第8話 輝きの果てに
「――さあ、こっからが本番だよ、兄貴」
「――――面白ェ。ちょうど今、《開幕》を斬ってみたかったところだ」
Bランクでありながら、《開幕》に至った龍上キララ。
《法則》を把握する者達が驚愕する中で、《法則》についての知識を持ちながら、一切の動揺を見せない龍上ミヅキ。
兄妹の戦いはここに最終局面を迎える。
駆け出した両者は、再び二刀を交え始めた。
響く硬質な激突音。
これまでの通りならば、正面からぶつかればミヅキが勝るはずだが――
「動きが格段に違ぇな……ッ!」
ハヤテは握った拳の中に、じんわりと汗が滲んでいくのを感じた。
当然、夏の暑さのせいだけではない。
「やっぱり、基本的なステータスが上がってるみたいだね……!」
ジンヤは冷静に分析を口にしつつも、その言葉には僅かに高揚が交じる。
やはりキララは《開幕》に至っている。
それにより、出力が上昇しているのだろう。であれば、一撃一撃に乗せる魔力も高まり、応じるミヅキは、先刻までと同じようにはいかない。
「……まずいところがあるとすれば、キララは自分の《開幕》、どーゆーのなのか、どこまでわかってるのか、かな……」
屍蝋アンナは、彼女だからこその視点で状況を見ていた。
二回戦、ジンヤとの戦いで彼女は《開幕》を扱いジンヤを追い詰めたものの、持続時間への意識が甘かったことが敗北へ繋がった。
この大会で残った者達には、もはや勝負は『《開幕》に到れるか』ではなく、どこまで《開幕》を上手く使いこなせるかという段階だ。
事前に自分が扱えることを認識していたアンナでさえ、あのような事態に陥ってしまったのだ。
キララは戦いの組み立てに、《開幕》を入れてはいなかったはず。
それに、ここで到達したはいいが、彼女はどのような能力を思い描いていたのだろうか?
イメージはあったのか。
そのイメージは、ミヅキに通用するものなのか。
不安材料は、あまりにも多い。
――だが、それでも……。
(できなかったら負けてたんだから……。どうせできちゃったなら、このまま勝っちゃいなよ……キララ)
アンナにとって、キララは恋敵だ。
それでも。
いや、だからこそ。
大好きな人のためなら、どこまでも頑張れる――その気持は痛い程わかるから。
アンナは恋敵への敵意と敬意を両立させてしまえる。だから今は、強く強く、キララの勝利を願う。
□
「剣戟を仕掛けるか……」
驚いていたのも束の間、トキヤはすぐに戦いの行く末に意識を戻した。
現状、すぐにわかったのはセイハのような大掛かりさはない。世界創造系ではないだろう。
使用直後に何か大技を使った様子もないので、ゼキのような持続時間が短い術式強化系の線も消えるはず。
武装には変化がない。ならばトキヤ自身と同じ、武装強化系もない。
となれば、アンナのような能力強化系。
――ここで次なる疑問が出てくる。
キララは《火》と《氷》を扱える。
では、どちらをどのように強化したのだろうか?
「近接に拘るってことは、近接での戦いに有利な能力か?」
「……いいえ、よく見なさい」
フユヒメがそれに気づくことが出来たのは、今のキララが自身とよく似た戦法を取っているからだ。
既にいくつかフユヒメがよく扱う技を模倣していたように、その技を、そして技の『当て方』までしっかりと研究したのだろう。
(でも、本当にそこが……)
フユヒメの中で小さな疑問が生じた時。
「……そういうことかっ!」
トキヤがフユヒメが先刻言っていたことに気づいた。
リング上で切り結ぶ二人の遥か上。そこに仕掛けられた巨大な魔法陣。
つまり、今仕掛けている斬り合いは囮か。
「なるほど……。フユヒメがよく使う手ではあるな」
術式発動までに時間がかかる大技。
時間稼ぎのために、相手を釘付けにしておく必要があるが、そもそも強力な術式構築には集中力を要し、魔力も消費する。
魔力を消費しながら並行して別の動作を行うだけでも困難であるはずなのに、その上でミヅキと互角でいられるのだ。
剣戟で消費する魔力と集中力も凄まじいものだろう。
そもそも、片手間の剣でミヅキを抑えている時点で、これまでの彼女からは考えられない領域にいる。
「大きく化けたな、龍上キララ……」
ベスト8の中で、明確に一歩も二歩も劣る存在だと思っていた。
だが、もはやAランクに見劣りしないステータスに、恐らくは刃堂ジンヤから吸収している技量と思考力。
騎士の成長スピードはそれぞれ異なる。そこに《開幕》なども考慮すれば、さらに変化が読みにくいだろう。
『どれだけ成長できるか』だって、実力の内だ。
そこに限れば、龍上キララは今大会トップと言ってもいいだろう。
「本当に、食っちまうのか……?」
自分で考えるの変ではあるが、トキヤ自身とジンヤでは、前評判ならトキヤのが上だったはずだ。
ゼキ対アグニにおいても、能力だけ見ればアグニが格上に見えた。
それでも勝負はわからないのだ。
であれば充分有り得るだろう。キララの『成長』が、このままミヅキを飲み込んでしまうことも。
□
「――――《蒼星天墜》」
キララが大きく飛び退いて距離を取ると同時――頭上から巨大な氷塊が飛来する。
本家であるフユヒメには流石に劣るものの、それでも当たればそれだけで仕留められる威力を備えた隕石の如き氷塊が、ミヅキに迫る。
「――……チッ、」
舌打ちするミヅキ。その視線は頭上――ではなく、足元に。
なぜならば――。
「あれは……私との戦いの時と同じ……!」
爛漫院オウカは、キララが仕掛けていた罠に気づいた。
試合開始直後から、序盤の間ずっとキララが続けていたことは何か。
《氷》による攻撃。
そう、それによって試合開始時にミヅキが立っていた周囲には大量の氷が溶けた水溜りが残っていた。
オウカ対キララの際も、キララはオウカへ放った氷により出来た水溜りを再利用していた。
キララは《開幕》後の剣戟で、少しずつそちらの方向へミヅキを誘導していたのだ。
一度目のジンヤ対アンナの際に、建物で出来る影によって、アンナの影が使えなくなる位置へ誘い込んだ手法に近いか。キララはこの戦いについても、ジンヤとアンナから話を聞いている。
後ろへ下がれば水の溜まった地点に足を踏み入れ、凍らされる。
前方の場合、動きが読まれる。前進に攻撃を合わせられるだろう。
では、左右ならば。前後よりはマシだろうが、どちらにせよ動きを読まれ、攻撃を合わせられるはず。
そもそも、剣戟による位置誘導と、水溜りによる逃げ場を封じる罠――ここまでやっているのだ。これで終わりとも思えない。
『避ける』という発想自体が、未だキララの敷いたレールの上に思える。
それならば――――、
「――――《雷竜災牙・尾撃》」
ミヅキは二刀から一刀へ戻すと、刀を高く掲げ、一気に振り下ろした。
ただ振り下ろすだけでは、当然氷塊には届かない。
ただ雷撃を放ったところで、多少表面を削る程度になってしまうだろう。
ならば、どうするか。
単純だ――――斬ればいい。
《尾撃》。
その技の術理は、極めて単純。
高速換装により、刀を伸ばしながら斬る。ただそれだけだ。
既に夜天セイバが同様のことを、二回戦のトキヤとの試合でやっている。
高速換装自体が高度な技であり、さらにそれを攻撃に応用することで難度は跳ね上がる。
高速換装を攻撃へ応用することには、高いリスクが生じる。
武装の形状を変化させている最中は、魂装者へ魔力を行き渡らせることが難しくなる。
魂装者が高い強度を誇るのは、魔力を通していればこそだ。
つまり、高速換装は、魂装者が損壊するリスクが非常に高い技なのだ。
アグニやユウヒが、この技を使っていないのも、恐らくそれが関係しているだろう。彼らは魂装者が壊れるリスクを恐れていた。
魂装者の形状操作と、魔力操作。異なることを同時に成すためには、膨大な訓練が必要となるだろう。
――だが、ミヅキには。いいや、ミヅキとめるくには、それが出来る。
なぜならば、めるくは通常の武装形態が、蛇腹剣という形状であり、さらに能力である《金属操作》によって、普段から形状を変化させることになれている。
故に、めるくにとって《高速換装》という高等技術が、普段からやっていることの延長でしかないのだ。
それに彼女は、元から魂装者としての技量がずば抜けている。
めるくは蛇腹剣と手甲という、まったく別々の形態に同時に変化しているが、これも並みの魂装者には不可能な技術だ。
一瞬で長大な射程へと変じる魂装者としての技量。
そこへ隈なく魔力を通す騎士の技量。
さらにこれらは全て一瞬で行わなければならない。長引く程に魔力を通す難度は上がる。魂装者が壊れるリスクは高まる。
今回のケースで言えば、必要なリーチも膨大であり、その分だけ要求される技量も引き上げられる。
刀を振るう時間は短い程に良い。スイングスピードが速ければ、それだけ術式を行使する時間が減り、消費魔力も抑えられる。
ミヅキの剣速を以てすれば、この難題を成せる。
これらに加え、さらにミヅキは電磁反発による刀の加速と、リミッター解除による筋力強化によって、斬撃の威力を高めていた。
これら全て、今まで使っていた技術の応用。
これだけ様々な要素が出たが、何一つ、新しいことも、特殊なこともしていない、既存の基本技術の組み合わせ。
基本ではあるが――しかし、それをここまで高いレベルで成せる騎士がどれ程いようか。
この一刀に至ることが、どれ程の偉業であることか。
一閃――――――。
一条の流星となった氷塊は――――。
一刀の下に――――両断された。
《ざんねんだったな、きらら。でかい石っころも、みづきにかかればまっぷたつ》
ミヅキが絶技を成したことで誇らしげな笑みを浮かべるめるく。
「オレ達、だろうが」
《――――っっっっっっ!!!!!!》
ミヅキの何気ない――しかしめるくを歓喜させるには充分すぎる訂正。
めるくは目を見開くも――しかし、彼女が喜びに身を震わせる暇はなかった。
直後、
「――――、」
おかしい。
ミヅキはすぐに違和感に気づいた。
キララの姿が見えない。
そこでさらなる疑問に気づく。
ミヅキは《開幕》の使い手との戦闘経験がない。
よって、トキヤやアンナといった使い手達が当たり前に浮かぶ発想に至れない。
――などということは、なかった。
使い手であるセイハから得ている情報と、これまでの試合を見て行った分析により、この経験の差を埋めている。
情報を得る力も、得た情報を分析する力も、全てが実力の内だ。スペックに恵まれてる故に注目されることは少ないが、ミヅキはそう言った面でも優れた力を持っている。
屍蝋アンナの見解。
1 キララは《開幕》を事前に戦いに組み込めてはいないはず。
2 キララは《開幕》のデザインは出来ていたのか? 出来ていたとして、それはミヅキに通じるものなのか?
黒宮トキヤの見解。
1 キララは《火》と《氷》、どちらの力を強化したのか?
2 キララはどのような能力をデザインしたのか?
ミヅキもアンナやトキヤの浮かんだ疑問に至った。
それらを踏まえた仮設を立てるならば。
キララの《開幕》は、《氷》を強化したもの。
《蒼星天墜》が何よりの根拠となる。
そして、それを打ち破れば、そこで終わりのはずだ。
――が、当然ここで思考を止めるわけにはいかない。
『さすがにこの先はないだろう』。相手がそう思ってしまうポイント。罠を張るのならば、そういったポイントこそが絶好の好機。
キララの策は――
1 剣戟によりミヅキの位置を移動させる。この際、《開幕》は近接系統というミスリードを張る。
2 剣戟で稼いだ時間で大技である《蒼星天墜》を発動。『近接系統であるというミスリード』がここで効く。さらに、事前に置いていた『水溜り』により、逃げ場を封じる。
これらが、ここまでの策。
そして、この先があるのなら――『3』となる策は……。
3 《蒼星天墜》を処理した隙を狙い攻撃。
ここで『1近接系と見せかけ 2強力な遠距離技』という、重ねた偽装で隠した真実。キララが本当の決め手に持ってくるのは――
「――――そう、来るだろうなァ」
響く金属音。
ミヅキは振り向いて、背後から迫っていたキララの斬撃を受け止めた。
「――ッ!? 気づけるの、あのタイミングから……ッ!」
必殺を受け止められたことで、驚愕の表情を浮かべるキララ。
しかし、それでも――
「――――ここまでは、読まれても構わない……ッ!」
即座に驚きを消して、不敵に、かつ獰猛に笑うキララ。
――そう。
ここまでは読ませてもいい。
問題は、ここからだ。
ミヅキの推理通りではあるのだ。
1 近接と思わせる
2 近接と思わせたところで、実は強力な遠距離攻撃
3 と、思わせたところで、やはり実は近接
『2』の《蒼星天墜》の段階で、一度相手のミスリードを見破ったと思わせることで、真実を隠す狙い。
そうでなくとも、《蒼星天墜》で決めきれる可能性も十分にあった――相手が、龍上ミヅキでさえなければ。
そしてこの先が――『相手が龍上ミヅキであっても通じる策』だ。
「――――《光焔雪嵐》」
背後からの攻撃には対応されたが、それでも正面からよりも多少は体勢が安定していない。
その隙へ、ここまで策を積んで隠し通した最大威力の技を当てる。
一度は積み上げた策は崩された。
それでも、再びチャンスを掴み取って、積み直した策――これまでが結実する、最後の技。
それは一体、如何なる技なのか――。
□
「…………私と、兄さんの……!」
驚きに声を上げたのは、二回戦でキララと戦った零堂ヒメナだ。
まずキララは、ミヅキの周囲へいくつもの氷壁を出現させた。
ヒメナがセイハから学び取った、空中に足場を形成し、三次元機動で相手を翻弄する格闘術だ。あれを剣技へ応用するつもりだろうか。
(本当に、恐ろしい吸収力、成長力ですね……!)
確かに一回戦では、ヒメナとキララは互角だった。こちらにも勝ち筋はいくつもあった。
あの時はギリギリで負けたが、結果は結果。
だが今は――。
「…………ああ、早く、もっと、戦いたいなあ……強くなりたいです……ッ!」
置いていかれた。
随分と差を空けられた。
今のキララと戦っても、絶対に勝てないことはよくわかる。
それでも、この気持ちは抑えきれない。
龍上キララからもらった闘志が、胸の奥で暴れている。
□
「……そうそう、それだよ、できてるじゃんかァ、タツガミ……」
そう呟いたのは、空噛レイガだった。
彼は先刻、近くの席で見当違いなことを言っていた観客に、苛立ちを漏らしていたが――しかし、それはなぜだろうか。
彼の気質を考えれば、不自然ではないだろう。しかし、まったく有象無象が、自身と無関係な者に吐いた言葉に取り合っていればキリがない。レイガといえどそれくらいは流したはずなのだ。
そう出来なかった理由は。あれを聞き逃がせなかったのは――。
□
(……よし、アイツに教わった通りだ……!)
キララの脳裏を過っていくのは、この技のコツを教えてくれた、あの少年との出会い。
□
「……ハァ? なに、アンタ」
「……だから、アタシと戦おうって言ってんの。いいでしょ、アンタ戦い好きなんでしょ?」
レイガは騎装都市内にいくつもある訓練施設を渡り歩き、そこで出会った目ぼしい騎士に手当たり次第に戦いを挑んでいる時期があった。
そこで同じようなことをしていたキララと出会い、二人はぶつかっていたのだ。
その時の結果は、レイガの勝利。
「出直してきなよ。この悔しさを抱えて頑張ればさ、アンタもそのうち、オレに勝てるかもしれないからさ――……」
いつも通り、倒した相手に屈辱を刷り込む言葉を口にしている途中。
いつもとは違う反応に、レイガは少し驚いた。
「――そのうちじゃ、ダメなんだよ……ッ! アタシは、『今』強くならないとダメなの……ッ!」
既にキララに背を向けていたレイガだったが、その言葉で思わず振り返ってしまった。
こいつは、現時点で龍上ミヅキよりもずっと弱い。
そして、自分よりもずっと弱い。
だが――、自分は龍上ミヅキを倒すことができなかった。
そんな弱っちいこいつが、もしも自分の教えで、龍上ミヅキを超えたら?
それはなんとなく、面白いと思った。
他者を育てることなんて興味はなかった。自分さえ強くなって、自分さえ楽しめればそれでいいと思っていた。
この時、レイガは既に真紅園ゼキに敗退した後だった。
どうせ時間はある。
それに、確かこいつはアグニが言っていた、手を出してはいけないヤツの一人だった。
理由は知らないが、こいつにはなにかしらの利用価値があるのだろう。
――なら、鍛えてやるのも悪くないかもしれない。
こうして、レイガとキララの奇妙な師弟関係は始まったのだった。
□
――ジンヤに負けて、今まで縋ってた価値観を壊された。彼のようになりたくて、必死に彼を追いかける過程で、努力することを覚えて、頭を使って戦うことを覚えていった。
――ハヤテから二刀を学んだ。二刀は、ただ《火》と《氷》を同時に扱うのに都合がよかっただけで、二刀の剣技を扱うことは出来ていなかったが、彼のお陰で自分の剣が見つかった。
――レイガとの偶然の邂逅。彼はアンナを付け狙った組織の一員で、直接戦ったことはなくとも敵だ。それでも、使えるものは全部使ってやろうと思ったし、彼の強さへの貪欲さだけは信じられた。
――ヤクモと、ヒメナと、オウカと……これまで戦った強敵との戦いは、全て血肉となっている。そうでなくとも、この大会に出ている騎士達の戦いは、まったく面識がない者のものも含めて、大いに学ばせてもらった。
――ジンヤに負けてすぐ、心を新たに修行を始めた時に、ヤクモに言われたこと。
魔力の操作がなってない。
剣技がなってない。
魔術と剣技を合わせるという意識が足りてないない。
氷と火の二つの属性を使える強みを活かせていない。
生まれ持った魔力量に物を言わせて戦うばかりで、工夫ができていない。
今までの全部を乗せて。
決着となる技を放つ。
《開幕》限定剣技。
――《光焔雪嵐》。
この技は骨子だけ言えば、ヒメナの三次元機動に、ハヤテの《デザストル》を組み合わせたものだ。
だが、当然それだけではない。
「――――……チィッ!」
ミヅキの表情が歪んだ。
空中の氷壁を足場にする変速二刀剣技。それだけならまだ対応出来ていた。
だが、キララはそこにさらに工夫を重ねてきた。
キララの刀が、消えた。
――熱屈折による光学偽装。
真紅園ゼキが使っていた技だ。ここまで《氷》を多く使って、そちらに意識を傾けさせたところで、《火》の応用技。
キララ自身が変則的な機動をしてくる上に、刀が消えて間合いが掴みづらくなる。
「――がッ、ぐ……ッッ!」
ミヅキの体に浅い刀傷が増えていく。ついに防ぎきれなくなってきたのだ。
断続的に刻まれる痛み、傷。
ついに、決着か。あの龍上ミヅキが落ちるのか……、そう観客達に緊張が走り始めた時だった。
ミヅキ自身にも、過る考えがあった。
――ああ、またこれだ。
刃堂ジンヤに負けてから。
否、輝竜ユウヒに負けてから、思い通りにいかないことばかりだ。
しかし、ただ勝ち続けていた時も、思い通りになっていたとは言い難い。あの時だって、ずっと何かに飢えていた。満たされない想いを抱えていた。
あの頃は、周りの弱さに苛立って。
今は、自分の弱さに苛立って。
――それでも、満たされる瞬間はあった。
強敵との戦い。その最中に、ミヅキが求める瞬間はある。
水村ユウジは、Aランクでさえ食える力を持っている騎士だった。
ハンター・ストリンガーだって、上手く行けば相手がどんな力を持っていれば倒せる力を隠し持っていた。
彼らは、確かに強かった。
だが――まだだ。
まだ、まだ、まだ、この程度では満たされない。
そして、今。
龍上キララ――ずっと、どうでもいいと思っていたやつが、ここまで強くなった。
こちらがランクで勝っていようが、《開幕》に至ったという点においては、間違いなく、取るに足らないと思っていた者に負けている。ステータス上の有利は、もうない。
情けない話ではあるが、受け入れるしかない。
龍上キララは、強い。
彼女は変わった。彼女はここまで、必死に積んできた。
彼女は以前のままの、腑抜けた相手だと侮っていれば、足をすくわれるだろう。
――が、ミヅキは一切彼女を侮ってなどいなかった。
そんなことは、彼女がここまで上がってきた時点でわかること。
彼女の顔を見れば、わかることだ。
認めよう、龍上キララは強い。
――――だが、お前じゃない。
――――お前は、オレの宿敵じゃない。
まだ、叩き潰すべき相手が残っている。
自分に屈辱を与えた者がいる。
自分が借りを返せないまま、宿敵がこの世界に存在していることを許容できない。
理屈は不明だが、自分は《法則》に認められず、《主人公》ではない。
龍上キララは、《開幕》に至った。
――で、それがなんだというのか。
勝者を決めるのは、神ではない。
ましてや、観客でもない。
キララへの声援が聞こえる。
きっと彼女が勝利すれば、観客は下剋上に大いに沸き立つことだろう。
だが、知ったことではない。
たとえ全人類がキララの勝利を願ったところで、ミヅキはなんの躊躇もなくその願いを踏みにじることができる。
この想いは、
この屈辱を晴らすことは、
この渇望は、
あの少年を倒すということは、
己の願いは、
全人類の願いよりも、優先されなくてはならない。
ミヅキの中で燃え上がる闘志に反応し、ついに彼もまた《開幕》へと至る。
――などということはなかった。
だが、それでも。
「――いらねェよ」
目の前の相手を倒すのに、今は新たな力など必要がない。
そして。
「――――《雷竜災牙・嵐撃》」
選択したのは、かつて己に屈辱を与えた者の一人。
風狩ハヤテ。
あの時の経験は、ただの敗北したという事実以上に、ミヅキに強い後悔を刻んでいた。
なぜならミヅキは、あの時ハヤテの事情を聞いてしまったから。
なぜ彼がジンヤとの戦いを求めるのか。
命の期限。
死が迫ってもなお宿命を求める悲壮の決意。
――恐れてしまったのだ。
その物語が持つ、重みを。
そして、疑ってしまった。
自分が持つ想いに、それ程の重みがあるのかを。
絶対に、生じさせてはいけない思考だった。
そんな疑念は、ただの弱さだった。
敵に下らない同情などする必要はない。
今ならば、その《物語》だって踏み潰してやれる。
彼のことを、この手で殺してやってもいい。
自身に勝てないのならば、あの少年を求めることなどしなければいいと、引導を渡してやってもいい。
もう絶対の、誰の物語にも頭を垂れない。
そうでなければ、あの少年には届かない。
彼は既に、その在り方を貫き、《主人公》である黒宮トキヤを打ち破っているのだから。
――《光焔雪嵐》。
――《雷竜災牙・嵐撃》。
互いの二刀が高速で閃き、激突し、鋼が重なる音を響かせていく。
同じ二刀。であれば勝負はシンプルだ。
どちらの技が、優れているのか。最後はそこへ終始する。
□
「……あの野郎……ッ!」
ハヤテが怒りの表情を浮かべる。技を模倣されたことに怒りを覚えたのではない。その技を打ち破るのが自分でないことが悔しいのだ。
それでも、自身が技を託したキララが、それを成してくれれば……。
「……本当に、恐ろしいな、彼は……」
ジンヤは静かに戦慄する。
彼もまたハヤテの《デザストル》を模倣したが、ミヅキの完成度は桁違いだ。
まずジンヤは、風の代わりに電磁反発で威力を補強したが、彼は自身の体外へ魔力を干渉させられないため、刀と刀を反発させることしか出来ないのだ。
それではモーションが大きく制限され、ハヤテが扱うものと比べ、技の選択肢は大幅に減ってしまう。
だが、ミヅキは磁場を発生させる場所を自在に選択できる。だからこそ、限りなくハヤテの技に近い自由度を誇っていた。
一つ成長し、新たな技を披露する度に、ジンヤを凌駕していくミヅキ。
同じことが続けば、いずれは必ず――。
その想像は、ジンヤを恐怖させるには十分だった。
□
ハヤテに迫る完成度――ミヅキの放つ技の恐ろしい点は、それだけに留まらなかった。
(……、うそ、でしょ……ッ!?)
キララは驚愕する。
空中の氷壁を足場に、天地逆転の姿勢から斬撃を放った時だった。
それを躱したミヅキが、自身もまた跳躍し、キララが出現させた足場を利用し、さらには跳んだ。
そして、キララが氷壁を出現させている地点よりさらに上。
なにもない空中へ身を躍らせたが――。
それでは、身動きの取れない空中で的になるだけ――そのはずだった。
そこを狙うキララ。
しかし、ミヅキにはこの技があった。
「――――《雷竜災牙・翼撃》」
この試合で初披露していた、磁場を形成し、空中から剣技を繰り出す。この動きを、既に行っている《デザストル》に組み合わせてきた。
これでキララのアドバンテージは消えた――
「がッ、あああああァァ……、ぐぅッ……!」
深い一撃をもらった。
キララの左肩に傷が走って、鮮血が迸る。
――――だが、それでも。
「勝つのは……アタシだ……ッッ!」
まだ、残っている。
――レイガに教わったことは、氷壁を出現させるだけではない。
《概念術式》。
《氷》の鏡面という特性から、《反射》の概念を抽出し、自身の氷へと付与する。
キララは刀へ施していた光学偽装を事前に解いており、刀の表面に氷を張っていた。
そして、その氷に『鏡面』を作っておく。
その鏡面で反射させるものは何か――ミヅキがいる空中、そのさらに上にあるモノ。
――――太陽。
キララは太陽光を鏡面を持つ刀で反射させ、ミヅキの視界を潰す。
これは防がれても構わない。
なぜなら、もしミヅキが左右どちらかの手で光を防げば、それだけでこちらが有利になる。
三対ニなのだ。どうあっても、こちらの太陽光の分で、手数は一つ勝る。
ミヅキの顔が歪んだ。
防ぐことは敵わなかったか。
それとも――、あえて防がず、二刀を保持し、視界を失ったままでも戦うつもりか。
どちらにせよ、これで終わりだ。
ここまで伏せきった最後の切り札。
これが、ここまでがキララの《開幕》の真髄。
トキヤの疑問――この《開幕》は《火》と《氷》、どちらを選択して強化していたのか。
答えは、どちらもだ。
キララの強みは、《火》と《氷》の二つを扱えること。ならばどちらも同時に強化し、とにかく使える技を増やした。
氷壁、熱屈折、鏡面――こういった小技を扱いつつ、さらに《蒼星天墜》といった大技まで扱う。一つ一つの難度はそれ程高くなくとも、全てを同時に扱うには、キララの今のキャパシティでは不可能だった。
その限界を、《開幕》で超えていたのだ。
《開幕》のイメージは戦う前から出来ていた。
それが出来るかどうかわからずとも、自分の限界はわかっていたから。
だからこそ、次に自分が目指すべき場所は見えていた。
たとえ《開幕》が出来ずとも、いずれ自分でそこに到達するつもりだった。
故に、イメージを固めることは簡単だった。
そして、すぐにこの場面までの策も組み立てられた。
策に策を、偽装に偽装を重ね、ここまで辿り着いた。
龍上ミヅキの視界は封じた。
――光を求め続けた。
舞台の中央で、光を浴びる存在になりたかった。
その彼女が。
『キララ』という、輝くことを願って名付けられた彼女が。
最後に、『光』を利用した技で勝利する。
「……できすぎかな、こんなの」
ほんの少し、笑みを浮かべて。
勝利を確信して。
最後になる一撃を放つ。
――――――だが。
「いいや、そうでもねェよ」
それでもなお、ミヅキは笑った。
――――どうして。
笑みを浮かべるミヅキの顔を注視する。
そこには――。
――銀色の、眼帯のようなものが。
気づいて、いたのだ。
信じて、いたのだ。
まだ、なにかあると。
龍上キララならば、それでもまだ何か仕掛けてくると。
最後まで一切油断していなかった。最後まで読み切っていた。
そして、刹那のタイミングで気づいた上に、対応を間に合わせてしまうという神業。
キララの刀が鏡面となった時点で、太陽光を扱うアイデアを見抜き、めるくを高速で変形させて、視界を潰す光を防ぐ眼帯を、金属で作り出していた。
この判断力、洞察力。全大会出場者の中で、魂装者を操作する、ということを能力に組み込んでいるアグニやセイバと並ぶ、最高クラスの魂装者操作能力。
魂装者としての練度においても、蛇銀めるくは大会最高クラスだろう。
「――――強かった。ああ、強かったよテメェは。……楽しめたぜ」
そう言って、満足そうに笑みを浮かべたまま。
ミヅキの一閃が、キララを切って捨てた。
――――三回戦、第三試合。
――――勝者、龍上ミヅキ。
□
そして。
斬られたキララは、ゆっくりと倒れていくところを――ミヅキが受け止めた。
「…………あに、き…………?」
「……ガラじゃねえが……、もう一度、背負ってやるよ。オレはもう、誰にも負けねえ」
薄れゆくキララの意識の中で、最後にミヅキは、確かにそう言った。
――もう一度。
それが意味することを理解して、キララの瞳から涙が溢れていく。
ずっと、寂しかった。
ずっと、認めて欲しかった。
強がって、見ないふりをしていた。
――――もう一度。
キララの最初の記憶は、ミヅキの背中に乗りかかろうとしていたことだ。
もう、どうしてそんなことをしようとしていたかは思い出せないが。
思い出せなくても、簡単なことだった。
大好きだったから。たとえ、自分になんの興味がないのだとしても、それでも、兄のことが大好きだった。憧れていた。
気まぐれだったとしても、兄はいつも自分を守ってくれていた。
関係ないのだ。兄がどれだけ自分に興味がなくとも。そうなのだとしても。
ただ、兄が己の在り方のままに、らしくあるだけで、それだけで、キララは兄のことが大好きだったから。
いつかの夕暮れ。
怪我をして、兄の背に乗ったまま家路についた。
いつかの昼下がり。
兄の背に乗って、兄は鬱陶しいと思うことを隠さないまま、それでもキララを振り落とすことはしなかった。
――――もう一度。
いつかの夕暮れのように。
もう一度、キララのことを、背負ってくれるという。
誰にも負けないと、そう言ってくれる。
キララの想いは、ここで潰える。
ジンヤに挑むことは、出来なかった。
この悔しさは、一生消えないかもしれない。きっとこれから、たくさん泣くだろう。
それでも。
それでも、今この瞬間だけは。
悔しさとは、少し違う意味が混じった涙を流しながら。
「…………うん……がんばって……お兄ちゃん…………」
いつかのままの呼び方で。
兄の背に、叶わなかった想いの全てを託した。
決着回なのでいつもどおり勝敗バレだけ気をつけて……0(:3 )〜 _('、3」 ∠ )_




