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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第19話 《××××》のささやかな楽しみ


 空噛レイガの過去。

 研究施設と戦場の往復を繰り返していたあの頃。

 周囲の子供達から、レイガは恐れられていた。怯えながら戦っている者が大半の中、レイガは狂ったように笑いながら敵を撃ち抜いていく。

 周りにどう思われようが、レイガにはどうでもよかった。

 だが――そんな彼のことを、恐れない者がいた。

 二つ年上の彼は、やたらと兄貴ぶった態度を取ってくるのが鬱陶しかったが、それでもレイガにとって数少ない関わりを持ってくれる人間だった。


「なんか似てんな、オレらの名前」


 最初のきっかけは、そんなものだった。


 それから、戦場で何度も助け合った。


 ◇


 訓練の合間に、くだらない話を繰り返した。

 あれは確か、狙撃訓練の時だ。レイガのいた研究施設では、様々な訓練が行われていた。レイガは特に珍しい銃型の魂装者アルムを扱う騎士だったので、訓練の内容は他の子供達よりさらに多岐に渡る。レイガと同じ内容の訓練を受けていたのは、あと一人だけ――〝彼〟くらいだった。


 レイガは狙撃訓練が嫌いで、よくサボっていた。あれは退屈だ。じっと獲物を待つなんて性に合わない。そんなことしている暇があれば、さっさと敵に突撃したい。レイガはそういう性分だった。


「記憶なあ。どうでもいいんじゃねえの?」

 

 レイガが自分の記憶がないことを話すと、彼はそう返した。

 施設の子供達は、多かれ少なかれ記憶を処理されている。レイガは特に思い出せる過去が少ない方だった。

 

「どうでもいいってなんだよ」

「だってよ、オレが気に入ったのは今のお前だぜ? なら過去なんかどうでもいいじゃねえか。別に過去のお前がどんなやつでも、オレの気持ちは変わらねえよ」

「そーゆーもんかな?」

「そーゆーもんだろ? オレも過去のことは思い出せねえが、どうでもいいさ。……今は、こいつを守れりゃそれでいい」


 そう言って彼は、彼の魂装者アルムである少女の頭を撫でた。

 少女は嬉しそうに彼の胸元へ頬ずりする。


「あっ、いいなっ、いいなっ! レイガもあれやってー!」


 そう言ってぴょんぴょん跳ねるのは、レイガの魂装者アルムである少女――ミラ。

 レイガと似たような、ボサボサの青髪。長さは肩くらいまで。レイガよりも年下で、戦いの最中はハイになってやかましい。

 そして普段は気だるそうなレイガと違って、ミラは常にやかましい。


「ねー、レイガ、頭なでてよー! ねー! ねー! ねー!」

「うるさいなあ」


 がしがしと頭を撫でてやる。

 ミラはやかましいが、魂装者アルムとしては優秀だ。銃という武装形態を持っているのは本当に希少だ。


「いずれ過去を取り戻せるにせよ、ずっと取り戻せないにせよ……オレらにはもう大事な今がある。とりあえずは、それでいいんじゃねえか?」

「そーだね、それでいっか!」

「お前なあ……悩んでるんじゃなかったのか?」

「別に? オレは戦えればそれでいいし」

「……真面目に聞いて損したぜ」


 悩んではいた。だが、彼の言葉のお陰で、レイガは吹っ切れた。

 過去のない、戦いたいという欲求しかない、空っぽの自分。

 それでもいいと、彼は言ってくれた。


 ――――それからしばらくして、彼は姿を消した。

 施設ではよくあることだ。

 戦場で死ぬか、別の施設に回されるか。

 彼の死体は見ていない。死んだという話も聞かない。

 死んだわけではないのなら、どこか別の場所に行ってしまったのだろう。

 彼がどこへ行ったのかはわからないが、次の場所でも楽しくやっているといいなと、レイガはそんなことを願った。


 ◇


 罪桐ユウの潜伏する場所で出会った、セイバとレイガ。

 《ガーディアン》と《使徒》。所属は別。本来ならば、敵対するはずの二人。

 まるで接点がないように思えた二人を繋ぐものが、確かにあった。


 それに気づいたのは、セイバの方だった。

 そして、言った。

 決定的な――問いを投げる。


 今のレイガは、荒れていた。ざらついて、ささくれ立つ、棘だらけの氷のように。触れるものを凍てつかせ、突き刺す。そんな冷たい心情。

 当然だろう。人生の全てを踏みにじられた。彼の心には、罪桐ユウが吐いた言葉の一つ一つが突き刺さっている。

 誰でもいい。目についたものを片っ端から滅ぼしてやりたい。

 そんな状態のレイガを、一瞬で八つ当たり以外の思考へと引き寄せる一言。




「――――餓狼院ロウガを知っているか?」




 想起される過去。

 戦いだけの日々で、自身の魂装者アルムを除けば唯一心を開いていた、気に入っていた相手の名。

 どこか知らないところへ行っても、幸せでいて欲しいと願った、いつかの友。


『なんか似てんな、オレらの名前』

 

『だってよ、オレが気に入ったのは今のお前だぜ? なら過去なんかどうでもいいじゃねえか。別に過去のお前がどんなやつでも、オレの気持ちは変わらねえよ』


 〝彼〟の――ロウガの言葉が蘇ってくる。


「……アンタ、ロウガの何?」

「親友……だったと思う」



 セイバとロウガの関係の始まりは、決して良好なものではなかった。

 

 最初に斬りかかったのは、セイバの方からだった。


「なんだよ、テメエ」

「お前こそ、どういうつもりだ? ここで何をしている?」

 

 ロウガの足元には、何人もの男達が。

 セイバは最初、ロウガがこの男達に襲いかかり、全員を倒してみせたのだと思っていた。

 そのまま二人の戦いが幕を開ける。

 

 ロウガの魂装者アルムは珍しい銃の武装形態。

 この時セイバは、自分にとって銃使いが厄介な相手だと知った。

 相手の能力を封じることができるセイバだが、銃型の魂装者アルムは通常の銃弾を使えば、無効化の魔力と接した状態でも弾丸を放つことができる。

 魔力で強化されていない通常弾丸でも、魔力で防御しなければ致命傷になり得る。

 そして、防御に魔力を回した場合は、無効化の発動に回す魔力が不足する。

 セイバは、相手の武器が近接武器だった場合は、能力なしの剣戟に持ち込める。

 だが、銃相手に無効化を使った場合――能力なしの銃対剣の構図になる。

 

 攻めきれないセイバ。ただ、ロウガもセイバを仕留めきれない。

 能力無効化と通常の魔力による防御を切り替え続け、ロウガの銃撃と異能から逃れ続けるセイバ。

 長い戦いの果て、決着は意外な形であっさりとついた。

 そもそも――どうしてロウガは男達を襲っていたのか? セイバがそれを問うと、


「こいつらが大勢で一人の女の子囲ってたんだよ、んなとこ見逃すのはクソだろうが」


 セイバはすぐに、ロウガに謝罪し、戦いをやめた。結局、セイバの早とちりだったのだ。誤解を解く努力より先に反撃してくるロウガにも問題はあったが、彼はセイバの思っていたような悪ではなかった。

 

 その後――ロウガがセイバの高校へ転入してくるという意外な展開などがあり、結局二人は出会いこそ最悪だったが、やがて親友となった。


 ◇


『親友……だったと思う』


 だった――過去形。嫌な想像が過る。


「ロウガは……今、どうしてるんだ?」

「……亡くなった」

「……。……っ。…………そうか」


 衝撃ではあった。だが、死には慣れている。

 見知った顔が銃弾で吹き飛ぶところを、何度も見たことがある。

 死には、慣れている――つもりだった。

 死がどうした。どうだっていい、怖くない、俺は死なない、戦えればそれでいい――そうやって、戦場を駆け抜けてきた。

 なのに。

 それなのに。

 慣れていると、思ったのに。


「……なに、やってんだよ……」


 レイガの口から、震えた声がこぼれ落ちた。

 どこかで幸せにやっていると思っていたのに。

 再会したら、また戦えると思っていたのに。

 

 過去のことは、未だにわからない。彼は、過去を取り戻せたのだろうか。彼の過去は、どんなものだったのだろうか。

 またどうでもいいと、笑うだろうか。

 疑問は尽きない。

 聞きたいことは山ほどある。

 だが、レイガがぐちゃぐちゃの思考の中から言葉を選ぶより先に。

 セイバが問う。


「……お前はロウガの、なんだったんだ? あいつとは、親しい関係だったのか?」

「……わかんないよ。でも、きっと親友だったと思う。……なんなんだアンタ? なんでオレがロウガと関係あるって気づいた?」

「見りゃわかるよ。お前もアイツも、珍しい戦い方だったからな。それが似てるとなれば、関係があると思った方が自然だ」


 レイガとロウガ。二人とも希少な銃という魂装者アルムを使う。そして同じ場所で

訓練を受けたことから、戦い方もよく似ていた。


「――で、アンタはオレとロウガのことを聞いて、どうしたい?」

「罪桐ユウ。こいつが、ロウガの死に関わっている可能性がある」

「……可能性?」


 聞き捨てならない名前が出てきた。

 ただでさえ冷え切っていたレイガの表情がさらに冷たく険しいものになる。


「……ああ。詳細はわからない。だから、確かめないといけない」

「充分だ。アイツをブチのめしたい理由が増えた。ブチのめして、吐かせてやる」


 そして――ここに繋がる。


「一つ、共闘といくか」

「……あァ。これだけは必ず、アイツに問い質さないといけない」 



 

 ――――刹那。




「なになに呼んだー?」


 絶望は、いつだって突然降りかかる。

 黒髪の少年――罪桐ユウが、楽しげに口元を歪めて、二人を見下ろしていた。

 

 ◇


「よっ、とぉ」


 セイバとレイガがいた部屋。その部屋には、全体を見渡せる二階に当たる部分があった。学校の体育館などを想像すれば近いだろう。

 部屋はかなりの広さがあることなどから、運動などの用途のために存在すると思われる。

 ユウは二階部分の手すりから身を乗り出すと、軽い身のこなしで十メートル程の高さを跳び、着地。


「ねーねー、今ぼくのこと話してなかった? なに話してたのかなあ。悪口? それとも褒めてた? いやあ、照れちゃうなあ、そういうのは直接言ってくれてもいいんだけど?」


 返答は、言葉ではなく弾丸だった。

 銃声。静謐な空間に、空薬莢が地面を叩く澄んだ音が響く。

 ユウは軽く首を振って、弾丸を躱していた。




「あー、聞きたいんだけどさあ、負け犬クン。あれだけボコボコにされた後にまたすぐにぼくの前に顔出せるのってどーゆー神経なわけそれ? とうとう昨日の記憶までなくなっちゃったのかな?」


 再び銃声。もはやこの期に及んで取り合うつもりもないようだ。


「なぁんだ、面白みに欠けるなあ。無視されると傷つくよ……傷ついて、無視できないようにしたくなるなあ」

「だったらまず俺と話さないか?」

「んー、夜天セイバ? なになに?」

「餓狼院ロウガを知っているか? ……いや、そもそも、お前はなんだ? なぜ、ヤツと……あの仮面の男と似た魔力を纏っている?」


 仮面の男。それはセイバが経験した最悪の事件《鮮血の遊宴》――その黒幕である男だ。

 《鮮血の遊宴》――その凄惨さから、都市の子供達への影響を考慮し、存在自体が秘匿された事件。

 騎士達による、異能を用いた殺し合い。

 悪趣味極まる殺し合いを、裏から糸を引いて押し進めていた男。

 己の力を解放し、殺人に手を染めたいという衝動を抱える騎士の選別。場所の提供。日時を指定し、報酬を設定し、殺し合いをセッティングする黒幕。

 セイバは、最終的にその黒幕の男にたどり着いた。

 ……だが、その結果は最悪と言えた。

 セイバの幼馴染であるルミア、そして親友だったロウガも、その殺し合いに参加していた。

 ルミアを守ることはできた。

 しかし――ロウガは殺された。


「あー、はいはい、それね、いいよー。じゃあぼくに勝てたら教えてあげる。ほら、まとめて相手してやるからかかってきな。キミ達、本命が来るまでの暇つぶしに使ってあげるよ!」

「……そのよく回る口以外は無事で済ます必要はないな」

「ぼくの前でその手の格好つけたセリフ、あとで後悔すると思うけど平気かなー?」


 それ以上、言葉を交わすつもりはなかった。

 次にぶつけるべき言葉は、真実を問うためのものだ。

 それまでに必要なのは、もはや刃と弾丸のみ。


 セイバが斬りかかる。同時、レイガが射撃。三人は一直線に並んでいる。

 ならば、セイバの背後にいるレイガの射撃は同士討ちフレンドリーファイアとなるか。

 答えは否。

 氷壁による跳弾を利用した攻撃は、セイバの体がブラインドの役目を果たし、狙いの読みづらい妙手となっていた。

 

 即席にしては高度な連携――そう見えるが、そもそも二人は連携などとっていなかった。

 レイガは、セイバの能力を剣祭で見て知っている。今放ったのは魔力で形作られた弾丸だ。

 ならば、無効化の魔力を纏うセイバには、当たったところで問題はない。

 

 同時に迫る、セイバの斬撃とレイガの銃撃。

 銃撃を魔力で防げば、セイバの斬撃が容赦なくそれを引き裂くだろう。

 斬撃に応対していれば、銃撃を躱すことはできない。


 ――――取った。

 そもそも、《魔力無効化》は他の騎士と組むと非常に強力なのだ。

 無効化を持っている以上、セイバを相手にするなら素の体術を要求される。だが、もう一人騎士がいれば、相手の魔力を無効化し、丸裸同然のところをこちらは一方的に魔力を用いた攻撃で倒すことができる。

 ユウの魔力は膨大だ。そして彼が持つ異能も強力。レイガやトキヤを一瞬で倒し、アグニを容易く足止めして見せる。

 しかし――その強力な異能自体を封じれば?


 夜天セイバは、どんな騎士に対しても切り札ジョーカーになり得る存在なのだ。

 

 あっさりと。

 ここまで暴虐を尽くした悪辣が、敗残者達による番狂わせジャイアントキリングに飲み込まれるか――そう思われた刹那。


「雑魚にありがちなことその一ぃ~~っ! すーぐ勝手に勝利を確信しちゃうー」


 セイバが握る漆黒の刀が、何かに弾かれた。

 ユウが、何かを握っている。

 黒く、暗い輝きを纏った何か――セイバの持つ刀によく似ている。否、まったく同じ形をしているそれは。


「なんか『勝った!』って顔してるのが面白すぎるから我慢して見てたんだけどさ……もうそろそろ笑ってもいい? わりと我慢したよ?」


 ユウが纏う漆黒の魔力に、レイガの弾丸が飲み込まれ、消失する。


 それは、セイバと同じ能力だった。


「お前は……俺の能力までコピーできるのか」


 多くの場合、コピー能力には条件がある。

 例えば、相手に触れる。

 例えば、相手の攻撃を受ける。

 これらの条件は大抵、コピーのために相手の魔力を読み取っておく必要がある、ということだ。だが、そもそもその『読み取る』という過程も、能力発動の一部。

 《無効化》は『読み取る』という過程すら無効にする以上、コピーすることができない。

 その、はずだった。

 以前出会ったコピー使いの場合は、そうだった。


 だが、そんなセイバの常識は怪物ユウには通じなかった。


「いやいやいや、なんで自分だけ特別だと思ったの? 自分は例外だって? 自分だけが、ぼくに対抗できるって? はっっっっずかしいなあ……痛い、痛いすぎるよぉ、ギッヒィ、ヒヒ、ヒハハハッ、ギヒャヒャヒャヒャッ! あーもーおもしろ――――――――いっ! なんで!? できないと思った? できるよ! できるに決まってるでしょ!? 想像力が足らないんじゃないかなあ? もっと、もっと、もっともっともぉぉぉぉ――――っと最悪の想像をしておかないとダメだよ~……。まっ、そーゆー浅いにも程がある想像力のおかげで、ぼくはお手軽に絶望顔を拝めて楽しいんだけどさ」


 狂ったように笑いながらも、セイバの斬撃を受け切るユウ。

 何かがおかしい。セイバは背筋が冷えるのを感じた。

 無効化をコピーされたことはもういい。動揺しようが、起きた事実は覆らない。もう切り替えた。

 だから、今感じている違和感――いや、恐怖はそこではない。

 そこよりも、さらに先。


「ああー、気づいたあ?」


 セイバの振り下ろし。対してユウは同様の軌道を描きつつ、刃が交錯した瞬間。

 刃を巻き取るように、軌道を変化させる。蛇のように靭やかな動き。セイバの刀は、ベクトルを捻じ曲げられ、虚しく地面を叩く。

 異能じみた現象――だが、今の一連の動きに魔力は感じなかった。

 

「……ッ、今のは……」


 異能ではなく、剣技。

 《翠竜寺流・攻勢/三式――〝木枯らし〟》。もしくは、別の流派での名を《巻落まきおとし》。

 

「今のはねえ、……あー、えっと……そうそう、じんどー、《刃堂ジンヤの剣技》だよ」


「……剣技まで、模倣できるのか……ッ!」


 戦慄が全身を駆け抜けていく。

 確かに今のユウの動きは、ジンヤそのものだった。

 つまり、セイバはもうユウには勝てない。

 セイバが相手を倒すには、大前提として体術で上回る必要がある。そのためセイバは、自身の剣を磨き続けてきた。

 蒼天院セイハ、真紅園ゼキ、黒宮トキヤ……それから、刃堂ジンヤに、風狩ハヤテ。現状、この5人の騎士には、敵わないだろう。彼らには体術で劣っている。

 だが、それ以外の騎士なら――異能にかまけて自身の技を磨くのを少しでも怠った騎士には絶対に負けないはずだった。

 その前提を、ユウは崩してきた。


「チャンバラなんか興味ないけどさあ、こーしちゃえばキミはどうしようもないんでしょ? ああ、やっぱり……いい絶望かお。うーん、いただきました、ごちそうさまー♪」


 乱雑な蹴りが飛んできて、セイバの体を吹き飛ばす。


 さらに追撃を加えようとするユウに、銃弾が殺到する。

 ユウは煩わしそうに、銃弾を切り落とす。


「銃弾を、斬りやがった……ッ!」


 レイガは目を剥いた。

 刃堂ジンヤ。知っている、以前出会った時に、自身から無様に逃げていた騎士だ。大した相手ではない、そう思っていた。少なくとも彼は、銃弾を斬るなんてことはしていなかった。


「もっとわかりやすくしようか? 今のはじんどーの力じゃないよ、ほらほら思いだしなよ」


 ユウの持っている武器が、漆黒の刀から変化し――真紅の拳銃となった。


「――そいつは……ッ!」

「よく知ってるでしょ?」


 レイガはたまらず銃爪を連続で絞る。恐怖から逃れるために、一刻も早く目の前の相手を消し去りたいと願うかのように。

 レイガの放った銃弾は――全て、ユウが放った銃弾に撃ち落とされた。


「夕凪シエン。もう忘れちゃった?」


 忘れていなかった。

 楽しめた相手のことは忘れない。

 《未来予知》を持つ銃使い。ユウが持っている拳銃は、彼の魂装者アルムだったはずだ。


 ユウがレイガに向けて勝ち誇った笑みを浮かべたその時、

 漆黒の魔力が、ユウへ襲いかかる。


 その全てを、ユウはまるで未来でも見えているかのように躱していく。


 ありえない――はずだった。

 《未来予知》とはいえ、その効果は無効化魔力には作用しないはず。

 

 そこで気づいた。

 

 ユウは、セイバが放つ魔力を見ているのではない。

 自身を見て、自身の《未来》を見ることによって、無効化魔力を全て躱しているのだ。


 つまりその間は、レイガの弾丸を予測することはできないということ――。


「ああ、いい加減にしつこい――《絶刻》」


 時間が、止まった。


 止まった時間のなかで、ユウとセイバが向き合う。

 セイバは無効化魔力を纏えば、停止の影響は受けない。だが、レイガは完全に停止していた。

 

 ユウがゆっくりと、セイバのもとへ歩いてくる。


「言ったよねー、ぼく言ったよねー? 後悔すると思うってさあ……。で、なんだっけ? えーっと、『そのよく回る口以外は無事で済ます必要はないな』だっけ? ん? おかしいなあ、口どころか全身くまなく無事だけどお……?」


 歯噛みするセイバ。

 神経を逆なでする言葉に取り合う気はなかった。

 今はただ、この停止空間で動けるのは、目の前の化物と自分のみという事実だけがある。

 ならば。


 ありとあらゆる手は打った。全ては容易く潰された。

 それでもなお、セイバはユウに立ち向かった。

 

 そして――。


「はい、おつかれ。少しは楽しめたからもう休んでいいよ」


 動き出す時間。


 レイガは、一瞬でありえない移動を果たしているユウとセイバを見て、時間停止が行われたことに――そして、その際にセイバがやられたことに気づいた。


「……さーて、犬っころ。キミはいい加減しつこいから、次の躾はキツめにいこっかあ?」


 何も通じなかった。

 絶対的な、格差があった。

 目の前の相手との力の差は、あのアグニよりもなお広い。


 銃撃は通じず、銃が蹴飛ばされて手からこぼれ落ちる。サッカーでもするかのように蹴り飛ばされ、地面に無残に転がる肉塊が一つ出来上がった。


「この間は邪魔が入ったけど、そんじゃ続き行こっか?」


 ユウは、レイガの左脚を踏みつける。

 不快な破砕音が響く。

 

「……あッ、ぐゥゥ……がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………」


 遅れて、レイガの絶叫が轟いた。

 

「たぶんさあ、上手く行けばもう二度と歩けなくなると思うんだけど……どう? どんな気持ち? もう戦えないよね? ぼくに仕返しもできないね。あーあ、もう人生終わりでしょ。今までおつかれさま、負け犬クン。くだらない人生だったね」


「……く……はぁ……はぁ……っ……はぁッ……っ、……、……っ!」


 何かを。

 レイガはまだ、何かを言おうと、荒い息を吐きつつ、ユウを睨みつけていた。


「うん? なになにー?」

「くたばれ」

「キミがね」


 残った右脚も、へし折られた。


 絶叫が響く。

 絶望が続く。


「……あ、そう言えばなんか約束してたよね? えーっと、ぼくに聞きたいことがあるんだっけ? ぼくには全然勝ててないけど、まあかわいそうだから教えてあげるよー。ぼくが《鮮血の遊宴》を引き起こした仮面の男の正体で、餓狼院ロウガを殺しました、全部ぼくがやりましたー。ごめんねー? ……これでいい? あれ、ねえねえ、聞いてるー?」



 

 一連の行動は、彼にとっては、食事や睡眠と大差がない。

 この程度の暴虐。

 この程度の悪辣。

 平然と行える、ささやかな楽しみ。


 ――これが、罪桐ユウ。

 ――これが、《人類最悪》。

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