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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第11話 夏の夜空に、想いを咲かせて


 Bブロックの試合が行われた翌日。

 商業エリアの駅を出ると、そこには屋台が立ち並んでいる。

 蝉の声、屋台から仄か香る食べ物の匂い、浴衣を来た人々が皆楽しげな表情で歩いて行く。

 ジンヤはそんな光景を一人・・で眺めていた。

 というのも、ライカとアンナは浴衣を着てくるらしく、ジンヤよりも早くホテルから出ていってしまった。

 待ち合わせの方が雰囲気が出る、とも言っていた。女子の拘りに口を出す気はなかったのでジンヤもそれを了承。


 そんなわけで、夏祭りだった。

 

 祭りの雰囲気は好きだった。

 小学生の頃は、今よりも活発で強引だったライカに連れ回された。

 中学の頃はハヤテと「男二人で馬鹿みてーだよな」なんて言いながら屋台を食べ物を制覇する勢いで食べ歩いた。

 しきりにナンパを始めようとしては、ジンヤに「ナギさんがいるでしょ?」と突っ込まれていたが、今から思えばあれはただの冗談だったのだろう。

 ……彼女持ちだというのに合コンに来るような知り合いもいるが。

 ゼキとハヤテは、常に自信に満ちあふれていて女好きなところが似ているかもしれない。

 だからだろうか、あのよくわからない合コンの時からゼキはジンヤにとって良き先輩であり良きライバルのような存在になっている。

 なんてことをジンヤが考えていると――


「じーんやっ♡」


 背後からアンナが抱きついてくる。多少驚いたが、ここ最近でもはやお馴染みになりつつあった。なっていいのか、とは思うが。

 


「ちょっとアンナちゃん!? もうっ、また勝手にジンくんに引っついて!」

 

 遅れてやって来たライカ。

 

 そして――ライカとアンナの二人の姿を見て、ジンヤは固まってしまう。


 浴衣に身を包んだ二人。

 ライカは白地に青色の桔梗柄。清廉で爽やかな雰囲気がライカに似合っていた。結い上げた金髪を夕陽が照らし、垣間見えるうなじに自然と視線が引き寄せられてしまう。

 アンナは彼女の艶やかな黒髪に合う黒地に、赤紫の朝顔柄。彼女の髪と瞳の色である黒と赤、それに近い配色の浴衣はよく似合っていた。大人っぽい黒を纏う少女は、幼いながらもどこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 ちなみに、ジンヤの知る由もないことではあるが。

 ライカの桔梗柄には『変わらぬ愛』。

 アンナの朝顔柄には『私はあなたに絡みつく』。

 というような意味が込められていたりする。


「……えと、二人ともすごく綺麗だよ……」


 頬を染めて喉を鳴らしつつなんとか言葉を紡ぐ。


「……まあ、リアクションとしては満点だけど……、」

「らいかさんとまとめてっていうのが気に入らないです」

「……それは私もだよ?」


「ま、まあまあ二人とも……。……うん、本当に綺麗だ」


 思わずという感じにまた賞賛を零す。


「も、もう~……そんなに何度もっ」

「えへへぇ……やったぁ……じんやに褒められた♡ じんやも世界で一番かっこいいよっ! すっごく似合ってるっ!」

「あっ……またそーゆー! うん、ジンくんもすごくかっこいいよ!」

 ジンヤも一応、黒の甚兵衛を着ていた。いつもの服装でいいかと思っていたのだが、さすがに女性陣がここまで気合を入れておいて自分はなにもしないというのは気が引けたのだ。

 

「ありがとう。それじゃ、いこっか」


 そうやって、三人の夏祭りは始まった。


 □ □ □


 ざっと屋台を一通り冷やかし、ひとまずそれぞれ食べたいものを買って、ベンチに腰掛けた。

 ジンヤを中央に右にライカ、左にアンナ。

 

「じーんくんっ」

「ん?」

「はい、あーん」


 ライカがたこ焼きを一つ、差し出してくる。


「ははっ、僕も買ってるのに」


 彼の手元にもたこ焼きのパックが。

 ジンヤは少し照れつつも彼女が差し出すたこ焼きにかぶりついた。


「おいしい?」

「うん、すごく」


「…………ずるい」


 ジンヤとライカがイチャつく様を見せつけられて、アンナの瞳から光が失せた。


「……ん、はい、アンナちゃん」


 恨めしそうに、羨ましそうにしていたアンナへ、ジンヤがたこ焼きを差し出す。


 アンナはぱっと笑みを咲かせて幸せそうにたこ焼きを頬張る。


「あちゅ……あひゅ……う~ん……じんやの味……おいしい♡」

「……たこ焼きの味じゃない?」


 幸せそうなアンナに真顔で突っ込むライカ。

 

「…………いいんです~、じんやがくれたものならなんだっておいしいに決まってるんですから……ってちがうっ! ちがうよじんやっ!」

「え、なにが……?」

 

 幸せそうに頬を抑えていたアンナが一変。

 頬を膨らませて怒り出した。


「『あーん』してほしかったんじゃないよっ……! もちろん、それもとってもとっても本当に、すっごく嬉しくて、今日帰ったら、じんやが爪楊枝をたこ焼きに刺してからこっちに差し出してくるまでを丁寧に『びょうしゃ』する日記を書くけど! それはおいといてっ!」

「う、うん」

「アンナはね、『あーん』したかったの! アンナはじんやに子供扱いされるよりは、したいよ! もちろんされるのもうれしいけどね? じんやにされるならなんだってうれしいけどね? でもアンナも『あーん』したいよっ! そっちのほうが……彼女みたいでしょ?」


 くわっと目を見開いたライカが、『彼女は私なんですけど!?』という顔でアンナを睨んでいた。


「え……じゃあ、していいよ?」

「いいのっ!?」

「うん」


 軽く頷くジンヤ。彼からしたらそれくらいお安い御用だ。


「はい、あーん♡」


 彼女も買っていた自身のたこ焼きを、ジンヤへ差し出す。

 ジンヤがそれにパクリとかぶりつくと、


「ん~~~~~♡♡♡」


 嬉しそうに微笑みつつ、ゾクゾクと体を震わせていた。まるで自分が優位に立ったかのような行為をジンヤにできるのがたまらなく嬉しいようだ。

 アンナはこれまで、誰かに助けられるばかりだった。誰かに施しを受け続けた彼女の中で、施しを与えたいという欲求が燻っているのだろう。

 それがジンヤへの愛と結びつき、ジンヤへこうして施しを与えているかのような構図になっているのは、彼女の中ではたまらなく興奮することなのだ。

 

「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

「えへへぇ……おいしいって……やったぁ♡」


「……それ、たこ焼き屋のおじさんがすごいと思うんだけどなー?」


 二人だけの世界に入りそうなところに水を差すライカ。


「……らいかさんもあーんしてくれていいですよ」

「……?」


 不思議に思いつつ、アンナへたこ焼きを差し出す。


「うーん、なんでしょう、タコの代わりに消しゴムでも入ってるんですかねこれ」

「入ってないよっ! たこだよっ! それ私にもたこ焼き屋のおじさんにも失礼だからね!?」 

 

□ □ □


 それからもまた三人で屋台を見て回る。

 初めての夏祭りであるアンナは、何を見ても楽しそうだった。

 次にアンナが興味を示したのは、ヨーヨー釣りだった。

 すれ違った少女が、楽しそうにヨーヨーを弾ませているのに、物欲しそうな目を向けていた。

 意気込んだアンナがいざ自分でヨーヨーを取ろうとすると……、

 下手くそであった。

 気持ちが逸って、物凄い勢いで空振りしていく。

 見かねたジンヤが代わりに取ってやろうとする。

 剣技において、己の体を完全に把握し、支配し、操作できなければ成立しない技はいくつもある。精密な身体操作が可能なジンヤからすれば、ヨーヨーについているゴムの先、そこにある輪に釣り針を通すことなど、そのままヨーヨーを手づかみするのと大差がない。

 ジンヤが取った赤いヨーヨーをアンナに手渡すと、


「ありがとう、じんや……じんやだと思って一生大切にするね♡」

 

 ヨーヨーに頬ずりしながら、うっとりとした顔で告げるアンナ。


「いや……アンナちゃん、ジンくんをぽんぽんぽんぽん弾ませる気?」

「らいかさんうるさい」

 

 ぽむっ、とアンナはライカにヨーヨーをぶつけた。


 □ □ □


 ライカが射的をしている時だった。

 何発か狙いを外すと、見かねたジンヤがライカに密着して構えを直し始める。


「……ん、ぁっ」

「あ、ごめん……」


 胸に腕が当たり、ライカが色っぽい声を漏らす。


「ううん、平気……続けて?」


 ただ射的をしているだけだというのに、浴衣も相まってやたらと妖艶に見えた。

 ……それを見て黙っているアンナではなかった。


「……へんたいっ、いんらんっ!」


 ぽむぽむぽむぽむっ! とヨーヨーをライカにぶつける。


「……あっ、外れちゃった……もう、アンナちゃん?」

「じんやを『ゆうわく』しないでください」

「するよ! 彼女なんだから! ……い、今のは別にそういうつもりじゃなかったけど」

「ずるい……」


 ぽむっとヨーヨーをライカの胸にぶつける。すると、ライカの胸も弾む。

 

「おお……」

 

 その様に目を奪われたジンヤを見て、アンナはまたライカ(の胸)に憎悪を募らせる。


「……うう、ずるい……」

「ふふっ、残念だったねアンナちゃん、来世ではもう少し立派に生まれることを祈ることね」

 

 腕組みをして胸を押し上げてその豊満さを強調し勝ち誇るライカ。

 性知識がないライカではあるが、さすがにジンヤが自身の胸に注ぐ熱視線に気づいていないわけではない。

 彼も男だ。その視線に対し、照れこそあれ嫌な気持ちは少しもない。ジンヤは恐らく気づかれてないと思っているだろうが、よくちらちら胸元を見ていることは気づいているし、その度にジンヤも自分の体に強い興味を持っているのかと思うと、ドキドキしてしまう。


「……『からだめあて』なんてすぐ冷めますよ(ぼそっ)」

「体目当てじゃないっ!」

 

 即座に否定するライカ。


「じゃないよね……?」


 不安になって、ジンヤへ問いかけてしまう。


「当たり前じゃないか……もちろん、その……体、というか、中身というか、全部好きだけど」


 真剣な顔で恥ずかしいことを言ってのけるジンヤ。


「のろけないっ!」


 ヨーヨー攻撃がライカを襲う。自爆。そして八つ当たりであった。


「まったく油断ならないですね、らいかさんはもう……」


 ぽむぽむぽむっ……と怒りに任せてアンナはヨーヨーを弾ませた。


 □ □ □


 それから三人は、屋台が立ち並ぶ通りから少し離れたところにある公園に来ていた。

 ベンチに腰掛ける三人。

 あまり人気がなく、これから始まる花火を見るのにちょうどいいということで、しばらくここに座っていることにした。


「……楽しかったね」

 

 ぽつり、とライカがこぼす。


「うん、楽しかった」

「なんか、昔を思い出しちゃった。よく行ったよね、夏祭り」

「そうだね……あの頃は、僕はライカについていくので必死だったけどね。ライカ、あれも食べたいこれも食べたいってわがままでさ」

「もう~……昔の話でしょ?」


 ライカは今とはまったく違う、男勝りだった時代の話をされるのがあまり好きではないようだ。

 でも――ジンヤはその頃の話をするのが好きだった。

 なぜなら、ジンヤを救ってくれたのは、あのライカだから。

 もちろん、あの頃と今を区別する意味はないし、両方同じようにライカだ。

 それに、今のライカだって、龍上ミヅキに敗北し、全てを諦めたジンヤを救ってくれた。

 だが最初の救い――あの、なにもない、ひとりぼっちだったジンヤを救ってくれた、最高に格好いい少女は、ずっとジンヤの最初の憧れとして胸に強く刻まれている。


「……僕も、昔の自分はあまり好きじゃないけどね」


 なにもなかった自分。

 父親に見捨てられたと思い込んでいる、才能も夢も友もない、暗い弱虫な少年。

 変えてくれたのは、ライカだ。


「私は、昔のジンくんも好きだけどね」

「え、なんで?」

「……だって」


 そしてライカは語り始める。

 かつて一緒に夏祭りを回っていた頃、ライカは好き勝手に歩き回ったあげく、ジンヤとはぐれ、端末も落として迷子になってしまった。

 その頃のライカは、ガキ大将さながらで、いつも強気で、男になど負けない強い自分であることを誇りにしていた。

 だから、迷子になったくらいなんでもないと思っていた――いや、思い込もうとした。

 無理だった。

 怖くて仕方なかった。

 どれだけ強がろうと、中身は年相応の少女だったのだ。

 その事実も、悔しかった。

 いつしか涙が溢れてきて、怖くて、その場に座り込んでしまう。

 もうずっとこのままなのではないか。

 子供の時分にありがちな、極端な妄想が彼女を蝕む。

 その時だった。


『――やっと見つけた』


 今から思えば、その時の彼は、現在の彼に重なる。

 まだ自分の後ろをくっついてくる弱っちい少年だと思っていたのに。

 彼だって、一人で心細かったはずなのに。

 彼は、ずっとライカのことを探して走り回っていたのだ。


 汗だくで、涙目で、みっともないその少年が。

 ライカにとっては、どうしようもなく格好良かった。


「……あったね、そんなことも」


 照れくさそうに、ジンヤは笑う。


「ジンくんのことを好きってちゃんと自覚したのは、私がアルムってわかって、騎士の夢が断たれて落ち込んでるところを救ってくれた時だけど……きっと、その頃には好きだったんだと思うな。全然気づいてなかったけど」

「……そっか。僕は初めて会った時から好きだけどね」

「~~~~っ……もう、……反則っ」


 真っ赤になって、ジンヤの肩を強く押すライカ。

 ジンヤの体が揺れ、逆側に座っていたアンナにぶつかってしまう。


「あ、ごめ…………あっ……アンナちゃん……」


 アンナの顔はぷくーと膨れ上がっていた。真っ赤に膨れ上がった顔は、彼女が苛立たしげに叩いているヨーヨーのようだ。


「……ずるい……ずるい……アンナには、夏祭りの思い出なんてないのに……」

「ご、ごめんね……。でも、今日できたよね?」

「……うん」

「来年も来ようね」

「……うんっ! その時はアンナがじんやの彼女だよ?」

「えっと、それは……」

「ありえない。だって私とジンくんは誰にも負けないもの」

「……むぅーっ! らいかさんのよゆーぶった顔、きらいですっ!」


 ぷい、とアンナは顔を逸してしまう。ジンヤにも、ライカにも顔を見られないように。

 

 だって、泣いてしまいそうだったから。

 自分の知らないジンヤ。

 今よりもずっと幼いジンヤ。

 その彼を知っていて、その彼と一緒に過ごしていて、その彼にずっと昔から、出会ったころから好かれている。

 ずるい……ずるい……。

 どうしようもない。

 過去に戻る方法なんて、ない。

 自分が出会った頃にはもう、ジンヤの心はライカのもので、自分には最初から入り込む余地なんてなくて……。

 だったら自分の恋は、愛は、一体なんなのだろう。

 許せない。

 ずるい……。

 そんなどうしようもない気持ちが溢れて、涙になってこぼれてしまいそうになる。

 嫌だ。

 そんな顔、見せたくない……。


 アンナがそう願った、刹那。

 

 ぱっ、と――漆黒の夜空を、花火が鮮やかに彩る。


 アンナは、その様に目を奪われた。

 全然違う。

 ジンヤに置いて行かれて、ふてくされながら眺めた花火とは、まるで別物だ。

 火薬の匂い、音、浴衣を着て……それになにより、横には大好きなジンヤがいる。

 ジンヤの横顔を盗み見る。

 花火に目を奪われているジンヤを見つめる。

 今なら涙をこぼしても、気づかれることはない。

 今ならジンヤのことをいくら見つめても気づかれることはない。


 アンナは花火に感謝した。

 そして。




「    」




 その言葉を、口にした。


 気持ちが溢れていく。


 アンナは、どこかでわかっていた。

 わかろうとしていなかった、わかりたくなかった。

 理解を拒否し続けていた。

 でも、わかってしまった。


 きっとジンヤが自分のことを、恋人として好きになってくれることは、絶対にない。


 ジンヤとライカは、自分がジンヤに出会う遥か以前から強く結びついている。

 でも。

 それでも……諦められない。


 思い出す。

 彼を好きになったことを。

 

 初めて出会った時、ジンヤはリボンをまいてくれた。

 それから、かつて自分をいじめていた相手に捕まってしまった時、助けてくれた。

 

 そして――これはハヤテが出ていってしまった後に起きた事件。

 

 アンナは一度、騎士に誘拐されている。

 その時も、ジンヤが救い出してくれた。

 何度も何度も、ボロボロになりながら、それでもジンヤは諦めなかった。

 アンナは叫んだ。

『もうやめて……アンナはどうなったっていいから、逃げて……っ!』

 それでも、ジンヤは諦めなかった。

 どうしてだろう、とアンナは思った。

 記憶のない彼女は、信じられるものが少ない。

 僅かに残った両親の記憶から、彼女は親子の繋がりというものを強く信じている。

 だけど、他人は違う。

『なんで……なんで、じんやっ!? なんで家族でもないアンナのためにそこまでするの!?』


『……家族だと思ってたのは、僕だけかな』


 そう――ジンヤにとって、アンナはもう家族も同然だったのだ。

 ずっと一緒に暮らしていたから。

 強くなろうと頑張り続けるジンヤを、見守っていてくれたから。

 だから、ジンヤにとってアンナは、大切な妹なのだ。

 

 アンナは呟く。


「……妹じゃ、いやだよ……」


 その声は、かき消させる。

 花火の音が轟く。




「    」




 その声は、かき消される。



「じんや、    」



 溢れてしまう。

 もう、止められない。


 そっと、彼の耳元へ口を寄せて。


 夜空には一際大きく美しい、赤色の花火が咲いた瞬間――

 



「じんや、だいすき」




 彼にだけ届く、言葉。


 ジンヤは、こちらを向いて優しく微笑む。

 

 違う。

 声は届いても、想いは届いてない。 

 その『だいすき』じゃない。

 妹なんかじゃない。

 恋人としての、『だいすき』なのに。

 届かない。

 それでも、それでも……。


 花火が終わって、静寂と暗闇が辺りを満たす。

 それらを斬り裂くように、アンナは叫ぶ。





「……じんやっ! アンナは、じんやのことが――――」





 伝えようと思った。

 届かなくても、それでも。

 今この時だけ、約束を忘れた。勝負に勝ったら、ジンヤは自分のものになる。きっともし勝負に勝っても、律儀にジンヤが約束を守って、自分のものになるといっても、心は手に入らない。わかっている、そんなことは。

 それでも。

 絶対に叶わないとしても、アンナはそれに手を伸ばすことをやめられない。

 だって全てだから。

 記憶がない、何もない自分にとって、ジンヤは全てだから。


 この愛は、なによりも大切なものだから。

 

 



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