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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
26/164

 本当の友情譚4 疾風と迅雷の友情譚、決着/後編 二十八年目の奇跡

 

 激突する黄金と翡翠の刃。

 

 互いに撃発機構により威力を増強させた抜刀からの一斬。


 威力は互角――いや、僅かにジンヤが優勢か。


「さッすが本家……だがッ!」

「――遅い」

「……くッ、」


 互いに刃を弾き合い、僅かに体勢が崩れるも。

 両者、即座に切り返す。

 依然、優勢はジンヤ。


「《旋風/逆襲一閃テンペスト・ヴァンジャンス》ッ!」


「《迅雷/逆襲一閃エクレール・ヴァンジャンス》ッ!」


 ジンヤは宙を舞う空薬莢との磁力の反発を利用して。

ハヤテは、自身で巻き起こした風を利用して。


 互いに素早く切り替えした一閃が、再度激突。

 速度も威力も、ジンヤが勝る。

 ――が。


「――〝秋声しゅうせい〟ッ!」

「――〝稲妻いなづま〟ッ!」

 

 《翠竜寺流・攻勢/四式、〝秋声しゅうせい〟》――高速の切り返しからの一撃。

 ジンヤはそれにも、難なくついてきた。

 《稲妻》も雷咲流に存在する、《秋声》と同系統の技だ。

 拮抗する刃と刃。



『開幕速攻高速の剣戟だァァ――――ッ!

 まさか試合開幕直後に、あの龍上ミヅキ選手を倒した技が披露されるとは!

 そして風狩選手はいつもの二刀流のスタイルではなく、刃堂選手と同様の居合を使っているようですが……? これはどういうことでしょうか……叢雲・・さん』


『さぁ? なんだろうねえ? アタシんとこにいた時にゃやってなかったことだからさっぱりだね』 


『そ、そうですか……! 

 つまりここまで温存していた新技ということでしょうか……?

 やはりこの試合、目が離せない展開になりそうです!』


「……オロチの野郎、解説する気あんのかね?」

「どうだろうね……まあ、素直に解説のしようがないってことかな」


 解説に呼ばれていた二人に縁のある人物には、彼らも驚いた。

 だが彼らの戦いにこれほど相応しい人物もいないだろう、とお互いに笑みを漏らしたものだ。


「さすがに《抜き》じゃ敵わねえか……っ!」

「二ヶ月そこらで僕の三年間を抜かれたら、それこそ敵わないよ……ッ!」

 

 五月に再会してから、あの《使徒》との戦いを経て、ジンヤとハヤテは、互いに自身が持つ技を教え合っていた。

 ハヤテの《旋風一閃テンペスト》は、ジンヤの《迅雷一閃エクレール》を模したものだ。

 ライカとナギも同様に、互いの秘奥を伝え合っていた。

 撃発機構を搭載したナギの姿の名は、《疾風・迅雷の型》。


 この撃発機構、事前に魔力を注いだカートリッジを使用できるというのは、ジンヤのことを考え抜かれた設計なのだ。

 ジンヤは魔力が少ない。終盤、魔力切れで《迅雷一閃エクレール》が放てないという状況でも、カートリッジの補助があればそれをカバーできる。

 そうでなくとも、通常時に使用すれば、威力の増強が望める。

 魔力不足を、道具などで補助することはルールで禁じられてはいない。

 だが、使用すれば即座に魔力が回復する程の道具など、到底学生の手の届く値段ではない。

 持ち込めば、敵に奪われるリスクも生じる。そもそも戦いの最中に、それを使う隙があるならば、そこまでのレベルということだろう。

 それらの持ち込みは、数や重さなど、細かい規定も存在する。

 だが、カートリッジは武器内部に存在し、これらまとめて一つの武器という扱いなので、それらの規定にも引っかからない。

 ライカが極限までジンヤのために考えた機構なのだ。

 ――そんな大切なものさえ、ライカはナギに教えてしまった。

 尤も、流石のナギも複雑な機構の再現は完璧ではなく、装弾数がライカの三発に比べ、二発と劣っている。

 それでもやはり、最重要とも言える情報を相手に渡してしまうのは、暴挙なのだが。

こんなこと、他の者にならば絶対にしない。それは自らの弱みであり、盗まれてしまえば自身の希少性、優位性を手放すことになるあまりにも愚かな行為だから。

 だが――迅雷と疾風に限り、そうではないのだ。

 どちらかが優勝するのだから、他のことはどうでもいい。

 いずれ戦うのだから、相手が強くなろうと、その分こちらも強くなる。

 最高の戦いのために、最高の力を得る。

 故に彼らと彼女達は、お互いを徹底的に磨き合い、高め合った。

 

 全ては、最高の戦いのために。

 全ては、この瞬間のために。


 ジンヤも、ハヤテも。

 ライカも、ナギも。

 この決戦に望んだ者全員、今この瞬間のために生きていると、生きてきたといっても過言ではない。


 そして、ハヤテとナギは。

 なんの誇張もなく、比喩でもなく、真実これが終われば死んでもいいと思っているのだ。


 ――――だが、ジンヤはそれを許さない。


 鍔迫り合いの最中、両者の視線が交わり、互いに、互いの瞳に燃える闘志を見る。

 ハヤテの口端に、笑みが浮かんだ。


「翠竜寺流・攻勢/三式――〝木枯らし〟」


 ジンヤの刃を絡め取り巻き落とす腹積もりだ。

 だが、ジンヤが《木枯らし》が放たれる寸前で身を引いて技を空振りに終わらせる。


「――〝疾風はやて〟」

 

 それを口にしたのはハヤテ――ーではなく、ジンヤだった。


「ッ! ――〝吹花擘柳すいかはくりゅう〟ッ!」


 ジンヤが放つ高速の突きを、下段から跳ね上げた刃で弾く。


「なんだよ、いきなりオレのこと呼んでよ」

「ただの技の名前だよ」

「人の技パクリやがって」

「生憎、手癖が悪いもんで」

「……にゃろう……」


 ジンヤは、騎士としての才能に恵まれなかった。

 魔力の総保有量が乏しいため、魔力を行使し続けるスタミナに恵まれず、ただでさえ保有量が乏しい上に、瞬間出力が高くないため一撃の威力を高めることも難しい。

 そして何より致命的なのが、《拡散》の項目。これに至ってた完全に零なので、真実この部分のみでいえば彼はただの一般人と相違ない。

 攻撃力がない、スタミナもない、遠隔攻撃全般を使用できない、騎士として大成するどころか、並の騎士にすらなれないはずのGランク。

 しかしそんな現実を、ジンヤは努力で捻じ伏せた。

 驚異的な《精密》、魂装者アルムであるライカとの相性、ライカが生み出した特異な工夫、自身が磨いた抜刀術――これらが組み合わされて生み出される一閃の威力は、一流の騎士と比べても遜色がない。

 遠隔攻撃が不可能ならばと、近距離クロスレンジを貪欲に極め続けた。

 当然、親友が扱う剣技ならば頭に叩き込んでいる。


「……だったら、こういうのはどうだ?」


「……ッ、」


 一年前。オロチのもとで共に修行を重ねた日々の中では見せなかった動きだった。

 すっ、と流れるような自然な動きで持ち上げられた切っ先が、ジンヤの眼前に突きつけられる。

 ジンヤの視線に沿うように置かれた一刀。

 焦点が強制的に、点となった切っ先に引き寄せられる。

 視界が――否、まるで世界があの点のみとなり、全てが消失したかのようだった。


『おっと、これは……? 風狩選手、ただ刃堂選手に剣を突きつけただけに見えますが、刃堂選手の動きが止まりましたね?』


『ありゃ食らってみないとわからんもんさ、試しに自分の人差し指を伸ばして目の前に突きつけてみな。するとどうなる? そこに焦点が合っちまえば、周りのもんが見えなくならないか?』


『えっと……あ、本当ですね……!

 あれも同じ原理でしょうか?』


『ま、刀振り回してる時の感覚ってのはさらに鋭敏な上に、突きつけられてんのは指じゃなくて刀だ……そうするとどうなるかって話だよ』


 会場に自身を指差す者が続出するという奇妙な光景が広がる。

 オロチの解説の通り、今ジンヤの世界は翡翠の切っ先を除き消え失せた。


(……《小野派一刀流・本覚の構え》か……! 知ってても厄介だなこれは……。ハヤテ、こういうことも覚えてきたのか……ッ!)


 ジンヤはその構えを知識として知ってはいたが、この大舞台でそれを使われるということ、基本的に高いステータスに任せた攻撃的なスタイルのハヤテがそれを使うということから、かなりの動揺を覚えた。

 

 もしもジンヤに遠隔攻撃があれば、ただ一歩下がって攻撃すれば、この構えはなんの意味も持たない。

 この広いリングには向かないはずのそれは、ジンヤにとっては鬼門となる。

 彼にとって後退という選択肢は、即自身の不利に直結するからだ。間合いを離せば、遠隔攻撃を持つ敵の有利となり、再び間合いを詰める手間が生じる。


(《一刀流》……恐らく師匠からの着想だろうな。流石に《切落》や、オロチのアレまでは使えないはずだけど……どうする?)


「驚いたか?」

「まあね……」


 声に釣られて、視線を動かしそうになる。そんな隙を見せれば、そのまま串刺しになるのが落ちだろう。

 このまま待っていても、突然こちらの有利に転じることはないだろう。

 ただあの切っ先をずらせばいいだけだ。

 迂闊には動けないが、それでも対処する手立ては――。

 ある。

 ジンヤは瞳へ魔力を集中させる。

 刹那。


「――――、……ッ!」


 素早く後方へ飛び退くジンヤ。

 さらに体を反転させ――、


 後方から飛来していた刃翼を弾き飛ばした。


「……オイオイ、マジかッ!? なんで気づいた!?」

「……企業秘密だよ。……まったく、油断ならないね」

「チッ、とりあえず最低限、針鼠にはなってもらうつもりだったんだがな」


 《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》という高等技術。

 そのさらに応用、遠距離への武装展開。


 《本覚の構え》という奇策に、背後へ武装を出現させるという奇策を重ねていた。

 これを初見で破るのは不可能に近いだろう。

 あれ・・を使わなければ、まず確実に背後から串刺しにされていた。

 

「心底思うよ……僕の親友はやっぱりすごいな……」

「ハッ、まだまだこんなもんじゃねーぞ?」

 

 二刀を構えるハヤテ。

 刃翼六本に加え、翡翠の刀も出現させ、一刀から二刀+六本という彼本来のスタイルに切り替えた。

 三対六本の刃翼を背後に浮遊させたその姿は、まるで翼を広げているかのようだ。

 

「さぁーて、こっから先は初めてだろ? 存分に味わいな、オレの女の切れ味を」

 

 刃翼が閃く、同時にハヤテも疾走。


 六本の刃が時間差で多数に迫る。

 龍上ミヅキの二箇所同時斬撃《蛇竜閃》を防いだ要領で、なんとか刃翼を叩き落とし、ハヤテの二刀と切り結ぶ。


「こっから先は、鍔迫り合いすら許されねえぞ?」


 刹那、さらに刃翼が飛来。

 咄嗟に後退。

 ハヤテの言葉通り、呑気に刃を重ねて膠着すれば瞬く間に刃翼の餌食だ。

 だが距離を空けても、活路はない。

 一方的に刃翼に攻撃され続けてしまうのみ。


「想像よりずっと恐ろしいな、これは……ッ!」


「だろ? ナギが必死こいて掴んだ姿だ、相応に苦しんでもらうぜ」


 五月の再会から何度も手合わせはしていたが、その際にハヤテが全力を見せることはなかった。それはジンヤも同じだ。

 再戦は、決着は、約束は――最高の舞台で。

 二人で決めていたことだった。

 だが恐らく、ジンヤよりもハヤテの方が、隠していた手札は圧倒的に多い。


 六本の刃翼が乱舞し、ジンヤは滑稽に一人踊り狂う。

 

 ここまで互角の戦いが、一気にハヤテの優勢へ傾いた。


(どうする……どうすればいい……? 遠距離は当然不利、近づこうにも刃に阻まれる、強引に近づいたところで、斬り合いの最中に背後から飛んできた刃に刺される……まずあの飛び回る刃への対策をしないと、どうにもならないぞこれは……ッ!)


 必死に刃翼を弾き、躱しつつ、必死に思考し続ける。

 

 刃翼を観察していく中で、気づいたことがいくつかあった。刃翼を弾き飛ばす際、距離や方向を調整する。それに対するハヤテの反応。そして、ハヤテが刃翼を飛ばす範囲、様々な要素全てが、攻略の糸口になるはずだ。

 

 観察を続ける。

 

 刃には、刀身の内部を刳り貫いて柄が作られている。あの刃翼は、飛び道具としてのみではなく、刃自体を握って戦うことも想定されているのだろう。

 

 ――これだ。


 閃きと同時。

 飛来した刃翼へ、突きを放つ。


 さながら、高速で動き回る針穴に糸を通すかのような妙技だった。


 刃翼に柄をつけるために作られたスペースに、刃を通してそのまま地面へ叩きつける。

 跳ねた刃翼を、ジンヤは掴み取った。


「こうやって一つずつ奪っていこうか。いずれ全ての羽を毟り取れば、また形勢は互角だ」

「変態かテメェ……どういう目してやがる」

「そこに関してはお互い様だろう?」


『……ハヤテくんッ!』

 

 ハヤテの背後に、霊体のナギが現れ、怒気を孕んだ声を上げた。

 許せない――その翼を奪うことだけは、絶対に。

 ナギの想いに応え、ハヤテは刃翼を一度全て消失させ――。


 そして。


 両腕を下げ、自然体となったハヤテ。

 自身を風と定義し、もはや何者にも己を斬ることは叶わないという確信の発露でもあるその構えの名は――


「翠竜寺流、守勢/零式――〝凪の構え〟」


「まさか……それは……ッ!」


 ジンヤはその技に見覚えがあった。

 それは、彼らの師である叢雲オロチの使用する技。

 ――《天眼の剣聖》が奥義、《風読かざよみの型・夢想剣/偽》によく似ている。


『風狩選手、飛び回る刃を引っ込め、構えを解いてしまった!?

 どうしたのでしょうか……? 

 刃を奪われ戦意を失くした……なんてことではないはずですが……!』


『真逆だな』


 オロチが呟く。マイクに拾われぬように「あの馬鹿弟子が……」と毒づいた。


 ジンヤは目を見開きながら言う。


「至ってるっていうのか……《天眼》に?」


「まさか……ないない、ねーよそりゃ……それこそオロチがブチ切れるぜ? 『アタシの二十年をナメんじゃねえ』ってな……女が嫁にも行かずにババアになって至った境地だ、さすがにガキにゃ遠いぜ」


『おい、死にてえか馬鹿弟子!』


 ハヤテの言葉をオロチは聞き逃さなかった。

 会場に笑いが起きた。

 彼らの言葉の全てはわからずとも、ハヤテの言い草の酷さは伝わったのだろう。


「おーこわ……後でやっべえなこれ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべるハヤテ。

 だが直後に豹変。それは全てを嘲笑う冷徹なものへと変じた。


「こいつは未だ贋作だ……だが侮るなよ? なにせ同じ贋作なら《神速》すら凌駕した技だ」


 思い当たることがあった。


「……龍上くんを、倒した技か」

「そういうことだ……こいよジンヤ、お前が目指すのは《神速》か? それとも《全知》か? なんにせよこいつは破れねえよ、世間に流れる《剣聖》同士の相性とやらは、悪いが否定させてもらうぜ」


 余裕に満ちた、冷たい笑みを口元に貼り付けるハヤテ。


 《神速》は《天眼》に勝る。

 読み切られたとしてもそれすら捻じ伏せる速度を以てすれば、《天眼》すら破ることが可能だ、というのはかつての剣聖達の勝敗から定説だ。


 ジンヤは《迅雷一閃エクレール》をいずれ《神速》の領域へ到達させたいと考えてはいるが、自身の基本スタイルの目指すべき最果ては《全知》だとわかっている。

 《神速》や《天眼》を目指したところで、ミヅキやハヤテには劣る。

 ならば当然自分に合っていてなおかつ第三の道を選ぶべきだろう。

 ミヅキやハヤテのことがなくても、『技』に重きを置く《全知》の思想はジンヤに合うものだった。

 

 ――だがハヤテは、《神速》だろうが《全知》だろうが凌駕してみせると嘯いた。

 彼の言葉が真実ならば、あの技を破る方法などあるのだろうか?


 今は決戦の最中。

 考えなしに突っ込むのは論外としても、家に持ち帰りノートを開いて対策を書き連ね思考し続ける……などという暇はないのだ。


 であれば思考しつつ、試してみるほかない。


「雷咲流〝雷閃〟があらため――」


 疾走、肉薄、抜刀――


「――《迅雷一閃エクレール》ッ!」


 放たれた一閃。

 決して甘い技などではなかった。

 現在の集中力は、これまでの人生の中でも最高のもの。

 故に、技の冴えはこれまでの最高峰。


 それでも。


「龍上ミヅキにも言ったんだがな……悪ィなジンヤ、こいつは速さじゃどうにもならねえんだよ」


 容易く躱閃たせんを果たしたハヤテの刃が、無慈悲にジンヤを貫いていた。


「……ご、あァ……ぐッ…………、」


 ジンヤは切り裂かれ、激痛に呻くも――直後、



「――〝稲妻いなづま〟ッ!」


「……ッ! ――〝木枯らし〟ッ!」


 ハヤテを驚かせた事実は二つ。

 一つに――ジンヤは、ハヤテが《迅雷一閃エクレール》を躱した直後に放った突きから、身を捻り逃れて、傷を浅いものにしていた。

 そしてもう一つ、浅いとはいえ脇腹を引き裂かれた直後に反撃をしてきたこと。


 それでも痛みで鈍って泳いだ太刀筋だ。

 冷静な運剣で絡め取り、ジンヤの刃を下方へ。

 甘い太刀筋に放った《木枯らし》だ。本来なら刀を巻き落とし、木枯らしの名の通り木の葉の如くジンヤの手から刃を散らせていてもおかしくない。

 驚くべきは、この土壇場でも技に対応した胆力……いや、刀を、愛した女を手放しはしないという執念か。


 手放しはしないといっても、隙は出来た。

 

 ここで終わりだ。

 

 ハヤテの胸に様々な想いが去来する。

 戦いが終わるのが名残惜しいという気持ち。

 そして、やはりこの《凪の構え》の前には為す術なく散るのみという事実を再確認し――己の研鑽と、愛した刀の素晴らしさを誇りたくなる。


 だが、《凪の構え》を以てしても、赫世アグニには敵わないだろう。

 アグ二の恐ろしさは、体術・魔術ともに学生離れしている部分だ。

 体術のみでいえばジンヤも学生の枠から逸脱している。

 しかし、アグニは逸脱の幅で言えばジンヤの体術以上に、魔術の部分でも突出したものを持っている。

 仮にアグニと戦って《凪の構え》を出したところで、ヤツは後方へ下がって強力な魔術を放つのみだろう。

 魔術の打ち合いでも、ハヤテよりアグニが勝るはずだ。

 ならばハヤテは近距離へ持ち込むしかない。

 では、近距離クロスレンジならば?

 ハヤテは覚えている。

 アグニが見せた、刃翼を六枚重ねた防御すら容易く捻じ伏せた驚異的な膂力を。


 あれを攻略するなら、それこそオロチの領域に至るしかないだろう。

 ――命の限られたハヤテに、そんな時間は残されていないのだ。

 

 遠隔攻撃を持たないジンヤがハヤテを倒すには、《凪の構え》を攻略する他ない。

 それが不可能とわかった以上、この戦いはここまでだろう。


 もう少しだけ……あと、もう少しだけ……。

 そんな未練が、ハヤテの刃を鈍らせる。

 死にたくない。

 いや、それ以上に。

 ――もっと、もっともっともっと、永遠に、親友と刃で語り合い続けたい。

 刃を交える度に、興奮で、歓喜で、胸が打ち震える。

 きっとこれは、もしも命の限界がなかったとしても同じだっただろう。

 どういう過程であれ、あの日――オロチの屋敷で約束をした日から、こうなることは決まっていたのだ。


 最高の親友との戦い。これで熱くならないわけがない。


 友と交える刃の愉悦は、この世の何にも代替できない。


 ナギには悪いが、性交にすら遥かに勝る。

 ああ、こんなことを知っている人間が、世界にどれだけいるだろうか。

 これを知っているのだから、ここで死ぬのも悪くない。

 最高の瞬間に死ぬというのは、死に様として素晴らしいものだろう。


 ジンヤは怒るかもしれないが、最高を得た刹那に散ることは、無様に老いぼれていくことに勝るだろう。

 

 自分は、風だ。

 そうやって吹いて去るのも、悪くないのではないか。

 ハヤテはそんなことを考えた。


 本当に自分は馬鹿なのだなと、ハヤテは自嘲する。

 だが仕方のないことだ。

 

 自分は剣鬼けんきで、剣鬼おとこなのだ。

 剣に狂った存在。

 そして目の前に同様の鬼が一人。

 こうも恵まれてしまえば、狂気じみた考えに至ってもおかしくないだろう。


 《凪の構え》を見せ、勝利を確信し、ハヤテは満足を得た――


 ――はずだった。


 いいや、満足などしていない。

 一抹の不満が生じる。

 

 覚えている。

 この感覚を、覚えている。


 

『……なーんだ……期待したほどじゃあ、ねえかもな』 



 初めてジンヤと戦った時だ。

 ハヤテは、ジンヤに落胆し、そして……。


 そして。

 ジンヤは。


 □ □ □


 ハヤテが勝利を確信し、戦いの終わりを感じ……。

 自身が満足などしていないことに気づいた瞬間。


 落胆の表情を見せた、その時だった。


 ジンヤの中に、形の見えない、色もわからない、しかし凄まじい熱量を持った感情が生まれた。

 

 それは絶望であり、悔恨であり、なによりも。


 なにより、怒りだった。


「――――ふざけるなよ、ハヤテッ! まだ終わっちゃいないぞッ!」


 許せなかった。また繰り返すのかと、不甲斐ない自分を引き裂きたい気持ちになった。

 そうだ、過去にもハヤテに失望されて、あの憧憬に追いつきたくて、狂ったように剣を振り続けた。

 追いつくのに、二年かかった。

 そして一年後、またこうも離されている。

 何度、何度繰り返す? 

 親友を失望させるなどという、最低のことを、一体何度繰り返す?

 

 自身の愚かさに、弱さに、ジンヤは絶望し、悔恨し、激昂した。


 そして。

 激昂しているのは、ハヤテに対してもだ。


 ああ、いつもそうだ、そうやって先に行ってしまうのだ。

 勝手に決めつけて、納得して、賢しらぶってしまうのだ。

 

 病気のこともそうだ。

 赫世アグニに勝てないと、諦めたこともそうだ。

 

 そして、今。


 あの時、あの拳を想いをぶつけ合った時に、あれだけ偉そうなことを言った人間が。


 この程度で終わると、本気で思っているのだろうか?


「僕を舐めるのも、大概にしろッ!」


 咆哮し、疾走し、抜刀し――再びハヤテに斬り裂かれる。


 そこから先は、一方的な展開だった。


 全てを《凪の構え》で躱し、斬り裂く。


 ジンヤにだけ傷が増え続け、鮮血の花が咲き誇る。


「なんだどうしたァッ!? いっちょまえなのは気迫だけかッ!? あァ、オイ!?」


「気迫だけかどうか、今見せてやるッ!」


 凄絶な斬り合い。

 飛び散る鮮血。


 実況も、観客も、圧倒され言葉を失う中で――オロチだけが、笑っていた。


 □ □ □


「……ったく、懐かしいもんを見せてくれる」


 あの日から。

 二人が自分達の弟子になった時から、彼らはずっとこうだった。

 ジンヤはハヤテを追い続けていた。

 追いついても、追いついても、すぐに先に行ってしまう。

 そして……その果てに……。

 

「……さぁて、今度はどうなるかねえ?」


 二人の師は、楽しげに弟子達の死闘じゃれあいを見守っていた。

  

 □ □ □


 もう倒れてくれ。

 まだ倒れないでくれ。


 何度も親友を刻みながら、ハヤテは相反する想いを抱えていた。


 この戦いが無様な結末になるのなら、ここで終わらせてしまいたい。

 この先を見せてくれるのなら、なにがなんでもそれが見たい。


 だが、そんな想いなど関係なく、ハヤテはジンヤを倒せずにいた。

 手を抜いているわけではないのだ。

 戦いが終わるのは惜しいが、しかしそんな気持ちで戦いを汚す気はない。

 なのに、倒せない。


 確かにジンヤはハヤテを斬れない。

 だが、ハヤテもまた、ジンヤにトドメを刺すことが出来ずにいた。


 紙一重で致命を躱し続けるジンヤ。

 斬られているが、全て浅い。

 何かを、何かを掴もうとしている。


 そして。

 

 そして――


「見えたよ、風を引き裂く方法が」

「なら答えを語ってみろよ、その剣でな」

「ああ、この一刀で、答えを示そう」


 ハヤテが構える。

 同様に。

 ジンヤも構えた。


 ハヤテは《凪の構え》。

 ジンヤは《雷閃の構え》。


「馬鹿の一つ覚えか」

「一念岩をも通す――いいや、この場合は風をも引き裂くと知れ」


「来いよ、ジンヤ」

「行くよ、ハヤテ」


 刹那。

 ジンヤは疾走し――


「雷咲流〝雷閃〟があらため――」

 

 ハヤテは訝しむ。

 この期に及んでただの《迅雷一閃エクレール》ならば、結果は何も変わらない。

 だが。ハヤテもまたこの期に及んで失望も油断もする気はない。


 ただ友の答えを見届けるのみ。


 □ □ □


 ジンヤは《凪の構え》の仕掛け自体は見抜いていた。

 わからないのは、攻略法だった。


 《凪の構え》は、まず無構えとなり、相手の攻撃を誘う。

 そして、機先を完全に掌握し、相手が攻撃する瞬間に、こちらが攻撃を放つ。

 機先を掌握する、という部分がこの技の肝だ。

 それは《天眼》が最も得意とする部分。

 『剣術とは、心の読み合い』。相手の性格、心理、現状の調子、癖、呼吸、技の起こり、地形、形勢、それまでの戦いの組み立て、これまで相手がどう技を放っていたか……一振りごとに、それがどういう軌道を描くか、どこを狙うか、それらを決定する無数の要素を観察し、思考し、掌握し、相手を暴き、全てを読み切る。

 それが《天眼》の剣。

 《天眼》の洞察眼に加え、ハヤテ個人の能力もある。

  

 それは、風を支配する彼が持つ、微細な風の流れを視認することが出来るという力。

 ――それが、《風読かざよみの目》。

 

『残念だけどな、そんなナマクラ、目ぇつぶってても当たんねえぞ?』

『っつーか、運ねーよなテメェ……俺との相性、最悪だぞ』


 ハヤテと再会した時。

 ライカを拐った、あの透明化を持つ騎士が、ハヤテと相性が悪かったのは、透明になろうが、風の流れを視認すればなんの意味もないからだ。


 《無構むがまえ》、《天眼》、《風読かざよみの目》。

 これらが揃った《凪の構え》は、確かに無敵にすら思える。

 《神速》に比する龍上ミヅキの斬撃すら捉えることが可能ならば、この技を破る方法は存在しないのだろうか?


 ――否。


 ハヤテを間合いに捉え、ジンヤは抜刀を開始。


 □ □ □

 

 ハヤテはそれを見逃さない。

 どれほどの速さだろうが、この風読から逃れられるものなどいない。


(ただの《迅雷一閃エクレール》なのか? 攻略のための仕掛けを入れるタイミングなんて、この先もうねえはずだ……だったら、今まで通りだぞ?)


 不可解だった。

 ここまで、何もないということが。

 何もないはずがない、何かあるはず……だがそれでも、こちらがやることは同じだ。

 

 読み切った攻撃に対し、無慈悲なカウンターを見舞うのみ。

 風は斬られず。

 ただ足を踏み入れたものを、風が引き裂く。


 □ □ □

 

 刹那――。


 ――信じられないことが起きた。


 同じ姿勢で、同じ速度で――それは、完全に《迅雷一閃エクレール》のはずだった。

 なのに。


 ――ジンヤの刃が停止。

 ハヤテのカウンターの一撃を、ジンヤは躱した。


「――――ッ!?」


 驚愕するハヤテ。

 対照的に、冷然とした表情で、ジンヤは静かに呟いた。






「―――…………《迅雷幻閃エクレール・ファントム》」






 この戦いで初めて、ハヤテの鮮血が舞った。


 □ □ □


『ついに破られたァアアアアアアアアア!

 風狩選手が、使用し始めてた途端に一方的な展開となった脅威の技を!

 刃堂選手、破ってみせたアアアアアアアアア!』


 耳を劈く大歓声は、二人には届いていなかった。


 ハヤテの胸に一条の傷が走り、赤い血が滴る。

 

 《迅雷一閃エクレール》は刀身と鞘の磁気反発により加速した一閃。

 抜刀の際に、少しでも力を緩めれば、その荒れ狂う力を制御できずに狙いは外れる――どころか、刀は明後日の方向へ飛んでいくだろう。

 故に、完全に同じモーションで、突然それを停止させるのは不可能。

 そんなことをすれば、必ず動作に綻びが出る。見抜けるはずなのだ。


 動作の差異なしでの、抜刀停止。

 ありえないことだった。

 

 《迅雷一閃エクレール》を読みきったと確信したハヤテは、その軌道から身を躱し、カウンターを仕掛けるも――来るはずの一閃はなく、早まった攻撃を躱したジンヤに斬り裂かれた。


 《凪の構え》の攻略法。それは、ハヤテに自ら構えを解かせることだった。


「……はぁッ……、……ッはぁ…………なに、しやがった……?」


 息を荒げ、問いかけるハヤテ。


「……さぁ? なんだと思う?」


 真相は単純なものだ。

 《迅雷一閃エクレール》を放つ直前、磁力を反転させ、刀を引き戻す。

 たったそれだけ。

 それだけで、完全に同じモーションでの抜刀停止が可能になる。


 土壇場で思いついたシンプルな策、土壇場故に、ハヤテはそこに思い至らない。

 いや、至ったとしても、どうしようもないのだ。



 不敵な笑みすらない。

 ただ冷たい無表情のまま、再び《雷閃の構え》を見せるジンヤ。


 恐怖するのは、ハヤテの番だった。

 

 《迅雷一閃エクレール》か《迅雷幻閃エクレール・ファントム》。

 どちらが来るかまったくわからないこの状況は、言わばジンヤが完全にいくらでも後出しができるということなのだ。

 

 《凪の構え》は破られた。

 《迅雷一閃エクレール》に対し、《旋風一閃テンペスト》をぶつけようにもやはり《ファントム》でタイミングを外され躱されれば、こちらが一方的に斬られる。


 《刃翼》を使えば……いや、先刻対策を見せられたばかりだ。刃翼を削られれば不利になるのみ。


 無様に逃げ惑いつつ、後方から魔術戦を仕掛ける?

 ジンヤには有利だろう。だが、それが決戦に相応しい選択か?

 いや、勝ちに縋りつくのは正しいだろう、美しさなどに拘る気はない。

 それでも現実的な問題として、ジンヤならば遠距離からの攻撃を全て躱して肉薄してくるだろう。


 どうすれば、どうすればいい?


 どうすれば、この相手に勝てる?


 今度は、ハヤテが思考する番だった。


 形勢は、完全に逆転した。


 この絶望的な状況で…………。


 ハヤテは…………。


 …………………………………………………………………………………………笑った。


「……サイッコーだな、テメェは本当に……」

「キミもね」

「《凪の構え》を破るか、それでこそだぜ……親友よ」

憧憬キミに失望されるのは、二度とごめんだ」

「ハッ……そうかよ、うんざりだぜテメェにそのキラキラした目を向けられるのは……テメェはオレに救われただとか、オレに憧れてるだとか言うがな、それはオレも同じだ……なあジンヤ――オレ達、対等だろ?」



「……ずっとそうなりたかった……、僕はそうなれたのかな?」




「ハッ……テメェはオレにいつも一人でなんでも勝手に決めるなだの、悟ったように諦めるなだの言ってくれるが、オレから言わせりゃテメェの卑屈さもムカつくぜッ! なあ親友! 親友テメェ自身だろうが、オレの親友の価値を見くびることは許さねえぞッ!」



 ジンヤは、涙が溢れるのを必死に堪えた。


「オレ達はとっくに、対等だろうがッ!」


 彼はこんなにも……憧れ、焦がれ続けた彼は、こんなにも自分を認めてくれていた。

 

 求め続けたものは、とっくに手に入っていたのだ。

 

 ――――だが、そんなことで満足する気は毛頭ない。




 もう、何もかもが、それ・・に比べればどうでもいいのだ。



 最初からそうだったが、その気持はさらに強くなっていく。






 《炎獄の使徒》も、赫世アグニも、外部からの刺客も、大会に潜む陰謀も、この先も続く大会も、蒼天院セイハ、真紅園ゼキも、黒宮トキヤも、夜天セイバも、なにもかも、全て。



 残り少ない命だとか、約束だとか、夢だとか、憧憬だとか、それらも、全て。






 なにもかも、この気持ちに比べたら、どうでもいい。


 二人の想いは、一つだった。






 ――――――この最高の親友に、勝ちたい。








「……さて、終わりにするか」


「そうだね……決着をつけようか」




 □ □ □


(……とは言ったものの、どうするよ……時間がねえのはお互い様だが、このままならオレが不利だ)


 互いに斬られて血を流している。

 両者倒れて引き分け、なんて末路は死んでも許容できない。


 ジンヤは《凪の構え》を破って見せた。

 ハヤテは《ファントム》を破れないのか?


 いいや、手はある。


 龍上ミヅキとの戦いに幕を引いたあの技ならば。

 あれは防ぐことができない高速連続斬撃。

 確かに現状、ジンヤの《ファントム》は防げないが、ジンヤもまたハヤテの《翠竜閃翼デザストル》を防ぐ方法はないだろう。

 ならば、どちらが早く仕掛けるかのみ。

 そして。

 一撃の威力ならば、ジンヤが勝るだろうが――速さならば、ハヤテが勝る。


「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《疾風・韋駄天の型》」


 二刀を構え、背後に三対六本の刃翼を従える。


 韋駄天とは、仏教における俊足の軍神。

 連撃の速さを求め続けたことに由来する名だが、もう一つの意味がある。

 それは、韋駄天の前身となったスカンダという軍神。

 スカンダは、孔雀に乗っているのだ。

 孔雀は、ナギにとって特別だった。

 三対六本の刃が広がるあの姿は、孔雀を模しているのだ。

 

 

「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《迅雷・疾風》」


 ジンヤは黄金の刃を、左右の手に一本ずつ、合計二本構えていた――つまり、二刀・・だ。


 ナギがライカの撃発機構を使用出来るようになっているのと同様、ライカは《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》を習得していた。

 

 刃翼つばさはないが、それを引き裂く迅雷やいばが二つ。

 

 □ □ □


『ジンくん……いける?』

「勿論。ライカがここまでしてくれたんだ……だから、勝てるよ」


 □ □ □


『ハヤテくん……大丈夫?』

「心配すんな、お前がくれた刃翼つばさがあれば無敵だ」


 □ □ □


 二人はそれぞれの最愛と会話を交わし、そして――。


 仕掛けたのは、ハヤテからだった。




「《翠竜寺流・攻勢/七式〝閃嵐せんらんの舞〟があらため――翠竜閃翼デザストル》」


 


 《攻勢/七式〝閃嵐せんらんの舞〟》。

 一式から六式を繋げて放つ連撃。

 そもそも、一から六の技は全てが連続して放つことが出来るように番号が当てられているのだ。

 そして、《翠竜閃翼デザストル》は、それに加え、風による威力・速度の強化、さらに刃翼による継ぎ目に生じる隙の消失という工夫が施されている。

 この技は、正しく必殺のそれだった。


 《攻勢/一式――〝おろし〟》が放たれる。

 上段からの二刀の振り下ろし。

 一撃目、右の刀。二撃目の左。

 ジンヤは二刀でそれを受ける。


 《攻勢/二式――〝吹花擘柳すいかはくりゅう〟》。

 振り下ろし、下段に位置した二刀を跳ね上げる。

 三、四撃目となる下方の二閃。これもジンヤは二刀で防御。


 《攻勢/三式――〝木枯らし〟》

 五撃目が放たれる瞬間、ジンヤは目を見開く。

 二刀のはずのハヤテが、一刀になっていた。

 消えた一刀はどこへ……いや、ここで一刀を捨てる意味は――すぐに思い当たる。

 だが、遅かった。

 気づいた時には、ジンヤは《木枯らし》により、二刀の内の一つを絡め取られ、地面へ落とされていた。

 これまで《木枯らし》に対応してきたものの、ここに来て二刀と一刀が逆転していたことにより起きしてしまった結果だろう。

 

 そして――連撃は、止まらない。

 

 これよりジンヤは、一刀で残る連撃を防がねばならない。


 《攻勢/四式――〝秋声しゅうせい〟》。

 《木枯らし》の直後、高速の切り返しによる六撃目。

 ジンヤは一刀減じた動揺を押し殺してなんとか防ぐ。


 《攻勢/五式――〝竜巻たつまき〟》

 《木枯らし》、《秋声》と防戦一方で押し切られ、体勢が崩れかけるジンヤ。

 その隙にハヤテは回転――さらにここで信じられない暴挙に出た。

 回転の最中、ジンヤへ背後を向けた状態で、回転の勢いを利用して刀を投擲してきたのだ。

 二刀の状態ならまだしも、《木枯らし》の際に一刀になった今それをすれば、ハヤテの手元にもう刀はない。

 ジンヤを驚愕させるという狙いならば効果は十分だが、代償に刀を失うのでは意味がないだろう。

 驚きながらも、なんとか七撃目となった投擲を防ぐ。

 ――そして刹那。


 回転の勢いそのまま、ハヤテは頭上から落ちてきた刀をつかみ取り、八撃目《竜巻》の一閃を振り下ろす。


 そう、《木枯らし》を一刀で放つために、事前に一刀は頭上へ投げていたのだ。

 このタイミングで落ちてくるように、完璧な計算をした上で、だ。


 《竜巻》を受け、大きく仰け反るジンヤを――


 《攻勢/六式――〝疾風はやて〟》が――九撃目となる高速の突きが襲う。

 仰け反りながらも、なんとか突きを弾く。

 《竜巻》、投擲……さらに《疾風》で、ジンヤの体勢は完全に崩れた。


 十連撃の最後を締めくくるこの技は、一から六のどの技でもない。

 そして、厳密には、翠竜寺流の技ですらない。


 ジンヤの体勢は完全に崩れている、あそこから防御も回避も不可能。

 仮に出来たとしても、この技を対処できるような動作ではないだろう。


 これは友から受け継いだ技。

 最高の友から受け継いだ技を以て、友との決着をつける。


 完璧なタイミングで放たれる、十連撃最後の技。


 これで終わり。

 今度こそ、正真正銘、ハヤテの勝利。


「――《旋風一閃テンペスト》ッ!」


 ――――の、はずだった。


「《迅雷/逆襲一閃エクレール・ヴァンジャンス》ッ!」


 空薬莢との磁力反発により、強引な体勢から捻り出された斬撃。


 いつ、トリガーを引いていたのか?

 思い当たる瞬間は……。


「……《竜巻》で背を向けた時か……ッ!」


「ご名答……そしてッ!」

 

 磁力により、足元の二刀目を引き寄せるジンヤ。

 再び二刀となる。

 さらに、今度は刀同士の磁力反発により、通常の納刀から放つものでも、空薬莢との反発で放つものでもない、新たな疑似迅雷一閃エクレールを放つ。


 ハヤテの刀が弾かれる。

 無刀となったハヤテ――――だが。


「まだ刃翼こいつがあるッ!」


「それはもう見切ったッ!」


 刃翼六本を一斉射撃。

 しかし、二刀により全て防ぎ切られる。


 それも、刃翼を弾く際に、二刀による疑似迅雷一閃エクレールを使用して。

 

 彼方まで飛ばされた刃翼。


 ジンヤは、先程刃翼で一方的に攻められた際に調べていたことがあった。

 

 それは、刃翼の操作可能範囲。


 範囲外にまで弾かれた刃翼は、操作することも、さらに消失させて再び出現させることもできないだろう。


 二刀と刃翼を失い、完全に攻撃手段のなくなったハヤテ。


「さすがにもう……まだだ・・・はないよね?」


「……ああ、ねえなあ…………クソ、ねえよ…………。なんで……なんでだ? どうして《翠竜閃翼デザストル》を見切れた?」


「……これは、三十七個目だ」


「……はぁ?」


「《攻勢/七式〝閃嵐せんらんの舞〟》のことは知ってた……この技には、いくつも変化するパターンがあることも。だからどこでどう変化するか、全部のパターンを予測して、その対処法を考えてた」


「………………うそ、……だろ…………? んなもん、無限にあるだろ……お前、馬鹿か……?」


「そうだけど? いや……あの刀を放り投げるのと、刀を投げてくるのは驚いた……あれは厳密には、三十七個目にはない動きだけど、他のパターンとの組み合わせでなんとかなったかな」


「……想定したパターンは、いくつくらいあんだ?」


「今、二百二十四通りかな。……一年前、再戦の約束をした日からの日課だからね、そりゃ数も増えるよ」


「…………はは、……はははッ……お前は……本当に……どこまで……。……ったく、負けたぜ、こりゃ敵わねえ……!」

 

 その時だった。


 ジンヤへ、翡翠の刃が飛来した。


 刃を放ったのは――――。


 □ □ □


 ハヤテが負けを認める直前。


 ナギは、こう考えていた。


 確かにジンヤは強い。

 この戦いに勝って、さらに強敵を倒し続けて、そしてハヤテや自分を救ってくれるのだろう。


 ハヤテは、ジンヤに勝てなくとも、そんなハッピーエンドならば受け入れるだろう。


 誰も文句をつけようなどとは思わない、素晴らしい結末だ。


 ジンヤに勝って、彼に自身を刻みつけることができなくとも、救ってもらえるのならば、それで文句はないだろう。


 だが。


 だが、それでも。


 ――――それでもナギは、自分が愛した男が負ける姿など、見たくはなかった。


 もはや細かい理屈など関係ない。


 ハヤテがナギを最強の魂装者アルムだと確信するように。

 ナギもまた、ハヤテを最強の騎士と確信しているのだから。


 思い出すのは、かつてハヤテを交わした会話。


『……ハヤテくんはね、私にとっての孔雀なの』

『……は? なんで?』

『孔雀が飛ぶところって、見たことある?』

『……そういやねえな? 孔雀って、飛べんのか?』

『あはは……飛べるよ。……私もね、飛べないって勘違いしててね……勝手に仲間だと思ってたの。鳥かごに閉じ込められた私の……飛べない仲間だと。だから、初めて飛ぶのを見た時、裏切られたって思ったんだ』

『……じゃあ、今は?』

『飛べるよって、勇気をくれる存在。だからね、ハヤテくんは、私の孔雀なの』


 ハヤテは負けない、負けてはいけない、この世界の誰にも。


 彼が負けることは、彼が否定されることは、自身の全てが、勇気をくれる存在が、否定されることだから。


 翼が折られることを、鳥かごに閉じ込められた少女は、なにより嫌う。


 だから。


 ハヤテが無刀となった瞬間、ナギは武装化を一度解除。

 

 そして、仮想展開・・・した二刀を、一つはハヤテ、もう一つはジンヤへ投擲。


 仮想展開の刃に、大した攻撃力はない。

 それでも刺されば痛みはある、血もでる。


 本来、戦いの場に意味がないそれは、両者が深い傷を負ったこの状態に限っては、決め手になり得る可能性を秘めていた。


 会場の誰もが驚愕した。


 ジンヤも、ハヤテも――――オロチすらも。


 誰も、誰もこんな展開を予測できなかったのだ。


 これまで二十七回の大会でも、こんなことは、一度もなかった。


 だからこれは、完全な奇襲。


 ナギの放った刃は、ジンヤを貫く。


 ――――そのはずだった。

 直前に武装化を解いて、ジンヤを庇った、ライカさえいなければ。


 誰も予測できなかった展開を、予測したものが、たった一人だけいた。 


 □ □ □


「……く、あッ……!」


「ライカッ!」


 ライカの腹部に突き立つ翡翠の刃。


「……そんな、……なんで……ッ、どうして……ッ!?」


 悲鳴に似た叫びを上げるナギ。


「……ナギさん……なら、こうするって……思ってた、から……」


 倒れかけながらも、ライカはジンヤへ手を伸ばす。


「……ジンくんッ!」


「……ああッ!」


 二人は、叫ぶ。


「「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《迅雷じんらい逆襲ぎゃくしゅう》ッ!」」


 終わっていない。


 終わっていないのだ。


 ハヤテは仮想展開の、最愛の魂が抜けた鈍らを振り上げていたから。


 確かに魂はない。

 こんなものでは、まともな攻撃など不可能。


 それでも、最愛が繋いだチャンスを無駄にするわけにはいかなかった。


 仮想展開だろうが、刃は刃。これで斬り裂けば、それで勝利だ。


 しかし。

 

 その技は、かつて因縁の相手に敗北し。

 全てを失った少年が。

 最愛の少女の力となるために。

 力を求めた先で出会った、生涯の友となる男と共に作った技だった。

 

 一年前、再戦を約束するきっかけとなった戦いで。

 初めて使用し、ハヤテを倒した――その技は。


 その技の名は――――――。

 



「――――――――――《迅雷一閃エクレール》ッ!」

 



 少女の想いが込められた、翡翠の鈍らが砕け散る。


 同時。


 ジンヤにとって、これまでで最強の相手であった、最高の親友が、倒れていく。


「……さっすがオレの親友……強いじゃねえか……」


「……さすが僕の親友だ……本当に、強かったよ……」


「……ジンヤ」


「……なんだい?」


「優勝しろよ」


「……ああ、負ける気がしない。キミのためなら、世界の誰にも」


 ハヤテは、親友へ全てを託し、倒れていった。


 長かった友情譚が、今ここに――――決着を迎えた。


 □ □ □


『決まったァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 第二十八回彩神剣祭アルカンシェル・フェスタ一回戦第1試合! 

 勝者は、刃堂ジンヤ選手だぁあああああああああああああああああああああああああ!!』


 それまで静寂に包まれていた会場が、再び沸騰する。


『凄まじい戦いでした! 

 これは決勝でしょうか……!? 一回戦のはずなのですが……前回大会の決勝と比べても勝るとも劣らない攻防!

 いや……これはもう、越えてしまっているのではないでしょうか……!?

 終盤の攻防! 

 なにより驚いたのが、風狩選手の魂装者アルムである翠竜寺ナギ選手!

 これまでの全二十七回で、あんなことはありませんでした!

 これは!

 二十八回目にして起きた!

 彼女の勝利への執念が生んだ、奇跡と言っても過言ではないでしょうッッッッ!!!!』


 □ □ □


 ナギは呆然としてた。

 

 あの瞬間。

 確かに、勝てるはずだった。


 あれは絶対に読めない――自分でさえ、なにをしているのかよくわからなかったのだから、誰かにあれが読めるはずがないのに。


「……ナギさん」

「…………ライカさん」


 ナギは、たった今、己の全てを懸けた望むを潰えさせた張本人と、何を話せばいいか、どう接したらいいのか、まったくわからなかった。


 腹部を押さえているライカ。

 

 ジンヤも、ハヤテも、ライカもボロボロだ。

 担架を持った医療スタッフが駆け寄ってくる。


 ナギは言葉を失ったままだ。


 言うことなど、見つからない。


「……友達に、なりませんか?」


 ライカはいきなり、そんなことを言い出した。


「……ジンくん達見てたら、なんかずるいなって……だから、私達も友達になっちゃいませんか?」


 ――なっちゃいませんか、って……。


 ナギは混乱した頭でぼんやりとライカの言葉を咀嚼していく。

 確かに、ズルい。彼らばっかり、互いを求めあって、ホモ臭い。二人には、二人だけの世界のようなものがある。

 別に構わない、とは思っていた。

 ……けれど、さすがに今回の試合で、考え直してしまうかもしれない。

 きっとライカは、ナギよりもずっと、彼らに嫉妬してしまうのだろう。

 ナギは、なんとなくだが、ライカの気持ちがわかってしまった。


 そして、その提案を受けて。


 ナギは、ボロボロと泣き出してしまった。


「あ、れ……? なんで……? なに、これ……? とまら、ない……」


 ナギには、生まれてから一度も、友達など、一人もいなかった。


 それなのに。

 これから死ぬという、こんな時に、今さら。


 愛した男さえいれば、それでいいと思っていたのに。


 ナギには、ハヤテの命を奪ってしまうという負い目があった。


 だから、自らの命はハヤテのために使うと決めていた。


 そして、彼女には、封じ込めていた願いが、二つあった。


 一つは、友達が欲しいというもの。


「……えっと……よろしくお願いします……ライカさん」


「『さん』はいいよ……友達でしょ?」


「……うん……ぅ、ぐ……あぅ……うっ……よろしくね、ライカちゃん……っ!」


「……うん、よろしく、ナギちゃん!」


 疾風は、ハヤテとナギ、二人合わせて。


 迅雷は、ジンヤとライカ、二人合わせて。


 であれば、疾風と迅雷の友情譚には、当然――――彼女たちも、含まれているのだ。






 この物語は、二人の少年が、本当の親友になるまでの物語であり。





 二人の少女が、これから友達になる、始まりの物語でもある。

 



 □ □ □






 そして、ナギのもう一つの願い。

 

 それは、誰かの記憶に残りたいというもの。


 誰にも記憶されないはずだった、ずっと鳥かごに閉じ込められた少女。


 今回の戦いは、後に《二十八年目の奇跡》として、語られ続けることになる。


 その呼び名を生み出したのは、ライカ以外誰も予測できなかった、二十七年間、誰も思いつきすらしなかったことを、最愛の男のために成し遂げた、ナギの行動だ。





 友達が出来た。

 誰にも忘れられることはなくなった。





 友情譚の片隅で。






 鳥かごの少女の願いは、全て叶った。







 ねえ、ハヤテくん。

 きっと、私も飛べるね。








 鳥かごの中で、全てを諦めていた少女は、もういない。


 


 


 

 


 

 

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