第3話 規格外同士の激突
「…………は? こいつ、なんで…………」
目を大きく見開くキル。
異様なことであった。
自らを《作者》と称して、正体不明な力であらゆる情報を手に入れ、それを利用して相手を絶望へ叩き落とす彼女が、『驚き』を浮かべている。
つまりこれは、《作者》である彼女にすら予測不能だった出来事だとでもいうのか。
彼女が見ているのは――――ユウヒの横に立つ少女、リンドウであった。
「…………なんで……なんでなんでなんで……ッ、なんで、アイツが、ここに……ッ! まさか、アタシのことに気づいて……!?」
彼女が浮かべた表情――それは、怒りであった。
《主人公》に対して、似た感情を抱いているところは何度かあったか、魂装者であるリンドウへここまでの態度を見せるのは、一体如何なる理由なのか。
「…………あー、待ぁーてーよー……? アイツ、なんでわざわざこんなことして……、ってーことはー……?」
そこでキルの頭に考えが浮かび、一気に冷静さを取り戻していく。
「輝竜ユウヒのため、か……? ……で、今の状況のことは正確にわかってない、と……」
表情が変化していく。
ゆっくりと、口端が吊り上がり、目が細められ、邪悪な笑みが滲んでいく。
「……ああ、そっか……なんだ、全然そこまで気が回ってないと……、となると、つーまーりぃ~?」
そして、結論。
「なぁんだ……、あの頃とすっかり立場が逆じゃぁぁん笑笑 ざまあないねえ……。きひ、きひひひ……ならどう転んでもいいや。ここで負けるか、ジンヤくんに負けるか……どっちだっていいや。どうしたって勝つのはアンタじゃない……、最後はわたしが、腹抱えて笑ってやる」
□
――レヒト対ユウヒの試合が始まる少し前。
「……はぁ……わたくしは……いえ、わたしは、また無粋な形で入場してしまうのかしら……」
どこか浮世離れしたような、不思議な雰囲気を纏う少女であった。
髪色は全体としては純白。毛先にいくに連れて撫子色――紫がかった桃色が混じっていく、花畑のような鮮やかさ。
頭にも様々な花の髪飾りを。
「仕方のないことでしょう。作戦の一環ですから。お分かりください、フィオレルディ様」
少女に優しげな声で語りかけたのはルピアーネ。
長い紫髪を三編みにして、蠍の尻尾のようにしている。
1回戦で爛漫院オウカと対決するも破れた選手だ。
「……むぅ。ルピア。貴女、また……」
「で、ですが、しかし……」
「やーい、またやってやんの、学習しないなあ。ねー、フィオちゃん」
ルピアーネが目上の者に対するような敬意を払って接する少女に、フランクに話しかけるのはライトニングだ。
金髪に稲妻のようなラインのメッシュが入っている少年。
1回戦で電光セッカに破れた選手でもある。
「ええ、まったくです。わたしは悲しいです……ルピアはわたしのお願いを聞いてはくれないのでしょうか……」
「それは……しかし……。……というか、ライト……あなたねえ、いくらなんでもその呼び方は……」
「だって、フィオちゃんがそーしろって言ってんだよ?」
「ええ、わたしがそう言ってるのです!」
「で、ですがあ……」
珍しくライトニングに言い負かされて、困ったように眉を下げるルピアーネ。
そこで、彼らがいた控室の扉が開く。
「――時間だ。リングへ向かうとしよう」
銀髪に鋭い目つきをした男――レヒトが現れた。
「……ねえ、レヒト。そろそろわたしも自分の足で戦場へ向かいたいわ」
「――なっ。……も、申し訳有りませんレヒト様! 戦略上の観点からそれは危険と何度も説明したのですが……!」
純白と撫子色の少女――フィオレルディの言葉に焦るルピアーネ。
しかしレヒトはといえば、少しばかり考え込んだかと思えば――
「……そうか。では共に歩みながら向かうとしようか」
と、あっさりと承諾するのだった。
「やったっ! なんだ、レヒト……話がわかるじゃない」
「か、構わないのですか……!?」
「赫世アグニの敗退で状況が変わった。それに最初から駆け引きとして重要度が低い部類ではあったからな」
フィオレルディの要求――武装化状態ではないまま、レヒトと共に入場したいというのも。
あまりに些細な違いにも思えるが、その違いが刺さる相手がいる。
それは――《魂装供犠》について知っている者だ。
赫世アグニ。
輝竜ユウヒ。
二人はこれまで、魂装者を人間形態へ戻しているところを確認できていない。つまりは、《魂装供犠》を使用している可能性が高いということだ。
レヒトがフィオレルディの姿を見せなければ、人間形態へ戻すことができない――つまり、《魂装供犠》を使っていると思わせることができる。
が、そのブラフが通じるアグニは敗退し、これから戦う相手は輝竜ユウヒだ。
目の前で相対すれば、相手の武装に魂装者の魂が宿っているかどうかの判別をつける方法はいくらでもある。
レヒト自身ではなく、フィオレルディが魂装者を操作すれば、簡単に気づかれることだ。
1回戦、2回戦とフィオレルディを完全に温存したまま勝ち上がることが出来たが、ユウヒ相手ではそうもいかないだろう。
通じる相手がいない騙しを入れていても無意味だ。
なのでレヒトには、フィオレルディの頼みを断る理由はないというわけだ。
とはいえ、ルピアーネの心配も間違ってはいない。フィオレルディの姿を隠しておけば、それだけ彼女の安全性は増す。立場上、レヒトの急所と成り得るのだから、無闇に姿を晒す必要はない。
が、レヒトもそれは承知だろう。フィオレルディのことは隠しきれるようなものでもない。
ルピアーネは心配しすぎているだけではあるのだが――それだけ彼女は、フィオレルディの身を案じてしまうのだ。
「お二人とも、お気をつけを……輝竜ユウヒは一筋縄ではいかない相手でしょう」
「ありがとう、ルピア。大丈夫よ……わたし達は、わたし達が背負っている世界のために、絶対に負けないわ」
にっこりと花咲くように笑いながら、悲壮な決意を口にするフィオレルディ。
ルピアーネは後悔してしまう。いくら相手を案じるあまりに出てしまった言葉とはいえ、フィオレルディにあんな顔をさせてしまったことに。
「……ったく。心配性だなあ、歳かよオバサン」
「……っさいわね。2つ違いでしょうが、今は」
苛立ちながらライトニングの頭を小突くルピアーネ。
今はただ、自らの主を信じるしかない。
共に戦場に立つことが許されない、1対1のトーナメントという形式を恨んでしまう。
そんな無意味なことを浮かべるほどに、ルピアーネは強くレヒトとフィオレルディを案じていた。
□
そして、試合開始直前――。
ユウヒとリンドウ。
レヒトとフィオレルディ。
二組がリング上で相対する。
(……レヒト・ヴェルナーの魂装者。ここまで姿を見せていなかったはずですが……)
ユウヒが相手へ視線をやっていると、横に立つリンドウの様子がおかしいことに気づいた。
――睨んでいる。レヒト達二人を、険しい視線で。
「どうした。彼らに思い当たることでも?」
「……いいえ。ない……はずなのだけれど……」
不安気な声を漏らすリンドウ。
(彼女の記憶がないことと、何か関係があるのでしょうか……)
やはりリンドウには謎が多い。
が、彼女について考えるのは後だ。
レヒトは考え事をしながら戦えるような相手ではない。
「……あなたにも魂装者がいたんですね」
「隠し事があったのは互いにだろう」
ユウヒの場合、彼自身も理解できないイレギュラーのせいなのだが、ここでそれを細かく説明している義理も暇もない。
魂装者を隠していた、ということにしておいても構わないだろう。
「――レヒト、あなたは悪ではありません」
ユウヒは以前、レヒトから自身の勢力へ来ないかという勧誘を受けている。
彼が表向きに所属している《終末赫世騎士団》に――ではない。
赫世レンヤと組んでいる別の勢力の方にだ。
これでユウヒは、《ガーディアンズ》、《終末赫世騎士団》、そしてレンヤ達の第三勢力の全てに属することが出来たということになる。
ユウヒ程の実力を持っていれば引く手数多であることは当然だが、ここまで様々な重要人物と関係を持っている者はそういないだろう。
「あなたには、あなたの正義がある。……ですが、ボクにも譲れない正義があります」
「であれば、交えるものは一つだろうな」
「ええ。それは言葉ではありません」
同時、二人の騎士は共に魂装者へと手を伸ばす。
交わすべき言葉ではなく。
ならば後は、刃を交えるのみ。
「《魂装解放》――《英雄の閃刃》」
ユウヒの腰に鞘に収まった刀が。
柄に手をかけ、抜刀の構えを取る。
「《魂装解放》――《斬刻の銀刃》」
レヒトは巨大な銀の剣を上段に構える。
互いに初手から仕掛けるつもりだ。
速さの勝負になるのであれば、有利なのは圧倒的にユウヒの方だろう。
――――『Listed the soul!!』
開戦を告げる合図が響いた。
先に駆け出したのは、ユウヒの方だ。
それも当然。
輝竜ユウヒは、今大会最速の騎士だ。
彼が《光》を操る以上、その力の全てを引き出した時、あらゆる能力の中でも最速クラスとなる。
攻撃 A
防御 C
速度 AA
拡散 B
出力 A
精密 A
これがユウヒのステータス。
ステータスは通常、学生であれば『A』が最高値となるのだが、実は全ての騎士を含めればそうではない。
AA、AAA、Sと続いていくが、AA以上のステータスを持っているのは大人の騎士でもそういない。
《八部衆》など、国内トップクラスの騎士でやっと持っている者がいるかどうか、という程の希少性だ。
それを踏まえれば、ユウヒがどれ程ずば抜けているかがわかるだろう。
「――――《閃光一刀》」
高速での踏み込みからの一閃。
一秒にも満たない、大会記録の速さで一回戦を突破した斬撃がレヒトへ放たれる。
ユウヒは今大会最速――ならば、速さで競えばレヒトに勝ち目はないのだが――……、
「――ッ……!?」
ユウヒが目を剥いた。
一閃が、空を切る。
外した――?
いいや、ありえないはずだ。
確かにユウヒは、レヒトへ向かって一直線に走り込んでいた。
狙いを過つはずがない。
レヒトの体が、ユウヒから見て一歩分左にズレている。
だが、たった一歩動く隙すら与えていないはずだ。
それに、その程度であれば動作を見ていれば確実に修正が効く範囲だ。
攻撃を外すわけがないのだ。
(……空間を切断しての移動か……!? だが、ノーモーションで……!?)
□
「モーションは確かにあったな」
観客席でそう呟いたトキヤに対して、
「……はい、ありましたね」
同意したのはジンヤだ。
今回、トキヤ達(トキヤ、エコ、フユヒメ)は、ジンヤ達の近くに座っていた。
3回戦の試合を通じてジンヤのことを気に入ってるトキヤとしては、もう少しジンヤを話をしてみたかったらしい。
そんなトキヤに対し、ハヤテは目を見開いて『こいつオレの分の解説パートを奪う気じゃねえだろうな……』という視線を向けている。
アンナは『ジンヤといい勝負をしていたのでこいつも敵』という視線で睨みつけている。
そんな二人の視線に気づかず、ジンヤとトキヤは話を続ける。
「《切断》を発動させる条件は、魂装者である剣を振ることが必要なのかと思ったんですけど……どうやらそうじゃないみたいですね」
そう言ってジンヤは手刀を振るうモーションを見せる。
「ユウヒくんの視線が剣に集中した一瞬、レヒトさんは剣から手を離して振るっていました。恐らくあれが能力発動のキーになるモーションなんでしょうね……。にしても、やり口が手品師だな……」
「……だな。ユウヒの視点からだとわかりづらいだろうな。っつーかレヒト、アイツ、あんな反則くせえ能力持ってるくせにみみっちい小技使いやがる」
ジンヤが少し目を丸くしてトキヤを見ていた。
トキヤ以外のその場にいる人間は一斉にトキヤへ「『反則くせえ能力』とかお前が言う?」という視線を向けた。
トキヤとレヒト。レヒトは並行世界の因縁でトキヤをライバル視していたようだが、お互いに強力な《概念》系の能力を扱うという点ではいいライバルになっていただろう。
ちなみにトキヤも、ジンヤの『やり口が手品師だな』に対しては『お前もな』と思っていた(棒手裏剣を使ったトリックで《開幕》を破られた件があるので)。
□
抜刀一閃を空振って隙だらけのユウヒに向けて、レヒトの大剣から繰り出される斬撃が情け容赦なく放たれた。
「くッ、ぐぅッ……!?」
咄嗟に振り切っていた刀を引き戻し、峰に腕を添えて、全力で防御態勢を取るが……、
――フルスイングされる巨大質量。
装者が巨大であるなら、それだけそこへ魔力を注ぎ込むことが出来るため、威力は格段に高まる。
激烈な破壊力を伴う一撃がユウヒの体を冗談のような勢いで吹っ飛ばして、背中からリングへ叩きつけた。
「がッ……、はああアァッ……!」
『オープニングヒットにして、クリーンヒットォォ!!!
まさか、まさかの展開です!
ここまで圧倒的な力で勝ち上がってきた両者!!
実力は互いに未知数!
ならば序盤は拮抗した展開になることも考えられたのですが、初手からレヒト・ヴェルナー選手が力を見せつけたァ!!』
《……みっともないわよ、ユウヒ。そこはあなたのベッドじゃないわ、さっさと立ち上がりなさい。
ああ、痛い。もっとわたしをいたわってちょうだい。
以降、一度も受け太刀せずに勝つのが望ましいわ》
偉そうに足組みしたまま霊体で浮いているリンドウが、好き勝手なことを言いながら倒れたユウヒを見下す。
「いきなりいいのをもらったのは悪いが……、刀に魔力を回すのは間に合っていただろう。刀身に傷はないよ」
《気持ちの問題よ。わたしの心が傷んだのなら、砕け散ったのと同じでしょう》
「……。以後気をつけるが、確約しかねる。楽に勝てる相手じゃないからな……」
言いながら、立ち上がるユウヒ。
リンドウの言葉は不愉快であるはずなのだが、どうしてか奇妙な心地よさも感じる。
ずっと、一人で戦ってきた。
倒れた時、真っ先に己を鼓舞するのは、当然己自身。
誰かに立てと言われることなどないはずだったのだ。
それが、彼女を――かつてユウヒの魂装者であった少女、春花ユウミの魂を失った代償。
《まったく無粋ね。そこは言うだけのことは言っておきなさいな》
「……必ず勝つ。それだけ確約するから黙っていてください」
立ち上がり、刀を構え、強敵を見据えながら宣言する。
《……フフ、素敵。そう言い切ってくれるところは大好きよ、ユウヒ》
やはりだ。鬱陶しい物言いではあるが、どうにも彼女の言葉には力を貰える。
彼女の正体はわからないが、自身の刀の中に居座られる以上は仕方がない。
自分にとってプラスになってくれるのであれば、正体不明であろうが利用してやるだけだ。
何をしてでも勝つ――ジンヤという宿命に至るため。
そして、ここで頂点に立てなければ、あの最果てには届かないだろう。
□
レヒト・ヴェルナー 真紅園ゼキ 蒼天院セイハ
攻撃 AA AA A
防御 B C AA
速度 A A B
拡散 A D B
出力 A A A
精密 A A A
「なるほど。レヒト・ヴェルナー……やはり学生をやっているのがおかしなヤツだね、本当に」
ステータスを見比べつつ思案しているのはビクター・ゴールドスミスだ。
ゼキとセイハに関するデータは、公表されているものではなく彼らの試合を元に算出したもの。全力を出した試合データがあれば、ステータスの推測は簡単だ。恐らく正式に《ガーディアンズ》で採用されている規格のものと差異はそうないだろう。
レヒトに関してだが、現状彼の大会の試合だけではステータスはまったくわからない。
しかし、こちらに関して言えば、彼は《終末赫世騎士団》所属、データを取る機会はあった。
見比べてるとよくわかるが、やはりミヅキのステータスはバランスという点で優れる。
彼のポテンシャル、能力特性からすれば攻撃、防御、速度はいずれ『AA』に至るのは堅いだろう。
「とは言っても、単純にステータスの多寡で決まるというものでもないのでしょう?」
「おや、慎重なことを言うんだね、トレバー」
どうしてそれが刃堂ジンヤ相手には発揮できない、という言葉を飲み込むビクター。
が、仕方のないことではあるのだろう。
言うなれば、《法則》というのはトレバーにとって愛する我が子のようなものだ。彼が《法則》を作り出したなどということはまったくないが、長い期間に渡って、何度も何度も気が遠くなるような実験を繰り返して暴いた《法則》を必要以上に信じ込んでしまうのは、仕方のない心理だろう。
そんな愛する我が子を、刃堂ジンヤは平然と踏みにじっていくのだから許せない。
「事実を重視するだけですよ。ステータスを覆すような試合はそう珍しくはないでしょう」
「それはそうなんだが……。では、レヒト・ヴェルナーの《開幕》時のステータスを見てみようか」
そう、《開幕》自体が学生が運用することが想定されてない以上、学生騎士の《開幕》時ステータスが公表されないのは当たり前ではあるが、《開幕》を使えばステータスは変化する。
そして――。
「なッ……なんですか、これは……こんな、ものが、あり得るというのですか……!?」
「驚いたよ、本当に。さすがに僕もこれと正面から当たるのは避けたいね」
ビクターはレヒトに1対1では敵わない可能性をあっさりと認める。
彼の考え方では、1対1など重視するに値しないからだ。正面から勝てない相手ならば、数や策で倒せばいいだけのこと。
(本当に、嫌になるね)
レヒトの規格外のステータス。
が、あれは以てしても、アーダルベルトは倒せなかったということだ。
赫世アグニが実力を披露した時点で、もはや学生レベルに収まらないどころか、この世界でも屈指の力がぶつかり合う様相を呈していたが。
それにしても、レヒト・ヴェルナーはあまりにも異常だ。
――――輝竜ユウヒは、あんなものにどうやって立ち向かうというのか。




