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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第4話 最後の夏に懸ける想い/黒宮トキヤ VS ランスロット・ディザーレイク

 ──ああ、負けたのか。


 医務室の天井を眺めながら、ぼんやりと現状を認識していくガウェイン。

 最後の瞬間、何が起きたのか。

 本気フェイズスリーを使うことを決意して、それから……。

 高まった熱を引き裂くような一撃。

 武装の強制解除。あんな技、『裏』の世界ですら見たことがない。

 

(……屍蝋アンナ。流石は《ピエロ》やアグニのお気に入りってところか。……まだ、彼女は自身の運命を知らないみたいだけど……どーにゃることやら……)


 ため息をつきながら、体を起こす。


「……イン子ちゃん!」


 すぐそばに、心配そうな表情のラティがいた。


「……おはよー、ラティ。……えへへ……負けちゃったね、てへぺろ」

「……私のせいです」

「……はぁ? なして?」

「私がもっと、強ければ……」

「いや、いやいや……、ないからそれ、妄想乙。ってかそもそもラティの強さを何も出せなかった感じだよね……そーゆー凶悪な技だった、アレは。初見殺しすぎるし……。でも……ガウェインちゃんがもっとしっかりしとけばなんとかなった、かもだけど……」

「でも……!」

「もー、うるさい……じゃあ、二人のせい。……でしょ?」

「それは……そうですけど……」

「……ぐだぐだ言わなーい」

 

 そう言って、ガウェインはベッド脇に座っていたラティを抱き寄せる。




「ちょ、なにを……!?」

「……うるさい」


「傷、平気なんですか?」

「……うるさい……だいたい治癒魔術で治ってるっぽい」


「なんで、いきなり、こんな……」

「……だから、うるさいって…………ひぐっ……」


「……イン子……あなた……ないて――」

「うるさい! 泣いてるわけないじゃん、こんなことにガチになるわけないし、どうでもいいし、めんどくさいしっ!」




「……そんな、だって、私達は本来の――、」

「関係ないっしょ! 負けは負け……そんだけ。ガウェインちゃんが、ラティを勝たせてあげられなかった。そんだけなんだよ……だから、もうちょっとだけ、こうしていいでしょ……?」

「……ええ、いいですよ」

 

 ラティは思い出していた。

 ガウェインはゲームで負けるとすぐ怒る、拗ねる。

 だが、騎士としての勝負に負けると、顔をぐちゃぐちゃにして泣いてしまう。

 ゲームで負けるのは自分が悔しいだけだが、騎士としての勝負に負けるのは、ラティの価値を証明できないことだから――かつて、ラティを見下していたヤツらを見返すことができない、またラティが馬鹿にされてしまう。

 この世界でたった一人、彼女に関することだけは、ガウェインは絶対に面倒臭がらない。

 いつも、ガウェインはラティに関して真剣なのだ。


 だから、抱きしめられてる今、ガウェインの表情はわからないが……震えた涙声で、全てわかってしまう。

 泣き顔を見られたくないから、こんなふうに抱きしめてくる。


 そういうところも可愛いんですから――と、そんなことを、ラティはガウェインの頭を撫でながら考えていた。


 □ □ □


 アンナ対ガウェインの試合後、会場は騒然となっていた。

 これまでの常識からは考えられない技だ。

 第一試合の《二十八年目の奇跡》に続く異例。

 前回、前々回の大会も豊作と言われていたが、今回の大会はいつにもましておかしい……そう囁かれ始めていた。

 

 そしてここにも、その異例を目の当たりにした騎士達が。


「……うっわー、やべーなありゃ……どうすっかな……」


 控室でアンナの技を見た少年――黒宮トキヤは、頭を抱えていた。

 特徴的に逆だった黒髪、着崩した制服。飄々としているが、強い意志を瞳に宿した少年だった。

 

「もう屍蝋選手と戦った時の心配? まずお互い一回戦を勝ち上がらないといけないし、それに屍蝋選手と刃堂選手、どちらが上がってくるかわからない……、なにより、俺に勝つつもりか?」


 前髪が長めの黒髪。不機嫌そうに歪められた表情。

 どこか気だるげな少年の名は、夜天セイバ。


「まあ、一回戦は俺もお前も勝つだろ? で、俺はお前に勝つし……なにより、刃堂じゃどうしたって屍蝋ちゃんにゃ勝てねえだろ……それだけは……ああいや、そこと、俺があんたに勝つのだけは、確実だな」

「……腹の立つ注釈だ」


 面と向かって勝利宣言され、さらに顔を顰めるセイバ。

 

 一回戦第三試合 黒宮トキヤ対ランスロット・ディザーレイク

 一回戦第四試合 夜天セイバ対チェイス・ファインバーグ


 異例が続いた二試合。そこに続くのは、前回大会ベスト4二人の登場。

 会場の熱気は高まった状態を維持していた。


「実際、どーみるよ、アレ」

 

 アンナの繰り出した特異な技。どこもその話題で持ち切りだが、二人にとってアンナはトーナメントを勝ち上がっていけばすぐに当たる相手。

 次に当たることになるジンヤに続いて、特に気がかりであって然るべき位置に、トキヤとセイバはいるのだった。


「――問題ないな。驚いたが、それはあの技が脅威なことに対してではなく、俺に似てる力を持っている騎士がいる、という部分にだ」


「……ああ~、なるほどなあ……」


 トキヤはセイバの言葉に頷く。

 彼がアンナを脅威としてないことに驚くが、考えてみれば当然だ。

 ともすれば、アンナの力と同等かそれ以上の力を、セイバは持っているのだから。


「同じ闇属性、同じ相手の力を否定して、台無しにする力……親近感を覚えるよ。恐らく、俺には効かないからな、アレは。……そうなると、体術の勝負だが、やはり負ける気がしないな。俺としては、相性が悪いのはむしろ刃堂ジンヤだ」


「そりゃ確かに……あれはセイバにとっちゃ最悪だな」

「あ、ああ……まあな……」


 なぜ呼び捨てなんだ……とセイバはトキヤの馴れ馴れしさに眉根を寄せた。

  

「……でもまあ、刃堂が上がってくることは……なあ?」

「そうだな……気の毒だが」


 そこは二人の共通認識のようだった。

 アンナの技――あの試合から読み取れるように、武装の強制解除で、条件は武器と武器の接触……という推測が立つ。

 ならば、距離を取って戦えばいいのだ。

 アンナに飛び道具がないわけではないが、中~遠距離で絶対的な強さを誇るというわけでもないだろう。試合を見る限りでは、近距離が得意な騎士に見えた。

 

 そして――ジンヤはほぼ近距離でしか戦えない騎士だ。

 ジンヤは、必ずアンナに近づかなければならない。

 となれば、武装解除という恐るべき力を秘めた、あの死神の鎌からは逃れられない。


「屍蝋選手との相性の悪さで言えば、お前も相当だけどな」

「確かになあ……でもまあ、なんとかなんだろ。最悪の場合……使う・・だろうな」

「……蒼天院や真紅園、雪白以外にか……、それくらい厄介な相手ということだな」

「だな……なんにせよ、やっぱ今年もおもしれえな……この祭りは」


 黒宮トキヤは一年、二年次も剣祭に出場している。

 三回目となる大会だが、この大会が自分を退屈させたことなど一度もなかった。


「さて、と……今年も楽しむとするか」


 藍狼学園三年、黒宮トキヤ。

 今年が三回目にして、最後となる彩神剣祭アルカンシェル・フェスタだ。

 

 ――三年間戦い続けた騎士の、最後の夏が始まろうとしていた。


 □ □ □


 トキヤがリングへと続く通路を歩く途中。

 通路の壁に寄りかかっている少女と、目が合った。

 

 サファイアのような青色の瞳。処女雪のような真っ白い肌。

 さらりと太腿のあたりまで伸びる青髪が、白いリボンで結ばれてポニーテールに。

 ぴょこん、とうさぎの耳のように伸びたリボンが可愛らしかった。

 

「おっ、壁が壁によっかかってる」

「死ね、一回戦で無様に負けて、ついでに無様に死ね」


 挨拶代わりに、いつもの軽口を交わす。


 ――雪白フユヒメ。

 トキヤと同じく、藍狼学園三年。

 美しい青髪とリボン、それから断崖絶壁のような胸がトレードマークだ……とトキヤは考えている。


「なにしてんの? 仲間と会話?」

「……は? 仲間?」

「壁」


 フユヒメの胸と、通路の壁を交互に指差し、トキヤは言った。


「凍てつき爆ぜろ、《蒼氷散華そうひょうさんげ》ッ!」

 

 刹那――トキヤの立っていた空間に、巨大な氷の花が咲いた。

 相手を一瞬に凍らせ、粉々に砕け散らせる――その様は、氷の花が散る様にも似る……という大技だった。


「ちょ、っぶねえ、ガチで殺す気か! 暴力ヒロインどころか殺人ヒロインか!?」

「アナタはセクハラ主人公どころか、性犯罪主人公でしょうが……」

「まあな……俺はいつだって主人公……」

「っさいッ!」

 

 げし、と脛を蹴られた。即死級の技に比べればマシだが、痛い。


「……で、ホントは、なにしてたの……」

「別に? たまたま通りかかっただけだけど」

「応援しにきた、とは素直に言えねーわけ?」

「私から素直さを取り上げるのは、誰の罵詈雑言かしら……?」

「……わり。いつも通りでいきたくてさ、つい。……サンキューな、いつも通りで安心したわ」

「……ふ、ふぅーん……? アナタも大概、素直じゃないのね。というかその『つい』で傷つけられる私の身にもなって欲しいわ」

「そんな傷ついた? ごめんなマジ?」

 

 なにも心のこもってない謝罪に、フユヒメは再び殺意を滾らせる。


「こわッ……その目やめろって……。……まあ、ホント、サンキューな、フユヒメ。別にいいぜ、応援なんか。お前の顔見て、いつもみたいに話せただけで、安心したし……そいつが応援の代わりだ」

「…………あっそ。ならもう行くわ」


 ぷいっ、とフユヒメは顔を背けてしまうが、その頬は赤く染まっていた。

 それを見てトキヤは、にひひ、と少年のように笑う。 


「せいぜい私のところまで勝ち上がってくることね」

「なにその悪役みたいなやつ……ってか、そーゆーお前もちゃんと上がってこいよ? そっち、赤いのとか青いのとかいるだろ」


 真紅園ゼキあかいの蒼天院セイハあおいのは、前回大会の二位と一位。

 フユヒメの配置されたブロックは、最も激戦と言われていた。


「アナタは自分の心配だけしていなさい」

「んだよ、素直じゃね~……まあ、そういうとこも可愛いけどな?」

「なッ……かわ…………、フンッ、もう行くわ」

「おう、じゃーな」


 フユヒメの白い肌は、照れて赤くなるとそれがよくわかる。

 真っ赤になった彼女を見送る。


「マジで何しに来たんだアイツ。……ま、いっか」


 満足げに笑い、トキヤはリングへと向かった。


 □ □ □


「お兄ちゃん!」


 フユヒメが去ってすぐに、トキヤの妹にして魂装者アルムである黒宮エコが、とてて……と駆け寄ってくる。


「おお、エコ、どこ行ってたんだ?」

「ん、んん~内緒! それより、フユヒメさんとちゃんと話せた?」


 その返答の時点で、あまり内緒にはなっていなかった。


「ああ、話せた話せた」

「よかったあ~……じゃ、いこっか!」

「おう!」


 二人で通路を抜けると、大歓声に迎えられた。


 夏の日差し、遠くから聞こえる蝉の鳴き声、怪物のような入道雲に、綺麗な青空。

 もう三年目になるが、トキヤはこの雰囲気が好きだった。

 

 いつだって、この季節は、自分を熱くしてくれる。


『さぁ! 衝撃の第二試合から、続いては本日最も注目される第三試合!

 前回大会ベスト4! 

 真紅園選手との激しい試合は今もなお語り継がれています!

 今年で最後となる剣祭をどう戦うのか!

 藍狼学園三年、黒宮トキヤ選手!』


『去年の試合、すごかったぞ――ッ!』

『ブチかませよ、トキヤ先輩ッ!』

『負けたら許さないぞ、黒宮ッ!』


 観客席の赤髪の少年と、緑髪の少年――歓声に混じって知りあいの声が聞こえてきた。


「……ゼキのボケに……それに、サクヤもか……」


 緑髪の少年の名は、嵐咲サクヤ。

 トキヤと同じ三年。

 去年、一昨年と大会に出場していたが、今年は出場を逃してしまった。

 今でも彼が出場を逃した時の涙を、覚えている。

 トキヤは、彼の想いも背負って、この場にいる。


「――任せとけッ!」


 観客席に向かって、トキヤは吠える。

 さらに増す歓声。


「……にしても、なんで俺への歓声って男ばっかり? 女子人気がねえ」

「わたしとかフユヒメさんへの態度、バレちゃってるからじゃない?」


 トキヤのシスコンっぷりは有名だった。あいつはいつか間違いを犯す、ともっぱらの噂だ。


『続いて入場するのは、第二試合で屍蝋選手と渡り合ったイルミナーレ選手と同じ煌王学園からの出場!

 口調はともかく、端正な顔立ちにファン急増中か!?

 ランスロット・ディザーレイク選手!』


「ちょりり――――――――んっ! 

 ウェ――――――――――――――――イ!

 皆さん、大変お待たせいたしましちゃった的な、てぇーきぃーなぁ~~~?

 チョーお待ちかねぇ! 今大会最もモテた男~~~~~~~~~~~~~!」


 出て来るや否や、ハイテンションで語りだすランスロット。


「チャラ・チャラ・チャラチャ~~~~~(ここで物凄く溜める)」


 溜めの直前、手のひらを蝶のように舞わせつつ、顔の前まで持っていく、溜めで顔を覆い隠し……、


「チャランスロット、どぅえ――――――――――――――――すっ! はい黄色い声&拍手カモォン!」


 直後にビシッと人差し指と中指を親指をピンと伸ばした手を掲げて決めポーズ。


 熱狂した観客達は、とりあえずなんでもいいから叫んどけというノリなので、ランスロットのそれに対しても、大きな歓声が上がった。

 今日の試合で、ここまで観客を煽るようなサービス精神旺盛な選手が現れていなかった分、彼の振る舞いは新鮮でウケが良かったのかもしれない。

  

「……あんなのと戦うのか、俺……」

「す、すごいね……」


 トキヤとエコは、ランスロットの振る舞いに圧倒されていた。


「ウェーイ。どぅーも、お兄さん! 今日はシクヨロでーす」

「あ、ああ……よろしく。……お兄さん……?」

「そっちの激マブなナオン……エコぴっぴ! 雑誌で見るよりガチめに可愛くね? お兄さん! 自分、立候補いいスか?」


 エコがトキヤの後ろに隠れてしまう。

 トキヤはランスロットの奇特な言動に面食らっていたが、彼が何を言っているのか理解すると……、


「いいわけねえだろ!」

「なーるー! 『俺に勝たねえと妹はやらねえぞ』的な!? 了解でーす」

「言ってねえ!」

「またまた~……自分、エコぴっぴのもとへ白馬パカラッパーのプリンス的な感じでいくんで、シクヨロッス!」

「……ああ? はあ……?」

「あ、エコさんの白馬の王子様になるんで、的な意味ッス!」


 ランスロットの横にいた男――アロンダイトがそう補足してくる。

 補足されても意味不明だった。


「その戯言は戦いが終わってまだ吐けるなら聞いてやるよ。さ、やろうぜ」

「ウィース、じゃ、いっちょ気持ちよくバトりましょうか!」


 両者、魂装者アルムに触れて起句を。



「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《凍刻の蒼刃フリーレン・ツァイト》」


「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《我が愛は永劫に不壊アロンダイト》」


 ランスロットが握るのは青色の剣身を持つロングソード。

 対するトキヤの武器は、変わった形状をしていた。

 一つの円の両端から長めの柄が、そこからそれぞれに青色の刃が伸びる。両端の刃は、上に構えた方が、下に構えた方より長い。

 さながら、時計の長針と短針を繋げたような奇剣。


 さらに、右腕は蒼銀の両剣と同じ色のガントレットに覆われていた。

 両剣、ガントレットどちらも魂装者アルムのようだ。

 剣の形状のみで変わっているというのに、剣とガントレットという、まったく別の種類の武器に同時に変化するという、かなりイレギュラーな魂装者アルムだった。


「ありゃ……それ、腕のと、剣……どっちが魂装者アルムなんスか?」

「どっちもだよ。……まあ、ベッドの後じゃ別にビビることもねーだろ」

「なーるー? 確かに。ガーたんのありゃヤバたんですよねー。ってかエコぴっぴの武装形態でもマブいっすね~!」

「あー……? ありがとう……?」


『なにやらディザーレイク選手が、魂装者アルムでありトキヤ選手の妹でもある、エコ選手に猛アタックしている様子!

 果たしてこの戦い、そしてディザーレイク選手の恋はどうなる~!?

 それでは行ってみましょう!』


『――Listed the soul!!』


「どうもならねえよ……」


 開戦直後、トキヤは実況の煽りにツッコミを入れつつ、ランスロットの出方を伺う。


「どぅーしたんスかァ! お兄さん、ガッツン熱いのかましちゃってくださいよォ!」

 

 ランスロットから仕掛けてくる様子はない。

 あの性格で、防御寄りのスタイルなのだろうか……と訝しみつつ、トキヤは仕掛けた。

 駆け出し、両剣の上方――長刃による斬り下ろしを放つ。

 

 それに対し、ランスロットは――――、


「ウェーイ! ショルダー! 肩カッチカチショルダー、ウェーイ!」


 意味不明な言葉を発しながら、刃に対して突然左肩を向け、そのままそこへ刃が直撃。

 鎧をつけているわけでもない。

 相当な魔力差でもない限り、まず間違いなく大ダメージだ。

 そして、ランスロットから完全に斬撃を防ぐ程の高い魔力は感じない。

 

 ――にも関わらず。


「……なッ、硬えッ!?」

「言ったっしょ~? バリカタショルダー何スよ、オレの肩、ヤバくないすか~?」

「……わけの、わからねえことをッ!」


 素早く長刃を引き、逆側の短刃で腹部を斬りつける。

 これも通らない。

 肉を裂く――どころか、彼の着ている制服すら斬ることができない。


 異常な感覚だった。魔力で覆う防御とは異なる感覚。

 これまでに味わったことのない奇妙さ。


「どぅースか! これが《色欲の瑠璃・不壊の騎士》ランスロット・ディザーレイクの力ッスよ、お兄さん!」

「こいつ……ッ!」


 態度こそふざけているが、強い。

 攻撃がまったく通らない上に、どういう能力かもわからない。


 □ □ □



 ランスロットの能力はシンプルなものだった。


 アロンダイトには、決して刃毀れしないという逸話がある。


 その能力は――概念属性、《不壊》。

 

 壊れない、というただシンプルな能力だが、単純故に圧倒的な堅牢さを誇っていた。



 □ □ □

 


「したらそろそろこっちもオラついてく感じいいスか? 守り入っちゃうのは男じゃないと思うんで、攻めさせてもらうッスよォ!」


 ウェーイ! と奇声を発しながら切りかかってくる。

 ふざけた態度なわりには綺麗なフォームで上段から剣が振り下ろされた。

 長刃で受け流し、そのまま突きを放って――直後、トキヤは瞠目した。


 突きはそのままランスロットの胸へ吸い込まれ、再び硬質な手触り。刃が彼を貫くことはなかった。そして――


「――――ちゃけば、隙しかなくないスか?」


 受け流された剣をそのまま切り返し、切り上げが放たれ――右脇腹から入った刃が、左肩へ抜けて行き、トキヤの体を浅く裂いた。

 

 トキヤは飛び退いて距離を取る。

 どうにか身を引いて致命は回避したが、かなりのダメージだ。

 傷口から滴る血が、床を赤く染めていく。


『大丈夫、お兄ちゃん……!? 痛くない!?』

「超痛ぇ……モロに食らった……。しくじったぜ、普段通り攻撃しても、攻撃がまったく通らねえ……やりにくい相手だ」


 攻撃が通らず、怯みもしない。

 こちらの攻撃を意にも介さず反撃してくるというのは、かなり厄介だった。

 ただ高い防御力を誇る、というだけなら、今の場面――トキヤの突きに対し、相手は防御なり回避をしたはず。もしくはダメージは少ないと高を括りそのまま攻撃してきても、多少の仰け反りで攻撃の遅延や狙いを仕損じるということもあったはずだ。

 それらが一切ない、完全防御。


(もしかすると、防御の硬さって点じゃセイハよりもヤバいか……?)


 前回大会優勝者、蒼天院セイハは、騎装都市内で最硬の盾を持っている。

 彼と戦うのなら、基本的には盾をすり抜けるしか、攻撃を通す術はない。トキヤも彼と戦うなら、まずそこを狙う。

 正面から盾を破壊しようと考えるのは、あの赤色の大馬鹿くらいだ。






 刃堂ジンヤは、魔術の才能のなさを剣技でカバーするという特異なスタイルだった。

 彼の魂装者アルムも、彼のスタイルを考えた素晴らしい在り方だった。 


 風狩ハヤテは剣技、魔力ともに優れ、さらには強力な魂装者アルムを持っていた。


 ガウェイン・イルミナーレは、その真価こそ見せていなかったが、恐らく凄まじい力を持っていたはずだ。


 屍蝋アンナは言わずもがな、武装の強制解除という唯一無二の切札ジョーカー。早くもこの大会最大の注目選手だろう。






 ――本当に、今年の大会はレベルが高い。

 去年より、一昨年より。





 ……去年のことを思い出す。

 ゼキやセイハが、スーパールーキーとして現れた年だ。

 そこで自分は、ゼキに敗北した。

 

 ――『堕ちた天才』

 ――『一つの時代の終わり、新たな時代の始まり』


 ゼキに敗北した後の、試合の記事のことはよく覚えている。


 トキヤは、一年次に剣祭で優勝している。

 彼はかつて、神装剣聖エピデュシアだったのだ。


 今でも覚えている。

 決勝戦。

 黒宮トキヤ対雪白フユヒメ。


 幼いころからの夢だった。

 最愛の幼馴染と、最高の舞台で戦う。

 夢が叶った。

 最高の戦いだった。


 誰もが、トキヤとフユヒメを讃えた。


 だが――それも、ゼキやセイハが現れて、終わりを告げて、時代は変わった。

 今讃えられるのは彼らだ。


 トキヤは過去の人間。

 ゼキやセイハのおまけのような扱いだ。


 ――――冗談じゃねえ……。


 一度は優勝できたから、もういいだろう?

 そんなこと、思えるわけがない。


 目の前に自分よりも強い相手がいて、何も思わない男がいるだろうか?

 最愛の幼馴染との約束を果たせなくて、何も思わない男がいるだろうか?


 ――いるわけがない。


 栄光を奪われ、敗北と挫折を知ったトキヤの、神装剣聖エピデュシアへの想いは、渇望は、一度目にそれを求めた時よりもなお強いものになっていた。


 もう一度、あの栄光を。

 もう一度、あの戦いを。

 

 トキヤは、ゼキに。

 フユヒメはセイハに。

 それぞれ敗北を経験し、そして――再び、約束をした。

 

 もう一度、最高の舞台で戦いを。


 同じブロックになってしまった以上、決勝で戦うことはできないが……それでも、トキヤはフユヒメと必ず再戦することを誓っていた。


 そして、なにより。

 なによりも許せないのが。


 ――あの赤いボケがデケえツラすんのが、許せねえ……ッ!


 ゼキに敗北したことは、トキヤにとってなにより悔しかった。

 だから、一年間、フユヒメと徹底的に自身を鍛え直した。


 残念なことに、ゼキと直接戦うことはできないが――いや、大会が終わってからでも個人的に喧嘩を売りに行くことは決めているが――ゼキもしくはセイハを倒したフユヒメを倒し、優勝し、ゼキに突きつけてやるのだ。


 ――――自分の方が上だと・・・・・・・・

 

 これだけは、騎士として、男として、絶対に譲れないことだ。


 最後の夏――黒宮トキヤには、必ず成し遂げたい誓いがあった。


 新しい世代の優秀な騎士は次々出てくる。

 去年のゼキ。そして今年の刃堂ジンヤや、屍蝋アンナ。

 

 だが、それでも。







 この世界の主役は、刃堂ジンヤでも、真紅園ゼキでもない。


 この俺だ、俺が主役だと、トキヤは吠える。

 






 誓いを、渇望を胸に、トキヤはリングに立つ。



 負けられない。

 一回戦こんなところでは、絶対に。


「……エコ、使うぞ・・・


 完全な予定外だった。

 一回戦で切札を使うなど。


『うん……いいよ、お兄ちゃん、やって!』


 トキヤはエコ剣身からだに――長刃へ手を伸ばし、ガントレットに包まれた右手で、その刃を砕かんと握りつぶす。

 ――だが。


「……な、どうして……ッ!」


「お兄さん、さすがにヤバババババエスクカリバーじゃないっすかコレ? だってそれ、お兄さんの必殺技ッスよね~?」


「……お前、まさか……!」


 こいつは、知っているのだ。

 トキヤの狙いを。この状況を覆せるかもしれない技の、発動条件を。


 トキヤの属性――それは概念属性《時》。

 時間を加速、減速させることが出来る。

 さらに――条件付きで、時間を止めることさえ出来るのだ。

 停止時間は、ほんの数秒。発動条件は、自身の魂装者アルムの刃を砕くこと。

 時針のような刃を持つ剣。剣を時計と定義し、それを破壊する――《時の破壊》という概念を顕現させ、時を停止させるという、規格外の技。

 概念術式には、こういった複雑な手順を要求されることがあるが、トキヤのは特に条件として厳しかった。

 一度の戦闘に使えるのは一回。

 

 ランスロットは、それを知っているのだろう。

 そして、彼の能力――『自身の肉体を破壊不能にする』という現象を起こす、正体不明の能力は、自身だけでなく、他の対象にも行使できるということだ。

 

 それにより、剣を破壊不能にされた。

 見方によれば、こちらの利になる行為だが、現状に限れば最悪な一手だった。

 切札を完全に封じられた。


「どぅーします~コレ? ちゃけば、詰んでると思うんスけど」

「そう言えば俺が諦めると思うか?」

「ですよねー。いや、その姿勢、ガチめにペクれるんスけど~……」


 刹那、ランスロットの表情が真剣なものになる。





「…………まあ――勝つのは、俺なんで」





 冷たい声で、吐き捨てる。



「これでもカチンコきてるんすよ~……タクのダチが負けたんで。っつーわけで、自分、ダチ公の仇取る的な? 負けられねーんスよ……ガーたんのためにも」


 口調こそふざけていたが、語られた想いには、確かな熱が宿っていた。


「あ、あと激マブ愛しのエコぴっぴにも勝利捧げたい的な~? つーわけで勝たせてもらうッスよ、お兄さん!」


 ランスロットが剣を振り下ろす。


「だ、か、ら……誰がテメエの兄だ、ボケがッ!」

 

 トキヤはそれを左手一本で振るった横薙ぎの一閃で払い、同時に両剣を右方向へ回転させる。

 右方向への回転は、時を進めることを意味している。

 この動作は、魔法陣や詠唱の代わりとなる動作だ。

 これにより、肉体加速の術式が行使される。


 加速したトキヤが、ガントレットで包まれた右手を握り――ランスロットの顔面へ右の拳を叩き込んだ。


 ランスロットの体が吹き飛び、床に叩きつけられた。


 手応えは――――、


「いった~~~~~~~~~~~~~~~~、」


 ――ない。


「~~~~~~~~く、ない~~~。効いてないんスわ~!」


「……ムッカつくな~、テメエ~……」


「いやサーセン。よく言われるんスけど……そりゃ自分より強い相手ってムカつかないスか?」

「……今、テメエもムカつかせてやるよ」

「どぅースかね~」


 トキヤは両剣を回転させ、加速を行使。


 高速の連撃が始まった。

 ランスロットは、トキヤの高速斬撃にまるで対応できずに、ひたすら攻撃を受け続ける。

 しかし、依然としてまったく刃が通らない。

 

 それでも、トキヤは攻撃を続けた。


「お兄さん、チャラ男として一個教えたいんスけど……失恋からさっと立ち直る方法知ってます?」

「ああ!? 知らねえよ!」

「次のナオン見つけることなんスよ~。ヨースルニイ……諦めが肝心、次に目的いっちゃいましょ~的な!?」


 ランスロットが反撃仕掛けてくるが、彼の剣は加速したトキヤには当たらない。

 

 何度も、何度も……虚しくトキヤの刃がランスロットの体を叩く。

 ダメージの通らない攻撃を積み重ねていく。


「生憎と、生まれた時からずっと愛してる妹と、出会ったころから……まあ、そこそこ好きな幼馴染がいてな……俺は、失恋なんざ知らねえし……、」


 咆哮、そしてトキヤは右手を大きく振りかぶり。


「――――諦めるってことも、知らねえんだよッ!」


 再びランスロットの顔面に、トキヤの拳が突き刺さり――振り抜く。


 ランスロットの体が場外へ。

 

 リングアウトカウントが始まる。


『ワン! ツー!』


 ランスロットが立ち上がる。


「……いやいや、だからきかねーんスわ! わっかんない人っスね……まっ、いいっスわ……そろそろシメ、いっちゃいましょうか」

 

 そう言ってリングへ歩み出すランスロット。


『スリー! フォー! ファイブ!』


 あとほんの数歩でリングに到達する。

 カウントから考えても、まず間違いなく間に合う距離。

 

「残念だったな、悪いけどもう終わってんだよ……《遅延起動ディレイブート》――《クロノ・ディセラレート》」


 刹那、ランスロットの体に大量の魔法陣が浮かび上がった

 魔法陣の数と場所、それはトキヤが無駄に思える攻撃を繰り返していた数と場所に一致する。

 あの攻撃は、これを仕掛けるためだったのだ。


「はぁ? ちょ…… な に、 言    っ          て……?」


 ランスロットの動きが、減速していく。

 限りなく、停止に近い領域まで。


 トキヤは攻撃の際、ランスロットの肉体に、彼を減速させる術式を仕込み続けていた。

 通常、こんな攻撃は絶対に成功しない。

 まず最初に仕掛けた時点で勘付かれる。

 それに、肉体へあそこまで攻撃が通るということもない。

 勘付かれれば、仕込んだ術式は解除されてしまうこともある。

 なので使い所の難しい技だが……ランスロットの場合は、自身の絶対防御を過信し、攻撃を避けるということをまったくしなかった。

 故に、『減速』が『停止』に至るほどに、ひたすらに大量の術式を重ねがけすることができたのだ。

 それを発動直前の状態で保持し、一気に解放。


『シックス! セブン! エイト!』


 これで、彼がテンカウントまでにリングに戻ることはない。


「悪いな……こんな汚い勝ち方で。お前……ふざけてるわりには、本当に強かったよ。……ああ、聞こえてねえか。あとでもう一回言ってやるよ」


『ナイン! テン!』


『決まったぁああああああああ! 

 黒宮選手、恐ろしい罠を仕掛けていた!

 攻撃が全く通らないという驚異的な能力を持つランスロット選手を、搦め手で破ってみせた!』


「……ふぅー……、見たかよ、ゼキあかいの、フユヒメ……これから誰が主役がよーくわからせてやるからな、覚悟しとけや……」


 ばたん、とリングの上に大の字で倒れ込むトキヤ。


 ランスロットにもらった一撃、無理な加速の連続行使、さらに大量の減速術式の同時解放……消費魔力、体にかかる負荷は凄まじいものだった。



 彼の頭上には、今も青い空が、入道雲が。

 歓声に混じって、蝉の声も聞こえてる。



「……あっちぃなあ……今年の夏も……」



 最後の夏は、これまでで最高の夏に。

 彼の夏は、始まったばかりだった。




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