断章2 風雷激突/もう一人の■■■
『テメエはオレとアイツの友情譚を彩るのに相応しいからな。だから今、ぶっ潰しときたかったんだ』
『あァ……? 眠いこと抜かしてんなよ、なんだか知らねえが、友達ごっこのダシにされる覚えはねェよ、テメエも、アイツも、オレが潰す――御託しか吐かねえなら黙れ、饒舌なのは刃
(こいつ)だけでいいと思わねえか?』
『奇遇だな、そこだけは気が合う……んじゃ、始めるか』
『あァ、来い』
風狩ハヤテと龍上ミヅキ。
繚乱学園序列1位と黄閃学園序列2位。
互いに騎装都市トップクラスの実力を持つ、大物ルーキー二人の激突。
事前に告知していれば、間違いなくこの闘技場は超満員だったであろう対戦カードは、ハヤテの唐突な誘いによって実現していた。
静かな立ち上がりを見せる戦いだった。
ハヤテは左右それぞれに翡翠の刀が握られた両手をだらりと下げて、自然体で立っている。
二天一流、無構。
宮本武蔵が肖像画が取っている構え、と言えばイメージしやすいだろうか。
ハヤテの修める翠竜寺流には二刀での技が存在する。ハヤテはそこに、彼独自のアレンジを加えていた。その一つが、二天一流。
この構えは、ある技を使うために必要なものだ。
その技を、ハヤテはまだ物にしていない。
(いきなりこいつを使うなんて……オロチが見てたら、ブチギレるだろうなあ)
物にはしていない。
だが、もどきならば現状でも使うことができる。
「……あァ?」
ミヅキはハヤテの構えを見て訝しむ。
殺気がないわけではない。
こちらを舐め腐って、構えなど必要ないと高を括っているようには見えなかった。
構えはないが、隙もない。
いや――構えがないのではなく、あれが構えなのか。
いずれにせよ、相手は繚乱学園の序列1位。
舐めてかかる気などはなかった。どういうつもりかは知らないが、誰に喧嘩を売ったのかを思い知らせるつもりだったのだから。
だから、ミヅキは油断するまいと己を戒めつつ、刀を上段へ運び――、
刹那。
ハヤテは右の刀で突きを放っていた。
「――――ッ!?」
思わず手甲が装着されている左手を伸ばして、突きを弾いた。
ギィン、と短く響く金属音。
上段へ運んでいる途中の刀では、突きを払うのが間に合わなかったのだ。なので仕方なく、刀から左手のみを離して防御に費やす。
意識の間隙にするりと差し込まれたかのような突き。
ハヤテは見逃さなかった――ミヅキが、彼の無構に対して訝しんだことにより生まれた、ほんの僅かな動揺を。
弾かれた右の刀は、即座に切り替えされ斜め上への切り上げ。ミヅキは右手のみで握った銀の刀で受ける。
右手は防御に費やされ、最初の突きを防いだ左手は外側で弾かれている。
ハヤテは右手を攻撃に使用している。
そして――彼は二刀。当然、左手がまだ残っている。
切り上げを放った右手と交差させつつ、左手による突き。
ミヅキは左半身を後方へ引くも、躱しきれない。
浅く裂かれる。
仮想戦闘術式下ではあるが、脇腹に激痛が走った。
思わず後方へ下がるミヅキ。
ダメージはそう大きくはない。しかし、それは表面上のみの話だった。
ミヅキの心中は、ある感情に支配されていた。
その名を戦慄。
初手でダメージを受け、後退を余儀なくされたことなど、人生でそう何度もない。
そして、術理のわからぬ攻撃。
速すぎる動き。
その上、完全に機先を制された。
呼吸、技の起こり、思考……こちらの全てを読んでいるかのようだった。
否、読んでいたのだろう。
厄介だな、とミヅキは歯噛みした。
過去に戦った経験や、これまで見ていた戦闘スタイルと、今のハヤテは大きく異る。
恵まれたステータスのままに、高い攻撃力と敏捷性、二刀の手数によって徹底的に攻め続けるスタイルとは、真逆。
技巧を凝らし、防御に寄った技。
しかも、あれは……。
「……《天眼》じみた技だな。そういえばあの叢雲オロチに弟子入りしていたか」
ミヅキにもオロチの知識はある。
《剣聖の弟子》叢雲オロチの名ならば、当然知れ渡っている。
彼女自身が《剣聖》となっていることは、ミヅキには知る由もないことだが。
「ご名答。この技の発想はそっからだ。ま、本家《天眼》の足元にも及ばねえがな……あの女の奥義は、マジでイカれてる」
ハヤテはそう言うが、ミヅキとしては《剣聖》の奥義、その一端でも扱えるということは絶望的な事実だった。
己も頂きを目指す剣士である以上、《剣聖》の果てに至らんという気概はある。
だが、それはあまりにも遠い最果てだ。
学生剣士如きには、その切れ端の解れた一糸にすら、手をかけることは到底叶わないはずなのに。
眼前の剣士は、最果ての一端を見せてきた。
ならば。
「……《神速》の真似事といくしかねェな」
ミヅキが目指す最果て。
《神速の剣聖》。
三大剣聖の一人。剣士としての、一つの答え。
ただ速く。
神速の一刀を求めて。
全て置き去りにし切って捨てる一閃に焦がれ続けて。
ミヅキは、構えた。
野太刀を、天空を貫かんが如く、高く掲げる。
右に傾いだ刀身。
左肘を正中線に、右手と左手の間隔を大きく空けて柄を握る。
右足を前に、左足を後ろに。足を前後に大きく開く。
右足を左足を結ぶ線は一直線に。
薬丸自顕流、〝右蜻蛉〟によく似た構えだ。
事実、その構えはそれを元にしている。
――龍上流〝天雷〟の構え。
ジンヤとの戦いで見せた、彼の持つ技の中でも切り札にして最高威力の絶技。
実在の剣術を、騎士用にアレンジするという点では、ハヤテの二天一流〝無構〟を拝借した発想に近い。
そして奇しくも、さらにその技は、《剣聖》の理念を模しているという点でも一致していた。
「《神速》は《天眼》に勝る……こいつァ道理だろ?」
《三大剣聖》の術理には相性がある。世間一般で囁かれる定説だった。
これはかつての《剣聖》達の勝敗から来ているものだ。
《天眼の剣聖》。
『剣術とは、心の読み合い』という理を唱え、相手の全てを読み切り、躱し、切って捨てると言われている。
《全知の剣聖》。
『剣術とは、技の競い合い』という理を唱え、ありとあらゆる技を知るという。
《神速の剣聖》。
『剣術とは、ただの速さの比べ合い』という理を唱え、技も読みも全て弱者の工夫と断じて、ただひたすらに速さのみを求め続けた。
《天眼》は《全知》に勝る。あらゆる技を知ろうとも、全てを読み切られれば無意味。
《全知》は《神速》に勝る。どれほどの速さも、全てを知る技巧の前には通じない。
《神速》は《天眼》に勝る。読み切ったとしても、それを凌駕する速さで切り捨てればいい。
定説通りの相性ならば、《神速》を模したミヅキは、《天眼》を模したハヤテに勝るはずだが――
「……ハッ、あの龍上ミヅキが、随分と下らねえ幻想に縋るじゃねえか」
両腕を下げ、自然体となるハヤテ。その構えは、さながら風だ。風を捉えることはできない。風を斬ることはできない。風はただ吹き荒ぶのみ。真実彼が風となったならば、もはや斬ることは叶わない。それは湖面の月と同様の存在だ。
二天一流に『指先』という技がある。
無構から敵の攻撃を半身になって躱し、同時に剣を突き出す。
『無構』からの『指先』。
ここに、ハヤテは《天眼》の奥義を模した、ある工夫を加えている。
完成した技の名は。
この構えは――こう名付けられていた。
《翠竜寺流、守勢/零式――〝凪の構え〟》、と。
愛する女の名を冠した技だ。
これを破るのは、至難の業だろう。
凪いだ海の如き穏やかさでありながら、真実それは嵐の前の静けさ。
凪は、刹那の時を経て嵐となる。
「その相性ってのはよ、実はそんなもん存在しなくて……ただ、《剣聖》個人の力の差があるだけなんじゃねえか?」
「オレがテメェに劣るってか」
「残念ながら、厳然たる事実として、そういうことになるみたいだぜ? っつーかそうでないと困るんでな、オレが」
《神速》が《天眼》に勝ったのは、ただ彼ら個人の力の差で、そこに相性差など存在しない。
そして。
ここにいる《神速》と《天眼》の模倣者であれば、《天眼》が――己が上だと。
ハヤテはそう、嘯いた。
「本当にフカすじゃねえかテメェ……なら読んでみやがれッ、《天眼》の紛い物ッ! オレもまた同様に贋作だが、いずれ《神速》に至る一刀をくれてやるよォッ!」
「ああ、見せてみろよ……紛い物同士、どっちが上か白黒つけようや。互いに抱いた最果てを背負う身だ、己の夢に懸けて負けられねえよな?」
――尤も、とハヤテは内心で付け加える。
(オレが負けられねえ本当の理由は、そんなもんじゃねえけどな)
背負った最果てへの夢さえも、そんなものと捨て置く彼の〝理由〟は、一体なんなのか。
ミヅキはそんなことは露知らず――。
これより放たれる技の要諦は途轍もなく単純だ。
『一の太刀を疑わず』。
『二の太刀は要らず』。
初太刀全てを込め、初太刀にて勝負を決す、先手必勝一斬必殺の思想。
ただ速く。
ただ強く。
一瞬で勝負を決すれば、他には何も必要ない。
「二の太刀はねえ、これで終わりだ」
「おいおい、てめえもフカシこき始めるのか? オレの真似?」
「こいつを受けてからもう一度吠えてみろ」
「上等」
〝天雷〟の構えから、己の最速最高威力の一閃を放たんと動きだす。
ハヤテは先程同様に無構――いや〝凪の構え〟。
ミヅキの敏捷性はAランク。
雷属性の騎士は総じて敏捷が高い傾向にあるが、その中でもミヅキはトップクラス。
出力もまたAランク。
出力とは、一度にどれだけ多くの魔力を使用できるか、という項目だ。これに優れているほどに、一撃の重みは増す。
魔力による肉体強化の、瞬間的な強化量も、出力に左右される。
Aランクの魔力保有量、Aランクの出力による肉体強化により、ミヅキの敏捷性は最高クラスのAランク。
加えて、己の筋肉へ電流を流すことによる肉体操作。脳からの電気信号への干渉による、肉体の動きの最適化も行っていた。
ジンヤもこれに近いことを行っていたが、彼の場合は、ミヅキの複数同時斬撃へ対応するために、思考を排除してオートで体を動かすためのものだった。
これは自らの意志で速さを求めるための、マニュアルでの肉体操作だ。
ジンヤとの戦いでこの技を使った時は、魔力による肉体強化のみだった。
精密性に不安を残すミヅキは、ジンヤのような細かい電流操作を試みたことがなかったし、必要ともしていなかった。
しかし、あの敗北が彼を変えた。
幾重にも積まれた速さへの策。
速さへの渇望。
勝利への渇望。
もう二度と負けないと誓った彼が編み出した、さらなる最速剣技。
いずれ神速に至るであろうその一閃の名は――
「――――《雷竜災牙》ッ!」
高速の肉薄からの、高速の一閃。
躱せる道理はない。
はずだった。
「――悪いな、こいつはもうただの速さでどうこう出来る領域にはないんだよ」
振り下ろした一閃を、最小限の動きで躱し、ハヤテはミヅキの腹部に右の刀を突き立てていた。
「ぐっ、カハッ……」
激痛に呻き、意識を焼き切られそうになりながら、ミヅキは後方へ大きく跳んで距離を稼ぐ。
躱された。
最速の一撃が。
では、もはや勝てる道理はないのではないか……そんな考えが鎌首をもたげた瞬間。
「……っざけんじゃッ、ねェぞォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
咆哮一閃。
吐き出した叫びと共に放たれた斬撃を、ハヤテは容易く回避した。
その憤怒は、誰に向けたものか。
眼前の相手か、否。
あの少年に敗れた光景か、否。
あの少年に敗北し、無様を晒した己自身にだ。
――――龍上ミヅキという男は、あまりにも純粋過ぎるのだ。
『……ねえ、龍上君……キミは今、楽しくないかい?』
『……あァ?』
『僕は楽しいよ。強い相手に、己の全力をぶつけられる。こんなに楽しいことは他にないよ』
『……馬鹿が、下らねえ……』
刃堂ジンヤは、己を徹底的に貶めた不倶戴天の相手を前にしても、楽しいと口にした。
狂っている、と思った。
しかし、それはミヅキも同じなのだ。
楽しかった。
ミヅキには、才能があった。
初めて剣を握ったその時から、周りの者よりも強かった。
誰かに勝つのは楽しかった。
誰かと競うのは楽しかった。
剣が好きで好きで仕方がなかった。
そして、あまりにも純粋であるが故に、たった一度の決定的な敗北で、彼は歪んだ。
全国三連覇を成し遂げた直後。
中学三年になる頃には、ミヅキは退屈していた。高校に上がれば、中学時代は組み合わせの関係で戦えなかった相手や、中学時代は表舞台に上がっていなかった強者と戦えるだろうと期待をしていた、そんな時。
ミヅキを歪めた、敗北があった。
光り輝く金色の髪。爽やかに、人懐っこく笑う少年だった。
何もかも自分とは違うと思った。
真っ直ぐな人格の持ち主で、ミヅキを徹底的に叩きのめした後に、心の底から『いい勝負』だったと言って笑ったのだ。彼の言葉には、嫌味など少しもなかった、本当にそう思っているようだった。だからこそ、より深く抉られた。
才能というものを、思い知らされた。
彼の才能に比べれば、自分のそれなど塵屑同然だろうと思った。
これまで周囲を見下してい男は、見下すための由来となっている核の部分で、決定的な格差を味わってしまったのだ。
そして、歪んだ。
才能のない者が思い上がらぬように、無駄な努力を潰していく。
結局は才能が全てなのだから、努力など無駄だと、努力する者を潰していく。
まるで、自分に言い訳するかのように。
才能が全てだという結論が、真実であってくれと、泣き叫んで哀願する子供のように。
歪んだ果てに、初心を忘れた。
剣が好きだという気持ち。
戦いが楽しいという想い。
頂点を目指すという願い。
歪んで、忘れて、くだらないプライドだけが残って。
それだけに従って戦う亡霊になった。
純粋すぎるからこそ、その想いが壊れた時の歪み方も極端だったのだ。
そして、あの少年との戦いが。
ずっと寄り添ってくれていた少女の想いが。
歪みきった心を、ほんの少しだけ、初心へ……幼いあの日へ戻してくれた。
取り戻した、最強への憧れ。
気づかせてくれた少女への感謝。
胸の中で燃える、あの少年への闘志。
だから――
「オレは……、こんなところで、絶対に負けねえ……ッ! アイツを叩き潰すまでは、……オレは、絶対に……ッ、誰にも負けねえッ! そう、魂装者に誓ったッ!」
「…………ハハハッ! ……カッハハハハハハハハハハハハハハ……ッ!」
ミヅキの叫びを聞いて――ハヤテは、笑った。
「それだよッ! そいつが気に食わねえッ! テメェは自分こそがジンヤのライバルだってツラしてるよなァ!? 違うんだよ……ッ、そいつァ、勘違いだ! テメエなんざ、オレ達の友情譚の前じゃ端役に過ぎねえ! 精々オレ達を彩るために散れッ!」
「テメエがアイツに拘る理由は知らねえ……だがなァッ!」
「ああ、わかってんだよ、テメエが吐く言葉なんざなァッ! だがそいつはオレの台詞だ! いいか、よく聞けッ!」
「「――アイツに勝つのは、このオレだッ!」」
二人の男が、一つの想いを叫んだ。
刹那――、
ミヅキは激痛を噛み潰しながら、〝天雷〟の構えを取り、疾走を開始。
「《雷竜災牙・八岐之大蛇ッ!》」
咄嗟に放ったのは、未完成のはずの技だった。
未完成である《オクタグラム》を除けば最強の技である、雷竜災牙。
そして、レイガ戦の時に見せた、ジンヤとの戦いからさらに強化された《蛇竜閃》。
二箇所同時斬撃をジンヤが防げたのは、電気信号干渉という特異な技もあるが、所詮は『二箇所同時程度』だったからだ。
二箇所を結ぶような斬撃を、蛇竜閃のスイングスピードよりも速く放てば、それは防げた。
では。
蛇竜閃を凌駕するどころか、これまでの技で最高速。
そして、八つに分かれる剣閃。
高速八箇所同時斬撃。
ジンヤとの再戦までに完成させる、彼を破るための技。
あの時……ミヅキが敗北した瞬間のジンヤにならば、この技を使えば勝利出来ていただろう。
彼に勝つために、ミヅキはここまでやった。
この出鱈目な攻撃を躱す方法など、存在するはずがない。
ミヅキの確信は――、
暴風の刃の前に、破られた。
ハヤテの周囲には、両手の二刀に加えて、六本の刃が舞っている。
「《魂装転換》――《疾風・韋駄天の型》」
武装の変化。
そして。
「翠竜寺流・攻勢/七式〝閃嵐の舞〟が改――翠竜閃翼」
『アドヴェルサ』と『デザストル』……奇しくもどちらも、『天災』を意味する言葉だった。
疾風よりも、雷轟よりも、なお激しい天災をぶつけ合うが如き技の激突。
《翠竜閃翼》。
その技は、ミヅキが必殺の確信を持って放った技を喰らってもなお止まらぬ暴虐の化身。
八箇所同時高速斬撃は、二刀と六本の刃翼で防ぎ切る。刃翼は周囲に散り、鋼が軋む音を響かせる。強烈な斬撃を受け、ハヤテの体勢も大きく仰け反る。
しかし、大技を放って隙が出来ているのはミヅキも同様。
立て直すのは、ハヤテの方が早かった。
ハヤテが疾走し、ミヅキへ肉薄。
この時点で、まだ《翠竜閃翼》という技は出始めでしかないのだ。
技の正体は――二刀+6本の刃翼による、高速連続斬撃。
刹那、ミヅキの右肩と左足に、翡翠の刀が突き立っていた。
二刀を投擲。次にハヤテは刃翼を掴み取る。刃翼には、刃の内部に埋め込まれるように柄が存在している。
刃翼二本による二刀流。ミヅキが体を貫かれた痛みを押し殺しながら、追撃を防ぐ。が、防ぎきれない。
痛みで鈍った剣では、ハヤテの連撃を止めることなど不可能だった。
「派手に散れよ、花は持たせてやる」
都合十連。
高速の連撃が、ミヅキを斬り刻んだ。
この技の恐ろしさは、攻撃回数、速さもあるが、何よりも隙となる連撃の繋ぎ目がない……というより、強制的に繋ぎ目を消し去っている、というところだ。
ミヅキは連撃の際に出来た隙を突こうとしたが、そこで必ず刃翼が飛んでくる。連撃を最中も、ハヤテは手元の刃を繰りつつ、同時に刃翼を操作しているのだ。
投擲や逆手への持ち替え、時に空中の刃翼へ刃翼をぶつけての変則的な攻撃まで織り交ぜられる。
一度連撃が始まれば――一度その竜の羽撃きに呑まれれば、そこから脱するのは至難の技だった。
「……ま、手向けの花だがな」
二刀を納刀。
背後に三対六本の刃翼が揃う。
その刃は、翼のようだった。
「ちく、しょォ……クソが……」
地に伏せながらも、ミヅキは朦朧とする意識の中でハヤテを睨めつける。
「……おー、しぶといな。いや手向けとか言ったけど別に人を痛めつける趣味はねーよ」
「テメェは、一体……」
「あー、なんで負けたか知りてえか? 教えてやるよ。口は堅い方に見えるしな」
そして、ハヤテは語り始めた。
語られた事実を知って、ミヅキは驚愕し、絶望した。
勝てないと……敵わないと、思ってしまったから。
□ □ □
戦いの後。
ミヅキは寮に戻り、自室のシャワールームで佇んでいた。
戦いの最中はかなりのダメージを負った。だが、長期的にダメージが残るような攻撃は避けていた。さらにハヤテは、治癒術式が使える騎士を控えさせていた。
彼の言葉通り、痛めつける目的などなかったのだろう。
あの戦いは、どこまで行っても、彼の中にある拘りのための戦いだった。
熱いお湯をかぶりながら、ミヅキは拳を壁に叩きつける。
「クソがッ……クソ、……クソッ……クソったれが……ッ!」
少女に誓った。
己に誓った。
もう二度と負けないと、誓ったはずなのに。
負けた、完膚なきまでに。
なによりも、あの理由を聞いて……ハヤテの抱える、悲壮なまでの覚悟を目の当たりにして、気持ちで負けた自分が許せない。
己の覚悟は、この程度のものだったのか。
相手が背負っているものなど、関係ない。
想いに貴賎などないはずだ。
そのはずなのに、彼の背負う理由を聞いて、負けたと思ってしまっては、自分で自分の想いを否定することになってしまう。
「ちくしょう……ッ!」
瞳から溢れる熱い何かが洗い流されるまで、ミヅキは動くことができなかった。
認められるわけがない。
自分がそんな惰弱なものを垂れ流すなど、断じて有り得ない。
ボロボロになったプライドが、彼をその場に縫い止めた。
□ □ □
浴室から出ると、めるくの姿が見当たらない。
不審に思って、部屋の一つ一つを探していく。
真っ暗な寝室の隅っこで、めるくは膝を抱えていた。
「……なにしてんだ」
明かりをつけつつ、めるくへ問う。少女の目元は、腫れ上がって潤んでいる。
「何様だテメェは……オレが弱かっただけの話だ、テメェが敗北を背負うんじゃねえよ……」
「……ちがうッ!」
信じられないことが起きた。
否定。
めるくがミヅキの言葉を否定したのは、出会ってから初めてのことだった。
彼女と出会ったのは、ミヅキが十四の頃。
今は十歳になる少女は、出会ったころはまだ八歳だ。それから二年間。ほとんど言葉を交わしたことなどない。
道具と主。ずっとそういう関係だった。
つい最近、やっとそこから一歩進んだが、互いに不器用な二人だ。どういう在り方を選べばいいのか、二人共わからなかった。
めるくはただ、ミヅキが全てだった。だから彼の言葉に異を唱えることなど、ありえなかった。
なのに、それなのに、今……確かに彼女は、自分の意志を見せたのだ。
「めるくがよわいから……だから……だからダメなの……みづきはぁ……あぅ、あぐっ、……ぅぐ……うぅ……あぁっ……みづきは、……みづきは、よわくないの……ッ!」
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、嗚咽混じりに、少女は言葉を吐き出していく。
「めるくが、わるいの……ごめんなさい……ごめんなさい……めるくが、よわいからぁぁ……だからぁぁ……あぁ……」
ジンヤに敗北した時は、こうはならなかった。
恐らく、あの時はそれは芽生えていなかったのだ。
だがあの時、ミヅキはめるくと向き合おうと誓っていたのだ。
『――――今日も勝つぞ』
『…………きょうもかてるよ、わたしのだいすきなみづきなら』
だからだろうか。
あんなやり取りで。
それだけで、芽生えたというのだろうか。
ほんの少し、向き合っただけで――『道具』は、『少女』になっていた。
少女にも、悔しさが芽生えていた。
「ふざけてんじゃねェぞ、ボケが……」
ミヅキはめるくの襟首を掴み上げると、寝室のベッドの上に放り投げる。
ぽふ、とベッドを上に着地するめるく。
「勝手に背負うな、クソガキ」
それはミヅキも同じだった。
彼女のために勝利を誓っているというのに、彼女のことは考えていなかった。
負けたら全て自分のせい――ああ、そうだ、そんなはずがないし、それでは彼女が報われない。なによりあの少年と少女は、そんな在り方だっただろうか?
いいや違う。
そんな簡単なことが、まるでわかっていなかった。
「いいか、メルク――これが最後だ、オレは誓うぞ……もう負けねえ」
拳を突き出す。
少女も同様に、小さな拳を突き出してぶつけてくる。
「オレは必ず最強の騎士になる。テメェはどうだ?」
「めるくはぜったい、さいきょーの武器になる……みづきにふさわしい、さいきょーにッ!」
「こっから上がるぞ、二人でな」
「…………うんっ!」
常に不機嫌な表情の少年と、常に無表情な少女。
だが今、二人の瞳からは熱い涙が流れ、激しい闘志が燃えていた。
かくして。
栄光を求め。
絶望を知り。
逆襲の炎は、誰の瞳にも。




