第14話 誰が為に牙を剥く
「……『なんで』とは、冷てえな……『なんで』? なんでって、馬鹿、そりゃお前……なあ、おい、ちょっと思い出してみろよ」
そして彼は振り返る。
「オレが親友のピンチにかけつけなかったことがあったか?」
そう言って、風狩ハヤテは笑った。
□ □ □
「オロチだよ。よくわからねーが……とにかくジンヤとアンナちゃんがヤバい、ってことだけわかれば、オレがここにいる理由としちゃ十分だろ?」
「……そうか、師匠が……!」
ハヤテはジンヤと別れた後、自身とその魂装者であるナギの病気を治せる医者を探す旅に出る準備をしていた。
そこへ、師匠であるオロチから連絡が入った。
「……どうなってんだよ、叢雲さんまで……ッ!」
理解しがたい展開に、苛立たしげな声を発するゼキ。
「こうなっては仕方あるまい。邪魔するならば風狩も排除する」
構えるセイハ。
セイハはこの事態を解決するにあたって、現状都市にいる最強の騎士であるオロチにも協力を要請していた。
勿論、アンナがかつてオロチと暮らしていたことは知っている。
だが――屍蝋アンナの危険性を説明した上で、オロチがアンナ側につくというのは、計算外の展開だった。
「さっさとした方がいい、叢雲オロチまで邪魔に入ったら、こっちの数の優位なんて消し飛ぶぞ」
オロチが参戦する可能性に思い至り、セイバは先程までよりさらに早期の決着を意識する。
「……つーわけで、どうするよジンヤ。『ここは任せて先にいけ』って決めたいところなんだが、相手がアレじゃあ無策でお前だけ逃がすのはまず無理だ」
「だろうね……。だから、ここを突破するには――、」
ジンヤが簡潔に作戦を語る。
「了解、任せろ。で……こんな時でも、いつものあれは吼えられるか?」
「ああ、さっきまでもう無理かもしれないって思ってたけど、キミの顔を見たら不思議とね」
そして彼らは並び立ち、この都市で最強の騎士達に向かって言う。
「負ける気がしないな」 「負ける気がしねえな」
「……ハッ、上等。さっきよりマシなツラだぜ刃堂。辛気臭いツラよりやりやすい」
「貴様はこんな時まで、本当に……」
親友の助太刀により、絶望に消えかけていた戦意を再びを滾らせるジンヤ――それを目にしてゼキは笑う。
都市の危機を前に、目先の戦いの好悪を気にするゼキに呆れるセイハ。
「さあ、ブチかましてこいや親友」
ハヤテが強烈な風を巻き起こし、それをジンヤにぶつけた。
風によって加速したジンヤは、先刻までよりもさらに加速した動きで肉薄、ゼキへと突きを繰り出す。
左腕を外側へ振るゼキ。
刃と手甲。鋼と鋼が激突する硬質な音が響き、ジンヤの突きは弾かれた。
「速ぇな……ッ!」
つい先刻までよりも格段に速度を増したジンヤに、ゼキは目を剥いた。
ゼキは、ジンヤとしばらく攻防を繰り広げ速さを把握し始めたところで、突如ハヤテの風による加速という要素が追加されて感覚が狂わされる。
慣れを狂わされたことを差し引いても、風の支援を受けたジンヤの速さは厄介だった。
ゼキは一度後退、仕切り直しだ。把握し始めていた速さを捨て、風の支援を加えた速さを相手取るイメージを組み直す。
僅かに生まれた間隙に――セイハは氷槍を叩き込んだ。
ジンヤへ射出される鋭い氷塊は、しかし彼の体を捉える前に軌道を大きく変えた。
動きを補助する風とは別に、再びハヤテは風を巻き起こして氷槍を吹き飛ばしたのだ。
「だったら……」
「させねえよ!」
ゼキと入れ替わりで、セイバが漆黒の刃を振りかぶりジンヤへと肉薄――そこへ立ちふさがるハヤテ。
セイバとハヤテが刃を交える。
セイバの纏う黒い魔力。その効果は魔力の無効化。
これにより、ハヤテは黒い魔力に触れている間、風を飛ばすことも、風を纏って自身を加速させることも封じられる。
セイバ自身も、無効化を発動させている時は、魔力による身体強化などは行えなくなる。
つまり、セイバは刃を交えようと思ったら、強制的にほとんどの魔力を封じられた、素の状態で臨まなければならない。
だがハヤテも剣士だ。
魔力のない状態だろうと、条件が同じならばなんら不足はない。
セイバの狙いは、ジンヤが纏った風を消し去ることだった。
だがそれはハヤテに封じられた。
ハヤテはセイバとの剣戟を繰り広げつつ、ジンヤへの援護を途切れさせることはなかった。
ハヤテの周囲を完全に魔力で覆えば、ジンヤへの支援も全て打ち消すことが出来るが――ハヤテはそこまで鈍間ではなかった。
魔力の範囲を広げれば、すぐに逃れてしまう。
時にセイハやゼキの攻撃と、魔力が重なるような位置取りを狙ってくることもある。
漆黒の魔力は、他のあらゆる魔力を問答無用で消し去ってしまう。そこに敵味方の区別などない。
そうやって、セイバの無効化を躱しつつ、的確にジンヤの援護している。
連携の練度では負けていることを認めざる得ないか――と、セイハは状況の認識を改めた。
3対2。個人の実力は拮抗している。であれば数の上で有利なセイハ側の勝利は揺るがないように見えた。
だが、数の不利を連携で補っている。
風狩ハヤテが一人分以上の働きを見せている。
ジンヤの強化。遠距離からの迎撃、攻撃。同時に自身も剣戟により、セイバの動きを封じ込めてくる。
相手はまだ不利をなんとか凌いでいる、という状況だ。
こちらの勝利条件はジンヤとハヤテを倒すことではなく、屍蝋アンナを確保すること。
退いて戦い、時間を稼いで、先行したトキヤとユウヒが任務を果たせればそれでいい。
しかし、現在の状況は不確定な要素があまりにも多い。
ハヤテが参戦したように、新たにアンナ側につく騎士が現れないとも限らない。
少なくとも、叢雲オロチはその可能性がある。
故に、任務達成の確度を上げるならばこの場を早期決着させ、屍蝋アンナ確保をより確実にしておきたい。
向こうの今の要は連携だ。
ならば、そこを断てばいい。
相手を分断し、3対2の形から、2対1と1対1に持ち込み、連携を封じる。
「夜天先輩、風狩をお願いします! ゼキ、刃堂を抑えろ!」
「了解」「任せろッ!」
セイハの指示の直後、戦局が大きく変化した。
セイハは指示と同時、膨大な魔力を注いだ術式を行使。
ジンヤとハヤテを引き裂くように。
戦場となったこの公園を真っ二つに分けるように。
巨大な氷壁が地面から伸びた。
氷の壁により、ジンヤ側に攻撃、防御、支援、どの用途の風も送れなくなる。
視覚でも、気流の流れでも、ジンヤを正確に把握できなくなる。
対処方法は単純だ――氷壁を破壊すればいい。
ハヤテが刀を構える。
魔力が満ちていく。
風が収束。
氷壁を斬り裂く、旋風の斬撃が放たれ――――、
「させると思うか?」
漆黒の魔力が、風の斬撃を残らず食らった。
「諦めろ。お前の相手は俺――そして、刃堂の相手は真紅園と蒼天院だ。考えるまでもなくわかるだろう、これで詰みだ」
「……ハッ、冗談……悪いけど、オレはあいつが諦めるまでは絶対に諦めないっすよ。……でもって、あいつが諦めるわけがねえ」
不毛な戦いを前に苛立たしげなセイバとは対照的に、ハヤテは口端を吊って笑ってみせた。
◇
『助けて……じんや……っ!』
『――――助けなど来ない、永遠にな』
『俺と共に来い、屍蝋アンナ……いいや、《炎獄の使徒》序列第2位、《グレイヴ》』
ジンヤの助けにより、セイハ達から一時的な逃亡に成功したアンナ――だが、彼女の前に立ちはだかったのは、《炎獄の使徒》のトップにして、剣祭の一回戦で圧倒的な力を見せつけた赫世アグニ。
さらに彼から告げられた事実――アンナが《使徒》の序列2位。
殺人の記憶。
《使徒》のメンバーであるということ。
立て続けに、アンナの常識が揺さぶられる。まるで立っている場所が崩壊し、漆黒の暗闇へ放り出され、落ちてゆくような絶望。
崩れそうになる体を、震える足でどうにか支え、踵を返して逃亡を続けようとするが――、
「あれー? アンナちゃん、今帰り~?」
アグニの立つ場所とは逆方向――そこに現れたのは、罪桐ユウ。
今のアンナにとって、邪悪の、恐怖の、絶望の、あらゆる忌避すべきモノの象徴だった。
「うわっ、さっき意味深に別れたのにまたすぐ会っちゃってきまずーい。あるよねー、こういうの~。……ま、偶然じゃなくてぼくがついてきたんだけどね?」
一歩。二歩……ほとんど無意識に、アンナはユウから距離を取りたくて後退りしていく。
だが、ユウから逃げたところで彼女に安息など欠片もない。
なぜならユウから一歩離れるごとに、アグニへと一歩ずつ近づいているのだから。
「本当は次の登場まではしばらく間を空けてさー、また忘れた頃にびっくりさせちゃうような現れ方したかったんだけど……アグニのせいで予定が狂っちゃった、最悪だなあ、もう!」
嬉しそうに、楽しそう、ユウは笑う。
言葉と表情が合っていなかった。
彼は自身の予定が狂ったことなど少しも気にしていない。むしろ狂わされたことを喜んですらいる。
こと物語に限っては、完璧に設計図通りである必要などなく、そこからどれだけ逸脱するかが重要だと、少年は考えている。
脚本家は、役者の逸脱を愛している。
「でさー、アグニぃ~……アンナちゃんをどうする気?」
「知れた事を。俺の目的に必要だから奪う、それだけだ。貴様こそ……屍蝋をどうするつもりだ、道化」
「ギッヒヒヒぃー、知れた事を! キミより面白いことに使うに決まってるでしょ?」
「俺が征く道の前に立つか」
「ぼくの思い描く脚本の邪魔になるなら、当然ね」
二人の間に、殺意と魔力が満ちていく。
「……あっ、でもー、キミの相手はぼくじゃないよー?」
――――刹那、
アグニに斬りかかる影が――二つ。
「マンドクセ……アグニが相手ならもっと報酬上げてくれてもよくね?」
「たかしたかしー(※確かに) まあ、ちゃけばいくら貰ってもアグアグの相手は割に合わないっしょ」
大剣を握るのは、ボサボサの金髪の少女。
その横には、青髪をホストのようにセットした軽い調子の男が。
ガウェイン・イルミナーレ。
ランスロット・ディザーレイク。
《七彩円卓・大罪騎士団》の二人の騎士が、アグニと切り結んでいた。
「道化の差し金か」
「そゆこと。ま、悪く思わんでね、別に恨みとかないけど、相手になってもらうよん」
アグニは苛立たしげに目を細めると、真紅の剣を振り抜いて二人をまとめて後方へ押し飛ばす。
一際強大な魔力が剣に込められた。
アグニの規格外の膂力による剛撃が来る――一度でも彼の戦いを見ているものならばそれを察する兆候。
ジンヤを、ハヤテを、フユヒメを戦慄させ、藁屑のように弾き飛ばしてきた一閃が放たれる。
だが――、
ドォォン……と爆撃のような金属音が夜空へ轟く。
「っくぅ~……効くうぅ~!」
アグニの一撃を、ランスロットは受け止めていた。
そこへさらに新たな影が。
「ランス、上!」
「ちょっ……!? マジか!?」
ガウェインの声で弾かれたように後ろへ跳ぶランスロット。
そこへ銃弾が叩き込まれた。
「アッハハァ! なにこれ、面白いことになってじゃん! アンタらとも戦えるなんてお得だなァ!」
哄笑しながら弾丸を吐き出すのは、空噛レイガだ。
「っぶねー! レイレイまで……パリピが集まってきてパーリー本番って感じ?」
弾丸が地面に落ちて澄んだ金属音を奏でていく。
ランスロットがかざした手の先には、不壊の魔力が展開され、弾丸を防いでいた。
「……おいおい、どうなってんだよこりゃ」
「状況が入り組んできましたね……」
そこへ駆けつけたのは、トキヤとユウヒ。
現在この場所には、アンナを中心に、三つの勢力が集まっていた。
アグニが率いる《使徒》。
ユウと、彼が雇ったガウェイン、ランスロット。
そしてアンナを追うトキヤとユウヒ。
一人の少女を報酬とした争奪戦が、幕を開けた。
◇
「結局こうなっちまうか……しゃーねェとは言え、タイマンじゃねーのは燃えねえな」
「貴様の嗜好はどうでもいい。この形に持ち込んだ時点で終わりだ、さっさと片付けるぞ」
真紅園ゼキ。
蒼天院セイハ。
騎装都市の最強の第1位と、第2位。
ジンヤは再び絶望的な局面を迎えていた。
今宵、彼の絶望と希望が乗せられた天秤は激しく揺れ続けている。
アンナの真実、ハヤテの助太刀……そして今、再び天秤は絶望へと大きく傾いた。
セイハとゼキを同時に相手にしての勝算は……皆無だ。
両者共に、一対一でも勝てるかどうかわからないのだ。
であれば逃亡か――それも不可能だ。背を見せれば、セイハの時間停止によって捉えられるだろう。
立ち向かおうが、逃げようが、末路は決まっている。
ならばやはり、再びハヤテと連携を取るしかない。苦肉の策ではあるが、最善に思えた。
隙を見て氷壁を壊す方法を探そう――そう方針を決めたジンヤだったが。
たった今決めた方針を引き裂くように、ジンヤの周囲に巨大な氷柱が突き立った。
ジンヤの動きを制限するように、彼を取り囲んだ巨大な氷柱。
さらに。
「こんな燃えねえ戦いは、さっさと終わらせるに限る」
爆発による加速でこちらへ迫るゼキ。
逃げ場がない。
迎え撃つしかない。
だというのに――。
ゼキの背後に控えるセイハが、頭上へ手をかざしている。
そこには一際鋭い氷槍が。
ゼキの攻撃を防いでいる間にあれを放たれたら、回避のしようがない。
だが周囲の氷柱によって、逃げ場もない。
詰み、という言葉が浮かんだ。
刹那――、
銀閃が、舞い降りた。
一瞬にしてジンヤと取り囲んでいた氷柱が斬り裂かれ、さらにゼキに斬撃が叩き込まれて彼を弾き飛ばした。
「…………なにをしてやがる、テメェは」
「龍上君……?」
月明かりが、銀髪を照らし出す。
ジンヤとゼキ達の間に悠然と立つのは、龍上ミヅキだった。
ミヅキは苛立たしげな足取りでジンヤに向かっていくと、彼の胸ぐらを掴み上げた。
「何してやがんだって聞いてんだよッ、刃堂ジンヤッ! テメェ、剣祭勝ち上がる気あんのか、あァ、オイ!?」
「そ、れは……」
《ガーディアン》の妨害。
そんなことをすれば剣祭を失格になって当然だ。
ジンヤもわかっている。それでもアンナを見捨てることなんてできなかった。
だが、ミヅキはそれが許せない。
今の彼は、ただジンヤへ再戦をするためだけに、その人生の全てを賭している。
それなのに、彼は今、宿命の再戦が待つ舞台から降りようとしている。
許せるはずがなかった。
そんなに軽いものだったのか。
ジンヤとミヅキは、まるで正反対の存在だ。
性格も、在り方も、その身に宿した才能も、歩んできた道も、なにもかも。
それでも、最強を目指すという想いだけは同じだと思っていたのに。
その裏切りだけは、ミヅキは許すことができなかった。
「……屍蝋の潔白を証明する勝算はあんのか?」
激情から一転、静かに問いかける。
「……わからない」
「なんの勝算もなく、屍蝋を助けるつもりか」
「……ああ。そうだ……今はわからないことだらけだけど……それでも僕は、アンナちゃんを見捨てることはできない」
「……クソが、途方もねえ馬鹿かよテメェは……」
大きなため息を吐き捨てるミヅキ。
胸ぐらを掴んでいたジンヤの体をゴミのように投げ捨てる。
そして彼は――ゼキとセイハに向かって、銀の野太刀を構えた。
「龍上……貴様まで……。どういうつもりだ?」
「見ての通りだ。オレが欲しいのはこの馬鹿との再戦だけだ。今こいつが捕まれば、こいつの剣祭は確実に終わる。だったら、この馬鹿が屍蝋の潔白を証明する可能性に賭けるしかねェだろうが」
「……貴様も大概、馬鹿な理屈を吐いているがな……」
「でも、嫌いじゃねーなァ……そーゆーの」
セイハが眉間に皺を寄せて、ゼキが嬉しそうに笑った。
「ミヅキよぉ……テメェの気持ち、めちゃくちゃわかるぜ。そうだよなぁ……負けっぱなしで逃げられちゃたまんねえよなあ……」
牙剥くような獰猛な笑みを浮かべ、両の拳をぶつけながら、ミヅキのもとへ歩み寄るゼキ。
「あーあ……いいねェ、そーゆーの。オレもそっち側のノリが良かったけどよ……でもまあ、オレもオレで、人生賭けてえ戦いが待ってんでな。だから、譲れねえわ、テメェと一緒でな」
ミヅキもまた獰猛に笑う。
待ち望む再戦があるという共通点を持つ二人の笑みは、どこかよく似ていて――、
次の瞬間、真紅のガントレットと銀の野太刀は激突していた。
「ならば順当に、俺と貴様だな……刃堂。無駄だと思うが、再度問おう――退く気は?」
「……当然、微塵もありませんよ」
ハヤテを、ミヅキを巻き込んだ。
最初から退けなかった。だが今、もっと退けなくなった。
ここに三つの戦いが生まれた。
ジンヤVSセイハ
ミヅキVSゼキ
ハヤテVSセイバ
ジンヤの助けになることを願う者。
ジンヤとの再戦を望み続ける者。
これまで彼が歩んできた道で、刃を交えて来た騎士達が、彼のために刃を振るう。
◇
ジンヤとアンナ。
二人を中心とした戦局が二つ。
混沌とした戦いの夜は続く。




