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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
19/164

 断章 もしも彼女たちが運命という舞台において光が当たらぬ存在だとしても

 

 5月25日 

 

『………………最ッッッッッッッ高じゃね――――――かァァアアア! アッハハハハッ! ハハハ……あぁ、あァ、……ああッ! 楽しいッ! 楽しいなァ! 楽しいじゃねェかァ! 残念だけど、最高に楽しいよッ!? だって、だって……』


『だって……アンタなら、本気を出してもいいかもしれないんだからさァァァッ!』


 少年の狂笑が、ミヅキの耳にこびりついていた。 


炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》討伐作戦を終えた日の夜。

 作戦の結果は、《使徒》を取り逃がすというものだった。

 

 しかし、ミヅキとしてはそんなことはどうでもいい。

 彼は《使徒》の連中がどれだけ大会出場が確定している者を襲おうが知ったことではない。

 聞いた話では、《使徒》の手口はおかしな点が散見される。彼らは正面から、大会出場者に戦いを挑み、破った上でダメージを与えて出場困難な状態を追い込むのだ。

 まるで、大会に相応しい騎士かどうかを裁定するかのような、不遜なやり口。

 負けた者は、相応しくなかったのだ。

 ミヅキのもとにも、そういった手合は現れたが、正面から叩き潰した。

 あの少年のもとにも、《使徒》の息がかかっていたと思われる騎士が現れたが、彼は勝利したようだ。その場には、風狩ハヤテの姿もあったらしいが。

 風狩ハヤテ。

 中学時代に彼の戦いを見たことがある。強い騎士だ。いずれ戦い、手ずから潰してやりたいと思う。

 だが、今は……。

 あの日から、ミヅキの瞳の先にいるのは――……。

 と、そこで頭を振って思考を切り替える。

 今は目の前の案件だ。

 ミヅキはタブレット型の端末を操作する。

 端末にはある重要な情報が入っている。今日の戦果だ。これがなければ、ただ《使徒》を取り逃がしただけの間抜けな末路を迎えることになっていたが、それは避けられた。

 とある方法を使って、《使徒》が使っていた施設にある情報端末からデータをコピーしたのだ。

 レイガとの交戦中、突然乱入してきた謎の少年。彼と共に、レイガは姿を消した。

 消化不良ではあったが、ミヅキの目的はけたましく笑う銃使いを倒すことではない。

 情報を手に入れた時点で、目的は達成していた。

 なぜこれが必要だったのか。

 その理由が生まれた日は、あの少年との戦いの日。

 ……あの少年との戦い。

 そこでミヅキは、めるくの言葉を聞いた。


『…………みづき、きょうもかてる?』

『当たり前だ、テメェの主人を誰だと思ってやがる』

『…………かってね、わたしの、だいすきなみづき』


 戦いの後、ミヅキはめるくに誓った。


『…………みづきは、めるくのひーろー、なので』

『ヒーローだァ……?』

『んなガラなワケあるかボケが』

『…………じゃあ、まおー』

『魔王、ねえ……』

『それでいくか……あァ、そうだ。オレァ、テメェのために、他のヤツらの夢を全部叩き潰して、天辺に立ってやるよ』

『…………さすが、めるくの、まおーさま』


 我ながらこっ恥ずかしいことをよくもまあぺらぺらと吐いたものだと思う。

 しかし、ミヅキは誓いを違える気はなかった。

 自分はクズだ。

 才能というものを。

 努力というものを。

 なにもわかっていなかった。

 己の未熟さを、他者へ押し付けて、他者の夢を踏みにじって憂さ晴らしをしていただけの、愚かな子供だ。

 魂装者アルムなど道具。そう思い込むことで、めるくの声を聞かないようにしていた。

 魂装者アルムと心を通わせる、などという巷に蔓延る言説を見下していた。道具に頼らなければ戦うこともできない弱者の戯言だと断じていた。

 過去のことを思い返せば思い返すほどに、己への苛立ちが募る。

 これでは、あの少年と戦う前と同じ――いや、違う。決定的に違うのだ。

 この苛立ちは、彼と再び戦い、そして……。

 再戦を思う度、心が震える。

 あの戦いを、あの高揚を、あの一閃を。

 もう一度彼と戦い、超えることができれば、自分は――。

 強くならなければならない。

 過去を超えるため。

 そして、めるくのため。

 めるくは。

 あの少女は、ミヅキを救ってくれたのだ。

 公式戦ではない戦い。中学時代も全国三連覇を成し遂げたミヅキを圧倒した爽やかに笑う少年。

 彼との戦いに敗北し、元から真っ直ぐでもない性根が歪みきった。

 己の才能に絶望し、他者の努力を嘲笑う日々の中で、ミヅキの心は軋んでいた。

 こんなはずではない。

 ずっとそう思っていた。

 自分の願いがわからなくなっていた。

 だが。

 めるくだけは、ミヅキの願いを正しく把握していた。

 

『――――みづき、今日も勝てる?』


『ううん、たよりなくない、だってみづきは、さいきょーだから』


『…………かってね、わたしの、だいすきなみづき』


 ああ、そうだ。そうだったのだ。

 ミヅキは、ただ憧れ続けていたのだ。

 最強であることに。

 真っ当な男ならば、誰でもそうだろうと、当然のように。

 敗北で歪んでから、それがわからなくなっていた。

 なのに、ただの道具だと思っていた少女は、それを知っていた。

 ミヅキは少女が眠っている部屋へ視線をやる。




 少女には、何もなかった。

 否。

 少女には、地獄だけがあった。

 地獄の中で、少女は自分を救ってくれる存在を夢想し続けた。

 やってきた男は、白馬の王子とは程遠い凶悪な表情をしていたが、少女にとっては彼がどんな王子様よりも格好良く見えてしまうのだ。

 だから、道具でよかった。

 ただ最愛の人の武器になれるのならば、それでよかった。

 ただ使われる日々ですら、少女を救っていたのだ。

 それなのに。

 最近の彼は、優しくすらある。

 少女は本当に、本当に幸せだった。

 もっと彼の役に立ちたい。毎日のようにそんな夢を見ながら、少女は穏やかな寝息を立てている。


 

 

 少女だけが、少年を見続けていたのだ。

 あの公式戦ではない、記録に残らない少年を敗北を。

 あの戦いを、少年と共に戦っていたから。

 ミヅキは口が裂けても言うつもりはないが、めるくに心底感謝している。

 不甲斐ない己を信じ続けてくれる少女のために戦うことを誓っている。

 そのためにまず。

 少女のことを知らねばならないと、ミヅキは考えた。

 めるくには謎が多い。

 出会いはちょうど今日、《使徒》と戦った時のように、都市内の犯罪組織との戦いの中だ。

 めるくは恐らく、どこかへ運ばれる途中だった。

 めるくを利用しようとしていた男が、ミヅキに倒される時に吐いた言葉を覚えている。



『ただで済むと思うな、お前はヴェルンドの商品に手を出した。必ず殺されるぞ、必ずだ』



 弱者の捨て台詞に興味はなかったが、『ヴェルンド』という言葉は引っかかっていた。

 組織か、個人か……いずれにせよ、それが表す意味を知る者がいなかったのだ。

 あの時潰した組織――いや、騎装都市の犯罪組織は、大小問わず全て《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》の影響下にある。

 後から調べて判明したことだが、めるくの輸送先も《使徒》に関係する施設だった。

 なので、《使徒》から辿れば有力な情報が手に入ると踏んだのだが――


「こいつは……」


 端末に表示された情報を見て、ミヅキは目を見開いた。


「大当たりかもしれねえな……」


 □ □ □


 プロジェクト:■■■■■について


 (データが破損しています)の最終目標。

 

 《■■》は、常軌を逸した思想の持ち主であり、この計画を本気で実現できると思っている。

 

 こんなことを思いつく人間が、こんなことを実現しようとする人間が、まともであるはずがない。


 《■■》は間違いなく、この世界で一番の■■■だ。


 しかし、《■■》……いや、(データが破損しています)には、この夢想を実現する力がある。


 故に、《■■■■■》は、必ずこの計画を打倒しなくてはならない。


 □ □ □


 ところどこが破損しているデータ。

 文字が塗りつぶされたに報告書、レポート、メールらしきもの。

 表示された情報の意味が十全にわかるわけではない。それでもなにか、恐ろしいものを目にしているという予感があった。

 ミヅキはさらに画面をスクロールさせ、次のデータに目を通す。


 □ □ □


 プロジェクト:■■■■■■


 ■■■■■同様に、この計画も狂っているとしか思えない。


 それでも、現状の■■■の動きから考えれば、本当にこれが可能なのかもしれない。


 これはいくらでも悪用できるだろう。


 だから、必ず今回の件を成功させることにより、(データが破損しています)を、倒すための手段を手に入れなければならないだろう。


 □ □ □


 さらにスクロール。

 そして。

 見つけた。


 □ □ □


 殺戮の創造者ダインスレイヴ・ヴェルンド


 《■■の■■》


 《■■の■位》


 (データが破損しています)の中では表の社会への強い影響を持つという特異な男。


 □ □ □


 さらにスクロール。

 そして、ミヅキは舌打ちを一つ。さらに大きく溜息をつく。

「……オイオイ、マジか? こりゃもう学生がどうこう出来る範囲じゃねェな……」


 『ヴェルンド』の正体、その一端となる情報。

 めるくの出自。

 そこには、あまりにも恐ろしい陰謀が関わっている。

 いや、それだけではない。


 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》は、ただの犯罪組織ではない。

 

「こいつはオレの手には余るな」


 データを表示しているタブレットとは別の普段使っている端末を取り出し、ある相手に通話をかける。

 以前、《ガーディアン》の手伝いをしていた時に知り合った相手だ。

 《ガーディアン》のトップにして、騎装都市で最強の男。

 彼ならば、自分よりも遥かに有用に、これを扱うことができるだろう。


 □ □ □


 6月25日


 特別代表選抜戦、Aブロックに出場する百人の内九十九人は彼女の姿を一生忘れることはないだろう。


 鬼気迫る、一人の騎士のことを。


 圧倒的であった。

 既に代表となっている刃堂ジンヤや、龍上ミヅキすら凌駕するのではと思う者までいた。


 それ程までに。

 雨谷ヤクモの戦いは凄絶だった。


 □ □ □


『……ヤクモ先輩?』


『やあ、キララ……やはりキミが来たか。病み上がりで少しはしゃいでしまったよ……見ての通りだ、病人相手だと思って手加減するなよ? 全力で来るといい』


 誰がアレを見て、手加減など出来るものか――キララは控室で、ヤクモの姿と言葉を反芻し、脳内にて言い返していた。

 脳内ではなく現実のキララは、驚愕のあまり言葉を返せず、ヤクモは『楽しみにしているよ』とだけ言ってそのままキララとは別の控室へと消えた。

 休憩を挟んで、決勝が行われる。


「……ララ、平気?」


 キララの魂装者アルムである灰色の髪の少女――氷谷雪花が、いつもの無表情、無機質な声に、僅かに心配の色を滲ませている。


「いや~……ヤバいかも……マジでビビったし……」

「……」

「……あっ、いや、だいじょぶだいじょぶ! ビビったけど……でも、それでもやるよ、アタシは……ジンジンは、兄貴とやる時、絶対もっと怖かったと思うし」

「ホント好きだね、刃堂君のこと」

「はぁ……!? なにいきなり」

「……だってララさ~、最近そればっかじゃん?」

「いやいや、ないない、ないからあんなん、オタクだし、陰キャだし、チビだし、童顔だし、アタシの好みじゃないから……ってか彼女持ちだし! ないない、ないわ~」

「ホント……全然好みじゃなさそうなのに、不思議」

「いやなに勝手に納得してんの!」

 

 いつもの無表情を僅かにニヤつかせて崩す雪花。キララはその肩を掴んで大きく揺さぶる。

「……ま~いいんじゃない。彼女持ってる相手好きになったって。自由でしょ、好きでいるのは」

「だーかーらー……!」

「それにさ……ララは、別に色ボケだけで神装剣聖エピデュシアなんて目指そうと思ってないわけでしょ?」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「あ、色ボケ認めた」

「うっさい! マジでうっさい!」

「……ふふ……ララほんと面白い。いじり甲斐あるなあ……」

「ユッキー、マジでドS……」

「……いやいや、昔のララほどじゃないよ」

「ちょ……人のマジでダメな黒歴史を……」


 ミヅキが気まぐれに命じるがままに、気に食わない相手を叩き潰して回っていた時代を思い出してしまうキララ。

 今でも夢に見る。

 努力を積み重ねた相手を、自分の才能で叩き潰す瞬間の恍惚――それがそのまま、嫌悪に反転し己を襲う。

 相手の恐怖と絶望に満ちた顔。それを嘲笑う自身の醜さ。

 自分はどうしよもうない人間だ。

 それでも。

 だとしても……あの輝きに魅せられたから。

 あの輝きに、少しでも近づきたいから。

 

 迅雷の輝きに誇れる己で在りたい。

 敬愛する先輩に恥じない己で在りたい。

 

 そのために。

 

 仮令、相手が敬愛そのものであろうと、キララは退かない。


「じゃ行こっか、ユッキー」

「うん、応援してるよ、ララ」


 いやいやアンタも戦うんだからしっかりしろよアタシの魂装者アルム……なんて、そう言って笑いながら、キララと雪花は、戦いの舞台へ上がる。


 □ □ □


『え~……衝撃の展開もありましたが、気を取り直して行きましょう! 

 特別代表選抜戦、決勝! この戦いで、黄閃学園最後の代表が決まります!

 実況はワタクシ、皆さんのアイドルにして、放送部のエースでお馴染み! 爛漫院桜花ランマンインオウカでお送りします!

 あ、それから、ついでにそのへんでダンゴムシを丸めて遊んでた暇そうな人が解説に来てまーす!』

 

『暇そうな人じゃないよ! まつりちゃんだよ! ダンゴムシで遊んでないよ!? なんでそんな嘘つくの!?』


『嫌いなので、先生のことが』


『辛辣! なんで!?』


 会場からは笑いが漏れる。

 桜のようなピンク髪のロングストレート、小学生のような容姿、小学生のような平たい胸、可愛らしいロリボイス――爛漫院オウカ。


 年齢にしてはキツいツーサイドアップの緑髪、大人らしからぬ子供のような低めの身長、子供のような身長らしからぬ豊満な胸――風祭マツリ。


 オウカとマツリ。実教と解説による漫才はいつもの光景となっていた。

 

『なんでって……キャラが被ってるじゃないですか~?』


『え~どこどこ? どこが被ってるのな桜花ちゃん? 先生に教えてみて? うん? どこ?』


 マツリは、執拗に胸元を見ていた。その後、マツリは己の豊満な胸を張る。凄まじい質量が淫靡に揺らぐと、ブチリという音が響いた。

「ババア……ッ」

 マイクから離れ、ぼそりと呟くオウカ。

 ババア。

 それは、アラサーには禁忌の言葉であった。

「ガキ……ッ」

 マツリも同じく呪詛めいた言葉を吐く。

 実教と解説、生徒と教師、子供と大人――どの関係から考えても、それにあるまじき態度の二人だった。


『え~、ダンゴムシが何か言ってますが、放っておきましょう!

 それでは選手の入場です!』


 だからダンゴムシで遊んでないよ!? というマツリの叫びは、歓声にかき消されて流されてしまった。


 □ □ □


『Bブロックを制したのは、代表選手である龍上ミヅキ選手の双子の妹! 

 彼女もまた、兄同様に恵まれた才能を持ったBランク! 龍上キララ選手!』


 歓声に迎えられながら、キララはリングに上がる。

 久しぶりだ、と思った。

 事実、歓声は久しぶりだった。以前は聞き慣れていたのだが、ここ最近ではキララが戦う時に声援など送るな、という空気があった。

 ジンヤに敗北する以前に付き合いのあった人間達は、努力など馬鹿にしていた。

 頑張ることは格好悪い。何事も程々に、いい加減に、それなりに。そういうのが格好いい。それが当たり前。そういう価値観を持ったコミュニティ。

 教室でもカースト上位のグループ。そこがキララの居場所だった。

 当然だろう。努力せずとも、ちやほやされるような力を持っていたのだから。

 下らない日々だったと、キララは過去を切り捨てる。

 努力するのが格好悪い? そんなことがあるはずがない。だったら、あの少年は一体なんなのだ。

 キララはあの日の敗北を、あの日の輝きを忘れない。

 そう。

 自分がどれだけ恵まれなくとも、夢を少しも諦めずに突き進むあの少年はあんなにも眩しいのだから。

 努力することが、格好悪いわけがない。

 

 キララは以前の友人達に無視され、陰口を叩かれ、彼女を応援するなという空気を作られた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 格好悪い人間が、何をしようが、興味はない。


 かつての自分を、キララは愚かだったと断じている。

 だから、かつての自分と同じ存在である、努力を嘲笑い不真面目に生きる全ての人間を、キララは愚かだと断じて、下らないと切り捨てる。


 もう二度と、ああはならない。

 

 そのために、今日ここで、自分が変わったことを証明してみせる。



 この戦いは、ジンヤやミヅキ、ハヤテ……彼らのような運命を背負った者達から見れば、取るに足らない勝負だろう。


 キララやヤクモが、彩神剣祭アルカンシェル・フェスタを優勝できる可能性は万に一つもない。


 それでも、彼女達には、譲れないものがある。


 もしも彼女たちが運命という舞台において光が当たらぬ存在だとしても。


 それが立ち止まる理由には、少しもならない。







 □ □ □


『続いてはAブロックを制した……というより、蹂躙とでも表現してしまいたくなる圧倒的な力で、トーナメントを大幅に省略して勝ち上がるという荒業を見せました!

 怪我に苦しめられ、今年度は絶望的かと思われていましたが、驚異的なスピードでの再起を果たした逆襲の騎士! 雨谷ヤクモ選手!』


 再び歓声。


 ヤクモが、キララの前に立ちふさがる。


「……〝逆襲〟か。私には少し重い言葉だね」

「たぶん……ジンジンはそんなこと思わないッスよ、ヤクモ先輩」

「私が思うのさ……あやかってみたいとは思うけれどね、あの鮮烈な逆襲譚に」

「アタシもです……それじゃあ、始めましょうか」

「ああ、始めようか」

「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《氷狼双牙ヴァナルガンド》」

「《魂装解放リベラシオン・アルム》――《八百比丘尼ローレライ

 

 キララは左右に一本ずつ刀を持った二刀。


 ヤクモは青色の鞘に収められた刀を腰のベルトへ差し込む。


神装剣聖エピデュシアへ至るために残された道は一つ!

 夢の舞台への席は残り一つ!

 勝者は一人! この戦いに勝った者だけが、先へ進むことができます!

 残酷ですが、それが騎士の常……では、始めましょう!』


『――Listed the soul!!』


 開戦を告げる電子音声が轟いて、二人の騎士が激突した。


 □ □ □


「雷咲流〝雷閃〟があらため――《蒼流一閃ヴォルテクス》ッ!」


 開戦直後。


 キララは頭に浮かんでいたあらゆること全てが吹き飛んだ。

 

 実況がオウカであることが気に食わないこと。

 この戦いに勝たなければ、彩神剣祭アルカンシェル・フェスタには出場できないこと。

 それは相手も同じで、敬愛するヤクモの夢を潰してしまうかもしれないということ。

 

 愚かだった。戦いが始まれば、そんなことは全て些事だというのに。


 そして、全てが吹き飛んだ頭に浮かんだことは――。


(そうだった……先輩は、ジンジンが憧れた剣士で、同じ雷咲流の姉弟子……ッ!)

 

 ならば当然、ジンヤが使う抜刀術を彼女が使えないわけがない。

 ジンヤと同じ構え。

 彼よりもスピードは劣る。それでも十分に速い。

 開始直後に速攻を仕掛けられたこと。

 ジンヤの代名詞であり、必殺技とでも言うべきそれをヤクモが使ってきたこと。

 様々な要素が重なり、キララの反応は鈍重になっていく。


「――ぐッ、」

 

 なんとか二刀を重ねて防ぐも。

 次の瞬間。


 キララは大きく目を剥いた。

 こちらの刀を激突し、弾かれたヤクモの刀。それを握る手の付近に、魔法陣が出現している。

 

「――《蒼流/逆襲一閃ヴォルテクス・ヴァンジャンス》ッ!」


 魔法陣から水流が噴出。水流はヤクモの手を押し出し、弾かれた直後の刀が高速で切り返すための推進力となる。

 ジンヤがミヅキを倒した技の再現。


 よりにもよってそんなものを、戦いが始まった直後に放ってくるとは。

 驚愕などというものではない。

 信じられない。当然ではあるが、どこまで遊びなく、一瞬で仕留めるつもりなのだろうか。

 

 始めの一撃で仰け反っていたキララに、擬似的な神速二連撃を防ぐ術などなかった。

 刀で防ぐのは間に合わない。

 後ろへ下がることはおろか、体を傾けることすら間に合わない。

 そういう間合い、そういうタイミング。

 ならば。

 これから起こること。これから味わう激痛を想像し、キララは奥歯は噛み締めた。

 

 突如、爆発。

 

 キララはなんの小細工もなしに、ただ足元へ火属性の魔力を叩き込んで爆発を引き起こした。

 キララの体は後方へ吹き飛び、何度も床へ叩きつけられてバウンド――三度跳ねてリングアウト直前、背後に氷の壁を作り出すと、そこへ激突、停止。

 リングアウトだけは避けたが、ダメージが大きすぎる。

 爆発のダメージ、その後の床と壁への激突でのダメージ。

 こうしなければ敗北していたとはいえ、ただほんの少し先送りにしただけに思える。

 だが。

 あのタイミング、至近距離での爆発。攻撃を加える体勢だったヤクモも、あれを躱せるはずがない――と、相手の姿を確認しようと視線を向けると……、


 爆炎の中から、水流に覆われたヤクモが現れた。


 反応したというのか、あのタイミングで。

 当然のことだった。

 彼女は生粋の剣士。

 近距離クロスレンジでの斬り合いやりとりに慣れた者に対して、魔法陣が出現し、事前に発動がわかる魔術攻撃など当たるはずがない。

 それは今から斬ると耳元で囁いてから振った斬撃が当たらないのと同じこと。

 ヤクモが一度刀を振ると、水流が霧散する。


 再び納刀。

 またあの高速の一閃が来る。

 わかっていても止められる気がしない。

 同じ方法で躱せば、今度こそ爆破の時点で意識が飛んでそのまま敗北だ。


「……はは……ウッソでしょ……先輩、こんなに強かったっけ……?」


 キララはかつて一度、ヤクモに負けている。

 Bランクが、Eランクに負ける。屈辱ではあったが、相性が悪かったと大して気にしていなかった。尤も、ジンヤに負ける以前にキララは、敗北など滅多にしないうえに、したとしても気にしていなかったが。

 その時は別段変わった点のない、魔術主体の戦いだった。キララは火属性の攻撃を中心に、遠距離から中距離で挑むも、水を操るヤクモには相性差で勝てないのだと、あっさりと諦めた。

 そこで気づいた。

 あんな戦いで、彼女の実力がわかるはずもなかったと。そして――

「キミと同じさ、キララ」

「……え?」

「ジンヤに憧れたのだろう!? ああ、わかるさ! わかるとも……! あいつはすごい! 本当にすごいよ! キミもそう思っているだろ? だけどね……私はきっと、もっとそう思っている! なぜかわかるか?」

「そんなの……アタシだってッ!」

 アタシの方が、ジンヤを思っている……なんて、言えなかった。

 色恋がどうだとか、そういう羞恥ではない。

 現状、ヤクモに圧倒されている自分は、そんなことを言う資格がないと思ったのだ。

「いいや、私の方が上さ! なぜならね、私はかつて、彼よりも遥かに強かった! 彼は私に憧れていたんだ! あんな騎士に憧れられていたなんて冗談みたいだろう!? 考えただけで気がどうにかなりそうだ!」

 冷然とした表情は崩さぬまま、高らかに己の心情を語るヤクモ。

 そこで思い至った。

 彼女の心情に。

 あまりにも。

 それは、あまりにも。


 ――その憧憬は、あまりにも残酷だと思った。


 だってそうだろう。

 かつて遥か後ろにいた者が、今は遥か前にいる。

 そしてその者に、未だに『憧れている』と言われる。

 その憧憬は、ただの残滓だ。

 もう必要のないものだ。

 なぜこんな歪な憧憬が生まれるのか。

 それは、ジンヤとヤクモが長い間離れ離れになっていたからだ。

 もしも二人がずっと共にあったなら、ジンヤはどこかのタイミングでヤクモと戦い、勝利していただろう。

 そして、憧憬を終えるのだ。

 『よくぞ私を倒し、私を越えた、お前はもう一人前だ』……そんな、よくある光景を経て、そんな通過儀礼を経て、憧憬は終わりを迎える。

 しかし。

 それが行われず、ただただ続いてしまった憧憬はどうなるのか?

 もはやそれは、ただの呪いだった。

 だが。

 それでも。

 ヤクモはその呪いを、忌まわしいとは思えないのだ。

 相応しくなりたいと、願ってしまったのだ。


『人が本気で願って叶わないなんてことはないんだよ、クモ姉』

『……ああ、昔のライカがよく言っていたね。いい加減、子供の夢から冷めたほうがいいよ、ジンヤ。ライカだってそうだったはずだろ? それが一体どうしたんだ?』


 あんな不甲斐ない自分は、もう嫌だ。

 己の弱さに甘え、うずくまり続けることを、雨谷ヤクモは許すことが出来ない。


「私はまだ二年だ。来年もある。だけどね、キララ……私はもう、一秒だって我慢できないんだ。あいつが……ジンヤが私から遠ざかることを、私は絶対に許容できない……ッ!」


 ヤクモは叫ぶ。抱えているものを吐き出すように。

 そうしなければ、苦しくて窒息してしまいそうだと言わんばかりに。


「私はあいつの姉弟子だッ! だから……ッ、私はあいつの憧憬を正しく受け止められる私でなければならないんだッ!」


 水流の斬撃が飛翔する。

 ヤクモが放ったそれに、炎の斬撃をぶつけて相殺。


 彼女が抱える憧憬のろいを理解した上で、キララもまた想いを吼える。


「アタシだってそうっスよ……先輩と同じように、ジンジン……あいつに、離される訳にはいかない……もう、格好悪いアタシには絶対にならない……ッ!」


 キララは思い出す。

 ジンヤに敗北した時の気持ちを。

 キララは天才だった。

 だからこそ、生まれてから一度も努力したことがなく、勝負に本気になったこともない。

 負けた時に悔しいとは思ったが、それはただ自分が勝者でないことに、相手を嘲笑うことができないことに苛立っているだけだった。

 本当は、負けたことなんてどうでもよかったのだ。だって自分は努力していないのだから。

 負けたところで、何も悔しくない。

 本気で努力をしたことがないから、本気で勝負をしたことがなく、本気で悔しがったことがないのだ。

 いい加減に、生きてきた。

 格好悪いと思う。

 だから、あの輝きに……あの、本気で進み続ける彼のような、格好良い騎士に、憧れた。

 そうだ。

 自分は元々、負けず嫌いなのだ。

 負けるのが嫌いで嫌いでしかたないから、『努力してないから負けてもいい、努力していない以上は負けは、負けではない。だって本気でやればアタシが勝ったのだから』と、子供のような理屈をこね回して自己防衛に終始していた。


「悪いけど……譲らないッスよ。確かにアタシには、これがダメでもあと二回チャンスがある。でも、あいつが夢の舞台に立つのを観客席から見るなんて、絶対に我慢できないッ!」


 ここで、ヤクモを倒す。

 

 そして、オウカにもリベンジする。

 生まれてから一度だって勝てると思ったことがない、あの兄にだって勝つ。

 そして――、そして……、あの憧憬の少年と戦って、勝つことができれば。


 それはきっと、この世界のどんな栄光よりも輝かしい勝利になるから。


「アタシは龍上キララ……ちょっと馬鹿なママがつけてくれたこの名前にかけて、勝利の輝きはアタシのものじゃないと気が済まないんだっつーのッ!」


「よく吼えたッ! 来い、キララッ!」


「ここで越えさせてもらうッスよ、ヤクモ先輩ッ!」


 キララは足元を魔力で覆う。そして、踏み出すと同時に、床を炸裂させる。

 爆発の勢いを乗せた疾走。

 さらに、両腕は氷の手甲で肘まで覆われていた。

 キララはジンヤに敗北してから、様々な騎士の戦いを見て、戦い方を模索していた。

 ジンヤのように剣術を鍛えたいとも思ったが、どうやっても付け焼き刃にしかならない。もちろん、そちらの鍛錬もするが、より有効なのは魔術方面の強化。

 豊富な魔力。高い出力。自身の火属性と、魂装者アルムの氷属性により生み出される手数、技の多彩さ。

 そこに自分の強みあるはずだと、己を信じた。

 爆破疾走や、氷の手甲は、前年度の上位入賞選手の戦闘映像を繰り返し見て盗んだ。

 火属性や氷属性を持ってる騎士は多い。

 なので手本は、いくらでもあった。

 ヤクモとの距離が詰まる。

 キララは右手の刀を大きく掲げる。

 右手は上段、左手は中段に。

 左で突きを放つ。だが――ヤクモの方が、速い。


「――《蒼流一閃ヴォルテクス》ッ!」

 

 読み通りだった。

 ヤクモが狙ったのは、キララの右脇腹。右手を上段に置いたことで、大きく空いた部分だった。これはキララの釣りだ。そこを狙うよう、あえて隙を大きくしておいたのだ。

 ヤクモの一閃が、氷壁に阻まれる。

 氷壁が罅割れるも、持ちこたえた。

 ジンヤの迅雷一閃エクレールには砕かれたが、ヤクモの斬撃はあれ程の威力はないと踏んだ。

 そして。

 自らが敵を両断するほうが速いと断じて、ヤクモが捨て置いた左の突きが、彼女を捉えた――かに見えたが、突如噴出した水流に、軌道を逸らされる。

 《蒼流/逆襲一閃ヴォルテクス・ヴァンジャンス》のために発動させておいた分の魔法陣だろう。

 ヤクモの刀は弾かれ、そこからの高速切り返しのための魔法陣は消費させた。

 こちらは左の刀が弾かれるも――右の刀は、依然上段に。

 これを振り下ろして決着。

 キララがそう確信し、右の刀を放った、その刹那。

 ヤクモの足元に魔法陣が。

 用途は即座に察せた。

 キララが最初に見せた回避法。水流で自身を後方へ弾き飛ばして、距離を稼ぐつもりだろう。

 水流がヤクモを押し戻して、斬撃は虚空を斬り裂くも――、


「逃がさないッ!」


 振り下ろしていた刀が、突如軌道を変じて、突きとなった。

 振り下ろしの中途、肘の付近で爆発を引き起こし、その衝撃で下方へ向かっていた刀を、前方へ飛ばしたのだ。

 発想としては、《迅雷/逆襲一閃エクレール・ヴァンジャンス》や《蒼流/逆襲一閃ヴォルテクス・ヴァンジャンス》に近い。

 高速斬撃軌道変換。

 氷の手甲に覆われていることにより、自身への爆破によるダメージも少ない。

 火と氷の合わせ技。

 キララだからこそ成し得る技だった。


「…………ああ、それだよ、キララ……やればできるじゃないか」


 魔力の操作がなってない。

 剣技がなってない。

 魔術と剣技を合わせるという意識が足りてないない。

 氷と火の二つの属性を使える強みを活かせていない。

 生まれ持った魔力量に物を言わせて戦うばかりで、工夫ができていない。


 ヤクモは、キララが己を先輩と慕うようになってから、今まで様々なことを教えてきた。

 その教えが結実した、とても素晴らしい一撃だった。


「……ヤクモ先輩のおかげッス……」


「……その技に負けるなら、先輩冥利に尽きるというものさ」


 キララの刀が、ヤクモの腹に突き立つ。刀を引き抜くと、ヤクモの体が崩れ落ちていく。

「……剣祭、頑張るといい」

「……はいッ!」

 少し震えた声のキララの返事で、二人の戦いに幕が下りた。


 □ □ □


 6月27日


 繚乱学園、第一闘技場。

 

 繚乱学園は、ハヤテの通う学園だ。

 時刻は夜の八時。

 第一闘技場は、平時なら多くの生徒で賑わっているが、この時間帯はハヤテが貸し切りにしていた。

 彼はそれが可能なほどの実力を持っている。

 

 騎装都市には、学園が七つ存在する。

 彩神剣祭アルカンシェル・フェスタは、七つの学園から、三十二人の生徒を選出し、その三十二人によるトーナメントで頂点を決する。

 都市にある七校の内、上位四校からの選出が5人。下位三校からが4人。

 ジンヤの通う黄閃は下位なので、選出人数が4人なのだ。


 そして、この繚乱は上位の四校だ。


「……呼び出したからには、楽しませてくれんだよなァ、オイ?」


 銀髪の少年だった。


「ああ……任せろよ、退屈はさせねえよ」


 翡翠色の髪をした少年。

 普段の軽薄な笑みは、今は消え失せ、鋭い翡翠と銀の眼光が交差している。


「喧嘩の売り方に拘りはあんのか?」


 銀髪の少年が問う。


「いや……どうにもテメエがオレの佐々木小次郎に思えてな。ここが巌流島とはいかねえが、それでもテメエの相手にオレは相応しいと思わないか?」


 翡翠の二刀を構える少年。


 対して、物干し竿さながらの伸縮、変幻を自在とする銀の野太刀を構えるのは――。


「武蔵を気取るか。随分とフカしてくれるじゃねえかよ」


「ま、そのへんは冗談だ……偶然だよ、たまたまそれっぽいし言ってみただけだ。それよりも、テメエはオレとアイツの友情譚を彩るのに相応しいからな。だから今、ぶっ潰しときたかったんだ」


「あァ……? 眠いこと抜かしてんなよ、なんだか知らねえが、友達ごっこのダシにされる覚えはねェよ、テメエも、アイツも、オレが潰す――御託しか吐かねえなら黙れ、饒舌なのは|刃

(こいつ)だけでいいと思わねえか?」


「奇遇だな、そこだけは気が合う……んじゃ、始めるか」


「あァ、来い」




 黄閃学園序列二位、龍上ミヅキと、繚乱学園序列一位、風狩ハヤテ。




 これが彩神剣祭アルカンシェル・フェスタの決勝だとしても、大抵の者は納得するほどの組み合わせの戦いは、静かに、誰にも知られずに始まった。








 ――さぁ、始めよう。


 本当の友情譚のための、戦いを。












次回  『断章2 風雷激突』


 

 

 

 


 

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