第25話 正義と悪/悪辣との決着
『罪桐ユウ、貴様という悪を、ここで断つッ!』
『あっつくるしいねえ、正義のヒーロー! 今こっちは最高の絶望を観劇中なんだけど、それ邪魔するってどれだけ無粋かわかってる!?』
『黙れ、知るかクズがッ! 僕が理解しているのは、貴様を斬らねばならないということだけだッ!』
ジンヤとアンナが激突する最中、悪辣へ斬りかかり、迅雷と狂愛の戦線から引き剥がしたユウヒ。
正義を信じる者。
悪辣に興じる者。
正反対の二人が辿り着いたのは、人気の少ない倉庫街。
錆びついた倉庫の扉、停めてあるトラック、倒れたカラーコーン、転がっているドラム缶。
どことなく、「終わった場所」という印象を受ける。恐らくあまり使われていない場所なのだろう。
ユウヒは正義のために犠牲が出るのは已む無しという考えではあるが、それでも無関係なものを巻き込むようなことは絶対にしない。
ジンヤのように、一度でも悪に染まったアンナを救えるとは考えない。
だが、悪と戦うために守るべき無辜の民を傷つけては本末転倒だ。
それは彼の考える正義ではない。
それは彼の考える英雄ではない。
故に、決戦の場も必然それを踏まえた場所になる。
遠く離れた場所に、ビル群が見える。あのビルの下辺りに、噴水から広がる水辺が印象的な公園があるはずだ。
ジンヤも戦っている。
だから、やるべきことは決まっていた。
ジンヤがアンナを解放するまでの時間稼ぎ。あの怠惰な少女――ガウェイン立案の作戦ではそうなっている。
だが――そんな悠長な思考は、ユウヒの中に残されていない。
彼の正義はもっと苛烈だ。
憧憬を。
英雄を。
自身を救ってくれた、自身の人生の目標になった男を死に追いやる原因を作った悪が目の前にいる。
逃してたまるか。他の誰にも渡さない。あの絶対悪は、正義を宿した刃によって裁かれるべきだ。
つまり、人類最悪を殺すのは己に他ならぬと――そう確信しながら、ユウヒは抜刀していた。
抜刀し――、
一閃を、終えていた。
「………………あ、あれー?」
ナニカが、宙を舞っている。
間の抜けた声を発するユウ。
くるくると、ナニカが回転しながら落下し、べちゃりと瑞々しい音を立てて地面にぶつかる。
――――罪桐ユウの、右腕だった。
「……もお、せっかちだなあ。いきなりこれ?」
右腕を切り落とされても、焦り一つ見せず、ユウは左手にアロンダイトを握った。
四肢の一つが欠損しても、まるで虫に刺された程度の反応しか見せない悪辣。
ユウヒは多少驚きつつも、表層には一切それを出さない。
驚愕も動揺も、焼き尽くした。今は何より、怒りが勝る。
「裁いてやる、悪め」
再び、ユウヒの体が霞んだ。
その速さは、圧倒的だった。
《加速》の概念属性を持つチェイスすら凌駕している。
ジンヤが《疑似思考加速》を使ってやっと追いついた領域だ。こと速さという一点において、ユウヒは剣祭の全騎士の中でも頂点に立っているだろう。
首を刎ねる軌道の剣閃が、《不壊》纏う青色の剣に阻まれた。同時、ユウヒは刀を切り返し、残った左腕を肩口から削ぐ斬撃を放っている。
黄金の刀が、再び腕を刎ね飛ばすことはなかった。《不壊》の魔力。正攻法では破れぬ絶対防御。
直後、さらにユウヒの刀は軌道を変えて、斬撃を繰り出していく。
右目、右脇腹、右腿……一瞬にして、複数の箇所へ攻撃。阻まれるものもあるが、右腿への一閃は、ユウの体を浅く裂いた。
《不壊》を突破した――というわけではない。
追いつかないのだ。
《不壊》は絶対的防御力を誇る反面、その魔力で覆った部分は《固定》され、動かすことができないというデメリットもある。
それ故、通常は武装に纏わせるに留める。体にまで効果を広げる場合、その部分は固定され動かなくなる。
常に全身を《不壊》で覆う、というような使い方は得策ではないのだ。それをすれば、完全な全身防御を実現できるが、反撃は不可能となる。
魔力消費を考えれば、デメリットの方が大きい。
ユウは膨大な魔力を持つ故、魔力消費よりも、動けない状態という部分を避けていた。
極端な話、『全身完全防御』を発動し、動くことを捨てて防御に徹したなら、水の中にでも放り込んでしまえばいいのだ。
騎装都市は、巨大人工浮島。人気がない場所は沿岸エリアに多く、ここもその一つ。
ここからすぐ近くにも海がある。
それより手近な下水にでも流してやるのが相応か――と、醜悪な心性を持つユウに対し相応しい末路を考えるユウヒ。
自身で酸素を生み出せるオロチでもなければ、それで終了。
よって、防御したい箇所に適切に《不壊》の魔力を張るべきなのだが――ユウヒの剣が、そんなことを待つ鈍間であるはずがない。
防御展開を置き去りにして、ユウの体を切り刻み――、
「終わりだ、塵屑」
ユウの残っていた左腕が、宙を舞った。
握っていたアロンダイトごと、腕が地に落ちる。剣が地面を叩き、甲高い音が響く。
複数の箇所へ流れるように高速で連撃を叩き込む。それにより、対応に追われた末に、左腕部分の防御に綻びが生まれた。
そこを見逃さず、魔力が薄まっている位置を見抜き、正確に刃を通してみせた。
両腕欠損。
決着した。
ここから逆転する術など存在しないだろう。
「所詮は能力にかまけた雑魚だな。貴様の能力は確かに強い。能力だけで言えば、この世界の中でも有数の強力さだろう。――だが、貴様自身があまりにも弱い」
正義と悪の戦いは、ここに順当な結末を迎えた。
正義は勝つ。
誰しもが望む、王道の英雄譚。
「…………ギヒッ」
両腕を失ってもなお、罪桐ユウは笑みを浮かべていた。
「ギヒャッヒャッ! いいねいいね、最高最高笑えるねえ! 雑魚! ぼくが!? ギッヒッ、いいねそれ! ぼくさあ……そうやって粋がってくれるとやる気出ちゃうんだけど……あー、この後が恥ずかしいぞおこいつ~みたいな? キミ、特にいいねえ!」
切り落とされ、先端のない腕を振り回し、狂ったように言葉を吐き出す。
血が飛び散っていく。
ユウヒは怪訝さと不快さを混ぜ合わせた視線で、その狂態を射抜いていた。
「じゃー、ちょっとよく見ててよ? このグロいことになってる腕がー……」
ぐちゅり、と。
切断面。肉と血と骨が露出したそこが、不気味に泡立ったかと思えば、肉が爆発的に噴出する。赤黒い肉の塊が伸びて、筋肉や肌を形成していく。
間もなくして――罪桐ユウの両腕は、完全に再生した。
「じゃーん! どう? 綺麗に治ってるでしょ? 無駄な努力ごくろーさま! ……そんで、なんだっけ? 『終わりだ、塵屑』? 終わりなわけないでしょ! それじゃこう言い返してあげるよ……始まりだ塵屑、キミの絶望の始まりだよ!」
「――――囀るな」
再び、ユウの右腕が切り落とされた。
「…………あー?」
ユウは切断面を見て、遅れてその事実を理解する。
「あれだけの数の能力を持っているヤツが今さら再生能力を見せたくらいで驚くか。ああ確かに強力だな。化物じみている。……で、それがどうした? 死ぬまで殺してやるから来い、化物め」
「化物……化物ねえっ! ああ、そうさ、僕は化物だよ! だからさあ、化物になれない人間ごときには負けるわけないよねえ!?」
「いつだって英雄は化物と対峙し、対決し、踏破する! 貴様は、ボクが英雄であることの証明、その礎となって散れッ!」
「だったらまずはキミが英雄かどうか確かめてあげないとねえ!?」
ユウは残った左腕で拾い上げていたアロンダイトを消失させ、脚部に銀色のブーツを出現させた。チェイスの《加速》。ユウヒは構わず攻撃を再開する。
《加速》により速さを増し、先刻よりも攻撃を躱すことが増えるも、ユウヒに追いつくことは叶わない。
爆発的な速度で、ユウの肉体に傷が増えていく。
しかし同時に、ユウヒも攻撃を受け始めていた。
攻撃を受ける割合は、圧倒的にユウの方が多い。が、ユウが再生能力を持っている以上、ダメージが蓄積していくのはユウヒだけだ。
あきらかに分が悪い。開幕時こそ速さで凌駕していたが、ここに来て流れは少しずつ悪辣へと傾く。
思えばいつもそうだった。
悪辣は、まず相手に自由にやらせてみる。相手の狙った攻撃を出させる。そうやって相手を気分良くさせ、強気なセリフを吐かせ、その言葉尻を捕らえては絶望に叩き落とす。
今もまさに、そうやってユウヒを追い詰めている最中だ。
そろそろ泣き言の一つでも聞けるかとユウが考えた時だった。
《――――おっけーおっけー、一旦下がって。キツイの一発見舞っちゃうよん》
ユウヒが装着している小型のインカムから、ガウェインの声が響いた。
彼女の指示に従い、大きく後方へ跳び距離を取る。
首を傾げるユウ。
あれだけ果敢に攻め続けてきた相手が、突然後退。何かあると疑うのは当然だが、彼自身が仕掛けてくる様子はなく、周囲に別の騎士の姿も見えない。
一体なにが――――ユウがそれに思い至るよりも先に、答えは天空より放たれた。
ここではない場所で、その少女は呟く。
「《陽光剣装・天空より下される浄滅の閃剣》」
それは、極大の光だった。
天空に浮かぶ、ガウェインが操る剣――ガラティーン。
鏡面を持つ大剣が四つに分裂、四方に散った剣はそれぞれ日光を反射し、一つに束ねる。空を覆う巨大な魔法陣、そこへ束ねた光が放たれ、通り抜けると巨大な光の剣となる。
光の剣が、天から地へ、天地繋ぐように突き穿たれた。
巨人が振るうかのような光剣の切っ先は。
――裁きが下されたのは、当然、最低の悪辣である罪桐ユウだ。
◇
「我は《七彩円卓・大罪騎士団》序列1位――――《陽光の騎士》、ガウェイン・イルミナーレ! 我が剣の輝きを受けて散れッ! ……ってね」
◇
ガウェインは現在、ジンヤ達を匿った時に使用した部屋の一室にいた。
散らかったゲームやカップ麺の容器に囲まれ、複数のモニターの前で笑みを浮かべるガウェイン。
ドローンによる戦場の監視。
魂装者の遠隔操作という、卓越した技量。
が、彼女の真価はそこではない。
ガウェインは、これまで本気を見せていなかった。
アンナとの戦いでは、実力を見せる前に《武装解除》によって敗北している。
そして、二日前の戦い――祭りの夜。そう、夜だ。あの時は太陽が出ていなかった。
彼女は《陽光の騎士》。
《第三決戦形態》の本領は、太陽の下でこそ発揮される。
ガラティーンの能力、その特異性は日光を魔力に変換する部分にある。
ユウヒが戦いを始める以前から、ガウェインはガラティーンを天空へ配置、そこで日光を吸収し、魔力へ変換、膨大な量を溜め込んでいた。
それを、一気に解き放つ。
通常の戦いでなら有り得ない。そこまでの魔力を貯める隙など生まれない。
――連携して戦うことでしか成立しない、規格外の一撃。
確かに、屍蝋アンナは規格外だった。彼女しかない唯一無二の力を持っている。
ガウェインは彼女に負けた。
ガウェインは運が悪かった。
初見で《武装解除》は防げない。運が悪かった。組み合わせが悪かった。
だが、こう言い換えるべきかもしれない。
屍蝋アンナは、運が良かった。
もしもあのまま《決戦形態》を相手にしていれば……あの勝負の結果は、変わっていたかもしれない。
◇
例えば、罪桐ユウの持つ再生能力が、《百回までならば致命傷を受けても再生することができる》というものだったとしよう。
《アンナちゃんや、たくさんの人を苦しめた罪で……百回逝っていいよ、外道》
インカムから聞こえるガウェインの冷たい声。
これは確実に死んだ――とユウヒも確信した。
焼き尽くされ、灰も残らない――そう思ったが、そこは流石の悪辣。
尋常ではない量の魔力による防御で光剣の威力を軽減したか。
それでも天からの裁きを防ぎきれず、炭化した真っ黒い塊が転がっている。
あの悪辣が、黒焦げの塊と化した。
もはやあの塊がなんだったのかすら、判別がつかない。
――――完全に、殺しきった。
ついに、倒した。
あの罪桐ユウを。
ジンヤでもなく、
アンナでもなく、
ユウヒでもなく、
――ガウェインが。
こういう結末もあるか、とユウヒは考える。
現実は物語ではない。
全てが完璧に、誰かの思い描いた通りにはいかない。当然、ユウヒが描いた通りにも。
罪桐ユウと因縁がある者が、罪桐ユウを討取るとは限らない。
ジンヤやユウヒのように、ライキを殺された訳でもなく。
アンナのように彼に人生全てを踏み躙られた訳でもない。
それでも、ガウェインだってユウに思う所がない訳がない。
アンナにした仕打ちは許せない。
アンナ達に比べれば因縁が浅かろうが、関係なくこの結末に帰結する。
自身の手で決着をつけたかったが――決着の一つ手前、そこに貢献できただけ良しとしよう……ユウヒがそう、無理やりにでも目の前の現実と折り合いをつけようとしてた時だった。
「……………………………………ギヒャ」
絶望が、嗤った。
ユウヒとガウェインの背筋に、怖気が走った。
「いやいや、びっくりびっくり、ふつーにびびったよ、これ。本当に百回くらい死んじゃったしねえー? ギヒャヒャ、おもしろいなー、こんな体験はなかなかない!」
黒焦げの塊の――――はずだった。
次の瞬間。本当に、次の瞬間には――ユウは元の姿に戻っていた。
長い黒髪、簡素なパーカー、特徴のないジーンズ。服まで完全に元通り。
光を宿さぬ――かと思えば、無垢な輝きを宿す瞳が、ユウヒを射抜いた。
「勝ったッ! 第3巻完ッ! とか思ったんでしょ? ギヒ……ヒヒ、ヒハハハッ! そのびっくり顔もらえただけでも死んだかいあったねえ!」
おかしい。
ユウヒが気が狂いそうになるのをどうにか押さえ込んで、目の前の光景を理解しようとする。
あそこから再生するのは、百歩譲っていいとしよう。
だが――復活の仕方があまりに異常だ。
両腕を再生させた際のような、順序立てたものではない。
本当に突然、まるでコマ落ちのように、過程を省いて、結果だけ現れた。
いつ黒焦げの肉体が元に戻ったのか、まったく視認できなかった。
あれはもはや、再生能力ではない。
もっと恐ろしい別のナニカ。
さらに追い打ちのように、ユウヒへ驚愕と恐怖が襲いかかる。
罪桐ユウの魔力。
その「底」が、まるで見えない。
あれだけの再生を果たしたのだ。
コマ落ちの過程省略、その真相を置くにしても、あの数の再生を果たしておいて、まだ魔力の底が見えないということは異常すぎる。
魔力が無限などということは、ありえないはずだ。
ガウェインのように、何かを魔力へ変換しているのだろうか?
そういった術式が発動している形跡は皆無。
つまり、ただただ単純に、彼の魔力保有量が異常ということになる。
ならば――その魔力はどれだけある?
もしも無限に等しい魔力を持っているのだとしたら、罪桐ユウを倒すことなど、騎装都市全ての騎士が総出でかかっても不可能だ。
ユウヒの戦慄は止まらず、こう結論付ける。
罪桐ユウは――単騎でこの都市を滅ぼせる。
化物。
あまりにも、化物。
勝てない。絶対に。
罪桐ユウは、完全にユウヒの想像の外にいる。
許容量を越えた驚愕と恐怖は、やがて絶望を生み出す。
「おいおい、正義の味方~? 英雄気取りくん~? な――――にぷるぷる震えてんの? ぶるっちゃった? びびっちゃった?」
悪辣は嗤う。
順当に、今まで通りに、まずは相手に自由にやらせ、いい気になったところで絶望に突き落とす。
お楽しみの、突き落とす段階だ。
「なーんだっけー?
『あれだけの数の能力を持っているヤツが今さら再生能力を見せたくらいで驚くか。ああ確かに強力だな。化物じみている。……で、それがどうした? 死ぬまで殺してやるから来い、化物め』
……だったっけー?
覚えてるよ、覚えてる。一言一句違わずね。これだけはなんの異能も必要ない、ぼくって人が嫌がることのためならすごい記憶力発揮しちゃうんだよね。いるよねえ~……忘れてて欲しいことばっか覚えてるヤツってさ」
笑う、笑う、悪辣は嗤う。
「でもって、
『いつだって英雄は化物と対峙し、対決し、踏破する! 貴様は、ボクが英雄であることの証明、その礎となって散れッ!』
と来たもんだ!
はい、カッコイイセリフ頂きました。だからさあ、そういうの全部、ぼくからしたら前フリだから。綺麗なフリ、どうもね。ごちそうさま!
……これでわかったでしょ、英雄気取りくん。
いつだって、英雄気取りは化物にとっちゃ最高のカモなんだよね」
投げかけた言葉は、刃となって自らに襲いかかる。
罪桐ユウと戦うとは、そういうこと。
信念を。自分の一番大切なモノを、容赦なく蹂躙される。
本当に恐ろしいのは、異常なまでの強さではなく、この部分かもしれない。
心が折れれば、もう戦えない。
そして、ユウヒは――――。




