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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
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 本当のエピローグ 彼らは必ず


 一回戦第1試合、ジンヤVSハヤテは、ジンヤの勝利――いいや、ジンヤとライカの勝利で終わった。

 試合後、ジンヤ、ハヤテ、そしてライカは医務室へ運ばれ、治癒魔術による治療を受ける。

 この大会のために、優秀なスタッフが揃えられている。ライカはすぐに歩ける程度に回復したが、さすがに優秀とはいえ、ジンヤとハヤテはしばらく安静だ。

 会場内にいくつか備えられた医務室の内、ジンヤとハヤテに割り当てられた部屋。

 そこには、ライカとナギの姿もあった。

 試合後――あの死闘の後とは思えないくらい……そう、5月に出かけた、あの日のように気安い会話が繰り広げられている時だった。

 部屋に、一人の男が入ってくる。

 ナギと同じ、翡翠の髪。そして同様にどこか儚げ――というより、生気のない、枯れた印象を受ける男だった。

 刻まれた皺。憂いを帯びた表情。


「……父さん?」

 

 男の名は、翠竜寺ヒカゼ。

 ナギの父親だった。


 男は、ナギの姿を見ると、僅かに目を見開き、帯びていた憂いが消えるも……すぐに自制するかのように、表情を戻した。


「……これは翠竜寺家の人間としての言葉だが……よく頑張ったな、ナギ。いい……いい試合だった」


「……テメェ、いきなり現れて今さら……ッ!」

  

 傷だらけの体で立ち上がろうとするハヤテ。


「いいよ、ハヤテくん」


 ナギはそれを制して、父と向き合う。 

 ハヤテの怒りはわかる。

 

『せめて母体としてまともであってくれれば……』

『その名の通り、お前は役立たずだ』

 

 ハヤテもナギも、この男がナギと、その母親を――自身の娘と妻を侮辱したことを忘れていない、忘れられるはずがない。


 そんな男が今さらなにを。ハヤテの怒りは当然のものだろう。


「……ありがとう、父さん。……少しは、父さんの理想とする強い魂装者アルムに……優秀な道具になれましたか?」


「……ああ……ああ……、」


 枯れ果てた男は、静かに涙を流した。


「……お前は……母さんに似て、素晴らしい魂装者アルムだ……」


「なら……よかったです。ずっと翠竜寺の娘に相応しくないことは……父さんと母さんの娘として不出来だったことは、不服だったので」

 

 ハヤテにも、ジンヤやライカにも、親子の会話は、どこか歪に見えた。


 どこまでも、男は娘を《魂装者アルム》と呼ぶ。

 そんな言葉が。

 道具として優秀などという言葉が、父から娘への言葉なのだろうか?


 だが、ナギはわかっているのだ。

 この男は、どこまで行っても翠竜寺だ。七家だ。《魔術師》だ。

 人ではない、父ではない。そんな生温いもの、とうに捨てている。

 きっと、母が亡くなった頃には、既に。


 そんな男が、もう自分を今さら曲げることなど出来ぬほどに歳を重ね、凝り固まった男が、どこまでも不器用な男が、なんとかして捻り出した言葉がそれなのだと、わかってしまうのだ。

『これは翠竜寺家の人間としての言葉だが』

 そんな前置きがなければ。

 道具としてでしか、娘を褒められない。

 我が父ながら……本当に……どこまで……、とナギは小さな笑みをこぼした。


 最低な関係だった。

 こんな家に生まれるくらいなら死にたいとも、こんな親は殺してしまいたいとも思ったことは何度もあるし、こんな男の血を継いでいるのかと、動かしがたい事実を憎んだ。


 だが――もういいのだ。


 だって、もう飛べる。

 もう、道具じゃない。

 

 もう……全てを諦めるのは。

 父とわかり合うことを諦めるのは……やめることにしたのだ。


 ナギは、父を許そうと思った。


「……ナギ、お前の名だがな……」


『その名の通り、お前は役立たずだ』

 かつて男は、娘にそんな言葉を突きつけた。


「……それは、私とハル――……母さんでつけた名だ。翠竜寺の男はどうしようもない者ばかりだ。私も、親父も……そして……」


 翠竜寺ハルカゼ。

 どこまでも優しかった、ナギの母。


 男はハヤテへ視線をやる。

 ハヤテは、にやりと笑ってから一度ナギを指差して、その後にぐっと親指を突き出す。


 『確かに自分はどうしようもないが、ナギがいるから大丈夫だ』と、そんな意味だろう。


「……だから、嵐の日もあれば、穏やかな凪の日もあっていいだろうと……優しい子になって欲しいと、そんな願いを、込めていたのだ」


 男の告白に対し、ナギは。


「……知ってたよ? おじいちゃんに聞いたし」


「……親父め」


 ナギは不敵に笑う。

 ヒカゼは忌々しそそうにしつつ、自身の父の顔を浮かべていた。 


「……私は小さいころから、魂装者アルムになれるかどうかもわからない役立たずで、魂装者アルムになれたかと思えば、今度はすぐに死んじゃう役立たずで、父さんの言うことも聞かないダメな娘だったけど……でも、今日の試合で私とハヤテくんはすっごく強かったから……だから、私は翠竜寺の魂装者アルムとして、相応しい……そういうことでしょ?」


「……、」


 歯に衣着せぬ物言いで父の言葉を代弁していく。


「ねえ父さん……私のこと、認めてくれるなら、ハヤテくんのことも認めてくれるよね?」

「無論だ。あれほどの騎士ならば、翠竜寺に相応しい」


「またそーゆー言い方……。……だってよ、ハヤテくん?」

 

 ナギの言葉を受けて、ハヤテは。


「まっ、認められないならさらってくつもりだったけど、認めてくれんならそれに越したことはねえに決まってるわな……」


 言って、笑った後。

 ハヤテはベッドの上で、頭を下げて――


「……こんな格好で申し訳ないですが……――娘さんは絶対に幸せにします」

「……ああ、よろしく頼む」






 目の前で進行していくやり取りに、ジンヤは首を傾げた。


(……んんん?)

 

 なんだろうか、これは。


(…………なぜ、僕は、突然、親友が彼女の親に結婚の挨拶をしているところを見せられているのだろうか……ん? …………んんんん?)


 ジンヤは、展開についていけていなかった。







 □ □ □

 

 それから、男は満足そうに笑って、病室を出て行った。

 

 ……そして。


「…………えっ、ハヤテとナギさん、結婚するの!?」


「おう……まあ死ぬならするかって話だったが、死ななくてもするわ」


「……そ、そうだったんだ……なんで言ってくれなかったの?」

「いやアホか、それ言ったらバレるだろうがいろいろ」


 ハヤテはずっと、病気のことを隠していたのだ。当然、この事も話せるはずがない。


「まー、大会で先に行ったのはお前らだったが、男女としてはオレらのがずっと先に行ってるってわけだ。ゆっくり追いかけてこい」


「……ああ、いずれ追いつく!」

「…………ぶっは!」

「なんで笑うの!?」

「横、見てみ」


 ジンヤが視線を移すと、そこには顔を真っ赤にしたライカが。

 追いつくということは、いずれ……そういうことになる。


「……わ、わた……わたわた……私は……ジンくんがいいなら、いいけど……」


 ジンヤはさりげなく自分がプロポーズしていることに、まったく気づいていなかった。



「え、待って、今の、なしというか……!」

「なしなのっ!?」


 

 金色の髪を振り乱して、ジンヤに詰め寄るライカ。



「いや! だって……! もっと、もっとちゃんと伝えるからこういうことは……!」







「……うん、わかった……かっこよく言ってくれなきゃ、おっけーしないんだからね……?」





 頬を赤らめ、口を尖らせ。


 金色の前髪の隙間から、上目遣いで覗かれて。


 そんなことを言われてしまえば。






 ジンヤは、世界で一番かっこいいプロポーズを考えなくては……と使命感に駆られる他ないのだった。








 □ □ □



 それから、ナギとライカは、ナギの病室へ向かった。

 なんでも男子禁制の話があるらしい。


「……はぁー、負けちまったなあ……」

 

 しみじみとつぶやき、ベッド脇に置いてあったスポーツドリンクを手に取る。

 ジンヤも同じ銘柄のものを手に取っていた。


「……まあ、文句のつけようがねえわ……二回戦進出、祝ってやるよ」

 

 こつん、と手に持ったペットボトルを、ジンヤのそれへぶつけてくる。


 結局。

 負けたのは、自分のせいだ、とハヤテは思っている。

 

 ステータスでは圧倒的に勝っている。

 剣技でだって、負けているとは思わない。

 ジンヤには悪いが、魂装者アルムなら勝っていたと確信している。

 


 では、なぜ負けたのか?



『今、二百二十四通りかな。……一年前、再戦の約束をした日からの日課だからね、そりゃ数も増えるよ』



 あの殴り合いの時には、きっと結果は決まっていた。

 

 ジンヤがハヤテを想う気持ち。

 ハヤテがジンヤを想う気持ち。


 きっとこれは、そういうものが明暗を分ける戦いだった。


 ……認めたくはないが、この親友が自分を想う気持ちは、想像を絶していた。


 勝負に負けたこと自体もそうだが、その点でもハヤテは悔しさを噛み締めていた。

 

 人間は、どこまで他者のことを強く想えるのだろうか。

 ジンヤを見ていると、そんなことを考えてしまう。


 そして、自分はどこまで彼やナギのことを想えるだろうか、とも。


 負けたくない。

 勝負にも、想いでも。


 ハヤテは密かに、そんなことを、強く想った。


「風情のねえ乾杯でわりぃな」

 

 ペットボトルでの乾杯というみみっちさを、ハヤテは笑う。


「……ううん、祝ってくれるならなんでも嬉しいよ。……それでさ、ハヤテ……」

「ん?」

「……ナギさんとは、その……結婚ってことは、どこまで……」







「そりゃもう、ヤりまくりよ?」


「ヤりまく――――ブファアオッ!?!?」






 

 スポーツドリンクを吹いた。


「うっわ汚ねッ! ……んだよ、まだなのか? そっちはどうなんだよ? どこまでいった?」

「…………キスくらいなら」

「ほーん? 中学生か? いいぞ~セックスいいぞ~?」

「…………」

 

 無言でハヤテを睨むジンヤ。


「……あん? どした?」




「やっぱり一回死んだら……?」

「あァ!? 縁起でもねえ! なんてこと言うんだテメェ!」





「童貞卒業……? 非童貞……? 嘘だ……そんな……親友が……僕を置いて、勝手に大人に……嘘だ……嘘だ……」




「いや、お前もライカちゃんとしたらよくね?」

「…………ッ!」


「なにすごいこと気づいたみたいな顔してんだよ、《迅雷幻閃エクレール・ファントム》思いついた時よりいい顔だぞ、それ」

「うるさいなあ……毎晩、夜の《翠竜閃翼デザストル》のくせに……」



「あたりめーだろ、あんな可愛い女と付き合っててなんもしねーわけあるかボケ。……あとそれどういう意味だ? オレが早漏っていいてえのか?」


「うん!」


「いいんだよ絶倫だからなァッ! 夜の十連撃だぞテメエ!?」



「……ぷっ」

「あァ!? なに笑ってんだッ!?」

「早漏だって(笑)」

「よーし……再戦といくか、友情譚の続きだ」

「……ははっ、望むところだ」


「――と……いきてえが……まあ、来年にするか」

「うん、そうだね」

 


 ジンヤはその言葉を聞いて、満足げに微笑んだ。

 嬉しくて嬉しくてしかたないというように、笑顔が溢れてきてしまう。


 だって、彼は『来年』と口にしたのだ。


「……約束だよ?」

「おう。……次はぜってー勝つ」

「いいや、次も僕が勝つ。師匠のところにいた頃、一体僕がどれだけ負けたか……」

「もうそれ今日のでノーカンだろ」

「なあなあにチャラにされてたまるか。僕と同じだけ負け続けてもらう」

「おー、こわ。……ま、そうはいかねえさ」


 約束を重ねていく。

 つまり、二人の友情譚はずっと続いていくということだ。


「……ねえ、ハヤテ、これからどうするの……? そうだ、これから試合を一緒に見ない?」


「――それなんだがな、ジンヤ……わりぃがしばらくお別れだ」


「……え?」


 ジンヤの頭が真っ白になる。


 お別れとは、どういう意味なのか。


「心配すんな。もう死ぬとかんな情けねーことは言わねえ。諦めるのはやめだ。……テメェがオレに勝てるんだ、オレだって、赫世アグニに勝ってもおかしくねえだろ?」

「そうだね。その前に僕が倒しておくけど」

「……ハッ、言ったな? 負けんじゃねーぞ? ……で、オレはオレなりに、どうにかする道を探してみようと思う」

「……っていうと?」

「一応……当てはあんだ。馬鹿みてえに低い確率だがな……前に言ったろ? 探しに行くんだよ、『伝説の名医』ってのを」

「探しにって……どこに?」

「さあな。まずはそっからだな」

 

 実は先刻、ナギの父――ヒカゼは、ナギとハヤテの端末にあるデータを送っていた。

 それは、《七家》の伝手を利用し見つけた、ハヤテが探す《名医》の情報だ。

 彼は医療と魔術に精通し、騎士としても優秀だ。なので《七家》と関係する、魔術側の世界の住人でもあるのだが、以前からその行方がわからなくなっているのだ。

 見つかるかどうかはわからない。

 《名医》を探す。既にそんな手は、ハヤテはとっくに試している。散々探して、見つからなかった。

 それでも、諦めることはやめたのだ。

 

「……お前に頼りっきりなんて冗談じゃねえ。言ったろ、対等だってな? できれば《願い》なんて使わずになんとかしてえんだ。お前の願いは、お前が決めるべきだしな」

「……そんな、僕の願いなんて、ハヤテとナギさんが助かること以外に……」

「じゃ、ダメだったらそん時は頼むわ。でもまあ、そんなん抜きに、オレのこと関係なく――何度でも言うが、オレを倒したんだから、優勝しろよ?」

「……ああ、うん……勿論……任せろ……」


 ジンヤは、涙を堪えた。

 やっと再会できたのに、やっと再戦を果たせたのに、やっと本当の気持ちをぶつけ合えたのに――また、離れ離れになってしまうのか。

 涙を拭うジンヤ。


 今度こそ、泣きたくなかった。



『……なに泣いてんだよ、そんなにオレがいなくなるのが寂しいかよ?』

『別に……ハヤテなんかいても、うるさいだけだし……』

『っはは……そーかよ、せいせいするだろ?』



 かつて、オロチの屋敷で再会を誓った時も、ジンヤは泣いてしまったから。

 今度こそは。

 そう思ったはずなのに。



「『なに泣いてんだよ、そんなにオレがいなくなるのが寂しいかよ?』……とか、そんな感じだっけ?」

 

 ハヤテも、かつての別れを覚えていたようだ。


「……別に……ハヤテなんか……ハヤテ、なんか……ッ! ハヤテ、なんか……」

 

 ボロボロと、以前よりずっと大量の涙が溢れてしまう。


「……ばーか、……オレァ……男の涙になんざ、興味は……」


 ハヤテを、大粒の涙を零していた。

 

 二人は互いの泣き顔を見てから、笑い、それから涙を拭う。

 今度こそ、笑顔で別れるために。 

 

「……っつーわけだ、しばらく会えねえが……そうだな、決勝くらいは見てえし、その時にゃ一度戻ってくるわ」

「うん、必ず決勝に出るから、見に来てくれなくちゃ許さない」

「ならとりあえず――今度の約束は、それにするか」

「……そうだね」


 言って、二人は拳をぶつけ合う。

 必ず決勝に。

 

 かつて二人は、別れる時に再戦の約束をした。

 これはその再演。

 約束の後、二人は再会を果たした。だから今度も――そんな願いを込めて。


「勝てよ、ジンヤ」

「ああ、勝つよ、ハヤテ……それじゃ」

「ああ……」






       「またね・・・」 「またな・・・






 ここに、友情譚は一度幕を下ろす。

 

 必ず再び、その幕を上げると誓って。














 




 迅雷の逆襲譚ヴァンジャンス 第二巻 


 疾風と迅雷の友情譚/《二十八年目の奇跡》   〈完〉







































 □ □ □





  

























                     ……ふふ。


                    ……ねえ、じんや!


























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