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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第2章 疾風と迅雷の友情譚
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 第八話 開戦


 どういうわけか、僕は五人の女性に囲まれていた。

 ハヤテとナギさん、僕とライカでのWデートの日から数日が経っていた。

 僕らは今、クモ姉が入院している病院の食堂にいる。

 ライカ、キララさん、クモ姉……とここまでは四月の一件以降はお馴染みのメンバー。

 残る二人。

 僕とライカはクモ姉のお見舞いに来ていたのだが、そこでキララさんとクモ姉の魂装者アルムである二人と出会い、せっかくの機会なので紹介し合おうということになったのだ。

 それが残りの二人というわけだ。


 一人はキララさんの横に座っている。

 灰色の肩下辺りまで伸びる髪。荒々しくハネている髪は、どこか狼の毛並みも思わせるワイルドさ。目つきもかなり鋭い。

 クモ姉とはまた異なるクールな印象を持つ彼女は、不機嫌そうな表情で端末をいじっていた。


「ほらユッキー、みんなに挨拶しちゃって!」

 

 キララさんがそう促す。


「……氷谷雪花ひたにゆきかです、よろしく」

「みじか―――――――――――――――――いっ!」

「ララ、っるさい……」

「キララ、そんなに騒ぐな」


 クモ姉に注意され「はーい……」と言いつつ口を尖らせるキララさん。


「でもユッキー短すぎっしょそれ~、なんもわかんないって」

「別に……よくない? 私のことなんて興味ないでしょ」

「んなことないっての!」

「そうだね……私も馬鹿な後輩に付き合ってくれる優しい友人には興味があるよ」

「ほらー! ヤクモ先輩もこう言ってる……ってひどくないスか!?」

「んじゃ……ララが紹介しといて」

「はぁ~……? しゃーないなあ……」


 氷谷さんは視線を端末に戻し、気だるげにいじり始める。


「ま~見たまんまユッキーは超無愛想で、何事にも冷めてて……ってアレ、いいとこ出てこないな」

「ララひっどー」


 端末をいじりつつ、ストローでジュースを啜りながら文句を呟く氷谷さん。


「えーっと……まあチョーいい子だから!」


 『無愛想で何事にも冷めてる』ということしかわからなかった。

 氷谷さんは見覚えがある。学校でキララさんと一緒にいるところを見たことがあった。

 彼女はキララさんの魂装者アルム

 かつてキララさんと対戦した時も、共に戦っていたのは彼女だ。

 武装形体は二振りの刀。刀という形体はオーソドックスだが二刀となると珍しい。

 キララさんの属性が火、氷谷さんが氷なので、二刀でなおかつそれぞれの刀で別々の属性を扱える、というやれることの多さは強みだろう。

 雷属性一本の僕らとしては、そういう選択肢の多さに憧れもある。

 僕らの場合、互いの属性が一致しているという部分が、ステータスの低さに反して高い威力を叩き出せる迅雷一閃エクレールを支えているという面もある。

 やはりそれぞれのペアが、自分達の強みを探していくというのが大切なのかな……などと、すぐにそういう方向に思考が寄ってしまうのは、どうにも騎士脳……というかバトル馬鹿なのかな。

 

「ふふ……面白い子達ね、クモちゃんの後輩ちゃん達は」


 どこか妖艶な響きの声を発した女性。

 彼女がクモ姉の魂装者アルムらしい。

 青髪の縦ロールで、毛先は肩の少し下の辺りまで。キララさんやライカを凌駕する程の豊かな胸元。


「初めまして、私は姫沼愛海ヒメヌママナカ。クモちゃんと同じ二年よ」


 優雅な所作で頭を下げる姫沼先輩。

 すごいな……これが高2の色気なのか……。


……うーん……キララさんF、ライカG…………彼女は…………H!?


「……ジンジン、今おっぱい見てなかった……?」

「ミテナイヨ」


 声が上擦る。

 いけない……僕はなにを考えているんだ……初対面の女性にあまりにも失礼だ。


「あら……いいのよ、別に?」


 いいの!?


「こらこら……マナカ。その誰彼構わずからかうクセ、いい加減治したらどうだ?」

「だって……ヤクモ、貴女が構ってくれないのがいけないんじゃない。ジンヤくんにライカちゃん……それにキララちゃん、こんなに可愛い後輩ちゃん達とばっかり遊んで、私を放ったらかしなんて……本当に酷い女よね、貴女は」

「誤解を招きそうな言い方だ……」


 頭を抱えるクモ姉。

 一体二人はどういう関係なのだろうか……ただならぬ大人のそれを匂わせている。


「……まあ、それに関してはすまなかった。私の我儘で振り回したのに、また付き合ってもらってすまないな」

「いいのよ……だって、クモちゃんとするのは格別だもの」


 …………する!? 格別!? なんだ!?


「ねえ、キララさん……あの二人って……?」

「んーとね」


 キララさんはクモ姉と姫沼先輩について説明してくれる。

 姫沼先輩は、決まった相手と組むのではなく、様々な騎士に手を貸すという珍しいスタイルの魂装者アルムだったらしい。

 騎士と魂装者の関係はいろいろで、完全に特定の相手と組むこともあれば、大会や試合に合わせて相手を変えていくというタイプもいる。

 基本的に強いのは、パートナーが決まっている方だ。そちらの方が騎士と魂装者の絆も当然強固であり、さらに騎士は武器の扱いを習熟している。

 姫沼先輩はクモ姉をとても気に入っていて、組むこと望んでいた。

 だがクモ姉がライカと組んでしまったために、それは叶わなかった。

 しかし、僕が現れてライカと組むことで、クモ姉がフリーになった。

 と、ここまでキララさんが説明してくれて理解した。

 だからか……だからなのか……やたらさっきから、姫沼先輩が僕を見て妖艶な笑みを浮かべているのは。

 『貴女のお陰でクモちゃんと組めたわ、ありがとう』ということなのかもしれない……。


「今更私なんかと組んだところでな……今年の大会はもう間に合わないぞ?」

「いいわよ、来年があるじゃない」

「……そうだな。ジンヤ、来年は覚悟しておけよ」

「うん、楽しみにしてるよ、クモ姉」


 クモ姉と睨み合う。

 かつては騎士を諦めるというとこまでいった。あの日の瞳は、光を宿さない暗いものだった。

 しかし、今の彼女の瞳には、静かな闘志が燃えていた。

 気が早いけど、来年が楽しみだな……憧憬の姉弟子に、自分の成長を見てもらいたい。

 残念だが、今年の代表はもう決まってしまっている。

 しかしクモ姉はまだ二年。来年もチャンスはある。


「っはぁ~……いいなあ、ジンジンとライちゃんは……アタシも剣祭けんさい出たいよ~……もーちょっとだったんだけどなあ……」


 剣祭とは彩神剣祭アルカンシェル・フェスタの通称だ。

 キララさんは選抜戦でかなり惜しい所までいっていた。

 彼女は端末の学園代表発表のページを眺めている。

 

 刃堂迅也ジンドウジンヤ雷崎雷華ライザキライカ


 龍上巳月タツガミミヅキ蛇銀ヘビガネめるく


 烽条焔ホウジョウホムラ緋宮灯里ヒノミヤアカリ


 爛漫院桜花ランマンインオウカ朽葉凛音クチバリンネ

 

 この四組が、今年の黄閃学園彩神剣祭アルカンシェル・フェスタ出場選手だ。

 僕は現在学園1位……という少々面映い地位にいる。これまでどこへ行っても弱者で、みんなに認められるような結果を出したり、羨ましがられる地位に立ったり……なんて経験をしたことがないのでまだまだ不慣れだ。

 だが僕らが目指すのはさらに上、ここでその称号に尻込みしていられない。

 そして学園2位、龍上くん。現在は3位となった、3年の烽条先輩。

 驚いたのは、僕と龍上くんの戦いを実況してくれていた女子生徒――爛漫院さんだ。彼女は一年生ながら上級生を蹴散らして代表を勝ち取った。

 キララさんも彼女に敗北して出場を逃したのを、途轍もなく悔しがっている。

 同じ一年生、同じ女子生徒。

 自分に近い相手の分、僕や龍上くん、烽条先輩に敗北するよりもずっと負けたくなかったのだろう。

 当面の目標は、打倒爛漫院さんらしい。


「私達はこれからだろう……なあ、キララ?」

「……ッ! ッスね! ヤクモ先輩! っしゃ~……ジンジン、今度また模擬戦やんない?」

「望むところだ。僕も大会までに多く実践形式でやりたいし……二刀相手も経験しておきたいからありがたいよ」


 あの二刀の剣士の笑顔が脳裏を過る。

 剣祭で勝ち進めば、いずれ必ず当たる相手だろう……もしかすると、決勝の大舞台で約束を果たす、なんてことにもなるかもしれない。

 あの約束の友は、最高の舞台で僕とライカの夢の前に立ちはだかるに相応しい相手だ。

 そうなったら、一体どれほど……。己で夢想した光景に震えてしまう。

 騎士と魂装者が三組集まったのだ、自然と剣祭などの話題で話が弾んでいった。


 □ □ □


 その後、突発的に始まった顔合わせもお開きという段になった。

 たまたま見舞いのタイミングがあったということで、氷谷さんと姫沼先輩を紹介されることになったのだ。氷谷さんのほうは学年が同じで、キララさんと話しているところを見たこともあるので、一応顔だけは知っていたが、あまり話したことはなかった。

 彼女たちも、これからはライバルだ。いつか来るキララさんやクモ姉との戦いに思いを馳せつつ、みんなと別れる直前。


「ジンヤ」


 クモ姉に呼ばれて振り返る。

 すると彼女は、いきなり松葉杖を壁に立てかけ、そのまま悠然と歩いてみせた。


「……クモ姉!? もう歩いて平気なの!?」

「ああ……私はもう大丈夫だ」

「そっか……」

「心配かけた。迷惑もな……。だが、あの時の、龍上と戦ったあの日のキミが目に焼き付いて離れない。あの光景が私の中にある内は、きっと私は大丈夫な気がするんだ」

「そんな……僕は……」

「いいさ……自分達のために戦っただけだから、と謙遜でもするのだろう? なら私も勝手に感謝するよ。剣祭、応援しに行くよ、この足でね」


 強く踏み出して、笑うクモ姉。


「……うん。クモ姉に恥じない試合をするよ」

「ああ。それから……しばらく無理して見舞いに来なくてもいいぞ? 大会のための調整があるだろう?」

「でも……」

「あいつ一人で十分賑やかだからな、寂しくないさ」


 クモ姉は僕の背後でライカと話しているキララさんに視線をやってまた笑う。


「うん……わかった。次に会う時も、クモ姉に恥じない僕であることを誓うよ」

「大げさな……こっちの台詞さ。じゃあ、またな」


 そう言って僕らは別れた。

 少しずつ近づいている彩神剣祭アルカンシェル・フェスタ。こうした日々の会話一つ一つが、あの憧れの舞台へ焦がれる気持ちを強くしていく。


 □ □ □


「そういえばさー」


 病院での一幕から数日。

 昼休み。学園の食堂でのことだった。


「ジンジンとライちゃん、もう願いって決まってるの?」


 願い。

 彩神剣祭アルカンシェル・フェスタの優勝者には、騎装都市上層部――《七大魂装家》の力で実現可能な範囲の希望を叶えるというものがある。

 何を願ったか公表する選手もいれば、口外しない選手もいる。

 なので、それにまつわる噂も耳にしたことがある。

 騎装都市が隠す重大な秘密を知れるとか、《三大剣聖》に匹敵する力を得られるだとかだ。

 事実はさておき、剣聖の力を誰かに与えられるとしても、そんなものに興味はない。

 そんな噂が出るほどに、謎も多いということだ。

 前年度の優勝者は、《ガーディアン》所属の選手で、願いは《ガーディアン》の予算増額だっただろうか。

 とても高潔な願いだと思う。それにより、隊員の装備、警備の強化、人員の増加などが行われた。予算の配分はその選手の所属している支部が中心なので、影響はその支部が顕著で、優勝選手が所属している支部の犯罪率がかなり下がったらしい。

 仮にその選手と当たったとすれば、実力的にもだが、心情的にも、彼の抱く正義の実現を邪魔するような構図になるのが心苦しい。

 だが……それでも、僕らはあの日の約束を譲れない。

 僕らに成し遂げたい壮大な野望がなくとも、約束は、夢は、憧れは、少しもは揺るがないのだから。

 大抵の選手は真剣に考えることだろうが……僕とライカはまず先に神装剣聖エピデュシアになりたいという想いが先行していて、まるで考えていなかった。

 僕らのほうが珍しいタイプではあるのだろう。


「願いか……考えたこともなかったな」


 と正直に口にする。


「え~……マジ!? ありえな~……アタシ超あるのに……服でしょ、アクセでしょ、あと~……」

「それ、普段と言ってること同じじゃない?」

「別にいいじゃん! なんもないなら優勝したらお金にしてみんなでパーッと使わない?」

「パーッと使わない……。そういうのは、これから考えるよ」

「え~……? 無欲すぎ~」

「いいや、少しも無欲じゃないさ」


 確かに今は願いなんてない。

 優勝したその先のことなんて、考えられない。

 僕らの欲は、その先になんてないから――優勝する、神装剣聖エピデュシアになる、あの日憧れた最強に。


 欲しいものはただそれだけだ。

 ただそれだけが絶対に欲しい。


 無欲ではないだろう、これは。


 勝手に自分で納得する僕に、キララさんは不満そうだった。


「ライちゃんは?」

「普段展示してない妖刀が見たいかな。《七家》の力があれば、それくらいの融通はいくらでも利くだろうし」

「ほら~、ライちゃんも願いあるじゃん」

「……………………………………あれ?」


 一人で勝手にかっこよく納得してたが、どうやらライカはそうじゃないらしい。

 ……頑張ろ……ライカに妖刀を見せるためにも。


「ふふ、冗談冗談。妖刀が見たいのは本当だけど、私はただ、ジンくんを最強の騎士だと証明できれば、それでいいよ」

「…………ライカ!」

「うわ~……もー、ここでイチャつきだすのなしだかんねー?」

 

 □ □ □

 

 昼休みの終わり際。

 端末で騎装都市に関係するニュースを見ていると……。


「……代表選手が相次いで出場を取り消し、か」


 物騒なニュースだが、他人事ではない。

 僕らも代表選手であり、そして数日前――ハヤテと再会したあの日、狙われた理由が関係しているかもしれない。

 犯人達は剣祭の熱狂的なファンで、贔屓の選手の有利になるように他の代表選手を襲っていた……という話だが、そんなことがまかり通れば、大会が成立しない。

 僕らがやられたような狡猾な手……魂装者を狙う、ということなら、強さに関係なく可能だが。一流の選手ともなれば、セキュリティも厳重だ。

 例えば、炎赫館学園3年、夕凪熾焔選手……彼はボディーガードを多く雇っていたはずだ。彼自身も前回大会ベスト8。彼がどういう理由で出場をやめたかはニュースに載っていなかったが、正面からやられたとは考えにくい。

 仮にそうなら、犯人は全国ベスト8以上の人間――恐ろしい程に強い騎士となる。


「……まさか」


 自分の仮定が馬鹿らしくなる。

 そんなおかしなことがあってたまるか。

 ……と、そこまで考えている時だった。


「刃堂迅也君、少しいいかな?」


 話しかけてきた相手を見て、僕は驚いた。

 穏やかな口調とは対照的に、ただならぬ雰囲気を纏っていた彼は……。


「烽条先輩……!」


 黄閃学園三年。代表選手にも選ばれている、生徒会長の烽条焔先輩だった。


 □ □ □


「それで、話といいますと……?」


 放課後。

 昼休みに僕は烽条先輩に、生徒会室に呼び出された。机を挟んで彼と向き合う。

 実力では確かに僕は上なのかもしれない。でも、人間としては到底及ばないようなと思わされていた。

 気品と余裕を感じさせる佇まい。二つ学年が上だと、ずっと大人に見える。


「頼むがあるんだ」

「僕にですか……?」

「ああ。これを頼める相手はそう多くはない……俺が《ガーディアン》に所属していることは知っているか?」

「はい、それはもちろん……」


 烽条先輩は優秀な騎士で、《ガーディアン》でも功績を上げていることは学園では有名な話だ。


「光栄だね。で、これは生徒会長としてというよりは、《ガーディアン》として頼みたいことなんだが…………」


 一瞬の沈黙。

 僅かな躊躇いが見えた。

 彼が躊躇うほどの頼みとは一体。

 僕が思考する間もなく、すぐに答えは告げられた。


「近々、《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》という犯罪組織のアジトを叩く。その作戦に、加わってもらえないか?」


「《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》……?」


 組織についての説明は、先輩の口から語られた。


 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》。

 ガーディアンのブラックリストに危険度Sランクとされている犯罪組織。

 つまり、この騎装都市最大級の闇。

 恐ろしく危険な相手だろう。


「面倒な相手でね……アジトとされる候補はいくつもある。このどこかに、最近巷を騒がせている、代表選手を襲っている犯人がいるはずなんだ。もちろん、ガーディアンも全力を尽くす。けれどなにせ数が多い……候補を一つずつ潰していけば、すぐに敵にこちらの動きを察知されて雲隠れされる。だからやるなら、数多ある候補を全て同時にやらねばならない……人手が足りない理由は察してくれるね?」

 

 事情はよくわかった。確かにそれならガーディアンではない僕の手すら借りたいほどだろう。


「……ただ、無茶な頼みだとはわかっている。俺も君も代表選手だ。俺はガーディアンだが、君はそうじゃない……安全性もなにもない、危険な戦いだ。大会を控えた君にこんなことを頼むなんてありえない。話を聞いた時点で激怒してここを出ていっていないことに感謝したいくらいさ」

「……少し、考えさせてもらえませんか?」

「考えてもらえるだけ、ありがたいよ」


 そう言って、烽条先輩は頭を下げた。

 この日の話はここまで。

 答えを出す期限まではそう長くない。

 もたもたしていれば犠牲者が増えるかもしれない。

 《使徒》がアジトを変えてしまうかもしれない。

 僕はどうするべきなのだろうか。

 危険なのはわかっている。

 それでも、先輩達に協力して《使徒》と戦うべきか。

 しかし、僕らには夢がある。

 仮に作戦は成功し、《使徒》に勝利したとしても、怪我でもすれば、そこで僕らの挑戦は……。

 答えは簡単には出てくれなかった。


 □ □ □


 あの後、烽条先輩に興味深い話を聞いた。

 僕の父さんも、学生時代はガーディアンに所属していたらしい。

 母さんに話を聞くこともなかったので、騎装都市に来る以前は父さんの過去なんて知る由もなかったのだけれど、偉大な騎士であっただけあって、思いもよらぬところにすら父さんの足跡は残っているようだ。

 誰かを守れる、立派な騎士。

 強さとは、そういう使い方をするべきだと思う。

 今の僕は、夢のことばかりだけど、もっと強さをどう使うべきか、どういう騎士になるべきか……そういったことと真剣に向き合わなければならない気がする。

 今回のことは、それを考える契機になった。

 そして考えれば考えるほどに、迷う気持ちが、定まっていく。

 ……ライカにも話さないとな。

 僕が勝手に決めていいことではないだろう。

 覚悟は決まった。

 明日にでも烽条先輩に返事をしよう――と、そこまで考えた時だった。

 端末に通話が。

 表示された名前は――


 ――叢雲オロチ


『久しぶりだな、ジンヤ』

「師匠……!? お久しぶりです……どうしたんですか?」

『悪いけど、積もる話をあれこれしてる暇はねえ……用件だけ言うぞ?』


 嫌な予感がする。

 何かはわからないが、恐ろしいことが告げられるということだけは確信できた。


『――アンナが、拐われた』


 □ □ □


 師匠から告げられた衝撃の事実。

 そこからは早かった。

 迷ったとはいえ、アンナちゃんのことがなくても心は決まっていたのだ。

 ガーディアンに協力する。

 先輩の頼みがなくとも、僕の方からお願いしたいくらいだ。この件がなければ、僕は勝手に《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》のアジトを探し回っていたかもしれない。

 師匠の持つ情報によれば、ガーディアンが持つアジト候補、そのどこかにアンナちゃんはいるはずとのことだ。

 直接僕がアンナちゃんを助けられるかはわからない。

 しかし、なにもしないという選択だけは、ありえなかった。

 そして。

 ――作戦、当日。


 □ □ □


 騎装都市には、いくつか特色が強くでているエリアがいくつかある。

 代表的なものは、僕も利用した経験が何度かある商業地区。

 そして、現在僕らがいるのは、研究所が多く並ぶ地区だ。

 騎士と魂装者の研究は今も進んでいる。能力を伸ばすための研究、能力を様々なことに役立てるための研究……そういったことが目的の施設が集められたこの地区で、用途不明の施設があるのが発見された。

 《使徒》のアジト候補とされるその施設の前に、数人の騎士が集まっている。


「……そちらは任せて構わないんだな?」

「はい、大丈夫です。ルートに関してはもらった情報は叩き込んできました」


 施設に関しては、ガーディアンの方で調べてあった。

 僕は施設の正面とは別の侵入経路から、突入。

 先輩や他の騎士もそれぞれのルートで施設を探索。

 なるべく一人で先走らないようにと言い含められていた。敵は分散しているとされ、この施設に大勢の騎士がいるということはないらしいが、何が起きるかはわからない。

 敵に遭遇し、強敵ならばすぐに退いて他のガーディアンと合流するようにとも言われていた。


「……では、始めようか!」


 厳かな声で言う烽条先輩。

 作戦開始――これが僕にとって初めて自らの意志で赴いた実戦・・だった。


 □ □ □


 他のガーディアン隊員と別れ、施設の奥を進む。


『……ジンくん、気をつけてね』

「ああ……もちろん」


 既に武装形体となっているライカが霊体化して背後から不安そうな声を漏らす。

 仮想戦闘術式下にある安全の保証された訓練とは訳が違う緊張感。

 そもそも、試合以外での戦いというのがほとんど経験がない。

 不安を振り払うように施設の中を駆け抜け――その場所に行き当たった。

 やたらと大きな扉。

 扉を抜けると、広大な空間。

 実戦形式で魔術を試すための場所だろうか……と周囲を確認していると、そこで部屋の奥から一人の少年が歩いてくるのが見えた。


「ようこそッ! よく来たね、初めましてだね……待ってたよォ……誰だか知らないけど、一番乗りおめでとうッ! さあ、さあさあさあ……それじゃあ始めようかァッ!?」


 両手を広げて、一人で勝手に昂ぶり始める少年。

 ボサボサの青髪、鋭い八重歯が牙のように覗く。狼を思わせる風貌。


「君は、一体……?」


 得体が知れない、というのが第一印象だった。

 並みの騎士では纏えぬ雰囲気から考えて、まず間違いなく強いだろう。


「オレは空噛レイガッ! アンタが来るのを待っていたッ! ……って言いたいところだけどさあ……別に誰でもいいんだ、とにかく強ければ、誰でも……ちょっとストレス溜まっててさぁ……解消したいんだ……なァ、アンタは強いか? ガーディアンなんだよな? 誰かを守るんだよな? だったら強いよなァ!?」


 叫ぶと同時、突然胸元のガンベルトから、銃を引き抜いた。

 発砲。


「――ッ、……なッ!?」


 間髪入れずに横へ跳んで躱した。

 銃の魂装者か、珍しい。そして厄介だ。

 こっちには遠距離攻撃が乏しい……いや。

 手首に仕込んだ棒手裏剣を取り出し投擲。キララさんと戦った時も使った、僕の数少ない遠距離攻撃手段。


 ――しかし。


「ハァ!? なにそれ!? 下らないなァ!」


 再び銃声。棒手裏剣は弾き飛ばされた。


「そんな……狙って当てたのか……!?」

「楽勝だよそんなの……ほら、……ほら、ほらほら、オラオラオラァッ! もっともっと楽しませてみろよォ!」


 段階的に狂気に満ちて、高まっていく叫び声と共に二挺の拳銃が乱射された。

 ジグザグに動きつつ後方へ下がる。銃口を見て狙いを割り出し躱す……ということも可能だが、二挺となると読み切れない。

 今はひたすら動いて当たる可能性を下げるので精一杯だった。

 ――彼と僕は、決定的に相性が悪い……ッ!

 恐らくロングレンジで強い騎士と僕は、相性が最悪だ。

 キララさんも龍上くんも、剣士タイプ……同じ土俵で戦うことが出来たが、彼はまず剣士の土俵で相手をしてすらもらえない。

 ――マズい。

 彼は、僕の……天敵だ。

 撤退するしか……そう考え、広間を出ようとしたが。


「逃がすわけないだろッ!? つれないなァ、ちゃんと楽しませみせろよッ!」


 背後の扉が、凍りついている。

 ……いつの間に。

 凍りついた部分ごと扉を破壊するという手もあるが、その隙に確実にやられる。

 今は隙を作るためにも、とにかく攻撃を躱すしか――そう考えた刹那。


「冗談でしょッ!? これで終わり!? あっけないなァアアアアアッ! もういいや、アンタつまんないからさァァァ! さっさと終われよッ!」


 周囲を取り囲むように大量の氷柱が出現、逃げ場を塞がれた。

 銃口が向けられる。そこから狙いが読める。これは、躱せない。

 ……負けるのか。

 そんな考えが過ぎった。

 その時だった。

 

 □ □ □


 ジンヤの背後から激烈な破砕音が轟き、扉が粉々に砕けて吹っ飛んだ。

 破壊された部分から悠々と部屋の中へ入って来たのは――。


「……そんな、なんで君が……っ!」


 かつて腰まで伸びていた鮮やかなが銀髪は、ばっさりと切られて肩の辺りまでになっている。

 周囲全てを見下すような鋭い視線。

 扉が破壊された際の衝撃で倒れるジンヤを、その冷ややかな視線が射抜いた。

 彼は、深く大きな溜息を一つ。そして、ジンヤから視線を外した。


「ねえアンタ! そいつの仲間!? だったらそいつ助けないとだよなァ!? ほら、アンタもまとめてかかってこいよォッ!」


「…………やかましいぞクソガキ、テメェ如きにやられるようなヤツなんざオレが知るか」


 不機嫌そうな声で返答。


「ふぅ―――ん? ま、楽しめればなんでもいいけどねェッ!」

「御託はいい……邪魔すんなら誰だろうと潰してやるから、さっさと来やがれ」


「アッハハハハ! いいなァ、いいよォ、いいじゃねえかアンタッ! 本当に強そうだッ! 最高に楽しい展開になってきたじゃねえかァァアアアア―――――ッッッ!!!!」


 狂奔に身を任せ哄笑しながら銃を構える。

 対して――


「……ハッ、なに勝手にイカれてやがる。この先テメェに楽しいことなんざ一つもねえよ」


 哄笑するレイガに対し、皮肉げに口元に僅かな笑みを浮かべた男。


 ――龍上巳月が、銀色の刀を構えた。

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