、肉が裂けて、血を撒き散らしながら、ユウヒの体が吹き飛ばされて、倉庫の一つに叩きつけられ、巨大な穴を空けた。
穴の付近が生々しく真っ赤に染まり、そこで肉袋が弾けたことを物語る。
――――――――死んだ。
ユウヒが殺されたと、ジンヤは本気で思った。
次の標的は、当然ジンヤだ。
ぎょろり、と爬虫類めいた挙動で、ジンヤへ視線を移すユウ。
勝てない、終わりだ、魔力の桁が違いすぎる、速度域が違いすぎる、ユウヒよりも、圧倒的に速い。こちらは満身創痍、魔力も残り少ない、《疑似思考加速》を使えば、攻撃が躱せるかもしれない。だが意味があるだろうか、すぐに魔力が切れる。それに、相手との魔力の差が開きすぎている。《肉体負荷超過》を使って、全力の一撃を叩き込んでも、あの魔力の壁を破れないだろう。ダメージを与えられない。ではもう、為す術はない、殺される。殺される、殺される――――、
ユウが動き出そうとした――――、
――――その時、アンナは。
◇
アンナの魔力は、底をついていた。
アンナの体力は、底をついていた。
《武装解除》どころか、もう動くことだってできない。
ジンヤが、殺されようとしているというのに。
いやだ、いやだが、死なないで、そんな、やっと、やっとこれから、少しずつ、ちゃんと、今まで奪われ続けた人生を、ただ悪辣に手のひらの上で転がされて、絶望させられ続ける人生から解放されるというのに。やっと、自分の人生を始められるのに。
ジンヤのおかげなのに。ジンヤがいなくちゃ、ジンヤがいなくちゃ意味がない。
まだ恩返しできてないのに。まだ罪を償えていないのに。もっと話したい、もっと一緒にいたい、もっともっともっと。ダメだ、殺させない、殺させていいはずがない。
なのに、どうしてこの足は動かない――――?
《――――――大丈夫だよ》
その時、声がした。
自分の中から。
自分と、同じ声が。
「…………誰?」
《わたしは、あなた》
それは、霊体化した魂装者と思考の中でやり取りする感覚に似ていた。
頭の中で直接響く声。
そして、アンナの目の前に――――その少女は、現れた。
半透明の、今にも消えてしまいそうな儚げな存在感。
アンナよりも小さな体躯。長い黒髪。赤いリボン。
――小さい頃の、アンナだった。
《幻想都市計画》に参加していた頃の、大好きな両親と親友と、幸せに暮らしていた――そう思い込んでいる、偽りの箱庭にいた頃のアンナ。
今の屍蝋アンナが、殺した少女。人格を塗りつぶし、体の所有権を奪った。消え去ってしまった、普通の少女。《屍蝋アンナ》による、被害者の一人。
「どう、して……?」
彼女は、消えたはずではなかったのか? なぜここで彼女が現れる?
もしもどういう形であれ、彼女がまだ存在しているのなら――ならば今の屍蝋アンナは、消えなくてはいけない。
彼女に体を返して、消えなくてはならない。
それが償い。
だとすると、この想いは、罪は、狂愛はどこにいくのだろう……?
死。それを前にして、アンナは。
…………………………………………………………いやだな。
と、そう思った。
死にたくない、消えたくない、まだ生きていたい! もっとじんやと一緒にいたい!
《大丈夫……大丈夫だよ、わたし。……ずっと、見てたよ……つらかったね……ごめんね、なにもしてあげられなくて、ほんとにごめん……》
「……そんな、どうして、あなたが……」
《あなたは、わたしが背負うべき罪を、苦しみを、全て引き受けてくれていた。だからずっと、わたしはあなたに、謝りたかった。それから、お礼を言いたかったよ》
違う。違う。
だってアンナは、あなたを殺して――――
《ううん、違うよ、助けてくれたの》
理屈はわからない。
だが、直感できた。
彼女は、ずっとアンナの中にいた。
人格が分裂してしまって、新しいアンナが体を支配しても、ずっといたのだ。そして、ずっと見守っていてくれた。
そして今、彼女は――――
《わたしを、つかって……それで、ジンヤさんを――……ううん。ねえ、アンナ……わたしも彼のこと、ジンヤって、呼んでもいいかな?』
「うん……いいよ」
《わたしもね、彼のこと、大好きなの……優しくて、いつだって助けてくれる、わたしの夢だった、運命の王子様……ずっとずっと、憧れてた……だからね、アンナと彼が触れ合っているのは、本当に……本当に、嬉しかったの。もうこの先なんて、いらないくらい、人生の頂点っていうのかな……死んでも悔いがないくらい、嬉しかった》
ジンヤとアンナとの戦い。
あの戦いの刹那、アンナはジンヤの全てを手に入れた。ライカでも、他の誰でもない、あの瞬間だけは、ジンヤはアンナだけを見ていた。
それだけで、たったそれだけでよかった。そんなことのためだけに、生まれてきたと、胸を張って言える。
だから――――、
《だから、わたしをつかって》
「いや、だよお……やっと、やっと会えたのに、話せたのに、いやだよぅ……」
会えてすぐ、お別れなんて、そんなの……!!
彼女は消えるつもりだ。
アンナにはわかった。自分のことだ、すぐにわかる。
その存在全てを力に変換し、アンナに立ち上がる力を与えてくれようとしているのだ。
「あなただって、幸せにならなくちゃいけないのに! 救われなくちゃ、いけないのに!」
《ううん……違うよ》
霊体のような、半透明の彼女は、自身のリボンを解いた。
そして、それをアンナのリボンに重ねるように結んでいく。
二人のリボンは、同じもの。
霊体のリボンに、実体はない。彼女が消えれば、リボンも消える。
でも、それでも――確かにそれは、結ばれた。
《ずっと一緒だよ。あなたがわたしを忘れなければ、ずっと、永遠に……それにね》
彼女は一筋の涙を流した――――だが。
――世界中で一番幸福であるかのように、笑っていた。
ひたすらに悪辣によって、絶望させられた彼女がだ。
《だってもう、わたしは救われているんだもん。わたしはね、アンナが救われた時に、救われていたの……わたしは、幸せでした。だからこれから、よろしくね――屍蝋アンナを、よろしくね》
「そんな……あなただって、これからもっと、幸せになっていいのに……!」
《大好きなアンナと、ジンヤを守る以上なんて、この世のどこにもないんだよ?》
そっと、彼女はアンナの唇に人差し指を当てた。
それから、アンナの涙を拭う仕草をする。
霊体なので、当然すり抜けてしまう。
《ありがとう……アンナ。わたしは世界一幸せでした。そしてこれからも、アンナは幸せでいてね》
そう言って、本当に幸せそうに笑う少女の姿が――――――――――消えた。
「あああ…………あああああ、…………あああああああッッッッッ!!!!」
救えなかった!
救わなくちゃダメなのに!
これから彼女も、幸せにならなくちゃダメだったのに!
どれだけ彼女が満足してたって、それでも!
本物は彼女で! 偽物が今のアンナなのに!
それなのに、どうして本物の彼女が消えなくてはいけない!
力が溢れてくる。
彼女が自身の存在を、魔力に変換した。
――――――さあ、いって。
風に溶けたはずの彼女の声が、聞こえた気がした。
ありがとう、そしてごめんなさい。
屍蝋アンナになるはずだった少女。
アンナはまた、一つ背負った。
大切なものを、背負った。
あの少女の存在全てに懸けて――――この戦いは絶対に譲れないッ!!
「《慈悲無く魂引き裂く死神の狂刃》アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!」
咆哮、疾走。
音を立てず、背後から仕掛けるべきなのに。
アンナは叫びながら、ユウへと突っ込んでいく。
それでも、怒りに支配されたユウは、気づくのが遅れた。
――――勝った。
アンナも、ジンヤも、そう確信した。
ユウが腰につけているケース、その中にある巨大な本。
常に身に着けており、以前もあれを狙った時に焦りを見せた。
ユウの魂装者。
そこへ、アンナの大鎌が直撃した。
そして。
そして。
そして…………。
魂装者であるはずの本に、《武装解除》を纏った大鎌が当たっているにも関わらず。
なにも、起きなかった。
「ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁんねんでしたァァッァァ!!!!
それ、ぼくの魂装者だと思ったんでしょ!?
違うから! ハズレ! ギヒ、ギヒャ、ギッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!
おっもしろいなあああああもおおおおお!!!
ずぅ――――――――っとアンナちゃんがそれを狙ってることくらい、気づいてるから!
ここまでずーっと泳がせてたの、わかんなかった?
そうやって、ここぞって時にさあ、これしかないって時に、奇襲をしかけて、ぼくを出し抜けると思った!? このぼくを!
今までずっと、ぼくの手のひらの上だったキミが!
ありえないでしょ! そんなの無理だから!」
信じられない事実に、アンナはその場にへたりこんでしまう。
ジンヤも頭が真っ白になってしまった。
一撃でやられたユウヒ。
頼みの綱である《武装解除》が、通用しなかった。
あの本が魂装者ではないのなら、一体彼の魂装者はなんなのか。
いや、もう遅い。
今さら魂装者がわかったところで――――。
ユウが竜の腕を振り上げる。
その先には、アンナが。
そして。
《はい、ここまでガウェインちゃんの予想通りね》
そして、ガウェインは勝利を確信した。
とある少年の話をしよう。
彼は、罪桐ユウに全てを踏み躙られた。
彼は、親友を、罪桐ユウに殺されている。
少年の名を、空噛レイガ。
レイガがユウに敗北したのは、昨日のことだ。
あれから、空噛レイガはどうなったのか。
その答えは、この倉庫街から離れた場所――――とあるビルの屋上。
ユウヒはここへ来た時に確認していた。この場所から、離れた所にあるビル群が見えると。
レイガはかつて、戦場と特殊な施設の往復を繰り返し、ひたすらに戦闘訓練を受けていた。
そこでは、狙撃訓練も行われていた。
レイガは狙撃が嫌いだ。
待っているなど、性に合わない。
退屈でしかたがない。
だが――――レイガは、狙撃の天才だった。
才能と嗜好が、一致するとは限らない。
レイガはビルの屋上で、伏射の姿勢を取って、自身の魂装者が変じた姿である狙撃銃、そのスコープを覗き込んでいた。
レティクル――十字の中心には、誰よりも憎悪した少年の頭部が。
彼がどうやってここまでやってきたのか?
レイガの両足は、ユウによって折られている。
とても歩ける状態ではない。
だが、彼は諦めなかった。
能力によって、脚部を凍結。凍った両足を、強引に魔力で動かして、歩み続けた。
一歩。
歩く度に、吐き気と寒気が込み上げてくる。
一歩。
歩く度に、骨が折れた部分が、痛覚に直接粗い鋸当てたような痛みが走る。
一歩。
歩く度に、視界が赤熱し、意識が千切れそうになる。
それでも、彼は進んだ。
あらゆる全てよりも、憎悪が勝った。
全てが無駄になるかもしれなくても、レイガは進んだ。
許せなかった。
ロウガは、空っぽのレイガを肯定してくれた。記憶がなくても、どんな人間だったとしてもいいと、言ってくれた。
彼を殺したことが、許せなかった。
許せなかった。
自身の誇りを踏み躙られたのが許せなかった。レイガは戦闘が好きだ。相手と競い合うのは楽しい。負ければ、悔しい。強くなりたい、どこまでも。
だから、踏み躙られたままでは、もうこの先一生前に進めない。
この屈辱だけは、清算しなければならなかった。
そして――――復讐の牙となる弾丸が放たれた。
通常の弾丸が、罪桐ユウを倒すことは有り得ない。
なぜならユウは、殺したところで再生するからだ。
そして、もう一人。
とある少年の話をしよう。
彼は、罪桐ユウに全てを踏み躙られた。
彼は、親友を、罪桐ユウに殺されている。
レイガと同じく、ユウを憎悪する少年の名は、夜天セイバ。
二人の共通の友であった男、ロウガ。
ロウガとセイバが戦った時のことだ。
セイバの《無効化魔力》は、ロウガが魂装者の銃で放つ、魔力を用いない通常の弾丸は防げない。
つまり。
《無効化魔力》と《通常の弾丸》は、干渉しない。
ならば。
弾丸に、《無効化魔力》を付与すれば?
その弾丸によるダメージを、再生することはできない。
《狙撃》+《無効化魔力》。
あまりにも無慈悲。
確実に相手を殺害する凶悪な組み合わせ。
彼らを組ませ、この戦いの、最後の瞬間まで伏せることを仕組んだのは、ガウェインだ。
彼女は、自身がそう大したことをしたとは思っていない。
たまたま、レイガを見つけた。
たまたま、セイバを見つけた。
ドローンが見つけた二人から話を聞いて、作戦を立てた。レイガに狙撃のタイミングを指示すると伝えておいた。
確実に成功させるため、タイミングを見極めることは重要だった。
《無効化魔力》は、付与した分の魔力しか無効化できない。
ユウが頭部を魔力で覆えば、その魔力を削り取るのみで効力が切れる。
だが今、ユウは目の前の相手に集中し、自身を魔力で防御することなど考えていない。
それに、必要がない。ユウの周囲に、彼に反撃できるものはいない。
ユウはずっと、魂装者を偽装していた。
彼の魂装者は《本》ではない。
だが、そこへ魔力を集中させ、それが魂装者と思い込ませた。
アンナがそこへ、《武装解除》を狙ってくるように。
アンナという切札を、ユウは警戒していた。
ユウの魂装者の名は《道化師の切札》。
アンナもユウも、規格外の異端だ。ならばユウがアンナを警戒するのは当然。
だが。
ガウェインも計算に入れていなかったことだが。
アンナが、いつかの少女の魂を使って得た魔力により、決死の覚悟で放った《武装解除》は、無駄ではなかった。
あれがあったからこそ、ユウは《本》は魔力を集中させ、偽装を続けていた。それによって、本当の魂装者への防御が疎かになる。
――――なぜ、ユウがガウェインの策に気がつかなかった?
まず、ユウは《未来予知》を持っている。だがこれは、対象を目視せねば発動しない。
自身を見れば、自身の未来が見えるが、ユウはジンヤ達の対応に追われて、そんな無駄な動きをする暇などなかった。それに、ガウェインはユウに目視されないように、戦場に姿を見せてはいない。
そして、ユウは《読心能力》を持っている。
彼はそれを、誇示するように使用していない。
だが、ガウェインはあれだけユウが様々な能力を持っている以上、読心能力程度持っているだろうと予測していた。
だから――彼女は、ジンヤ、ユウヒ、アンナ達の三人に、レイガのことを完全に伏せた。
ユウはジンヤ、ユウヒ、アンナの三人の前線で戦うアタッカーの思考を読む。
その思考に、当然レイガというスナイパーのことはない。
当たり前だ、彼らはレイガが配置されていることを知らないのだから。
ガウェインにより、あえて提示された偽りの思考を読んで、ユウは偽の安心を得ていた。
偶然がいくつも重なって、奇跡となる。
だが、偶然を起こした原因は、全て彼らが諦めなかったからだ。
ジンヤは諦めなかった。
アンナは諦めなかった。
ユウヒは諦めなかった。
セイバは諦めなかった。
レイガは、諦めなかった。
ガウェインは怠惰だ。
面倒なことがあればすぐに投げ出す。
そんな彼女だからこそ。
誰よりも怠惰な彼女だからこそ――――絶対に諦めない彼らに、心を打たれた。
《誰も! 誰一人! 絶望なんてしてなかった! ここには怠惰とは程遠い、不屈の騎士達だけがいた!》
ガウェインは叫ぶ。
柄にもなく、熱くなった。
まるで複雑なパズル。
パズルを揃えたのは、ガウェインだ。
だが、ピースの一つ一つが存在したのは、戦場で戦い続けた彼らの不屈があったから。
奇跡のようだが、奇跡ではない。
奇跡のような必然は、不屈によって成り立った。
罪桐ユウに絶望させられ続けても、最後まで絶望せず、不屈を貫いた少年が呟く。
空噛レイガは――――――静かに呟く。
「……………………今度はアンタが絶望しろよ、クソったれの絶望ジャンキー」
復讐の弾丸が、ユウの頭を撃ち抜いた。
ここに、敗残者達の逆襲譚が生まれた。
◇
突然――本当に突然、ユウの頭が破裂した。
ジンヤもアンナも、何が起きたのか理解できない。
《狙撃だよ。これでさすがに、終わり……の……はず……、…………え?》
頭を撃ち抜かれ、倒れたユウの体が僅かに動いた。
有り得ない。
頭を撃ち抜かれ、そのダメージは無効化魔力によって、再生不可能になっているはず。
それに――もう、ユウは能力をこれまでのように使えないはずなのだ。
彼の魂装者を、破壊した。
魂装者の武装化形態は、超高密度の魔力の塊。《魔力無効化》を当てれば、魂装者にダメージを与えることができる。
通常の攻撃で魂装者が壊れることなどそうそう起こらないのは、あまりにも魔力の密度が高すぎるため。《魔力無効化》を用いずに魂装者が傷つくとすれば、両者にかなり実力差が開いている時のみだろう。
ユウの魂装者がなんだったのか。
それは、ガウェインにも正確にはわからない。
ただ、彼の魔力の流れを観察し続けると、常にあのブラフであった《本》と、同時に《頭部》に集中していた。
つまり、彼の魂装者は頭部のどこかにある。
頭部に魔力が集まるのは、ユウが能力を使う一瞬で、それ以外の時は魔力の流れも巧妙に偽装しており、一目ではわからないようになっている。
ただ魔力の流れから割り出そうとしても、やはり常時高い魔力を宿していた《本》に目を奪われていただろう。
ユウの弾けた頭部が、再生していく。
ぐちゃぐちゃの柘榴が、再び形を成した。
立ち上がるユウ。
その足元には、ボロボロになった一枚のトランプ――――ジョーカーのカードだった。
「…………チッ、余計なことしてくれるよね」
ユウはカードを一瞥すると、それをポケットにしまった。
「……それがキミの魂装者なのか?」
「……あー、うん、そうだよ。あーあ……もう最悪だ、こんなみっともないところ見せるくらいなら、撃たれて死んだほうがよかったのに……」
彼の言葉の意味がわからない。
この再生を果たしたところで、もはや戦えないということだろうか? あれだけ感じていた魔力も、ほぼ消え去っている。やはり、魂装者の破壊には成功しているのだろう。
「……ま、もういいや……ご褒美だ、教えてあげるよ。ぼくの能力は概念属性、《想像》。ぼくは想像したものを現実化できる。なんでもできるけど、想像しやすいもののが強いから、他人の能力を想像してたってわけね」
《騎士団》の団員は、北欧神話になぞらえた九つの世界、その世界の名を関した組織を率いている。ユウだけは例外で、組織の名こそあるが、彼は単独で行動している。
名を、《想葬の幻城》。
ヨトゥンヘイムには、ウートガルザロキという名の巨人がいる。
その能力は、幻術。神話において、トールすら誑かした力。
ユウの能力は、その先をいく。
幻術では、終わらない。頭の中で想像した全てを、現実に創造する。
《……なるほどね。とにかく自由度高すぎって思ってたけど、それなら納得》
ガウェインはユウの能力に、ある程度目星がついていた。
彼の能力は凄まじい自由度があった。だが、無制限ではなかった。
彼は常に、魂装者を一つまでしか出していない。
新しい魂装者を出す時は、必ず既に出していた魂装者を消している。
そして、能力を同時に使うのは、出している魂装者のものを入れて、二つまで。
セイバの《無効化魔力》+ジンヤの《剣技》などのコンボは凶悪だったが、それ以外はほとんど、二つを組み合わせるということもしていない。
コピー能力者なら、真っ先にしていてもおかしくないはずの、二つの能力の融合。それをしないということは、そこにも制限があったのだろう。
さらに不審だったのが、アンナやアグニ、それにオロチといった強力な騎士の能力を使わなかったこと。ここにも制限がありそうだ。
だが、《ライキ》を生み出した時と、《豊穣齎す光輝》の能力を使用した時。
この時には、《強力な騎士の能力を使わない》という法則からズレていた。
制限や法則は読み取れても、その細かい詳細まではガウェインにもわからない。
「全部細かく説明してやる義理はないや。ぼくもぼくの想像力の中でやってた、ってわけだ」
かつて彼は言っていた。
『想像力が足らないんじゃないかなあ? もっと、もっと、もっともっともぉぉぉぉ――――っと最悪の想像をしておかないとダメだよ~……。まっ、そーゆー浅いにも程がある想像力のおかげで、ぼくはお手軽に絶望顔を拝めて楽しいんだけどさ』
これはセイバとの戦いで、彼の《無効化魔力》を模倣してみせた際のセリフ。
思えばかなり直接的だ。
ユウは説明するつもりなどないが、彼の魂装者は《武装化状態でありながら、霊体化する》という特殊な技能がある。
それにより、常にユウの頭部と霊体化した魂装者は一体となっていた。
外側から見ても、どうやってもわからないという寸法だ。
見破るなら、魔力の流れから割り出すしかない。
《無効化魔力》は、霊体にも作用する。霊体を構成するのも魔力だ。だから、頭部に隠れていた《霊体武装形態》という特殊な魂装者を破壊することができた。
ユウが最後に再生した原因は不明だ。
だが、その最後の再生で力を使い果たしたのだろう。
ガウェインはずっと、ユウの能力や、何が魂装者なのかを推理し続けていた。
それにより、本当の魂装者の位置を割り出し、こうして勝利に持ち込めた。
だが、法則からの逸脱にまでは、対応できなかった。
それが《竜化》を使った時だ。
強烈な一撃で、ユウヒは――――。
その時。
「……終わったようだね」
血まみれで、自身の刀を杖にしてよろめきつつ歩いてくるユウヒが。
《……しぶとっ!》
本気で死んだと思っていた。
ユウヒもユウヒ、かなりの化物だ。当人に言えば「いいや、英雄だ」と訂正されそうだが。
「さあ……もうさっさと殺してよ。ねえ、聞いてる? ……ああもういいや、おーい! 犬っころ! いるんだろ!? さっさと撃ち殺してよ!」
ビルの方角に向けて叫ぶユウ。
レイガに狙撃された、ということは彼も理解したようだ。
「なんだよもう……さっさと殺せよ……」
不貞腐れた態度で、小石を蹴飛ばすユウ。
そこへ、ジンヤが歩み寄ると――――、
ユウの顔面を、思い切り殴り飛ばした。
ユウの矮躯が、冗談みたいに吹き飛んだ。
「……いったた。はあ……? なに?」
「立てよ、クソ野郎。まだ終わってないぞ」
「……はあ? はああ? はああああああ? 馬鹿? イカれてんのかよキミ。殴り合いでもしようっての!? ぼくがそんな気持ち悪い熱血かますタイプに見える!?」
返答は、拳だった。
「立て」
「…………いいかげんにしろよ、ゴミクズのモブ野郎が」
立ち上がるユウ。
思い出していた。
彼の言葉を。
別に大して仲が言い訳でもない。お互い、相手に多少興味があったから殺し合ってただけの関係。
《騎士団》切ってのバーサーカー、トリスタン・ベオウルフの言葉だ。
『ユウよォ……テメェは随分とつまらなそうに戦うよなァ。もったいねェ、せっかく強ェのによォ……強ェんだから、もっと楽しめや』
理解できない言葉だった。
馬鹿の言葉なんて、どうでもいい。
結局、トリスタンを絶望させたことはなかった。彼は強すぎる。本気でやっても勝てない以上、彼は絶望しないし、彼には自身の戦いより大切なことなどないので、搦め手も通じない。
そして、さらに思い出していた。
罪桐ユウという人間の、始まりを。
◇
最初の記憶は、液体で満たされた容器の中にいるということを自覚した瞬間。
ユウは、作られた人間だ。
罪桐カイ――ユウが殺した、彼の父親。彼から作られた人間。
カイの実験。自分のような人間を、作り出すことができるのか?
恐らくは、成功した場合はその体を乗っ取り、永遠の命を……というような狙いがあったのだろう。
そして――実験は成功だった。
あまりにも、成功しすぎた。
なぜなら、出来上がった人間は、カイよりも圧倒的に強かったのだから。
ユウにはカイの記憶がある。
製造の過程で植え付けられたものだ。
カイの記憶は、殺戮と絶望で埋め尽くされている。
絶望とは、もちろん――他者の絶望だ。
ユウがやっているよりも、カイのやり口は直接的だ。
相手が持っている業で、相手を殺す。
例えばカニバリストがいれば、その人間自身――もしくは、その人間の大切にしている者を食らってやる。刃物で殺すのが趣味の者を、刃物で切り刻む。
生まれた時から、頭の中に殺戮と絶望の記憶がある。
それでも――――ユウはそれを、なんの苦にもしなかった。
楽しい、と。娯楽の一つくらいにしか考えていない。頭の中に、映画を自動再生する機能がついている。それくらいの認識。
それくらい、ユウの精神は、最初から壊れていた。化物だった。
彼は生まれた時から好きだった。
他者の絶望が、悲劇が、苦しみが、不幸が……常人が忌避するモノこそ、ユウにとっての癒やしだった。
悪でしか癒やされない。
そんな自分に悩むこともなかった。
生まれついて膨大な魔力を持っていたユウは、力を持つ者がなにをしようが許されることをすぐに学んだ。
だから他者が考える善悪など、彼にとってはどうでもいいのだ。
正義気取りのヤツの方が、絶望させやすくてありがたい――それくらいの認識。
そしてある時、思った。
父親に対して、こう思った。
――――こいつはもう、いらない。
目障りだった。
ユウよりも自分は「上」だと思っているカイが、邪魔でしかたなかった。
ユウに人並みの闘争心はないし、父親を越えたいというようなわかりやすい欲求もない。
が――彼は、彼が愛した「悪」への拘りがあった。
なにが《人類最悪》、その称号は自分のものだ。そう思って、ユウはカイを殺した。
悪を愛し、悪を誇る。人が忌避するものこそが、癒やし、至福、快感。ただそう生まれついただけの怪物は、それからも《絶望》を求め、気ままに振る舞った。
◇
ユウに人並みの闘争心などない。
そのはずなのに。
刃堂ジンヤは、どうにも癇に障る。
モブのくせに。係数の低い、雑魚のくせに。
ユウは、自身が悪として振る舞う以上、力がなければならないと考えていた。
力のない悪も、正義も、価値がない。
どんな人間も踏みにじる。それこそが自身の理想とした、自身の愛した悪。
そんな自分が、掃いて捨てるほどいる雑魚の一人でしかないジンヤに殴り飛ばされた。
人生でも味わったことのない屈辱だった。
「キミごときが、ぼくに触るなよクズがッ!」
ジンヤを殴り飛ばす。彼はユウの拳を避けない。顔面を思い切り殴り飛ばされても、踏みとどまる。
「なんだよ! どういうつもりなんだよ! さっさと殺せよ! でなければ《ガーディアン》にでもなんでも突き出せばいいだろ! なんか意味あんのかよ、これ!?」
叫びながら、殴り続ける。
許せない、こいつの存在が。
人は生まれついた運命のまま生きるべきだ。
《人類最悪》になるべくして生まれついたユウは、そうあるがままに生きてきた。
なのに、こいつは違う。
分不相応を、求め続けている。
気持ち悪い。不愉快だ。否定したい。邪魔だ邪魔だ邪魔だ消えろ!
これまでにない激情が、ユウを支配する。
ジンヤは倒れない。倒れず、殴り返してくる。
「僕の手でキミを殴っておかないと気が済まない! そして、僕はキミを殺してなんかやらない! 死んで終わると思うな! 一生償えクズ野郎! 罪から逃げるな!」
「だからイカれてんのかよキミはさあ! 償う? 馬鹿か? 悪いと思ってねえんだよこっちは! 償う気なんかあるわけねえだろ!」
「だったら、僕が、そう思わせてやるッ!」
「そんなこと思うくらいなら死んだほうがましだってのっ!」
拳と拳がぶつかり合う。
ユウにとって、初めての感覚だった。
――――刃堂ジンヤだけだった。
刃堂ジンヤだけが、ユウに対して殺害以外を選んでいる。
ユウヒも、ガウェインも、アンナも、レイガも、殺すことしか考えていなかった。
なのに、ジンヤはそんなこと少しも考えていない。
彼には、そんな選択肢はないのだ。
彼はいつだって、戦いで誰かと向き合ってきた。
龍上ミヅキは、ジンヤとの戦いで、努力から逃げ続けた事実と向き合い始めた。
風狩ハヤテは、自身の人生を諦め、赫世アグニとの力の差に絶望したところを、ジンヤと戦って、思い直した。
屍蝋アンナは、己の狂愛の全てを叩きつけて、やっと自身の気持ちと折り合いをつけることができた。
本気でぶつからなければ、わからないことがある。
罪桐ユウとぶつかったところで、彼は何も変わらないかもしれない。
罪桐ユウなどと、本音をぶつけ合うこと自体が間違っているかもしれない。少なくとも、誰だってそんなこと忌避するだろう。彼と向き合う事自体が恐怖だ。さっさと殺して、終わりにしたい。
だが――――刃堂ジンヤは違う。これしか知らない。これだけが、ジンヤの他者との向き合い方。
こうやって誰かとぶつかって、誰かと分かり合って、誰かを救ってきた。
きっと刃堂ジンヤは、一生こうやって誰かと向き合い続ける。
《人類最悪》である罪桐ユウとすら、ジンヤは向き合ったのだ。ならばもう、世界の誰であろうと、彼は逃げない。
ジンヤは、ユウを本気で改心させる気なんてない。ただ、彼の言葉通り、ユウが許せないから殴り飛ばしているだけだ。
ただ、「殺す」という発想ができないだけだ。
そんなジンヤの愚かとすら言える行動が、ユウにこれまでなかった気持ちを芽生えさせた。
――――――こいつに、勝ちたい。
自分は《人類最悪》だ、誰かに負けるなど許されない。それも、こんなモブの雑魚に。
勝ちたいと思ったことはなかった。今までは。
だって負けることなんてないから。
生まれた時から、強かったから。
戦いになんて、興味がなかったから。
それなのに。
そのはずだったのに。
「う、ォ、オオオオオオオ……ッ!」
生まれて初めて、罪桐ユウはその願いを。
――――勝ちたいという願いを心に宿して、吼えた。
思い切り拳を振りかぶり、ジンヤへ叩きつける。
「ウォオオオオオ――――――ッッ!」
ジンヤも吼え、拳を振り抜く。
交錯し――勝ったのは。
「…………正直、こんなやり方じゃ勝った気はしないな。だからいずれ、僕は必ず、お前を一人で倒せるくらい強くなる」
そんな勝手な決意を、宣言した。
勝ったのは――――立っていたのは当然、刃堂ジンヤだ。
ユウは倒れ、薄れていく意識の中で、言葉を返す。
「知るか、バァ――――カ。キミなんかと、二度と会いたくねえよ、死ね」
意識が途切れる、その直前。
もしも一人で自分に挑める程に強くなった刃堂ジンヤと全力で戦ったとしたら。
必死に努力して努力して努力して努力して努力して……途方もない積み重ねの果てに挑んできた刃堂ジンヤを、思い切り叩き潰せたとしたら。
それはどれだけ気分がいいだろうか……罪桐ユウは、そんなことを思った。
今回の決着、最後のレイガくんの部分、どうだったでしょうか。
意外かつ納得感を目指したんですが……ちょっと反則気味なのでどうだろう?とも思ったり
さておき、あれは予想外のところで出てくるからこそ、という部分だと思うので、あのへんに触れる場合はふせったーなどでネタバレ配慮お願いします……!




