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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
53/164

 第22話 ■■■■■■■、■■■■■■■




 舞台はイギリスのとある田舎町。

 自然に囲まれ、美しい町並みが残る、ファンタジーの世界から飛び出してきたような場所。

 そんな町に、一つの計画が立てられた。


 ――《幻想都市計画》。

 

 日本の《騎装都市》に対抗した、騎士を育てるための都市を作り上げようというものだった。

 その計画の先駆けとして、何人かの有望な騎士志望の子供が集められた。

 家族ぐるみでこちらへ越してくる騎士の家庭も多く、将来的にはこの町で暮らすことも見越しているのだろう。

 そんな大きな計画、その最初の段階の協力者達――屍蝋アンナとその家族も、そこに参加していた。


 ◇


 せーちゃん、という親友が出来た。


 アンナは最初、計画に参加するのが不安だった。

 新しい環境というのは、いつだって不安が付きまとう。それが海外で、しかも周囲の人間は様々な国から集められた将来有望な騎士の卵達となればなおのこと。

 計画参加のためのテストでは、いい結果が出ていた。

 いい騎士になれば、お金が手に入る。そうすれば、大好きなママとパパにたくさん恩返しができる。

 だからアンナは、計画に対してはとても意気込んでいたが、それと新たな場所で友達ができるかという不安はまた別だ。

 そして――そんな不安は、ふっ飛んでしまった。


「あーちゃん、わたし達ずっと友達だよね?」

「うんっ!」

「ずっと、ずーっとずーっと、友達だよね?」

「うんっ! あたりまえだよ、せーちゃん」

「うふふ、ふへへえ~……やったあ!」

「わわっ、もー、くすぐったいよー!」


 抱きついてくる親友の頭を優しく撫でるアンナ。

 せーちゃんは、かなり臆病で、とても泣き虫で、やたらとスキンシップが激しくて、ちょっと笑い方が面白いが、最高の親友だ。

 

「あっ、リボン、ほどけてる!」

「うそうそ、どうしよう!」

「やったげるね」

「ありがとうっ!」


 アンナのリボンは、ママにもらった大切な宝物だ。

 ママにもらった真っ赤なリボン。 

 ママが褒めてくれた、ママによく似た真っ黒な長い髪。

 どちらも、アンナの大切なもの。

 だから、知らない人に触られるのは嫌いだ。

 でも、せーちゃんなら、嫌ではない。


 せーちゃんは、真っ白い肌に、少しだけ高い鼻、彫りも深い。

 『わふう』な『びじん』のアンナよりも、少し『がいこくじん』の感じ。

 どこの出身かは知らないし、興味もなかった。

 様々な人種の子供がそこにはいたし、せーちゃんよりももっとハッキリと顔立ちに差異がある子も多かったからだ。


 相手と自分は違う。

 相手のことをまだよく知らない。

 それでも、相手のことは大好きだ。

 それだけわかっていれば、アンナには十分だった。


 ◇


「もうお友達はできた?」

「うん、できたよっ!」


 一日の終わり、ベッドの中でアンナの頭を優しく撫でながら、アンナのお話を聞いてくれる。


 せーちゃんの話をママが「またその話?」と笑うようになるくらいした。

 

 アンナは、ママのことが大好きだった。

 パパのことも大好きだ。

 二人はとても仲がいい。

 いつか二人のようになりたい。でも、それには相手が必要らしい。

 相手、というのは、まだよくわからない。

 好きな男の子――というのが必要らしい。よくわからない。

 せーちゃんのことは好きだが、女の子だ。

 《計画》の参加者に男の子はたくさんいるが、うるさくて、乱暴で、子供っぽくて、少しも好きじゃない。というか、嫌いだ。

 困ってしまった。

 これでは、ママとパパのようになれない。

 どうすればいいのだろう。

 自分の結ばれる男の子は、どこにいるのだろう。

 そんなことをよく考えたが、すぐに忘れてしまう。

 だって今が楽しいから。

 大好きな家族、大好きな親友、アンナはとても満たされていた。

 

 ◇


「…………………………………………………………………………………………」


 ◇


 せーちゃんの家には、パパがいない。

 昔はいたらしい。だが、いなくなってしまったそうだ。

 この時のアンナに、複雑な家庭の事情はわからなかったが、ママもパパも同じくらい大好きなアンナだ。それが欠けているという状態は、とても悲しいことだと思った。

 だが、せーちゃんはそれを気にしていない。

 勿論、たまにそういう話になると悲しそうな顔をしていることは、アンナは気づいている。

 家族の話――『うちのお父さんがもう最悪でー』『この間、パパがおかしくってねー』そんな会話に、せーちゃんは入ることができない。

 アンナには、それをどうすることもできない。

 だが、アンナは知っている。

 親友が、母親をとても大切にしていることを。

 母のために、必死に立派な騎士になろうとしていることを。

 成績が伸びれば、その分報酬も増える。

 だから、せーちゃんは『頑張らなければいけない』らしい。

 アンナにはどうすることもできないが、せめて少しでも彼女のためになりたかった。

 だから、彼女が人一倍努力しているのを、いつも応援していた。

 居残りの訓練にも付き合った。

 そうやって、二人はどんどん強くなっていった。

 そしてその分、とても強い絆で結ばれていった。


 ◇


 《幻想都市計画》――つまりは、《幻想都市》という一つの新たな街を生み出すという試み。ではそれはどんな都市なのか?

 《幻想》。つまりは、ファンタジーのような世界の構築。そういう触れ込みで、この計画は始まっていた。

 もちろん、現実にはファンタジーに出てくるような存在はいない。ゴブリンもドラゴンも、この世界には存在しない。

 だが、この世界には騎士と魂装者アルムが存在している。

 異能を利用して、そういったこれまで空想の中にしかいなかった存在を今こそ再現しよう。

 そんな突飛な発想を実現できてしまう能力があるらしい。

 アンナはどういう理屈でそれが実現されるかはよくわかっていない。

 だが、この計画のパンフレットの中に広がる光景には、心が踊った。

 空を舞うドラゴン。そんな存在が、目の前に現れたなら、それはとても素敵なことだろうと思った。

 イギリスの田舎町という、ファンタジーの趣が残る場所が選ばれたのも、そういう理由だろう。ここなら、そう大々的に景観を変えることなく、そのまま幻想的な場所を創り出すことができる。


 そして、計画は既にある程度進んでいた。

 幻想生物モンスターは、既に生み出されている。


 ◇


 アンナが最初に見たモンスターは、ゴブリン。創作物でお馴染みの存在が目の前にいるというのは、奇妙な感覚だった。

 そして、なぜモンスターが生み出される場所に、騎士が集められているのか――それは、もしもの時のために、モンスターを押さえ込むため。

 さらに、モンスターと戦うことにより、騎士を飛躍的に成長させるためだ。

 もちろん、安全には配慮されている。

 戦闘訓練は、必ず大人の教官がいる場で行われる。

 それでも、モンスターと戦うのは怖かった。

 人間と戦うのも怖いのだ。

 何を考えているかわからない怪物は、もっと怖い。

 しかし、アンナは優秀だった。

 モンスターを殺す――最初は、その行為に抵抗があった。生き物を殺すことなんて、出来るわけがない。

 犬や猫を殺せと言われたら、絶対にできないと思う。

 だが、モンスターは異能で生み出された存在。つまり、異能者が生み出した火を消す、というのと同じことだ。

 教官にそう説明され、モンスターが生み出される過程を見せられて、やっと抵抗が薄れていった。

 モンスターは、異能の力により、異能者の魔力から突然生まれる。

 そのインスタントさにより、生命という認識から外れていったのだろう。

 これがもし、他の生物のように、出産や成長の過程があったら、きっと殺すことなどできなかった。

 訓練ではいつも上位の成績。

 それは、せーちゃんも同じだった。

 訓練ではいつも、二人で成績を競い合う仲だ。

 せーちゃんには、頑張る理由がある。

 それは当然、アンナにも。

 せーちゃんに負けていられない。

 せーちゃんと一緒に、強くなりたい。

 訓練が本格化して、激しい戦闘が行われるようになって、アンナには苦にならなかった。

 

 全ては上手くいっているはずだった。

 だが――ある時、アンナにとって恐ろしい事件が起こってしまった。


 ◇


 ――せーちゃんと、喧嘩してしまった。

 これは大事件だった。


 訓練の最中のことだった。

 せーちゃんがゴブリンに攻撃されそうになった瞬間、アンナは彼女を突き飛ばし、身代わりとなった。


「だいじょうぶ、あーちゃん……!?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わたし・・・はへーき。せーちゃんはへーき?」

「うん、へいきだよ……あっ!」

 

 その時、彼女は気づいた。アンナのリボンが、なくなっている。

 気づいた瞬間は、取り繕った。

 家に帰ってから、その日はずっと泣いていた。

 それからだ。

 せーちゃんが、どういう訳か遊んでくれなくなってしまった。

 リボンのことなら、気にしなくていいと言ったのに。

 

 それからしばらくの月日が流れて――せーちゃんの誕生日が近づいていた。


 ◇


 彼女の誕生日は、クリスマス。それを知ったのは随分前のことで、その時からアンナの家で行うクリスマスパーティーと一緒に、彼女の誕生日会も兼ねようと思っていた。

 彼女を誘いたい。

 だが、彼女はいつも、訓練が終わるとどこかへ行ってしまう。

 

 そして、とうとうクリスマスがやってきてしまった。

 アンナは意を決して、彼女の後をつけてみることにした。


 クリスマスだというのに。彼女の誕生日だというのに。

 彼女は一体、どこへ向かうのだろうか。


 彼女が向かった先は――教官が付いている訓練以外では、絶対に入ってはいけないと言われている区域。

 モンスターが出現する場所だった。

 それで、全てを悟った。


 ――――なくしたリボン。

 

 なくしてしまったあの日から、彼女はずっとこんなことをしているのか。

 モンスターが出る危険な場所に、一人で。

 自分のために。


 アンナは堪らず、彼女のもとへ駆け出した。


 ◇


 ――――穏やかな町に似合わぬ、いくつものカメラ。

 町の至る所に設置されたカメラは、この時のアンナのことも捉えていた。


 ◇


「…………………………………………………………………………………………お」


 ◇


「せーちゃん!」

「あーちゃん……!? なんで!?」

「ばかっ、ばかばかばかっ……なにしてるの!?」


 飛びついて、馬乗りになって、ぽかぽかと親友を叩くアンナ。

  

「だって……お母さんにもらったんでしょ……? それって、とってもだいじなものでしょ……?」


 せーちゃんはいつも、お母さんが大切だと言っていた。

 それはわかる。アンナもママのことは大切だ。

 

 でも。

 だけど。


「せーちゃんだってだいじだよっ! せーちゃんがけがしちゃったら、いみないよっ!」


 泣きながら、せーちゃんに抱きついた。

 

「ふへへぇ……ごめんごめん……」


 変な風に笑いながら、せーちゃんはアンナの頭を撫でる。

 それから。


「……はい、これ」


 彼女が差し出したのは――――なくしたはずの、リボンだった。


「みつけて、くれたんだ……!」

「うん、おそくなってごめんね」

「ううん、いーの。……そうだ、せーちゃん! これから、わたし・・・のおうちこれる?」

「え……?」

「きょうは、たんじょうびでしょ!?」

「……あっ!」


 自分のことなんて、すっかり忘れていたらしい。

 困った親友だ。

 

「たんじょうびぱーてぃー! さぷらいずだから!」

「えっ」

「……どうしたの?」

「いっちゃったら、さぷらいずじゃないよ?」

「…………あっ! い、いまのなし……」

「う、うん……ふへへぇ……あーちゃん、おもしろい。うんうん、なしね!」

「あははっ」

「ふへへぇ」


 そうやって笑いながら、二人でアンナの家に向かった。

 アンナがママに頼んでおいたから、既にパーティーの支度はできているはずだ。

 

 プレゼントも、ちゃんと考えてる。

 おそろいのリボンだ。

 実は、せーちゃんのプレゼントに一つ。さらにもう一つ、なくしたものと同じ物を勝ってもらっていたのだ。

 だが、買ってもらった方はしばらく必要ないとアンナは思っていた。

 少し汚れてしまっていても、親友が見つけてくれた方をつけたかったからだ。


 そして、二人はパーティーの会場であるアンナの家に到着し、扉を開けると――。


 ◇




「………………………………………………………………♪」 





 ◇ 

 




「メリ~~~~~~~~~~クリスマ――――――――――――――ス!」





 部屋の中にはパーティーの飾り付け。クリスマスツリー。

 テーブルの上には豪華な料理。大きなお肉に、大きなケーキ。

 

 それに――――知らない男の子。


「……あ、ぼくのことはとりあえず気にしないで。まずはパーティーを楽しんでよ」


 誰だろう。

 アンナはその少年を見て、なぜだかとても恐ろしく感じた。

 

「あああ…………あああああ……ああああああああ…………ッッッ!」


 突然。

 本当に突然、せーちゃんが叫びだした。


「ど、どうしたの……?」

「お、るぁ……ろ…………げほっ……おえええ……」


 どろどろ。

 ぐちゃぐちゃ。

 せーちゃんが吐き出した。


 なにがあったんだろう?

 厳しい訓練でも、こんなことなかった。


 なにかよくないものでも食べたのか、ここへ来るまで疲れていた? もしかして、リボンを探してる時にモンスターにやられて……。

 

 混乱する。

 どうすればいいのだろう。

 とりあえず、彼女の背中を擦ろうとした、その時。


「さわらないでッッ!!!!!!!!!」


 手を弾かれた。

 信じられないくらい、強い力で。


「いたい……いたいよ……なんで?」

「……なんで? なんで? なんで? なんでって、こっちがききたいよ! もう……なに、なにこれ……なんなの……いやだ……いやだ……いやだよ……あああああ…………」


 泣き出してしまった。

 本気で意味がわからない。


「あー、アンナちゃんー? なんでこんなことになったか知りたいー?」


 男の子がにこにこ笑いながら寄ってきた。


 アンナは怯えながらも、頷いた。


「じゃ、教えてあげるよ」





 ――――――ぱちん、と。




 男の子は、指を鳴らした。




 瞬間。







 大きなケーキが。

 





 その姿を、変えて、





 ケーキは、









 …………ケーキじゃなくて、













                              せーちゃんの、 











     大好きな、   大切な、     お母さんの、


















  

                   生首で、

















「……………………………………………………………………え?」











 空白。




 空白。







 思考が、まっしろになって、それから、






「ああああ……あああああああ…………」


 さっきのせーちゃんみたいに、あとから、どんどん、こわくなって、


「うっ……」


 吐いた。

 口の中が、酸っぱくて気持ち悪い。


 そして。


「なんで……、なに……なにが……?」


 意味がわからなくて、怖くて、涙が溢れてきて、へたりこんでしまう。


「落ち着いて、アンナちゃん……これは実験なんだ、とても大事な実験なんだよ……。いいかい、よく聞いてね? キミ達が笑顔でブッ殺しまくってたゴブリンやらなんやら、モンスターっていたでしょ? あれはね、ぽんぽん湧いて出てくるわけじゃないんだよ」


「……、……え……?」


 その男の子は、楽しそうに、時にわざとらしく悲しそうに、語っていく。


「あれはね……人間がもとになってるんだ……。そっちのせーちゃんとやらのお父さん、どっかいっちゃったよね、あれ……ゴブリンになってたんだよ。で、それを、キミが殺したんだ」


「…………?」


 いみがわからない。


「この町の人間みーんな、騙されてるんだよ……かわいそうに。だからぼくが、目を覚ましてあげることにしたんだ。まあ、騙してたのもぼくだし、キミらがモンスターだと思って人間をブッ殺しまくってるところも、全部カメラで爆笑しながら見てたんだけど……まあそんあ感じな訳なんだよね……ギヒヒ……えーと、だからね……わかるかな?」


「………………、」


 いみがわからない。


「この町の人間、みんな人殺しなんだよ、最悪だよね……だからさ、死んだほうがいいと思うんだけど、どう? そのへん?」


「………………、」

 

 いみが、

 まったく、すこしも、ちっとも、ぜんぜん、これっぽっちも、


「そーゆーわけで! じゃあ、とりあえずこの町の人間、全員殺してみよっか! よろしくね、アンナちゃん……大丈夫、キミならできるよ。だってキミは、選ばれたんだから。キミにはその素質があるんだ。《神装適合と心因の関係》についての実験、いいデータが取れたよ。結論から言うと、キミって最高。だからさ、ガンガンブッ殺して、早く立派な騎士になっちゃいなよ!」


 わからなかった。


 


 ぽん、と何か巨大なものを手渡された。

 大鎌の魔装具。

 訓練の時も使っていた武器だ。


 がしゃん、と何かが壊れる音がした。

 窓を突き破って、ゴブリンが現れた。何体も、何体も。まるで町の人間全員が、ゴブリンになってしまったかのように。


「さあ、アンナちゃん! こいつらを殺そう! 頑張って! こいつらみんな、キミと毎日訓練を共にした人間だったりするけど、まあいいんじゃない? キミ、そのせーちゃんってお友達と、大好きなママとパパのが大事でしょ? というわけで、ゴブリンをブッ殺して大切な人を守りなよ! ファイト! そんじゃ、メリクリ~」


 そう言って、男の子はぎひぎひぎひぎひ不気味に笑いながら、去っていった。


 あとはもう、じごくだった。













 ◇


 そして――――屍蝋アンナは、その記憶を思い出して、

  

 ◇

 











「……………………………………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!」


 絶叫が響いた。



わたし・・・は……、アンナは……わたしは……アンナは……、ア、アアア……」



「ギヒヒ。そうそう、『アンナ』じゃないよね、そんな一人称じゃなかったんだよ、アンナちゃんはさあ……」



 楽しげに笑うユウ。


「……なにが……?」


「なにが起こったかって? 教えてあげるよ」


 ジンヤの呟きに即座に反応したユウが、ジンヤの方へ手をかざした。


「今からアンナちゃんの頭に浮かんでるイメージを、キミ達にも送り込んであげる。それでわかると思うよ、どうしてアンナちゃんがこんなに騒いでるかさ」


 ジンヤの頭の中に、イメージが流れ込んでくる。


 少女。幼いアンナ。彼女が過ごした、幸せな日々。だが、全ては悪辣の手のひらの上での、偽りの世界。親友。モンスター。クリスマス。親友の母の、生首。襲い来るモンスター達。必死に立ち向かい、ボロボロになっていく幼いアンナ。


 ――――地獄だった。


「うッ、……」


 胃の中の物が迫り上がってる。

 こんなもの、耐えられない。自分も到底受け止められないのだ、こんなものを、直に体験した幼少期のアンナは、気が狂ってもおかしくない。


「……どうしてこんなことを経験して、アンナちゃんの精神が崩壊してないのーって思ったよねえ、たぶん。簡単なことだよ、ぼくが記憶を消してあげたから」


 記憶を消した。

 それで繋がる。アンナの記憶喪失も、ユウが原因だった。


「答え合わせしてこっかー。アンナちゃんの過去に何があったか? それはご覧の通り。なんで記憶を消したのか? ぼくが消したから。……あのままだと、アンナちゃんおかしくなっちゃうからね。適度にまともになるように調整しとかないと」


 再び口元に亀裂が広がる。

 ユウは心底楽しそうに笑いながら、語り続ける。

 その横で、アンナが錯乱し、暴れまわっていてもお構いなしだ。


「じゃあ、なんで記憶喪失のアンナちゃんを外の世界に放り出してるか? 刃堂ライキが助け出した? まー、間違っちゃないけど、正解でもないんだよね。答えはさ、あの《実験》で一応、アンナちゃんは使えるようになったんだけど、問題があってね……言うこと聞いてくれないんだよね、彼女。洗脳でもなんでもすればいいんだけど、それも解けちゃうからさ、ちゃんと使えるようにする必要があった」


 使えるように?

 使うとは――どういう意味だ? 彼女はなにをさせられる?

 

「それからはちょっと面倒だったけど、その分楽しかったよ。面白かったのは、アンナちゃんとじんどー……キミとの出会いだ」


「……なにを、言っている……?」


「キミに惚れてくれた。こりゃ使える! そう思って笑いが止まらなかったよ。キミと出会う前もちょっかいかけて、負荷をかけて、テストはしてたんだけどね……目的が変わった。ほら、覚えてない? 昔、アンナちゃんってよく拐われてなかった?」


 ユウの言葉で、ジンヤは過去を思い出していく。

 アンナが連れ去られたのは、ジンヤとハヤテが出会った時の件。

 そして、ハヤテが去った後にもう一度。

 最初は中学校の不良。そして次は、異能犯罪者だった。

 そこに何か、繋がりがあるとは思っていなかった。


「あのへんはまあ、ほんの遊びだよ。あれでアンナちゃんがどんどんキミに惚れてくでしょ? おかしくってさあ……だって……ねえ?」


「……なにがおかしい」


「まあ待ちなって。あとで教えるからさ。……あー、雷崎ライカが拐われたこともあったよね? あれもぼくの部下の仕業ね」

「……なっ、」


 矢継ぎ早に告げられていく衝撃。

 衝撃に衝撃を重ねられ、許容を大きく越えている。

  

 もはや何から何まで、全てがこの悪辣の仕組んだことに思える。


「アンナちゃんさ、《撃発機構》を使えるでしょ? なんでって思わなかった? あれね、雷崎ライカを拐った時に取ったデータを、アンナちゃんに教えてあげたんだよ。ほら、《騎装都市》に来てからも、アンナちゃんは《使徒》に拐われてるでしょ、その時だよ」


 筋が通ってしまう。

 今までの小さな疑問が、ユウの言葉で氷解していってしまう。

 そんなはずないと否定したいのに、そう考えれば辻褄が合っていく。


「ま、《使徒》絡みのやつに関しては、ぼくがアグニに仕事してますアピールのための、ほんの時間稼ぎっていうか、そんな感じのおまけみたいなもんなんだけどね……。そんなわけで、アンナちゃんの人生って、ぜーんぶぼくの手のひらの上でころころ転がってるだけなんだよね。……ねーねー、聞いてるー?」


 蹲るアンナの頭をつんつんと指でつっつくユウ。

 アンナの影から、黒い刃が幾重も伸びて、少年を襲った。

 ひらひらと舞うようにそれを躱しながら、ユウは続ける。


「そもそもさ、まずアンナちゃんって、じんどーのことすきすきーって感じでしょ? それってなんかおかしくない? だってさあ、過去のアンナちゃんってそんな感じじゃなかったよね? ママとパパと親友が大好きな、普通の女の子が、なーんでこんなに狂っちゃったのかな? なんでかなー?」


 最悪の、想像が浮かんだ。


「記憶を消したって言ったよね? 記憶が消えた状態で、そこからの人生はぜ――――――――――んぶぼくが仕組んだ出来事な訳だけど、それって自分の人生って言えるのかな? ねえ、アンナちゃん? アンナはー、アンナはー、って……。自分のことを『わたし』って呼んでいた、あの可愛らしい、本物のアンナちゃんは、あの時死んじゃったんだね、きっと」


 止めなくては。

 彼の言葉を、もうアンナに聞かせるべきではない。

 わかっているのに。

 体が、動かない。

 恐怖か、動揺か――――それとも、絶望か。


 もう、彼を止められないと、そう諦めてしまっているのだろうか。


「つまりさ、今のアンナちゃんって、今のその『人格』って、ただのぼくのおもちゃで、元々いた『屍蝋アンナ』を追い出してさあ、『屍蝋アンナ』の体に勝手に居座ってるだけじゃなーい? って、思うわけなんだけど……そのへんどう? こびりついたゴミというか、寄生虫というか……ほんと、おもしろ惨めな存在だよね」




「――――黙れェッ!」





 アンナの悲痛な叫び声。

 漆黒の鎌が振り抜かれる。


「……あー、いいのかなー、そんな態度…………あれ、言っちゃうよ?」


「…………、」


「って、『あれ』って言われてもわかんないか、忘れてんだもんね、ほら思い出して」


「……ぐっ、」


 またアンナが頭を抑える。


「あれだよ、あれあれ……思い出した?」











「……………………………………………………………………………………あ、」











「…………思い出したみたいだね」


「……や、めて……」


「やだ」


「おねがい……」


「……謝らないとね、悪いことをしたら。キミは本当に悪いことをした。キミなんかがいるから、誰かが悲しい思いをするんだよね。……ああ、キミの罪ってなんだろう? どうすればよかったのかな? なにをしなければよかったんだろうー?」


「……うう、……ああ……あああ……」


「ほらほらー!」


「うまれてきて、ごめんな、さい……」


「よいしょー! もっとー!」




「うまれてきてごめんなさい、うまれてきてごめんなさい、うまれてきてごめんなさい、うまれてきてごめんなさい、うまれてきてごめんなさい……」ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」



「あ、ねえねえアンナちゃん、今さあ……死ぬより辛いんじゃない?」

 



「……ごめん、なさい……」



 ボロボロと泣きじゃくりながら、大粒の涙をこぼしていく。


「ん~~……いい絶望だねっ!! 最高っ! やっぱさくっと殺しちゃうのもいいけど、こうやって手間暇かけると、また違う味わいがあるよねえ……さて、と……じゃ、こっちもいただきますか」


「……え……?」


 くるり、とユウはアンナからジンヤへ向き直る。


「じんどー。さっきのイメージ共有でわかったと思うけど、あれは偽装のしようがない。もちろん、嘘のイメージを見せるってのもできるけどさ、その場合は見せたい架空のイメージを作るのに時間がかかったり、見せるのに条件がキツくなったりするんだよね……。まあとにかくさ、今からキミが知る事実は、真実ってことだから……」


「やめて……おねがい……おねがい、だからあ……っ!」


 ユウの足元にすがりついて、頭を地面に擦り付けるアンナ。それをユウは、鬱陶しそうに足蹴にする。


「今いいところだから、静かにね。……じゃ、じんどー、ちょっと見てよこれー」



 ぱちん、とユウが指を鳴らす。

 

 イメージが飛び込んでくる。



 そのイメージは――――――、
























 


 屍蝋アンナの振るった大鎌が――――刃堂ライキの体を貫いている。


 






















「ちがう……ちがうの……じんやあ……ちがうの……これは……」


「何も違わないでしょ! ねえ!? アンナちゃん! キミが! 刃堂ジンヤの大事な大事な、大好きなお父さんを殺したんでしょ!? なにが違うっていうのさ!?」


 刹那。


「――――貴様アアアアアアアアアアアァァッ!」


 真っ先に反応したのは、ユウヒだった。


「キミは引っ込んでてよ、今いいところなんだからさあ!」


 激情に吼えるユウヒが駆け出そうとした瞬間――即座に反応していた悪辣の少年は、ユウヒを蹴飛ばしていた。


「…………アンナちゃんが、父さんを…………?」


 嘘だと否定したかった。


 だが、それを否定しようにも、それが真実だとすると、あまりにも全てが綺麗に嵌ってしまう。


 刃堂ライキが殺された時期と、屍蝋アンナが保護された時期。

 ライキが誰に殺されたのか。

 アンナの今の取り乱し方。

 アンナの過去に謎が多かったこと。


 …………罪桐ユウが、ここまで仕組んだのだ。


 今さらこの部分だけが都合よく嘘であってくれるはずがない。


 刀を握る手が震えた。

 やめろ、なにを、それだけは、それだけはありえない、震える右手を、左手で押さえつける。

 


 ――――今、僕は何をしようとした?


 僕は今――――アンナちゃんを、殺そうとした……?



 刀を床に突き立てる。

 どうすればいい。

 守ろうとした。

 全てを敵に回しても、守ると誓っていた、はずなのに。




 

 守ると誓った少女は――――――父親を殺した犯人だった。


  



「ああああ……あああああああああ…………、」






 心が死んでいく。

 もう、考えたくない。






「……ギヒヒ、くるぞくるぞー」

 

 罪桐ユウが、笑う。





 なにをすればいい。

 どうすればよかった。




 なにも、わからなくなって、







「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 狂ったように、叫び続ける。








「ギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャギヒャ!!!!!!!」


 狂ったように、笑い続ける。













「あーあ、もう最っ高……アンナちゃんもじんどーも面白すぎるよ……なーに自分の父親ブッ殺した女とアホみたいにラブコメやってんだが、おもしろくてしょうがなかったよ。あ、まあぼくもパパのこと殺したりしたけどね、あはは、アンナちゃん、仲間だねー?」


 これが《人類最悪》に狙われた末路。

 

 これが、《全ての笑顔に絶望をジョーカー・ジョーカー》。


 絶望こそが、罪桐ユウが欲するものだ。


 




 そして――――。



 そして。




 そして……………………。







 ◇

 








 どれだけの時間が経っただろうか。


 ジンヤはただ叫び、泣いて、舞台で一人、惨めに這いつくばっていた。


 そこへ、数人の足音が。


「――――刃堂ジンヤ、発見。これより確保します」


 やってきたのは、《ガーディアン》の隊員だ。

 


 心が壊れ、虚ろな瞳のジンヤに隊員が言葉を投げかけている。


 ほとんどジンヤに届いてない言葉の意味、それは――――。


 施設に移送が完了後、刃堂ジンヤの取り調べを開始する。

 刃堂ジンヤはこれより、《ガーディアン》の管理下にある施設へ移送。拘束される。


 彼の容疑・・は、異能犯罪者確保の妨害、及び犯人の幇助。


 ――――彼の処分は、最低でも・・・・彩神剣祭アルカンシェル・フェスタの出場停止。


 刃堂ジンヤの剣祭は、ここで終わり。

 刃堂ジンヤの物語は、ここで終わり。


 所詮は端役。

 主人公になれない分際で、烏滸がましくも舞台に上がろうとした罰。


 罪桐ユウは、思い上がった愚か者を、相応の場所へ突き落とした。


 





 ◇







 逆襲譚は、ここで終わり。

 では、これより始まるのは――。






 ◇






「…………そっかあ。…………最初からそうすればよかったんだ」



「うんうん、そうだよ。やっちゃいなよ! そうすれば全部、キミのものさ!」




「うん……前からずっと、そうしたかった気がする……」






 そして少女は、心の赴くままに自らの願いを叫ぶ。

 







「待っててね、らいかさん! 今、殺しにいってあげるから! 

 待っててね、じんや! 今、愛しにいってあげるから!」


 




 悪辣は再び――少女の心を壊して、作り直す。





 愛のために殺せ。


 悪辣の思い描く悲劇、その結末をここに。




 さあ、最後の舞台の幕開けだ。


 さあ、狂愛譚の幕開けだ。





 ◇

  






  第22話 ■■■■■■■、■■■■■■■





  第22話 逆襲譚の終わり、狂愛譚の始まり

 






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