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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第21話 決戦の舞台、そして最後の幕は上がり


「では、行きましょうか」

「うん、急ごう」


 ユウヒの言葉に、頷くジンヤ。

 先刻までの剣呑な雰囲気はどこへやら、ユウヒは柔和な表情になっている。

 温厚そうなその顔は、ついさっきまでの戦いを挑んできた時とは別人のようだ。

 彼の二面性。普段な温厚さの裏に潜む、狂気にも似た正義――その部分は、恐ろしい。

 それでも、ジンヤは彼のことを信じたいと思った。彼がライキの息子である自身を信じ続けたように、父が師事したという彼のことを。

 

 ジンヤは両親を早くに亡くしている。だから、両親との思い出はそう多くはない。

 それでも、ジンヤは父と母、二人のことが大好きだ。

 母は最後まで、自分のことを信じてくれていた。自分の好きなように生きていいと言ってくれていた。

 そして――、


「ライキさんは……もしもキミが騎士の道へ進むのなら、きっととても苦労するだろうと言っていました」


 道すがら、ユウヒはそう語り始めた。


「……ですが、それは騎士を志す誰しもが同じこと。人を救おうするには、人を守ろうとするには、相応の艱難辛苦が付きまとうのは当然です。正義の道は、決して容易く歩めるものではありません」


 わかっている――とは言えなかった。

 曖昧な認識は、ある。

 明確な実感は、ない。

 ジンヤはこれまで、正義のために戦おうなどとは思っていないからだ。

 どこまで行っても、自分のため、夢のため、憧憬のため、友のため、宿敵のため、最愛の少女のため――そこには、どれだけ探しても、正義などという大層な言葉はなかった。


「……きっと、ライキさんは進んでキミに同じ道を歩ませたくはなかったのだと思います。……それでも、キミは父の背中を追いますか?」

「勿論。父さんは今もずっと憧れだ。そして力があるのなら、僕はそれは正しく使いたい」


 《使徒》との戦い。

 そこで剣祭という学生同士の競い合い――その枠外での戦いを経験し、ジンヤは自分の向かうべき道について考え始めていた。

 父のように、誰かを守れる人間に。

 今はまだ先の話だと思っていたが、ユウヒは既にそういう戦いをしている。

 《ガーディアン》のトップであるセイハも、剣祭に関してはそれが本来の目的ではなく、手段なのだろう。

 彼が剣祭で優勝した際の報酬を、《ガーディアン》のために使ったというのは有名な話だ。

 

「……よかった。ライキさんが当時思い描いていた道とは異なるかもしれませんが、きっと今の成長したキミを見れば、認めてくれると思います。ボクが言うのも烏滸がましいかもしれませんが……言わせてください。ライキさんに憧れ、彼に教えを受けた者として……キミの進む道はきっと正しいと」

「……ありがとう。救われるよ……父さんともっと話したかったことの続きを、キミが叶えてくれる」

「そんな大袈裟なものではないですけどね。……まあ、今のキミには少し気になる点もありますが」


 ユウヒが背後のアンナへ視線をやる。

 びくっ、とアンナの足が止まり、ガウェインの背後へ隠れる。

 ガウェインは「およ?」と気の抜ける声を漏らした後に、アンナの頭を撫でつつ、ユウヒを睨んだ。

 

 そこでジンヤは気を引き締める。

 ユウヒとは、ライキに関する部分では互いに信頼している――だが、アンナに関する意見は徹底的に決裂している。

 当然だ。ジンヤはアンナと過ごした過去がある。二年間、共に一つ屋根の下で暮らした。

 その積み重ねを抜きにすれば、確かに今のアンナは非常に危険な存在だ。

 ――人殺し。

 あの映像の真相は一体なんなのか。

 考えたくないことではある。もう、信じると決めた。

 あれは罪桐ユウが仕組んだこと。こんな状況をしつらえるような悪辣だ。他にどんな恐ろしい罠を仕掛けてきても、不思議ではない。

 何はともあれ、今は目の前のことに集中しよう。

 今は心強い味方であることは確かだ。

 ユウヒにも、アンナの《武装解除》を主軸に据えた作戦を説明し、対罪桐ユウの戦い方を共有しておく。

 即席の連携だ。ここでの詰めが成否を分けるかもしれない。やれるだけのことはしておきたかった。

 鍵となるのは、どれだけ罪桐ユウの意識からアンナの存在を外せるか。

 そのためには、ジンヤとガウェインがどれだけユウの意識を占められるかどうかが問題だった。

 そこにユウヒも加わってくれれば、成功率は大幅に上がるだろう。

 ジンヤ、ガウェイン、ユウヒの攻撃を捌きつつ、常にアンナを警戒するというのは不可能に近いはず。

 アンナの《武装解除》。それは、正面からの一対一で行使されては防ぎようがない反則技だ。そこへ複数人を相手にしつつという条件も加えれば、どれだけ強力な騎士だろうと、為す術はないだろう。

 

 ここまでの道のり、決して短くも楽でもなかった。

 真紅園ゼキ、蒼天院セイハ、輝竜ユウヒ――剣祭で競い合うかもしれないライバルであっても、敵ではないはずの騎士と敵対することになってしまった。

 ハヤテはミヅキ、ガウェインの助けでどうにかここまで来ることができた。

 

 剣祭の二回戦――ジンヤの次の相手は、アンナだ。

 そこで負ければ、ライカと別れアンナのものになる……そんな話もあった。アンナに負けるつもりは毛頭ない。だが、彼女の気持ちは、必ず戦いの中で受け止めたいと思っている。

 それを邪魔されることは、絶対に許せない。

 

 悪辣な趣向は、この辺りで閉幕だ。

 自分達の剣祭を取り戻すための、最後の戦いへ――ジンヤがそう決心し、一つの扉をくぐった時だった。


 扉の先――そこに広がるのは、薄暗く、巨大な空間。どうやら舞台のようだった。

 この建物には、様々な設備があった。

 舞台があっても不思議ではないだろう。

 闇に包まれており、全容が把握できず、広大さがぼんやりとわかる。

 空間の最奥の舞台、整然と並んだ座席は全て空席。人の気配はない。

 ここも外れ、罪桐ユウは別の部屋か――と、踵を返そうとした瞬間。


 ぱっ、と舞台を明かりが照らす。



「やあ、遅かったねえ! 待ちくたびれちゃったから暇つぶしに遊んでたんだけどー、それでちょうどよかったみたいだね!」


 舞台の中心に、少年が一人。

 ピンスポットが彼だけを照らすその光景は、この場の主導権が誰にあるのかを象徴するかのようだった。

 

 長めの黒髪。病的に白い肌。全てを塗りつぶし、輝きを食らうような真っ黒な――かと思えば、子供のような無垢な輝きを宿す瞳。整った中性的な容姿。

 一見して優しげな印象を台無しにする、鮫のような鋭い歯列。





「ギヒ……さあーお待ちかね、いよいよ主役の出番だ――このお話は、ここからが面白い」







「お前の話は――」

「貴様の話は――」


「「――――ここで終わりだッ!」」





 刹那、ジンヤとユウヒ――共に《神速》の領域一歩手前、余人には反応不可能の速度を持つ剣士二人が、斬りかかっていた。

 座席が並ぶ通路を一気に駆け抜け跳躍、二者による抜刀一閃。

 対してユウは。


「おいおい、ちゃんと聞きなって。人の話はちゃんと聞くものだよ、行儀が悪いなあ、せっかちだなあ、まったくもう」


 右手には《アロンダイト》。左手からは氷の壁――《絶蒼》。

 ランスロットとセイハ、共に最硬クラスの防御力を備えた騎士の能力を使って、二人の斬撃を防いでいた。

 防御の直後、《アロンダイト》と《絶蒼》が消失。

 何か次の攻撃が来る、とジンヤとユウヒが身構えた瞬間。


 背後から、ガウェインが振るった大剣が迫っていた。


「おっとぉ」

 

 ユウは振り返らず、かと言って回避もせず――大剣が直撃する直前、彼の体が消え去っていた。


(――空間転移……ッ!)

 

 コピー元がわからない能力の一つ。元になった騎士との戦闘経験がない分、他の能力よりも対策が立てにくい。

 ジンヤ、ユウヒ、ガウェイン、三人の攻撃が難なく防がれた。

 だが、この場にはもう一人――。


「じゃ、みんな舞台に上がってもらったところで、主演のアンナちゃん登場といこうか」


 次の瞬間、再び空間転移。

 舞台の上に現れるユウ。

 そして彼は手元に黄金の刀身を持つ刀を持っている。

 《迅雷》――ライカが武装へと変じた姿。

 ジンヤは刀を強く握る。不愉快だった。どういう能力かは知らないが、気安く最愛を模倣されるのは許しがたい。それがユウのような最低の人間になら、なおさらだ。


「戦い方まで趣味が悪いなッ!」


 一気に距離を詰め、刀を振り下ろすジンヤ。


「はいはい、怒らない怒らなーい。何度も言うけどここで一々キレてたら身がもたないって」

 

 一瞬でユウの姿が消える。

 尋常な動作とはまったく違う空間転移による移動に面食らうが、対処法は見えてきた。

 移動直前の視線の先。転移先は恐らく目視でつけている、常に視線に注意を払っていれば、次は当てられる。

 

「じゃあこれはどう? 趣味が悪いかなあ?」


 ゾワリ、と。総毛立つ――視界に飛び込んできた光景に、頭が沸騰しかけるも、足を踏みとどまる。

 ユウは、アンナの背後に回って、彼女の首筋に刀を添えていた。


 見抜かれていた。

 確かに、アンナが持つ技を考えれば、彼女が一番警戒される。それでも、ジンヤ達三人の攻撃で、アンナを意識から外せると思っていたが……。

 密かに舞台に上がり、ユウへ必殺の攻撃を当てる機を伺っていたアンナ。その存在に、悪辣な少年は気づいていた。

 この少年を出し抜くことは不可能なのか。


 諦念が忍び寄った、その刹那――。








「あなたの悪趣味も、ここでおしまい」









 アンナは、大鎌を握っていた。


 アンナは、その技を――《慈悲無く魂引きユースレス裂く死神の狂刃ソウルイーター》を発動させていた。


 アンナは、常にジンヤを優先してしまう。だから、もしもここでユウが焦ってアンナに刃を突き立てようが、相討ちに持ち込めればそれで十分と考えていた。







「――な、なに……ッ!? そ、そんな馬鹿なぁ……!?」


 ユウが間の抜けた声を零した。

 大鎌が狙うのは、彼が腰に付けたケースに収納されている本。常に身につけている以上、これが魂装者アルムと見て間違いないだろう。

 事実、ユウはこれを狙われて初めて焦りを見せた。


 アンナの大鎌が、本に触れる直前――



「――思い出せ・・・・

 

   

 短く、ユウがそう告げた。

 瞬間。


「……ぐっ、アァッ……!」


 アンナは大鎌を止め、手放してしまい、両手で頭を抑える。


「ギッヒヒ、ヒヒヒ、ギヒ、ハハハッ……! おっかしい! その『勝った!』みたいな顔やめてよ、ツボすぎる! いやいやごめんね、ごめんごめん……ぼくもサービスしすぎちゃったかな?」


 笑う。笑う。悪辣が笑う。高らかに、楽しげに。

 舞台が哄笑で満たされていく。


「『な、なに……ッ!? そ、そんな馬鹿なぁ……!?』って! 言わないって! それこそそんな馬鹿な! わざとらしかったかな!? ギヒヒヒ……いやいや遊びすぎた。これからが本番なのに、ここで終わっちゃうのはありえないよね」


「……アンナちゃんに、何をした!?」

「これからたっぷりと教えてあげるよ」


 言いながら、ユウは歩み寄る。


「動かないでねー、今大事なとこだから」


 頭を押さえつけているアンナに刃を突きつける。

 何をしたのかわからないが、ユウの言葉一つで、動作一つで、アンナの身は危険に晒される。

 動けない。

 これからさらに何か非道が行われると、わかっていたとしても。


「さあ……とりあえず、思い出そうか。キミがどういう存在なのか、キミが何をしてきたのか、キミがどうしてここにいるのか…………キミがどう絶望するのか。全てはキミの過去にある。さあ、さあさあ……さあ、始めようか! 楽しい楽しい絶望ショーの幕開けだ!」


 落ちていく。

 暗い過去へ、落ちていく。

 いくつものシーンが浮かんでは消える。

 知らない、こんなものは知らないと、そう叫びたいのに、その光景には懐かしさがある。

 

 ついに屍蝋アンナの過去が紐解かれる。


 そして――――最悪の想起が、始まった。

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