■■の■■■■ そして■■■■■■■■■、■■■■■■■■■
会場が、静まり返った。
直後。
爆発するような歓声に迎えられ、一人の男が現れた。
□ □ □
『きたああああああああああああああああああ!』
『炎赫館学園序列一位!』
『前回大会準優勝!』
『今でもあの決勝は伝説だ!』
『あの戦いは最高だったぞおおおおおお!』
「おー、早えな沸くのが。まあいいや、沸け沸け、もっと沸け、祭りじゃねえか、盛り上がろうや! なんたってこいつは、オレが優勝する大会なんだからよォ!」
燃え盛る炎のように逆立つ赤い髪。
不敵に細められるツリ目に赤い瞳。
牙を剥いて、獰猛な笑みを浮かべている。
「……あのー、恥ずかしいのであまりはしゃがないでもらえます?」
赤い男の横には、青い少女が。
男に比べ、かなり小さな少女だった。
氷のように透き通る美しい青髪が、几帳面に肩のあたりで切り揃えられている。斜めに切り揃えられた左目を隠す前髪。
「……ねえ、ゼキさん? 聞いてます?」
「ああ、聞いてるぜヒメナ。オレの讃える声のついでにな。……ま、どォーでもいいけどな、別に名声にゃ興味がねえ。気分はいいが、オレが欲しいもんは違う」
「はいはい、わかってますよ――今年こそ、兄さんを倒すのでしょう?」
「おう、必ずセイハをブチのめす。んでもってオレが頂点だ。やったなヒメナ、神装剣聖の彼女だぜ?」
「もう、恥ずかしい事言わないでください。でも、ゼキさんならなれますよ……剣聖というか、拳という字で、拳聖といったところでしょうが」
「ああ、いいじゃねえかそれ、なってやるよ、拳聖に」
自らを降り注ぐ歓声を大して気にもとめず、赤い男は、青い少女と歩いていく。
青い少女。
彼女は――炎赫館学園序列2位、零堂ヒメナ。
赤い男。
彼は――炎赫館学園序列1位。
前回大会準優勝者、七大騎装家が一つ《真紅園》の名を持つ者。
真紅の拳を握り。
血に塗れても前へ進み。
必ず標的と定めた喧嘩の相手を殴り飛ばす。
その凄絶な戦い方からついた二つ名がある。
《レッドブラッドフィスト》――真紅園ゼキ。
間違いなく、今この瞬間に頂点に一番近い場所にいる男だった。
そして――『頂点』は……。
□ □ □
次に入ってきた者達もまた、真紅園ゼキと同等の歓声で迎えられた。
「……なんか騒がしくね?」
「ゼキくんが先に入っていったわよ」
「んだよ……これそのせいか、許せねえ、絶対いびる。どこいったあいつ?」
「呼べば出てくるんじゃない? 『喧嘩』って呟けばいいのよ、犬のように現れるわね」
「確かに。まあいいや今は。さすがに今はダリい。アイツ熱苦しいからな。ねー、エコ~?」
「うう~、お兄ちゃん……これ、本当に必要?」
「いやいるから絶対!」
一人は、黒髪の少年。
一人は、金髪をツインテールにして、小柄な体躯のわりには豊満な胸を揺らしており……さらに、頭にうさ耳をつけた少女。
一人は、ジト目で黒髪の少年と、うさ耳金髪の少女を見つめ「アホ兄妹……いやアホは兄だけか」と呟いている、青髪ポニーテールの少女。
ポニーテールは白く大きなリボンで結ばれている。
『次は藍零学園の序列1位と2位だ!』
『準優勝者の次はベスト4かよ!』
『きゃああああ――――フユヒメ様――――っっ!』
『エコちゃん~~~~!』
「………………ん~、オレだけ歓声なしっ!」
黒髪の少年――黒宮トキヤは、がっくりと項垂れた。
「よしよし~、泣かない泣かない、その分エコーがお兄ちゃんを応援するよ!」
金髪の少女は黒宮エコ。トキヤの妹にして、彼の魂装者だ。
「歓声が規定に満たない華のない騎士は失格ってルール追加しない? 私、合格、アンタ失格ね、さよなら帰っていいわよ」
「うるせーバカ、おっぱいもなければ良心もねえのか、胸なし冷酷女」
「……うーん、いいわよ~……私はここを永久凍土に変えて、アンタをマンモスの仲間にしても? どう?」
「ぱおーん」
「よし、ぶち殺すわね」
「オレのマンモスはでけえぜ、お前のまな板じゃ挟めねえ」
「あー、どうやって殺そうかしら……、人としての尊厳は最大限に貶めるわね、その口に粗末なものねじ込んであげる」
「やってみろ」
「ええ、やってみせましょうか」
ばちばちと、二人の間に火花が散る。
「まあまあ……お兄ちゃんもフユちゃんも~!」
「ごめんねエコちゃん、あなたのお兄さんとうとう頭の成長まで停止させてしまったの。もう手遅れよ」
「そっか、やっぱりそうなんだ……」
「おい貧乳、妹の教育に悪いことはマジでお兄ちゃんキレっかんな。エコ、お前も信じるなそれホントに」
「キレればー? っていうかアンタの存在が教育という概念に対する敵」
「おっぱい揉むぞテメエ……」
「…………今殺すか」
「二人とも! めっ!」
「「はい」」
長年繰り返してきたであろう慣れた雰囲気の掛け合いをしながら、三人は会場内を進み、席へ向かう。
□ □ □
「こっそり行こう……黒宮とか真紅園とかあのへんのバカと違って、目立ちたくないし」
「うん、私はそれでいいよ~」
黒髪の少年と少女だった。
少女のほうは、なにかを器用にくるくると回している。
ひゅん、と風切り音が響く。
「……ぶねっ……、それしまわない? 危ないって、俺はともかく他の人に迷惑かかるのはよくないだろ……なあ、ルミア」
「……うん、わかった、迷惑かけるのはセイバだけにするね」
「ああ、俺だけにしろ」
――ナイフだった。
少女はナイフを器用に弄び、気まぐれに横にいる少年を斬りつけるのだ。
少年はそれを器用に躱しつつ、会話を続ける。
闇獄学園序列1位、夜天セイバ。
学園序列3位、灼堂ルミア。
定期的に少年を殺そうとする少女と、それを躱し続けている少年。
あまりに歪だが、そこには奇妙な信頼関係があった。
ナイフを躱し続ける少年――セイバは、目立つことを好まないが、確かな実力者だ。
前回大会では、トキヤに敗北したもののベスト4という成績を残しているのだから。
□ □ □
そして。
会場の盛り上がりは、本日最高潮に。
理由は単純。
この都市にいる者ならば、誰でも理解できる。
なぜなら。
――――《頂点》が、降臨した。
どこまでも冷酷そうな、目を合わせるだけで底冷えしそうな瞳をしていた。
塵の一つ、染みの一つも許されない汚れなき純白の制服。
髪の色は、氷のように透き通る青。その青色の長髪を束ねてくくっている。
威風堂々の具現のような態度、およそ学生の出せる威厳の域を大幅に逸脱していた。
その姿を見ただけで、背筋が凍りついたのかと錯覚する者が大勢いた。
颯爽と歩く彼の後ろには、四人の騎士が。
短い金髪にサングラスの少年。
腰まで伸びる白髪の少年。
緑色の髪をサイドテールにした少女。
緊張しているのだろうか。三人に少し遅れてついていく、唇を引き結んだ黒髪の少年。
《四天王》と呼ばれる、《頂点》の在籍する学園の序列2位~5位。
彼らは《頂点》の側近である騎士だ。
そして《頂点》。
昨年の第二十七回彩神剣祭優勝者。
彼は多くの異名を持っている。
《神装剣聖》、《蒼の剣聖》、《断罪者》、《アブソリュート》……そして。
《レッドブラッドフィスト》。
真紅園ゼキと対になる――否、ゼキは彼の対になる名を得たのだ。
《ブルーブリットフィスト》。
蒼天院セイハ。
それが、この都市で最強の男の名だ。
□ □ □
『セイハ様―――ー!!!!』
『セイハ! セイハ! セイハ! セイハ!』
『頂点は~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?』
『『『一つ!』』』
『頂点は~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?』
『『『蒼天!』』』
『ミランちゃ――――――ん!』
7校の中の頂点、蒼天学園の代表選手達。
彼らは、さながらレッドカーペットを歩くスターだった。
緑髪の少女、序列3位の嵐咲ミランは、手を振るファンに笑顔でキスを投げて応じている。
そこで《頂点》――セイハがそっと拳を掲げた。
それだけで。
たったそれだけで、凍りついたような静寂が訪れる。
掲げた拳を、胸の前に押し当てて、セイハは言葉を紡ぐ。
「――声援感謝する。この声を胸に、皆には恥じぬ戦いを見せると約束しよう。……では、そろそろ開演だ。以後、司会が困らぬよう少しばかり慎みを。……祭りに高まる気持ちは理解しよう、だが程々にな」
意外にも、冷たい表情だったセイハは、そう告げて少しばかり微笑んだ。
それだけで、最高潮の熱狂が沈静化し、会場にいる者達は皆静かに、運命を決める時を待った。
実力が違う。声援が違う。カリスマが違う。ありとあらゆる格が違う。
これが《頂点》。
セイハはただ会場へやってきて少しばかりの言葉を口にするのみで、彼を直接知らぬ一年生や、昨年は代表入りを逃した者達にまで、その存在を刻みつけた。
□ □ □
「いや……終わったわ……」
キララは絶望した。
現在はそれぞれ代表選手が席につき、抽選会が始まる直前。
先刻の一連の流れで、キララは確信した。
「どうしたよ、キララちゃん?」
馴れ馴れしい呼び方のハヤテに、キララは応える。
通常なら、呼び方を訂正させた上でディスりを一つ入れるシーンだったが、そんな余裕もなかった。
「…………あんなヤバいヤツら倒して優勝するって、人間のやることじゃなくない?」
「……いやいや、誰かしら一人の人間は優勝するよ、確実に」
とジンヤ。
彼も動揺していたが、キララの奇妙な発言のお陰で少し冷静さを取り戻せた。
真紅園ゼキ、黒宮トキヤ、蒼天院セイハ……確かにキララの言を借りずとも、彼らは全員残らず怪物だろう。
それでも。
相手が誰だろうが、この夢を、約束を、諦める理由にはならないのだ。
――願える……ああ、願えるぞ……ッ!
そう、だって人が本気で願って叶わないなんてことはないないのだから。
ジンヤは内心で己を鼓舞する。
しかし、彼の心の準備を終えるかなど、世界は少しも考慮せず、時間はただ前へ進み、運命は容赦なく押し寄せる。
最初にくじを引くのは、《頂点》蒼天院セイハだった。
優勝者から、というわけではなく、クジを引く順番は事前に抽選で決定されているので、ここはただの偶然。
やはり持っていると周囲に思われつつも、セイハは己の運命を掴み上げる。
トーナメントに参加するのは三十二人。
1~8がAブロック。
9~16がBブロック。
こちらが西ブロックでもある。AとBを勝ち抜いた者達の戦いで、西ブロック代表が決定。
17~24がCブロック。
25~32がDブロック
こちらが東、CとDの代表者が戦い、東ブロックの代表を決定。
そして東西それぞれを勝ち抜いた者達による決勝で、神装剣聖が決まる。
セイハが引いたのは――12番。
会場にいる者達全員がこう思っただろう……これでBブロックは死地、と。
だが。
「よっしゃァ! 9番!」
9番。つまり、Bブロックだった。
「オイコラ、セイハてめえ! 一個勝って二回戦ですぐ決勝の再現だ! そこがテメエの死に場所だ、帰り支度を早めなッ!」
――真紅園ゼキにとっては、死地などただの遊び場だ。
セイハは頭を抱えつつ「さっさと着席しろ、愚か者……」と呟いた。
そして何人か挟んで、前回大会ベスト4のトキヤ。
彼が引いたのは5番。これでAブロックも忌むべき地の仲間入りだ。
しばらく後に、ミヅキの番がやってきた。
彼が惹いたのは19。Cブロックも――と、ここまでくれば自明だが、このトーナメントに安全な場所などどこにもない。
何番を引こうが、あるのは地獄か、もしくは即死する地獄だ。どこを見ても、修羅の巷が広がるばかり。
「C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理C無理」
ジンヤの横で、キララが謎の呪詛を繰り返す。
セイハやゼキなどの、途方もない強者より、彼女には身近なミヅキが恐ろしいらしい。
そして、キララの番がやってきた。
彼女が引いたのは……23番。Cブロックだった。二つ勝てば、三回戦でミヅキと当たることになる。
この事実にキララは、
「…………帰るか」
「…………帰るな」
ユキカがキララを強制的に座らせる。
そこからさらに、ベストである夜天セイバが5番Aブロック。
先程出会った金髪の少年、煌王1位のユウヒが32番、Dブロック。
進行していく途中――ライカが突然、立ち上がった。
彼女の視線の先には。
「……なん、で……!」
長い黒髪、赤いリボンに赤い瞳。
――屍蝋アンナだった。
繚乱学園序列3位、屍蝋アンナ。
「……ハヤテ、知ってたでしょ?」
「驚かねえのな」
「そりゃあまあ……二年も一緒に暮せば、強いのは知ってる。……いや驚いてるよ、かなり」
アンナは、戦闘にかけては天性のものがある。オロチのもとで稽古をつけてもらってる最中、アンナにも稽古を手伝ってもらったことがある。
手合わせして、彼女の才能は知っている。
あの才能ならば、騎装都市でトップクラスでもおかしくはない。
……しかし彼女には、戦闘の才能はあっても、戦闘者の才能があるとは言えない。
なぜならアンナは、重度の人見知り……というより、人間が、怖いのだ。
ジンヤの知っているだけでも、いじめなどの経験があり、彼の知らない過去があることは、オロチに示唆されていた。
なので不思議な感覚だった。
アンナの力なら、ここにいてもおかしくない――が、彼女はここに立つような性格ではないはずなのだ。
納得できる部分があるが、完全には納得できない、そんな感覚。
だが、答えはすぐに示された。
彼女が引いたのは、3番。Aブロック。
セイハやゼキのいるBの次に厳しいだろう。
ベスト4のトキヤ、セイバがいるのだから。が、彼女はそれを少しも気にしていない。
壇上を降りると、そのままジンヤのもとへ向かってくる。
ライカが彼女の前に立ちふさがる。
「……きょうはちゅーはおあずけだよ、じんや」
幼い少女の容貌で、妖艶に微笑む。
「…………きょうはね、『せんせんふこく』に来たんだよ?」
そう言って。
すっ、とライカを指差すアンナ。
「……おしえてあげるね、誰がじんやに相応しいか」
「教えるのはどっちかな? 私もアナタに教えたいこと、あるんだけど」
「なーに、らいかさん」
「ジンくんは――刃堂ジンヤはね、私の男なの」
ぐい、とジンヤを抱き寄せるライカ。
その仕草は、あまりにも男前だった。
「……、かっけー……」
ハヤテがのん気に呟く。
「…………。…………ふぅ――――――――――――ん、そう、へえ~……」
意外にも、それに対して取り乱さず、ただ目を細めるだけのアンナ。
だが、矢継ぎ早に言葉を並べ立てずとも、その瞳の奥には未だ狂愛が燃え盛ることに、ライカは気づいていた。
「…………まっ、いいや! うん、それじゃあね、ばいばい、じんや、ちゅーはおあずけでごめんね。今度会ったらいっぱいしてあげるね♡ また今度ね、愛してるよ、じゃ!」
意外にもあっけなく、アンナは立ち去った――かに見えたが。
ライカとのすれ違い様に、彼女はあることを囁いた。
それを聞いたライカは「言われなくても……ッ」と、静かに歯噛みする。
アンナは最後に、こう言った。
『…………アンナがじんやに勝ったら、らいかさんやくたたずってことだよね? そうしたら、じんやはアンナがもらうね?』
ジンヤに相応しく在りたい、というのは、アンナに言われるまでもなくライカが強く想っていたことだ。
アンナは本来、好戦的でもなければ、人前に出ることも好まない。
恋をすれば少女は成長する。
恋をすれば少女は変貌する。
そして、アンナはもはや恋などという生温い少女の戯れを超越している。
全ては愛、愛なのだ、愛があれば成せる。
この世界に、本気で愛して叶わないことなんてない。
それが、アンナの信念。
ライカとまるで似て非なる狂愛の少女は、ライカとよく似た信念を持っていた。
ましてや己のそれは、恋でもない、愛でもない、狂愛だ。
自身の狂愛は星より重く、故にこの星の誰よりも強いと、アンナは本気で信じていた。
誰もが騎装都市の頂点を目指す場でたった一人。
自身を、この星の頂点と確信する少女がいた。
□ □ □
波乱の一幕を終えた直後、さらなる驚愕がジンヤ達を襲う。
壇上に現れたのは――赫世アグニ。
彼は堂々とした足取りで壇上を行く。
手にした番号は、14。Bブロック。
……アグニならば、ゼキやセイハと互角に戦えるのかもしれない。
以前の彼との戦いを、ジンヤは想起していた。
彼がオロチにすら臆していなかったことを、ジンヤは鮮明に覚えている。
底知れなさという点では、セイハやゼキと並ぶのだ。
「……平然としてるってことは、恐らくこっちが半端な手打っても潰す算段があるっつーことだな……」
ハヤテの推測は、当たっているのだろう。
アグニをここで《使徒》の首魁だと喚き立てても、対策はしてあるはずだ。
それでもなにもしないわけには……、とジンヤの脳内に思考の迷宮が広がり始める。
「ひとまず今はしかたねえ……抽選会が終わってからだな。一応、《ガーディアン》のツテならある。相談できる相手もいる……今は耐えようぜ」
ジンヤと同じく、実際にアグニの底知れなさを目の当たりにしているハヤテ。
知っているからこそ、動揺しつつ、冷静な判断力は保っているようだった。
そして。
ついに、次はジンヤの番だった。
どこを引こうが同じ地獄。事ここに至ればもはや関係ないだろう、それでもやはり、どんな地獄となるかは未知で、踏み出す足は震えていた。
□ □ □
既に埋まったトーナメント表で気になるのは……。
蒼天院セイハ 12 Bブロック
真紅園ゼキ 9 Bブロック
黒宮トキヤ 5 Aブロック
夜天セイバ 8 Aブロック
龍上ミヅキ 19 Cブロック
龍上キララ 23 Cブロック
屍蝋アンナ 3 Aブロック
赫世アグニ 14 Bブロック
強いて言えば、Dか……と、ジンヤはこれまでのトーナメント表の埋まり方を見て考える。
そして。
彼が引いたのは。
――1番 Aブロック
(……黒宮さんに夜天さん……それに、アンナちゃんのいるブロックか……)
Bよりマシ、などと言える余裕はなさそうだ。いずれにせよ厳しい戦いになるだろう。
いや、元より覚悟の上だろう。
そして次は、ハヤテの番だった。
壇上を降りると、これからそこへ上がるハヤテがジンヤの目の前に。
ジンヤは、
「狙いは?」
と短く聞く。
「D。……ま、Cでも構わねえ、ジンヤの逆だ。決勝でやろうぜ」
「うん、決勝で」
パチン、と手を重ね、すれ違う。
ハヤテが引いたのは――
□ □ □
「うっわー、運命って残酷ぅー」
世界のどこかで、誰かが笑った。
□ □ □
風狩ハヤテ――2番 Aブロック。
ジンヤの一回戦の相手は、ハヤテだった。
それがわかった瞬間、ジンヤは驚愕するも――胸が高鳴る。
叶う。あの約束が。再戦の約束が……。
驚いたし、決勝ではないのが残念ではあるが、それでもすぐに、確実に、最高の舞台で親友との戦いが――、
と、そんなふうに考えていたのに。
ハヤテは、どういうわけか……
一瞬……。
ほんの一瞬だけ。
ぞっとするほどに、絶望したような、怯えたような表情を見せた。
(…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?)
どうして、と思う。
あの約束を果たせるのが、嬉しくないのだろうか。
なぜ自分と戦うことを、怯える必要があるのだろうか。
ハヤテのその表情は、まるで見間違いだったかのように、一瞬で消え去った。
そして。
「……わり、直前のやり取り台無しだわ……ま、予定より早ぇーが、構わねえよな!?」
いつもの笑顔。
いつも通りの彼だった。
「……、……ああ、望むところだ!」
返事がワンテンポ遅れたことが、どうか気づかれていないでくれ……と、ジンヤは願った。
□ □ □
刹那。
世界のどこかで、とある男が叫んだ。
□ □ □
「――素晴らしい! やはり人は愛を以て殺し合うべきだ! あの街は宝物庫ではないか、己にとって好ましい戦いが溢れている!」
その男は――『男』という概念の、完成形であった。
腰の辺りまで伸びている、燦然と輝く黄金の髪。視線にすら相手を焼き焦がす力が宿りそうな程に眩い黄金の瞳。
この世界のどの軍隊のものでもない、漆黒の軍服。軍服に包まれた体は雄々しく鍛え上げられており、鋼のような筋肉に覆われていた。
女が彼を目にすれば、孕みたいと泣き叫ぶだろう。
男が彼を目にすれば、こうなりたいと吼えるだろう。
その男は。
全ての雄が抱く憧憬の最果てであり。
全ての雌が抱く情愛の最果てであり。
全ての人類の最果てに君臨する、完成形だった。
黄金の男は、その部屋に置かれた円卓の『Ⅰ』と刻まれた漆黒の玉座についていた。
この部屋は、世界のどこかにある異空間。常人では絶対にたどり着くことのできない場所に存在している。
「……ほっほ、ご機嫌のようですな、アーダルベルト殿」
『Ⅲ』刻まれた席につく白髪の老人がそう言って微笑んだ。
アーダルベルト・シュナイデル。
それが最果ての――世界で一番強い男の名だ。
「貴方もそうだろう、ギース。あのような萌芽の群れ、《先導者》の性分が疼くのでは?」
「ええ……無論。老いぼれの楽しみなど、若人の成長のみですからな、疼きますとも。ですが今は、愛弟子の行く末が気がかりでして」
肩の辺りまで伸びる白髪を後ろでくくっている。細められた目、顔にはシワが刻まれ、右のこめかみから頬にかけて巨大は傷跡が。軍服に包まれた体も、老体でありながら鍛え上げられており、無数の傷跡が――だが、その背中にだけは一切の傷がなく、ただ美しく隆起した筋肉が文様を作るのみ。
老人の名は、ギースバッハ・エノシガイオス。
《水底への先導者》の異名を持ち、絶海の蒼兵という組織の長でもある。
先導者に込められた意味は二つ。
老人が人生の喜びとするのは、他者を鍛え上げ、強くすること。誰かを導くのが、老人にとっての生き甲斐だった。
そしてもう一つ――彼と相対した敵は、皆残らず絶海の泡と散る。
どう先導するかは、老人次第。彼の眼鏡に適えば最強の騎士に、適わなければ死あるのみ。
「カハッ! あのザコがどこまでやれるようになるかねえ? 少しは殴りがいがあるようになってもらわねえと興ざめにも程があるぜ」
侮蔑を込めた笑みを浮かべたのは、紫髪の男だった。
アーダルベルトやギースバッハ同様に鍛え上げられた肉体。彼は軍服を着込まず、ただ肩にかけるのみで、その肉体を惜しげもなく晒していた。
無頼漢という言葉が似合いそうな、荒々しい男だった。
『Ⅴ』の席についている彼の名は、トリスタン・ベオウルフ。
邪竜の牢獄という組織の頂点に立っており。
《嫉妬の紫苑・毒竜の騎士》の異名を持つ男。
彼が求めるのは、戦い。拳と拳の、男の勝負。純粋なバーサーカーという点では、彼が世界の頂点だろう。
あくまで純粋な、という限定が必要で、彼の目の前には彼よりも異様な愛を以て戦闘を行う者がいる。
「アグニのザコが騎士団入りとはなあ……オレが一発殴ってねーやつの入団は認めねえぞ」
「ほっほ……であれば、いずれ機会は設けましょう」
「殴りがいの方は仕上げておけよ、ジジイ」
「承りましょう。トリスタン殿を満足させる戦士に、必ずや」
《炎獄の使徒》の首魁、赫世アグニをザコと言い切るトリスタン。
当然だろう。
彼らは――この世界の頂点なのだから。
『世界九大犯罪組織』というものがある。
雷轟の戦奴
煌国の閃軍
絶海の蒼兵
装神の工房
邪竜の牢獄
想葬の幻城
凍野の群狼
幽冥の墓守
そして。
炎獄の使徒
《炎獄の使徒》は騎装都市内では危険度Sランクではあるが、世界的にはその危険度はBランクまで落ちる。
これは組織の行っていることも関係しているが、内容よりも範囲だ。
《使徒》など、所詮は都市内でしかその手を広げていない、世界的に見れば小さな小さな組織なのだ。
《使徒》の世界的な危険度はBランク。対して、他の組織はA~Sランクだ。
装神の工房などは、この世界の闘争全てに関係していると言える。
『Ⅳ』の座席に座る男。
金髪にサングラス、軍服ではなく黒いスーツで、タブレットを操作している。
彼は武器商人。好むのは自身での戦闘よりも、自社の兵器を売り捌き世界を死で満たして金を得ること。
《殺戮の創造者》、ビクター・ゴールドスミス。
トリスタンは、
「……今日は四人かァ?」
と、ビクターを忌々しそうに睨みつつ言う。
アーダルベルト、ギースバッハ、トリスタン、ビクターの四人。
「カイ殿がきていませんね、遅刻とは珍しい」
ギースバッハが蓄えた白い顎髭をさすりつつ言う。
――罪桐カイ。
想葬の幻城という組織の城主だ。
飄々としており、掴めない男ではあるが、トリスタンと違って遅刻などするタイプではない。
「はて……なにやら波乱の予感がしますな、ほっほ」
老骨の勘が、おかしなことが起きることを告げている。
だが、ギースバッハはその人生の中でよく知っていた。
おかしなことなど、長生きしていればいくらでも起きると。
□ □ □
「――ギヒヒ……ギハハ……ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
世界のどこかで、悪辣な哄笑があった。
「さて……そろそろか、ああ~面白くなってきた、やっと面白くなってきた……待ちくたびれちゃうよ、おじいちゃんになっちゃうよ、ギースじゃないんだからさぁ~、それは困っちゃうよね。ねえ、パパもそう思わないー!?」
少年は、『何か』の上に座っていた。
「人間を殺しちゃいけません! ってさあ、小学生じゃないんだからさあ、無茶だよ、人間は殺したいよ……我慢したんだよ? 我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して~……無理だった!」
ぐちゅり、と肉が弾ける音がした。
「縛りプレイは性に合わないね~~~~……でも仕方ないよねえ……アーダルベルト様の命令じゃしかたない。だからちゃんとやるよ、やり遂げるよ、でもさあ~~~ぼくがストレスを発散しちゃダメとは言われてないんだよね~……騎装都市での殺しは我慢するよ、アーダルベルト様の命令だからね! でも、そこ以外なら別にいいよね!」
ぼきり、と何かが砕ける音がした。
「パパー? 聞いてますかー? もしもーし? ……うわ、し、死んでる……」
少年が座っている『何か』は、死体を積み重ねたものだった。
先程から響く音は、人間を破壊する音だ。
一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。一面の死体。
そこは、死で満ちていた。
「パパ言ってたよね~、人間の首を振り回すと楽しいんだぞ~って……わかるよ、今ならわかるよ……楽しい、楽しいよパパ!」
瑞々しい音と共に、人間の顔面が潰れる。
髪の毛を掴んで生首を振り回す少年。
掴んでいる生首は――罪桐カイのものだった。
「ああ~パパ……その命でぼくを楽しませてくれるなんて……ありがとう……やっぱり僕らは家族なんだぁあああ……ありがとう」
生首を抱きしめて狂ったように感謝を叫ぶ少年。
「……ありがとう……家族は最高だ……なんて温かいんだあああ……って温かいのは血やないかーい」
ギヒャギヒャと、狂ったように笑った後、突然無表情に戻る少年。
「血ってべたべたして気持ち悪いな……よし、ボウリングでもしようかな」
少年は突然、十人分の死体を立て始め、そこへカイの生首を投げつけて倒し始めた。
「飽きた……もう殺しはいいや、殺しなんて古いよ。もっと新しい、楽しいことしようかな」
床に転がる死体を蹴っ飛ばしてどかしつつ、少年は笑う。
「じゃ、ばいばいパパ……永遠に。大丈夫、任せて、パパのやり残したことはぼくがやり遂げるからね!」
罪桐戒の息子――罪桐遊。
遊の字の通り、彼は徹底的に遊ぶことに真剣だ。
「もう次のおもちゃは見つけたんだよねえ……」
《炎獄の使徒》序列第5位、《ピエロ》の正体は、彼だ。
――この後、少年はアーダルベルトに認められ、父の後を継ぐことになる。
想葬の幻城の新たな城主。
《全ての笑顔に絶望を》、罪桐ユウ。
アーダルベルトが人類最強ならば。
人類最悪は、罪桐ユウだろう。
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炎獄の九位
炎獄の使徒
《終焉を灯す者》 赫世アグニ
組織の本拠地は、先代の時代はインドにあったが、アグニが引き継いでからは日本の騎装都市へ移している。
幽冥の八位
幽冥の墓守
《その絶命は冥界を》 セベクネフェル・ホルエムヘブ
本拠地はエジプト。
組織の幹部達の名を、《冥界の九柱神》。幹部名は九人。
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凍野の七位
凍野の群狼
《蒼狼の月鎖》
ヴァシリー・アレクセーエヴィチ・ストレリツォーフ
本拠地はロシア。幹部人数は六人。
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想葬の六位
想葬の幻城
《全ての笑顔に絶望を》 罪桐ユウ
本拠地なし、幹部なし、彼はただ一人思うがままに絶望を振りまく。
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邪竜の五位
邪竜の牢獄
《嫉妬の紫苑・毒竜の騎士》 トリスタン・ベオウルフ
本拠地はイギリス。幹部は六名だが、その名はトリスタンも含んだ七人を示している。
幹部達の名を、《七彩円卓・大罪騎士団》
《色欲の瑠璃・不壊の騎士》ランスロット
《怠惰の山吹・陽光の騎士》ガウェイン
《暴食の若葉・餓狼の騎士》パーシヴァル
《傲慢の紺藍・簒奪の騎士》モルドレッド
《強欲の黄金・探求の騎士》ギャラハッド
《憤怒の真紅・業火の騎士》ケイ
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装神の四位
装神の工房
《殺戮の創造者》
ビクター・ゴールドスミス
本拠地はアメリカ。幹部の人数は不明。
判明しているのは、
コードネーム〝ムルシエラゴ〟
コードネーム〝アーマイゼ〟
コードネーム〝ガヴィオン〟
コードネーム〝アラクネ〟
コードネーム〝タキオン〟
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絶海の三位
絶海の蒼兵
《水底への先導者》 ギースバッハ・エノシガイオス
本拠地はギリシャ。幹部人数、十二人。
幹部名は《黄道十二星騎士団》。
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煌国の二位
煌国の閃軍
《豊穣齎す光輝》
アルテミシア・エトワールフィラント
本拠地はフランス。幹部人数、十二人。
幹部名は勇聖十二騎士団。
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雷轟の一位
雷轟の戦奴
《最果てに君臨する雷神》
アーダルベルト・シュナイデル
本拠地はドイツ。幹部人数は四人。
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アーダルベルト・シュナイデル
アルテミシア・エトワールフィラント
ギースバッハ・エノシガイオス
ビクター・ゴールドスミス
トリスタン・ベオウルフ
罪桐ユウ
ヴァシリー・アレクセーエヴィチ・ストレリツォーフ
セベクネフェル・ホルエムヘブ
赫世アグニ
以上、九名。
彼らは《九大犯罪組織》、それぞれを率いている。
そして、世界の人間は、未だ知らないのだ。
最悪の九人は、一つの組織のメンバーであることを。
彼らは仲間というわけではない、ただ同じ目的があるだけだ。組織内の団員同士で、仲間意識がある者もいれば、出会えば常に殺し合うような関係もある。
自由なのだ。友誼を結ぶも、憎悪を向けるも。
アーダルベルトは些事に頓着しない。
アーダルベルトが求めているのは、最高の戦い。
全ては、この星の全ては、そのためだけに存在する。
そして、彼は自らの野望のために、この星に終わりを齎す。
完結させたいのだ、この星の物語を。
幕引きに相応しい、最高の戦いを。
世界で一番強い男は、世界で一番の戦闘狂だった。
その名を。
この世界を終わらせる者達の名を、
《終末赫世騎士団》。
「さあ、アグニ……その小さな島国での戦いを勝ち抜き――己を殺しに来るといい」
第二十八回彩神剣祭は、もはやただの学生騎士による祭典ではなくなっていた。
そこには、《使徒》のメンバーだけでなく、《騎士団》のメンバーがそれぞれ自らの幹部を送り込んでいる。
剣祭は、世界最悪の集団の遊び場に選ばれた。
アグニを蹴落とそうとする者、ただ場をかき回したい者、戦いを求める者、手柄を立ててアーダルベルトに認められたい者……動機は様々だがいずれにせよ、もはやただの学生同士での戦いではないだろう。
第二十八回彩神剣祭。
この学生達の戦いは。
世界の終わりの、プロローグ。
□ □ □
北欧神話における最終戦争、ラグナロクで炎の巨人スルトは、炎の剣レーヴァテインを振るって、世界を焼き尽くした。
□ □ □
抽選会を終えたアグニはホテルのベッドにその身を投げ出していた。
「……やっとか」
赫世アグニは、スルトの役目を負っている。
いずれ彼は、世界最強の男と決着をつけなければいけない。
「やっと始まるぞ……俺の、復讐が」
かつてアグニは、全てを奪われた。
アーダルベルトに、父を殺された。
さらに、アグニの魂装者でもある恋人の魂は奪われ、人質にされている。
アグニの魂装者は現在、武装形体から元に戻すことができないのだ。
人は誰しも、物語を持っている。
――迅雷の逆襲譚。
――疾風の友情譚。
そして、アグニの宿した物語の名は。
――終炎の復讐譚。
世界最強を殺す。
彼の復讐は、ここから始まる。
譲れぬ想いは、誰の胸にも。
□ □ □
抽選会終了後。
ジンヤとハヤテが一回戦で戦うことが決まった瞬間の、ハヤテが見せた表情。
あれは一体、なんだったのだろうか。
ジンヤの胸に、ずっとあの表情が引っかかっていた。
ジンヤ達一同は、近くの闘技場へ。
ハヤテの様子は、そこでもおかしかった。
動きにキレがない。いつも通りの笑顔のはずなのに、どこかその笑顔は、空々しかった。
「……わり、ちょっと休むわ」
ハヤテがそう言って、一度リングから出る。
ジンヤは、彼の様子が気になって、後を追うが。
――その判断は、正しかったのだろうか。
この直後、ジンヤはそう思った。
□ □ □
聞いてしまった。
ジンヤは、知ってしまった。
ハヤテとナギが隠し続けていた秘密を。
…………そして。
□ □ □
その夜。
ジンヤはハヤテを会場付近にある公園に呼び出した。
□ □ □
「どうしたよ? 明日は開会式だろうが、さっさと寝たほうがよくね? 夜のデートなら今度してやるって、っつーかそういうのライカちゃん誘えよ、なんでオレ?」
僕はまだ、ぞっとした。
いつも通りのハヤテに見えた。
表面上は。
でも違う。
嘘だ。あの軽薄な態度は、何かを必死に隠そうとしてる。
そして、今まではその嘘は突き通せていたのに。
今はもう、嘘の仮面はボロボロに崩れ落ちている。
「……ねえ、ハヤテ」
「んだよ」
「僕に隠してることない?」
「あー……お前のエロ本勝手に見たことか? 許せよ、時効だろ」
「そんなことしてたの……」
「いいじゃねーか別に! いや~あれとかよかったぜ……あの」
「――――いい加減にしろよッ!」
僕は、叫んだ。
「……んだよ、どうした?」
「もういいんだよ……もうやめてくれ、ハヤテ……ごめん、……ごめん、ハヤテ……気づいてあげられなくて、ごめん……」
ぽたり、と涙がこぼれた。
その事実は、とてもじゃないが受け止められなかった。
今でも信じられない。
この瞬間にでもハヤテが「ありゃ嘘なんだわ!」といつもの調子で笑いだしてくれと願っている。
「……あー……マジか……クソッ……ふざけんなよ、クジ運最悪だぜ、あれがなきゃ隠し通せたと思うんだが……」
頭をがしがしとかくハヤテ。
「……ジンヤ、バレちまったみてえだから、これだけは伝えさせてくれ」
「……なに?」
□ □ □
オレは泣き出したジンヤを見て、笑っていた。
あーあー、なに泣いてんだこいつ……ホント、いつまで経っても情けねえやつ。
オレがいねえとダメなんだからよーなんてな。
……だがまあ、悪いな。
さぁ、今こそ明かすぜ。
語ることを禁じていた物語を。
疾風と迅雷が紡ぐ友情譚の最高潮を始めるとしようや。
□ □ □
「オレの目的はな……最後に、死ぬ前にお前と最高の戦いをして、それから死ぬことだ……オレは、テメエに勝って、それから死ぬ。それができればもう悔いはねえや」
笑顔でそんなことを言うハヤテ。
わけがわからなかった。
なんでこんなことになっているのだろう。
夢で、夢であってほしかった。
「……お前に勝って、約束を果たして死ぬ……それがオレの求める友情譚だ」
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『■■の■■■■ そして■■■■■■■■■、■■■■■■■■■』
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『本当の友情譚1 そして運命の配役は確定し、終焉への幕が上がる』
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次回 『本当の友情譚2 風狩ハヤテ』
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序章は終わり。
偽りのエピローグを越えて。
これより、本当の物語が始まる。
ここに、運命の配役は、確定した。




