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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第7章
152/164

第3話 今日ここで、憧れを超えていく






 ――龍上キララの人生において、最初に憧れを抱いた人間は。


 刃堂ジンヤでは――――ない。









 ではそれは誰か?

 生まれた時から背中を見続けていた。

 キララにとって、ずっと強さの象徴だったのは。

 

 彼女の兄である、龍上ミヅキだ。


 そして今。

 龍上キララは――――。






 □




 今日行われる試合は2試合。

 三回戦第三試合、龍上ミヅキ対龍上キララ。

 三回戦第四試合、レヒト・ヴェルナー対輝竜ユウヒ。


 ジンヤは試合前のキララのもとへ向かうために、控え室へ向かっているところだったが――


「もしかしてアナタ、刃堂ジンヤくん?」

 

 いきなり、見知らぬ女性に声をかけられた。

 つばの大きな帽子。真っ赤な長い髪。高めのウェストから伸びるフレアスカートのワンピース。女性らしい豊かな体のラインが浮かび上がり、どこか妖艶な雰囲気を漂わせている。

 明らかに同年代ではない。


「失礼ですが……どこかでお会いしたことが……?」


 突然現れた大人の女性に戸惑うジンヤ。

 


「んー? やーだもー、ジンヤくん。こんなおばさん捕まえてナンパ? ダメよもう~。はい、これお菓子。みんなで食べてね」


「え? あ、どうも……、ありがとうございます」

 



 勢いのまま渡された紙袋を受け取る。中身は本当にお菓子だった。鳩の形をした焼き菓子。ジンヤも知っているものだ。

 


 なんなのだろう。

 誰かの親、だろうか……?

 

 赤髪。それに、なんというか、失礼だが――、この馴れ馴れしさ……。


「もしかして……キララさんの…………お姉さん?」

「ふふ……正解。ジンヤくん、本当にいい子ね。さすがだわ。――うちの子にならない?」

「やっぱり……! ……え?」


 キララの母親か姉だろうということは読めた。見た目の若さからして姉と見たが――しかしそうなるとなぜ『うちの子』、どういうことだろうか。







「あ――――――っっ!? ちょ、ママ、なにして……なんでいるの――っ!?」


 そこでやって来たキララが、キララ似の女性を指さして盛大に驚愕した。







 □




「っつーわけで……、龍上ルミ……アタシのママです……」

「キララちゃんのママでーす、ルミちゃんって呼んでもいいのよ?」

「マジでそのテンションやめて……マジでキツイ。……普通に……普通の大人らしく振る舞って……」


 キララが顔を覆って嘆いていた。


 キララの母――ルミに圧倒される一同。


「さすが。こどもに『きらら』とかつけるだけある」

「『闇奈アンナ』ちゃんが言う?」

「? アンナ、いい名前だな……?」

「うんうん、そうね……」


 ナチュラルに無礼なアンナの頭を撫でるキララ。

 騎士――というか、魔術師時代から血を繋いできた者は、名前に意味を込めること多い。

 なので自然と騎士には魔術的に意味の込められた名が多いのだ。

 龍上家も家としての格を持っている方だが――キララに関して言えば、ルミのネーミングセンスに依るところが大きかった。


「ってかなんで? ……なんでいる?」

「そりゃあーいるでしょ、見に来るわよ。子供達の晴れ舞台じゃない」

「家で見なよー……」

「やーよ、こんな大事な試合」


 そう言われてしまうとこちらも弱い。確かにルミからすれば、娘と息子が同時に大勢の人間から注目されるのだ。会場で見たいというのが親心だろう。


「うー……、じゃあ兄貴の方行ってよ」

「行ったわよ。相変わらず全然相手してくれなくてお母さん寂しい……でもあのめるくちゃんって子いいわね、気に入ったわ。……あの子も、やっと信頼できる子に会えたのね」


 これまでの大人にあるまじきテンションから一転。目を細め穏やかに微笑むルミ。

 母の気持ちは、キララにも理解出来た。

 

 今でこそめるくというパートナーがいるが――過去のミヅキは一人のパートナーを固定せず、その時々で使えると思った魂装者アルムと組んでいた。そのような形であるから、信頼は気づかれず、同調率は上がらず、魂装者アルムの力を引き出すことが出来ない。

 ――が、関係ない。

 ミヅキは魂装者アルムの能力など使わず、自身の《雷》の力と剣技のみで勝ち続けていた。

 そんな戦い方ではいつか限界が来る。

 自身も魂装者アルムであり、優秀な騎士である夫――つまり、ミヅキとキララの父親と組んで戦っていたルミには、それがわかっていた。

 

 もちろんキララとしても、兄の変化は嬉しい――嬉しい、が……。




(……まあ、それがアタシの相手じゃなけりゃーね……)




 今の兄は、今までで一番恐ろしい。


 龍上ミヅキという男をずっと見てきた自分がそう思うのだ、間違いないだろう。

 幼少期から、ミヅキは常に『強者』として振る舞ってきた。

 彼に喧嘩で勝てるものなどいない。上級生だろうがお構いなしだ。ミヅキに歯向かった者は、誰であろうと叩き潰される。

 中等部の大会で三連覇を果たした時より。

 それ以降、何かを契機に素行が荒れ、対戦相手を痛めつけるような戦いをしていた時期よりも。

 兄はいつだって強かった。

 兄はいつだって怖かった。

 それでも。

 今の、かつての荒々しさが消えた兄が――、今までで一番強いと、そう思えるのだ。


「……まあ、でも……それでも、今日は、アタシが勝つよ」

「あんた……言うようになったねぇー……」

 

 茶化した口調ではあるものの、ルミは娘の言葉に驚いていた。

 兄に勝つ。

 そう口にすることが、キララにとってどれ程大きな意味を持つか。

 キララにとって、兄がどれ程までに絶対的な存在か、ルミにもよくわかっている。


「…………頑張りなさい。ちゃんと、近くで見ててあげるわ」

「うん……ありがと、ママ」


 ふざけた態度は癪だが、それでもキララは母親のことが大好きだった。


「……まあ、どっちが勝っても龍上家の勝利、龍上家から準決勝進出者が出てめでたいのよね~」


「……いい感じのセリフで終われないかなぁぁぁぁ~~~……?? この人はマジでさあ……」


 どれだけふざけていても、それでも。

 例えば今の言葉だって、キララの緊張を解そうとしてくれているのだろう。


「うっし……じゃー、勝ってきますか……」


 並び立つ相棒――ユキカと共に、戦いの舞台へと向かう。

 

 ――やっとここまで来た。

 だが、決してここはゴールではない。

 彼を、兄を倒して、そうして初めて自分は――。

 

 長年抱えた想いを胸に、少女は戦いの舞台へと赴く。




 □




「――雨谷ヤクモさん……よね?」

 

 キララとユキカがリングへ向かい、ジンヤ達が観客席へ向かおうという時――ルミがそう声をかけた。


「あなたにはどうしても、謝らせて欲しくて――……」

「――いえ、その必要はないです」


 きっぱりと、ヤクモはそう言い切った。


「……ああ、許すつもりがないだとか、そういう意味ではないです。……本当に、謝られることなんてないんです。だって全部、私の弱さが悪いんですから」


 ヤクモはかつてミヅキと戦い、その時に負わされた精神的なダメージにより立ち上がることができなくなった。

 確かにミヅキが非道だと、結果から見ればそう思えるかもしれない。


 けれど結局は、龍上ミヅキに負けて折れたのではなく――、龍上ミヅキという才能を持った人間に勝てないと――そう思ってしまった、自分が弱かったのだ。

 恐らくは水村ユウジも、同様のことを思っているのだろう。

 でなければ――、未だにミヅキを恨んでいるのなら、彼とチームを組むことなどあり得ないだろう。


「そんなの関係ないのよ? ヤクモさんがそう思うのも勝手だけれど……私が自分の馬鹿息子のしでかしたことの愚かさを決めるのも勝手だもの。……必要なら、あの馬鹿を引きずり回してでも連れてきて謝らせたけど……必要ないかしら?」

「……ええ。そうですね。……ああ、でも一つお願いできるのであれば……」


 少し考えるように沈黙した後、ヤクモは言う。


「――――あいつには、ずっと強者であって欲しい。私や、他の踏み潰してきた騎士達全員の前に聳え立つ壁であって欲しい。……そっちの方が、やる気がでますから」





「……そう。それなら心配ないわね。……だってあの子、バカみたいにイキがってた時よりも、今の方がずっと強いもの」



――――ぞくり……、とヤクモの背筋に冷たいものが走る。

 ルミは優しげな微笑みを浮かべているものの、その表層に反する恐ろしさを感じてしまう。

 



 自分などでは想像もつかない程の戦いを潜り抜けてきた者が持つ、強者特有のモノ。

 ジンヤの師匠であるオロチや――、ライカの母親であるアマハのような、今の自分からは天上にいると思える者達が持つオーラのような……。


 龍上ルミ。魂装者アルムであっても、彼女もまた遥か遠い存在。

 その彼女が言うのならば。


 

 本当に――今の龍上ミヅキは、どれ程までに強いのだろうか。





  


 □ 




『三回戦第三試合はなんと兄妹対決! 

 まずは兄――黄閃学園1年、序列2位の龍上ミヅキ選手!

 対するは妹である同じく黄閃学園1年、序列4位の龍上キララ選手!

 ここまで勝ち上がって来た二人の実力を疑う余地はないでしょう、互いに強者! 兄と妹! 勝ち上がれるのは一組! 

 なんという数奇な巡り合わせ! 勝つのは兄か、妹か! 宿命の兄妹対決の火蓋が、今切って落とされます!』





(好き勝手言ってくれてるなあ……)


 歓声に包まれながら、キララは呆れたように笑みを零した。


 ――宿命。

 そんなものは、存在していないのだ。ドラマチックに見えるかもしれないが、残念ながら自分と兄の関係は、なんら劇的なものがない。

 

 なぜなら――


 

「――初めてだね。アタシがこうやって、ちゃんと『敵』として兄貴の前に立つの」



 言葉が返ってくる前に、鋭い視線で睨めつけられる。

 

 『敵、か。お前如きが?』――そう、冷然と言い放たれる覚悟だってしていた。


我ながら大きく出たものだ。

 なにせキララは兄と兄妹喧嘩なんて一度もしたことがない。

 仲の良い兄妹だったというわけではない。

 簡単な理屈だ――己より遥か格下相手に本気で怒る人間などそうはいない。特にミヅキは、小物の相手などするタイプではない。


「……。あァ、そォだな」


 ただ、一言。

 否定する訳でもなく、静かに。


 もしもかつてのミヅキならば、キララの物言いを不遜と感じたかもしれない。

 だが、ここまでの戦いで彼も痛感している。

 ここに立とうとした者達のことを忘れていない。

 

 水村ユウジも、ハンター・ストリンガーも、自分と同じく《主人公》でなければ、Aランクですらない。

 だが、そんなことはなんの関係もない。

 そもそも最初から彼らのことを見下すつもりなど一切なかった。

 それでは彼に――刃堂ジンヤに敗北した地点から一歩も進んでいないのだから。

 

「……テメェはここまで来て、それで満足か?」

「……なわけないじゃん」

「だろうな。ならそれで全部だ。――――来いよ。アイツを潰すのはオレか、テメェか。さっさと決めるぞ」


 ――――震えた。

 

 あの龍上ミヅキが。

 あの兄が。

 ただの一度も、自分に対してなんの感慨も抱いたことでないあろうはずの彼が。

 

 こうして自分を、敵として見据えてくれる。


 それだけで、叫びだしたくて。

 やっとここまで来たんだと、泣き出したくて。


 だがキララは、その衝動を強く戒める。

 

 ――満足か? その程度で。


 ――少し認められて、それで満足して終わりなのか?


 ――お前の願いは、そんなものだったか?


 問い直す、己の心に。


 憧れた兄に少し認められてそれで終わりか? ――あり得ない。


 最初に憧れた存在は、龍上ミヅキだ。


 だが、今憧れているのは。

 今、倒すと誓っているのは。


 キララが、必ず頂点で待っていてくれると信じる少年――刃堂ジンヤだ。

 

 龍上キララは、決意している。






 ――――今日ここで、自分は、人生で最初に憧れた男を超えていく。








 □ 


『…………みづき、きょうもかてる?』


 いつもどおり、めるくは約束の言葉を口にする。


「あァ、当たり前だ。オレ達が辿り着く場所は、こんなとこじゃねえよ」


 ――ここはただの通過点だ。


 誓っている。

 もう、誰にも負けないと。

 頂点以外に立つつもりはないと。


 それでも、侮ることなど絶対に出来ない。

 同じ目をしている――刃堂ジンヤと。水村ユウジと。

 泥にまみれ、それでも立ち上がり食らいついてくる者達と同じ目をしているのだ――あの取るに足らない存在であった妹が、だ。

 


(みづき、ちょっとだけ『ふあん』みたい……。でも……へーきだよ……)



 めるくはパートナーから伝わってくる想いを感じつつも、その事実を口にしなかった。

 

 

(だって――、みづきときらら、おなじ『め』をしてるから)



 □




「…………さあ、アンタのここまで積んできたもの、見せてもらうぜ」




 観客席でフードを目深にかぶった少年が呟く。

 彼はかつて龍上ミヅキと戦った経験もある者――空噛レイガ。


 彼が視線を向けるその先には――。




 □




 両者の戦意が高まると同時――『Listed the soul!!』の音声が響き渡った。


 

 龍上ミヅキが初手に選択した技は――《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》。

 

 彼が持つ技の中ではシンプルであるが故に高い強度を誇るそれは、ただ踏み込み、ただ切り込む。最速、最高威力の斬撃で切って捨てる。

 相手の出方を探る必要もなければ、こちらの技を温存する必要もない。この技はもう十分見せてしまっている、今さら隠す必要はないだろう。

 一度見せたところで、再び見せてしまえばそれだけ技に目を慣らされてしまう恐れもある。

 やはりビデオで見るのと、肉眼で見るのでは、情報量がまるで違うのだ。

 その点を考慮すれば、この技を温存するべきなのかもしれない。

 だが、今のミヅキにその必要はない。

 

 

 

 野太刀を高く高く掲げて、身体中に魔力を満たし、駆け出そうとしたその時だった。



 「――――《凍土塗覆とうどとふく》」


 

 ミヅキが技のモーションに入ると同時、キララは抜き放った刀を素早くリングへ突き立てていた。

 足元から激烈な勢いで魔力が広がり――、一瞬にしてキララとミヅキの間に広がる地平を、氷で覆ってしまった。



 □



「あれは……」

「お前の技だな」


 フユヒメが目を見開き、トキヤが冷静に事実に気づいた。

 

「氷使いとしては基本だけれど……、あの子、上手になってるわね」


 三年であり、氷使いとしてキララよりも遥かに先達のフユヒメから見ても歓心させられる。

 単純な技ではあるが、それ故に『いかに早く術式を構築し、発動させるか』、『適切にその技を選択できるか』と差が出るポイントだ。

 

「龍上――……龍上兄の方の技を上手く潰したな。高速で踏み込むことで一瞬で間合いを潰しちまうが、その分、氷上でのコントロールなんかできねえだろ。あのまま突っ込んだら確実にコケる」


 フユヒメとの戦いの経験が豊富なトキヤにはわかる。あれは単純だが厄介だ。近接で戦いたい者ならなおさら。

 しかし――。



「龍上ミヅキは近接だけの騎士じゃねえよな」


 

 □

 

 

 トキヤの読み通り、踏み込みを潰されたことに気づいたミヅキは、接近を諦めてすかさず方針を変更。

 身体強化へ回すために満たした魔力を転用、野太刀へ雷撃を纏わせ、その場で振り下ろす。

 雷光斬撃。

 飛翔した雷撃がキララを貫かんとするも――、


 ミヅキが野太刀を振り下ろす前に、キララも次の手を打っていた。

 野太刀が振るわれる前に、キララはこう口にしていた。



「――《蒼壁そうへき》」


 

 リングが氷に覆われると同時、リング上へ広がる氷が盛り上がり、キララを雷撃から守るための壁となった。

 雷撃は氷壁によって阻まれる。

 

 セイハが扱う《天蓋》に比べれば硬度で劣るが、それでも雷撃を防ぐには十分だった。

 キララはオウカ戦において、《蒼盾》という手持ちの盾を使っていたが、なぜ今回はそうではなく、地面から壁を出しているのか。



 □



「……なるほど。《凍土塗覆とうどとふく》と《蒼壁》は一つの技という訳か」


 氷による防御を得手としている蒼天院セイハは即座に答えに辿り着いた。

 

 『地面を凍らせる』、『氷で盾を生み出す』――これらの術式を別々に構築し、発動させればその分魔力消費と時間がかかってしまうが、地面を凍らせるのと同時に、その氷から派生して壁を生み出せば、手順を簡略することができる。


 つまり――


「読んでいたのか、ここまで全て……」


 セイハは自身の中で龍上キララの評価を上げた。

 

 思えばキララは、最初に地面を凍らせる判断も、そこから氷壁を作り出す判断も、あまりにも早すぎた。

 龍上ミヅキが行動を起こすよりも先に、既に術式を始動させていたのだ。だからこそ対応が完璧に間に合っているのだが――、もしも読みを外していれば、無駄な技を使うことになっていた。

 わかっていた、ということだろう。

 龍上ミヅキが初手に《雷竜災牙ハイドラ・アドヴェルサ》を選び、それをリングを凍らせることで潰せば、即座に雷光斬撃を放つことを。

 ならば。

 龍上キララには、どこまで読めているのか――?



 □




「――チッ……、」


 小さく舌打ちするミヅキ。

 両者ダメージはなし。勝敗の天秤は未だ平行に保たれているように見えるが――、攻めきれていないという時点で、向こうにペースを掴まれている。であれば、勝敗は僅かに相手へ傾いているか。

 さて、どう打開するか。

 そう思考しようとした時だった。



「――《氷涙弾雨ひょうるいだんう》ッ!」


 

 キララが既に次の術式を放っていた。 

 いくつもの氷塊をミヅキ目掛け放つ。

 フユヒメ程の威力も手数もないが、それでも厄介なのは確かだ。

 

 しかし――、氷塊がミヅキへ接近する途中、バヂィッ! と激しい炸裂音と共に砕け散った。

 雷撃結界。ミヅキに対し、遠距離攻撃を当てようと思ったらまずはこれを突破しなければならない。

 既に一回戦、二回戦でこの技は見せている。つまり攻略法も公然だ。


「――――……、あァ?」


 キララもユウジやハンターがやって見せたように、結界作動直後に存在するタイムラグを狙い弾丸を通す手法を取ってきた。

 キララの放った氷塊は二つ重ねられており、一つが結界に阻まれても、もう一つが抜けてくる。

 しかし。


 ミヅキは野太刀を振るって、抜けてきた氷塊を斬り飛ばす。手数がまるで足りていない。

 これではユウジにも、ハンターにも及ばない。

 ハンターはユウジには手数で劣ったが、放った岩の中に粘着性の糸を仕込むという罠でミヅキを苦しめてきたが。


 ――こんな下らない手を打つだろうか。


 ここまでミヅキを研究し尽くした攻め方をしておいて、なおかつ事前に情報が出揃っている技に対し、なんの捻りも入れない攻めを選ぶか?


 僅かな違和感――直後。


 ミヅキの足元から、氷柱が伸びた。



「――――《剣林氷樹けんりんひょうじゅ》」

 

 既に技を放っていたキララ。

 

 キララは見抜いていた――雷撃結界の攻略法において、これまで他の騎士が到達していた地点の、その先に気づいていた。

 あの結界は、ミヅキを立つ地点を中心に、彼を半球上に覆っている。

 では、彼の足元は?

 結界の感知範囲を抜けて、直接ミヅキへと攻撃を仕掛けてしまえば、結界に阻まれることはないのではないか?

 

 答えは既に判明した。

 キララは直接ミヅキの足元へ術式を置いて、そこから氷柱を伸ばして攻めたが――



「――まだ温ィな」

 


 踏み潰した。

 ただ、足へ雷撃を纏わせ、そのまま伸びてきた氷柱を踏み潰し、砕いた。


 さらに大量の氷柱が足元から迫る。

 野太刀内部の連接点が伸びて、蛇腹剣が姿を露わにすると、蛇が舞うように自在に動き、氷柱を全て食らっていく。

 さらに自身の周囲へ雷撃を撒き散らし、どれ程大量の氷柱が迫ろうが根こそぎ砕いていく。


 ここまでしてくる相手が、下らない手を打つはずがない――その違和感で即座にキララの狙いに気づき、これまでの相手より一歩先の攻略法すらも、容易く捻じ伏せた。

 


「……さっすが兄貴……」


 

 これが龍上ミヅキ。

 遥か格上の化物。

 魔力量において、赫世アグニや斎条サイカが勝るだろうが、それでもBランクのキララからしてみれば全員同様、等しく『底知れない怪物』だ。


 そしてそれよりも恐ろしいのが、怪物でありながら思考を放棄しない点。

 魔力量よりも、なによりもそれが恐ろしい。


 

(でもまだだ……まだやれる……やれてる……! 兄貴はまだこっちへ接近できてない。それでこっちの『狙い』は作用してる……)



 

 キララの『読み』にはまだ先がある。

 ミヅキがどのタイミングでそれに気づくか。

 そこもキララとしては重要なポイントだった。

 ミヅキがあの地点にいるのならば、時間経過と共にキララは有利になる。

 

 ――ここまでで一つ、キララの戦い方にはおかしな点がある。

 龍上キララは、本来ならば出来るはずのことをしていない。

 それは――。




 □




「……そォいうことか」


 静かにミヅキが呟いたかと思えば――、


「――――攻められっぱなしは性に合わねェな」


 

 大きく距離が開くキララへ向けて、ミヅキは突如、刀を突き出した。

 本来であれば無意味にも見えるが、ミヅキが持つ武器の特性を考えればそうはならない。

 

 蛇腹剣が伸長され、凄まじいリーチを持つ突きがキララへ迫る。


「そんな遠間からの突きで……ッ!」


 いくら速さやリーチがあったところで、距離のある場所からの攻撃ならば見極める難度は低下する。

 身を捻って、容易く突きを回避するキララ。


 だが――ミヅキのこの動きの狙いは攻撃を当てることではない。


 空を切る蛇腹剣の先端はなおも進んで、キララの背後に地点に深く突き刺さる。

 そして、ミヅキは一気に蛇腹剣を縮めた。


 それにより、ミヅキの体が急激は勢いでキララのもとへと放たれる。


 ミヅキは突きを当てることではなく、接近することを目的としていたのだ。

 





「でも――――そこを狙ってたッ!」

 

 ミヅキは高速で迫ってくる。

 近接戦になれば、やはりミヅキには剣技で劣るキララは不利だろう。だからミヅキは接近することを狙う――全て、わかっていた。



 

 キララは充填していた魔力を解き放つ。

 この試合においての最大威力である、巨大な氷柱を放った――、高速で接近している最中で、身動きが取れないミヅキへと。


 これで決まってくれれば――――。


 そんなキララの願いはあっさりと砕け散る。



「狙いは悪くねェがな」


 ――――バチィッ! と電撃は弾ける音が響く。

 

 ミヅキはジンヤと同じく《雷》を操るが、彼と異なり、魔力で干渉する地点に制限がない。

 空中に磁場を形成し、その反発によって自分の体を弾き飛ばした。


 ミヅキの体が跳ね上げられる。それにより、氷柱がミヅキを捉えることはなかった。


 即座に術式を構築する練度。

 高速で動く中で、精確に形成した磁場を踏み抜く動体視力、反射神経、身体制御。

 『蛇腹剣を縮めることによる接近』という手を成功させようとも、一切の油断なく、相手がそれに対応することを読み、さらにそれに対応を重ねる準備を終えていたのだ。



「うッそでしょ……!? ……でも、まだ……ッ!」



 決め手になり得る一撃を躱された直後でも、キララにはまだ残してある手があった。


 彼女は、刀を鞘に収めている・・・・・・・

  







 しかし――ミヅキもまた、次の一撃を持っていた。

  




「――――《雷竜災牙アドヴェルサ翼撃エアリアル》」


 

 空中に形成した複数の磁場を利用して、『空中で踏み込む』という通常の剣術にはあり得ない動作から、さらに磁場の反発により刀を加速させ、斬撃を放つ。

 窮地において成った空中変速高速斬撃。





 対してキララが繰り出すのは。


 雷咲流〝雷閃〟があらため――――




「――――《業火一閃アウスブルフ》ッ!」





 

 激突する斬撃と斬撃。

 硬質な金属音が奏でられ、ここからの戦いは剣と剣に委ねられることを告げていた。








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