第7話 ■■■■■、■■■■■■■■■■■■
――歓声が遠い。
(…………、あれ…………、アタシ、今なに思い出してた……?)
意識が飛んでいた気がする。
(ってか、なに、ここ……アタシ、なにして――……って、)
――そうだ、試合だ。
キララは背筋が冷えていくのを感じた。
ここまですれば倒せる、という策を潰されて。
体力消費の激しい《デザストル》を使っても決めきれず、そのまま蹴飛ばされて、倒れていたのだ。
「……けほっ、げほっ……っはぁ……はあ……っ…………立た、なくちゃ……ッ」
そうして、立ち上がって。
立ち上がって――。
大歓声。
観客は大いに沸いたが――対照的に、キララはそこで、突然思考が冷たくなっていた。
立ち上がって――――それで?
ここで立ったから、それでなに?
キララの必死に積み上げた策は、ミヅキには通じなかった。ミヅキのことを考え続けたキララだからこそ、よくわかる。
このままやっても、自分は絶対にミヅキには勝てない。
勝てないのが分かり切ってるのに、それでも立ち向かうのか?
――あれ……、アタシ、今、なに考えて…………?
「――――ねえ、ララ、なに考えてんの?」
そう言って、キララの考えを見透かしたように――否、真実キララの思考を読み取った、彼女の魂装者であるユキカは、武装を解除し、キララの前に立ちはだかった。
「ユッキー……?」
どうして彼女がこんなことを。
彼女はいつも、どこか冷めていて、こんなことするはず……。
――いいや。
それが彼女の表層しか見ていないということには、もうとっくに気づいてたはずだ。
――《ララ! なにやってんの! こんなとこで足踏みしてる場合じゃないじゃんッ!》
一回戦、零堂ヒメナとの戦いで。
――《どれだけダサくたってそれでもって頑張れるララは、絶対にダサくない。そんなこと、誰にも言わせない》
二回戦、爛漫院オウカとの戦いで。
氷谷ユキカは、キララと共に戦い、キララを奮い立たせてくれていた。
「アタシは……、」
「――ごめん。私、口下手だから上手く言えないけどさ……、これだけは言わせて……」
言葉を遮り、ユキカは大きく息を吸うと、突然キララの胸ぐらを掴んで――、
「――今ちゃんとぶつからなかったら、もう次なんてないかもしれないんだよッ!?」
ユキカが、叫んだ。
声を張り上げて。声を震わせて。涙を滲ませて。
彼女が何を言いたいのか。
すぐにわかった。
ユキカに『怯え』は伝わってしまっている。
そう、龍上キララは、この期に及んで『ビビった』のだ。
もはやそれは、魂に刻まれた恐怖なのかもしれない。幼い頃からミヅキを見てきたキララだからこそ、誰よりも彼を恐れてしまう。
そして。
彼女が、なぜそれを叫んだのかも、すぐにわかった。
彼女の戦う理由。
行方のわからなくなった弟。生きているかどうかさえもわからない。
その理不尽は、ユキカから熱を奪った。
どうせ、いつか理不尽に奪われる。そういう経験が、ユキカの心を凍らせてしまった。
それでも。
ユキカはキララの生き様を見て、もう一度熱を取り戻せた。
生きているかもわからない弟。
だとしても。
生死はどうあれ、姉が腑抜けている姿を見て喜ぶはずがないと思った。
その彼女が、言うのだ。
もう『次』がないかもしれない彼女だからこそ、言わずにはいられないのだろう。
――「今ちゃんとぶつからなかったら、もう次なんてないかもしれないんだよッ!?」
あっけなく理不尽に奪われる恐怖を知っている彼女だからこそ、『今』の大切さを強く叫ぶことができる。
――そうだ。ここでビビったら、次なんてもうない……。
こんなふうに、兄とぶつかれる機会なんてないだろう。
そして、それはジンヤとの戦いについても同じだ。
譲れない戦いを賭けて。
譲れない想いを懸けて。
一度きり。それはこの大会へ譲れぬ想いを抱いて出場した選手達に共通する、絶対の決まりだ。
この一瞬の熱は、もう二度と取り戻せない。
もちろん、ただ戦うだけなら、可能かもしれない。
ミヅキがキララなどわざわざ相手にするかはわからないが、仮に相手にしてくれたとして――この戦いのように、倒すべき『敵』として向き合ってくれることがあるだろうか。
絶対にない。
ましてや、ここで臆すような弱者をミヅキが相手にするなど、あり得ない。
ジンヤはきっと、いつでも戦いを受けてくれるし、本気を出してくれる。
ただ、自分の意志で出せる本気以上のものは、譲れないモノを賭けなければ絶対に出せない。
こればかりは、ジンヤだってどうしようもない。
だからこそ――ジンヤの夢を賭けた戦いに、自分の夢を、憧れを、全てをぶつけたい。
ここで逃げたら、一生負け犬だ。
ゴミクズのままだ。
輝けないまま、死んでいくのだ。
大げさなんかじゃない。
――龍上キララは、命よりも大切な魂を賭して、この戦いに臨んでいる。
今しかない。
ここしかない。
そんな簡単なことも、忘れていたのか。
少し策が通じなかったくらいで、諦めていたのか。
「…………そうだ、そうだよ……、ありがとう……ユッキー……」
「――キララ。もう一度、刀を握って、戦える?」
差し出された親友の手を――
「もう、絶対離さないから」
――キララは、強く強く握った。
――――瞬間、直感した。
――――瞬間、確信した。
――あ、
――――いける、
□
キララが以前、オロチの口から《開幕》や《主人公》について語られた時から、ずっと思っていたことがあった。
ジンヤは《主人公》ではない。
ジンヤは《開幕》できない。
そして、なにより。
龍上ミヅキは、《主人公》ではない。
キララはその事実に対して思った。
――――ふざけんなよ、そんなことあるわけないじゃん。
この世界のルールが、ジンヤを追い詰める。なんだそれは、どうしてそんなことが罷り通る?
この世界のルールが、ミヅキを認めていない。
そんなことがあっていいはずがない、という怒りのようなものが、キララの中にはずっとあった。
だって、当たり前だ。
キララにとって、ジンヤも、ミヅキも、憧れで、絶対の壁で。
――なにより、最高にかっこいい主人公で。
当然、ミヅキにそんな自覚はないだろうが、キララにとってはそうだったのだ。
刃堂ジンヤは、龍上ミヅキは――真紅園ゼキにも、蒼天院セイハにも、黒宮トキヤにも、夜天セイバにも、輝竜ユウヒにも、赫世アグニにも、レヒト・ヴェルナーにも、屍蝋アンナにも――誰にも劣らない。
なんの根拠もなく。
否、キララの人生全てを以て、キララはそう確信していた。
――だから、なのだろうか。
――彼女には、最初からそこに一生『届かない』という諦観はなかった。
――直感的に、届くと思った。
己の才能を確信しろ。
己の努力を確信しろ。
『できるはずがない』と叫ぶ弱気を、外野を、偉そうに上から決めつけてくる有象無象の全てをねじ伏せろ。
《主人公》という、生まれ持った才能と運命に贔屓された存在を。
そんなものを贔屓する、顔も名前も知らぬどこぞの神とやらが定めたルールを。
己が歩む道を阻む全てを蹴散らせ。
刃堂ジンヤは、《法則》を斬り裂いた。
であれば――刃堂ジンヤを倒すと誓っている己が、その程度のことを成し遂げられなくてどうする?
神ごときが、邪魔するな。
己の価値を、己以外の誰にも決めつけさせない。
刃堂ジンヤに憧れた――才がなくとも己の道を征くその姿に、憧れた。
龍上ミヅキに憧れた――才のままに振る舞い、全てを捩じ伏せるその姿に、憧れた。
誰かの才に及ばないままで、誰にも負けぬと確信し。
あるがままに振る舞い、この手が欲する全てを奪い取る。
――《主人公》でないから。
――《開幕》ができないから。
――――知ったことか。
――――全部、寄越せ。
――アタシを認めない道理の全てがどうでもいい。
――アタシが最強であると世界に示し、刻み込め。
そして――――
――――――届いた。
「――――《開幕》――――」
「――――《細氷よ舞い踊れ、光柱よ我を照らせ》――――」
――――神が己を照らさないのならば、『光』はこの手で奪い取る。
□
第2章
『断章 もしも彼女たちが運命という舞台において光が当たらぬ存在だとしても』
第4章/上 その物語に、未だ名前がないとしても
『第7話 光の外で』
『第8話 それでも、と光へ手を伸ばし続ける者達の戦い』
第7話
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第7章/氷焔の憧憬譚
第7話
求めた光は、伸ばし続けたその手の中に
□
瞬間――。
その意味の重大さに気づける者達が、それぞれの反応を見せる。
「…………《法則》の綻びか、それとも……」
レヒトは意味深に微笑む。
「……嘘だろ……、あの子はBランクで、《主人公》じゃないはずじゃ……!?」
トキヤは純粋に驚いた。
「だぁぁからッッ、なんでそうなるッッッ!??」
トレバーは驚愕し、絶叫した。
「……やはりね。当然、次はこうだろう」
ビクターは己の予想に確信を持ち。
「きひ、ひひ、きゃっはははっははは! あーもーウケるって笑笑
ジンヤくんさぁ~……、ここは普通、『《主人公》じゃないはずなのに《開幕》できちゃった!』っておいしーポジションはさぁ……フツー、キミでしょ?笑
持ってかれちゃったねえ、ダッサいなあ……まあ、これはこれでキミらしいよねえ?
逆においしいよねえ、相変わらず惨めかわいくて愛しいなあ……笑」
罪桐キルは狂気に満ちた嘲笑を叫ぶ。
そしてジンヤは――
「…………すごい……、すごいなキララさん……っ!」
興奮を滲ませながら、拳を握っていた。
(…………ったく。テメェといると、たまに自分の卑しさを思い知るな)
ハヤテはジンヤの様子を見た後、瞑目した。
ハヤテがその光景を目の当たりにして最初に思ったこと――。
――どうして、ジンヤじゃない?
――どうして、オレじゃない?
自分でも、ジンヤでもなく、キララがそれを手にできる?
だが、自分よりもずっとそう強く想ってもおかしくないはずのジンヤが、微塵もその気持ちを見せないのだ。
そんな想いは馬鹿馬鹿しくなった。
短い期間とはいえ、キララは自分の教えを授けた存在。
どれだけ羨ましくとも、応援してやるのは当然だ。
「……行け、キララちゃん」
□
そして――。
「――さあ、こっからが本番だよ、兄貴」
これまでとは比べ物にならない魔力を纏うキララに対して、ミヅキは。
恐れもせず、
驚きもせず、
嘆きもせず、
《法則》を知る者達のように、この事態の重大さにも目もくれず。
「……あァ、全力で来いよ」
――ただ、口端から牙を覗かせ、薄く笑っていた。
事ここに至ってもなお、迎える姿勢だ。
《開幕》。
――――ああ、それで?
今さら驚く要素などどこにもない、見飽きた技だ。
だが――――
「――――面白ェ。ちょうど今、《開幕》を斬ってみたかったところだ」
何もかも、好都合。
刃堂ジンヤに、開幕の使い手を斬る様を見せつけられて疼いていたところだ。
――アイツに出来たことを、自分が出来ない道理など、どこにもない。
――――そして、キララとミヅキは、同時に勝利を確信しながら駆け出した。
キララさんのアレについては伏せで_(:3」∠)_




