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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
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 本当の友情譚3 疾風と迅雷の友情譚、決着/前編 この命は彼のために


「翠竜寺流・攻勢/一式――〝おろし〟」


 翡翠の二刀を同時に上段から振り下ろす。

 颪とは、山などから吹き下ろす風の名だ。

 

 試合当日。

 ホテルの外に出て、清澄な朝の空気を引き裂き、最愛の少女が変じた翡翠の刀を振るうハヤテ。


「翠竜寺流・攻勢/二式――〝吹花擘柳すいかはくりゅう〟」 


 振り下ろし、下段に位置した二刀を跳ね上げる。下段からの切り上げ。

 《吹花擘柳》は特殊な型で、攻勢と守勢に分けられた翠竜寺流の技の中でも、攻守両方に存在している。

 攻勢の場合は、今のような下段からの切り上げ。

 

 守勢で使う場合は、下段に構え相手の攻撃を誘い、不用意にこちらの上段を狙おうとした相手を一息に斬り裂く技だ。《凪の構え》と発想は近いだろうか。

 

 吹花擘柳。花を吹き開かせ、柳の芽を割き分ける春風の名前だ。

 その名の通り、この技は花を開かせる――ただし吹き開くその花は、鮮血の色をしている。


 柳の花言葉は『自由』。《吹花擘柳》の本質も、自由に構え相手の攻撃を誘い、というところにあるのではないかと、なんとなくハヤテはそう思っているが、花言葉がどうなどと、この技に名をつけたものがそこまで考えていたかは、翠竜寺流の師にでも聞いてみないとわからない。

 師の名は翠竜寺秋声しゅうせい。秋声は、ナギの祖父だ。


 あのジイさんに聞いてもテキトーな答えしか返ってこなさそうだな……と、ハヤテは秋声のやかましい笑い声を浮かべる。


 颪、吹花擘柳……と翠竜寺流の技の名には風の名前がつけられている。

 

「翠竜寺流・攻勢/三式――〝木枯らし〟」


 二刀を振るっていたハヤテは、素早く一刀を消失させる。

 魂装者アルムは必ず決められた最初の形体でいることしか出来ない、というのが世間での認識なのだが、これは実は間違いだ。

 ナギのように一刀、二刀、さらに刃翼を出現させた状態……と複数の形体を素早く切り替えることは可能だ。

 《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》という技術は、多くの魂装者アルムに広がっているわけではない。

 むしろ、意図的にこの技術は秘匿されている。

 なぜなら、取得するのがあまりにも困難であり、不用意にこれが広まれば、地獄のような苦しみを味わい徒労に終わるような魂装者アルムが大勢出てくるからだ。

 

 ナギは、最愛の男のために地獄を見た。

 その果てに、彼のための刃翼つばさを得た。

 

 即座に一刀に切り替え放った技――《木枯らし》は、相手の剣を絡め取り、巻き落とす技だ。

 

 木枯らしの名の通り、さながら木の葉の如く敵の剣を散らせることからの命名だろう。

 

 ……そういえばジンヤも似た技を使ってきたな、とハヤテは少しばかり過去の情景を脳裏に過ぎらせる。

 

「翠竜寺流・攻勢/四式――〝秋声しゅうせい〟」

 

 《秋声》は木の葉が舞い落ちると共に吹く風の名。

 

 この技は素早く切り返し斬る、というシンプルな技だ。

 四式は、単体で使う場合は一斬からの素早く切り返し二斬目を放つという二連撃。

 他の型を放った直後に切り返し追撃を入れる場合も《秋声》という技となる。

 

 言ってしまえば、この技は《燕返し》だ。武蔵派のハヤテとしては思うところはあるものの、有用な技ならば使わぬ理由がないだろう。


 秋声の名を持つナギの祖父も、この技を得意としていた。

 自身の名を持つ技にはなんとなく愛着があり、そんなきっかけで極めてしまうのだから本当にあの老人は恐ろしい。

 ハヤテにも、そういう気持ちはわかるのだが。


「翠竜寺流・攻勢/五式――〝竜巻たつまき〟」


 《秋声》の勢いそのまま素早く回転し、そこで得た力を斬撃に乗せる。

 五式は竜巻の名の通り、回転の動作により、隙は大きいが高い威力が出せる技。

 その威力は、一から六までの型の中でも最も高い。

 隙の大きさをカバーするために、他の型と併用するか、相手に隙が出来た時に使うことが肝曜だ。


「翠竜寺流・攻勢/六式――〝疾風はやて〟」


 全ての型の中で最高速を誇る突き技。それが疾風だ。

 秋声の気持ちがわかってしまうのは、ハヤテもまた自身の名を持つこの技が気に入っているから。


 一から六の型を確かめるように振るい、自身の調子を把握していく。


『調子はどう? ハヤテくん』


「人生で最高ってとこだな」


 霊体のナギにそう応え、さらにハヤテは翡翠の刀を振るう。

 これから待ち受ける、待ち焦がれ続けた最高の戦いのために。

 その戦いに相応しい、最高の状態へと調整していく。

 

 □ □ □


 ホテルの部屋に戻り、汗を流すハヤテ。

 

「もー、上着ないでうろうろしないでよ」

「んだよ、眼福だろ?」

「別に? 見飽きてるよ」

「ホントは?」

「……目に毒だからやめてよねー」

 

 薄く笑うナギは、半裸のハヤテの鍛え抜かれた肉体に指先を這わせる。

 

「……もう、ボロボロ。ほんと、馬鹿」

「しゃーねーだろ、男は馬鹿なんだよ」


 ジンヤとの殴り合いで痣だらけになったハヤテの体。

 

「えい」

 

 痣を指先で押し込んでみる。


「いっ、……でえええ……なにすんだ!」

「おしおき」

「……こんにゃろてめー」

「……きゃ、ゃん!?」


 突然ハヤテがナギをベッドへ押し倒した。

 

「……なにしてるの? 今日は試合でしょ?」


 そして、黙ってナギを抱きしめる。

 彼女の華奢で儚げな、こうでもしていないと今にも消えてしまいそうな体が、ここに存在していることを確かめるように。


「急に、こうしたくなった」

「……そ。いいよ、好きなだけしたら」


 優しげに微笑み、腕をハヤテの後ろへ回して彼の頭を愛おしそうに撫でつつ、ナギは言う。


「ナギ」

「……なに?」



「オレ、死にたくねえ」



「……………………え?」


 □ □ □


 ナギは驚愕する。

 昨日から何かおかしいと思っていた。ハヤテは変わった。痣だらけだとか、そんなことではなく、彼の内面の何かに、変化があった。

 ハヤテは多くは語らなかった。

 ただジンヤと殴り合ったこと。明日の試合、必ず勝つこと。ただそれだけだ、彼が口にしたのは。

 試合に勝つことは、前々から何度も口にしていた。

 親友との決着。

 ナギは、ハヤテがそれに固執する気持ちが痛いほどわかった。

 ハヤテは証が欲しいのだ。

 生きていたという、証が。

 死を前にして、人が思うのはそういうことだ。

 死にたくないだとか、そういうのを通り越した先――確実な死を前にすると、人は誰かに自分を覚えてもらいたくなる。

 胸の中で生き続けるだとか、そういうドラマにありそうな台詞は、真実そのものなのだ。

 死というものが身近でない故に、どことなくフィクションめいてしまうだけで、あれはただの現実だ。

 ナギにそれがわかるのは、彼女がずっと、自身の死を向き合い続けていたから。

 だからナギは、ずっと誰かの記憶に残るということを求め続けていたが……しかし、それは誰でもいいというわけではないのだ。

 大切な人の記憶に残りたい。

 自分の存在を刻みつける場所は、自分で選び取りたい。

 そんな当たり前の欲求を満たす術が、ナギにはなかった。

 大切な人?

 そんなもの、世界のどこにもいなかったからだ。

 最愛の母は、ナギと同じく病気がちで、若くして亡くなってしまっていた。

 父は、そんな母を憎んでいたと思う。

 《七大魂装家》の一つ、《翠竜寺》……本当に、嫌な家に生まれたと思った。

 『七家』の基本的な価値観として、強い騎士を、強い魂装者アルムを生み出さなければならないというものがある。

 これは、まだ《騎士》が《魔術師》と呼ばれていた時代から続くものだ。

 強さを求め続ける父にとって、弱い母は憎むべきものだったのだろう。


『せめて母体としてまともであってくれれば……』


 父のそんな言葉を聞いたことがある。

 まさか病弱な母が、遥かに重い病を患ったナギを生むなどとは思っていなかったのだろう。

 ナギは悔しかった。

 自身もまた、母同様に父にとっては『道具』として有用でないことよりも。

 最愛の母の誇りを、自身の弱さが傷つけてしまうことが。

 ナギは家族が好きになれなかった。

 兄もまた、父と同様の価値観だ。 

 あんな人達の記憶に残りたくなんかない――いいや、そもそもあんな人達と家族であるという事実すら恐ろしい。

 唯一の味方である母を亡くしたナギは、もはや世界に未練などなかった。


 死ぬのは嫌だ。

 だが、死ぬのはしかたがない。

 ならせめて、誰かに覚えていて欲しい。

 でも、覚えて欲しい誰かなんて、そんな都合のいい存在はいない。


 きっと自分は、誰にも愛されず、誰にも覚えてもらえずに、ただ消えるのだ。

 そんな諦観をベッドの上で弄び続ける日々を過ごしていた。

 そんなある日だった。


 小さな女の子が、泣いていた。

 風船が木に引っかかっている。

 またベタな、と思いつつもナギは風船を取ってあげたかったが、勝手に自分が出歩いたら怒られてしまう。


 助けてあげられなくて、こんななにもできない、なにもない、弱い自分でごめんなさい……と内心で静かに女の子に謝る。

 そんな時だった。

 一人の少年がやってきた。

 かっこいいな、とそんなことをナギが思った次の瞬間、彼は女の子を見つけれると、あっという間に木に登ってしまう。

 鮮やかな身のこなし、泣いている女の子を見過ごせない優しさ。やっぱりかっこいい、とナギは彼に目を奪われた――刹那、心臓が大きく破裂する程に驚いた。

 病室の窓越しに、少年と目が合った。

 そして、少年が木から落ちかける。危ないと思ったが、すぐに体勢を立て直し、どうだというような顔をする少年。

 それがなんだかおかしくて。あの優しい少年が愛おしくて、ナギは優しく微笑む。

 すると少年は顔を赤くして、すぐに木から降りてしまう。

 少年は女の子に風船を返してやり、頭を撫でる。女の子が頭を下げて、母親らしき女性のもとへ駆けていく。

 ……羨ましいな、と変なことを考えた。

 自分もあんなふうに、誰かに助けてもらえないだろうか――なんてことを思っていたら、少年が木の下で深呼吸をしている。

 まさか、と思う。ナギは自分も深呼吸を繰り返した。

 そして、そのまさかだった。

 再び木に登る少年。ナギの方を見て、手を口元に寄せると開閉させる。口をパクパクと動かすのを模倣したジェスチャー、その後に少年は首を傾げる。

 話をしないか、ということだろう。

 ナギは動揺を悟られぬように、変な子だと思われないように、なるべく平静になるよう努めて窓を開け、そして。


「どうしたの?」


 いかにも『たった今あなたに気づきました』みたいな声を出す。

 あなたに話しかけられてドキドキしています、なんて悟られないように。

 

「キミに会いたかった」


 ドキリとした。

 なんでそんなことを、と思った。


「……優しいんだね」


 しまった、と思った。

 これではずっと見ていたのがバレてしまう。

 まあいいか、とナギはなんだかおかしくなった。

 彼が優しいのは事実は。その愛おしい事実に対しての賞賛を口にしても構わないだろう。


「まあな。オレは全ての女の子に優しい、当然キミにも」


 あ、思ったより変な子かも……と思った。でも、嫌いではない。


「へ~……そうなんだ?」

「本当だって。あ、オレ風狩ハヤテね。キミは?」

「ハヤテ、っていうんだ……素敵な名前。私はね――」


 ハヤテ。

 疾風。

 それが風の名であることは、翠竜寺流にある技にもなっていることから知っていた。

 

 風の名前は、好きだった。

 自分のことは、嫌いだった。


「――私はね、翠竜寺ナギっていうの」


 ナギ。

 凪。

 風が止んだ状態を意味する名は、翠竜寺の者にとって、どこか皮肉だと思った。


『その名の通り、お前は役立たずだ』

 父はそんなことを言っていた。

 

 だが、そんな自分を、ハヤテは愛してくれた。

 

 ハヤテと出会い、ナギは思った。

 ああ、彼が……彼にさえ覚えてもらえれば、死んだって構わないと。

 それなのに。

 

 □ □ □


 その後、ナギは手術が成功し、命の心配も、ベッドの上から動くこともままならない生活からも解放される。

 だが、そうなれば『七家』に生まれた宿命の魔の手が、彼女を逃しはしなかった。


 魂装者アルムになることが可能になったナギを待っていたのは、兄の魂装者アルムになれという父の命令だった。


 ハヤテと付き合うことなど、許せるわけがない。彼の魂装者アルムになることもありえない、今後一切ハヤテと関わることも認めない。

 無慈悲に突きつけられる父の言葉に、ナギは歯向かった。

 

「……私は父さんの道具じゃないッ!」

魂装者アルム風情が思い上がるな! せめて母親よりはまともな道具になろうとは思えないのかっ!?」


 その言葉に、ハヤテが激昂した。 

 

「おい……あんた、自分の妻や娘を道具だと思ってんのか?」

「貴様は黙っていろ、これは翠竜寺家の――家族の問題だ」

「……だったら、オレとも家族になりましょうや」

「……? 何を……?」


 ナギの父――ヒカゼが訝しげな表情を浮かべる。


「娘さんをくださいって言ってんだよ。そうしたらオレも家族だろうが、なあお父様・・・?」


「誰が貴様などに娘を……」

「駆け落ちでもなんでもしてやろうか? あァ?」

「……ならば、貴様が娘に相応しいか、見せてもらおうか」 



提示された条件。

 それは、ナギの兄にして、繚乱学園序列1位翠竜寺ランザを倒すこと。

 当時のハヤテでは歯が立たない相手だった。


 それからハヤテは、ナギの祖父秋声の助けもあり、叢雲オロチに師事することになる。

 後にそこでジンヤという少年と出会ったことが語られるのだが、なぜかハヤテはしばらくそのことを黙っていた。

 そういう約束だったらしい。

 男の子の考えることはわからない……と思いつつも、そんなことができる相手がいるのは羨ましいな、とナギは思った。


 そして、ハヤテはランザを倒した。

 

 これでハヤテとナギは結ばれ、無事ハッピーエンド…………とはならなかった。

 

 どうやら神様というのがいるのだとすれば、ナギの想像以上にずっと残酷らしい。


 ――――ナギの病気は、治ってなどいなかった。


 それどころか。

 自分を愛してくれた男が、自分のせいで死ぬという。


 どうすればいいのか、わからなかった。

 死ねばいいのだろうか。今すぐに死んでしまおうか、何度もそう思った。

 あれ程死にたくないと思ったのに、死んでしまいたくなるとは思わなかった。


 できるだけ惨たらしく、苦しんで死にたかった。


 どうすれば、どうすればハヤテは自分を許してくれるだろうか?

 

 彼には未来があった。

 彼には約束があった。

 彼には、死ぬ必要などなかった。

 死ぬはずもなかった。自分さえ、いなければ。


 なのに彼は、自分を魂装者アルムに選んだせいで、死んでしまうという。


 なにもかもやり直したかった。

 あの日。


 あの日、木に風船など引っかかっていなければ。ハヤテのことなど、無視していれば。


 彼のことなど、好きにならなければ。


 どうすれば、どうすれば……。


 彼を助ける方法など、自分にはわからない。

 自分の命を、どうせ最初から死ぬはずだった、なんの価値もないゴミのような命ならばいくらでも捧げるから、どうかハヤテだけは、彼の未来だけは奪わないで欲しかった。


 死んでしまいたくてしょうがない。

 だが、こんな命が消えたところでなにもならない。


 ぐちゃぐちゃになった気持ちを全て、彼に吐き出した。


「ごめんなさい……ハヤテくん……私なんか……私なんかのせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……出会わなければ……私なんか、生まれてこなければ……もっと早く、死んでいれば……ごめんなさい……ごめんな、さい…………」


 泣きながら何度も何度も地べたに頭をこすりつけて、謝り続けた。


 早く死にたかった。彼の前から消えてなくなって、誰からも記憶されず、消えてしまいたかった。

 

 あれほど生きたいと――あれほど、誰かの記憶に残りたいと願ったのに。


 真逆のことを、心の底から願った。


 そして。

 ハヤテは……。


 ただ静かに、抱きしめてくれた。


「……いいんだよ、ナギ……気にすんな馬鹿が。オレはお前を愛してるんだ……お前が死ぬってんなら、オレだって死ぬに決まってんだろ? なのに何言ってんだよ? お前が謝ることなんかどこにもねえんだよ」


 どこまで。

 どこまで彼は優しいのだろうか。


 どうして自分のような役立たずの塵屑が、この男に愛してもらえてるのだろう。


 ハヤテは、死にたいと泣き叫ぶナギを抱きしめてくれた。

 それでもナギは、何度も何度も死にたいと叫び、謝り続ける。


 だから、ハヤテは。


「……ナギ」

「……なに?」




「……セックスしよう」




「………………………………………………………………………………え、なに?」



 よく聞き取れなかった。いや、聞き取れたが脳が認識を拒んでいる。


「……させてくれ」


「……え、なんで?」

「ナギが好きだから」

「……死んじゃうから?」

「いや、関係なく、ナギが好きだから?」

「……ホント?」

「……童貞のまま死にたくないってのもある」


「……私も……そ、その……処女のままは……いや、でも……それは……なんか違うよね?」

「ちがくない!」


 子供か、と思った。

 

「頼む……」


 土下座された。さっきまで必死に土下座していたのはこっちだ。嘘でしょ、と思った。


「……別に、いいよ……ハヤテくんなら……もしも、その……こうなってなくても、いずれは……その、……してもよかったし、いずれは……」

「そりゃあまあ……なあ? 結婚するわけだし」

「……ちゃんと、してよ?」

「ん?」

 

 はぁ~……とナギはため息を吐きつつ、用意していたものを出そうとすると。


「あ、オレあるわ!」

「……なんであるの?」


 小さな正方形のパッケージを取り出すハヤテ。


「いや……大事だろ……」

「……するつもりだったんだ、そういうこと」

「お前も持ってただろ!」

「ハヤテくんに襲われた時困るでしょ!?」

「襲わねえよ!」

「どの口が!?」


 ばしーんっ、と小さなパッケージを地面に叩きつけるナギ。

 ハヤテはそれを拾い上げると……。


「ナギ……」

「なに……?」

「これ、ちょっと口にくわえてみて」

「………………は? え? なんで?」

「頼む」

「……ほう?(こう?)」


 ハヤテが天に向って祈りだした。

 どうしよう、命も処女も捧げてもいい相手が気持ち悪い……とナギは困惑した。


「……じゃ、するか」

「え、そんな、なんか、『よし、やろう!』って感じで始まるの……!?」


 わからない。どう始まるのかわからない。映画などでは、いい雰囲気になった時に始まるのだろうということはぼんやりとわかるのだか、作品によってはシーンが切り替わったと思ったら……というものもある、詳細な手順など知る術がない。

 というか、詳細な手順などあるのだろうか? こんなこと相談できる友達がいない、そもそも友達がいない。どうすれば……。


「……まあ、なんか、なんとかなるだろ」


 いい雰囲気もなにもなかった。


 すっと手が伸びてきて、ハヤテが胸を触ってくる。


「ちょっ、なにして……ひっ、やぁ……んっ!」

 

 自分でするのと、人に触られるのではまるで感覚が違う。それに、ハヤテの手はごつごつと大きくて、手つきがなんだかいやらしくて、胸にそれが這う度に、快感が駆け巡る。

 快感に蕩けた思考の中で、男の人の手ってこんなにたくましいんだ、なんてことを呑気に考えている。


「……なんで、胸、ばっかり……別に楽しくないでしょ……全然ないし……」

「いや、好きな女のなら好きに決まってんだろ……」

「……ふぅーん……?」

 

 そんな会話をしている内に、するりと手が後ろに回され、下着が外されている。


「……なんか、手慣れてる、やらしい……」

「練習したから」

「……なんで!?」

「ナギが好きだから」

「いい感じの声で言っても騙されないからね、へんたい……へんたいハヤテくん……」

「ナギのせいだぞ」


 そう言って服をめくり上げ、下着が外されてあらわになった桜色のそれに舌を這わせていくハヤテ。


「ひゃ……やん……ちょ……ばかばか、ばか……やだ、それ……ッ」

「なんで?」

「気持ちよすぎて変になる」

「もっとなるぞ?」

「…………へんたい」

「ナギのせい」


 執拗に胸を攻められ、抵抗する気力も快感に溶かされていく。


「もう……おっぱいばっかり……赤ちゃんみたい……」


 自身に吸い付くハヤテの頭を愛おしそうに撫でるナギ。


「……じゃ、そろそろいくか」

 

 下腹部へ伸びるハヤテの手をガシッと握るナギ。


「……ちゃんと、してよ?」

「……わかってるよ」

「……いやだからね、私死んじゃうのに……それって、子供を殺すことになるでしょ?」

「……重い……ちんちん萎えちゃうよ……」

「大事なことでしょ!」

「……わぁーったよ、じゃあナギがつけて?」

「へんたい!」

「……ったく、そうやっていられるのも今のうちだからな……」

「またそんなハヤテくんが持ってるえっちな漫画みたいな台詞を……」

「……ッ……なんで知って……まあいい、こいつで黙らせてやる」


 ハヤテの宣言通り、それきりナギが発したのは、もうやめて、死んじゃう、おかしくなっちゃうというような意味合いがの言葉がたまに交じる、不明瞭な喘ぎ声のみだった、


 二人はそれから、激しく愛し合い、互いを貪り合った。

 

  □ □ □


 それからナギは誓った。

 別に愛し合ったからというわけではない。

 そんなものなくても、自身の命の使い方は定まっている。

 ハヤテは乱暴なやり方で、不安定になったナギを繋ぎとめてくれたのだ。

 何も考えられないよう、強引に愛することで、死にたいなどと泣き言をほざけないようにしてくれたのだ。


 ナギは誓った――自身の全ては、この命は、全てハヤテのために捧げると。


 死ぬまでの時間は、全てハヤテのために尽くすと。


 そして二人で語り合った。

 

 死ぬまでに、何がしたいか。


 ナギの願いはささやかなものだった。

 動物園に行きたい。

 あの病院での日々で、何度も願った。退院してから、既にハヤテに何度も連れていってもらっている。

 それでも。

 いいや、それくらいしか、ないのだ。

 ナギの願いは、ただハヤテが願いを叶えてくれることなのだから。


 ――――だから、この時、本当の願いを封じ込めた。


 

 そして、ハヤテの願いを聞いた。


 友への想い。


 ハヤテにとって、親友に――刃堂ジンヤに、自身の存在を刻みつけることは、世界中に自分を刻みつけることよりも、ずっと価値があるのだとよくわかった。


 だから、そのためにはなんでもやった。


 地獄を見た。

 

 《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》に至るには、まず自身の魂を別の形に作り変えなければならない。

 

 これは、ライカが《迅雷》を撃発機構を搭載した《迅雷・逆襲》へ作り変えることの、さらに一つ先の段階だ。


 ライカは《逆襲》を元の形へ切り替えるということは、龍上巳月と戦った時点で出来ていなかった。


 これを可能にするには、途方もなく強固なイメージを持ち、それを何度も何度も、現実の状態へ近づけるということを繰り返さなければならない。


 《仮想展開》というものがある。

 ナギは、翡翠の刀を握っていた。本来は自身がその姿になるはずなのに、だ。

 これは魂装者アルムが自身の姿を確認するために使用する状態で、武装化していないナギが持つ刀には、ナギの魂が込められていない。

 この状態では、魔力がほとんど通らず、使い物にならない。まだ《魔装具》のほうが役に立つだろう。

 《仮想展開》で自身の武装としての姿を確認し、再びイメージを練り上げ、武装を消し、出現させ……という工程を何度も繰り返す。

 イメージを強固にするために、設計図を書いてみたり、模型を作ってみたり、そんな気の遠くなるような地味な作業を繰り返す。

 時にハヤテに協力してもらい、完成形を想像しつつ、二人で何度もナギを武装化させては、元に戻し……ということを繰り返す。

 気が狂いそうな日々を過ごした果てに、魂は作り変えられ、イメージした形に変化していく。

 

 心が弱い者ならば、この工程で廃人になることさえある。


 ナギはそれをやり遂げ、《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》を手に入れた。

 

 刃翼つばさを得たハヤテの強さは、飛躍的に上がった。


 あの龍上ミヅキすら、圧倒する程の力を手に入れた。


 ハヤテがミヅキを許せなかったのは、もしも自身がミヅキに劣っている、もしくは拮抗している場合は、仮にジンヤに勝ったとしても、ジンヤはすぐにミヅキとの再戦に心が向いて、自分のことなど忘れてしまうのではないか、と恐れたからだ。


 ハヤテはそれを、「男と男の対決の前に、女々しい話だ」と自嘲的な笑みを浮かべたが。

 

 ナギにはわかる気がした。

 自身を刻むという行為に、妥協などできるはずがない。


 ミヅキより――ジンヤが求め続けた因縁の相手よりも強い存在となって、ジンヤを倒す。

 そして、そのまま死ぬ。

 要するに、ハヤテはそうやって勝ち逃げすれば、一生忘れられないだろうと思ったのだ。


 忘れられたくない、覚えていて欲しい。


 ナギが病室のベッドで願い続けたことだ。


 だが、今のナギの願いは、ハヤテの願いを叶えること。


 ナギを忘れないハヤテも死んでしまう以上、ナギのことを覚えている人間などいなくなる。

 ……それでも構わない、とボロボロの擦り切れた心が悲鳴を上げながら、そう決断した。

 

 

 ナギは、死を受け入れていたのだ。


 だというのに。

 ハヤテは今になって死にたくないという。


 それに対して……ナギは――。


 □ □ □


 しばしこれまでのことが脳裏に蘇っていたが、ナギは目の前の言葉に意識を戻した。


「……うん、うん……そうだよね……うん、いいよ、それがハヤテくんの願いなら」


 受け入れるに、決まっていた。

 ナギは、ハヤテの願いを叶えるために生きているのだ。


「……悪いな、言うこところころ変わっちまって」

「すごいね……ジンヤくん……」

 

 ハヤテを変えてしまったのは、彼だろう。

 それは自分にはできなかったことだ。


 だが……別に構わない。ナギには、ナギにしかできないことがあるのだから。


「でも……結局、やることは変わらないんでしょ?」


「ああ、何も変わらねえ――アイツに勝つ、そこを譲る気は少しもねえよ」


「……うん、いいね……ハヤテくん、いい顔になった」

「そうか? ……ダメだな、オレも……嘘つくの、上手いほうだと思ってたんだが、どうにもな」

「……前に言ったよ? 男の子にも嘘ついちゃダメだよって」

「……はは、そうだった……馬鹿だったぜ、ホント」


 ハヤテはナギから離れ、着替えを終える。

 二人はホテルの自室を後にして。

 決戦の場へ向かう。


 決着をつけよう。

 自身を救ってくれるという、最高の親友との、決着を。


 最愛の、魂装者かのじょを以て。


 □ □ □


 ジンヤは決戦の前に、前日あった開会式後の出来事を思い出していた。

 ジンヤとハヤテは、あの《頂点》蒼天院セイハに呼び出されたのだ。


 □ □ □


 呼び出された先は、開会式後のパーティーが行われた会場。そこにある小さな会議室だ。


 その場にはいたのは、いずれも劣らぬ猛者ばかり。


 《頂点》、蒼天院セイハ。

 前回大会準優勝の真紅園ゼキ。

 そして、ベスト4の黒宮トキヤ、夜天セイバ。

 さらに黄閃2位の龍上ミヅキに、煌王1位の輝竜ユウヒ。


「…………え、なに、有望な新人潰し?」

  

 ハヤテが、ジンヤに先立って、思わなかったでもないことを口にした。


「かははァ! おもしれーなルーキー! ギャグのセンスもそれなりじゃねえか!」


 獰猛な笑みを浮かべる赤髪の男――ゼキが笑った。


「新人潰しだあ? アホ抜かせや、んなもんリングで直接やってやるよ、だったらわざわざ呼び出しかけねーっての!」


 ゼキは獰猛でありつつも、気のいい笑みでそう告げる。


「いや……正解だ。実は新人潰し……いや後輩潰しだ。潰されるのは赤いやつだけだが」


 神妙な面持ちでそんなことを言ったのは黒宮トキヤだ。


「……アァ!? なんスかトキヤ先輩」

「ゼキてめー調子のりすぎなんだよ、きゃーきゃー言われやがって、オレよりきゃーきゃー言われてんじゃねーよ、ここで死ね」

「まぁ先輩と違って自分、準優勝なんで、ベスト4の、オレに負けた、先輩と違って」

「……セイハ、死人が一人でても構わねえなー?」

  

 トキヤはそうセイハへ問いかける。


「勘弁してくれませんか、黒宮さん。貴方とそこの馬鹿がやり合えば事後処理の手間で頭が痛いですよ」

 

 あの《頂点》であるセイハが、敬語で接する相手がいるとは……とジンヤとハヤテは目を丸くした。

 確かにトキヤは三年、セイハは二年ではあるが、セイハよりも目上の人間などというものが想像できなかったのだ。

 なにせセイハは《頂点》。

 《ガーディアン》のトップにして、前回大会優勝者、この街に君臨する者でも――いや、だからこそか、礼を失するつもりはないようだ。


「なーにが事後処理の手間だボケ……あわよくばオレがボコられて欲しいってことじゃねえか、なに終わった後のこと考えてんだ、止めろ止めろ」

「……聞き間違いか? 貴様が日和ったことを抜かすとはな」

「あー……聞き間違いだ、事後処理よろしく。大事な大会の前に一人脱落だ」

 

 ゼキは笑ってボキボキと指を鳴らし始めた。


「……いや、だからなんの集まりだ……? 先輩がたの仲良しなとこ見せられるだけ?」


 ハヤテは首を傾げる。ジンヤはただただ圧倒されてしまい、言葉を挟めない。

 ここまで強者が集まっている空間など、滅多に経験できるものではない。


 ミヅキは興味がなさそうに端の椅子に座って瞑目している。


 するとユウヒがジンヤの方へやってきた。


「とりあえず座りましょうか。あの人達、ずっとあの調子なんで、流しておきましょう」

 

 柔和に微笑むユウヒ。彼に促されて、ジンヤとハヤテは席に着く。

 やっとまともな人が……と感動を覚えるジンヤ。


「困ったものですね。まあ、問題児というか、人格に難がある人間の扱いには多少の心得があるので、ボクとしてはそれほどですが」


 と余裕そうな表情のユウヒ。

 セイハ、ゼキ、トキヤのやり取りを見ても少しも動じていないようだ。


「……冗談じゃないなあ、アイツらと同じ括りなのは……」


 陰鬱そうにしているのは夜天セイバ。

 彼はゼキやトキヤと違ってそこまで好戦的ではないようだ。


「……さて、赤い馬鹿のせいでくだらん茶番を見せてしまってすまないな、では本題に入ろうか」


 誰が赤い馬鹿だコラテメェ! というゼキの声を無視して、セイハは話を進める。


 □ □ □


「まず、全員の端末に今回集まってもらった理由を説明する上で重要な資料を送信した、確認してくれ」


 ジンヤは言われた通り、端末でデータを開く。

 そこにあったのは、大会のトーナメント表。

 それに加えて、いくつかの名簿。


「明日からいよいよ試合が始まる。時間が惜しいので手短に話させてもらうが……この大会は、明らかに異常だ」


 セイハの言葉には心当たりがあった。

 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》。

 アグニとレイガ。

 彼らが堂々と出場している時点で、異常にも程があるだろう。


「まずは《使徒》についてだ。刃堂、風狩、龍上……君達は彼らと交戦した経験がある以上もうわかっていると思うが、ヤツらはこの大会に素性を隠すことなく……いいや、少し違うか。大会に参加するつもりがありながら、その前に素性を隠さずに動いていた」


 これは明らかにおかしな行動だ、とセイハは言う。

 ジンヤも頷く。

 彼らが直接出てくるのならば、その前に顔を見せるようなことをわざわざする必要がないはず。

 いや、やはりこうなってる以上、そんなことは関係なくなるような何かがあるのか?


「まずこの件だが、《ガーディアン》に所属する者として頭を下げさせてくれ……これは完全に、《ガーディアン》の問題だ……この組織のに、裏切り者がいる」


「…………オイオイ、マジか……?」


 明かされた事実に驚愕の声を上げるゼキ。

 《ガーディアン》。

 都市を守るための組織に裏切り者。絶望的な事実だ。

「この問題の責任は俺にある。故に、俺の手で片付ける……それはここに宣言しよう。だが、問題はこれだけに留まらないのだ」


 セイハがホロウィンドウ――ここ数年で普及した、空間に画像などを投影する技術――を開いた。

 そこには、端末に送られたデータと同じ名簿が表示されていた。


「この名簿にある者全員、素性を調べたが……彼らはほぼクロ――つまり、恐らくは外部から差し向けられた、なんらかの目的を持つ騎士達だ」


 ジンヤは名簿を見て驚愕した。


 ルッジェーロ・レギオン

 チェイス・ファインバーグ

 ハンター・ストリンガー

 アントニー・アシュトン

 レヒト・ヴェルナー

 ルピアーネ・プラタ

 ライトニング・ヘッジホッグ


「……こんなに……っ!?」


 思わず声を漏らしてしまうジンヤ。

 海外から留学してきた、という程度の情報しか知らないが、大会に出場するレベルの騎士である以上はある程度情報が出回っている。

 アグニ、レイガに加えて、外国人選手の大半がクロ――大会に潜む闇、その巨大さにジンヤは瞠目する。


「彼らには、本国にいた時代、どこかで犯罪組織と接触した疑いがある。提出されている経歴の裏が完璧に取れない者ばかりだ……つまり、偽装された経歴である可能性が高い」


「……ほーん、で?」


 セイハの言葉に、気の抜けた調子で応じるゼキ。


「こいつらがヤバいヤツらだとして……だからなんだよ? ボコっとけばいい話じゃねえか、関係ねえよ。大会に出る以上、どんな野郎だろーが戦うのは一緒だろ? リングに上がりゃそいつがなにしたヤツか、なにするヤツかなんて関係ねえぞ、オレァ……やるこたァ一つ、こいつで、ぶっ飛ばす……そんだけだろ」


「……フッ、まあ貴様には些事だったな」


 満足げに笑うセイハ。

 それから、セイハは周囲を見渡す。


 驚いてる者もいる。まるで興味がなさそうな者も。

 しかし、皆一様に考えることは同じだろう。


 ――――『それがどうした?』


 裏の組織が絡んだ騎士となんて怖くて戦えない――そんなことを言う者は一人もいなかった。


 結局は、ゼキが口にした通りだ。

 騎士である以上、戦うのみ。素性や誰かの思惑、裏に潜む陰謀など、リングの上では些事にすぎない。


「頼もしい限りだ、まったく……。ここで情報を共有しておきたかったのは、ここにいる者達は素性の確認が出来た者達……つまり、シロである君達に、協力してもらいたいからだ。ああ、他にも勿論確認が取れている者は大勢いる。《使徒》と、先程のリストに載っていない者達はひとまず信用してもらって構わない」


「……協力、ですか。ボクは構いませんよ、大会を汚す輩は許し難い」


 ユウヒが僅かに怒気を込めた視線で名簿を睨みつつ言う。


「オレも構わないぜ。まあお前らとはそんなんしょっちゅーだしな。っつーかフユヒメも混ぜろってキレるぜこれ、あいつこーゆーで正義の味方張るの大好きだし」


 トキヤの言葉に対し、セイハは『頼もしい限りだ』と頷いた。

 フユヒメ――雪白フユヒメ。

 《雪白》もまた、《蒼天院》、《真紅園》、《翠竜寺》と同じく《七家》の一つだ。

 トキヤは勿論、彼と同じ学園の雪白フユヒメの実力も、セイハはよく知っている。 


 セイハの要請に異義を唱えるものはなく、全員が協力を約束する。


 この異常な大会は、何が起きるかわからない。

 

 外部からの刺客に、《使徒》……彼らはわざわざ大会に出る以上は、優勝し『願い』を行使するつもりだろう。

 『願い』の利用方法は多岐に渡る、狙いを絞ることはかなり難しい。

 利用を制限するのにも、相応の手続きが必要な上に、もしも一見悪事には見えないが、それが悪人を利するというような使い方をされれば、制限することも出来ない。

 

 いざ、目的達成が困難になってくれば、盤外戦術を取ってくる可能性もある。そうなった時に素早く連携出来るように、というのがこのタイミングでの情報共有と、協力要請だ。


 《使徒》に対する不安は、ジンヤにもあった。

 しかしそれはほとんと払拭されたと言ってもいい、なぜならこんなに頼もしい彼らならば、もしもアグニやレイガが大会の外で仕掛けてきたとしても、止めることが可能なはずだからだ。

 

「時間を取らせてすまなかった。細かい連絡は追ってしよう。明日はいよいよ試合が始まる、各自休養はしっかりな」


「テメェはコーチかなんかか?」


「……貴様は少しはおとなしくできんのか?」


 再び睨み合うセイハとゼキ。


「……本当にずっとあの調子なんだ……」


 ジンヤは驚愕した。人間はここまで常に火花を散らすことができるのかと。疲れないのだろうか。

 

「……まー、あの人らはアレが普通なんじゃねーの?」

 

「すごいね……」

「……オレらもまあ似たようなもんだが、あそこまではな」


 いろいろな人間関係があるのだな……とジンヤとハヤテは、悟ったようなことを思った。


 □ □ □


 昨夜の出来事を思い出し、ジンヤは――


(でも……関係ない……《使徒》も、外部の刺客も、大会に潜む陰謀も、何もかも……この先の試合のことすらも、全部……ッ!)


 なぜなら、今は目の前の試合が全てだから。


 仮に「明日世界が滅ぶ」と言われても、ジンヤはこの戦いへ向かうだろう。


 全ては、この友情譚の前には、どうでもいい。


「……さあ、行こうかライカ……僕らの夢の、その一歩目だ」

「うん……勝とうね、ジンくん! 私達の夢は……」


 そして、とライカは内心で呟く。

 魂装者アルムとしてナギにどれだけ劣っていようとも、それでも。

 やれることはやってきた。この戦いは魂装者アルムの性能を競うものではない。

 騎士と魂装者アルム、二人揃った力をぶつけ合うものだから。


 だから……。


 この夢は。


「……絶対に、譲れない」


 決意を呟くライカ。


 そして二人は、決戦へと赴く。


 □ □ □


『さぁ、ついに始まりました! 

 二十八回彩神剣祭アルカンシェル・フェスタ

 今年は特に豊作と言われています! 

 例年にも増して優秀な騎士、三十二名が集ったトーナメント! 

 その最初の試合で、素晴らしいカードが組まれました!』


 実況席で声を張り上げる女性、桃瀬というアナウンサーは会場に漂う熱気を感じ取り、自身もまた実況に熱が入っていた。


『赤色のAゲートからの入場! 

 繚乱学園一年にして、序列一位のAランク騎士! 

 破格の実力を持った今年の三大ルーキーの一人!

 魂装者アルムには《七家》の一つ、翠竜寺家!

 優勝候補の一人とも名高い大注目選手、風狩ハヤテ選手だァァアアアアアアアッ!!!』


 大歓声に包まれる会場。

 

 それもそのはず。一回戦全十六試合の中でも、最初に行われる試合。

 学園の序列一位同士。

 中学時代からの親友にして、《剣聖の弟子》の教えを受けた者同士。


 盛り上がる要素はいくつもあった。


 歓声に応えながら堂々と入場するハヤテ。


『続いて、青色のBゲートから入場するのは! 

 あの中学時代に名を馳せた龍上ミヅキ選手、彼を破ったという一年生が現れたという衝撃も記憶に新しいでしょう!

 さらに彼はなんとGランク!

 この試合でも、ランクの差を覆す逆襲者の牙は剥かれるのか!?

 黄閃学園一年、序列1位!

 刃堂ジンヤ選手だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ジンヤへの歓声も凄まじいものだった。


「やっぱり慣れないな……」


 4月。ミヅキとの戦いで罵声を浴びながら進んだことを思い出す。

 それが今では、こんな遠いところまで来てしまった。

 だがまだだ。

 まだ進める。

 この道が続く先は、まだまだ果てしなく険しい。


 ジンヤが望むのは、ただ一つ――優勝のみだ。


 既に武装化は終えている。


 大歓声の中、二人は互いだけを見ていた。


「……ついに約束の時だな、ジンヤ」


「ああ……一年間、ずっとこの時を待っていたよ、ハヤテ」


「なあ、ジンヤ……オレが今思ってることわかるか?」


「うん……出会った時にも言った、あれでしょ?」


「ああ……あれだな」


 二人はにやりと、二人だけに意味がわかる笑みを浮かべる。

 そしてハヤテは。


「じゃあ、始めるか……あの言葉で始めるとしようぜ! オレらの出会いから続く因縁、あの時の約束……そしてこの決戦。オレらの友情譚は、ああやって始まったんだッ!」


「ああ、そうだね……そしてこの友情譚ものがたりは、これからも続いていく……必ずそうさせてみせるよ……僕はその願いを込めて叫ぶよッ!」


 そして。

 二人は同時に、こう叫んだ。








      「負ける気がしないなッ!」     「負ける気がしねえなッ!」








『おおっと、なにやら異様に息のあった掛け合い! 

 やはり以前から両者、この戦いを待ち望んでいたのでしょうか!

 それでは、選手も、観客の皆さんも、私も! 誰もが最高潮のテンションになったところで、叫びましょう! 

 騎士が! 魂装者アルムが! 戦う誰もが! 己の誇りを掲げるための、あの言葉! 

 それでは皆さん、ご唱和ください!』


『――Listed the soul!!』


 鳴り響く電子音をかき消すほどの声が響くと同時、二人が駆け出す。


 ジンヤとハヤテ、互いに納刀状態で疾走。

 そして、お互いに相手を間合いに捉えた瞬間――、



 

 両者・・、鞘のトリガーを引いた。


 撃発、空薬莢が宙を待った。



「《迅雷/撃発一閃エクレール・エクスプロジオン》――ッ!」



「《旋風/撃発一閃テンペスト・エクスプロジオン》――ッ!」



 そして、黄金と翡翠の刃が激突し。


 疾風と迅雷の友情譚。

 その決着のための、戦いの幕が上がった。


 


 

 

 


 


 

 

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