本当の友情譚2 〝風狩ハヤテ〟
親友とは、なんだろうか。
ジンヤにとって。
その答えとは――――。
□ □ □
『オレの目的はな……最後に、死ぬ前にお前と最高の戦いをして、それから死ぬことだ……オレは、テメエに勝って、それから死ぬ。それができればもう悔いはねえや』
『……お前に勝って、約束を果たして死ぬ……それがオレの求める友情譚だ』
ハヤテの告げた真実。
彼が隠し続けたそれを明かされ、ジンヤは――。
「……ハヤテは、それを隠し通そうとしていたの?」
「ああ……お前と戦って、お前に勝って、そうしたら満足してひっそりと死ねたのによ……まあ、バレたところで同じだ。親友の人生最後の願いだ、断わりゃしねえよな?」
ハヤテのその言葉に、ジンヤは。
「嫌だよ」
居合による一閃のように、ぴしゃりと否定を突きつけた。
「……つれねえな」
「こうなる前に、僕に相談してくれるっていう選択肢はなかったの?」
「お前、逆の立場なら――それできたか?」
「……ッ、」
氷の刃で刺されるかのような言葉だった。
ジンヤは想像する。
きっと完全には出来ないだろうが、それでも想像する。
自分の人生が終わってしまうということを。
ジンヤは両親を亡くしている。死に無頓着ではない。人生が永遠に続くはずがないことくらいわかっている。それでも、自身にそれが降りかかるのを仮定するのは難しかった。
確かにそうなれば、やり残したことを全て成し遂げようとするだろう。
ハヤテにとってそれは、ジンヤとの約束だった。
納得はできる。
だが、引っかかることがあった。
「……ナギさんはどうなるんだよ。彼女を置いていく気なのか?」
ハヤテの口ぶりは、完全に自身の命を諦めている者のそれだった。
ジンヤにはどうにもそれが引っかかる。
簡単に諦めていいはずがないのに。彼はそんな人間ではないはずなのに。
「オレもナギも、余命はあと数ヶ月ってとこだ。だからあいつも、もう納得してくれてんだ。あいつとのやり残したことはもうねえ。だから、オレがやり残したことに、あいつは付き合ってくれてんだ。ホント、最高の女だよアイツは。……ま、オレら二人とも、この大会が終わるまではたぶん生きてるからな、安心しろよ」
ハヤテはいつものような軽薄な口調で、重い真実をあっさりと告げていく。
「……だったらなおさら、どうして諦めてるんだよッ!?」
「諦めるもクソもねーんだよ。もう生きたいとかそういう次元の話は終わってんだ、どう死ぬかくらいオレの好きにさせろよ」
ハヤテはそんな言葉聞き飽きたというようなうんざりとした表情でそう吐き捨てる。
「それで最後にすることが、僕との決着だって?」
「んだよ……喜んじゃくれねーのか? 親友だと思ってたのはオレだけか?」
沈黙が落ちた。
しばらくして、ジンヤはこう問いかける。
「ハヤテ……その余命っていうのは、ナギさんの病気と関係があるの?」
「ああ、そういうことだ」
そしてハヤテは語り始める。
かつてジンヤにも話した、ハヤテとナギの過去。
病弱だったナギ。
しかしそれが命に関わるということは、ジンヤは聞いていなかった。
それに関しては、当時のハヤテが真実を隠したというわけではない。
ジンヤと別れてる間に発覚したことなのだ。
ナギの病気は、治ってなどいなかった。
そしてその病気は、恐るべき真実があった。
それは、ナギを武装化させ扱った騎士の命まで蝕むというもの。
騎士が魂装者を扱う際、二人の魂が同調していくという現象がある。
これにより、互いの思考が流れ込んだり、同調率に応じてより強い力を引き出せるなどということがある。
通常そこに、大きなデメリットはないはずだが――ナギの病にそんな常識は通用しなかった。
ハヤテの体――その内部に巡る《魔力神経》と呼ばれる器官。それはナギと同じように蝕まれ、命を脅かしていた。
「でも別にいいんだ。あいつは何度も謝ってきたが、あいつのせいで死ぬなんて思ってねえ。むしろ、あいつ一人にしないで済むっていうんだから歓迎だぜ、こうなってねえなら後を追って死んだぜ、オレはあいつを愛してるんだからよ」
「……ここ最近もずっと、魔力を使ってるけど、それは平気なの?」
「……、……あァ? なんだよ人が惚気けてるってのにスルーか?」
ハヤテはジンヤの返答に違和感を覚える。会話が噛み合わない……というか、ジンヤはただ自身が求める答えに突き進むかのように、ハヤテの言葉に取り合わずに言葉を返してくる。
違和感を飲み込みつつ、言葉を続ける。
「……平気だよ。別に魔力使おうがなにしようが、もう関係ねーんだ。死ぬから自棄になってるってわけじゃねえよ。別に病院のベッドで静かに死期を待たなくちゃいけねーわけじゃねえってだけだ」
そこまで言ってから、ハヤテはまた笑う。
ジンヤは彼の言葉を聞いて、過去の事を思い出していた。
ナギとの初対面の時だ。彼女からどこか儚げな印象を受けたが、印象に反して彼女は活発だった。
真相はこういうことだったのだろう。
体に異常はないし、激しい運動も問題ない――だというのに、死期が近いことを悟り、諦めている。
そんな、ちぐはぐな状態だったのだ。
なんでもないように笑っているのに、纏っている雰囲気はベッドの上でただ死を待っているような……そんな儚げな雰囲気を纏っているのが、翠竜寺ナギという少女だった。
「……変な話だが、ありがてえことだ。だからこそ、オレは最後にやりたいことができんだからよ。もしも死が近づくにつれ魔力を失って動くこともままならねえ……とかってんなら冗談じゃなかったぜ」
そしてまたハヤテは笑う。
残酷な笑みだった。
死を受け入れた者の、諦めたような笑み。
ジンヤは。
――刃堂ジンヤは、どうしてもそれが許せなかった。
「…………ふざけてんじゃねえぞォッ、風狩ハヤテェェッ!」
咆哮。
そして、拳を握りしめて、ハヤテの顔面へ振り抜いた。
ハヤテの体が吹っ飛び、砂埃を上げて地面に叩きつけられる。
ハヤテは信じられないといように目を丸くして、殴られた左頬をさすりながら体を起こす。
地面に座り込んだ状態で、ジンヤを睨む。
「……いってえーなオイ……なんだよ、病人を労れっての……どういうつもりだ?」
「立てよ、ハヤテ。ベッドで安静にする必要はないんだろ?」
「……上等だよ」
ハヤテはゆっくりと立ち上がり、ジンヤに歩み寄ると自身も拳を握り、振り抜いた。
今度はジンヤの体が吹き飛ぶ。ジンヤはすぐに立ち上がった。
「クソが……いきなりなんだってんだよ!」
「拳の意味、わからないか?」
ハヤテを殴りつけた拳を突き出し、ジンヤは問いかける。
――『この拳の意味、わかりますよね?』
――『僕の女を、泣かせた分だよッ!』
そう言えば再会を果たした時も、似たようなことを言っていたな、なんて……ハヤテはジンヤとの過去を思い出しつつ、
「知るかよ。明日は開会式、そんでオレらの試合は明後日だ。早まってんじゃねーぞ馬鹿が」
「馬鹿はどっちだよ馬鹿野郎がッ! なにが友情譚だッ! なにが満足して死にたいだッ! ふざけるなッ!」
「どうしようもねえんだからしょうがねえだろうが……ッ! テメェはこの先も生き続けられんだろ、だったら死んじまうオレの願いくらい叶えてくれたっていいじゃねえかッ!」
「だったら、中途半端なことはやめろッ!」
再び放たれるジンヤの拳。
ハヤテは避けない。
今度は吹き飛ばされず、その場で耐えた。
「そう願ってるなら隠し通せよ! なんだよこの様は!? 抽選会の時の動揺! さっきの調整の時もボロボロだったじゃないか! 死ぬのが怖いんだろッ!? 怖くてしかたないから、だから集中できてないんだろ? その様で僕と約束を果たす? ふざけるなッ!」
「好き勝手言ってんじゃねえぞクソが! 確かに情けねえとこ見せたが、オレだって完璧じゃねえんだよッ! 死ぬってなりゃあビビリもすんだよッ!」
互いに拳を叩きつける。
言葉を吐き出す。
言葉と拳で、想いをぶつけ合う。
覚悟を決めていたはずだった。
しかしどこかで、恐れを捨てきれていなかった。
ジンヤとはいつかぶつかる、必ずぶつかる。
そう信じていたのに――いざ、突然それが突きつけられた時、ハヤテは怖くなった。
終わりが来てしまう。
一回戦から……それも、第一試合から。それがハヤテに激しい動揺を生んだ。
「ああ、本当に情けないよ! あんな状態のキミと戦ったって、相手にならないんだよッ! 腑抜けたキミを倒しても意味がないッ! そんな戦いは、約束への冒涜だッ! たとえキミでも、僕らの約束をッ! 友情を汚すことは許さないッ!」
「うるせえボケがッ! テメェとやる時には完璧な状態になってやるよッ! だからもう黙っとけッ! テメェが口出しできる段階はとっくに過ぎてんだよ、今さらなんだってんだクソったれがッッッ!」
「……それだよ、そいつが許せない……ッ!」
歯を剥き出しにして、鋭い視線で友を射抜いて、声を震わせ、拳を握り、ジンヤはありたっけの赫怒を示しながら吼える。
「……あァ? 何が許せないって――、」
ハヤテがそう言葉を紡いだ刹那。
「――――諦めるなよッ、ハヤテッ!」
ジンヤはそう叫んでいた。
全てを諦めた顔で笑うハヤテ。
もう終わったことだと突きつけられたジンヤ。だがそれで納得できるはずがなかった。
「……はッ、なに言うかと思えば……しつけえな、いいか? オレは死ぬんだよ、テメェは医者か? オレを救ってくれんのか?」
「……ああ、救ってやるさ」
「なにフカしやがる下らねえ……どう救うってんだ?」
「剣祭で優勝して、願いを使えばいい」
彩神剣祭の優勝者には、騎装都市の力が及ぶ範囲の願いならばなんでも叶えられるという特典がある。
「……ああ、確かに優勝できりゃな。都市の力がありゃ伝説の名医でもなんでも呼んできてもらえるだろうよ。医者にも言われたぜ、『自分には無理だが、もっとすごい医師ならば可能性は』……ってな。……けどそんなツテも金もねーんだよ、今から寄付でも呼びかけても、集まったころには死んでるぜ?」
「……ねえ、ハヤテ……僕は不思議でしょうがないんだけど――どうしてキミは、優勝できないと思ってるの?」
「…………できるわけねえだろうがッ! 現実が見えねえよのか、あァ!? 蒼天院セイハ! 真紅園ゼキ! 黒宮トキヤ! 夜天セイバ! どいつもこいつも化物だ! ……そしてなにより……、」
ハヤテの声が震える。ずっと強がって貼り付けていた笑顔が歪む。
「……赫世アグニ。あいつだけはどうしようもねえよ、あいつは次元が違う、才能が違う。オロチにも少しもビビってねえんだ! テメェはそんなこともわからねえのかッ!?」
アグニとの戦い。ハヤテはそこで、アグニの実力、その一端を察していた。
ジンヤとハヤテ二人がかりでも到底敵わない相手は、少しも本気を出していない。
優勝など、絶対に不可能――ハヤテはそう確信していた。
「この剣祭、どこ見渡しても化物だらけだ、オレらに優勝の可能性なんて万に一つもねえんだよッ!」
「――この世界に、本気で願って叶わないなんてことはないんだよッ!」
ジンヤは叫び、拳を振るう。
「――願えるわけがねえって言ってんのが、わからねえのかボケがッ!」
ハヤテもまた吠えながら拳を振るい。
拳と拳が激突する。
想いと想いが激突する。
ライカの言葉。
ジンヤは不可能だと言われることを叶えてきた。
Gランクが、Aランクの龍上ミヅキを倒す。誰もが不可能だと言うだろう。だがそんなことを、ジンヤは本気で願っていた。
……しかし、願えないならば不可能は不可能のままだ。
ハヤテがそう思っている以上、事実は覆らず、ただ残酷に突きつけられるのみ。
ならば、ジンヤがすべきことは……。
「はぁ……はぁ……テメェ、なんで……そこまで……、」
「キミが…………はぁ……、大切だからに、決まってるだろ……」
叫び、殴り合い、息を荒らげる二人。
互いに血が混じった唾液を吐き出す。両者のそれには、小さな白い塊が――歯が混じっていた。
「……チッ、イケメンが台無しだぜ」
「いい顔になったよ……嘘臭い笑顔よりよっぽどいい」
彼らはこの殴り合いで、一切の魔力を使用していない。
それどころか、修めた技術すら、まったく使うつもりがない。
彼らが扱うのは剣術とはいえ、剣技には至近で拳打や蹴りを織り交ぜる技がいくらでも存在する。なので当然、素手での武術はまったく扱えず、剣を取り上げられれば戦えないなどということもない。
だが――今、二人は騎士でもなければ、剣士でもなく、ただの男として、互いに向き合っていた。
魔力も武術も一切使わず、拳に込めた想いを叩きつけ合うだけ。
そんな子供の喧嘩のような――いいや、真実これは子供の喧嘩なのだろう。こうする以外に道はない、ただ溢れた想いを拳で表現するしかなかった、そんな戦い。
「……なあジンヤ、オレはテメェがそこまでボロボロになってでも、あの化物どもを倒してでもどうにかしたい程、価値がある男なのか?」
「当然だろ、僕の親友を馬鹿にすることは、親友だとしても許さないぞ……ぶん殴られたいのか?」
「もう散々ボコボコにしてくれてるだろうがテメェ……」
僅かに笑みを浮かべる二人。
「ねえ、ハヤテ……聞いてくれ。全てを諦めてるキミを、僕が諦められない理由を」
□ □ □
かつて刃堂ジンヤには、何もなかった。
ジンヤは優しい父と母の間に生まれた、優しい子供だった。
そんな彼は、父に憧れ、しかし才能がないことが明らかになり、父に見捨てられたのだと思い込んで、自身の価値を低く定める。
後にその勘違いは正されるが、それでもジンヤが己の低く定めたまま過ごした幼少期が改変されたりすることは、絶対にない。
彼は自分に何もないと思い込み、自分に価値がないと思い込み、日々を過ごす。
優しい子供が、そんなふうに歪めば、泣き虫で弱虫の、情けないやつの出来上がりだ。
ジンヤはいつもいじめられていた。
そして。
彼はずっと、ずっと願っていたのだ。
友が欲しいと。
こんな自分を認めてくれるような、そんな友がいればいいと。
彼の願いは、ライカとの出会いによって叶えられたように見える。
しかし――。
ライカはジンヤにとっての全てだった。
幼馴染で、友達、仲間で、ライバルで、姉のようで、母のようで――……だが。
親友では、なかったのだ。
友でもライバルでもあった。けれどジンヤの胸の内で思い描く、親友という存在にだけはなれなかった。
なぜならジンヤは、ライカを女として愛していたから。
ジンヤにとって、親友とは。
助け合うもの。
いじめられているジンヤは、いつも自分を救ってくれる都合のいい親友を夢想していた。
ライカは近い存在ではあったが、決定的に異なっているのだ。
それは、ジンヤにとって親友とは助け合うものであり、そして――。
親友とは、ぶつかり合えるもの。
本気で、戦い、ぶつかり合える存在だからだ。
ライカとは本気でぶつかり合っていない、というわけではない。
だが、男女のそれとは、根本から在り方が違うのだ。ジンヤはライカと殴り合いたいなどとは微塵も思わない。女を殴る男など総じて屑だと思っている。男は女を守るものだ。
だから。
ジンヤはライカを愛した時点で、彼女とは一生親友にはなれないのだ。
それでなんの問題もなかった。
こうして、幼いジンヤが願っていた夢は、永遠に叶うことなく胸に沈み消え去るはずだった。
自分には親友などいなくとも、最愛の人さえいればいいと思っていた。
――――そんな時、彼と出会った。
□ □ □
これは、あの日の記憶。
ジンヤは覚えている。
あの日の彼を。
初めて出会った時の、彼のことを。
吐き出した血が、地面を赤く染める。
周囲には何人もの男が倒れていた。
僕の拳は、血に濡れている。意識が朦朧とする。体中が痛み、軋む。
依然として、ジンヤは十数人の男に囲まれていた。
「やっとぶっ倒れてくれるみてえだなあ……んじゃ、いい加減死ねやオラァ!」
「――テメェが死ねボケが!」
瞬間。
ジンヤを殴ろうとした男の顔面に、突然現れた別の少年の足が突き刺さった。
サラサラと風になびく、肩辺りまで伸びる翡翠色の髪。
軽薄そうに、笑みで歪む口元。
鮮やかな飛び蹴りを叩き込んだ少年。
その背中を、ジンヤは覚えている。
彼はそれを、一生忘れない。
「うっわ、ボロボロじゃねえかお前。どしたよ?」
「ひゅー……やるねえ、囚われのお姫様救出作戦だったか、熱いじゃねーかよオイ、いいね……男助けるよか燃えるわ。あ、まあお前助けてやるのもまあまあ燃えるぜ? こう、大勢相手にこっちは二人、信じられるのは背中を預けた親友だけ……みてーなのもいいじゃんか?」
彼が誰なのかはわからない。
でも、一つわかっているのは……。
ジンヤと彼は、背中を合わせて、周囲を見回し――
「負ける気がしないね」 「負ける気がしねえな」
同時に、そう呟いていた。
「お、なんだ気が合うじゃんか、マジで俺ら親友になれるかもな」
「さあ、どうだろうね……」
彼とならば、誰にも負ける気がしなかった。
そして今だって、ジンヤは本気でそう思っているのだ。
□ □ □
幼いころから、何もないジンヤは友を求めた。
出会ったころから、ジンヤはハヤテに助けられてばかりだった。
そして。
それからもずっと、助けられてばかりだったのだ。
ずっと、ずっと、ジンヤは助けられてきたのだ。
出会った時。
アンナを拐った不良達を、ハヤテと共に倒した。
それから修行の日々。
いつもいつも、ジンヤはハヤテにいろいろなことを学んだ。
修行の日々は地獄だった。いつも二人でオロチは自分達を殺す気だと言って笑いあっていた。ハヤテがいなければ、逃げ出していたかもしれない。
そもそも龍上ミヅキを倒せたのだって、ハヤテとの修行の日々があったからだ。
迅雷一閃は、オロチのもとにいたハヤテとの二年間の日々の中で編み出した技だ。ハヤテと別れる直前の戦い、ジンヤはこの技を完成させた。
再会の時だって、また彼に助けられた。
囚われたライカを救えたのは、ハヤテのおかげだ。
赫世アグニとの戦い。
あの時、ハヤテがきていなければ、ジンヤは殺されていたかもしれない。
ハヤテとの日々を思い出す。
それは、ジンヤがハヤテに救われ続けた記憶と同義だった。
□ □ □
何もなかったジンヤは、友を求め続けた。
そして出会った親友に、彼は救われ続けた。
だから。
だから、ジンヤは。
□ □ □
ジンヤは語り続けた。
親友への想いを。
どれだけ親友に救われたのかを。
そして。
「僕はハヤテに救われ続けたんだ……だから……だからぁッ!」
叫んだ。
本気の願いを。
「一回くらい僕に救われろッ! いいや、この先何度も、僕に一生救われ続けろ! キミがどれだけ死ぬと叫ぼうが、世界中がキミが生きることを否定しようが、僕は絶対にそれを許さないッ!」
ジンヤはハヤテへ拳を突きつけて、さらに吼える。
「刃堂ジンヤがいる限り、死ねると思うなよッ、風狩ハヤテッ!」
そして、ハヤテは。
貼り付けた偽りの笑顔でもなく。
怒りでもなく。
ただ、ただひたすらに、泣いていた。
「……う、ぐ……、あっ、……ぁああ……ああああッ……なんだよ…………ひ、ぐぅ、ぁ……なんなんだよ、テメェは……ッ! ……ぁ、ぐ……ばかじゃ……、馬鹿じゃねえのか……!」
「馬鹿だよ。僕は大馬鹿さ。悟った顔して諦めてる誰かと違って、諦めが悪いんだ」
「……ジンヤぁ……オレは……オレは……」
地面に大粒の涙が落ちていく。
そして、ハヤテは。
「……死にたくねえよ……生きてえよ……ッ!」
やっと、本当の気持ちを口にした。
ハヤテは、握っていた拳を開く。
友と友。
男と男。
拳と拳。
想いと想い。
互いをぶつけ合う殴り合いの、終わりを告げていた。
「一生、ずっと、ジジイになって死ぬまでお前と親友でいてえよ……ナギにあんな顔を……全部を諦めた顔もさせたくねえ……ナギを救いてえ……諦めたく、ねえんだよ……でも……でもよ……ッ!」
「……でも、なんだよ?」
「無理なんだよ……お前は龍上ミヅキに勝った、そりゃすげえよ。でもな、オレだって龍上ミヅキと戦って、倒したぜ。アイツとオレ、どっちが上かはっきりさせねえまま、お前と戦うのは気に食わねえからな……オレの生涯最後なんだ、最強の敵としてお前の前に立ちたかった。……そのオレが言うんだ。いいか、よく聞けよ……」
震えた声で、ぐしゃぐしゃの泣き顔で、怯えた表情で、ハヤテは言う。
「才能の壁ってのはあるんだよ……アイツは、赫世アグニは、龍上ミヅキ以上の天才だ。その上アイツはきっと、絶対に譲れねえもんを持ってて、死ぬほど努力だってしてる……そんなやつには、勝てねえんだよ……無理なんだよ……」
ハヤテが頑なに全てを諦めて、死を受け入れようとしていた理由。
その理由の一端には、あのアグニとの戦いがあった。
今の彼らは知る由もないが、アグニは世界最悪の九人、そしていずれ世界の頂点へ挑む男だ。
ハヤテが怯えるのも無理はない。それくらい、赫世アグニは格が違う。
「……ねえ、ハヤテ……いい、よく聞いてよ?」
「……んだよ」
「……才能っていうのは、今の結果だ。才能は、現状からしかわからない。これくらい才能がある、と確かに天才を見ればわかるかもしれない――でも、努力っていうのは、これからの可能性だ。僕の才能がどれだけあるか、今の僕を見て決めつけることはできる。でもね……僕がこれからどれだけ努力するのかわかるのは、この世界で僕だけなんだよ」
才能は、これまでの結果。
努力はこれからの可能性。
ジンヤはそんなことを口にした。
才能と努力に悩み続けた彼だからこそたどり着いた答えだった。
今この程度の強さだから、きっとこれくらい才能がある。
完璧に才能を測定する装置は、未だ開発されてない。いつかは、開発されるかもしれない。
人は現状を見て、才能の量を推測することはできる。
だが――人間がこれからどれだけ努力するかを測定する装置は、未来永劫に開発できないだろう。なぜならそれを決めるのは、他の誰でもなく、当人の意志次第なのだから。
「ハヤテがどれだけ、僕が赫世アグニより才能がない、彼には勝てないと思ってもね、僕は僕の努力を……僕の可能性を信じられるんだ。これまでもそうやってきたし、これからもそうするよ。僕は、赫世アグニを倒せるくらいの努力ができるって確信してるんだ」
「……ははっ、なに言ってやがる……やっぱりお前は、大馬鹿だな……」
「ああ、そうだよ。そう言ってるだろ? だからキミを救える、諦めないでいられる」
「……いいぜ、わかった。とりあえず諦めるのは保留だ」
「……はぁ? 保留? なに言ってるんだよ」
「半端な希望ってのは毒なんだよ。お前の希望は、まだ半端だ。……ジンヤ、オレを倒してみせろよ。それでオレに希望を見せてみろ」
「わかった、必ず勝って、キミに希望を見せるよ」
「……吠えたな。オレァ、赫世アグニ程じゃねえが、強ぇーぞ? 龍上ミヅキなんざ目じゃねえんだ。真紅園だの蒼天院だのを化物つったがな、そりゃアイツらを倒して勝ち上がるのが厳しいってだけだ、アイツらにだって負ける気はねえ……当然、お前にもな」
「僕もだよ……僕は、キミにだけは負けたくない。それに、キミのためなら、世界中の誰にも負けないよ」
「本当にフカシやがる……まあいいや、そうでねえとな、オレらの友情譚のクライマックスはよ」
「いいや、クライマックスでもなんでもないよ」
「……あァ?」
「だって僕らの友情譚は長いんだから、こんなところが最高潮で溜まるか、大人になって、しわくちゃのおじいちゃんになって、その時くらいにクライマックスにしようよ」
「……ハッ……言ってろボケ……そういうの全部、オレに勝ったらいくらでも聞いてやる」
「うん……それじゃあ……」
「……ああ、とりあえず……帰るか」
お互いボロボロだった。血まみれで、汗塗れ。歯が抜けているうえに、顔は腫れ上がっている。
「……ブッサイクなツラだなーお前」
「ハヤテもね」
「……っはは、誰のせいだよボコボコ殴りやがって」
「誰かさんが甘ったれたこと言うからだよ」
二人はボロボロになって、ぐちゃぐちゃの顔のまま、笑い合いながら、並んで歩んでいく。
□ □ □
ボロボロになったハヤテは思う。
ああ、また助けられてしまった……と。
ジンヤは自分が助けられてばかりだと考えているようだが、ふざけるな、とハヤテは思う。
ハヤテは、既にジンヤに何度も助けられている。
出会ったばかりの頃、ハヤテはジンヤよりずっと強かった。
だからジンヤは、ハヤテに憧れていると、そう言っていた。
ハヤテは、ジンヤの憧憬に相応しくあろうとした。
いつも飄々として強がっている彼だが、本当は態度ほどの自信はないのだ。
彼にそれを与えてくれるのは、ナギの愛であり、ジンヤの憧憬だ。
そして。
ハヤテのステータスは全体的に高いが、一点のみ欠点があった。
ジンヤが最も得意とする項目、精密性だ。
精密性の低さから、魔力コントロールに難があり、そのせいでナギに負担をかけた。
その改善も、オロチのもとでのハヤテの目的だった。
精密性の上達は、ジンヤの方がずっと早かったのだ。ハヤテはジンヤに何度もコツを教わり、根気強く鍛錬に付き合ってもらって、やっとナギに負担をかけないレベルの精密性を得られた。
かつてのハヤテは、風の繊細なコントロールがまるで出来なかった。
ハヤテに翼をくれたのはナギだ。
ナギはあの刃翼を得るために、凄まじい努力をした。
だが、その翼で羽ばたくために、風のコントロールを教えてくれたのは……ジンヤなのだ。
刃翼の操作には、繊細の風を操る力が必要だ。
精密性が低ければ、まともに操ることはできなかっただろう。
厳しい修行に耐えられたったことだってそうだ。
何度も助けられたと、彼は言う。
それはハヤテだって、同じなのだ。
その親友が、今度は命まで救ってくれる。
□ □ □
ハヤテにとって親友とは――。
□ □ □
ジンヤとハヤテの、壮絶な殴り合い。
その翌日の開会式。
剣祭に出る騎士はいずれも曲者揃い、そんな騎士達が集まれば当然波乱もあるだろう。
そこでは様々なことがあった。
そしてさらに次の日。
第二十八回彩神剣祭。
一回戦、Aブロック第一試合。
それは、一回戦全十六試合の中でも、最初に行われる試合。さらに、黄閃学園と繚乱学園の序列一位同士。そして、二人は中学時代からの親友で、さらにはあの《剣聖の弟子》叢雲オロチの教えを受けた者同士。
剣祭の雑誌に載った情報や、広まっている噂……それらによって、二人の因縁は周知となり、戦いへの期待も高まる。
注目度はトップクラスに高かった。
大勢の観客。
大歓声。
そんな中、二人は互いだけを見ていた。
「……ついに約束の時だな、ジンヤ」
「ああ……一年間、ずっとこの時を待っていたよ、ハヤテ」
「なあ、ジンヤ……オレが今思ってることわかるか?」
「うん……出会った時にも言った、あれでしょ?」
「ああ……あれだな」
「じゃあ、始めるか……あの言葉で始めるとしようぜ! オレらの出会いから続く因縁、あの時の約束……そしてこの決戦。オレらの友情譚は、ああやって始まったんだッ!」
「ああ、そうだね……そしてこの友情譚は、これからも続いていく……必ずそうさせてみせるよ……僕はその願いを込めて叫ぶよッ!」
そして。
二人は同時に、こう叫んだ。
「負ける気がしないなッ!」 「負ける気がしねえなッ!」
ジンヤは、この時二重の意味を込めて叫んだ。
負ける気がしない。
宿敵と定めた親友、ハヤテに。
そして、いずれ立ちはだかる絶望的な強者……アグニ……いや、二人の友情を邪魔する何者だろうと、必ず倒すと。
ハヤテの想いを背負えば……ハヤテにも、世界の誰にも。
二人ならば、この世の誰にも負ける気がしないと。
□ □ □
親友とは、何だろか。
その答えはきっと、友と友の関係の数だけあるだろう。
様々な答えが、あるだろう。
ジンヤにとって、それは。
助け合えること。
ぶつかり合えること。
そして何より……。
□ □ □
ジンヤにとって、親友とは――――風狩ハヤテだ。
ハヤテにとって、親友とは――――刃堂ジンヤだ。
疾風と迅雷は、互いに互いを、最高の親友だと思っている。
□ □ □
『 本当の友情譚2 風狩ハヤテ 』 完
□ □ □
次回 『 本当の友情譚3 疾風と迅雷の友情譚、決着 』




