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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第3章 漆黒の狂愛譚/もしもこの世界の全てがキミを傷つけるとしても
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 第3話 〝負けられない〟


『……そのまま寝ちゃいな、ロリロリの可愛いお嬢ちゃん……所詮はそこらの学生なんか、超絶美少女ガウェインちゃんとラティの敵じゃないんだよね』



『ファイブ! シックス!』



 ベッドに寝そべったまま、悠然と笑みを浮かべるガウェイン。

 無情に響くカウント。

 場外で倒れたままのアンナ。


 激しい技の応酬が続いた第一試合とは打って変わって、第二試合は開幕直後に決まってしまった――かに、見えたが。


 ぴく、とアンナの指先が動いた。


 ――なに、この様は?


 薄れる意識の中、アンナは自身へ問う。


 こんなところで、負ける?

 愛する男の前に立つこともなく?

 そうなれば、自分の愛はもう叶わない。

 そんな結末が許容できるのか?


 ――ぜったい、むり。


 ――……じんや……ああ、じんや! じんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやじんやッ!

 ――じんやは、どれだけぼろぼろになっても、何度倒れても、絶対に立ち上がって、アンナを救ってくれたよね。

 ――なのに、アンナが、こんなところで寝ていいの?


「いいわけ……ないよッ!」


 起き上がり、落ちていた大鎌を掴むアンナ。

 直後、大鎌の形状が変化。

 刃がついてる部分とは反対――石突の部分から、黒い鎖が現れる。

 鎖の先端には、大鎌の刃よりも一回り小さな刃が。

 アンナは素早く鎖を回転させ勢いをつけると、先端の刃をリングへ向かって投擲。

 刃が、突き立つ。

 同時、素早く鎖を引く。

 アンナの小さな体が浮き上がり、鎖に引かれ、リングに舞い戻る。

 着地。刃を引き抜く、再び大鎌を構えた。


「……おほっ! かっくいー! スタイリッシュな復帰、乙。ま、いくら格好良くても無駄なわけだが、勝つのはガウェインちゃんですしおすし」

「えーっと……ガウェインさん?」

「……ん~? ふひっ、ふひひぃ、美少女に話しかけられちゃった。……なになに? なにかな、アンナたそー? ガウェインちゃんですよー」


 『ちょっとイン子!』というラティの声は無視して、ガウェインはアンナの言葉を待つ。


「……特にあなたに恨みはないですけど、じんやとアンナの邪魔をするなら、消えてもらいます」

「……ハハッ、わろす。やられっぱなしで粋がられても迫力に欠けるんだよなあ」

「そうですね、では――」


 にこり、とアンナが花咲くような満面の笑みを浮かべて。

 気を帯びたような声で、その起句は呟かれた。


「――《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《魂葬の死鎌ソウルイーター煉獄パーガトリー》」


 □ □ □

 


 その時――。


「……なッ、あれは……どうしてッ!?」


 観客席のジンヤは驚愕した。

 

 アンナが《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》に至っていること――それも理由の一つではあるが、それよりも。

 

 アンナが握る大鎌の形状。

 柄の中ほどに出現した排莢口、マガジン、トリガー。

 

 つまりは――《迅雷・逆襲》と同じ、撃発機構。


「……ライカ。僕らが《逆襲》を使用した試合は、龍上君の時と、ハヤテの時の二回。ハヤテとの試合はついさっきだから……見る機会があるとすれば、龍上君との時の試合だけか。……たったそれだけ見て、あの機構を真似ることは、可能なの?」

「無理……だと思いたい。私が必死に考え続けてたどり着いたあれを、一目見ただけで真似するなんて……」

「もし、それが出来るのなら……」


 アンナの魂装者アルム――花音エイナは、天才だ。

 ライカの努力を容易く模倣する、暴力的な才能だ。


(何か仕掛けがあるのか……? あるとすればなんだ……? いや、もうこの時点で、機構を手に入れた過程は関係ない。ただ、あれが僕らの特権じゃないという事実があるだけだ)


 ナギも同様に撃発機構を持っているが、それはライカが必死に教えた結果だ。

 取得は、簡単ではなかった。

 ライカがこれまで出会ってきた中で最高の魂装者アルムであるナギ――その彼女が必死になって、やっと取得出来たもの。

 

 もしも一目見ただけで同じことをやってのけたなら、彼女はナギを超える天才だということになる。

 それは信じられないし、認めたくなかった。


 しかし、そんな心情とは関係なく、時は進み、試合は次の展開を迎える。


 □ □ □


「……ん? それ、さっきの試合の……」


 ガウェインは普段のふざけた口調も忘れて、首を傾げた。

 ジンヤ対ハヤテの試合は見ていた。

 『なんか知らないけどこの二人頑張ってるなー』程度の感想だったが、両者の魂装者アルムが共に変わった機構を扱っているのが気になった。

 撃発機構。アイデアとしては奇抜かつ、優秀で、面白いものだと思う。

 ガラティーンもまた、かなり特殊な魂装者アルムだ。

 同じ特殊な魂装者アルム持ちとして、その部分には興味があった。

 珍しい機構、あの二人以外にはもう使用者がいないと思っていたが……。


「……はえ~、すっごい。いいっすね~」


 一撃でダウン奪った時は、大したことのない相手なのかと思った。

 戦いなど面倒くさい。

 面倒くさい上に、退屈な相手なのかと思った。

 粘ってくるのならば、それはそれで面倒だが――退屈でつまらない相手よりかは、少しはマシだろう。

 もしかすると、この相手は思っていたより退屈でないのかもしれない。

 

 ガシンッ、と激しい金属音が轟く。

 ベッドから伸びる二つの巨腕。その先にある左右の拳を打ち付けた。


「……へいへーい、ばっちこーい」

「……いきます」

 

 トリガーを絞る。

 撃発音。

 同時、膨大な魔力が炸裂する。

 アンナが空中に排莢された空薬莢を置き去りにして、激烈な勢いで加速し駆け出した。

 放物線を描いた空薬莢が、思い出したかのように落下し、キンと澄んだ音を鳴らした時には既に――肉薄を終えていた。


「はやっ」


 思わず声を漏らすガウェイン。

 目の前には大鎌を振りかぶったアンナが。


 ――撃発音。


 高速で振り抜かれる大鎌を、どうにか咄嗟に巨腕を重ねてガード。

 放たれた大鎌による一閃の威力に、ガウェインは目を見開く。

 三メートルは後方は押された。

 リング外まで吹っ飛ばされるというようなことはなかったが、それでもあの小さな少女に、この巨大な魂装者アルムが一センチでも動かされるということが異常だ。

 武器が巨大な程に強い、などとはガウェインも考えてはいない。

 ただ、単純な事実として――基本的には、魂装者アルムは巨大な程に、そこに注げる魔力の量も増える。

 この巨大な魂装者アルムに注げる魔力量は、他の魂装者アルムに比べて膨大。

 ガウェインの魔力量もまた、魂装者アルムに見合うだけのものがあり、並みの騎士とはかけ離れている。

 先刻のアンナをリング外へ吹き飛ばした一撃も、ガウェインの魔力量、高い瞬間出力、そしてガラティーンの持つ瞬間的に注げる魔力の許容量キャパシティの高さによるものだ。


「……たまげたなあ」


 認識を改める必要があった。

 この相手は、退屈な相手ではなさそうだ。


 面倒くさい。

 面倒くさいが――なんの手間もなく片付くゲームなど、プレイするに値しないだろう。


「……ラティ、フェイズ2行こうず。あのすばしっこさはヤバいですし」

『了解です。気をつけて……騎士もですが、魂装者アルムも嫌な感じがする相手です』

「……おk、把握」


 巨大なベッドが、後方へ飛び退く。

 ズシン……、と重量感のある音が、着地の際に響いた。


「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《陽光戦装ガラティーン第二戦闘形態フェイズツー》」


 ベッドが光に包まれ消失。

 魂装者アルムの形状が変わった。

 ガウェインの背後から、四本の巨腕が伸びていた。 

 《第二戦闘形態フェイズツー》は、消え去ったベッドに使っていた分の容量を別の部分へ回し、より一対一の戦闘に特化した形態。

 逆に言えば、《第一形態(フェイズ1)》時点ではまだ戦う意志すらなかったということだ。

 あれはただ、ガウェインが楽をして敵を殲滅するためだけに、ラティが編み出したもの。

 

「……こっからが本番なワケだが」

「そうやって『だしおしみ』してるといいです、負けた時の言い訳になりますよ?」

「……ふひっ! 言うねえ、アンナたそぉ!」


 四本の巨腕の内一本――左下方の鉄拳で、リングを殴りつけ、その反動で爆発的に加速。

 鋼鉄の拳により、リングにはクレーターが出来ていた。

 アンナの目の前に、突如現れる巨大な異形。

 右上方の腕が振り上げられており――、

 轟く破砕音、リングに亀裂が入る。

 拳と地面の間、そこに生じる一切合切を押し潰す鉄塊の一撃。

 だが、アンナは既に大鎌内部の弾丸を炸裂させ、生まれた強烈な反動による加速を利用し、鉄拳から逃れていた。

 逃れた先は後方――ではなく、前方だ。

 遠距離から攻める手段ならある。が、近距離に比べると威力は劣る。劣った威力であの四本の巨腕を突破できるとは思わない。

 それに、遠距離に使うための『影』は、ガウェインが操る『光』に無効化されてしまう。

 開幕の一撃。

 あれは光により視界を奪われた上に、さらに影をかき消されたために、もらってしまったのだ。光がなければ、あの一撃も影によるガードは可能だった。

 だが、その仮定は無意味。相手が『光』という相性最悪の能力を持っている以上は、影による攻撃の組み立ては一度捨てて、近接戦闘に活路を見出す他ないだろう。


 アンナは彼女から見て左前方へ踏み込み、放たれた拳撃を潜り抜けて接近。

 そこへ伸びてくる左方二本ある内のもう一本。

 大鎌の柄を振って、鎖を放つ。狙いはガウェイン本体へ。鎖自体では、巨腕に傷一つつけることは出来ないだろう。

 だが、本体を狙えば、巨腕はそれをガードするしかない。

 巨腕に、鎖の先端につけられた刃が虚しく弾かれる。


 ――狙い通り。


 撃発。ガードに転じていた巨腕に、大鎌の刃を叩きつける。僅かに、ほんの僅かに刃が食い込むも、切断することもできなければ、巨腕を弾き飛ばしてガードをこじ開けることも出来ていない。だが――狙い通り。今、添えられたこの刃は、死神のそれだ。至近距離。振りかぶることが出来ない以上、この体勢からもう高い威力を叩き出すことはできない。誰でもそう思うだろう、ガウェインもそう思っている。


 ――なにもかも、狙い通り。屍蝋アンナは、内心で笑った。


 まず――膝を抜いた・・・。脱力により、ノーモーションで突然アンナの膝が曲がり、直後、腰、肩を回転。さらに膝を抜いたことにより生まれたほんの僅かな足裏と大地の隙間を踏み抜く。

 それらで生じたエネルギーを全て大鎌に乗せていく。至近距離から攻撃を放つという点では、中国拳法の『寸勁』と同じ術理だ。

 そこへ、さらに自身の肉体の魔力。

 最後になにより――撃発音。魔力を込めた弾丸を炸裂させた激烈な反動。

 これら全てを刹那に合一させる。

 『寸勁』のみでも異常だが、そこへさらに魔力操作と撃発の反動が加わって、これらの力を統制する難度は跳ね上がり、絶技の領域に至っているだろう。

 かくして死神の刃は放たれる。ノーモーションによる至近からの強烈な一斬。

 


 絶技の名は――




「雷咲流〝驟雨しゅうう〟が改――《音無く首裂くサイレント死神の凶刃ソウルイーター》」




 ――巨腕が、斬り飛ばされた。




 宙を舞う大質量。

 時が停止したかのように、ガウェインがそれを見て呆けた。


 □ □ □


『一閃――――――ッッッッッ! 

 屍蝋選手、鋼鉄の巨大腕を引き裂いてみせたァアアアア!』


 実況が叫ぶ。

 観客が興奮に包まれていく中でジンヤは瞠目していた。


(アンナちゃん……まさか、ここまで……ッ!)

 

 至近からの一撃には驚かされた。あの技は《雷咲流》。ジンヤから盗んでいたのだろう。

 盗み、習得し、磨いた事実にも驚かされるが――それよりも。

 撃発機構。

 あれはライカのものとは設計思想コンセプトからして異なる。

 《迅雷・逆襲》は極限まで一撃の威力を追求した結果、瞬間出力を高めるための機構だ。

 だが、あの大鎌は違う。

 一撃の威力ならば、まだこちらが勝る。

 しかし、一撃の威力を高めつつ、弾数の多さ、反動を利用した加速など、機構を改良し、我が物としている。

 驚愕の理由はこれで終わらない。

 アンナの体に巻き付いた漆黒の包帯のようなもの。

 ――あれは、影を操る能力の応用だろう。影を体に纏わせて、自身の体の動きをトレースさせ、動きを補助させている。

 それにより攻撃の速度、威力は大きく上昇するはずだ。

 そこには繊細な魔力操作が要求されるはず。

 『寸勁』を取り込んだ体術、大鎌に搭載された撃発機構、自身を影により駆動させる魔力操作。

 複数の異なる要素全てを高いレベルで成立させた一撃だった。

 彼女が素晴らしい騎士であることがよくわかる。

 それこそ、これまで戦ってきた強敵……ミヅキやハヤテに劣らない程に。


 □ □ □


「えぇ~っとぉ~……なんでしたっけ? 『こっからが本番』……でしたっけ?」

 

 驚愕するガウェインへ、アンナが艶然とした微笑みを浮かべつつ、言葉を投げた。


「……ッ、」


「さぁ、ここからが本番です。一本ずつ綺麗に削いで、丸裸にしてあげますよぉー……?」


 暗く、妖艶な、月夜のような笑みだった。

 くるくると漆黒の大鎌を回転させ、三日月のような刃を下方へ向け構える。

 三日月型の刃すら、裂けた笑みと見紛う程に、ガウェインの動揺は大きかった。


(……確かに巨大な魂装者アルムは大量に魔力を注げる分、一箇所の魔力が薄くなって防御が甘くなることがある……でも、たった一撃で斬り裂く……っ!? 馬鹿げてる……っ!)


『イン子……落ち着いてください! もしもフェイズ2がダメでも、まだこちらにはアレが……っ!』

 

 ガウェインの動揺を察したラティの言葉。

 それはガウェインに冷静さを取り戻させる――ということはなく、さらに状況を悪化させることになった。


「……こんなところで、フェイズ3を……?」


 冗談じゃない……と、微かな声が漏れた、直後。


「……調子に、乗るなアアアアアアアアアアアアアッ!」


 残った三本の巨腕による、乱打。乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打。

 

 馬鹿馬鹿しい程の質量が高速で振り回され、リングを爆撃の如く蹂躙していく。

 

 連続して撃発音が響き、空薬莢が舞う。

 撃発を連続行使し、乱打を躱していく。

 時に空薬莢が鉄塊によってリングごと潰されていってもなお、鉄塊がアンナの体を捉えることはない。

 

 流れはこちらだ、とアンナは内心でほくそ笑む。


 このまま攻撃を回避しつつ、再び先刻の一撃を叩き込んで残りの腕を処理。丸裸の本体、その首へ鎌をかけて終わりだ。


 アンナは攻撃を躱しつつ、太腿に装着してあるサイホルスター、そこへ収納してあるマガジンを意識する。

 そろそろリロードが必要だ。

 リロード後、躱し続けるのをやめてこちらから仕掛けよう。

 怒り狂った相手だ、隙を見せるのも時間の問題。

 

 一際甘い一撃が来た。狙いが見えている、『起こり』があまりにも見え透いていた。拳速も遅い。

 怒り故に雑になったのだろう。

 これなら、斬り飛ばせる……アンナはそう確信した。


 次の瞬間、ガウェインは二本目の巨腕を斬り裂かれ、失った。

 だが。


 残った二本の腕が迫る。

 攻撃を躱すため、加速しようとトリガーを引くが――撃発が起きない。


(弾切れ――ッ!)

 

 だが。


(まだ《迅疾影鎧じんしつえいがい》がある……っ!)


 《迅疾影鎧じんしつえいがい》。

 自身に影を纏わせ、移動速度を強化する術式だ。



「……なんちゃってー! キレてると思った? 残念! ガウェインちゃんはキレてても冷静でしたーっ!」



 ガウェインの笑みで、失敗を悟った。

 

 彼女の言葉の通りだろう。

 怒りは演技ではない、彼女は怒りを爆発させていた――その上で、冷静だった。


 

 二本の内一本の巨腕から、魔法陣が出現。

 閃光が瞬く。これで影の鎧は消し去られた。

 

 そしてもう一方の腕が、豪速で迫る。 

 

 影による高速移動、撃発反動による加速。

 二点が封じられた状態は、つまり開幕直後とまったく同じで――


 直撃だった。

 再びアンナが。人間一人の体が、冗談のように吹き飛んでいく。


「ふひひぃっ、これで終わ、――――ごッ、あが……ッ!?」


 ゴッッ……と鈍い音が響いた。


 ガウェインの後頭部に、巨大な物体が直撃していたのだ。

 それは――先程切断された、ガウェインが操っていた巨腕だった。


 アンナは鉄拳が直撃する直前、大鎌から伸びる鎖、その先端の刃を、切断した巨腕へ投擲し、突き刺しておいた。

 これにより、アンナが吹き飛んだ勢いそのまま、鎖により連結していた巨腕が、ガウェインを背後から襲ったのだ。


『おおっと、これはまさかのダブルノックアウトだぁあああ!

 先に立ち上がるのはどちらの選手だ……っ!?』


 場外で倒れたアンナ。

 リング内で倒れるガウェイン。


 アンナの方が、立ち上がり、さらにリングに戻らなければならない分不利か。


『スリー! フォー!』

 

 カウントが続くなか、意識の薄れた二人は何を思うのか。


 □ □ □


 花隠カオンエイナは、常に謙虚でしとやかな立ち振舞いを見せる少女だった。

 生来の気質もあるだろうが、大きかったのは、彼女の家柄だ。

 七家ほどではないが、古くから続く魔術師の家系。

 ずば抜けて優れた見た目。気品ある雰囲気。

 それらを目の当たりにした常人は、引け目を感じてしまうのだ。

 優れているということは、逸脱しているということ。

 逸脱した人間は、愚かな集団に紛れるための努力――ある程度道化として振る舞い、自身の価値を低く見せ、集団に受け入れてもらう努力が必要だ。

 しかし、エイナは不器用だった。

 その努力が、出来ていなかった。

 故に、逸脱し――孤立した。

 彼女はずっと一人だった。

 あの、狂愛の少女に出会うまでは。


 エイナはずっと孤立した人生を送っていたが、積極的な排斥を経験したことがなかった。

 しかし、中学三年に上ったある頃、それを経験することになる。

 エイナを疎ましく思った女子生徒は、まず彼女の美貌に嫉妬していた。

 そして、エイナを好ましく思う男子の中に、自身の意中の相手がいたことにより――怒りの矛先は、エイナへ向いた。

 

「アンタさぁ……調子乗ってるよねえ?」

「……申し訳ありません。何か気に障ったのなら謝罪しますが、まず具体的に何が――、」

「まずその偉そうな喋り方がうぜーんだよ……ッ!」


 エイナへ迫る生徒が、鋏を取り出した。エイナの美しい黒髪を乱雑に掴んだ瞬間。


「……あ、ぐッ、」


 苦しそうに呻いたのはエイナではなく、エイナに危害を加えようとしていた女子生徒の方だった。


 凄まじい膂力で、女子生徒の手を握り潰したのは――小さな、本当に小さな少女。


「……くだらない」


 少女――屍蝋アンナは、つまらなそうに呟くと、女子生徒を突き飛ばして、壁に叩きつけた。


「……アンナの前で、こーゆーことしないでね、『めざわり』だから」


 ぞっとするほど、暗く、冷たい瞳だった。

 助けられたエイナでさえ、震える程に……。



 エイナは、その暗く、冷たい、恐ろしい瞳に…………恋をした。



「助けていただきありがとうございます! わたくし、花隠エイナと申します!」

「……アンナは、屍蝋アンナだよ。別に助けてないよ、気に入らなかっただけ」

「ご謙遜まで……なんて、なんて出来た御方……」

「……あ、あれ? アンナの話、きいてる?」


 それから、エイナはアンナにべったりだった。始めは鬱陶しそうだったアンナも、ひたすらに献身を尽くすエイナに少しずつ心を開いた。

 するとアンナは、とある一人の少年のことを語り始める。

 刃堂ジンヤ。

 彼の話になると、アンナは止まらなかった。

 エイナは四六時中、ジンヤについての話を聞かされた。

 彼がいかに素晴らしいか、彼がいかに気高いか、彼がいかに強いか、彼がいかに格好いいのか……繰り返し、何度も何度も語られた。

 アンナという素晴らしい人間が惚れ込んだ少年だ、その少年もさぞ素晴らしいのだとエイナは確信した。

 やがて、アンナからある一人の少女の話をされた。

 雷崎ライカ。

 アンナからジンヤを奪った悪女だ。

 彼女の憎悪もまた繰り返され、二人は決意する。

 悪女から、最愛の少年を救い出そうと。

 

 

 

 アンナにとって、エイナを救ったのは気まぐれだった。

 かつてアンナは、いじめに遭って不登校になった経験がある。

 凄惨なものだった。母親に褒められた、自慢の髪をズタズタに切り裂かれたこともある。

 だからだろうか、同じような光景を目にした時、酷く苛立ったのは。

 それに、ジンヤのように誰かを救うというのは、どういう気分なのか気になったというのもある。

 だが、どれも別段、強い使命感を抱かせるようなものではなかった。

 アンナにとって大切なのは、ジンヤのことだけだからだ。

 だから。

 やはりそれは気まぐれだった。

 だが、気まぐれから始まった関係は、アンナにとっても大切なものになった。

 エイナの協力があれば、ジンヤから、あの女を引き離す事ができる。

 ジンヤ――それから、両親、オロチ(ついでにハヤテ)以外で、心を開ける人間がいるとは思わなかった。


 □ □ □



 ――――世界の全てが、面倒くさかった。



 ガウェイン・イルミナーレ――かつてはそんな大仰な名前ではなかった、まだ何者でもない少女は、いつも何事も面倒に感じていた。

 


 日々の何もかも。

 勉強も、運動も、他人に合わせて笑顔を浮かべることも、なにもかも。

 少女には、親がいない。

 父親は知らない。

 母親の口癖は、『面倒くさい』だった。

 食事を作るのも、少女をあやすことも、何もかも面倒くさがっていた。

 もう知る由もないが、望まれた子供ではなかったのかもしれない。

 全てが面倒だと感じる自分は、あの人でなしの母親そっくりだと思った。

 だが、どうでもよかった。

 自分の不幸を悲しむことすら面倒だ。

 全てが面倒な自分には、幸い才能があった。

 騎士としての才能を存分に振るい、多額の奨学金や、大会の賞金を得て、勝手気ままに暮らす。

 少女は、漫画やアニメやゲームがあれば、それで満たされた。

 面倒な世界において、比較的面倒ではない娯楽。

 人生は死ぬまでの暇つぶし。なら自分は、この才能を使って金を稼ぎ、存分に死ぬまで暇を潰そう。

 夢も目的もない。ただ全てが面倒だと思いながら、死ぬまで暇をつぶし続ける。

 少女の人生は、それでよかった。

 はずだった。

 彼女に出会うまでは。




 ガラティーン・イルミナーレ――かつてはそんな大仰な名前ではなかった、まだ何者でもない少女は、いつも何かに怯えていた。

 


 自分は鈍くさい。生真面目で、頭でっかちで、つまらない人間だ。いつも誰かの顔色を伺って、頭を下げて、周りを気にして。

 こうやって一生、他人に怯えて生きていくのだろう。

 魂装者アルムだった彼女は、いつも騎士にへこへこと頭を下げていた。

 負けてしまえば、自分のせい。

 自分が使えなかったから。自分が役に立たない武器だったから。

 他人は怖い。

 だから、少女はいつも教室の隅で怯えながら、静かに、一人で本を読んでいた。

 日陰に。光の当たらない、注目を浴びない、誰の視線もない、暗い場所に。

 光を操る能力を持った自分が、こうも陰気なのは、なんの皮肉だろうと思った。

 一生こうやって、他人に怯え続けて生きるのだろうと、そう思っていた。

 彼女に出会うまでは。


 二人は始め、ひとりぼっちと、ひとりぼっちだった。


 いつものように、ラティが本を読んでいると、近くの席からすすり泣きが聞こえてくる。


「……ウオオオ、ミミカたそ……ウオオ……泣ける……このシナリオ、マジで神……」

 

 端末でなにやらノベルゲームをプレイしているクラスメイト。

 ボサボサの金髪。目の下には濃い隈が。


 ――変な人だ、関わったら周りに変な目で見られてしまいそう。


 ラティはそう思っていると……。


「……ん、んん、それ『ヤン修羅』じゃん!」


 ラティが持っていた本を見て、ガウェインが声を上げた。潤んだ瞳のままこちらへ寄ってくる。


「これ面白いよね~……これ何巻? あ、新刊か、いつの間に……ゲームにかまけて忘れていた、不覚。私もマッハで読むから、読んだら話さない!?」


 読んでいたのは、確か日本のライトノベルだったはずだ。


 彼女との出会い、そのきっかけは、とても些細なものだった。

 それから、彼女とよく話すようになった。




 始めは驚いてばかりだった。世界には、ここまで他人の目を気にしない人間がいるのかと驚愕した。

 ガウェインにとって、他人はどうでもいいらしい。

 だから平然と教室の中でゲームをして、所構わず号泣する。『モブのことなんかシラネ』だそうだ。信じられない生き方だった。

 でも、痛快だった。

 周りを気にしておどおどしている自分が、馬鹿みたいだった。

 彼女を見ていると、一生日陰で過ごそうという決意が、とても間の抜けたものに思えてくる。

 いいや、別に日陰で過ごしたって構わない。

 だって、彼女がいるから。

 彼女は、ガウェインは、ラティにとって眩しい太陽だった。

 誰憚ることなく自由に生きる彼女は、輝いている。

 自分はもう、何かに怯え続けなくて良いんだと勇気をくれる。

 もしも自分が日陰で縮こまっていたら、彼女が照らしてくれるという確信がある。

 


 

『ママ……お腹空いたよぉ……』

『もう……ちゃんとご飯食べてるんですか?』


『ママ……絵本読んでよ……』

『読みましたよ、あの本。とっても素敵な物語でした』


『ママ……どうして私に構ってくれないの……私のこと、嫌いなの……?』

『どうしてあなたに構うかですか……? えっと……笑わないでくれますか? あなたは、私の……あっ、もう! どうして笑うんですか……!?』


 ガウェインの世界に、人間は二種類しかいない。



 母親と同じどうでもいい人間たにんと。

 

 大切なたった一人ガラティーンだ。


 ガウェインは不思議でしょうがなかった。

 どうして世界の全てが面倒なのに、彼女だけはそうではないのだろう。

 他人なんて、どうでもいいはずなのに……。

 どうして自分は全てが面倒なのだろう。

 きっと、初めて接した『他者』である母親に、あんな扱いをされていたから……。

 でも、彼女はだけは違う。彼女だけは、自分と関わるのを面倒だと思わない。

 きっと、だから……。


 


 それから二人は、騎士と魂装者アルムになった。

 二人で勝って、勝って、勝ち続けた。

 二人なら、誰にも負けないと思った。

 いつしか、二人は英国の学生内で頂点に立っていた。

 

 孤独な少女が二人。

 ひとりぼっちと、ひとりぼっち。

 何者でもない二人が出会い、互いが何者であるかを定義した。

 

 こうして二人は、今の在り方――ガウェインとガラティーンになった。


 □ □ □


『ファイブ! シックス!』


 カウントが続く僅かな間、倒れた二人――そして、魂装者アルムの二人の脳裏に、過去のことが過る。

 それは、理由となる。

 立ち上がる理由に。

 そして、なにより――。




 ――こんなところで負けたら、じんやには一生振り向いてもらえない。

 ――アンナ様が、こんな所で負けていいはずがありません。




 ――ああ、そうだ、そうだった……私には……この世界の全てが面倒に感じる《怠惰の山吹・陽光の騎士》ガウェイン・イルミナーレには、たった一つだけ面倒じゃないものがあるんだった……。

 ――ガラティーン・イルミナーレにとって……この世界で唯一の輝きが、こんなところで消えていいわけがない……。


 




「私のことは……別にどうだっていい……でも、ラティだけは……ラティのために戦うことは、少しも面倒じゃない……」

『イン子は私の光なんです……それが、こんなところで消えていいわけがない……』






「じんや……ああ、じんや……アンナの狂愛アイは、こんなところじゃ終わらないよ……」

わたくしは道具……アンナ様の願いを叶えるためならば、私はどうなっても構いません……さあ、アンナ様、私を使い潰して、願いを叶えてください……っ! アンナ様は、ここで終わっていいはずがありません……』




「『だから』」


「『だから』」







            「「『『――――負けられないッ!』』」」






 二人の騎士と、二人の魂装者アルム


 負けられない――四人の想いは、同じものだった。


 両者、この戦いは、絶対に譲れない。


 ガウェインが立ち上がる。

 アンナが立ち上がり、リングへ舞い戻る。



「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《陽光剣装ガラティーン第三決戦形態フェイズスリー》」



 起句と共に、斬り飛ばされた物も含めた四本の巨腕が光となって消失。

 ガウェインの手に握られたのは、一振りの巨大な剣だった。

 

 ガウェインの体程もある大剣。

 ガラティーンの、真の姿。


「悪いね、屍蝋アンナ……気が変わった、本気で勝たせてもらう」


 これまでのふざけた口調とは違う。

 

(……さっきの第一試合、なに頑張っちゃってるのって思ったけど……人のこと言えないなあ……ガウェインちゃんは、ラティのためなら、どんな面倒な相手でも頑張れちゃうんだもん)


 ジンヤ対ハヤテの試合。

 面倒なことをしているな、とガウェインは他人事だったが。

 いざこうして大勢の観客を前にして、リングの上に立つと、彼らと同じようなことを、自分はしている。

 英国にいたころも、こうした試合は経験していたはずなのに。


 長い間、本気になることを忘れていたのかもしれない。

 第一試合の二人や……目の前の必死な少女に当てられたのかもしれない。


 なんでもいいだろう。

 今はただ……久々に全力で叩き潰したい相手が目の前にいる――その事実がとても、心地よかった。



「――さあ、始めようか」

「……ごめんなさい、もう終わりです」



「……え――、……?」



 刹那。

 アンナの姿が、目の前に。


「……あなたはとても強いので……だから、アンナは本気を出します。できれば出したくなかったんだけど……でも、ごめんなさい、負けられないので」


 大鎌が放たれる。

 

 何を言っている――とガウェインは訝しむ。

 なんの変哲もな一撃だ。こんなものは容易に防げる。

 

 だが――。





「――――《慈悲無く魂引きユースレス裂く死神の狂刃ソウルイーター》」

 




 速度も軌道も、特筆する点のない、起こりも見えている、芸のない、つまらない一閃だった。

 大した魔力も込められていない。

 こんなもの、ただ自身を魔力で覆うだけで防げるだろう。

 ガウェインは大剣で鎌を弾き飛ばし、その次の一撃でトドメだと確信した。


 だが、死神の刃は、このつまらない一閃で、命に――いいや、魂に届く。


 漆黒の大鎌と、陽光の大剣がぶつかり合う。


 刹那、死神の刃が閃いて、魂を引き裂いた。


 ――信じられない現象が起こった。


 大剣が消失し、ラティの体が現れる。

 ガウェインは、ラティの武装化を解いていない。

 そもそも、そんなことは有り得ないのだ。

 戦いの最中に、武装化を解けば、魂装者アルムが危険に晒され、騎士は無力になる。

 それは起こり得ないことだ。

 だからこそ、ナギのあの行為は《二十八年目の奇跡》と呼ばれるほどに、異例だった。

 だが、あの場面とは異なり、ここでガウェインが武装化を解くメリットは皆無。

 ラティも、武装化を解こうなどとは、考えていなかった。


 そして、思い至る。


「……まさか、武装化の強制解除……ッ!?」


「正解です――そしてさようなら」

 

 死神の刃が、無慈悲に閃いた。


 ガウェインの体を引き裂き、鮮血が舞う。


 

 一回戦第2試合、ガウェイン・イルミナーレ対屍蝋アンナ。


 ――――勝者、屍蝋アンナ。


 □ □ □


『決まったアアアアアアアアアアアア!

 勝者、屍蝋アンナ選手!

 しかし、最後の一連の流れどういうことなのでしょうか……!?

 突然、イルミナーレ選手――ええと、この場合はガウェイン選手、ガラティーン選手、どちらも指すのですが……武装化を解いたように見えましたが……?』


 熱狂が、次第に困惑と戦慄へ塗りつぶされていく。


『なんだ、今の……?』

『最後、なにが起きたんだ?』

『さっきの試合の真似でもしたのか……? でも、あの場面で武装化を解いても……』


 観客達は、まだ困惑の段階だ。

 しかし、何が起きたかの推測が出来た騎士は――



「間違いない……武装の強制解除……! そんな、ありえない……そんな能力が、存在していいのか……?」


 ジンヤの声は震えていた。

 

 あの場面で、ガウェインが武装化を解くはずがない。

 であれば、アンナが何かをしたと考えるのが妥当。

 武装化の直前に起きたこと――大剣と大鎌の激突。となると、発動の条件は、大鎌との接触か。

 あれは、騎士と魂装者アルムという在り方を根底から覆すものだ。

 魂装者アルムを持った騎士に、魂装者アルムを持たない騎士が勝てるはずがない。

 これは絶対的な事実。

 では、強制的に相手の魂装者アルムを武装解除してしまうという技なんてものがあるのなら……。

 あの技を使用した時点で、アンナの勝利は確定する。

 ――――恐らく、一つの技として比べた場合、あれは、全ての騎士が持つ技の中でも最強の部類になるのではないだろうか?


 他の技とは、根底から在り方が違う。

 あれは、戦うための技ではなく、強制的に戦いそのものを終わりにする技だ。


 アンナはこれからの試合、二回戦、三回戦、準決勝、決勝……あと四回、ただあの技を繰り返しているだけで勝ち上がれるだろう。

 

 卑怯だろうか。

 反則だろうか。

 ……いや、そんなことは、どうだっていい。

 あの技は、こうして存在している。

 そして、次の対戦相手は、屍蝋アンナだ。

 ならば自分は向き合わなければいけない。




 これまでで最強の――それどころか、これから先戦う相手の中でも、最も異端の技を持つ騎士と。






 

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