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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第5話 〝最速〟の戦い/チェイス・ファインバーグ VS 夜天セイバ



 トキヤ対ランスロットの試合の直前、客席ではこんな一幕があった――。


「じーんやぁ♡」

 

 甘く蕩けるような声音で名を呼びながら、ジンヤに抱きつく少女。


「……ちょ、アンナちゃん!? いつの間に!」


 たった今、この会場全体を震撼させた件の少女が、どういうわけかジンヤの背中に張り付いている。少女特有の柔らかさ――それとは真逆の肉付きの少ない骨張った硬質さ。胸が腹が腕が髪が脚が、様々な部位がジンヤに擦り付けられている。

 元々のアンナの甘やかなな香りと、試合後の微かな汗の匂いが混じり、独特の芳香が生まれ、鼻孔を擽る。

 

「アンナちゃん、試合でかなりダメージを受けてたけど大丈夫なの?」


 ジンヤはそんな、どこか抜けたような質問をする。いや、アンナを案じるならそれは真っ先に気にして然るべきではあるが、彼の横で幽鬼の如き暗い形相をしている彼女ライカのことを考えれば、まず背中に張り付いたアンナを引き剥がすのが先決なのだが。


「へーきだよ? じんやにあったら治っちゃった!」


 そんなはずはなかった。

 開幕直後の一撃。さらに試合終盤のダブルノックアウト。こうして平然と歩き回っていられるようなダメージではないはずなのだが、狂愛の少女にとってそんなものは最愛の少年に比べれば些事に過ぎないらしい。


「ダメだよ。まずは医務室で診てもらって、異常がないかどうかだけは絶対に確認しておかないと」

「ええ~……でも、そうしたらじんやといられる時間が……ね、じんや、次の試合……一緒に見よ?」

「アンナちゃんが嫌がるなら、引きずってでも連れていくけど?」

「ゃん……♡ じんや、引きずって♡」

「……はぁ……仕方ないなあ」

 

 ジンヤは背中に張り付いていたアンナをそのまま背負って、立ち上がる。


「ん~……♡」

 

 愛おしそうに頬ずりしてジンヤの背中を堪能するアンナ。


「これ、すき……ひさしぶりだね、これ」

「そうだね。師匠のところにいた時はこういうこともよくあったね」

「…………はい? よくあった・・・・・?」


 幽鬼ライカがジンヤの顔を間近から覗き込む。


「え、ライカ……なにか勘違いしてない? アンナちゃんは妹みたいなもので、だから別に妹をおんぶするくらいは普通というか……」

「……ふぅーん……妹ねえ~……?」


 釈然としない。

 ジンヤとアンナでは、互いの認識に決定的なすれ違いがある気がする。

 ジンヤは、アンナと妹のように、家族のように大切に想っているのは、先刻のやり取りでも察せられる。

 だが。

 アンナのそれは、明らかに常軌を逸している。あれは断じて兄のような存在に向けるものではない。女が男を愛するそれだ。同じ女としてよくわかる。そもそもアンナの場合、露骨すぎて誰にでもわかるだろうが……それがどうしたことだろう、この鈍感朴念仁ジンヤには、そこがわかってないように思える。


(……なんだろう、この感じ)


 アンナがどこかおかしい、というのは一目でわかる。

 だがその異常を許容――どころか、あまり気にしていないジンヤにも、何か違和感を覚える。

 ジンヤとは六歳の頃に出会って、そこから十二歳までの六年の付き合い。

 それから、今年の四月に再会。

 そして正式に彼氏彼女として付き合うことになった。

 中学の三年間で、ジンヤは大きく変わっていた。

 情けない少年が、頼りがいのある一人の男に成長していた。

 だから――幼馴染である自分は、ジンヤのことならなんでも知っていると思っていたけれど、その認識は改める必要があった。

 自分のために変わってくれた。

 強くなってくれたジンヤ。

 再会し、付き合ってからは、『なんでも知っている』――いや『なんでも知っていた』……その彼のことを、もう一度全て知ろうとする日々だった。

 ハヤテのことに関して言えば、納得感があったのだ。あれ程ジンヤが強くなったのには、彼や師匠であるオロチの存在があった。そう考えれば激的な変化も納得できる。

 自分のためだけに変わったのではなかった、というのは少し驕っていたことが恥ずかしいし、妬けてしまうが、そこまで全てを独占したいと思っては少し歪だろう。

 彼氏に少し自分以外に大切なものがあっても、どうということはない。

 彼が大切なものは、自分にとっても大切なものだから。

 それに、ハヤテとの縁のおかげで、ナギという素敵な友人も出来た。

 ――――だが、アンナはそれとは話が違う。

 ハヤテとの話を知った今、アンナという存在はライカにとってジンヤと離れていた過去三年間最大の閉ざされた謎ブラックボックスなのだ。

 ジンヤとアンナの過去も謎なら、アンナという少女自体も謎だ。

 謎だらけ。全てを知っているはずの少年が持っている、何もわからない部分。

 そしてそのアンナは、明確に自分に敵意を向けてくる。

 面白くない……どころか、とても不満で、恐怖で……だが、怖気づくつもりも、引く気もない。

 刃堂ジンヤの彼女は自分なのだ。

 頂点を共に目指すと誓ったのも自分だ。先に出会ったのも、先に彼を好きになったのも自分。

 だから、ライカは謎からも敵からも、逃げるつもりは少しもなかった。

 

「……アンナちゃん、自分で歩けるでしょう? それに花隠さんもいるんだし、ジンくんがついていくことはないんじゃない? ちょっと薄情かもだけど……次の試合で戦う人達も、これからジンくんと戦う相手になるかもしれないんだよ?」


 ちくり、と僅かではあるが鋭い痛みが胸を刺す。

 ついていかないで。本音はそれだ。建前に騎士の理屈を使った。次の試合を見るのは、ジンヤにとって大切だ。

 アンナにばかり構わないで。もっと自分を見て。そんなに過保護なのって、ちょっと変じゃない? 本当に『妹』なの? もしかして――……。

 なんて。

 

(……なんて、私……嫌な女かな……)


 風が吹いて、金色の髪を揺らした。

 ライカは哀愁を噛み殺し、無理のある笑顔を浮かべる。


「えっと……」


 逡巡するジンヤを遮るように、アンナは言う。


「……そうですね。確かにらいかさんの言うとおりです……、アンナがじんやの邪魔をするんじゃ、『ほんまつてんとー』にもほどがありますから……」


 ジンヤの背中から降りて、しゅんと俯いてしまうアンナ。

 アンナとしても、ただジンヤとベタベタできればいいという訳でもないのだ。

 彼女は彼女なりに、ジンヤのことを考えている。ジンヤが研究熱心なことも知っているので、『試合を見る』という行為をたかがと侮ったりはしない。それも戦いの一部だと理解できる程の実力も備えている。

 なので、ジンヤの邪魔になることは、アンナの本意ではないのだ。


「アンナちゃん……」

「うん……いいの! いいよ、じんや! アンナ、ひとりでへーきだよ? エイナもいるもん。だからじんやはちゃんと試合見ないとダメなんだよ?」

「……もし検査がすぐ終わって、異常がなければ、この次の試合は一緒に見ようか」

「え……いいの!? やったあ! じんやだいすき……もとからだいすきだけど、今もーっと好きになった! じゃあすぐ終わらせてくるね! エイナ、いこっ!」

「ええ、参りましょうか。それではジンヤ様、ライカ様、また後程」


 そう言ってアンナとエイナはその場を後にした。

 ひとまずこの場は、ジンヤの苦し紛れな機転で暗い雰囲気になることはなかった。

 なかったが。


「むくぅー……」

 

 ジンヤが席について横へ視線をやると、頬を膨らませたライカがこちらを睨んでいた。


「……ど、どしたの」

「顔見ればわかるでしょ」

「怒ってる」

「なんでだと思う」

「……アンナちゃん?」

「正解」

「……いもう、」

「――妹って言っても、限度ってあると思うな~、妹でもな~……」

「うう……そうかな?」

「……うーん……わかんない。私もジンくんも一人っ子だもんね……。キララちゃんとかに聞いてみようかな……」

 

 そんなことを話してる内に、次の試合の時間を告げるアナウンスが流れる。そうして自然と話題は次の試合や、今の試合へ移っていく。

 

 今は深く追求できなかったが、いずれはジンヤとアンナの過去、アンナのジンヤへの執着、ジンヤがアンナと接する時の『違和感』……これらについて、ライカは知らなければならないと固く誓った。

 大好きな彼と付き合う上で、大切なことだ。いい加減にしたままではいられないだろう。


 □ □ □


 そして、トキヤ対ランスロットの試合が終わり、次の試合を待っている時だった――。


「じーんやぁ♡」

 

 甘く蕩けるような声音で名を呼びながら、ジンヤに抱きつく少女。

 

 ループしている……とライカは頭を抱えた。

 それからアンナを引き剥がし、彼女とエイナ、そしてライカとジンヤの四人で試合を見ることになった。

 次の試合は、夜天セイバ対チェイス・ファインバーグ。


 夜天セイバは、黒宮トキヤと同じく前回大会ベスト4の実力者。当然注目度は高い。

 反して、チェイスは事前の情報が少ないので、観客達からすれば未知の選手。

 だが、ジンヤにとってはチェイスも注意すべき相手だった。

 ジンヤは端末であるファイルを開いている。 

 

 ルッジェーロ・レギオン

 チェイス・ファインバーグ

 ハンター・ストリンガー

 アントニー・アシュトン

 レヒト・ヴェルナー

 ルピアーネ・プラタ

 ライトニング・ヘッジホッグ


 セイハから受け取った、『外部からの刺客の可能性が高い選手』のリストだ。

 チェイスはリストに名前があった。

 

 ――ジンヤが知る由もないことだが、ガウェインやランスロットも、細かい目的は違えど、大枠では同じ《終末赫世騎士団》の息がかかった選手だ。

 だが、ガウェインやランスロットには、本国での学生としての『表の顔』がある。

 なので経歴としては疑う部分がなく、《ガーディアン》の捜査の目をすり抜けているのだ。

 

 彼らの思惑はわからない。

 だが、油断できない相手だ。それに、もしも彼らがこの大会を汚すようなことをするつもりならば――ジンヤは許すつもりはなかった。

 だが逆に、彼らが正々堂々と真正面から戦うのならば、ジンヤは彼らに対し何かをするつもりもない。ただリングの上で決着をつけるだけだ。


 人の数だけ――いいや……人の数、そして人が持つ目的の数、人と人の関係、利害……それらが無数に掛け合わされ、混沌とした蠱毒の様相を呈す剣祭。

 これが何を生み出すのか。

 その輪郭を知る者は、そう多くはない。


 □ □ □


 セイバが選手控室を出て、これからいざ試合――という時だった。

 彼目掛け、ナイフによる鋭い一閃が放たれる。

 人差し指と中指で、ナイフを挟み込み、相手の手からそれを奪い去って、ぽいっと乱雑に床へ放り捨てた。


「あう……っ!」


 慌ててナイフを拾い上げて、大事そうに抱きかかえる少女――灼堂ルミア。


「もう……乱暴に扱わないでよ、お気に入りなんだから」

「いや、まず俺の命が乱暴に扱われそうになったんだが」

 

 真っ先にナイフの心配がされたことにツッコミを入れるセイバ。

 ――ルミアには、殺人衝動がある。

 彼女は普段は一見すると平凡な少女なのだが、セイバを前にすると一転、彼を『アイしたい』という気持ちが抑えられなくなってしまう。

 なんでも、好きな相手であればある程殺したくなってしまうそうで、セイバ以外にはこんな気持を抱かないそうだ。

 セイバとルミアは幼馴染だ。

 ルミアはこの事実を、ずっと隠し続けていた。

 十年以上、自身が抱える歪みを隠し通してきた少女だが、ついにそれが決壊した。

 その際に、セイバどころか――この都市の暗部に関わる者達を巻き込んだ騒動を起きたのだが、事件を終えた今、セイバとルミアはこういう在り方に落ち着いていた。

 つまり、殺人衝動を我慢しなくていい。

 ルミアが言うには、完全に人を殺す快楽は『性交』に相当するもので、セイバを殺す想像や、実際に刃を向けることは『自慰』相当らしい。

 セイバは、ルミアの自慰に一生付き合うと決めたのだ。

 始めはわけがわからなかった。

 人を殺したいという気持ちも、愛しいほど殺したいという狂った理屈も、殺しが快楽だという壊れた性質も、意味不明で、恐怖でしかなかった。

 それでも。

 それでも、セイバにとって、ルミアは大切な幼馴染だった。

 セイバは、ずっと昔――初めて出会った、幼稚園児の頃から、ルミアのことが好きだった。

 その気持ちは、彼女がどれだけの異常を抱えていようと、変わらなかった。

 本来セイバは、どこにでもいるような普通の少年だ。

 

 才能がなくとも、幼馴染や親友や宿敵のためにどこまでも努力を重ね続けて夢を追うような生き方はできない。


 最愛の妹を守るために、最愛の幼馴染に見合う男になるために、幼馴染に何度も何度も戦いを挑み続けて強くなるような生き方はできない。


 拳と拳の、男と男の喧嘩こそが至高、生き甲斐、殴り合いこそが人生と確信し、戦いの道を進み続ける戦鬼のような生き方はできない。


 セイバに強さへの渇望や、戦闘を楽しむといった性質はない。

 戦いは怖い。痛い。辛い。そんなことできればしたくない。

 それでも。

 ルミアを受け入れ、彼女を守るためには、強くなるしかない。

 セイバにとって、騎士をやる理由はそれだけなのだ。全てルミアのため。

 騎士としての誇りだとか、戦いが楽しいだとか、そんなものはセイバのような凡人からすれば狂人の理屈にしか見えない。

 刃堂ジンヤも、黒宮トキヤも、真紅園ゼキも、全員等しく狂人だ。


 ……だが、当人の自覚はないが、幼馴染のためだけに剣祭でベスト4になれてしまうような彼もまた、セイバが思う『狂人』の彼らと似たようなものだろう。


 それだけセイバにとって、ルミアは大切な存在なのだ。

 たとえどれだけ、彼女がセイバを殺そうとするような異常な存在だったとしても。


「頑張ってね、セイバ!」

「おう……。お前、なにしにきたんだ?」

「ん? 何言ってるの、応援に決まってるでしょ?」

「その『何言ってるの』、ピッチャー返しで顔面に叩き込みたいからな。何言ってるの? じゃあナイフいらないだろ」

「そ、そっか……ごめんね、つい……試合前の真面目なセイバ見てたら、きゅんときちゃって……ね♡」

「『ね♡』じゃねーよ……まあいいや、頑張ってくるわ」

「うん! 頑張って!」


 愛しき幼馴染さつじんきの声援を受け、セイバは戦いの場へと向かう。


 □ □ □


 歓声に包まれる会場。

 セイバは普段『別に黄色い声とかどうでもいいですけど』みたいな態度を通してるが、彼は感性が凡人なので大勢の人間に応援されれば、照れもするし喜びもする。

 それを表には出さず、なるべく平静を装いリングの中心へ。


「セーくん、ちょっとルミアちゃんに甘いんじゃないの~?」


 セイバの横に立つ少女。

 身長はセイバよりほんの少し低い程度。女性にしては高い方だ。すらりと伸びた手足に、胸元もスタイルに見合う豊かさを誇っている。

 夜の凝縮させたような艶やかな長い黒髪が、腰まで伸びている。前髪は綺麗に右から左へ下がるよう斜めに切り揃えられていた。高3ではあるが、少女といより女性という言葉が近いような妖艶な雰囲気。

 彼女は、夜天セイラ。

 セイラはセイバの、双子の姉だ。セイバとしては、双子に姉もなにもないだろ、と思っているのだが、セイラはやたらと姉ぶりたがる。


「別に……いつも通りだろ」

「でもちゃんと強く言わないと、セーくん殺されちゃうでしょ? そしたらお姉ちゃん、泣いちゃうなあ……」

「殺されやしないよ。っていうか俺も一つ強く言っていいか? いちいち姉っぽい言動はやめろ」

「……なんでよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?」

「あーはいはい……言っても無駄か」

「もぉー、なにその態度ぉ!」

 

 むぎゅう、を抱きしめられ、艶めかしい女性の体に包まれる。


「……ちょ、離せ馬鹿姉!」

「あ、『姉』だってー♡」


(……ったく、なんで俺の周りにはこう変なやつばかり……)


 ルミアのこともセイラのことも好きだ。好きだが……疲れる。


「……まあいいか、これ以上疲れたくない……さっさと終わらせよう。

 ――《魂装解放リベラシオン・アルム》……《星喰ホシグイ》」


 くっつていくる姉を、武装化させる。

 現れたのは漆黒の刀だった。


「ヒュー、見せつけてくれるね」


 相手の選手が話しかけてきた。

 青い瞳。無造作な金髪に、右目の上あたりの一房が銀のメッシュ。

 彼の魂装者アルムであろう銀色のブーツ、その爪先で床を叩きながら、手には驚くことにハンバーガーが。試合直前だというのに、それを呑気に咀嚼している。

 見せつけてくれるのはお前だ、とセイバは思った。

 チェイス・ファインバーグ。

 ハンバーガーを食べている辺り、親切にアメリカ人らしさを出してくれているのか、それともただ本人の好物なのだろうか。


「……」


 セイバは無視した。

 刃と言葉を同時に交える趣味はなかった。

 

「ヘイヘイヘイヘイ、スルーは辛いな。どした、緊張してるのかい? 余裕ないかい? リラックスしたほうがいいんじゃないか? オレと少し話さないか? ヘイ、なあ、オイ、日本語わかるよな?」


「……悪い、日本語わからん。あと戦いながら話す趣味もない」


「嘘つけ絶対わかってんんだろ! ジョークキツいぜオイ! アー……ヤテンセイバつったか? 強いらしいじゃねえか。楽しめそうでなによりだぜ。オレはチェイス・ファインバーグってんだ。オレには信念があってな……聞いて欲しいんだが、まずそいつを理解するためにはオレの好きな映画の話しをしなくちゃだな。こいつァママの子守唄の次にリピートしたフェイバリットでな、タイトルは……おい、聞いてるか!?」


「聞いてねえ」


「聞いてくれよ! なんなんだお前! 日本人はみんなこうか!? ホームシックだぜクソったれ!」

「国へ帰るんだな」

「ったく……いいぜ、わかったよ、オーケーオーケー。あんたが無口なら嫌でも喋らせてやるよ、オレのクールなキックで、悲鳴をな。目に焼き付ける――のは、まあ無理だろうが、その身に刻みな、オレのスピードをッ!」

「知るか」


 そしてお馴染みの電子音が響き、歓声が轟く。

 騒がしいチェイスとは対照的に、セイバは静かに相手を見据え、漆黒の刀を構えた。


 □ □ □


「月までの旅行、奢ってやるぜ……吹っ飛びなッ!」

 

 開戦直後、気がつけば目の前にチェイスの姿が。

 チェイスはセイバに背を向け、体勢を沈めると右足を天に向けて突き上げた。

 直撃。

 放たれた銀靴ぎんかは、セイバの顎へ。そのままセイバの体を打ち上げる。

 隙の大きいモーションだったが、速さの次元がまるで違う。突然目の前に現れたかと思えば、モーションを終え、攻撃が放たれている。


「ぐ、はぁ……ッ!」


 体が浮かされた中で、どうにか次の攻撃を防ごうと空中で体勢を立て直そうとするが、既に遅い。

 跳び上がったチェイスが、空中で右足を振り抜いて、さらにセイバを高く打ち上げた。

 このまま落下しても大ダメージ。とにかく着地を考えねば、と激しく揺さぶられ乱れた思考の中でどうにか藻掻くセイバ。

 しかし、チェイスが信じる概念の恐ろしさ。

 ――つまり、『スピード』とはかくも恐ろしいものなのだ。


 チェイスの能力は、概念属性《加速》。

 自身を加速させるというシンプルなものだが、そこはランスロットに近いだろうか。単純だから弱いなどということは断じてなく、むしろ単純なもの程、打ち破るのに小細工は通じず、相応の力が求められる。


「ヘイ! ボールになった気分はどうだ!? だんまりかい!? 役者だな! そこまでちゃんとボールにならないでもいいんだぜ! こんなことなら、もうちょいオレとお喋りしとくんだったなあ! この様なら後は、さっき言った通り悲鳴を奏でてフィニッシュだッ!」 


 打ち上げられたセイバの落下地点に向かって疾走。

 助走をつけたチェイスの、渾身の蹴りが放たれる。


 その蹴りによって、この戦いはあっという間に決着を――――とは、ならなかった。


 空中を身を捻り、チェイスへ向き直るセイバ。身を捻った勢いのまま、刀を振り下ろす。

 黒刀と銀靴が激突。

 チェイスが大きく目を見開いた。


「ヒュー……よく反応したな、こいつであっけなく終わったと思ったが」

「あっけなく終わるのは、お前だよ」


 着地、同時にセイバは踏み込み、チェイスへ斬撃を浴びせる。

 蹴撃を斬撃にぶつけて防いでいく。

 激しい打ち合いが始まった。


(アー……? どーなってやがる……? いきなり動きについてこれるようになりやがった。ならどうして最初に攻撃を食らった? 追撃の方が速度は上がってたんだ、初撃で無理なら後はもう詰みだ、終いのはずだろ!? わけがわからねえ……!)


 拮抗しているかに見えた打ち合いだが、徐々にセイバが押し始めた。


(しかたねえ……一度下がって仕切り直すか。最大加速で離脱、


 思考が、途切れた。


 どういうわけか、身動きが取れない。

 セイバの手から、刀が消えていた。

 黒刀は、チェイスの背後――彼の影がある場所に突き刺さっていた。

 

 セイバの属性は《闇》。アンナと同じく、自身の影を操作する能力を持っている。

 さらに相手の影に、刀を突き刺すことにより、動きを封じる事もできる。

 だが、真に恐ろしいのは影の操作ではない。

 セイバは、相手の能力を無効化することができる。


『同じ闇属性、同じ相手の力を否定して、台無しにする力……親近感を覚えるよ』


 先程の控室でのセイバとトキヤの会話。

 セイバはこの無効化能力が、全ての異能を操る者から忌々しく思われることをわかっている。

 だが、セイバもまた戦いなどに興じる人間を忌々しく思うので、そういう相手からどう思われようが知ったことではなかった。

 戦いなどくだらない。そういうセイバの気質に、この能力は合致していた。

  

「悪いけど、月までの旅行は奢ってやれないな……お前はその場で崩れ落ちるんだからな」

「アー……? なに、いってやがる……?」

「もう終わりだってことだよ。動けないだろ?」

「……いやにお喋りになったな。どうしたよ? いいことあったか?」

「あったな。もうお前と喋らなくて済む。言ったろ、俺は戦ってる最中に話す趣味はないんだ。そんな俺が話してるってことは――――戦いは、もう終わってるってことだ」

 

 鈍い音がした。

 チェイスの腹に、セイバの蹴りが叩き込まれた。


「くッ……がああッ……」


 強烈な一撃が叩き込まれたにも関わらず、チェイスの体がその場から動くことはない。

 チェイスが痛みに悶えている間、セイバは悠然とした動きで刀を引き抜く。

 刀がチェイスの影から引き抜かれると、彼の体が戒めから解かれ、崩れ落ちた。

 どうにか堪えて立ち上がった時には、セイバは刀を振り上げていた。


「スピード自慢みたいだが、自慢通りスピーディーにあっさり終わってくれて助かるよ」


 黒刀が振り下ろされ――決着。

 現時点での今大会最速決着記録が更新された。


 □ □ □


「強い……ッ!」


 ジンヤは思わず拳を握った。

 黒宮トキヤも、夜天セイバも、さすがはベスト4だ。ランスロットも、チェイスも、決して容易い相手ではなかったはずだ。組み合わせ次第では上位にもなれたはずの相手。

 しかし、トキヤやセイバは別格だった。

 もしもアンナを倒したとしても、次は彼らのどちらかが相手だ。

 自身の剣祭に、楽な相手など一人だっていないのだと思い知らされる試合だった。


 一回戦、第一試合から第四試合が終了。

 これで本日行われる試合は全てだ。

 一回戦Aブロックは終了。次からのBブロックの試合は、日を置いて行われる。


 Bブロックの組み合わせはこうだ。


 真紅園ゼキ対空噛レイガ

 罪桐ユウ対蒼天院セイハ

 雪白フユヒメ対赫世アグニ

 嵐咲ミラン対ルッジェーロ・レギオン


 前回大会優勝と準優勝、最注目のセイハとゼキ。

 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》のメンバーでありながら平然と大会に出場してきたアグニとレイガ。

 さらにトキヤのライバルにして、前回大会でセイハと激闘を演じた《七家》の少女、雪白フユヒメ。

 セイハの部下《四天王》が一人、嵐咲ミラン。

 情報が一切ない正体不明の選手、罪桐ユウ。

 

 ジンヤは組み合わせを確認して震えた。

 今大会で最も激戦区と言われるBブロック。

 警戒が必要ない選手など一人もいないと肝に銘じ、今後の試合も目に焼き付けようと誓う。


 □ □ □


「……なあ、ゼキ」

「あん?」


 燃え盛るような赤髪の少年の横座る、短めの金髪にサングラスの少年。

 電光いなみつセッカ。

 彼はセイハの部下である《四天王》の一人で、かつて、ゼキとも戦ったことがある騎士だ。

 武器は義足。属性は《雷》。

 雷による加速と蹴りを主体に戦う、スピードタイプの騎士だ。

 

 そう、彼は蹴り主体のスピードタイプ。 



「…………あのチェイスってやつ、オレと戦い方被ってねえか!?」


「まー……自分以外に三十一人いたら、一人くらい被らね?」

「オレのが速えよな!?」

「知らねえよ……」


 □ □ □



 試合が終わり、会場から観客が帰っていく。

 残照か、戦いの余熱か、未だ会場は熱気に包まれていた。

 そんな場所を後にしながら歩いている最中。


「ねえ、じんや、デート……しよ♡」


 アンナは唐突に、笑顔でそう告げた。

 ジト目で睨んでくるライカ。

 エイナは楽しげに目を細めている。


 無邪気な狂愛の少女の提案に対し、ジンヤは――――。




 □ □ □


 次回


 『第六話 束の間の休息に逢瀬を 前編/女の戦い』





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