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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第20話 ただ、ひたすらに。その宿命を求め続けて



 叢雲オロチと赫世アグニ。

 罪桐ユウと夜天セイバ、空噛レイガ。

 これらの戦いが起こるよりも少し以前――時間はそこまで巻き戻る。


 《炎獄の使徒》が持つ拠点の中には、以前行われた《ガーディアン》の使徒掃討作戦でリストアップすらされなかったものがまだ残っている。

 あの時――叢雲オロチの介入により、屍蝋アンナを確保できなかったことは計算外だった。だが、いくつかの拠点が発見されたことは計画通り。

 発見された拠点など、所詮はただの撒き餌。最終的な目標にはなんら影響がない。

 勿論、屍蝋アンナは計画に必要なピースではある。

 計画の最終段階までには、彼女を確保しておかねばならない。

 だからこそ、ここでアンナが《ガーディアン》に確保されても、ユウのやり方で彼女を壊されてしまっても、アグニの計画に支障を来す。

 

 《使徒》、《ガーディアン》、罪桐ユウ。三陣営よるアンナの奪い合い。

 その結果は、刃堂ジンヤという予想外の異分子の手に渡るという展開で一つの区切りを見せた。

 だが、次のジンヤの動きは読める。アンナを救うためには、一時的に逃げたところでどうにもならない。

 罪桐ユウのもとへ向かう、ということはわかっている。そして、彼の居場所も。

 

「ご苦労だったな、《アルブス》」

「……別に今は、その呼び名じゃなくて構わないぞ」

「なら貴様も素の口調で構わん」

「……ああ、いけない。癖ですね」


 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》序列四位、《アルブス》。真っ白い鎧に包まれたその正体を知っている者は、使徒の中でアグニだけだ。


 彼の正体とは――。





 ◇


 ジンヤ、アンナ、ガウェインの三人――正確には、アンナの魂装者アルムであるエイナも合流し、3組6名がユウの潜伏場所へと到着した。

 

 人の気配が少ない薄暗い建物の中を進む。

 なにやら時折、血の痕――それも真新しいものが、不気味さを引き立たせる。

 既にここを通った者がいるということだろうか。ユウは傷一つ負っていないはずなので、彼以外の誰かということになる。

 自分達よりも早くここにたどり着いた誰か――ユウの仲間だろうか。もし、彼と敵対する者ならば、協力ができれば今よりも勝算が上がるのだが。

 あまり期待はせず、むしろ警戒度を上げて進む。

 しばらく進むと、一際広い部屋に出た。部屋の中央には、騎士用のリングが。

 ここで行われる研究は、騎士のためのものだったのだろう。ならばこの場は、成果を試すのに必要な設備のはず。




 ――――リングの中央に、誰かが立っている。




 罪桐ユウ――ではない。


 真っ白い制服。腰には一振りの刀。

 金色の髪。青い瞳。


 知っている相手だった。




「やっと来ましたか、ジンヤくん」

 



 煌王学園、序列1位。

 ハヤテ、ミヅキと並ぶ一年生ながら大会優勝候補である騎士。

 

 そして、ジンヤの父であるライキの弟子でもあるという、浅からぬ因縁のある相手。



 ――輝竜ユウヒ。



「ユウヒくん……なんで、ここに……?」

「決まってるじゃないですか、キミに正義を問うために――そして、キミと戦うためにですよ」

「……戦う……? 今から……?」


 ジンヤは思わず、背後のアンナに視線をやった。

 彼の発言の意味が、まったくわからない。こんなタイミングで、彼と戦う? ありえない。これから罪桐ユウのもとへ向かわないといけないのだ。

 そんなことをしている場合ではない。

 そんな余裕はどこにもない。


「ええ、今からです。随分と待ちました。だから――もう、待ちきれなくなりました」

「キミがどれくらい待ったかはわからないけど、僕達にはこれから大切な戦いが――、」

「では、教えましょう。ボクがどれだけこの戦いを待ち望んだのかを」

「……だからっ、」


 苛立つジンヤ。

 当然だ。今はアンナのためにも時間が惜しい。ユウヒのこちらの話を聞く気がない――というか、自分の話が通るとなぜか確信している態度は不可解で、癇に障る。

 

「ボクは――キミのことを、ずっと前から知っていました」

 

 だが。

 目の前の少年に、怒りすら覚えていたはずなのに。

 彼の話を聞くつもりなどなかったはずなのに。


「ボクが最初にライキさんからキミのことを聞いたのは、5歳の時でした」


 父の名を出され、耳を傾けない訳にはいかなくなる。

 

 そうして彼は語りだした。

 なぜ、輝竜ユウヒは、今ここで刃堂ジンヤと戦わなければならないのかを。





 ◇




 ユウヒは、孤児院出身だ。親の顔は、知らない。彼が暮らす孤児院は、《ガーディアン》が運営しており、異能犯罪による被害で親を失った子供の多くが、ここで保護されていた。

 ユウヒもその一人で、彼はライキによって命を救われていた。

 だから自然と、己を救ってくれたライキのことを、ヒーローだと思っていた。

 彼のようになりたい。

 彼のように、誰かを助けたい。


 それがユウヒの憧憬ハジマリ


 輝竜ユウヒは、そうやって刃堂ジンヤと同じ男に憧れを抱いた。


 

 

 ライキは子供に好かれていた。施設には、彼に助けられた子供が大勢いる。

 騎士になりたいという子供に、ライキは戦い方の手ほどきをしてくれる。

 子供の夢を、ライキは笑わない。

 いつかライキのような騎士になる! それが口癖だったユウヒにも、ライキはしっかりと向き合ってくれた。

 ある時、彼は自分の子供の話をしてくれた。

 ジンヤ、というらしい。

 そのジンヤの話をする時、ライキは他の子供達と接する時と同じように、優しそうな顔をしていた。――他の者達は気づいていないが、ユウヒは気づいた。

 やはり、ジンヤの話をする時のライキは、一際嬉しそうだ。

 ユウヒだけが気づく差異。

 ユウヒは孤児だ。親がいない。だから、ライキのことを父親のようだと思っていた。

 ――キミ達も僕の息子だよ。

 ライキはそう言ってくれていたが、ユウヒは本当の子供であるジンヤという少年と自分を比べ、その違いがどうしようもなく気になってしまう。

 もっと強くなれば。

 そうすれば、彼の本当の息子になれるだろうか。

 そんな、馬鹿なことを考えた。

 



 

 

 ライキに聞いてみたことがある。

 ジンヤは、強いのか――と。少し戸惑ったような顔になるライキ。珍しい表情だった。不思議に思った。

 そして彼は言う。

 今はまだ、わからない――と。

 ジンヤは、騎士の才能がないらしい。

 あのライキの息子だというのに、だ。

 ユウヒはそれを聞いた時、最初は「なんだ、つまらない」と思った。

『今はまだわからない……でも、もし道が交わることがあれば、その時は仲良くしてやってくれると嬉しいよ』

 と、ライキはそんな曖昧な言葉を残した。

 



 それからユウヒは、今よりもずっと頑張ろうと決めた。

 ひたすらに。

 毎日、毎日、ひたすらに剣を振るう。

 いつか来る日を夢見て、ひたすらに。

 会ったこともない、まだ見ぬ相手とのために、ただ、ひたすらに。

 一生、叶わない夢かもしれない。

 ユウヒの努力は、彼のその望みが実現するかどうかに、なんの影響も及ぼさない。

 ユウヒが一万回剣を振ろうが、百万回剣を振ろうが――刃堂ジンヤが、騎士になるかどうかには、なんの関係もない。

 彼はどこかで、諦めてしまうかもしれない。

 この想いは、全て無駄になるかもしれない。

 それでも、ただ、ひたすらに。

 ユウヒは、信じていた。

 だって、憧れの男の息子なのだ。自分は違う、自分は親の顔も知らない。親はどうなったのかもわからない。死んでいるかもしれない。自分のことなど忘れているかもしれない。大したことのない、凡人なのかもしれない。

 だが――それはいい。

 ジンヤは、自分とは違う。

 あの偉大なヒーローの息子なのだ。

 諦めるはずがない。

 ライキは諦めなかった。彼はどんな逆境でも、諦めない。

 だから――。

 

 ユウヒは出会ったこともない宿敵との戦いを夢見て、ただひたすらに剣を振るった。


 そうして、季節が巡っていった。

 

 ライキは死んだ。

 それでも、ユウヒは、ただひたすらに。


 ある時――一つの噂を耳にした。

 黄閃学園中等部の入学試験、そこであの龍上ミヅキが、どこの誰とも知れない騎士と戦ったと。その騎士は、才能もないGランクのくせに、わざわざ入学試験を受けた恥知らずだ。

 そんな噂だった。

 すぐに誰のことかわかった。

 だが、関係ない。

 それでもユウヒは、ひたすらに。


 しばらくしてから――龍上ミヅキが敗れたという話題で、学生騎士界が騒然となったことがあった。

 大勢の人間が驚愕している中で。

 ユウヒは、そっと口元に笑みを浮かべた。

 

 ――――ああ、信じていたよ。


 だから今日もユウヒは、ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに。ただ、ひたすらに――――――そして。


 剣祭の一回戦。刃堂ジンヤ対風狩ハヤテ。

 その試合を見て、ユウヒは震えた。

 時が近い。

 待ち望み続けた宿命は、すぐそこに。




 ユウヒは、自身が望み続けた宿命の決着、それに相応しい舞台は剣祭の決勝だと思っていた。

 だが、状況が変わった。

 屍蝋アンナを巡る一連の戦い。

 その中心には、ジンヤがいる。

 理解できなかった。

 どうして彼が。あのヒーローの息子だというのに、なぜその少女を守るのか。

 少女は、悪だ。悪を守ることなど、許されない。

 理解できない。

 許容できない。


 ――――だからここで、正すしかない。


 

 

 そして、これはジンヤには語るつもりがない真実だが。

 輝竜ユウヒは、《ガーディアン》に所属しており、さらに。

 

 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》序列四位、《アルブス》でもある。


 《ガーディアン》と《使徒》。

 正義と悪。

 相反する組織に所属するユウヒ。彼が正義を志すならば、本来ありえない選択。

 

 だが、これも正義のためなのだ。


 ユウヒは、赫世アグニとある約束をしている。

 アーダルベルトという、この世界を脅かす最大の悪を、倒す。

 それまでは、アグニに力を貸す。

 

 そして今――ユウヒは、《ガーディアン》と《使徒》を、同時に裏切っていた。

 

 彼が《ガーディアン》として動くにせよ、《使徒》として動くにせよ、この場ですべきは、屍蝋アンナの確保だ。

 どちらの人間として振る舞うかは、確保した後の問題。

 

 今のユウヒは、どちらでもない。

 ただ、彼個人としてある。

 ただ、彼自身としてある。

 

 今の彼にとって――、


 蒼天院セイハなど、どうでもいい。

 赫世アグニなど、どうでもいい。

 屍蝋アンナなど、どうでもいい。

 罪桐ユウなど、どうでもいい。



 どうでもいい、全てが――。


 ――あの宿命を前にすれば。



 もしも今――――この世界が滅ぶとしても輝竜ユウヒは刃堂ジンヤを逃しはしない。



 そういう執着を、狂気を、正義を、それらをないまぜにした熱量ある不可思議な想いを、ユウヒはジンヤへ向けている。






 待ち望んだ。ただひたすらに。

 剣を振るった。ただひたすらに。

 この時を想い続けた。ただひたすらに。









 さあ、始めよう――我が宿命。


 たかだか十一年。

 

 そう長くはないかもしれない。


 されどそれは、輝竜ユウヒという男の人生――――その全てだった。


 








 ◇





 決して短くはないユウヒの語りを、ジンヤは静かに聞き終えた。

 そして、彼の中で全てが繋がっていく。


 



『あの雑誌はあまり好みませんね。キミの凄さを理解してない』


 初対面の時から、ユウヒはジンヤを高く評価していた。



『ジンヤくんの試合を見て……キミはやはりライキさんの息子だと思いました。キミなら、きっと決勝にこれる。だから、伝えておきたかったんです。ライキさんの息子であるキミと、弟子であるボク……決勝に相応しいのは、きっとボクらの戦いだと』

 

 決勝で戦いたいという言葉にこもった熱。 



『そんなことをキミの父親がッ! ライキさんが認めると思っているのか!?』


 ジンヤの選択に対する怒りの意味。





 目の前に男にとって、今の自分がどれだけ許せない行動をしているか、よく理解した。理解した上で、ジンヤはまっすぐにユウヒを見据える。


「……じゃあ、やろうか」


 もうこれ以上、そう多くの言葉は必要なかった。


「ちょっ、刃堂!? なに考えてるの! そんなヤツ、私に任せればいい! そいつと私は相性がいい、だから私がそいつを封じてる間に、刃堂とアンナちゃんは先に……っ!」


 動揺した声を発するガウェイン。

 完全に展開についていけなかった。

 おいおいこんなとこで少年漫画かましてる場合かよバカじゃねーの意味わからんし! というのが本音だった。

 事実、仮にユウヒが強引に戦いを仕掛けてきても、彼と相性のいいガウェインがいれば問題なく対処できただろう。

 ここは一対一など選ぶ場面ではないだろう。

 アンナを救うために、罪桐ユウを確保しに来たというのに、どうしてまったく関係ない相手との戦いをしなければならない?

 理解の外にも程があったが――。


「……」


 アンナに、無言で肩を掴まれた。

 そのまま、戦いの場であるリングから引き離される。


「ちょ、なんで、私はアンナちゃんのために……っ!」

「……じんやって、そーゆーとこある」


 どういうとこだよ、と叫びそうになる。

 非常識にも程がある。こっちがなんのために助けてやってると思ってるのだと喚き散らしたいのだが、助ける張本人であるアンナに言われてしまえば、もう何も言い返せない。

 

「……こういうところも、すき」


 アンナがそう漏らしたのを聞いて、ジンヤの背後に立っていた霊体のライカが小さく笑う。

 何を呑気な……と思いつつも、アンナに共感を覚えてしまう。ああ、確かにこの男のこういう頑固なところは、たまらなく魅力的なのだ。


『よかったのですか? さすがにアンナ様の言葉なら、ジンヤ様も聞き入れたと思いますが……』

 

 エイナにそう言われて、アンナは首を横に振る。


「んーん、いーの」


 アンナは薄く笑う。

 救うべき自分を差し置いて戦いを始めることに、少しも不満を抱いていない。

 むしろ嬉しかった。

 だってこうして、彼が望むものを、彼に与えられているのだから。

 宿命の戦いなど――いかにも彼が好みそうではないか。

 店先で手に入るものでもない。だからこの奇妙な状況は、アンナにとって好ましいものなのだ。


『……しかし、イン子にあんなに常識的なことを言わせるなんて……刃堂くんって、本当に非常識だね』

「まったくだよ……本当に、みんなどうかしてる」


 ジンヤも、ユウヒも、彼らを許容するアンナも、エイナも、ライカも、全員どうかしている。

 だが、ガウェインの考えを他所に。


 宿命で結ばれた男が二人、向かい合う。

 互いに柄に手をかけ構えて、戦いの火蓋を切って落とそうとしていた。


 ◇


「《迅雷一閃エクレール》……最速の一刀、か……」


 腰を落とし、納刀状態の刀の柄に手をかけたジンヤ――その構えを見て、ユウヒは呟く。

 そして次の瞬間、ジンヤは僅かに目を剥いた。

 ユウヒが、自分とまったく同じ構えを取っている。


「……挑発かい?」

「さて……真偽は刃でその身に教えましょう。それから、一つ忠告しておきます」

「……なにかな」


「――ボクは《神速の剣聖》の弟子で、いずれ《神速》に至ります。キミや龍上ミヅキも、速さが自慢のようですが……最速はボクです、そこを弁えさせてあげましょう」


「《神速》、か……。いいだろう。ならばそちらの真偽、この一刀で問おう」



「いいや、キミの真価と正義を問うのはボクの方です――では…………、」


「ああ――いざ…………、」




「「――――尋常に、勝負ッ!」」




 同時、二人は駆け出した。

 

 同じ構え。

 武器のリーチもほぼ同じ。

 疾走の速度も同程度。


 どこまで言っても、鏡に映したように同じの二人。


 このまま完全に全てが互角ならば、あとは剣速と膂力の勝負になる。

 あの時――龍上ミヅキとの戦いと同じだ。

 ミヅキとの戦いでは、剣速と膂力すらも互角――だが、刃を交わした直後の切り返しの速さ。そこでジンヤは《迅雷/逆襲一閃エクレール・ヴァンジャンス》という工夫で勝利をもぎ取った。

 今回もそうなるのだろうか。

 ――――そこで、ジンヤは気づいた。

 ユウヒの方が、遥かに速い。加速している。そして速度は、まだ上がる。

 直感する。

 このままでは、負ける。

 さすがは《神速》に至る者。速さならば、龍上ミヅキよりもさらに上。

 彼に速度で劣っている。どうすれば――、どうすれば、どうすれば……一瞬の思考、時間が引き伸ばされていく。


 時間が斬り刻まれ、分割されていくような感覚。


 分の八分の一を秒。

 秒の十分の一は絲。

 絲の十分の一は忽。

 忽の十分の一は毫。

 毫の十分の一は――――、


 ――――――雲耀に至る過程のように、時間を斬り刻んでいく。

 

 《時》を操る、黒宮トキヤは自身の思考速度を加速させることができるという。


 今欲しいのは、それだった。

 サイコロジカルリミットというものがある。心理的限界。人間は、自身を守るために脳にリミッターをかけている。

 そのリミッターを外すことができれば、筋力も魔力も、通常時数倍、十数倍に跳ね上げることができる。

 体を制御しているのは、脳だ。

 脳を制御しているのは、神経細胞。

 神経細胞を制御しているのは、電気信号・・・・

 極限まで《精密性》を高めたジンヤは、この電気信号に干渉することができる。

 龍上ミヅキ戦で行った、自身の肉体の動きを事前にプログラムしておく術式と、原理は近い。

 あれよりもさらに、干渉の深度、緻密さを上げる。

 脳のリミッターを司る部分を電気信号により操作。




 ――制限機構リミッター解除カット


 ――知覚速度パーセプションスピード限界駆動オーバークロック

 



 極限の瞬間に、ジンヤがたどり着いた新たな領域。

 黒宮トキヤの《思考加速ブレイン・アクセル》。 

 それを自らの能力によって強引に再現した術式。

 《疑似思考加速ブレインアクセル・エミュレート》。


 見える。見える。全てが見える。

 ユウヒの動きの一つ一つが知覚できる。

 これで相手の一閃を躱すことも可能だ。ここでフェイントをかければ、一方的に相手を嵌めることも出来るだろう。

 ――だが。

 躱す? 幻惑フェイント? ありえない。真正面から向かってくる相手に対して、どうしてこちらが退くことができる。

 こちらが放つのは、自身が持つ最大最速の一撃。

 ここで退くとは、つまり自身の最大の技を貶め、敗北を認めることに他ならない。

 あの龍上ミヅキを、風狩ハヤテを倒した技を、刃堂ジンヤが貶める訳がない。

 だからここは退かない。

 勝ちたい。

 自身の最高の技で、輝竜ユウヒに。

 彼は語った。父への想いを。ジンヤへの想いを。

 それはこちらも同じだ。

 ずっと、父に見限られたと思っていた。あの偉大な騎士の才能を告げなかった。

 覚えている。あの大きな手を。自分の手を取り、剣の振り方から教えてくれたごつごつした手を、覚えている。

 覚えている。あの大きな背中を。遥か彼方に見える、確かな存在感を持ってそこにあるのに、いくら追いかけても追いつけない背中を、覚えている。

 母に謝らせてしまった。

 弱くて才能がない自分が、惨めで仕方がなかった。

 そんな自分だが、いくつもの戦いを越えて、やっと誇れる自分になれた。

 今ならきっと、胸を張って刃堂ジンヤこそが刃堂ライキの息子だと吼えることが出来る。

 



 ならば――自分よりも父をよく知り、我こそが刃堂ライキの継承者と嘯く男を、一体どうして許容できようか?

 



 ――――刃堂ライキを継承するのは、この僕/ボクだ。




 刹那、二人の思考はシンクロした。


 そして――――、

 


「――――《迅雷一閃エクレール》ッ!」


「――――《閃光一刀エクレール》ッ!」




 奇しくも二人は、同じ名を持つ技を繰り出す。

 その名には、複数の意味があった。

 一つは、稲妻。

 一つは、閃光。

 まるで二人のためにあるかのような言葉。


 同時に行使される、神速の抜刀術。


 鋼と鋼が激烈な音を立ててぶつかり合う。

 二つの黄金の刃が重なる。

 速度も、膂力も、互角――。

 ユウヒが想定よりも遥かに速いせいで、ジンヤはそれに対応するために即座に《疑似思考加速ブレインアクセル・エミュレート》を編み出し、彼の速度域へ強引に踏み込んだ。

 それにより、トリガーを引く隙がなく、よって《逆襲一閃》のための空薬莢が存在しない。

 同時に弾かれ合う二人。

 

 つまりは――。


「…………やはりキミは、素晴らしい」


 ――――互角。

 両者再び、刀を構えるも……。


「……いいでしょう。ジンヤくん、今だけはキミを認めます」

「……え?」


 刀を納めるユウヒ。あれ程問答無用で襲い掛かってきたというのに、どういう風の吹き回しだろうか。


「求め続けた宿命、その一端を手にすることはできました。今はそれで満足しておきます。……ですから、今だけは力を貸しましょう」

「……なら!」

「ええ。あの最悪を――罪桐ユウを、捕らえましょう」

「……ユウヒくんっ!」


 思わずユウヒへ駆け寄るジンヤ。

 それを手を突き出して制止するユウヒ。


「ああ……勘違いしないでください。キミに免じて、順番を少し変えるだけです。ボクは屍蝋アンナを認めはしないので……罪桐ユウとの戦いの後は、そのつもりで」


 ……つまり、この続きは、ユウとの戦いの後でということだ。

 

「今はそれで構わない。僕もたった一合じゃ物足りないと思っていたんだ」

「それはまた貪欲ですね」

「キミもね」

「……ええ、違いない」

 

 そう言って、互いに口元に笑みを浮かべる。


 強大な敵との決戦、その直前という最悪のタイミングで現れた別の強敵。

 しかし今、最高のタイミングで、最高の仲間が加わった。


 皆無に見えた勝算が上がっていく。

 

 いよいよ、長かったアンナを巡る戦い、その最後の一幕が始まろうとしていた。

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