表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第7章
159/164

エピローグ2 最後の任務、その報酬






 私は《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》序列第六位、《シュネー》だ。


思えば、《使徒》はもはやほとんど崩壊していると言ってもいいだろう。

 

 《ピエロ》――罪桐ユウは捕まったみたいだし。

 なんでも相当ヤバいヤツだったみたいだけど……あんなのの声を通話越しとはいえ聞いていたのは背筋が冷える。

 

 《アルブス》と《ベルメリオ》赫世アグニは決裂したらしい。《アルブス》はよくわからないやつだったけど、何があったのだろう。どうでもいいかな、私には興味がないし、関係のないことだ。

 

 《グレイヴ》――屍蝋アンナの獲得には失敗。

 まあ、そこはざまあみろって感じかな。私には関係ない、どうでもいいおっかないヤツらと違って、彼女のことは知ってるし。

 というか、もしも彼女を引き入れることに成功していたらと考えるとぞっとする。

 失敗してくれて本当に良かった……なんて、ずるいかな。最低だな、私は最低の卑怯者だ。

 ……彼女、最近楽しそうでなによりだ。


 残ったのは私と《ヴォルフ》くらいか。

 って言っても、私はなんの戦力にもならないから、実質二人だけかな。

 ……まあ、どうでもいいか。

 私が《使徒》にいるのも成り行きだし、帰属意識も忠誠心も欠片もない。

 私はただ、私の目的のために、最低な組織に所属している、最低な人間だ。


 …………これからどうなるのだろう。

 私の目的は、果たされるのだろうか。


 

 …………ねえ、ユキヤ。

 お姉ちゃんはこれから、どうしたらいいのかな……。



 □








 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》序列第六位、《シュネー》


 その正体は――――黄閃学園一年、龍上キララの魂装者アルムである、氷谷ユキカだ。


 つまりユキカは――《使徒》の内通者だったということになる。









 □

 

 ユキカはずっと思い悩んでいた。

 目的のためとはいえ、キララや他の者達を騙していることを。

 そしていつか、キララ達を苦しめることになることを。

 けれどその『いつか』は、どういうわけかやってこないまま今日まで来てしまった。

 変な言い草になってしまうが、拍子抜けだった。

 いつまで経っても、アグニは何も要求してこない。それならそれで、ユキカにとって好都合でしかないが、このままではいつまで経っても弟の情報をもらえないのではないかという懸念もあった。

 

 ユキカの弟――氷谷ユキヤは、幼い頃に旅行先で行方不明となった。

 行方も、生死もわからない。それでも、生きていると信じて、ユキカはできることをするつもりだった。

 キララの元から離れなかったのは、彼女への好感もあるが、どれだけ極小であろうと彼女が優勝し、騎装都市上層部の力を利用できるのであれば、弟を探すことが可能だと思ったからだ。

 

 だが、都合の良いことに、別の手がかりが転がり込んできた。

 赫世アグニからの接触。《使徒》の一員となり、表立って動けないアグニに代わって、大会に出場する騎士の情報を得ること。

 それがユキヤに与えられた任務。

 報酬は、弟の情報だ。


 

 キララ対ミヅキの試合前――《シュネー》/ユキカは、赫世アグニとこんな会話を通話上で交わしていた。

 




「……とりあえず、お疲れ様」


 迷いながら、ユキカはそう切り出した。正直、どう声をかけていいかわからない。

 アグニがゼキに敗北した直後。これで、アグニが大会に関して立てていたあらゆる計画が一気に破綻した。


「……皮肉か? お前にとっては好都合な結果だろう」

「別に……。これで私が用済みなら、報酬がもらえないほうが都合悪いし……。アンタを応援なんてしてなかったけど……それでも、アンタにもああいうところがあるんだって、意外だったし」


 試合の終盤、アグニは本気で試合に取り組んでいるように見えた。もちろん、必要があれば彼は本気で相手を排除するだろうが――勝ちたいからと泥臭く臨むような面があるとは思ってもみなかった。

彼のことはよく知らないが、目的のためなら非道なことも平然と行う冷酷な人間だと思っていた。

 けれど、試合中の彼は少し違った。

 そういうところは、いつもの仏頂面よりかはマシに見えた。

 不気味で非人間的だと思ってたのに、案外そうでもないらしい。


「無様なところを見せたな……」

「…………全然。あれだけ接戦で、そんなこと思うわけないじゃん」

「……まあいい。俺についての話などする必要がない。お前が聞きたいのは、今後お前がどうなるかだろう」

「……まあ、そうだけど」

「――安心しろ。お前の役目はもうすぐ終わりだ」

「……え?」


 思わず気の抜けた声が出た。

 これまでだって、何もしてこなかったというのに、これで終わり?

 ということは……。




「……じゃあ、報酬もなしってこと?」

「いいや……。お前はただの保険だった。実際に動いてもらう必要性は薄かったんだよ。だが、使う機会がなかったとはいえ、保険をかけていたのは事実だ。それで報酬を踏み倒すつもりはない」

「……、」


 彼はそこまで誠実だったのだろうか。彼のことを理解できているつもりはないが、どうにも怪しい。話がすんなりいきすぎている感覚だ。


「……では、最後の任務だ。それを達成できたら、約束通りお前の求める情報をくれてやる」

「任務、ってのは?」


 やはり、こうなるか。

 さて、どれだけのことを要求されるのか。

 キララの戦いに水を差すようなものであれば、それだけは絶対に断ろうと決めていた。

 弟に会いたいという気持ちは揺るぎないが――だとしても、それでも、ユキカの中でキララの存在は大きくなりすぎていた。


 

「……最後の命令だ。次の試合、悔いを残さぬよう全力で臨むといい」



「…………はぁ?」



 今度は気の抜けた声どころではなかった。本当に、率直に、怪訝そうな声が漏れてしまう。



「アンタ……負けておかしくなっちゃった?」

「……そうかもしれんな。いや、おかしかったのはこれまでも同じだ。ただ、下らない拘りは捨てただけだ。俺は案外、本来はこういうやつだったんだよ」

「ふぅーん……あっそ……。なんか知らないけど……でも……」



 ユキカはアグニのことなど知らない。

 こちらに目的があって、たまたまその目的に必要なものを彼が持っていた。彼はそれを使って、こちらを利用しようとした。そこにあるのは利害関係のみ、ただのビジネス上の関係。

 それでも、こんなふうに思ってしまう。


「知らないけどさ……なんか、今の方がいいんじゃない?」

「俺のことはどうでもいいと言ったはずだ。偶然都合のいい展開になったくらいで絆されるな。所詮俺は、本来お前と関わるべきではない人間だ」

「……ふーん、そう」

 

 素っ気なく頷くユキカ。

 なんだか照れ隠しが回りくどくて鬱陶しいやつだ。

 そういう部分も、これまでの印象とは異なるが、悪い気はしない。


「じゃあ、行ってくるよ……じゃーね、ボス」


 それだけ言って通話を切る。

 そして、彼の命令通りに全力で戦い抜いて――それでも、一歩及ばず彼女の大会はそこで終わった。




 □




 試合後。

 キララはやっと、ジンヤに告白しにいくらしい。正直後をつけて聞いてみたいが、さすがにキララに悪い。どういう告白になるのか、ちゃんと出来るのか甚だ不安だが、今さら自分に出来ることなどない。どうなるにせよ、悔いのないものになって欲しいが。


「……がんばれよ、キララ」


 医務室付近にある誰もいないベンチに一人腰掛け、天井を見つめながらふと呟いてみる。

 終わってしまった。

 負けた。

 自分の目的とは関係なく、大きな喪失感がある。



 しばらくぼんやりとしていると、足音が聞こえてきた。


 そちらへ視線を向けるとそこには――




「よォ……お疲れ。……まあ、教えたことは出来てたよ」


 空噛レイガ。短い間だが、キララの師となってくれていた少年だ。ユキカとも何度か言葉を交わしている。

 ユキカは、ある理由から、彼のことが苦手――というより、どう接していいかわからなかった。決して彼へ嫌悪がある訳ではない。むしろその逆なのだが……。





「うん……でも届かなかった」

「アイツにはオレだって勝ててないからなァ……まあ、次は勝つけどな」

「……っはは、なにそれ。慰めてくれてんの?」


 らしくねー、と吹き出すユキカ。

 不器用だが、それ故に彼なりの真摯さを感じる言葉だった。

 ユキカとレイガは、同じ《使徒》のメンバーではあるが、そもそもユキカはほとんど《使徒》の活動には参加していない。

 それ故に、レイガとしてもユキカに対しての仲間意識は薄い。

 だが、互いの素性は知っているので、一応はキララの前でその関係を隠し通すのには気を使った。

 けれど、どうにも互いに相手に話しづらさを感じているのは、それだけが理由ではない。


「……ン、アグニからだ」

「……私もだ」


 同時に二人に、アグニからの着信。グループ通話のようだ。


『まずは《シュネー》。ご苦労だったな』

「……そりゃどうも」


 やはり彼からそんなことを言われるのはどうにも落ち着かない。

 

 

 

『さて、約束通り報酬の話に移るが……その前に――レイガ。お前は以前から、ある過去の記憶が残っていると言っていたな』

「……そォだけど、なんだよいきなり?」


 レイガには過去の記憶がない。

 彼の記憶は、《終末赫世騎士団》傘下の施設にいるところから始まり、それからずっと様々な施設と戦場を渡り歩いてきた。

 だが、彼にも薄っすらと残っている過去がある。

 明瞭には思い出せないが、女性に怒られているというものだ。それが誰なのかもわからないが、その記憶が理由の一つとなって、彼は人を殺すことをしないと決めている。



 

『その記憶の正体がこれからわかるぞ。……そして《シュネー》。約束通り、情報を告げよう 』



 ――ついに来た。

 と、同時にここまでの話の流れで、ユキカは答えを察していた。

 いいや、ずっと前から、その可能性故の引っかかりはあったのだ。

 ユキカの中に、ずっと疑念はあった。確証はなかったが、今のアグニの話でそれが得られた。



















『お前の弟――氷谷ユキヤは、現在は名前を奪われ、名を変えている。

 

 ……それが今目の前にいる、空噛レイガだよ』











 



「ハァ!? アグニ、なに言って――」


 レイガの声に、返答がないまま通話が切れる。同時、ユキカは端末を手から取りこぼしたのにも構わず、そのままレイガへ駆け寄り……、





「……なッ、オイ、アンタ、なにして……」

「…………別に、いいでしょ」


 ユキカはレイガを、優しく抱きしめていた。







 □






 

「――遅くならないうちに帰ってきなさいよ」


「うるせえなあ、同じことばっか言うなよねーちゃん」




 弟とは、特別仲が良いわけではなかった。生意気でムカつく時の方が多いが、だからこそいつも心配で、小言を口にしてはよく鬱陶しがられていた。


 弟には、少しおかしなところがあった。

 喧嘩する時、いつも笑っているのだ。顔面を殴られようが、笑顔で殴り返す。相手がどれだけ強くも怯まない。そのどこかネジが外れた様子に、周囲からは恐れられていた。

 それでも、ユキカを恐れない――というより、そういった気持ちがあっても、見捨てようとは思わなかった。

 ユキカは弟のことを、信じ続けていた。

 だからだろうか。


 ユキヤはどこか壊れていても、それでも完全に踏み外すことはなかった。

 相手を殴って、相手が泣いても、なにも心が傷まなかった。ムカつくやつを叩き潰すのは心の底から楽しかった。

 それでも、姉が泣いているのを見るのは好きじゃなかった。

 だからユキヤは、どれだけムカつく相手でも、必要以上に痛めつけるようなことだけはしないと決めていた。



 ユキヤ/レイガは、魔術によって記憶を操作されていたが、それでもユキカの記憶が僅かに残っていたのだろう。

 その記憶が、レイガの歪な在り方を生んでいた。

 戦いを楽しみたい。だが、相手は殺したくない。だからレイガは、それに理由をつけて、『自分が相手を殺さないのは、相手がいずれ自分に復讐をしにくるように仕向け、そこで再び戦いを楽しむため』という思想を生み出していたのだ。

 実際に、戦いを楽しむためというのも本音ではあるが――それでも、姉の想い、その残滓が今もレイガを縛っていた。


 

 □



「遅くならないうちに帰ってきなさいって、いつも言ってたでしょ……バカユキヤ」

「……ああ、悪ィ、ねーちゃん……」


 ユキカが涙を溢れさせている。

 それだけで、レイガにかけられた魔術が全て解けて、全ての記憶が戻ることはなかった。

 それでも、確信できた。

 この人が、自分の記憶の中にいた誰かで。

 この人は、本気で自分のことを想っている。

 『ねーちゃん』と。いつか確かにそう、彼女のことを呼んでいたと、なぜだかわかってしまう。

 長い長い別れを埋めるように。

 強く強く、ユキカは弟を抱きしめ続けていた。


 やがて、ぽつりとユキカが呟く。




「……帰ってくる気は、ないの?」


「今のオレは……空噛レイガだ」




 一言で、察してしまう。もしも全ての記憶が戻っても、それでも、彼が戻ってくることはないかもしれない。

 今の名前で、今の居場所で、彼はやるべきことを見つけてしまっている。


「オレはアンタの弟で、そん時は普通に暮らしてたのかもしれないけどさ……そこから無理やり連れ去られてたとしても、アグニのとこにいるって決めたのは、オレの意志なんだ」

「……そっか……」



 いつもどおりのクールな調子で言葉を紡ごうとしても、どうしても涙声になってしまうユキカ。


「……ちゃんと、ご飯食べてるの? どうせ、無茶ばっかりしてるんでしょ?」

「……うるせえなあ……」


 図星であった。

 つい最近も、脚の骨が折られたまま、それを氷で補強して這いずり、ムカつく相手の頭を撃ち抜いたところだ。

 戦いのために無茶をするのは、レイガにとって当たり前のことだ。


「今はわかんないけど、やりたいことが終わって、気が向いたら、そのうちな……」

「……遅くならないうちに、帰ってきなさいよ」

「……あァ……。ねーちゃんも、頑張れよ。タツガミにも、よろしくな。アンタら、見込みあるよ。面白い騎士と魂装者アルムになる……づっ、いででで……ハァ!?」


 ユキカが突然、レイガの頬を思いっきりつねった。


「……アンタ、前からそうだけど、生意気……」


 レイガに弟としての記憶はないが、ユキカは全て覚えているのだ。久しぶりに会った弟が生意気になっていれば、頭にくるのは当然だ。


「……ったく、なんだよ……、感動の再会みたいなノリ終わりかよ」


 レイガがユキカを押しのけて、引き剥がす。


「……今度こそ。……じゃーな、《シュネー》」


「……嫌だよ、私。《ヴォルフ》とか呼ばないから。《使徒アンタら》の感じに付き合う気ないし。……じゃーね、レイガ」


 

 

 ユキヤではなく。

 《ヴォルフ》でもなく。

 レイガと。

 彼が今はそうやって生きていると言ったのだ。

 認めるつもりはないが、今すぐにどうにか出来る訳でもない。

 それでも今は、彼とは『空噛レイガ』として接しようと決めた。

 彼は弟ではなく、ただの元同僚だ。

 

 こうして。

 氷谷ユキカの大会は終わって。彼女の願いは、完全には叶わなかった。

 弟がすんなりと戻ってくることはなかった。

 それでも。それでもユキカは、この結果の全てが不満ではない。

 

 生きている。

 それがわかっただけでも、大きな進歩だ。


 それだけで、本当に救われた。

 それだけで、生きていける。


 キララが自身の想いに決着をつけているその裏で。

 ユキカもまた、この大会を戦い抜いた先に、一つの結末を得ていた。


 ユキカは誓う。

 今すぐには届かなくても。

 それでも、いつか必ず、弟を……。




「……大丈夫。お姉ちゃん、アンタに心配かけさせられるのなんて、慣れてるんだから」




 別れがほんの少し、長引くだけ。


 いつか訪れる姉弟の再会を想って、ユキカは再び歩き出した。


  





 


答え合わせ


《シュネー》=ドイツ語で雪 →ユキカ


ユキカの武装名 → 《ヴァナルガンド》(フェンリルの別名。2巻で一瞬出ただけだが)

レイガの時間停止術式の名前 → 《グレイプニル》(フェンリルを縛った鎖の名前)


フェンリル繋がりは姉弟である伏線でした、という。


ちなみにキララの《開幕》の名前が《細氷よ舞い踊れヴァナルガンド光柱よ我を照らせローゲグランツ》で、フェンリル由来なのも、ユキカから。


さらに余談。

光柱っていうのは、細氷(ダイヤモンドダスト)によって起きる大気光学現象で(詳しくはぐぐって)、ユキカと共に歩むことで、キララが『光』に手が届いた、って意味も込められている《開幕》名だったり。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ