第2話 一回戦第二試合 屍蝋アンナ VS ガウェイン・イルミナーレ
『我は《七彩円卓・大罪騎士団》序列1位――――《陽光の騎士》、ガウェイン・イルミナーレ! 我が剣の輝きを受けて散れッ!』
剣祭に出場する選手が多く宿泊しているホテルの一室。
そこは、ホテルの部屋とは思えないほどに散らかっていた。
積み上がった漫画や小説、ゲーム、アニメ、映画のパッケージ。
空になったカップ麺の容器や、ポテトチップスの袋。
敗北すればすぐにこの場を後にするというのに、まるでそんなことを念頭に置いていない散らかりようだった。
そんな物が散乱した室内のベッドの上。
そこで寝っ転がって端末を操作している少女がいた。
空間上にはホロウィンドウがいくつも開かれている。
ウィンドウには、剣を構えた少女の姿が映っていた。
大仰なセリフを吐いてポーズを決めている。
美しく輝く金色の髪が、風に吹かれ流麗になびく。
さながら気高い女騎士といった風情。そんな自身の映像を見て、少女はうっとりとしている。
「……たまげたなあ……、美少女すぐるだろjk、 これは《陽光の騎士》の異名を持ち、光輝を自在に操る高貴なる女騎士ですね、間違いない」
だらしない笑みを浮かべる金髪の少女。
その姿は、映像の中の華麗さとはかけ離れていた。
元はさぞ美しかったのだろうが、ボサボサで伸び放題の金髪。前髪は長く、青い瞳にかかってしまっている。目元には濃い隈が。
胸元では、かなり小柄な体に反して豊満な膨らみが揺れている。
身長は低く、小学生のようだが全体的な肉付きはいい。胸はもちろんだが、腹回りや臀部、太腿も肉感的だった。
薄手の白いネグリジェに包まれた体。頼りないそれからは、今にも少女の体がこぼれそうだった。
「……うーん……どうして拙者はこうポチャめなのか……」
腹回りについた肉をつまみぐにぐにとこねくり回す少女。
「引きちぎりたい~……うう……でもちぎったら痛そうだし、まっいいか……ちょっとぷにぷになほうがモテそうだし? ってゆーかこの超絶美少女ガウェインちゃんがモテないわけないでしょ、常識的に考えて」
映像内のすらりとした体躯の女騎士と、自身のちんまいぷにぷにの体を見比べる。
「……ま、まあどっちも美少女ってことでね」
映像内の女騎士は、少女――ガウェインの姿を加工したものだった。
もはや原型を留めていない。
「……ってかラティちゃんおっそ、あくしろよ……やめたくなりますよ~」
ぎゅるる、と鳴る腹を擦ったガウェイン。
「……餓死するマジで……ヘルプ、ラティちゃん……って、アッッッッ、やばっ、ガチャ更新きてる引かなきゃ(使命感) SSRミミカたそ全力……必ずお迎えする」
突然機敏な動きで端末を掴み取ると、ゲームのアプリを起動。
物凄い勢いで課金を繰り返し、ガチャを引き続けるガウェイン。
「……頼むー……頼む……頼む頼む……ミミカたそォオオオオッ! うおおおお!!」
祈りながらガチャを回し続けるが、無情な爆死がガウェインを襲う。
「あああああああああああああああ! ああああああ! でねえええええ! クソ! ファック! もう金が……ない!? ナンデ!?
なんで金ってなくなるの!? イミガワカラナイ…………うう、働くか……トリスタン様、お恵みを……うう……仕事しよ……あ、その前にラティちゃんにたかっちゃお♡」
「――――誰にたかるんですか?」
「おそ――――――――――――――いっっっっっっっ!」
部屋に入ってきた橙色の髪の少女。その少女に、ガウェインはいきなり抱きついた。
「……おそいよラティちゃん~……餓死するとこだったんだよなあ……。ちゃんと食料買ってきてくれた……? お、たくさんあるね……じゅるり……」
ラティと呼ばれた少女。
ガラティーン・イルミナーレ。
彼女がガウェインの魂装者だ。
身長はガウェインより少し高い程度。ガウェインが小学生のような体型なら、ラティは中学生のような、とでも言えば適切だろうか。
そばかすの散った顔。少し傷んだ腰まで伸びる髪を三つ編みにしている。
華奢な体に平らな胸。全体的に華がない、地味な印象。本人もそれを気にしている。
不真面目なガウェインとは正反対の、委員長を務めるような気質の持ち主であることが、生真面目そうな表情に出ていた。
ガウェインは、ラティが持っていた袋を漁り始める。中には弁当やお菓子が入っていた。
「……ん~? 明太子釜玉うどん? なんこれ……? たらこスパじゃなくて?」
「イン子ちゃん、たらこ好きですよね? たらこスパもあるんですけどどっちにします?」
ラティはガウェインのことをイン子と呼ぶ。ガウェイン自身が『ガウェインってなんか……響きが強そうで可愛くないよね、超絶美少女ガウェインちゃんのことは、もっと可愛く呼んで欲しい』と言って、そう呼ばせているのだ。
同じ理由で、ガラティーンはラティと呼ばれている。
「……ふーん? どれどれ~……まあたらこならなんでもいいや。お手並み拝見だ、可愛いたらこうどんさん……」
散乱している菓子の袋や本に挟まっていたチラシなどを蹴飛ばしてスペースを作り、そこでうどんを食べ始めるガウェイン。
「……もおー、いい加減にしてくださいよー……あーもー、ちらかさない……今日負けたら帰るんですよ?」
「――私とラティが、負けると思うー?」
いつものふざけた口調とは違う、真剣な問いかけ。
常にわけのわからない大昔のネットスラングを多用するガウェインが、時折見せるこの表情に、ラティは弱かった。
「それは……思わないですけど~……」
頬を染めるラティ。
「……でしょ? ん……んん……!? うまっ、なにこれ……うん、おいしい! 口の中に、たらこの味が広がって……おいしいです。……いやこれマジでおいしいな……イギリスだとこっちほどたらこないしな……たらこ最高……うどんにピリ辛の明太子超合う、そこに卵絡めるじゃん? ピリ辛さがまろやかになるじゃん? もうたらこと卵の超濃厚な旨味が爆発って感じ……ヤバイコレ……もうたらこスパオワコンじゃん、これからはうどんの時代」
「雑な食レポいいですから。……食べ終わったら、部屋掃除しませんか?」
「……うぇぇ~、マンドクセ。やだよー。ラティといっしょなら負けないもーん……」
心底嫌そうに、気だるげな声を出すガウェイン。
彼女が持つ《怠惰の山吹》の名は伊達ではない。
だが、本来の《七彩円卓》においての、《怠惰》の意味は正反対だ。
伝説におけるガウェインは真面目で忠義に厚い騎士の鑑。
『怠惰』とは正反対だ。
彼女達が所属する《七彩円卓』においても、《ガウェイン》はそういう存在のはずで、本来は『怠惰という罪を裁く者』『誰よりも勤勉である者』という意味で《怠惰》の名を冠しているのだが……今代のガウェインは違った。
常に勤勉だが、午前から正午にかけての三時間はさらに力を発揮する、という特性があるはずの《ガウェイン》。
だが今代のガウェイン――イン子の場合は、
常に怠惰だが、午前から正午にかけては、だいたい朝までゲームをしているのでほぼ寝ている……という怠惰っぷりだ。
尤も――彼女はそれが許される実力と、その怠惰さにも関わらずこの地位を得た天賦の才があるのだが。
「……っ、……もぉ~。それとこれとは話が別じゃないですかぁ~……おねがいですから掃除してくださいよう……」
「……あー、はいはい、やるからそのうち……ラティ、明太子うどん100個買ってきて」
「自分で買ってきてください、自分のお金で」
さすがのラティも少しイラッときた。
無茶苦茶な要求を一蹴して、ラティは自分の分の弁当であるたらこスパを食べ始めた。
ガウェインの影響で、ラティもたらこが好きになってしまったのだ。
「……もうすぐ試合ですね」
緊張感に満ちた声で、ラティが言う。
「……ん? あ、うん、そうだね。ってかラティ、今期のアニメなに見る?」
「え? えっと、まだ決めてないです。もう夏の始まってますよね?」
急な話題転換に戸惑いつつ、応じるラティ。
ガウェインは試合のことはどうでもいいようだ。
彼女は凄まじい才能を持っていながら、あまり戦いに執着しない。
自身の力は、才能は、ただ生まれ持ったもの。そこに特別な拘りなどない。
戦いとは、金を稼ぐ手段……つまりは、ただガチャ代を稼ぐためにしているにすぎない。
そんなふざけた考えてでも、トリスタンは何も口出しはしない。
彼が重んじるのは強さ。思想など二の次だ。ケイあたりはガウェインのふざけた態度には事あるごとに小言をもらしているが。
「イン子ちゃんの今期のオススメは?」
「オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww 拙者が今期オススメしているのは、ヤン修羅、アベンジレッド、セカキョーなどですねwww」
「その変な喋り方、ほんとなんなんですか……?」
「……いや、昔はこれがクールな喋り方だったんだって、これ豆知識な」
「ふぅーん……? まあ日本に来てはしゃぐのはわかりますけど」
「……あたりまえだよなあ? やっぱ最高だね~こっちは……まあ、こんな戦いばっかの街よりアキバとか行きたいけど」
「なら早く仕事を終わらせないとですね」
「……だね~。……さて、あいつの誘い、どうするかだよねー。トリスタン様的には全然オッケーだろうけど、アグニがどう動くかだよね。……ってか、今の都市側にマークされてない旨味捨てるのももったいないけどー……でも、あいつ、金払いよさそうだしなあ……」
「そこはイン子ちゃんに任せますよ。私はイン子の剣ですので、使い方は如何様にも」
「……うん、任せろ相棒……私が上手に使ってあげるからね、デュフフフ……」
そう言ってガウェインの手がラティの薄い胸に伸びる。
「ゃん……ばかっ、どこ触ってるんですか!」
「……いいじゃんー、減るもんじゃないし。……もう減りようがないし」
「うるさいです、デブ」
「あ――――――――っっっっっっ! ラティ言っちゃいけないこと言った――――――――――っっっっ! 傷ついた! 超絶美少女ガウェインちゃんの心は硝子だぞ?」
「はぁ~……あなた、私と違って元がいいんですから、少しは運動したらどうです?」
「……やだよ~、元がいいからこのままでもいいんだよ~……」
口を尖らせるガウェイン。
その様を見て、ラティは笑う。
「……ラティはぷにぷにのガウェインちゃんは嫌い~?」
「それはまあ……、」
ラティはガウェインの腹をつまんだり、指でつついたりしつつ。
「まあ……好きですけど」
「……えへへ~、私もラティのこと好きだよ~」
だらしない笑みを浮かべながらラティに抱きつくガウェイン。
ふと、ラティは思う。
思えば遠くまで来たものだ。
あの教室の片隅で、ひとりぼっちとひとりぼっちだったラティとガウェインは出会った。
そしてひとりぼっち達は、二人になった。
二人で勝って、勝って、勝ち続けて……その果てが。
《七彩円卓・大罪騎士団》なんてものに入って。
今度は英国を離れ、日本での任務ときた。
でも、大丈夫だ。
どれだけ遠くまで来ても。
どこにいても。
二人なら、大丈夫。ラティはそう、信じている。
だから、今度も勝てる――そう彼女が決意を新たにした時だった。
ノックの音が響く。抱きついてくるガウェインを引き剥がし、扉の方へ。
扉を開けた瞬間――、
「ちょりり――――ん! ウェーイ、ラティたん! おひさし!
円卓一のモテ男、チャラチャラ・チャラチャラ・チャラチャ・チャランスロットがガーたんとラティたん応援しにきた的な? どーよマジ、バイブス上がったっしょ?」
うっわめんどくせえのがきた……と、ラティは扉を閉めたくなった。
鮮やかな瑠璃色の髪をホストのようにセットしている、いかにも軽薄な男。
《七彩円卓・大罪騎士団》
《色欲の瑠璃・不壊の騎士》ランスロット・ディザーレイク。
彼は、元から軽薄な男だったのだが、ガウェインに『これが日本でマジでクールな喋り方だから、これでモテまくり』といい加減な日本語を教わったため、さらにイラっとくる存在になっていた。
「ランスロットさん、どうもです……」
「ウェーイ! どーもどーも! ってかガーたんいる感じ?」
「……おー、ランランじゃん! まあ入って入って」
そう言ってガウェインは彼を勝手に部屋に入れてしまう。
「おじゃまー」
「おじゃまー、ウィーッス、おれもいるぜ」
ランスロットと同じく瑠璃色の髪。カチューシャで前髪を上げている、軽薄そうな男二人目。
彼はアロンダイト・ディザーレイク。
ランスロットの魂装者だ。
ラティとしては、彼もランスロットと大差ないので、ランスロットが二人いるようなものだ。
「……おー、ロンロンも。どしたん?」
「とりま、言いたいことあんだけど、いい感じ?」
「……おk、なに?」
「次のバトル、ヤバたんじゃね? あの黒髪ちゃんアレっしょ? ってかぴえぴえから連絡きた?」
「……きたきた。あ、そっか……次のガウェインちゃん達の相手って……」
「そゆこと。ガーたん、マジでポコパンされちゃうっしょこれ。そしたら、同じタク(※円卓)のダチとしちゃテンサゲだしさ……ここでガチめに気合入れにきた的な?」
「……なるー。いやゆーて余裕っしょ? マジ、タク(※円卓)序列1位ナメんな的な?」
ラティはランスロットが苦手だが、どういうわけかガウェインは彼の奇異なノリに順応できるのだ。
「マ? いける感じ? バリすごいわガーたん。ちゃけばこっちの相手、前回3位らしくて萎え。いやまあ勝てるけど? 勝てるけど~……だるい的な?」
ランスロットの相手は黒宮トキヤ。前回大会第3位の騎士だ。
「……わかるそれな。もっとチョロいのと当たりたかったよね」
「それ! カチンコくるわこのくじ運のなさ。マジでメンディーよこれ」
「……禿同。メンディーだわー」
「まあバックれはしねえけど。トリスタン様オラついたらマジポコパンされておわりだし」
「……とりまトリスタン様オラつかない程度のいい感じにいくしかなくない?」
ガウェインの言葉に、ランスロットは神妙な面持ちで頷く。
「結局それ真理な。トリスタン様オラついたら、ヤバババババエクスカリバーだし」
「……たかし(※確かに)。ほんで、あいつの方は?」
「ぴえぴえパリピするっぽいからかまちょだって。どーする?」
「……ま~行きたさある。アグ二ヤバない?」
「そこな。アグアグ、オラついたらさすがにヤバたん。いい感じにやるしかない的な?」
「……おk、把握」
「りょ。したら試合ガチめにガンバ。ぴえぴえの件、またなんかあったらおくちょ」
「……かしこまり~。ありがとナス!」
「いいっていいって、タク(※円卓)のダチっしょ? じゃ、ドロン」
「……ノシ」
ランスロットとアロンダイトは、キザな仕草で手を振って部屋から出ていった。
ランスロットが話しているのを見るとなぜかどっと疲れる……ラティは宇宙言語を発する彼と容易く会話するガウェインに素直に感心してしまう。
元はと言えば、彼女が教えた言葉遣いなので、会話できるのは当然だが。
「……さて、それじゃ――勝ちに行こっか、ラティ」
「ええ、勝ちに行きましょう」
戦いの時は近い。
彼女達は、ジンヤ達のように純粋に大会を勝ち上がり、《神装剣聖》を目指しているわけではない。
所詮は仕事。大会などただの仕事場。
それでも。
――――彼女達にも、負けられない理由はある。
□ □ □
ユウヒと別れたジンヤが、観客席へ向かっている途中のことだった。
(――――ッ!?)
漆黒の影だった。
何かが、
何かがこちらへ疾走してくる。
速度、軌道から考えてまず間違いなく激突する。
体当たりを仕掛けてくるつもりだろうか。
ならばどうする? 防御か、回避か、迎撃か……どう防ぐ? どう躱す? どう攻撃を仕掛ける?
直撃までもう時間がない。
そこでジンヤが選んだ選択は――。
――なにもしない、だった。
「あ、ぐうっ!」
黒い影が、ジンヤに突き刺さった。
「じんやー♡」
影の正体は、屍蝋アンナだった。
対処を選ぶ直前、向かってくるのがアンナだとわかったため、何もしないことを決めたのだ。
ジンヤはアンナが自分に危害を加える、という可能性は微塵も考慮しなかった。
かつて共に過ごしたオロチの屋敷での二年間。その日々を経て、彼女のことを信頼しきっているのだ。
「じんやじんやじんや~♡」
ジンヤに抱きついて頬ずりしてくるアンナ。
「わっ、アンナちゃん……どうしたの? 次試合でしょ?」
「うん。だからね、試合で頑張れるように『じんや成分』をほきゅーしたかったんだけど……だめですか?」
「えっと……それはどうすると補給されるの?」
「こうやってね、ぎゅーってするとほきゅーされるんだよ? ぎゅ~」
「そ、そっか、そうなんだ……」
「そうなんだよ~、ふへへぇ……」
細い腕で力いっぱいジンヤを抱きしめるアンナ。
ジンヤは対処に困ったが、幸せそうなアンナの笑顔を見ていると、どうにも無碍には出来ない。
「あらあら……アンナ様ったら、往来で大胆でございますね」
そこへやって来たの黒髪の少女だった。
どことなくアンナと似た危うさをまとっている。
腰までの艶のあるロングストレート。前髪は綺麗に切りそろえられており、日本人形めいている。
黒い瞳は光を宿さずどこか虚ろだ。
身長はアンナよりも少し高いが、ジンヤよりもかなり低い。中学生程の背に反して、胸元は大きく膨らんでいる。
黒い少女が、ジンヤに近寄ってくる。
「お初にお目にかかります……私は花隠エイナと申します。……ずっと……ずっとずっと、ずっとっ! ああ……本当に、お会いしとうございました、ジンヤ様」
少女――エイナの虚ろな瞳に、光が宿る。恍惚とした表情、頬は紅潮している。
彼女のジンヤを見つめる瞳も。
――アンナと同様の狂愛が宿っていた。
「え、と……初めまして。刃堂ジンヤです」
いきなり熱のこもった視線を向けられて戸惑うジンヤ。
アンナと再会した時も驚いたが、まだ原因は察せる。アンナは昔からジンヤにべったりだった。それが離れ離れになっている間に、あのように暴走しているとは思っていなかったが、それでも筋道はわかる。
だが――彼女、エイナに関してはまったく身に覚えがない。
「あ、エイナ。ちょうどいいね。やっとじんやにエイナを紹介できるね! ……じんや、エイナはね、じんやの魂装者になるんだよ?」
「……は? え、ええ……!?」
「ジンヤ様に使って頂ける日、このエイナ……ずっと夢見ておりました」
艶っぽい声で告げられる驚きの事実――というか、勝手にとんでもないことが決められている。
「いや、僕にはライカが……」
「……アンナはね、じんやには、らいかさんはふさわしくないと思うなー……」
「そんなこと――、」
「――――あるかどうかは、戦いで決めよう? アンナ達は騎士でしょう?」
ぞくりとする程冷たい声。
暗く、吸い込まれそうな瞳で、アンナはジンヤを覗き込む。
「もうらいかさんには話してあるんだ。だからね……次のアンナとじんやの試合は、それを決める試合になるんだよ? それでね、じんやが負けちゃったら、エイナをじんやの魂装者にしてあげるの! だいじょーぶだよ? エイナは強いから、らいかさんよりもずぅーっと……ね?」
「ええ……アンナ様のおっしゃる通りです。私がジンヤ様に相応しい道具であるということを、次の試合――そして、ジンヤ様との試合で御覧に入れることを、ここに誓いましょう」
二人の少女はよく似ていた。
暗い瞳も、艶っぽい声音も……ジンヤへ向ける、暴走した狂愛も、勝手な言葉も。
「では行きましょうか、アンナ様。まずは私達の進む道の前を飛ぶ羽虫を潰し、その様を以て私達がジンヤ様と相対するに相応しいことを証明しましょう。……それではジンヤ様、本日はこれで失礼させて頂きます」
「うん! ぜぇぇーったい勝とうね、エイナ。……それじゃあね、じんや。だいすきだよ」
無邪気に手を振りながら、アンナはエイナと共に選手が向かうべき控室の方へ歩いて行く。
アンナの魂装者――花隠エイナ。騎士が騎士なら、魂装者も魂装者というべきか、ジンヤに強烈な印象を植え付けていった。
□ □ □
いよいよ、アンナ対ガウェインの試合が近づいてきた。
「ジンくんどうしたの……? 顔色悪くない?」
先に観客席に来ていたジンヤのもとへ、後からライカがやって来る。
ジンヤとハヤテ同様に、ライカもナギとの別れは済ませてきたそうだ。
彼女にアンナとの一件にについての話をするかどうか迷った。
「いや、なんでもないよ」
「……? そう?」
ひとまず試合が終わってからでいいだろうと判断して、その話は後に回す。
アンナが勝てば、彼女の次の相手はジンヤ。
そこで負ければ、ライカとパートナーを解消しろという要求。
受け入れられるはずがない。
しかし、ライカがその要求を呑んだのだとすれば――いいや、このことに継いて考えるのも後に回そう。
今は兄弟子として、妹弟子の試合に集中するべきだ。
□ □ □
「ちょりりりーん、ユッヒー!」
「どうもです、ランスさん」
観客の中には、輝竜ユウヒとランスロットの姿もあった。
「ちゃけばどーよこの試合。ガーたんいけそう?」
「どうでしょうね……わかりませんが、同じ学園の仲間を信じて応援しますよ」
ユウヒ、ガウェイン、ランスロットは同じ煌王学園の生徒だ。
『勿論。応援してます。それじゃ……一応、ボクも煌王の一位なので、他の代表のところへ行かないと。ちょっと問題児がいまして』
『問題児……? えっと……なんか大変みたいだけど、頑張って!』
ユウヒとジンヤが出会った、抽選会の日。
あの時に言っていた『問題児』というのが、『抽選会メンディー』『……抽選会とかいかなくてよくね? 自分、ゲームいいすか』などと言っていたランスロットとガウェインのことだったのだ。
「フゥー! 優等生~~~ユートゥーセイー! フゥーッ! さっすがユッヒー。ガチめにそのスタイル、ペクれるわ~(※リスペクトできる)」
「……はは、ありがとうございます。ランスさんの試合はこの次だけど、調整していなくていいんですか?」
「たかし、調整とかそういうのもプラ夫高め(※プライオリティが高い)だけど、ま~自分ダチ公大事にするタチなんで……ガーたんのバトル見逃せないっすね」
ふざけた口調ではあるが、裏表がなく仲間意識が強いのだな……とユウヒはランスロットの人となりについて考える。
裏表がない。自分とは似ても似つかない性質だ。
尤も、別段そんなものを必要とするわけではないが。
自分の成したい正義というものは。
□ □ □
アンナとガウェインが入場してくる。
場内が歓声に包まれる。
入場してきたアンナに、異様な視線を向ける者がいた。
パーカーを目深に被ったラフなスタイルの少年だった。
長めの黒髪。整った中性的な顔立ち。
どこまでも暗い、全てを塗りつぶすような真っ黒な瞳――かと思えば、それは子供のように無垢な輝きを宿すこともある。
「……ギヒ」
悪辣な笑みを漏らす少年の名は、罪桐ユウ。
「さーてアンナちゃん……とりあえず様子見させてもらうよ。この戦い、どう転んでもおいしいからねえ……」
アンナが負けた場合。
ジンヤやライカの前で、あれだけの大口を叩いておいて敗北すれば、その絶望はどれだけ深いか。
彼女の語った、ライカはジンヤにふさわしくないだのなんだといったあれこれは全て無に帰す。
その絶望も……悪くない。
とても甘美だ。
さぞ素晴らしい惨めさだろう。
そうなれば彼女はどんな甘い声で鳴いてくれるだろう。
どれだけ心地よい慟哭を響かせてくれるだろう。
そして、アンナが勝った場合。
そうなれば――……。
電流のような刺激的な快楽が、ユウの背筋を這い上がってくる。
「……ああ、楽しみだよ、アンナちゃん……そしてバカみてーにこんな戦いに心踊らせてる玩具共。早くキミたちで遊んでやりたい」
少年は笑う。どこまでも悪辣に。
自身の描いた絵図を浮かべ、そこで生まれる愛おしい絶望の形を想望しながら。
□ □ □
『さぁ、それでは行きましょう! 注目の美少女ルーキー対決! 勝つのは一体どちらの騎士なのか!』
『――Listed the soul!!』
実況の桃瀬の声に続き、電子音が響く。
黒髪と金髪の少女が、睨み合う。
「《魂装解放》――《魂葬の死鎌》」
「《魂装解放》――《陽光武装・第一形体》」
アンナが構えたのは、彼女の身の丈程ある漆黒の大鎌。
鎌の柄を愛おしそうに優しく撫でた後、刃を相手へ向けて構える。
ガウェインの魂装者は――異常の形をしていた。
『おおっと……これはなんだ――――!?
こんな魂装者は見たことがないッッ!』
実況の叫び声。
客席も騒然となっていた。
ガウェインの魂装者。
その形状は。
巨大な、ベッドだった。
ベッドから鋼鉄の脚が四本生えており、歩行できるようになっている。
さらに、脚とは別に二本の巨大な鋼鉄の腕が。
ガウェインは悠然とそこに寝そべっている。
「……あのー、なんですか、そのふざけた武器」
「……ふひひぃ、ふざけてるかどうか確かめてみなよ、可愛いお嬢ちゃん」
余裕を見せるガウェイン。
その言葉に、アンナは顔を顰め――
「……じゃあ、いくね」
地を蹴り疾走。
さらに、アンナの足元にある影が、蠢いた。
影が生き物のように動いて、ガウェインの方へ伸び、地面から飛び上がる。
漆黒の槍となった影が突きを放つ。
「……にゃるほど、影使い」
ガウェインは、笑った。
アンナの放った突きを、巨大な腕が払う。
「……ふひ、ざーんねん、お嬢ちゃんはガウェインちゃんとは相性最悪だねぇ!」
同時、巨大な鉄の腕が伸び――刹那。
巨大な手から魔法陣が浮かび上がり、術式が作動。
放たれたのは、閃光だった。
「……ッ! ……くっ!」
閃光に視界を潰されることを察したアンナは、咄嗟に腕で目を覆う。
そこへ迫る巨大な鉄の拳。
――直撃。
アンナの小さな体が、藁屑のように吹き飛ばされた。
リング外、客席を守るための防護術式まで一気に飛ばされ、背中を叩きつけられるアンナ。
「か、は……あッ……!」
『強烈な一撃が入ったァアアアアアア!
アンナ選手、リングアウト&ダウン!
一回戦第2試合にして、今大会初のリングアウト&ダウンとなります!
10カウント以内にリングに戻らなければ、敗北となります!』
カウントが始まる。
倒れたままのアンナ。
「……そのまま寝ちゃいな、ロリロリの可愛いお嬢ちゃん……所詮はそこらの学生なんか、超絶美少女ガウェインちゃんとラティの敵じゃないんだよね」
ガウェインがベッドに寝そべったまま笑う。
『ファイブ! シックス!』
アンナの敗北へのカウントが、無情に続いていた。




