表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第1章 逆襲譚、開幕
2/164

 第一章 この再会がもたらす未来は


 制服姿が目立ってきた。

 バス停の前にバスが停車し、さらに制服姿の人たちを吐き出す。

「……はぁ……はぁ……そろそろクールダウンを取らないと……」

 ランニングをやめ、ウォーキングに移行する。

 前方にそびえ立つ建物群――黄閃学園おうせんがくえん

 僕が今日から通うことになる学園だ。

 やっとだ、やっとこの時が来た。

 この時を三年間待った。ついに、あの約束を果たせる。

 彼女は元気だろうか。

 ……あのちょっと変わったクセは、まだ変わっていないのかな。

 久しぶりに会うのが楽しみだ。

 額を指で擦る。かなり汗をかいている。

 タオルを取り出して汗を拭きながら歩きつつ、バス停を通りすぎようとした。

 その時だった――。


「うわっ、なにアンタ、汗まみれじゃん」


 突然発せられた声。

 ちょうどバスから降りてきた瞬間に僕が目に入ってきたようだ。

 僕も声の主の方に視線をやる。

 燃え上がるような赤色の髪。

 高めの位置でくくったツインテールは、テール部分がロールしている。

 制服を押し上げる豊満なバスト。

 ブレザーの前を開け、Yシャツのボタンもろくに止めていないの胸元から谷間が覗いている。 谷間のすぐ上には炎を象ったネックレスが。

 赤色のリングピアスが左耳に二つ、右耳に一つ。

 左手首には黒のシュシュが。

  ……一言で表すなら、派手なギャルだった。

 あまり関わることのないタイプの人に話しかけられてしまい、少々戸惑う。

「え、えっと……」

「ちょっぴしごめんねー」

 彼女はスクールバッグから何かを取り出し吹き付けてきた。

 ぷしゅぅ――――――――――――――――――――――。

 何かの正体は、吹き付けられる前にわかった。

 だから、僕は躱さなかった。

「これでオッケーかなー。いやー、よかったねー、アタシがたまたまアンタの前通って」

 そう言って彼女はピンク色のスプレー缶を掲げる。

 吹きつけられたのは、制汗スプレーだった。

 おかげで僕の体から、どこか甘い匂いが漂っている。

「ほんで、これもあげる。眠い時とかちょースースーしていいんだよねー」

 汗を拭くシートだった。

 一応受け取って、使ってみる。

 彼女の言うとおりスースーした。

 ……シートもスプレーも、持ってるんだけどね。

 ちなみに、ものにもよるだろうけど、制汗スプレーは汗をかく前に使うものが多い。

「色々とありがとうございます」

 しかし彼女も善意でやってくれたことだろう、お礼は言うべきだ。

「いいっていいってー。もし入学式で横に汗臭いのがいたらその場でぷしゅーっといっちゃいそうだったからさ。そしたらアタシがめっちゃ浮くじゃん?」

 ……あまり善意ではなかったようだ。

 いや、照れ隠しでそう言ってるだけかもしれない。

 周囲に学園へ向かっている生徒がたくさんいる中で、こうしてる時点で浮いているような気もする。

「それに、アンタけっこー可愛い顔してんじゃん? ショタ系ってーの? っていうかヤバイなあ、女の子みたい」

 うっ、人が気にしていることを……。

「アンタと知り合いになっとけば、それ系の顔が好みなアタシの友達に紹介して貸し作れるじゃん? そんなわけだからー」

「そんなわけですか……」

 よくわからないけれど頷いておく。

 物凄く利用されようとしている気がしないでもないけれど、やはり彼女は恩人だ。

 無下にはできない。

「アタシは龍上煌麗タツガミキララ。キララでいいよー」

「僕は刃堂迅也ジンドウジンヤ。よろしくね、龍上さん」

「じゃあジンジンだ。あっ、キララでいいって言ってんじゃんー」

「初対面の女性を呼び捨てにするわけには……」

「ジンジンかったいなあー」

 いきなりあだ名をつけられてしまった。

 なんというコミュニケーション能力だろうか。

僕が固いのだろうか。

 どう考えても彼女が凄まじい柔軟さを有してるように思えてしかたがない。

「ほんで、ジンジンは騎士シュヴァリエ? 魂装者アルム?」

 騎士と魂装者。

 魂装者とは、己の体を武器へと変じさせることの出来る者。

 そして騎士は、それを扱う者。

 ――問いに答えるのに、ほんの僅かに躊躇いがあった。

 己の中に躊躇っている自分に気づいて、僕は内心で少し嬉しくなった。

 ああ、やっと答えられるんだ。

 これからは、この答えを口にしてもいいんだ。

 誰にも憚ることなく。

「僕は、騎士シュヴァリエです」

「そっかー、騎士かー。アタシもだ。魂装者なら使ってあげちゃおっかなーって思ったけど、騎士ならアレだね、そのうちバトっかもね。アタシちょー強いからね、当たったらごめんね」

「強い人と戦えるなら、それは楽しみだよ」

「おっ、言うねえ。ジンジンも強い感じ? ほんじゃ学年選抜戦で当たっちゃうかな~?」

「かもしれないね」

 気づけば彼女と話しながら学園へと歩き、校門を通って入学式が行われる体育館へ向かっていた。

 周りからはどう見えているんだろう。

 華々しい見た目の彼女と、地味な僕。変な組み合わせだろう。

 体育館に入り、それぞれの席につくために彼女と別れる段になった。

「あ、そういえばさー、ジンジンなんでめっちゃ汗かいてたの?」

「日課がランニングでね、家からここまで電車で来るのに、少し遠目の駅で降りて走ってきたんだ」

「へぇー、何キロくらい?」

「……三十キロくらいかな?」

「はぁ……? マジで? ウッソでしょ? 朝からようやるねー……」

 表情に驚愕の色を滲ませつつ、龍上さんは自分の席へ向かった。

 ……あれ、途中で少し道に迷ったから、四十キロくらいだったかな? 

 まあ、そんな訂正をわざわざする必要はないか。


 □ □ □

 

 入学式を終えて、自分のクラスへ向かう。

「ありゃりゃん? ジンジンじゃん。もしかして同じクラス?」

「龍上さんも一年B組?」

「そだよー。うっわー、きぐーじゃん、きぐー。運命感じちゃうなーこれ」

 気軽に大げさな表現を使いつつ、席につく龍上さん。

「席まで隣かあ。ウケるね」

「う、うん」

 ウケるの?

 刃堂は『さ』行、龍上は『た』行、まあ席が近くなってもおかしくないだろう。

 龍上さんは周囲の生徒に次々と話しかけて仲良くなっていた。

 やっぱりすごいな。コミュニケーション強者だ。

 僕なんて彼女が知り合う大勢の人間の中のほんの一人にすぎないのだろう。

 今の彼女を見てると、今朝の一幕もそれほどおかしなことでないように思える。

 いや行為自体はおかしいかもしれないが、彼女にとっては初対面の人間と接することなどよくあることなのだろう。

その後。

 この日は今後の予定の説明や、自己紹介のみで終わった。

 帰り際、龍上さんにクラスのメンバーでカラオケに行かないかと誘われたけど、今回は辞退させてもらった。

 龍上さんを囲む派手なメンバーに気後れしたというのもあるけど、一番の理由はこれから予定があったからだ。

 

 □ □ □


「うっわー、もしかしてジンジンってアタシのストーカー? しかもまた汗まみれだし」


 これから住むことになる寮について、日課のメニューをこなした後のことだった。

 量産型の魔装具を持った――要するに、刀を持った汗だくの僕と、龍上さんは三度遭遇することになったのだ。

「なにしてたん?」

「素振りをちょっとね。ランニングと同じで日課なんだ」

「へぇー、なんでそんなことしてんの? マゾ?」

「なんで……なんで、か……」

 改めて問われてしまうと回答に窮してしまう。

 当たり前のようにやってきたことだからだ。

 当たり前のようにやらなくてはならないことだから。

 理由ならきっと星の数ほどある。

 けれどその中から一つ、選ぶとすれば。

「約束があるんだ」

「約束?」

「うん。約束したんだ」

「ふぅーん? 誰と?」

「えっと、幼馴染の子なんだけど……」

 どうにもこれを人に話すのは恥ずかしい。ただ嘘をつけるほど、僕は器用でもなかった。

「幼馴染? へえー、女子?」

「う、うん。女の子だね」

「へぇ~? ふぅ~ん?」

 にやにやと笑みを浮かべて、僕の顔を様々な角度から見つめてくる龍上さん。

「スミにおけんねー、ジンジン。まあ、そーゆーことならカラオケにこなかったことは許してあげちゃおっかなー? 人の恋は応援したいし。でもあんま付き合い悪いとヤダよー? ほんじゃ、また明日ねー」

 そう言って、彼女は僕の隣の部屋に入っていった。

 予定というのは、日課のことだけじゃないんだけどね。

 同じクラスで、席も隣で、部屋まで隣なのか……彼女とはなにかと縁があるようだ。


 □ □ □


 翌日。

 教室にて。

「ひゃっふー! 生徒ちゃん達おっはよー! みんなのアイドルまつりちゃんだよーっ! 今日も元気にいっちゃおうねー! ジャスミンの花言葉は、愛らしさだよ!」

 この><こんなふうにした顔の、テンションがキマってしまっている女性の名前は風祭茉莉かざまつりまつり

 一年B組の担任教師だ。

 ツーサイドアップにした翡翠色の髪。

 黒のタイトなスーツ、短めなスカート。

 黒タイツに包まれた脚。

 服装だけ見れば大人の女性だが、どう見ても同年代……いや中学生くらいにしか見えない。

 なのに胸はスーツを盛り上げて主張している。

 龍上さんよりも大きいかもしれない。

 龍上さんは身長が高いけれど、風祭先生はかなり小さい。百五十センチ前後なのではないだろうか。

 それなのに、龍上さんよりも主張が激しいのだ。暴挙だ。もはやあの乳は暴挙だ。こんな暴挙が許されるのだろうか?

 ……まあそれはいいとして。

 昨日のことだ。

『ひゃっふー! 生徒ちゃん達はじめまして! みんなのアイドルまつりちゃんだよーっ! これから一年よろしくねー!』

 と言って教壇の前に現れた。生徒達は面食らっていた。

 ああ、僕も初対面の時はこうなったなあ、と懐かしくなった。

 先生には、過去にお世話になっている。……あのテンションには今も慣れないが。

 言葉通り、教師というよりはアイドルのような振る舞いなのだ。

 生徒達から『おはよーまつりちゃんー』『今日も元気だねー』と声が上がる。

「ひゃふふふ、生徒ちゃん達も今日も元気みたいだね。今日から早速授業とか始まっちゃうからね、元気にいかないとね。最初の魔装具を使った授業の前に、かるーくいろいろおさらいしちゃおっか。高等部からの子もいるだろうしね」


 □ □ □


「まずそもそも、みんながこれから暮らすことになるこの街、騎装都市きそうとしについてからいこっかー!」


 【騎装都市きそうとし


 騎装学園都市。通称、騎装都市。

 騎士シュヴァリエ魂装者アルムを集めた街。

 主な目的は、魔術犯罪の解決する存在で、人々を守る大切な職業、魔装騎士や、騎士達が戦う格闘競技のプロリーグの選手の育成だ。

 他にも魔術を生活に役立てる研究、騎士が使う武器の開発が出来る人材を育てることなど、あらゆる魔術に関することを集めた街。

 まあとにかく、とってもすごい街なんだぞ☆


 黒板に可愛らしい文字を書きつつ、基本的な事柄について説明してくれる風祭先生。

 知識としては知っていても、中学時代までは都市の外にいた僕にとってはまだまだ現実感の伴わない内容だ。


 【騎士シュヴァリエ魂装者アルム

 

 魂装者とは、魂の形を己の思い描く武器と定義して、その武器へと体を変化させる能力を持つ者。

 騎士はそれを扱うことの出来る魔力を持った人間。

 騎士は、かつては魔術師と呼ばれていた時代もあった。

 騎士と魂装者には、それぞれ持っている能力、得意な分野と不得意な分野があり、二人の総合的な能力で強さが決まる。二人の相性や信頼によって能力が上下することも多い。

 いいコンビには親友、兄弟、恋人などが多いんだよー。パートナーと仲良くなるのが大事ってことだね☆


 【神装剣聖エピデュシア

 

 彩神剣祭アルカンシェル・フェスタという学生騎士の頂点を決める戦いにおいて優勝した者に与えられる称号。

 小学生のなりたい者ランキングぶっちぎりの一位なんだよ。男なら一度は目指したいよね~。女の子の剣聖だっているから、みんな目指しちゃおうね☆ 


「まっ、だいたいこんな感じかなー。それじゃ、生徒ちゃん達、エピデュシア目指して頑張っちゃおうねー!」

 そんなふうにして、風祭先生は基本的な事柄の説明を締めくくった。


 □ □ □


 放課後。昨日は龍上さんの誘いを断った理由である『予定』――彼女に会うという目的を果たせなかった。

 だから今日こそはと、彼女を探しているんだけど……。

 おかしいなあ、確かにこの学校にいるはずなのに。

 彼女――雷崎雷華ライザキライカは僕の幼馴染だ。

 ライカとは小学生の時に出会って、中学で一度別々になってしまった。

 この学園の中等部に進学したライカと、騎装都市の外にある普通の中学校へ進学した僕。

 僕がこの学園に入学できることになった旨をライカに伝えた時は、すごく喜んでくれたんだけど……。

 なぜだかそれから少ししてから、彼女からの電話は減り、メールの文面もそっけないものになってしまった。

 なにか嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 もしかすると、元から嫌われていて、いざ僕がそちらに行くとなってしまった段で嫌悪感を隠しきれなく――いやいや、そんなはずは、そんなはずはない……。

 何か理由があるはず。それを会って確かめたいんだけど、会えないのでは話が始まらない。

 昨日、風祭先生に聞いてライカがこの学園にいることも、彼女のクラスも確認した。

 昨日は既に下校してしまった後だったけど、今日こそは。

 そう意気込んで彼女のクラスへ向かうと、そこには――。

 眩い雷光のような黄金の髪が、さらりと腰まで伸びている。

 きちんと着られた制服。龍上さんのように制服を着崩しているわけではない。だというのに、はっきりと形がわかる程、制服を押し上げている大きな胸。

 ……昔から同年代の娘より大きかったけど、また大きくなってるな。

 澄み渡る空のようなブルーの瞳が、こちらを見据えた。

 ……彼女だ。

 ライカ――そう名を呼ぼうとした直前、あることに気づいた。

 彼女の瞳には、不安の色が見えて。

 彼女の周囲には、ガラ悪い男達がいることに。

「……ッ!」

 気づいて、すぐに駆け出した。

 男達とライカの間に割って入る。

「久しぶり」

 ライカにそう声をかけると、どうしていいかわからないと言った風に、視線を泳がせる。

「……ジンくん? ……なんで?」

「――約束、果たしに来たよ」

「……っ!」

「ごめん……もしかして、迷惑だった?」

「そんなこと……ない……けど」

「――おい、なんだてめぇは?」

 そこで無粋な声が響いてくる。

「僕は刃堂迅也……キミ達は? ライカの友達には見えないけど」

 相手は四人。

 リーダー格と思しき赤髪のをモヒカン男(すごい髪型だ)が口を開く。

「いやいや、お友達だぜ? だからちょっと遊びに誘おうとしてただけだよ」

「……ライカ、彼とは友達だったりするの?」

「違う、この人達は……」

 ライカの言葉が弱々しくなっていく。

「違うって、そう言ってるけど?」

「照れることねえのになあ」

「彼女の気持ちを汲んでくれないなら、こっちも態度を変えないといけなくなるね」

「うるせえな、チビが」

 今のはちょっと……頭に来たな。

 モヒカンの彼は僕よりも頭一つ分大きい。

 確かに僕は一六七センチで、高校一年生の平均身長よりも一センチ小さい。

 この野郎、ちょっと身長が一七○センチを超えてるからって調子に乗るなよ。

「キミこそ……その頭で大きさを誤魔化そうとしているんじゃないの?」

 モヒカン男の頭を指差して言う。

 人の見た目を揶揄するのは気が引けるけど、相手が相手だ。挑発に利用させてもらう。

「ふざけてんのかテメエ……ッ! おい、やるぞ」

 モヒカンが周囲に促すと、四人が魔装具を取り出した。

 魔装具は魂装者アルムには劣るとはいえ、通常の武具よりはかなり強力だ。

 魔装具を小型化しておき一瞬で巨大化させるというのは基本的な魔術。

 ……僕は使えないけど。

相手の武器は剣、刀、斧、槍。

「誰にケンカ売ってるかわかってねえみてえだから教えてやる。俺ぁCランク。姉さん程じゃねえが、一年じゃ敵はそういねえ。他のヤツらもDが三人だ」

 騎士、魂装者共に能力をランク付けされる。

 Dでも高等部一年次では珍しい部類だ。現時点ならクラス内ではトップ、学年でも上位かもしれない。Cともなるとそうそういない、学年でもトップクラスだろう。

 姉さんというのが誰だか知らないけど、モヒカンの彼はかなり強いのだろう。

 ――尤も、それはあくまで能力が評価されているかどうかという話だ。

「チビ。てめぇ、ランクは?」

「Gだよ」

「……………………はぁ?」

「だから、GだよG。最低ランクであるGランクだよ」

「………………ギャッハッハッハッ! 冗談だろ!? なんでそんなヤツがここにいんだよ!」

 モヒカン男が哄笑する。追従して他の三人も笑った。

 Gランク。

 最低のランクが意味するのは、ほとんど能力が使えず、一般人とほぼ同じということだ。

 彼らが笑うのも無理はないだろう。

「かかってきなよ。ただし覚悟してね、キミ達は――Gランクの、魔装具も魂装者も持たない僕一人に、いいようにあしらわれて地に伏せることになる」

 挑発だ。

 この挑発は、今から使いたい技の必要経費。

「……寝言は寝て言えよクソチビが。すぐ寝かしてやるから、それから好きなだけほざけ」 

 モヒカン男の瞳に怒りが宿る。

 まずは剣を握ったモヒカン男と、刀を持った男がこちらに向かってきた。

 二人がほぼ同時に得物を振り上げ、振り下ろす。軌道を見極め、一歩下がって躱す。

 剣と刀が地面に激突。金属音が響き、火花が散る。

 攻撃を外したことにさらに怒りを覚えたのか、モヒカン男が目を吊り上げこちらを睨みつつ、一歩踏み込み剣を振り上げる。

 ――遅い。

 モヒカン男が剣を振り上げると同時。

 僕は左足から一歩踏み込み、左手で彼が剣を握っている左手の手首を掴む。

 さらに右手で――彼が剣を握る右手と左手の間――剣の柄を握る。

 そして素早く右足を後ろに引き、彼の左手首を握ったこちらの左手、彼の剣を握ったこちらの右手も同時に引く。

 モヒカン男は、突進の勢いそのままに飛んでいき、床でのたうち回る。その際、彼の手から剣は消失していた。

 そして僕の手には彼の剣が。交差した際に奪い取ったのだ。

――柳生新陰流、無刀取り。

 交差した際に、関節を極めて動きを封じるパターンもあるけど、その間に他の相手に攻撃されてしまうから、今は得物を奪うのと相手の体勢を崩すだけに留める。

「確かにCランクだけあって魔力による身体強化はなかなかのものだと思う。そこから繰り出される斬撃の速さ、威力も恐ろしいものなんだろうね。でもモーションが遅い、それに大きすぎる。技の起こりが見えているんじゃ、対処してくださいと言っているようなものだよ。どんなに強い攻撃を放てても、当てられなければ意味がない」

 そう告げつつ、モヒカンの彼から視線を切って刀の男へ。

 ……モヒカンの彼は、挑発に乗ってくれた分、攻撃が単調だから武器を簡単に奪うことができた。

 正面の刀の男と向かい合う。

 相手の刀の刃渡りはおそらく七十センチから七十五センチというところだろうか。

 対してこちらの剣は六十センチ程だろうか。

 刀に比べるとあまり剣については明るくないが、これは盾と併用するものだろう。 

 僕が中段に剣を置く。

 相手は上段と中段の間のような構え――恐らく天井が低いため、思い切り刀を掲げるのが躊躇われたのだろう――そこから刀を振り下ろしてくる。

 剣を僅かに右にずらし、こちらの鍔元で、相手の刀の切っ先を側面から絡みとるように巻き込む。この際、両手を左方向へ返す。

 ――立身流、巻落まきおとし

 僕の習う流派にも似た技があるので、なんとかそれなりに形にはなったか。

 思い切りやれば刀を吹っ飛ばすことも出来たけど、流石に廊下でそれは不味い。ガラスが割れてしまったら怒られそうだし……いや、既にこの時点で怒られるには充分か。

 相手の刀は僕の左手前の床を叩く。

 すかさず右足から一歩踏み込み、柄頭ポメルで思い切り相手の篭手を叩く。相手はたまらず刀を取りこぼす。

「失礼」

 落ちた刀を拾い上げ、剣から持ちかえる。

「やっぱりこっちのがしっくりくるかな」

 刀を握り、残りの二人と向かい合う。

 より僕に近い場所にいた男が、斧を振り上げる。

「キミもモヒカンの人と同じだ、モーションが大きすぎる」

 肉薄。篭手を峰打ち。

 斧が床に落ち、激しい金属音が散った。

 刹那、槍による突きが迫る。

 即座に刀の切っ先で槍の穂先を叩き、突きの軌道を逸らす。

「場所が悪い。縦にも横にも狭いここで槍を持っていても、さあ突くぞとテレパシーで相手に向かって叫んでいるようなものだよ」

 一気に懐に入り、再び峰で小手打ち。

 槍の彼も得物を地面に落とす。

「とりあえず、今日のところはこれで退いてくれるかな」


「ちょっとキミぃー、なぁーに調子こいちゃってんのかなー」


 現れたのは――赤色の髪をツインテールにした女性。

「……龍上さん?」

「……ありゃん? ジンジン? なにしてんの?」

「えっと……」

 答えあぐねる。どうしてこのタイミングで龍上さんが?

「ここでアタシの手下トモダチをボコってくれたヤツがいるっていうからさぁー、直々にちょっぴしシメてやんないとなんだよねー。ジンジン、それっぽいの見なかった?」

「……さあ、どうかな、それらしい人は見てないけど」

「キララさん! そいつがそうっすよ!」

 モヒカン男が僕を指差して言う。

「ふぅーん……? ジンジンが? なんか強そうな感じ出してたけど、マジでそうなんだ」

「この人達、龍上さんの友人なんだ」

「そ、手下トモダチ

「そうであっては、欲しくなかったな……。龍上さんの友人に酷いことをしたのは謝るけど、先に彼らが僕の大切な人に迷惑をかけてるように見えたんだ。そのことについて、何か知ってるかな?」

「あー……。うわー……。あっりゃりゃ~……。そーゆー感じかあ~……。ジンジンの大切な人って、雷崎雷華だったんだ」

「ライカを知ってるの?」

「ちょっぴしね。そこの魂装者、アタシが貰おうと思って」

「話が見えないね」

「アタシねー、欲しいもんは全部力づくで奪いたいんだぁ。だからさぁ、別に邪魔してもいいけど、ブッとばしちゃうぞ?」

「龍上さんと戦うのは、思ったより早くなりそうだね」

「んん~、言うねぇ、やっぱり。でもジンジンさぁ、もう魂装者は決まってるの? アタシは心配ないけど、ジンジンは高等部から黄閃に来たんだよね? そんじゃーいないんじゃない?」

「当てならある」

 僕はライカの方を向いた。

「……ねえ、ライカ――また、僕と戦ってくれないか?」

「そ、れは……」

「ここは黙って頷いて欲しい。何があったのかはわからないけど、言いたくないなら今は言わなくてもいい……僕がライカを守るから――だから、頷いてくれ」

「……本当に?」

「当たり前だ」

「でも、またあの時みたいに……っ!」

 三年前のあのことを言っているのだろう。

「――ならないよ。僕はそのために、ここに来たんだ」

 そう彼女へ告げると。

 彼女は、大きく頷いた。

 龍上さんに向き直り、彼女を真っ直ぐな視線で射抜く。

「ん、じょーとーじゃん。なーんかいい雰囲気出しちゃってるね~、いいね~そーゆーの。ほんじゃ、明日の放課後とかにしよっか! 今日のとこはここまでにしとこっ」

 周囲の男達に視線をやる龍上さん。

「……しっかし情けないねーアンタら。やんなっちゃうなあ、もぉ……アタシ、雑魚って嫌い。まあいいや、ほんじゃ楽しみにしてるよ! バイバイまたね明日ねー! …………ほら、てめーらいくよー、いつまでも無様に転がってると、マジで火葬しちゃうぞー」

 そう言って、龍上さんは他の者達を引き連れてその場を後にした。

 

 □ □ □


 夕暮れの教室。

 吹奏楽部の演奏と、ボールがバットに当たる甲高い音が、放課後という時間を感じさせる。

 この辺りは普通の学校と同じなんだな、とそんなことを思った。

 そこに混じって、剣戟の音が響いてくるのが普通とは違う――戦う者が集う場所に来たことを実感する。

 教室の窓から差し込む夕陽が、彼女の横顔を照らしていた。

 龍上さんとその友人達が去った後。

 僕とライカは、他に誰もいなくなった教室で向かい合っていた。

 僕らの間には、断絶した過去と沈黙が横たわっている。

 ライカの横顔には、暗い影が。

 ――何かがあったのだろう。

 僕が知らない間に、彼女を変えてしまうような何かが。

 だって僕は、こんな彼女を知らない。

 ライカはいつも明るくて、前向きで。

 内気で暗くて後ろ向きで、なにもかもダメだった僕を引っ張っていってくれて……僕を救ってくれた少女なのだ。

 だったら。

 今度は、僕が……。

「ねえ、ライカ――」

 僕がそう切り出した瞬間だった。

「どうして……?」

 と、そうライカが零した。

「どうして、あんなこと言ったの……?」

 その声に、問いに含まれている意味は、糾弾だった。

「言っただろう、キミを守りたいって」

「ジンくんは、きっと強くなったんだと思う……でも、それでもね……少しくらい強くなったところで、どうにもならないことがあるんだよ……さっきは頷いちゃったけど、やっぱりダメだよ……今からでも謝りに行けば……」


 ――『この世界に、本気で願って叶わないことなんてない!』

 

 過去の言葉が蘇る。

 奇しくもあの日と同じ、夕焼けに染まる時。

 けれど、彼女の表情と言葉は正反対。

 彼女が正反対ならば、僕もまたそうなろう。

 あの日。

 救われたのは僕で、救ったのは彼女。

 だったら。

 だから。

 僕は、この言葉を口にする。

「ねえ、ライカ」

「……なに、ジンくん」

「この世界に、本気で願って叶わないことなんてない――そうだよね?」

「――それは……」

 ライカが目を見開く。

 気づいたのだろう。

 今の自分は、かつての自分と真逆のことを言っていることに。

 そして僕が、かつての彼女の言葉を借りていることに。

「それは……そんなのは、子供の吐く夢だよ。ただそうあって欲しいって願っていただけの小さな子供の言葉」

「でも僕は、その言葉に救われたんだよ」

「……っ。だとしても、もう私は……夢から覚めたの。ごめんね、ジンくん……私もう、あの日と同じことをあなたに言えない……」

「構わないさ」

「――え?」

 夕暮れに照らされて輝く金色の髪が揺れる。

「キミが無理だって言うなら、僕が何度でもできるって吼えるよ。僕はそうやって、キミに救われたんだから」

「だから、それは……まだ何もわかってない子供の頃のことで……ッ!」

 声を荒げるライカ。

 引き結んだ口が、目尻に浮かぶ雫が、彼女が抱えるものの悲痛さを思い知らせてくる。

 だけど。

 それでも。

「ただの子供の夢で終わるかどうかは――明日、僕が戦いを以て証明するよ」

 きっと、どれだけ言葉を重ねても、意味がないことはある。

 だったら今必要なのは、言葉ではない。

「今はまだ、信じられないなら、信じなくてもいい……でも、僕にチャンスをくれないか? キミが僕を信じるかどうか――それを決めるためのチャンスを」

 答えは、聞かなかった。

 返事は、いらなかった。

 だって僕は、彼女のことを信じているから。

 僕はその場を後にする。

 こうして、あの日と同じ――僕に夢を見せてくれた人と出会った時と同じ夕暮れで。

 彼女は否定して。

 僕は、肯定した。

 出会いと同じ夕暮れでの再会に、幕が下りる。

 ならば次は。

 明日、僕がすべきことは。

 全ての過去を斬り裂いて、新しい物語の幕を開くことだろう。

 だって僕は、そのために彼女のもとへ戻ってきたのだから。


 この再会がもたらす未来は、間違っていないと信じたいから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ