第27話 その果ての答えは、今ここに
『《顕現/実行》――――《刃堂ライキ》』
「さ、大好きなパパと殺し合いなよ。……ぼくって親切だよねえ、こんな機会ないでしょ? 感謝してほしいなあ」
虚ろな瞳のライキが、刀を抜いた。
凄まじい雷撃が弾け、破壊を齎す。
周囲に落ちていたカラーコーンやドラム缶、植え込みから伸びる木を破壊していく、暴虐の雷撃。
あの龍上ミヅキすら凌駕する、圧倒的な雷の暴威。
ジンヤのような、魔力を外部に放出できないなどという欠点もない。
龍上ミヅキ以上の雷撃。
刃堂ジンヤ以上の剣技。
そんな完成された――ジンヤの完全な上位互換となる騎士、それがライキだった。
「貴様は一体……どこまで愚弄すれば……ッ!」
ユウヒとジンヤの反応は、対照的だった。
ユウヒは赫怒。
そしてジンヤは――――、
「…………父さん…………?」
動揺だ。
無理もない。
二人の差異は、ライキの死の受け止め方が現れていた。
ユウヒは幼い頃から、英雄を志している。故に、英雄というものがどういう末路を迎えるかも知っていた。
英雄が志半ばにして死を迎えることなど、往々にして存在する。
ライキは誰かを守って死んだ。
アンナがライキを殺した。その真相は、ライキにとって守る対象である子どもという姿を利用し近づき、不意を打ったということだと、ユウヒは考えている。
そう仕向けたのは罪桐ユウ。
だとしても、ユウヒにとってはユウもアンナも等しく悪であり、敵でしかないが。
ライキの死は悲しかった。受け入れがたかった。
だが、ユウヒにはジンヤがいた。ライキの残した男。ライキの才能を継げずとも、強い騎士にならんとする者。
その者に遅れを取る訳にはいかない。
そして、かつて英雄を目指した自身を裏切ることなど許されない。
だからユウヒは、ライキがいなくなってからも、少しも歩みを止めなかった。
そして今さら彼を模したナニカと相対しようが、その侮辱に怒りこそすれど、動揺など少しもない。
――しかし、ジンヤは違う。
ジンヤは幼いころ、英雄どころか騎士になれるかすらわからなかった。
そして、ユウヒの存在など知らなかったし、ライキの死だって受け入れることはできていない。今だって、できていないのかもしれない。
彼の異常なまでの、自身が大切と定めた者への執着。
ハヤテやアンナに見せた執着。
それはきっと、死を受け入れられず、死に怯える気持ちの裏返しなのかもしれない。
だから揺らぐ。
ライキが、美華が。父と母が蘇れば……そう願ってしまう、弱い彼がいる。
ライキが、動いた。
ユウヒもかくやという速さで襲い来る憧憬の騎士。
ユウヒはなんとか受けることができた。が、ジンヤは。
「ぐっ、う、あッ……!」
刻まれる。辛うじて深い傷は負ってないがそれも時間の問題と思われるほど、はっきりと押されていた。
2対1を少しも苦にしていないライキ。
実力差を考えれば当然だろう。このライキが、生前の彼の力を完全に再現しているのなら、ジンヤとユウヒに勝ち目はない。
だが、ユウヒは見抜いていた。
こんなものではない。
どこまでも愚弄している、刃堂ライキという男を。
寸分違わず彼の力を再現しているのなら、とっくに二人ともやられている。
あの叢雲オロチすら圧倒する男が、こんなに弱いはずがない。
だが、ジンヤが腑抜けていては、不完全なライキにすら敵わない。
ユウヒは刀に魔力を集約させ、一気に解放――十メートルはある巨大な光剣を形成。
ガウェインのように、光線として扱うのではない。解放した魔力を維持。巨大な剣として、辺りを薙ぎ払う。
甚大な破壊を撒き散らす、閃光斬撃の乱舞。
ライキは容易くそれを躱し続けるが、流石の彼も巨大な光剣の間合いに入れず、大きく距離が開く。
その隙に、ユウヒはジンヤを殴りつけ、ふらついたところを胸ぐらを掴む。
「いい加減にしろッ! ボクの前でそんな醜態を見せるなッ! キミは……キミは、刃堂ジンヤだろう!? ライキさんの息子だろう!? 彼は諦めなかった! なにがあっても……なにがあってもだ! 死んでも、諦めなかった! だからキミも、そうあってくれよッ! 動揺なんてするなッ! こんな下らないことで立ち止まるな! 進め! 進めッ! 死んでも進み続けろッ! ボクが信じた刃堂ジンヤは、そういう男のはずだッ!」
矢継ぎ早に勝手なことを叫ぶ。
ジンヤにそうあって欲しいという願いを押し付ける。
勝手な刃堂ジンヤ像を、押し付ける。
だが――その勝手な言葉に、気付かされた。
輝竜ユウヒは、死ぬまで諦めないだろう。
刃堂ライキは、死ぬまで諦めなかったのだろう。
ならば、刃堂ジンヤが、どうしてこんなところで立ち止まれる。
そうだ、そうだった。動揺することすら許されない。
こんなもの、雷光のように駆け抜け、斬り裂き、突破して進むべき、脆い壁だ。
憧憬の偽り如きに、憧憬を目指す道が邪魔されていいはずがない。
ユウヒの拳に込められた熱い想いが伝わる。
いつだって彼はそうだ。ユウヒはジンヤに真剣に向き合い、剥き出しの想いを叩きつけてくる。
だから、アンナを救わなければならないという大事な場面で突如挑まれた決闘を断ることができなかった。
今もまた、その熱に救われた。
「……やろう、ユウヒくん。……父さんを斬らせるなんて、あいつの考えそうなことだ。でもそれに絶望すれば、あいつの思う壺だ。いい加減、あいつを喜ばせるようなことをするのはうんざりだ」
「ええ、当然です。……終わりにしましょう。英雄は諦めないものですが、邪悪もまたしぶといもの――ですが、根比べもここで幕引きです」
二人が同時に、納刀した。
魔力が充填されていく。
ライキもまた、魔力を貯める。周囲に電撃が弾ける音が響き、小石や木の葉などが焼かれて消えていく。
強烈な一撃が来る。
「……雷撃は任せられますか?」
「任せて。……狙うのは、あの首輪にしよう。恐らくあれで制御しているはずだ」
ライキの首には、アンナのものとよく似た首輪が。
ユウヒは頷く。
そしてライキが刀を振り上げ――瞬間、二人は駆け出した。
ライキの刀が振り下ろされる。
大気を焼きながら、激烈な勢いで迫る雷光。
「――――《迅雷一閃》ッ!」
《疑似思考加速》を使いつつ、ライキの刀の軌道から、雷撃の狙いを読んで、そこに斬撃を合わせる。
さらに龍上ミヅキとの戦いで使った、《同属性魔力操作》を発動。
ライキが放つ雷撃に、自身の魔力を流し込み、自身と相手の同属性魔力を混ぜ合わせ、操作権を奪う。
ミヅキ相手にも難度が高かった技だ、さらに高威力の今回は、難度も跳ね上がる。
だがあれから、ジンヤの精密性も上がっている。
操作しきれずに肌を焼かれつつも、どうにか大部分は操作権を奪って強引に軌道を逸した。
逸れた雷撃は、倉庫の外壁に直撃し、巨大な大穴を空けた。ある程度、こちらの斬撃で威力を減じさせて、軌道を逸してもおこれだ。無策で食らえば一溜りもないだろう。
ライキは刀を振り下ろしている。
その隙を、ユウヒは逃さない。
「――――《閃光一刀》ッ!」
引き裂いた。ライキの首から鮮血が飛び散る。が、浅い。
彼の首はまた繋がっているが――それでも、首輪は引き裂いた。
そして…………。
「…………………………ジンヤ? ユウヒ?」
ライキの瞳に光が宿った。
ジンヤも、ユウヒも――ユウでさえも、そのことに驚愕した。
ユウは現在、アンナの猛攻を受け、それを防いでいるが、その最中にライキに視線を向けて、目を見開いていた。
彼にもこの事態は想定外のものらしい。
「…………と、う……さん……?」
よろよろとした足取りで、歩み寄ってしまう。
これすらも、悪辣の罠かもしれないのに。
だが、ユウの驚きは演技でもないようで、ライキが襲い掛かってくるということはない。
そして、彼の姿が綻んで、まるで砂が風に飛ばされていくように、淡い光に包まれ、粒子となって少しずつ消えていく。
「…………ああ、そういうことか。罪桐ユウの仕業だな、あいつのやりそうなことだね」
ライキはすぐに、事態を理解したようだ。
ユウがこれを仕組んだこと。ジンヤと自身を戦わせ、ジンヤを絶望させようとしたこと。
なぜ、彼に意識があるのか。
そもそも、その意識は本物なのか。
「……魂の模倣……いや、まさか《冥界》への干渉か……? ……まあ、僕にそれを解き明かす時間はなさそうだ。……ジンヤ、理解が追いつかないかもしれないが、今こうして話している僕は、正しくキミの父……その再現と言ってもいい存在だ」
「そんな……とうさん……! せっかく、話せるのに、もう……!」
薄れていくライキの体。
「……泣くなって。いつだって、そばにいるさ」
解れていく手で、ジンヤの頭を撫でる。
そして、直感した。
この仕草。この温かさ。やはりこれは、本物なのだと。
「なあ、ジンヤ……時間がないから一つだけ」
それからライキは、ジンヤを見て微笑み、一瞬瞑目した。彼の目の端から、涙が滲む。
こんなにも成長した息子が、目の前にいる。
それは彼にとっても、ありえないはずの奇跡だった。
そして。
告げる。
「…………お前は、僕の息子であり、誇りだよ。……才能なんか、関係ない。僕と美華の、大切な宝物だ。……それから、アンナちゃんを救ってくれてありがとう。それは僕が、やり残したことだからね……ああいけない、一つだって、言ったのにな」
言葉の途中、ライキはアンナの方へ視線を向けた。
全ての過程が詳細にわかっている訳ではないだろう。それでも、何があったのかを一瞬で彼は察した。
「うん……僕、頑張ったよ……頑張ったんだ……父さんみたいになりたくても……父さんみたいに、才能はなかったから……それでも、諦めきれなくて……だから……だから……っ!」
ジンヤは、ライキの言葉を聞いて、泣き崩れた。
ずっと、欲しかった言葉だった気がする。
ずっと、そこを目指していた気がする。
刃堂ジンヤは、刃堂ライキの才能を継げなかった。
だからジンヤはずっと、ライキの息子であると自身を誇ることができなかった。
それがたまらなく嫌で、ずっと才能というモノに、自身の運命に、自身の領分を越えて抵抗し続けてきた。
確かに、ライカのためでもあった。
確かに、ハヤテのためでもあった。
確かに、アンナのためでもあった。
いつだって、誰かのために、戦ってきた。
でもそれを除いた、根底にあるジンヤ自身の戦う理由は。
才能がない、己の運命に抗うため――――それは、ライキという果てなき憧憬を目指し、彼の息子として相応しくあるためのだったのかもしれない。
認められないまま、ライキは死んだ。
欲しかった言葉を、もらえないまま。
それが今、いくつもの奇跡が重なり、ライキからジンヤへ送られた。
「…………ライキさんっ!」
ユウヒの目にも、涙があった。
「ボクは、あの日から進み続けていますッ! ずっと、ずっと! 立ち止まらずにッ!」
「信じていたよ、キミならできると」
それだけで、充分だった。
ユウヒはジンヤのように、ライキに未練などない。
ただ進むと誓っている。
だから。
ただ進んでいると告げる。それだけで、充分だった。
「……ジンヤ、お前がその道を選んだなら、僕はそれを応援するよ。その道は果てしなく、そして途轍もなく険しい。いつかきっと、罪桐ユウよりもずっと強大な敵と戦うことになるかもしれない……それでも、進むか?」
「進むよ。……父さんが亡くなってから、本当にたくさんのことがあったんだ。それで、僕の在り方は決まったから」
雷崎ライカと頂点を目指すと約束した。
龍上ミヅキは、ジンヤとの再戦を望んでくれている。
風狩ハヤテとの友情譚の果てに、彼の想いも背負っている。
屍蝋アンナを脅かすのならば、世界とすら戦うと決めている。
輝竜ユウヒには負ける訳にはいかない、自分こそがライキの息子だから。
たくさんの出会いがあった。
たくさんの約束があった。
たくさんの戦いがあった。
たくさんの因縁があった。
自分に見切りをつけていたら、有り得なかったものばかりだ。
どれも大切な宝物で、ジンヤがこの道を進むと決めたから得られたモノで。
「……僕、父さんと母さんの息子でよかった……騎士になって、良かったよ……!」
ずっと自分の中にあった葛藤。
才能がないというのに、騎士を目指すこと。
運命に抗うこと。
才能を継げず、相応しい息子であることができないこと。
それらの葛藤。
その果ての答えは、今ここに。
「そうか……それは本当に、本当によかった……僕もずっと、ジンヤに嫌なものを背負わせたと思っていたが、そうじゃなかったな……」
ライキも悩んでいた。
才能がないジンヤが、騎士を志すことは、彼の幸せを奪っているのではないかと。
父と子、二人の願いが、想いが、すれ違ってしまったものが、やっと重なる。
「……じゃあな、息子よ――お前が僕の息子で、本当によかった」
「……じゃあね、父さん――あなたが僕の父親で、本当によかった」
ライキの姿、消える。
ジンヤとユウヒは、涙を拭いた。
英雄は、戦場で涙など流さない。
憧憬との泡沫の再会を終えて。
偉大な英雄を継がんとする二人の騎士は、怨敵との決着に向かう。
「……いこうか、ユウヒくん」
「……ああ、終わらせにいこう、ジンヤくん」
ジンヤとユウヒ。
共にライキに憧れた二人。
そして、目の前に、憧憬の死を仕組んだ悪辣がいる。
二人の闘志は、頂点に達した。




