第1話 最悪の答え合わせ
「――さーて……それじゃあ答え合わせといっちゃおっかぁ~笑」
突然。
本当に突然のことだった。
しかしもはや、彼女のやることとしてはいつもの通りのお馴染みですらある。
彼女はいつも、こうしていきなり現れる。
ユウヒが試合へ向かう途中――、キララとの話を終えたジンヤが試合前の彼へ激励の言葉をかけようとしたところで。
――いつも通りに、罪桐キルは突如現れた。
真っ白い空間――そこにぽつんと置かれたテーブルとイスに腰掛けているのは、罪桐キル。
対面に、刃堂ジンヤと輝竜ユウヒ。
キルの格好はなぜだかいかにもな探偵然とした帽子にインバネスコート。
ここは想像した通りに世界が書き換わるので、服装程度大した問題ではないのだろう。
「また、お前か……」
「やだぁ、待っててくれた? ジンヤくん♡」
露骨に顔をしかめるジンヤに対し、嬉しそうに目を細める黒髪の少女。
「……ジンヤくん。恐らく、これはまた『夢の世界』だと思われます。そして、こうも簡単にここへ引きずり込まれるということは、逆にそれ以外のことはできないと見ていいはず」
ユウヒの推測。
もしも『夢の世界へ呼び出す』こと以上――つまり、ジンヤ達に直接的な危害を加えられるのだとすれば、その条件は厳しいものになるはず。
たたでさえ、ジンヤに気づかれずに、『呼び出す条件』を満たすことは難しいはずなのだ。
呼び出す以上の出来るとすれば、キルは簡単に任意の相手を倒せてしまう。
彼女は何もかも思い通りにはできないはずなのだ。
それが出来るのなら、レヒト・ヴェルナーや、そもそも罪桐ユウを処理しているはずだ。
方針決定――ひとまず、キルの話を聞く。
恐らくはまた、こちらを掻き乱すような情報を提示するだけだろうが、それも今更だ。
彼女への信用などない、彼女の言葉など聞かなければいい。
――だが、そこでユウヒは気づく。
(こいつの厄介なところは、こいつへの信用度に関わらず、強制的に相手を動かすような情報を持っているという点だ……)
情報。
戦いにおいて、あまりにも重要な要素だ。
状況次第では、単純な直接戦闘力よりも遥方に大切になる。
アグニだって、キルを信用などしていなかった。
それでも、『ユウヒがアグニの母親を殺した』という情報を提示されてしまえば、動かざる得ない。
キルの情報収集能力、負の人心掌握術は恐ろしい。
(どうすれば、こいつを……)
良いようにやられないためには、直接戦闘で倒してしまえばいいだけだが――そういった状況に持ち込ませない術にも長けている。
ユウヒはこれから、レヒトとの試合だ。
今このタイミングでキルと戦う訳にはいかない。
まずキルを直接戦闘へ引きずり出さなければならない。
彼女のように強大な能力を持った者が『戦わない』という立ち回りを選んだ時、ここまで厄介になるのかとつくづく痛感させられる。
「ま、そりゃ当然戦うつもりなんてないよ? ジンヤくんならまだしも、ユウヒくんとバトりたいとか別にないし。まあ、普通に頑張れば勝てるんじゃない? で、勝てたとして何? 『はいはい《主人公》ってすごいね強いね笑』で終わりだけどねー」
ユウヒならば、キルに勝てる――引っかかるものがある言葉だった。
ユウヒとしても、彼女は倒さねばならない悪だ。しかし彼女の力は底知れない。
以前、アグニとキルの対処について話した時もそうだが、もしも戦闘で対処するならば、確実を期してアグニと共闘して倒す、という打ち合わせをしていた。
本当に、ユウヒ一人で彼女を倒せるのだろうか?
「今回は……ま、今回もだけど――お話に来たんだからさあ。言ってるでしょう、答え合わせだって……誰だって好きだよね? 犯人はお前だ! ってやつ。ずいぶん前に散らかしてた謎、いい加減片付けないとねー」
「――で、『答え』というのは?」
ユウヒは苛立ちを抑え、話を進めることに注力する。
「《本物》――《世界定義主人公》についてだよ。アグニもやられちゃって、もう候補も絞れたでしょう?」
□
「そもそも、この大会自体が赫世アグニを《本物》に確定させ、物語の方向を定めるためのものだと考えるのが自然だったのですが、そうではなかったと?」
白衣の男――トレバーの問いかけ。
スーツ姿の男――ビクターは応じる。
「勿論、そのパターンもあり得たとは思うよ」
赫世アグニの重要性は高かったはずだ。係数も、アーダルベルトとの因縁も十分。
だが、この大会に絡む思惑はそう単純なものではない。
アグニを《本物》に据えるパターンもあり得た。が、不確定な要素があまりにも多すぎた。
アグニがユウヒやレヒトと戦えばどうなったのか。
それ以前に――刃堂ジンヤと戦えば、どうなったのか。
ここまで不確定な要素がある以上、アーダルベルトも最初からアグニだけを《本物》にするつもりではなかったのだろう。
恐らくは、いくつかの候補の中から、誰が《本物》になってもよかったはず。
その過程を――『不確定』を楽しんでいる節すらあるように思える。
当然か。
彼は《法則》によって自らの『不確定』を奪われたのだから。
ならば、さぞ羨ましいことだろう。
戦いに全力で挑み、勝利できるかどうかわからないという、そんな当たり前の状態が。
「赫世アグニが敗北した今、残る候補は……」
トレバーがユウヒとレヒトのデータをそれぞれホロウィンドウで表示させる。
そしてユウヒのデータの方を眼前へ移動させ、改めてそれを眺めながら言う。
「しかし――……、これは……。……もう決まったも同然では?」
「ああ、僕も最初は、当然そう思ったんだが……」
あの事実で決まらないということは、つまりそれすら覆す方法があるということだろうか。
だとすれば――。
「……では、レヒト・ヴェルナーが……?」
「さてね。……こればかりは僕もお手上げだ。試合を見てみないことにはどうにもね」
ビクターにも、レヒトについての推測がある。
もしそれが当たっているのならば……。
(構わないさ……。その時は彼と龍上ミヅキ、どちらが相応しいのか改めて決めるだけだ)
□
「……それじゃ、おさらいしてみようかあ。まずは《本物》候補を比べてみようと思うんだけど――とりあえずレヒト・ヴェルナー。よくわかんねーやつだけど、否定材料なら山程あるからね。黒宮トキヤ、ジンヤくんに負けてんじゃーん笑ってことで。
――……で、アグニくんとユウヒくんが残るわけだ」
キルが勝手に言葉を紡いでいく。
アグニとユウヒ、二人を模した小さな人形がテーブルの上に置かれた。
「ここで二人の持つ《因果》を見てみようか――……ねえ、キミ達はアーダルベルトって知ってるよねえ?」
「――ッ……、貴様、どういうつもりだ……ッ!?」
「……《終末赫世騎士団》の長である人物だよね?」
一瞬で表情が大きく乱れるユウヒに対し、ジンヤの反応は薄い。
アーダルベルト。彼はかつてジンヤを殺した人物であるにも関わらず、だ。
それもそのはず――ジンヤはかつてアーダルベルトに殺されているが、その記憶は存在していない。
その後、《終末赫世騎士団》などについての情報自体を得る機会はあったが、殺された時の記憶を取り戻してはいない。
対して、ユウヒはアーダルベルトに出会う以前から、彼のことを知ってたいたが。
しかし、それでも今の反応は――。
「ふぅーん……そういう反応なんだあ? やっぱりねえ……。ま、それは後にして……。言うならば……今のアイツの立ち位置は《ラスボス》。だったらアイツとの関係は、《主人公》を決める上で大事でしょ?」
赫世アグニは、実の父親を目の前でアーダルベルトに殺されている。
対して、輝竜ユウヒもまた、師である刃堂ライキを殺されてはいるが――だが、眼前でもなければ、ユウヒはライキの実子でもない。
ジンヤとユウヒの件を踏まえれば、血縁という要素が決定的ではないこともわかるが、それでもユウヒとアグニを比べれば、アグニの方が因縁の面では勝っているように思える。
「……何が言いたい? アグニが《本物》だったとでも?」
もしもそうなら、ユウヒとしてはこれまでの前提が崩れ去る衝撃的な事実だ。
だが、ユウヒは仮にそうでも動じない。
なぜなら彼は、《法則》を重視していながら、それが崩れることも簡単に受け入れるからだ。
むしろ、そこに価値を見出すからこそ、同時にそれを壊す者にもまた価値がある――と、つまりは結局、ジンヤに価値を見出してるということだ。
「はいはい焦らない焦らない」
「……だいたい、《本物》がどうとかってそんなに大事?」
「こらこらジンヤくん♡ 前提を崩さないでよ、もお♡」
口を挟んでくるジンヤに笑顔を零すキル。
ユウヒとは対応が大きく違う。
ジンヤはアーダルベルトに殺された件と同じく、キルとの邂逅も一度は記憶から消えていたが、トキヤとの試合中に再び接触した際、その記憶は取り戻している。
《主人公》や《本物》についての話は、キルから散々されている。
《主人公》。
ジンヤを苦しめ続ける存在。
ジンヤは一度は、その壁を前に全てを投げ出し、諦め、絶望した。
それでも、もう一度彼は立ち上がった。
今の彼にしてみれば、誰が《主人公》だろうが、誰が《本物》だろうが関係ない。
キララが《開幕》に至った事実も大きい。あの件はまだ詳細は不明だが、もはや《主人公》であることにそこまで希少性もないのではないかとすら思える。
「ふふふ……素敵な前フリありがとう……。芸人だなあ、ホント……きひ、きひひひ……」
少女は不気味に笑う。
やはりまだ何かあるということだろう。
「……さーて、話戻すけど……ユウヒくんさあ……アイツのこと……アーダルベルトのこと、覚えてるんじゃないの?」
「……だとしたら、それがなんだ?」
「へえ、やっぱり覚えてるんだあ。はいはいはい、やっぱりねえ……」
勝手に何かに納得する。
先程から要領を得ない会話が続いて苛立ちが積み重なる。
「――それじゃあ次……ねえ、ユウヒくん……キミは刃堂ライキを父親のように思ってるみたいだけどさあ……キミの本当の父親って、誰なの?」
「……ま、さか…………」
「……ユウヒくん……?」
「あ、気づいちゃったあ? もうちょいだけ焦らそうと思ってたのに笑」
瞬間、ユウヒの表情が凍りついていた。
額に嫌な汗が浮かんでいく。
思い至ったのは、最悪の想像。
だが、それで全ての辻褄が合ってしまう。
必死にそれを否定する材料を探す。探す。探す。探す。
しかし、それでも、どこにも……。
「さて、それじゃ仕上げだ。まずはヒント1」
そう言ってキルが一つずつ指を上げて、同時に答えに至るための要素を提示していく。
ヒント1 輝竜ユウヒは、赫世アグニに比べるとアーダルベルトとの因縁で劣る。
ヒント2 輝竜ユウヒには、消えたはずの記憶が残っている。
ヒント3 輝竜ユウヒは、本当の父親のことを知らない。
「はい、おまけ……ユウヒくん、顔立ちからしてハーフだろうけどさあ……なーんか、誰かに似てるよねえ……?」
つまり。
つまりは。
これらが意味していることは。
答えは――――。
「はい、ってなわけでー、犯人はお前だー! 輝竜ユウヒ!」
探偵の格好をした少女は、ふざけた調子で笑いながらユウヒを指差し、答えを口にしていく。
「ユウヒくん……キミの本当の父親は、アーダルベルト・シュナイデルで、キミが《本物》だよ!
わぁ~、すごいねえ! 《ラスボス》との因縁たっぷり! さすがだねえ!
よっ、《本物》の《主人公》!
頑張ってパパをぶち殺して世界を救っちゃおー、えいえいおー! 斬夜破破破ッ!」
「違う……、う、そだ、違う、違う違う、そんな、ことが……ッ!」
瞠目し、震える手で頭を抑えて、必死に突きつけられた真実を覆す何かを探す。
記憶が残っていること。
これは、ジンヤには記憶が残っていないことから、《主人公》と非《主人公》の差だと思っていた。
だが、真紅園ゼキもまた、《主人公》でありながら、記憶が残っていないのだ。
ユウヒだけが、アーダルベルトの力に抗えていた。
「違う……、ボクは……ライキさんの……、ボクの、父親は……!」
「いやいやいや、だからなに!? そんなこと言い張ったって事実は変わらないんだからさあ! やーい、お前の父親、大量虐殺者! あ~……世界がたくさん滅ぼされちゃってすごくかわいそー(棒) 頑張ってたくさんの人を救わないとだねえ!? ……きひ、きひひひ、きゃははは、斬夜破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破破!!!!」
笑う、笑う、嗤う嗤う嗤う嗤う、
いつだってこうして、キルは悍ましき真実を突きつけて笑ってきた。
残酷な真実。
ただそれを突きつけるだけで、人は簡単に、面白いくらい絶望する。
ユウヒの動揺。
キルの言葉に取り合わず、決して折れない――例えば、罪桐ユウと相対した時のように、そうであることも出来たかもしれない。
しかし、彼の心に対して、父親という要素は致命的であった。
ユウヒがこれまで、自身の親について考えたことがないわけではなかった。
彼は孤児だ。本当の親を知らない。
どんな人物なのか、想いを巡らせたことは何度もある。
悪人なのか、善人なのか。
ユウヒを捨てた時点で、褒められた人間である可能性は低い。
それでも、何か仕方のない事情があって欲しかった。
ライキに感じていた想い。ジンヤへのコンプレックスは、そういう側面もあったのだろう。
どれだけライキの背中を追いかけても、結局自身は実の息子ではない。そんな意識があったのだろう。
だとしても、これでは、あまりにも。
アーダルベルトを、どこまでも憎んでいた。
平然と己の欲のために無数の命を犠牲に出来る異常さ。
刃堂ライキを、殺した男。
詳細不明な力で取り消されたとは言え、ジンヤのことすら殺している。
その瞬間を、ユウヒは目の前に見ていた、突きつけられていた。
何も、何も出来なかった。
それをただ見ているだけで、そしてそれを――ユウヒは確かに、覚えている。
あんな男が。
あんな邪悪の血が自分に流れ、自分を形作っているという嫌悪感。
あまりにも出来すぎた運命。
いつだって、《主人公》には残酷な運命が付き纏う。
ならば当然――《本物》には……今回の、この世界で最大の係数を誇る本物の、唯一の《主人公》には。
最大の試練が。
最大の不幸が。
最大の絶望が。
――――最も過酷な運命が、待っているのだろう。




