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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第7章
158/164

エピローグ 夏が終わっても




 彼女の戦いは終わった。

 彼女の挑戦は、道半ばで敗北という結末で終わった。

 

 彼女の夏は、終わった。

 では、彼女の恋は――――。




 □




 

 ――「……ガラじゃねえが……、もう一度、背負ってやるよ。オレはもう、誰にも負けねえ」

 ――「…………うん……がんばって……お兄ちゃん…………」


 

 激闘の末に決着を迎えたキララ対ミヅキの試合。

 試合後、キララが運ばれた医務室にて。



「…………まだ……、まだ、こんなところじゃ――!」


 そう叫びながら、キララが飛び起きた。

 そして、気づく。

 周囲を見渡す。あるのは整然と並ぶ清潔感のあるベッドに、自分の体をモニタリングする機器。観客に囲まれたリングの上ではない。

 眼前に龍上ミヅキはいない。


 ――――ああ、そうだ……アタシ、負けたんだった……。


 倒れた後に見た夢の中でまで、戦い続けていた。

まだ現実を受け止めきれていないようだ。



「夢の中での戦いはどうだったんだ。勝っていたかい?」


すぐ側に座っていた女性が優しく微笑みながらそう問いかけてきた。

 深い海のような藍色の髪をポニーテールにした女性――キララの敬愛する先輩、雨谷ヤクモだ。


「……ボコボコにされてました。……現実と一緒ッスね……」



 ……へへっ、と何かを誤魔化すように笑うキララ。


「……まずはお疲れ様。……素直に受け取れるかはわからないが、それでも言わせてくれ。……本当に、良い試合だった」

「……ありがとうございます。……はぁ~……何回かマジで勝てると思った時はあったんですよね~……やっぱ強ぇなあ、兄貴……」

「ああ、やはり――……いいや、強くなったな、あの男は……」

 

 じわじわと間合いを測るような、そんな会話。

 気を使ってくれているのはわかる。

 しかし、キララにはそれが焦れったかった。


「…………、先輩、どしたんスか……? なんか言いたいことあります?」

「……言いたいことがあるのはキミの方だろう、キララ」

「……え?」

「……いいのか。のんびりしていると次の試合が始まるぞ?」

「や、だからなんのことスか――」


「――――ジンヤに、想いを伝えなくていいのかと聞いているんだ」


「……うぇ、えええっ!?」


 素っ頓狂な声が出てしまう。

 なぜ今。

 なぜこんなタイミングで。

 なぜ、そんな話が……とキララは混乱した。

 

 というか、『想いを伝える』とは、具体的には……。


「どうした、変な声を出して」

「いやいや、想いをって……、今スか? 今、コクれと……?」

「ではいつだ? 明日か?」

「いや……いやいや、だから、それは……ちゃんと、自分を誇れる騎士になった時、とか……」

「またそれか。……キララ。キミは『自分を誇れる騎士』の定義を、具体的に『ジンヤに勝てたら』と設定していたようだが……。申し訳ないが言うぞ、ハードル高すぎないか?」

「うぐ……っ! わ、わかってますけど……!! このハードル高いな~高いから下げちゃおとかって話じゃなくないですかこれ!? 体育の授業じゃないんスよ!?」

「……志は立派だがな。キミはそれを……。それに、キミはもう……。いいや言うまい」

「……?」

 

 何か言葉を躊躇ったヤクモ。


「……そうだな……、ここは――……」


 そう言ってヤクモは、キララにあることを提案してきた。


 □


「なあ、ジンヤ……今のキララちゃん……どう見るよ」


 試合後。

 ハヤテはそんなことを切り出した。


「……そうだね……」


 ジンヤは少し考え込んでから、


「あの技の豊富さ、策の張り方は恐ろしいけど……。魔術でやれることの多さを除けば、僕と似てるタイプだからね。結局は騙し合い、斬り合いの勝負になるのかな……ああ、そこだけは、誰にも譲りたくないな」

「……あー、いや……」

「……あれっ? え? なんかおかしなこと言った? 何か見落としてた……?」

「そうじゃねえよ……」


(――キララちゃんが《開幕ライトアウト》しちまってどう思う? って意味で聞いたんだっての……。……まあいいか、今は。……っつーか……こいつ……)


 ジンヤの今の言葉が含む意味を想い、ハヤテは嬉しそうに笑った。

 悔しいとか、焦るとか、自分はいつになったら……とか色々あるだろうと思ったのだ。

 少なくとも、自分はあった。

 それなのに、本当に彼というやつは。


「っつーか……『そこだけは譲りたくない』、ね……ずいぶんと強く言うんだな」

「? そりゃそうでしょ。剣で負ける僕は終わりだよ。炭酸が抜けた上にぬるくなったサイダーだよ、まずめの水」

「……」

 

 なぜか無言で肩を殴られた。

 ジンヤも物凄く軽くハヤテの肩を殴り返す。

 こういうコミュニケーションはよくわからないし苦手だったが、ハヤテ相手なら気軽にできる。流石に気持ち悪がられそうなので墓まで持っていく秘密だが。


「……はあ。お前な……」

「??」

「……っはは。まあいいさ。なんたってオレの弟子でもあるわけだからな」


 一瞬呆れた顔を見せるも、すぐに吹き出してみせるハヤテ。


「? なんだよハヤテ。もったいぶるなよ」


 口を尖らせるジンヤ。

 彼がこうやってダイレクトに不満を見せるのは、そうあることではないが、ハヤテ相手に限ればそうでもない。


 ジンヤの追求をハヤテがへらへらとかわしていると、そこへ――


「ジンヤ、ちょっと来い」

「クモ姉、どうしたの?」

「いいから来い。キララが呼んでる。行け」


 謎の圧があった。詳細を省いた端的な言葉。端的すぎて怖い。


「え? というかキララさん、大丈夫なの……?」

「本人に聞け。ほら、行け」


 有無を言わさぬ圧に負け、ジンヤはキララのもとへ向かう。


 □


(なんだったんだクモ姉……怖い顔してたと思ったら、最後なんかニヤニヤしてたし……)


 首を傾げつつも、ジンヤはヤクモに言われた通りの場所へ向かう。

 競技場を出てすぐのところで、キララが待っていた。


「キララさん……、もう大丈夫なの?」

「う、うん、へーき、……だよ……?」


 短い言葉だったが、なぜかつっかえながらのキララに、ジンヤは僅かに首を傾げる。

 

「……ほんとに平気?」

「ほんとだって。……ほら、見て、へーきへーき、キレーな顔してるっしょ?」

「うん、綺麗だ」

「ひゃぇ!?」

「…………あ!? え!? 戦いの後だけど綺麗な顔してるってことで、あっ、でもキララさんの顔はそりゃ常に綺麗だとは思うけど!? え!? そういう意味だったよね!?」

「え!? うん。え!? 常に!?」

「え!? うん!」

「え!? ありがとう!?」


 バカな二人だった。

 互いに顔を真っ赤にするジンヤとキララ。褒めなれてないジンヤと、褒められなれてないキララが、軽率な事故で互いに死んだ。


「……ま、まあ……たぶんだけど、兄貴も顔とか狙わなかったんだと思う。たまたまそれで勝てたからだし、狙わないと勝てないってんなら顔面だろうがぶん殴ってきそうだけどさ……」


 ミヅキが優しいという話なのか、怖いという話なのか、よくわからないことを口にするキララ。

 それでも今は少しだけ兄に感謝していた。見るも無残な顔になっていたら、さすがにこうしてバカなやり取りは出来てない。

 いや、気持ち的にはやはりこんなことを話せる気分ではなかったはずなのだが、それでもジンヤに褒められてしまうと嬉しくなってしまうものだ。


「……試合……その……、」


 そこで、ジンヤは言葉を紡ごうとして躊躇った。


 ――敗者にかける言葉は、簡単には見つからない。



 惜しかったね――だからどうした。負けは負けだ。

 頑張ったね――それがなんだ。戦いは気持ちを競うものではない。

 悔しかったね――そんなことは、当人が一番わかっている。

 次にまた頑張ろう――簡単に『今』を捨てて『次』にいく者は、次もまた同じ繰り返しなのではないか。

 当たり障りのない定型は、この場においてはなんの価値もない。

 

 ジンヤが思案していると、そこでキララが「あっ」と声を上げた。


「ねえ……ジンジン、ちょっと来て」


 二人で少しだけ歩いて辿り着いた先は――なんの変哲もない、競技場の前にあるバス停だ。

 バス停が、どうかしたのだろうか。

 

「ジンジン、そこ立って。……ここから降りてきたとして……、こう……こんな感じだっけな」


 なにやら立ち位置を支持される。

 なにが始まるのだろうか。

 キララさんがぴょんとバス停の前でジャンプした。そして、こちらを見ると、わざとらしく目を丸くして――、


「『うわっ、なにアンタ、汗まみれじゃん』――へへ……こんな感じだったっけなあ」


 一瞬、意図を掴みあぐね固まってしまう。

 そして。

 気づいた。


「ああ、そうか……初めて会った時の!」


 ――四月頃。ジンヤが黄閃学園の入学式へ向かっている途中での一幕だ。

 覚えばあの何気ない、しかしジンヤにとっては少しばかり驚くべきやり取りが、キララとの関係の始まりだった。


「お、そうそう、よく覚えてるじゃん!」

「地味に衝撃的だったからね……、騎装都市の子ってみんなこうなのかと思ったけど、さすがにそれはなかった」

「あははっ、んなこと考えてたの? あーあ~……あの頃のジンジン、今よりもうちょい可愛げがあったんだけどな。アタシのびぼーに見とれてキョドってたし」

「う……、それは……」

「否定しないんだあ~!?」

「べ、別に、しないよ」

「あう……っ」

「え、えと……」


 また二人して赤くなる。

 バカな二人だった。


「まさかあの頃はこんなことになるとは思わなかったなあ、マジで……」


 しみじみと呟く。

 『こんなこと』には、本当に様々な意味が込められていた。

 

 ジンヤを好きになったこと。

 ジンヤに負けて、彼を倒すために、彼のような騎士になるために、あれだけ否定してきた努力に必死で励んだこと。

 ヤクモが敬愛する先輩になったこと。

 あの時点で格上だったヒメナとの激闘。

 気に食わない相手だったオウカとの戦いの末に、今では二人してジンヤの気を引くために奔走する仲になってしまったこと。

 ずっとずっと、こちらに目もくれないと思っていた兄が、自分を強敵として認めてくれたこと。


「なーんか……夢みたいだなあ。キツいこともあったけど……それでも、アタシの人生で、絶対、一番楽しい時期だった」

「夢じゃないさ。キララさんが頑張った結果の、現実だよ」

「へへぇ……そうかなあ」


 頑張った、と好きな人に言われてしまうと、やっぱり頬が緩んでしまう。


「ねえ、ジンヤ」

「……なにかな」

「……アタシと、シたい?」

「えっ……!?」

「あっ、はははは……! ダッサ! やっぱ引っかかった!」

「なんだよう……、いきなりそんな……、そんな変なからかいするような雰囲気じゃないと思ったんだけどな」


「ごめんごめん……じゃ、ホントに聞きたかったこと、聞くね?」


「うん?」









「……今のアタシと、戦いたい?」




「……うん、もちろん、全力で」









 

 ――ああ、そうか……。


 そこでジンヤは気づいた。


 ――「あの技の豊富さ、策の張り方は恐ろしいけど……。魔術でやれることの多さを除けば、僕と似てるタイプだからね。結局は騙し合い、斬り合いの勝負になるのかな……ああ、そこだけは、誰にも譲りたくないな」

 

 ――「っつーか……『そこだけは譲りたくない』、ね……ずいぶんと強く言うんだな」

 

 

(……もう僕は、本気でキララさんを対等な敵と認めてるんだ)


 頭の中で、本気で倒す方法を考えていた。

 譲りたくない、と言葉を強めたのは、ともすれば負けるかもしれないと恐れたからだ。

 キララに失礼ではあるが、素直に驚いている。


 ――いつの間にか、キララはジンヤの中でハヤテ等のライバル達と同格になっていたのだ。

 


「……ほんと? ほんとにアタシと、本気で戦いたい?」

「本当だよ。僕はこういうことは偽らないようにしてる」

「……そっかあ……へへ、えへへ……」

「……き、キララさん?」

「――ねえ、ジンヤ」


「……うん?」


「ずっと言おうと思ってたことがあるんだ。ジンヤに、ちゃんと騎士として認めてもえたら言おうと思ってた。自分を誇れる騎士になったら、言おうと思ってた。……本当は、まだ、アタシ的にダメなんだけど……でも、ちょっと、フライング」




 唐突に、彼女の声音が変わったような気がした。


 そして、彼女は小さく息を吸い込んでから、












「――――大好き」










「……え?」





 瞬間、二人の間に沈黙が。

 静寂に、蝉の声が割り込んでくる。夏の音。それから、心臓の音。夕焼け。暑さとは違う理由で、汗が流れる。風が吹いて、彼女の真っ赤な髪を揺らす。それでも彼女の真剣な表情は少しも揺らがなくて。



 彼女の言葉に、少しも嘘がないと、冗談でもなんでもないという本気が伝わってきて。





「…………戦うのが、ね。アタシ、騎士として戦うのが、いつの間にか大好きになってた」




「な、なんだ……戦うのが……」


 

 大好き――戦うのが。そういうことか、と一息つくジンヤ。


 別の意味に取ってしまいそうになっていた。

 彼女は今、自分に対して――。


 なんてジンヤが思考をしようとした刹那、


 それをばっさりと切り裂くように、


 キララが言葉を続けて、



















「……なーんて。バカだなあ、こんなとこでスカすわけないじゃん」


「――っ」


 さすがに、鈍いジンヤでも気がついていた。














「――大好きなのは、ジンヤ。

 ……もちろん、戦うのも好きになったよ? 

 でもそれより今言いたいことは――アタシをこんなふうにしたアンタのことを……アタシは大好きだってこと」

 


 誤魔化しもなく、逃げ道を潰すような告白。













 

 ――ジンヤは答えなくてはならない。

 アンナの時は、はっきり言って『逃げ』が入っていた。

 アンナの叫びは、ライカと一緒に受け止めたものだったし、彼女への答えも、『妹弟子』という落とし所を見つけた。

 それは、最初からアンナが過激なまでに愛を叫んでいたから。

 それならば、鈍いジンヤだって、心構えができた状態で臨める。


 だが、今は違う。

 不意打ちだった。

 ……正直、キララが自分がどう思っているのか、考えたこともない――とまではいかない。

 好ましい想いがあるとして、それがどこまでのものなのか、どういう種類のものなのかまで、ジンヤにはわからなかった。

 ――そして、きっと。

 これは無意識にだが……。

 キララを、侮っていたのだろう。

 そもそもキララの好意の有無はさておき、程度も種類すら判別がついていなかった。

 同時に高を括っていたのだ。

 まだその想いは、伝えるような段階ではないだろう――と。もちろん、無意識に。しかしそれ故に、少し残酷に。

 キララのことを、その程度にしか考えていなかったのだ。

 仕方のないことだ。

 キララはもちろん、ジンヤだって、恋愛なんて下手くそなのだから。

 いくらジンヤがライカと付き合おうが、それはただ『付き合う』ことへの考えが少し深まるだけ。

 『付き合ってから』の経験がいくらあろうが、『付き合うまで』の経験なんてほとんどないのだ。

 なにせジンヤは長い間、あまりモテなかった。

 小学生時代は、ライカの後ろにいるウジウジした弱虫。

 中学生時代は、ハヤテの後ろにいるよくわからんやつ。

 周囲の彼への印象は、そんな程度。

 今までの振る舞いから分かる通り、彼の自己評価は非常に低い。

 それで度々ライカやハヤテの本気の怒りを買っているが、それでも治らないのだから筋金入りだろう。

 

 彼は今、こんなことを考えている。

 『どうして僕なんかのことを』『この告白を断るのは、ライカというものがある以上必然ではあるが、自分のようなやつの言葉でキララを傷つけてしまうのは嫌だ』――と、このように。

 キララが聞けば、さぞ激怒するような思考をした。

 ――だが。

 そういう考えが、キララに失礼なことくらいは、彼だってわかっていた。

 照れくさくてしょうがないが、今ここで自分を卑下するのは、キララが好きだと口にしたモノを貶めることになる。

 だから。






「……ありがとう、キララさん。……キララさんは、きっとまだ自分の中の基準では、自分を認めてないのかもしれないけど……でも、誰がなんと言おうが、キミは僕の誇りだよ」







「~~~~っっっっ…………!!!」


 十分すぎるくらい、報われた。キララは心の中でそんなふうに勝手な結論を出していたが、ジンヤの言葉はまだ続く。


「……前にも言ったよね。もし、僕の存在がキララさんの助けになっているのなら嬉しい。でも、キララさんだって、ずっと僕の助けになってるんだ」


 

 ――「キララさんッ! 僕は、嬉しかったんだ、キララさんがここまで強くなっていて! クモ姉に聞いたッ! 僕を目指してることを! 嬉しかったんだ! こんな僕が、誰かの目標になれるなんて! 待ってるから、僕は、絶対、誰にも負けないからッ! だからッッ!」

 

 一回戦、キララ対ヒメナの試合で、ジンヤが叫んだ通りだ。


 ジンヤはいつだって、誰かに憧れて、誰かの背中を追いかけて走り続けてきた。

 その彼が、自分の後ろで誰かが走っていることに、どれだけ救われるか。

 ジンヤがキララの頑張りを見る度に、どれ程嬉しかったのかを、キララは知らない。


 

 ――「水村だって、爛漫院オウカだってそうだけど……アタシだってそうだよ! アタシは《主人公》なんてわけのわからないものじゃなくて、刃堂ジンヤに憧れた! 

 アタシだって、《主人公》じゃないよ! そんなの知らないけど……でもさ、どうでもいいじゃんそんなこと! 知ったこっちゃないじゃん! ジンヤが諦めたら、アタシはどうしたらいいわけ? そりゃジンヤに頼りっきりじゃダメだけどさ……それでも、憧れを抱かせた責任は取ってよ! 才能がなくても、《主人公》じゃなくてもやれるってとこ見せてよ!」


 罪桐キルに追い詰められた時のことを、キララは記憶できていない。


 だからそのことに対する感謝を伝えても、キララには理解できないが、それでも。ジンヤは一方的に、それに対する強い想いを抱いている。

 キララがいなければ、もう折れていたかもしれない。

 《主人公》を倒すなんて、できなかったかもしれない。

 あの時、《主人公》を超えられた力はなんだったのか。

 《法則》なんてもののことはわからない。

 だが、ジンヤはこう考えていた。


 

 ――「僕がどれだけ才能にも、使命にも、恵まれていなかったとしても……出会いにだけは、恵まれていた」


 

 キララとの出会いは、なにも劇的なことではなかった。

 ありふれた、平凡な、下らないものだったのかもしれない。少なくとも、《法則》にとっては。二人の出会いで、世界の運命は変わらない。二人の出会いがきっかけで、世界が救われることはない。


 ――それでも確かに、二人は出会って。

 ――それでも確かに、二人は互いに、救われた。


 






 キララはジンヤにとって、かけがえのない存在になっていた。


 だが、それでも……。






「……でも、ごめん。僕にはもう、魂に誓った相手がいる」


「……うん。知ってるよ」







 へへっ……と強がって笑ってみる。

 そうだ、わかっていたことだ。

 最初から、わかりきっていた。

 可能性は、万に一つもなかった。

 これはただの、儀式みたいなもの。

 言わないで逃げるのは臆病だし、きっかけを逃せばもう言えなくなるから。

 だから、答えなんてどうでもよくて。

 結果なんて求めてなくて。

 ただ伝えることだけが大切で。

 この想いが何か実を結ぶことなんて、絶対に必要なくて、望んですらいなくて。

 それを望むこと自体が不純で、卑怯で、汚くて……。

 彼らの――ジンヤとライカの愛に対して、失礼で……。


 

 ――――本当に?



 本当に、そんなこと想っていたか?

 本当に、完全に諦めていたか?

 恋した相手と結ばれることを一切望まないなどということが、可能だったか?





「うん……へへ……そりゃね、そうだよね……。だから……これは、ケジメみたいなもんだからさ。気にしなくて……、ジンジンも、これまで通り、友達としてっていうか、さ……あれ……あれ……?」



 ――本当に?

 ――本当に?

 ――本当に?









「……なんでよぉ、もお……、これじゃ、かっこよく終われないじゃんかあ……」





 

 その言葉は、湿っぽく震えていて。

 気がつけば、拭っても拭っても、大粒の涙が溢れて止まらなくなっていた。






「……キララさん」

「……うっ……、ぐぅ……な、に……うぅ……」

「……僕に、できることあるかな」

「……ごめん、ちょっと泣かせて」

「……うん、いいよ」








 刹那、キララはジンヤに抱きついて――



「……うううぁぁ……あああ………………、勝ちたかった……! 兄貴に、勝ちたかった! 頑張ったから、それでよかったなんて、納得なんて、全然できない……! もっとユッキーと一緒に戦いたかった……! ジンヤと、決勝で戦いたかった……! それで……それで、ジンヤと戦って! ジンヤに勝って! ライちゃんから、ジンヤのこと奪ってやるって、本気で思ってた! 本気で、そう願ってた……! なんにも……、なんにも叶わなかったよぉ……!」




「……なんにもなんてこと、ないと思うけど」









「でもっ……でもぉ、アタシは……ジンヤのところへ辿り着かなくちゃいけなかったの……っっっ!!」


 涙声のまま、理不尽に怒られた。

 散々、『負けたけど得たもの』の話をしておいて。

 結局キララは欲張りで、確かに得たものもあったが、結局は負けた以上、こぼれ落ちた願い、数えきれない程あって。


「勝ちたかった……っっっ!!! 勝ちたかったよぉ…………っっ!」

「うん……うん……」


 ただ、頷きながら、優しくキララの頭を撫でるジンヤ。




「……ほんとだから! 兄貴に負けたことのが、ジンヤにフラれたことの一億倍悔しいから!!!!!! マジだからね!!!!???」


「……っはは……それは……なんだか、悔しい、かな……?」




「ほんとに!? 悔しい!? アタシのこと好きなんじゃない!?」


「……うん、好きだよ」


「…………アタシも」


 そう言って。









 不意に、キララはジンヤに口づけをした。






 ただし、頬にではあるが。




「――――っっっっ!!!!!!!???????」



 驚愕してジンヤが飛び退く直前――カシャっと音がして、その瞬間をキララは端末で撮影していた。



「…………え、えッッッ!? なにしてっ!? 泣いてたんじゃないの!?」







「……にひひぃ……撮っちゃったぁ……浮気ちゅーしてるとこ♡」



 そう言って、涙を流したまま、いやらしい笑みを浮かべて、たった今撮影した画像が表示された端末を見せつけてくるキララ。





「……ジンヤが大好きなのもホント。兄貴に負けたことのが、ジンヤにフラれたことより一億倍悔しいのもホント。泣いてたのもホント。ぜーんぶホント、ガチガチのガチ! ……だから、しばらくこれ見てニヤニヤしてるね。……えへへ、いいのが撮れた♡」


 涙を拭きつつ、唇をすぼめて端末に向かってキスをする真似をするキララ。




「調子いいなあ……」


「ずっと泣かれたりうじうじされるよりいいっしょ? ……アタシさあ、アンナちゃんのフラれても全然めげないとこ、わりと尊敬してるんだよね……そういうことだから、アタシもその感じリスペクトしていくんで、よろしくー♡」


「うう…………お手柔らかに…………」




 

 ――龍上キララの夏は終わった。

 三回戦敗退。これが結果。

 彼女の大会は、ここで終わり。

 


 ――だが、それでも。




(……やっと言えた。でも、まだそれだけ。少しはなりたいアタシに近づけたし、誇れる騎士になれたって言えるかもしれないけど……でも、アタシはまだ全然満足してない……)




「……それ、ライカに見せないよね?」

「どぉ~~~かな~~~~~~~!?」

「……アンナちゃんには……」

「それはたぶんやめとく、アタシもまだ死にたくない」


 言いながら、自分で笑みを零してしまうキララ。

 







 ――――夏が終わっても。







(――アタシはまだまだ、これからだ)







 夏が終わっても。


 彼女の恋も。

 彼女の青春も。


 終わらないどころか、これからもずっと暴走気味に、続いていく。



 







 

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