第17話 敗残者だとしても
ジンヤとアンナは、夜の街を駆けていた。
戦いからは抜け出せた。だが、それだけだ。アンナの状況は未だ何も改善されていない。それどころか、どうすればこの状況から抜け出せるのかすらわからない。
暗く広大な迷路の真ん中に取り残されたような、そんな絶望。
それでも、考え続けるしかない。
ジンヤは逃走のために駆けながら、思考を続ける。
ここからどこへ向かえばいいのか。
ホテルに戻るのは論外。あそこには大勢の人間がいる。混乱を避けるためにアンナのことは伏せられているだろうが、それでも目撃されればいずれセイハ達の耳に入る。
騎装都市に来てからの住まいである寮も安全とは言えないだろう。こちらがすぐに思いつくようなところは、全て向こうも同様と考えた方がいい。
逃げ場がない。
そもそも、いつまで逃げればいいのか。
時間が解決してくれる問題ではない。時間をかければ《ガーディアン》側には増援が、さらにこちらの居場所を掴むための捜査も進む。状況は今よりもっと悪化するだろう。
そして、どうすればこの状況は終わるのか。
わからないことが多すぎる。
アンナが殺人者であるという情報。あれは真実なのか。仮にそうだとして、アンナが自らの意志で率先して行ったことなのか。
ジンヤにはどうしても、アンナがただの殺人者だとは思えない。
全ては罪桐ユウという少年が仕組んだこと。
真実は、どこにあるのか。
何を信じるのか。
アンナとユウ、どちらを信じるか――そんなことは、決まっている。
アンナがユウに陥れられた。まずこれを前提としよう。
ではどうすればいいか。
決まっている、あの少年を――罪桐ユウを確保して、《ガーディアン》に突き出してやればいい。
ゴールはわかっていても、そこへのルートが見えない。
罪桐ユウの居場所は?
そもそも彼を確保など出来るのか?
彼の強さは?
こちらはダメージが大きい、どこかで一度休息せねばまともに戦うこともままならない。しかしどこへ逃げればいい?
アンナが殺人者であるという事実を突きつけられ、セイハ達と戦うことになった。
――だが、ハヤテやミヅキ、、ガウェインは助けになってくれた。
助けを借りて、戦いを切り抜けられた。
――だが、依然としてアンナを救い出す道は遠い。
めまぐるしく入れ替わる希望と絶望。先刻戦いから抜け出した時は希望に傾いたかと思われたが、今は絶望へ傾き始めている。
走り続け、息が切れてきた二人は少し足を休める。
平時ならばなんでない距離でも、ダメージが蓄積した体には応えた。
そうやって足を止めていた、その時。
自然とアンナの手を引く形になっていたが、彼女は突然ジンヤの手を振り払った。
「アンナちゃん……?」
「あ、ぅ……ごめんなさい……、だって、アンナの手、汚いから……」
彼女の白く小さな手は、汚れてなどいなかった。
だがジンヤはすぐに彼女が言いたいことを察した。
先程見せられた映像。殺人を行うアンナの、血に塗れた姿。
ジンヤは、彼女を信じると決めたのだ。
たった今、ジンヤの手を振り払った彼女の右手を、優しく両手で包み込む。
「……大丈夫。大丈夫だから……」
「じんや……なんで、……なんで、そんなに……」
握られた手から温かさが伝わってくる。
なぜだろう。どうして彼はこんなにも優しいのだろう。
いつだって自分を救ってくれるのだろう。
こんな彼だから――だから、自分は彼のことを好きになった。
だが、今は彼に迷惑をかけ続けている。
恐怖。安心。焦燥。恋慕。罪悪感。感謝。まったく相反する感情が同時に溢れて、ぐちゃぐちゃになっていく。
「……よし。少しは息が整ってきた。アンナちゃん、まだ走れる?」
「……うん」
頷いた、そんな時だった。
ジンヤの端末に、メッセージが届いた。
びく、とジンヤの肩が跳ねる。
このタイミング、いい知らせには思えない。
罪桐ユウ――だろうか。
彼ならば連絡先など教えなくともいくらでも勝手に調べ上げそうだ。
メッセージを開く。
その相手は――――。
◇
「ささ、あがってあがって、ちょっと散らかってるけど」
そう促され、ジンヤとアンナはその部屋に上がっていく。
ちょっとどころではなかった。
そこら中に積み上げられた小説、漫画、ゲームのパッケージ。空になったカップ麺や弁当の容器。およそ人間が住む環境ではない。
(…………龍上くんに負けて落ち込んでいた時の僕の部屋みたいだ。こんなに本が大量に散乱してはいないけど)
失意の底に沈み、食事と排泄と睡眠を繰り返すだけの人形に成り果てた苦い経験が蘇る。
メッセージの送り主は、ガウェインだった。ここは彼女が借りているアパートだそうだ。
「すいません、本当に見苦しい部屋で……」
本当に申し訳なさそうに頭を何度も下げてくる少女。
そばかすの散った顔。橙色の髪を三つ編みにした、どこかおとなしそうな印象の少女だった。
「いえ……こちらこそいきなり上がり込んで本当に申し訳ないです。ええと……ガラティーンさんですよね? 僕は刃堂ジンヤ。それでこっちが……、」
「――ジンくんの魂装者の雷崎ライカです。初めまして」
ジンヤに続いて武装形態から戻っていたライカも頭を下げた。
「え、あ、はい。どうも。……ええと、どうして私の名前を?」
「同じAブロックでしたから。チェックはしてましたよ」
「……なるほど。魂装者まで……」
「もう負けちゃったけどねー」
「……ちょっと、イン子?」
敗者側の自分達がそんなことを言うのは、勝ち残っているジンヤやアンナへの嫌味になると思い、窘めようとするラティ。
「――でも、だからこそ今こうしてる」
ガウェインからのメッセージ。それはジンヤとアンナを助けたいという申し出だった。
添付された地図を頼りに、どうにかジンヤはここまで見つからずにやって来ることが出来たのだ。
ガウェインとアンナ。
戦いで、剣祭の組み合わせによって生まれた、奇妙な縁。
そんな細く頼りない奇縁のおかげで、どうにか持ちこたえることができた。
「……さて。そんじゃ、時間もないしさっくりいこっか。超絶天才美少女ガウェインちゃんが考えた、アンナちゃん救出作戦の概要を説明しちゃうねー」
ガウェインの作戦はシンプルだった。
罪桐ユウのもとへ向かい、彼を確保する。
言ってしまえばそれだけだ。
だが、彼はどこにいるのか?
その問題――かなりの難題を、ガウェインは解決してくれた。戦いが終わった後、ユウの後を尾行しておいてくれたらしい。無論、ガウェインが今ここにいる以上、彼女自身が後をつけたわけではない。
彼女が操るドローンを利用したのだ。
「ほら、アンナちゃんのリボンを探してあげたことあったでしょ? あれ似たようなもんでねー、優秀なドローンちゃんでちょいちょいっとね」
「………………えっ、ガウェインちゃん、あの時手伝ってくれてたのっ!?」
驚くアンナ。
数日前、ジンヤ、ライカ、アンナの三人でデートに行った時、アンナがリボンを落としてしまったということがあった。
リボンを探すために奔走するライカ。その時偶然、ランスロットに出会い彼に捜索を協力してもらった。
ランスロットはガウェインを頼り、彼女は捜索にドローンを利用して見事発見したという訳だ。
「そだよー。あれ、ランスのやつ私の手柄だって言ってないのか。あんにゃろー、女子に媚び売るのに私を利用しやがったな、許さん」
「……ありがとう……ありがとう、ありがとうっ! これ、本当に、だいじなものだから! 本当に、ありがとうっ!」
「うわ、ぉ、おぉう? どういたしまして?」
いきなり詰め寄られて面食らうガウェイン。
「ま、今はそれは置いといてー」
「照れ隠し?」
「むぅ、ラティうるさい」
「私以外に照れるなんて……浮気です」
「浮気判定辛いな! あれは、別にアンナちゃんを好きとかじゃないよ。いやまあ好きだけど、人として的なね。そーゆーのね。なんかいきなり可愛い顔が近づいてきてびっくりしただけ」
「へー、可愛い顔、へー」
「うわー。ランス風に言うとメンディー、メンディーな女だよラティ、そういうところも好きなんだよなあ」
「……わわ、ちょっと、もう! 他の人がいるところで、もう!」
ラティに抱きついて頬ずりし始めるガウェイン。
「あのー……続きは……?」
恐る恐る話の先を促すジンヤ。
二人のやり取りに、少し救われる。ここまでの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばしてくれたのはありがたいが、時間が惜しいというのも事実だ。
「っと、スマソ。んで、ヤツが今潜んでる建物を発見しました。ここね」
ホロウィンドウを操作。地図が表示される。
騎装都市の外周に当たる湾岸エリア。比較的建物や人気が少ない場所にある施設に、ユウは入っていき、今も出てきていない。
居場所が把握出来ている内に、奇襲を仕掛ける。
と言っても、ジンヤのダメージが蓄積している状態ではどうやっても勝算はない。
時間を掛ければ、今の状況が悪化する。
折衷案として、最低限の回復ができ次第、罪桐ユウに奇襲を仕掛ける。
こちらの戦力は、ジンヤ、アンナ、ガウェイン。
ジンヤはユウの実力がどれ程のものか把握していないが、まともにやれば絶対に敵わないそうだ。
アンナとガウェインは、ユウの強さを目の前で見せつけられている。
ランスロットを利用したとは言え、あの赫世アグニを足止めして見せた狡猾さ。
そして、レイガやトキヤを一蹴する圧倒的な力。
三人でかかっても、まともにやれば勝算は皆無だろう。
――そう、まともにやれば、だ。
今現在の目的は、実力でユウを上回ることではない。
ユウをいかに確保するかだ。
「ここで重要になるのがアンナちゃんだよね」
ガウェインは言葉を続ける。
重要になるのはアンナ。
彼女が持つ掟破りとも言える程の異端の技。
《慈悲無く魂引き裂く死神の狂刃》。
強制的な武装解除。
これをされてまともに戦える騎士などこの世界のどこにもいない。
騎士は魂装者がいなければその本領を発揮できないという絶対の法則が牙を剥く、規格外の技。
ジンヤとガウェインは、アンナのサポートに周り、武装解除の一撃を当てることに全てを賭ける。
先刻まで絶望的かに見えた状況だが、それに比べればこれはそう分が悪くない賭けに思える。
「……いけるかもしれない」
口元に手を当て、静かにガウェインの言葉を吟味した後、ぽつりとジンヤは言葉を落とした。
そして、改めてガウェインに感謝した。
隠れ家の提供。
ユウの居場所の特定。
作戦の立案。
なにからなにまで、本当に助かった。彼女がいなければ完全に詰んでいた。
作戦だって、シンプルなものではあるが疲弊し、混乱したジンヤの頭では到底思いつかなかっただろう。
「そんじゃとりあえず、作戦で最初にすべき重要なこと…………明日に備えて寝ますか!」
激動の一日だった。
祭りに出かけたのがつい数時間前で、同じ日の出来事だとは思えない。
終わりの見えない暗い迷路。その真っ只中に取り残された気がしていた。
だが今、目の前には光が差している。
不安もあるが、これも作戦の内だ、今は休息に努めよう。
完全なコンディションは叶わぬとしても、今できる最善にまでは持っていかなければならない。
勝負は明日――。
一筋の光を見据え、ジンヤは微睡みに落ちていく。
◇
ガウェインは嘘はつかずとも、いくつか真実を伏せていた。
まずユウの追跡。
あのユウを単純につけることなど出来るわけがない。彼は戦闘後、空間操作系統の能力でその場から離脱。
空間操作という希少かつ常識の埒外にある能力を使われれば、追跡はまず不可能。
だがガウェインはそこを読んでいた。
あらかじめ目星をつけておいた場所に魔力感知機能をつけたドローンを配置。
ユウは魔力量が膨大な分、魔術を行使した際の魔力反応も大きい。それをつかみ取り、場所を割り出したのだ。
正確に全てを話せば、突っ込みどころはあまりにも多い。
――なぜ、騎装都市に来たばかりのガウェインは、街の地理を把握しているのか?
――魔力感知機能付きのドローンなど、どこで入手したのか?
――ユウへの対策をこの短時間で打てたのは何故か?
これらの疑問の答えを導こうとすれば、ガウェインの正体――彼女が《七彩円卓》の一人であるというところに行き着いてしまう。
アンナもジンヤも、いずれは敵対するかもしれない相手だ。
だが――いつか敵対するとしても、目の前の彼女を救いたいという気持ちを押さえ込んで、見捨てるという選択肢はなかった。
ガウェインは気まぐれで、ワガママなのだ。その時したいと思ったことを我慢するような性分ではない。
◇
翌日。
作戦決行前に、ジンヤはいくつかの連絡を取らねばならなかった。
まずハヤテ。
『無事だったみてーだな』
「うん、ハヤテのおかげで。本当に助かったよ」
端末からハヤテの声。
彼は今、都市内の病院にいる。
事前にチャットアプリでメッセージは送ってあった。病院内の通話可能な場所に移動しているのだろう。
『気にすんな。お前のためで、アンナちゃんのためなら礼はいらねーよ。オレは女の子とダチは見捨てねー』
本当に。
本当に、いい親友を持った。
瞳が潤む。声が震えるのを抑え、会話を続ける。
「……ありがとう。それで、そっちはどうなの?」
『心配いらねーよ。……オレはな。それよか龍上ミヅキ、あいつ馬鹿だろ』
「え……?」
『オレよりひでー怪我だ。真紅園先輩とボコボコにやりあった。昨日見た感じだと、あいつこの先の大会ヤバいんじゃねーか?』
「そんな……。……僕の、せいで……」
彼に知られればまた罵られてしまうだろうが、それでも罪悪感が重くのしかかる。
「龍上くんにもしものことがあったら……、」
無事なのだろうか。今無事でも、もしこの怪我が原因で大会に負けるようなことがあれば……そんな最悪の想像が浮かぶ。
『――――ナメてんじゃねえぞクソったれが』
刹那、通話先からは、どういうわけかミヅキの声が。
――おいコラ、それオレの端末だぞ! というハヤテの声が遠い。
どうやらハヤテはミヅキに端末を引ったくられたらしい。
『クソくだらねえ心配してんじゃねえぞ、テメエはテメエのことだけ考えとけ』
「うん……ありがとう、龍上くん」
『……チッ。とことんボケてんのか? 前にも言ったが、オレが欲しいのはテメエの口から漏れるクソ程の価値もねえ言葉じゃねえんだよ。なあ、オイ、わかるか?』
――……龍上くん、この間はありがとうッ!
――ボケたかよ。言ったろうが、オレが勝手にやったことだってな
剣祭の抽選会。
そこで会った時に、レイガから助けてもらった礼をした際の会話だ。
「えーと……確かこうだったかな――『何度でも言うけど、勝手に感謝してるよ』」
『……ハッ。相変わらず、しつけえヤツだ』
騎士になる以前の道場で一度。
騎士になるための、中等部の入学試験で一度。
騎士になって、黄閃学園に入ってから二度。
それだけの数、ミヅキとは戦っている。
自分でも確かに、しつこいと思う。
『で――結局、勝算はあんのか?』
「うん。みんなのお陰で見えてきた」
『その寒気がする括りにオレを入れるんじゃねえよ。言いたいことはそんだけだ。じゃあな、刃堂。風狩に返しとくぞ』
おいテメエなんだったんだよいきなりコラ! とハヤテの喚き声がする。
……素直じゃないなあ、とジンヤは笑みを浮かべた。
ミヅキは、ジンヤに心配されたことに不快さを露わにしていた。
心配などするな、ということだろう。
真紅園ゼキとやりあってボロボロになろうが、剣祭は必ず勝ち抜く。だからそっちはそっちの抱えてる面倒事をさっさと片付けろ――彼の怒りは、そう言外に示していた。
彼に失礼なことをした。
心配など、彼にとっては侮辱だ。
それに比べて、ミヅキはジンヤのことを信じているのだろう。
勝算はあるのか。その問いに『ある』と、そう答えた後には、もうなにも聞いてこなかった。
それ以上の言葉は必要ない。
光栄だった。彼の信頼が。
最後に一つだけ、親友に告げておこう。
「……ハヤテ、病院で騒いじゃダメだよ」
『あぁ!? だってあの野郎が勝手に!』
子供かよ、とそう思ってジンヤは笑った。
こんなやり取りに、今はどうしようもなく救われる。
◇
次に連絡を取るのはオロチだ。
彼女も今回の件を既に把握していて、さらにこちら側についてくれているのはハヤテから聞いている。
もしオロチが作戦に加わってくれれば、成功率は跳ね上がるのだが……。
『よお、ジンヤか』
電話越しの彼女の声は、いつも通りの調子だ。
彼女の声に紛れて、何か音がする。あちらも外に出ているのだろうか。
「師匠……! 状況はわかってますよね? 今から罪桐ユウの所へ向かいます」
細かい説明は省いた。
その辺りの説明はハヤテを通じて済ませてある。
「師匠も一緒に……、」
『今少し立て込んでてなあ。行きたいのは山々なんだが』
「そうですか。……わかりました。大丈夫です、僕らだけでなんとかしてみせますから」
『おう。悪いな、本当。頼むぜ、ジンヤ』
「はい。安心してください。必ず、みんなで帰ります」
ジンヤ、アンナ、ハヤテ。三人で、オロチのもとで暮らしたあの日々。必ずそこへ帰ると、改めて誓う。
『……なあ、ジンヤ。前にオマエ、アンナの事情について聞いたな。で、その時アタシはまだオマエにゃ早いと伝えなかった。こんな形で知っちまうのは想定外だが……そこについても、悪かったな』
「そんな……謝ることなんてなにも」
『……アンナのこと、信じてやれるか?』
「当然ですよ。……家族だと、僕は思ってますから」
『そうか。家族、ね……。……なあ、ジンヤ』
「……なんですか?」
『……いや、やっぱなんでもねえ。そろそろ切るぞ、少し忙しくなりそうなんでな』
「はい。じゃあまた!」
通話を終える。
彼女の手を借りることはできなかったが、今はそれを悲観する暇も惜しい。
「よし……行こうか。あいつを捕まえて、それで全部終わりにしよう」
罪桐ユウ。
アンナを貶めようとする悪辣から、彼女を守るための、譲れない戦いが始まろうとしていた。
◇
「っと、悪いな。もう終わったぜ。残念だったな、この隙に片つけられなくて」
「……ふざけた女だ」
通話を切って端末をしまうオロチ。
その間、アグニの猛攻を全て平然と躱しきっていた。
通話をしながら、片手間のように、だ。
周囲は爆撃でも受けたかのように荒れ果てている。地面がめくれ上がり、砕け、溶解している。
しかしオロチには、傷一つない。
さすがは《天眼》。こちらの動きは全て読めるということか――と、目の前の相手への脅威を上方修正するアグニ。
「おら、どーしたよ少年、そんなもんか?」
「まずはその余裕から焼き尽くしてやろう」
「はっ、おもしれえ。ならアタシはその驕りからブッ潰してやるよ」
《天眼の剣聖》と、《炎獄の使徒》の首魁。
規格外の怪物同士の戦いが、本格化しようとしていた。
◇
同じ頃――罪桐ユウが潜む施設、都市内にある廃棄された研究所にて。
一つの邂逅があった。
「……お前は」
「……アンタもあいつに用があんの?」
夜天セイバと、空噛レイガ。
セイバはハヤテとの戦いによって。
レイガはユウとの戦いによって。
両者共に、深いダメージを負っている。
二人の立場は異なっている。
セイバは今現在、《ガーディアン》に協力する形を取っている。そうである以上は、《使徒》の一員であるレイガは敵だ。
正しく《ガーディアン》として行動するなら、ここでレイガを確保すべきだが――。
二人はいくつか言葉を交わす。
過去に纏わる話をした。
二人には、ある共通点があった。
罪桐ユウと敵対していることと――それから、もう一つ。
そして、そのためならば――。
「一つ、共闘といくか」
「……あァ。これだけは必ず、アイツに問いたださないといけない」
敗残者達が、ここに手を組み、悪辣に牙を剥く。




