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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
18/164

 エピローグ 激戦、そして……


『――《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》……いや、こう名乗ってやろうか、《終焉を灯す者レーヴァテイン》、赫世アグニだ。来い、まとめて焼滅させてやろう』



『知ってるならいらねえだろうが、礼儀は大事だよな――翠竜寺流、風狩ハヤテ』

『――雷咲流、刃堂ジンヤ』


『……なあ、ジンヤ、たまにはオレに合わせろよ』

『……ああ、わかった』


『じゃあいくぜ』

『うん』


『『――負ける気がしねえな』』


 □ □ □


 ハヤテはいつだって僕を助けてくれる。助けに来てくれる。

 出会った時。

 アンナちゃんを助けようとしていた僕を、助けてくれた。

 再会した時。

 ライカを助けようとしていた僕を、助けてくれた。

 そして今。

 再びアンナちゃんを助けるために、最強の敵に挑もうとしていた。 

 絶望的状況で、彼は再び現れた。


「……ところでハヤテ、どうしてここが?」


「オレの勘は、女の子のピンチに関しては的中率100%……って言いてえとこだけど、お前にアンナちゃんのことは聞いてたからな。女の子が関わってるってなりゃマジになるぜ、ここ来る前に二つ、《使徒》のアジトを潰してきた」

「無茶するね、相変わらず……」

「お前もな。オレとしちゃ一発で女の子のもとへ駆けつけてるとこに嫉妬するが……まあ、親友のピンチに駆けつけられたのでチャラだな。間に合ってよかったぜ」

「ああ、本当に……で、どうする?」


 僕は眼前の敵を見据え言う。

 確かに二人でなら負ける気はしない、どんな相手だろうと――この街最大の犯罪組織、その頂点に立つ男だろうと。

 しかし、ただ闇雲に二人で突っ込んでいって勝てる相手ではない。


「それなんだが……秘策はあるぜ。詳細は言えねえ。あのクソ野郎に勘づかれちまえばそこで終わりだからな。だが、成功すりゃ確実にヤツを捕まえられる秘策だ――信じてくれるか?」

「当然。キミを疑ったことなんて一度もない」

「……ホントかあ?」

「……たぶんない」

「まあ、オレもねえよ! じゃあとりあえず、無理すんな。まずは様子見だ……アイツ、いろいろと得体が知れねえからな」

「わかった。じゃあ、行こうか」

「おう……とりあえず、一発ブチかますぜッ!」


 ハヤテが刀を振り上げる。


「好きに策を講じろ、その足掻きごと燃やしてやろう」


 赤髪の少年――アグニも、剣を振り上げた。


 かくして、僕らと最強の敵の戦いが、幕を開ける。


 □ □ □


 翡翠の刀に風が集約されていく。

 真紅の剣に炎が収束していった。

 互いの握る武器が強烈な魔力を発し、纏った炎と風が、長大な剣の形を成す。

 顕現する二振りの巨人の剣。

 風と炎で編まれた剣が、同時に振り下ろされた。

 巻き起こる凄まじい破壊。衝撃で、部屋全体が鳴動する。

 アグニの立つ円形の足場と、ジンヤ達が立つ入り口付近の足場を繋ぐ橋が、風に削り取られ、炎により融解していく。

 激突した炎剣と風刃は、拮抗するもすぐに風が炎により押し込まれていく。


「冗談、だろ……っ!?」


 目を剥くハヤテ。それも当然だろう。


 ハヤテのステータスはランクA、攻撃A、出力A――これは、龍上巳月と全て同ランク、つまりは一年としてどころか、騎士としてトップクラスだ。


 そのハヤテを上回るアグニは、一体何者なのか。

 ハヤテの中で敵への驚愕が、疑念が強まる。あの若さでこれほどの強さ。彼の力が、学生の枠内で収まるとは思えなかった。

 ならば、例え二人で挑もうとも……。


(いや、今回ばかりはなんとかなる)


 これは試合でもなんでもない。

 自分とジンヤが組んで敵わない相手がいるなど癪だが、そこは設定された勝利条件の解釈次第だ。

 大丈夫、なんとかなるはずだ――とハヤテは最初の一合を押し負けたことによる不安を押しつぶす。

 ハヤテは刀を振り下ろし、即座に左手で二刀目を抜刀。

 両手の二刀で、高速の連撃を叩き込む。刀を振るごとに、風の刃が飛翔し、迫る炎剣を食い破って散らしていく。

 削られていった炎剣は、やがて霧散し、道が出来る。


「――行けッ、ジンヤ!」


 瞬間、ハヤテはジンヤに向けて、刀を振るった。

 攻撃――であるはずがない。

 風により、ジンヤの体を吹き飛ばす。それにより、ジンヤの体は砲弾のような勢いで、アグニへと肉薄していく。

 その直前。

 アグニはこう呟いていた。



「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《破滅の赫枝レーヴァテイン――形体フォルム炎弓フラム・フレッシュ

 


 魂装者アルムを解放し、武装形体へ移行させる起句――《魂装解放リベラシオン・アルム》ではなく、


 《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》。


 ジンヤは聞き慣れぬ言葉に瞠目する。

 そしてハヤテは、


「……なッ、テメェ、そんなことまで……ッ!」


 アグニがこれから成す脅威を、正しく把握し、驚愕していた。

 彼の握る真紅の剣が、剣と同様の色をした真紅の弓へと形を変えている。

 アグニの手に、つがえるべき矢がないかに見えたが――刹那、彼の手に炎で形作られた矢が出現する。

 炎の矢を番え、

 真紅の弓を引き絞り――

 照準は、アグニへ肉薄せんと弾かれたジンヤの心臓へ。


 □ □ □


 レイガの持つ青色の拳銃から、弾丸が放たれる。

 弾丸は、狙われた獲物――ミヅキに届く前に、弾けた雷撃により砕け散る。

 その時ミヅキは、悠然とレイガへ視線をやっているだけだ。

 迎撃は、ミヅキが事前に張っている結界により行使されているのだ。

 敵の攻撃を感知し、自動的に雷撃を加える術式。

 ミヅキの好かない小細工ではあったが、そうせざる得ない程度には厄介な相手だった。


「へぇーッ、なんにも考えないで突っ込んできそーなわりには、意外と小賢しいじゃんッ!」

「そっくり返してやる。驚いたが、どうやらテメェの頭には脳みそが詰まってるみてーだな」

「……アァ~? そんなに馬鹿に見えるかァ、オレ!? まあ、なんでもいいけどさァッ!」


 レイガの握る拳銃が、青色の魔法陣に包まれ、再び銃弾がはなたれた。

 バジィッ! という音が響いた。

 先刻同様、銃弾は自動で迎撃される。

 雷撃が銃弾を襲い、氷が散った――だが。


「――ッ、……!」


 刹那閃く銀の刃。ミヅキは自身へ迫る弾丸を切り裂いた。そう、自動迎撃の結界を抜けてきた弾丸を、だ。

 レイガが仕掛けたのはシンプルな術式だ。

 やっていることはミヅキと同じ。敵の攻撃を感知して発動する氷結術式。雷撃が銃弾を襲った瞬間に、銃弾は氷結。雷撃は氷結した部分を破壊するも、氷に守られた銃弾はそのまま結界の先へ進む。


「……抜いたぜッ、その守り!」

 


 ランク B

 攻撃 C

 防御 D

 敏捷 C

 出力 B

 精密 A

 


 レイガのステータスは総合力ではミヅキには大きく劣る。

 尤も、総合力こそがミヅキが他を圧倒する部分であり、ステータスでいえばミヅキは学生内どころか全ての騎士の中でもトップクラスだ。

 だが、レイガは精密性ではミヅキを上回っていた。

 つまり、魔術戦で技を競えば、レイガの方が一枚上手ということだ。

 言動からは想像できないが、レイガはこういった細やかな魔力の操作、術式の行使は得手としていた。

 そして、レイガの真価はステータスに表れるようなわかりやすいものではない。

 レイガの真の恐ろしさは、ステータスの外にある。

 両手の銃を構える。

 瞬間、ミヅキは刀を振るっていた。

 迎撃のための術式が攻略された以上、回避か防御で行動を制限される。ならば先んじて攻撃し、敵に回避なり防御なりの動きを取らせる。

 攻撃は最大の防御、というのは全ステータスが高ランクでありながら、極めて攻撃的なスタイルの彼が持つ基本方針だ。彼は防御や敏捷が高くとも、防御や回避を中心に戦いを組み立てることが一切ない。

 蛇のようにしなる銀刃。

 伸縮、変幻共に自在の蛇腹剣が牙を剥く。


「……うおッ!?」


 突如間合いを侵食した攻撃に驚きつつも、二挺の銃剣を交差させガード。

 一撃を凌ぐも、銀刃はすかさず再度レイガを襲う。


「……チッ、しょーがない、使うか……ッ!」


 頭上から振り下ろされる銀刃。レイガは不服そうに奥歯を噛み締めていた。


「――あァ……? んだ、こりゃ……ッ!」


 次の瞬間、驚愕していたのはミヅキだった。

 己の握る刀から伝わってくる感覚がおかしい。なにもない虚空で、突如見えない壁によって斬撃が遮られたかと思えば、これまで味わったことのない感覚が伝わってくる。

 まるで見えない壁が……いや、空間そのものが断絶しているかのような。力で刃を押さえつけられた、という感覚ではない。どれだけの力を持ってしても、ミヅキの膂力でまったく微動だにしないということはあり得ないだろう。

 単純な膂力とは異なる、異質な感覚。

 レイガを守る見えない壁の正体がわからず、ミヅキは怪訝そうな瞳で相手を観察する。

 確かに異質な現象ではあった。

 あれは力など関係なく、問答無用で攻撃を防ぐ何かだ。

 では、なぜそれを多用しないのか。

 強力である分、相応の制限があると見た。

 レイガと相対した騎士は、まず彼の持つ停止領域を解明しようとする。


 以前レイガと戦った炎赫館学園序列2位夕凪シエンもそうだった。


 彼はレイガに敗北したが。


 では、ミヅキはどうか。


 □ □ □


 レイガは表に大きく出すことはないが、内心で相手への脅威度を引き上げていた。

 リーチ自在かつ、高速で繰り出される斬撃。

 先程の情けない騎士は、防御の手段も、遠距離攻撃の手段も乏しかったようだが、今目の前にいる相手は違う。

 防御にしても、攻撃にしても、先程の騎士とは格が違う。

 そして……先日楽しめた相手、シエンよりも上だろう。

 素晴らしい、と思った。

 アグニ程ではないだろうが、確実に楽しめる相手だ。

 厄介だったのは、リーチが長いあの武器。思わず停止領域を使わされた。

 ミヅキの推測通り、停止領域には制限がある。

 シエンの弾丸より、ミヅキの刀を止める方が、魔力の消費が激しい。

 何度も使っていれば、あっという間に魔力が空になる。停止領域の使用は最低限に留め、回避と防御で極力乗り切らねば――と考えていた時、レイガ目掛け、大量の金属片が飛来。


「――う、ォ……!?」


 そんな攻撃手段もあるのか、と驚き――口端を吊る。

 金属片を精密かつ素早い射撃で全て撃ち落とし、気づいた。

 これまでの攻撃は、あの金属片を放つための布石だったのだ。斬撃の際に、施設の壁や床を斬り裂き、刳り貫いて、それを弾き飛ばして来ていた。 

 自分も大概だが、相手もまた凶悪な顔に似合わず――いや、顔通りに狡猾らしい。似合わないのは、あんな顔をしているわりに小賢しいことをするという部分。

 相手は認めないだろうが、気が合いそうだ。

 そういう相手は、特に倒したくなる。

 笑みが漏れる。

 この強敵に勝てたら、どれだけ楽しいだろう。

 この強敵との戦いは、どこまで楽しいだろう。

 ああ、これだから。


「やっぱ戦いはやめられねェなァ――――ッ!」


 レイガとミヅキの間に、氷の壁がいくつも出現。レイガはミヅキへの射撃を混ぜつつ、氷壁に弾丸を放つ。弾丸は壁に当っては跳ね回り、予測が難しい軌道で獲物ミヅキを襲う。


「――チッ」


 ミヅキが舌打ちを一つ。

 右手の刀で弾丸を斬り裂き、左手の手甲で弾丸を防ぐ。


「――うざってェッ!」


 高速で乱舞する銀閃。

 リーチ自在の刀が部屋にいくつもある氷壁まで伸びて、次々と破壊していく。

 一息に十は破壊した。これで弾丸の軌道もかなり読みやすく――と、そこまでミヅキが考えた瞬間。

 先刻の倍。それだけの数の氷壁が出現した。


「今ので終わりだと思ったかァ? 残念だったなァッッ!」


 もっと楽しんでいたい相手ではある。

 だが、先程の金属片を飛ばしてきた一撃。あれで停止領域を使用しなかったことから、停止領域の条件まで推測が及んでいるだろう――と、レイガはミヅキの思考を読む。

 であれば、敵が停止領域を攻略するのに然程時間はかからない。

 が、そこまで待ってやる義理はない。

 楽しみは長いほうがいいが、敗北しては意味がない。

 敗北だけは、許されない。楽しむのは、あくまで勝つのが絶対の条件だ。

 勝利は絶対。敗北は、敗北だけはあり得ない。

 そうなれば、自分は……。

 荒廃した街。

 幼い自分。

 蹂躙されていく友人達。

 想起される嫌な光景を振り払う。

 相手がこちらを攻略する前に決着をつける。

 出現した氷壁の数は、シエンとの一戦での最後に見せたものを上回っていた。

 弾丸を斬り裂く相手の反応速度には驚愕するが、所詮は剣と手甲のみ、敵の腕は二本。単純に考えて、防げるのは同時に二発なのだ。

 一気に十数発の弾丸を、ありとあらゆる方向から叩き込めば、それで終わりだろう。


「これで終わりだァッ! さぁ、楽しい結末と行くかァ!」

「――言っただろうが」

「……あァー?」


 絶望的な状況であるはずのミヅキが、薄く笑っていた。

 相手を嘲笑う、冷たい笑み。

 強がりか、とレイガが怪訝に思っていると――刹那、再び銀色の刃は閃いた。


「龍上流――《蛇竜閃じゃりゅうせん》」


 かつてジンヤを苦しめた、複数同時斬撃。

 ミヅキの刀は、八つに分かれ、その刀身を伸ばし、一振りで大量の氷壁を破壊していく。

 一瞬で、全ての氷壁が破壊しつくされた。


「……な、に……ッ!? オイオイオイ、オイオイ、マジかァ……!?」

「もう忘れたかよ、戦う前に言っただろうが――『この先テメェに楽しいことなんざ一つもねえよ』……ってなァ」



 シエンを仕留めた技を、その時よりも強化して繰り出そうとしたにも関わらず、容易く封じられてしまった。


 レイガは。


 その絶望的な事実に。

 この絶望的な状況に。



「………………最ッッッッッッッ高じゃね――――――かァァアアア! アッハハハハッ! ハハハ……あぁ、あァ、……ああッ! 楽しいッ! 楽しいなァ! 楽しいじゃねェかァ! 残念だけど、最高に楽しいよッ!? だって、だって……」



 レイガはミヅキに銃を向ける。

 銃を魔法陣が包んでいた。

 先程までの青色の魔法陣ではない。

 銀色の魔法陣。

 ローマ数字での時計の文字盤のような魔法陣が浮かんでいた。



「だって……アンタなら、本気を出してもいいかもしれないんだからさァァァッ!」



 ミヅキは驚愕した。

 これまでとは魔力の量が――いや、それよりも、魔力の質そのものが違う。

 まるで別人と戦うような感覚。

 一体、何がどうなっているのか。

 仕留めたと思った相手は、まだ少しも底を見せていなかった。

 ――だが、関係ない。

 なんだろうが、倒すのみ。

 そう思い直し、驚愕を振り切って刀を構えた。


 その時だった。

 

    突然。

 

    二人の間に広がる空間に、


    亀裂が走って、

 

    砕けて、引き裂かれた空間の中から、

    

    現れたのは。




 □ □ □


「――《迅雷一閃エクレール》ッ!」

 

 突然武装の形を剣から弓へと変えたアグニ。

 心臓を貫かんと迫る炎矢を、ジンヤは抜刀による一閃で斬り裂いた。

 だがこれで、ジンヤが思い描いていた、ハヤテの風による高速の肉薄から、迅雷一閃エクレールを放つという目論見が潰えた。

 ジンヤが次の一手を打たねばと高速で思考している最中。

 

 既に第二射となる矢は番えられている。

 

 高速かつ、連射可能で、弾数の制限もなし。

 

 そして、番えられた炎矢は――三本。


 ジンヤは歯噛みした。一本ならどうにかなったが、三本となると防ぎきれるかどうか……。

 一度下がるか、ハヤテに援護を要請するか……迷っていると。


「《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《疾風しっぷう――韋駄天いだてんの型》」

 

 声は背後から響いた。


 ハヤテもまた、

 《魂装解放リベラシオン・アルム》ではなく、

 《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》と、そう口にした。


「……こいつを使えるヤツはそういねえと思ってたんだがな、お仲間か」


「奇遇なこともあるものだ。俺と似た魂装者アルムを持つか。だが残念だったな。俺の魂装者アルムはこの世で最も優れたものだ」


「ハッハァ! なんだよ、クソ野郎の割りには自分の魂装者アルム大好きか? 愛妻家の素質あるぜ。テメェは好かねえが、そういうのは好きだぜ! みんな言うんだよ、オレのアルムが世界で一番ってなッ!」


 ハヤテが両手に握る翡翠の二刀。

 加えて、彼の背後に左右に三本ずつ計六本の、翼のように広がる刃が。

 その姿は、羽を広げた孔雀によく似ていた。


 アグニが三本の炎矢を放つ。

 ジンヤは構わず突っ込んでいた。

 彼は刀を振り上げていたが、そこから繰り出される軌道では矢は一本足りとも防げない。

 信じたのだ。


 ――ハヤテ、キミになら、この命だって預けられる。


 自分の親友ならば、全て防ぐと、なんの疑いもなく。

 ハヤテが刀を振るう。さながら指揮者のような動きだった。

 呼応して、背後の刃翼じんよくが閃いた。

 風により自在に飛び回る刃が、炎矢を引き裂いていく。

 三本の刃が、三本の炎矢を防ぎ、さらに残り三本がアグニに襲いかかる。

 アグニはさらに三本の炎矢を出現させ、刃翼じんよくを防ぐも――ジンヤは既に接近し、刀を振り下ろしていた。


「――、」


 ほんの少しだけ、アグニは目を見開きつつ、弓を直接刀へ叩きつける。

 弓と刀の激突。後者が有利なはずだが、そんな当たり前はアグニという異端には通じない。

 大きく仰け反るジンヤ。

 ――しかし。

 ジンヤの親友は、そこで生じた隙を見逃さない。

 六本の刃翼が一斉にアグニへ迫る。


「――いいだろう、ならば……《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》――《破滅の赫枝レーヴァテイン――形体フォルム炎槍フラム・ランス》」


 刹那、弓が炎に包まれたかと思えば、形状がさらに変化。

 剣でもなく、弓でもなく、真紅の槍となったそれを、アグニは高速で回転させ、刃翼を全て叩き落とす。


 これまでとは動きがまるで違った。


「俺に槍を抜かせるとはな。貴様らの脅威評価を再設定する必要があるようだ」


「ナメてたってことか? だったらもう遅えよ! テメエはここで終わりだッ!」


「いいや……俺が槍を抜いた以上、ここから先の貴様らはただ無様に灰となる未来へ歩むのみだ」

 

 そう言った直後――アグニの体が、消えた。


 轟音、爆炎。

 彼の立っていた場所で、爆発が起きているかと思えば、ジンヤを槍の間合いが捉えている。

 さらに轟音。


「ジンヤッ、っぶねェッ!」


 刃翼六枚が重なり、ジンヤを守る。

 しかしアグニの放った炎槍による突きは、刃翼ごとジンヤの体を後方へ弾き飛ばし、ハヤテへ叩きつけた。


 倒れる二人。

 立ち上がる間もなく、アグニが迫っていた。

 

 消えるような高速の移動は、動作の際に爆発による加速を行っているのだ。

 最初の肉薄では足元を、高速の突きは肘を爆破し、衝撃による加速を行うという、常軌を逸した術理。

 それを可能とするのは、アグニの膨大な魔力量。

 自身の体を爆発させたとしても、ダメージを一切追わない程の分厚い魔力の壁が彼を覆っている。


「想定していたよりは随分と楽しめた――では、この業火にて終幕だ」


 赤髪の少年は。

 冷たい瞳のまま。

 冷たい声を発して。

 灰燼と化す程に熱い炎を生み出した。

 炎を纏った真紅の槍。


 あれを放たれれば、二人まとめてやられる――ジンヤがそう確信した瞬間だった。


「……情けねえ秘策だが、背に腹代えられねえよな」


 ハヤテがそう呟いた瞬間。





「馬鹿弟子が――弟子が師匠頼ることの、何が情けねえんだよ」





 再び風が荒ぶ。

 萌葱色の一閃が、真紅の槍を弾き飛ばした。


 現れたのは、一人の女性。


 萌葱色の長髪を、高めの位置で大雑把に括っている。

 胸元や肩が大きくはだけた甚平姿、右手には煙管、そして左手には――酒瓶……のはずだが、いつもの酒瓶は今は腰に括られて、左手には刀を。


「よぉ、馬鹿弟子ども」


「……師匠!」

「遅えよ、オロチ!」


 叢雲オロチ。

 ジンヤとハヤテの師が、弟子の危機に駆けつけた。


 □ □ □


「……ハヤテ、お前どさくさにまた呼び捨てにしてんじゃねえぞ、師匠だ、師匠」

 

 アグニに背を向けて、ハヤテの額を小突くオロチ。


「ちょ、後ろ、危ねえって! アイツマジでヤバイからギャグかましてる場合じゃねえよ!」

「あァ~? アタシがガキに負けるってのか?」

「アイツはそこらのガキとは違うんだって!」

 

 焦るハヤテをよそに、オロチは緩慢な仕草で振り向く。


 すると――


 アグニが、後方へ飛びのいた。

 まるで殺気を恐れているかのような動き。ここまでジンヤとハヤテを圧倒していた者とは思えない動きだった。


「ガキ……馬鹿弟子共のことはともかくなあ…………、」


((僕・オレ達はともかくなのか……))


 オロチの言動に驚くジンヤ達をよそに、彼女はアグニを睨めつけて叫ぶ。


「――アタシの娘に手ぇ出した落とし前、つけてもらおうじゃねえかァッ!」

 

 激烈な殺気。

 守られるはずのジンヤとハヤテですら、恐怖した。





「……さすがに《剣聖》の相手は分が悪い、潮時だな」





 信じられないことを口にした。

 

 あのアグニが簡単に撤退の意志を見せたこともそうだが――。


「……剣聖……?」

 

 オロチは《三大剣聖》の一人、都牟刃巳蔵ツムハミゾウの弟子であって、剣聖ではないはずだ。



「あー……お前らには隠してたけどな……アタシはアタシの師匠……つまり、巳蔵のじーさんより強いんだわ……つまり、アタシは《剣聖》……お前ら実は『《剣聖》の弟子の弟子』じゃなくて、『《剣聖》の弟子』なんだわ」



「「はああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」

         


 本日一番の驚愕だった。


 全ての騎士の憧れ。最強の騎士。それが三大剣聖。

  

 それが……その一人が、アンナを、娘を溺愛する親馬鹿の酒飲みだったとは。

 さらにその最強の存在の弟子に、知らない間になっていた。


 ジンヤとハヤテの中で、常識が音を立てて崩れていく。

 

「で……懸命な判断だけどな、ガキ――この《天眼の剣聖》叢雲オロチ様から逃げられるとでも思ってんのかあ? あァん?」


「ああ、容易いことだ」

 

 パチン、とアグニが指を鳴らす。

 


 刹那、空間に亀裂が走る。



「ギッハハァ……これはびっくりだねー、剣聖サマのお出ましとは」


 現れたのは、不気味に笑う少年。そして。



「……なーなーなー、アグニー、こいつら全員と戦おうぜー……なァー……こっちも三人、あっちも三人でちょうどいいじゃんかさァー……」



 自棄にテンションが低いレイガであった。


 空間転移系の能力。

 不気味に笑う少年の力だろう。


 そこで全てを察した。



「――逃がすかッ!」


「逃げるよォ! もう目的は達したもんねえ……ギヒ、ギヒヒ、ギッハハハハァッ!」



 不気味な少年の笑い声が尾を引きながら、アグニ、レイガと共に敵が消え去る。



「……チッ、周到なこった……まあ、何はともあれ」


 オロチは、ジンヤとハヤテに歩み寄る。


「よくやった……お前らもアンナも無事なら、とりあえずはそれで、アタシらの勝利だ」


 オロチは、二人の最愛の弟子を抱きしめた。





 □ □ □







 こうして、《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》との戦いは、彼らを取り逃がすという結末にて幕を下ろす。








 そして。








 そして。








 この戦いの終わりが、本当の友情譚の幕開けとなる。

 






















                第?話 エピローグの、その先へ
























 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》との事件から一ヶ月。


 七月に開催の彩神剣祭アルカンシェル・フェスタが迫る、六月。


 龍上キララは、これまでの人生で最も緊張し、最も興奮していた。

 代表選手である烽条焔の怪我。

 これにより、黄閃学園の代表の枠が一つ空いた。

 

 彩神剣祭アルカンシェル・フェスタに出ることができるかもしれない。


 その事実は、キララの胸をどこまでも高鳴らせた。




 あの憧れに、自分を変えた少年に、少しでも、一秒でも早く近づきたい。


 少年が挑む舞台に、自分も挑みたい。


 自分を倒したあの少女……爛漫院桜花へリベンジを果たしたい。


 敬愛する先輩、ヤクモに自分の成長を見て欲しい。




 いろいろな想いが、キララの中で渦巻いている。


 本日は、特別代表選抜戦。


 大会は目前なので、選考に時間をかけてはいられない。

 故に、代表に近い者達によるトーナメントにて、代表を決定するのだが、そのトーナメントの出場選手を絞るために、まずはバトルロワイヤル形式での戦いを行う。

 敗者復活の門は、多くのものに開かれた。

 Aブロック、Bブロック、まずはそれぞれ百人程のバトルロワイヤル。

 二百人の候補者が、一気にAブロック六人、Bブロック六人、合計十二人に絞られる。

 キララはBブロック。


 バトルロワイヤルを勝ち抜き、百人の中の六人へ。


 Bブロックのトーナメントを勝ち抜き、六人の中の一人へ。



 そして、決勝。

 Aブロックを勝ち抜いた者と戦い、勝てば、代表選手だ。


 キララはAブロックの会場へ向かう。


 一体、自分と戦うのは誰なのか。



 キララが入学時点で学園二位であった、元学園最速・雷使いの二年生が有力候補だ。

 元学園最速、というのは、速さでもミヅキが彼を上回ってしまったからだ。

 しかしそれでも、キララにとっては強敵だ。

 自分の今持てる全てを出して、勝とう。

 


 そう誓って、会場へ足を踏み入れたキララが見たものは――――



 倒れている、九十九人の騎士。


 Aブロックのトーナメント出場者を決めるバトルロワイヤル。


 そこで信じられないことが起きた。


 自分以外の九十九人全員を、たった一人の騎士が倒したのだ。


 その者は――


 彼女は――


「……ヤクモ先輩?」


「やあ、キララ……やはりキミが来たか。病み上がりで少しはしゃいでしまったよ……見ての通りだ、病人相手だと思って手加減するなよ? 全力で来るといい」


 キララの敬愛する先輩――雨谷ヤクモだった。


 代表出場枠は、残り一つ。


 先輩と後輩。


 二人の譲れない戦いが、幕を開ける。




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