第七話 氷狼狂乱
「――で、今に至るっていう感じかな……」
長い話だったと思う。
いろいろなことを話した。
師匠との出会い。ハヤテとの出会い。辛い修行の日々。ハヤテが僕にとって初めての親友だということ。
僕とハヤテの境遇が似ていたということ。
親友を失望させてしまったことの悔しさ。
彼に認められた時の喜び。
どれも、大切な思い出だ。
「……なんか、男の子っていいね」
ナギさんが、ぽつりとそう言った。
「……うん、いいね……変な言い草になるけど、妬けちゃうなあ」
「あ、わかるかも」
ライカの言葉にナギさんが同意して、二人は笑う。
「……ところでさ」
ふと、ライカが僕を見つめて言う。
「………………………………………………………アンナちゃんとは、その後どうなったの?」
…………あ。
ヤバイ、と思った。
「ど、どうって?」
「……一緒に暮らしてたんだよね?」
「う、うん」
「へぇ~……私と離れている間、女の子と暮らしてたんだぁ……」
ライカの瞳から光が消え失せた。
「ちょ、待ってライカ! 女の子って言っても、彼女はなんていうか、妹みたいな存在……というか、妹弟子というか……妹そのものというか……!」
「男の人って、好きだよね……妹……」
ライカの首が物凄い角度になる。前髪が目元にかかり、その隙間から覗く昏い瞳が不気味だ。
髪の毛が一本、口の端に引っかかるが、気にしている様子はない。
狂気じみた表情だった。
「で、アンナちゃんは、どうなったの?」
「ど、どうもなってないよ……! 途中から話に出てこなくなったのは、今の話がハヤテとの話だからで……ハヤテは僕より一年早く、師匠のもとを去ったから、そこで話は終わりなんだ。僕はもう一年師匠のもとにいて、その時もいろいろあったけど、今はその辺りは関係ないから省略しただけで……」
「いろいろあったんだ……アンナちゃんと……」
「いや、師匠とだよ! アンナちゃんともだけど……」
「へぇぇぇ~……そう、そうなんだ……あったんだぁぁ~……アンナちゃんといろいろ……」
ダメだ、何を言っても通じない!
というか、怖い!
どうすればいい……と悩んでいると……。
「…………ぶはっ……ははははははっ、あっははははははははははははははっっ!!!!」
突然ハヤテが吹き出した。
「は!? なんでそこで笑い出すんだよ、ハヤテ!」
「いや、だってよ……笑うだろ!」
「笑い事じゃないぞ!」
「正直、めっちゃざまあねえ!」
「はぁ!? なんてこと言うんだ!?」
「いやだってよ~……」
「なんだよ……!」
「オレはアンナちゃんにあんまり構ってもらえなかったのをめっちゃ根に持ってるから、お前がアンナちゃんのことで苦しんでるのがめっちゃ気分が良い!」
「本当に人としてどうかと思うからねその発言!!!!!」
「…………ねえ、ハヤテくん」
そこで、ゾッとするほど冷たい声が。
ナギさんだった。
ナギさんもだった、ナギさんも光が消え失せた瞳で、ハヤテを見つめている。
「…………その師匠、オロチさんって……胸が大きいんでしょ……?」
「い、いやあ……それは……」
「師匠の胸は大きいですよナギさん!」
「親友を売るってのかテメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
「先に見捨てといてなんだよ!」
「とりあえず二人とも……」とライカ。
「話、聞かせてね……?」とナギさん。
それから僕とハヤテは、二人にひたすら弁明をすることになった。
かつてのあの日々に、疚しいことはなかったと。
今の恋人がどれほど大切かを。
そんなわけで。
僕らは水族館の片隅で恋人への愛を叫んだ。
□ □ □
『アンタが夕凪熾焔で間違いねえよな!? 炎赫館学園三年! 学園序列2位! 前回大会ベスト8! 今年の彩神剣祭出場確定者!』
『ああ。そういうお前は?』
『空噛レイガ! アンタと遊びに来た!』
『それだけか?』
『他になんかいるかァ!?』
青色の拳銃を構え、銃口をシエンへ突きつけるレイガ。
赤色の拳銃を構え、銃口をレイガへ突きつけるシエン。
□ □ □
ボサボサの青髪、鋭い八重歯が覗く口元。どこか狼を思わせる野性味に溢れた少年――レイガは、目の前の男を見つめていた。
艶やかな赤髪、相手を見透かすような鋭い眼光を放つ赤い瞳、神経質な印象の男――シエンは、目の前の少年を見つめていた。
互いに銃を突きつけ、視線が交差した――直後。
二人の戦いの幕開けを告げる銃声が響いた。
レイガの放った弾丸は、そのまま進めばシエンの額へ撃ち抜く軌道。
シエンの放った弾丸はそのまま進めばレイガの心臓を撃ち抜く軌道。
しかし。
シエンは、レイガが出会い頭に放った攻撃への対処と同様に、軽く首を振って回避。
レイガも身を捻って、弾丸を回避した。
銃弾を避けるという、信じられない所業を難なくやってのける二人。
「お前……まさか、俺と同じ……!」
「いいや、ハズレだ! オレはアンタと同じ未来予知なんか持ってねえよッ!」
「――ッ、」
レイガの言葉に目を細めるシエン。
こちらの予想に対する回答が先回りでもたらされた。その上、予想は外れているという。
「こっちが一方的にそっちのことだけ知ってるのはフェアじゃねえよな! オレの自己紹介に物足りなそうにしてたし、もうちょい教えてやるよ……ほら、ちょっと撃ってきな!」
「……」
両腕を広げて笑うレイガ。
まるで隙だらけ。挑発的な態度だ。相手が軽薄な態度通りの愚者ならこのまま撃ち抜いて終わりだが、態度に反して何か考えがあるのは間違いないだろう。
でなければ、自分の周りに転がる者達の説明がつかない――とシエンは思考を巡らせる。
彼の周囲には、レイガに倒されたこの屋敷の護衛に当っていた騎士達が大量に倒れている。
倒れている騎士達を見た時、違和感を覚えた。
しかし今は目の前の敵。違和感については後回しだ。
シエンは隙だらけのレイガに向けて発砲。
罠の可能性もある。
が、仮に罠だろうが、シエンにそんなものは通用しない。
なぜならシエンの能力は、先刻レイガが言った通り『未来予知』だからだ。
罠だろうがなんだろうが、先に知っていれば関係ない。
そして、シエンは能力を発動。
その未来を見た瞬間――彼の何もかも見透かすような冷ややかな視線が、驚愕に歪んでいく。
銃弾が、停止している。
どういう理屈はわからないが、銃弾は標的の手前で停止――レイガはそれを見て弾道を確認して、身を躱しているのだ。
念動力が何かだろうか。
だが、だとすればなぜ銃弾の方を逸らさずに、自身が回避する必要があるのか。
念動力と仮定した場合、それを攻撃に使用してこないのも不可解だ。
自らの能力の不調だろうかと、驚愕に動揺した考えを浮かべていると、未来で見た現象そのままの光景が、シエンの目に飛び込んでくる。
能力の不調などではない。
シエンの瞳は、正しく未来を見ていた。
「別に能力当てクイズを出すつもりはねえよッ! 教えてやる、オレの能力は『時間停止』だ……ま、これが全部じゃねーけどなッ!」
「……時間、だと……?」
時間を操る能力は存在する。
彼の能力が言葉通りのものなら、シエンが見た未来で起きる現承とも一致する。
かなり希少で、強力な能力だ。前回大会の上位にも時間を操る騎士はいた。
故に、そんな能力を持っていながら、素性がまったく不明なこの相手は異常だ。
さらに、そんな希少な能力を持っていて、それが相手に知られていないというアドバンテージを平然と投げ捨てるのも理解できない。
狂っている。
レイガの得体の知れなさに、背筋が凍る。
「なーにびっくりしてんだァ? そんな驚くようなことかッ!? だってさぁ、オレだけアンタの能力知ってて、アンタがオレの能力知らねえのは、フェアじゃねえだろ? 正々堂々行こうぜ! オレァ、楽しい戦いがしてえんだよッ! だから、楽しくするためにはなんでもするぜッ! これで楽しくなるだろッ!?」
フェアな戦いがしたい。
理由を語られたところで、不可解さが増すだけだった。
理解できない。
だがそれでも、負けるわけにはいかない。
シエンは恐怖を払うように銃を振り上げ、レイガへ発砲。再び弾丸は停止し、見切られてしまう。
レイガの反撃を未来視で読み、回避。
当たらない。
互いに外すような距離ではない。発砲した時点では、間違いなく相手の急所を撃ち抜くはずの射線だ。しかしまったく当たらない。
時間停止。
未来予知。
二人の銃使いは、共に銃弾を回避することに長けた能力を持っていた。
ならばこの戦い、いかに互いの能力を破り、銃弾を当てるかというところに終始する。
□ □ □
夕凪熾焔。
炎赫館学園三年。学園序列2位。前回大会ベスト8。今年度の彩神剣祭出場確定者。
先程レイガが口にしたプロフィールに間違いはない。
シエンの学園序列は2位。
そして、現在学園序列1位の生徒は、二年。彼の後輩なのだ。
彼が入学してきたばかりの頃は、シエンの方が上だった。
だが、彼は凄まじい速度で成長していった。
去年の彩神剣祭、シエンは彼と当たり、そして負けた。
『シエン先輩、わりいけど、今年もオレが勝ちますよ』
『ハッ、抜かせ……俺は今年で最後だ。優勝するついでに、去年の雪辱を果たしてやるさ』
負けられない。
こんなところで。
シエンはもう、誰にも負けられない。
あの後輩に、恥じない先輩であるために。
誇れる己であるために。
最後の大会――それを前に、こんな得体の知れない相手に遅れを取るわけにはいかない。
銃声が連続する。
一息に五発。狙いを散らしてレイガへ叩き込む。
その内三発は停止させられ躱される。残りに二発は狙いを大きく外して、後方の床を穿っていた。
今の攻撃で気づいたことがある。
停止させられた弾丸と、そうでない弾丸。
そうでない弾丸は、狙いを外していた――では、それはどう見分けていたのだろうか?
当たるかどうか、停止させる前に見分けがつく方法があるなら、停止させる必要はないだろう。
「もう少し試してみるか……」
□ □ □
レイガは右手に握っていた銃を空中へ放り、パチンと指を鳴らした。
瞬間。
レイガとシエンを隔てる空間、その中間に氷の壁が二つ出現した。
射線を遮るようなものではない。シエンは視界の端に出現した用途不明の氷壁に訝るような視線を向けるも、現状で危険性はないと判断したのか、すぐに視線をレイガへ戻した。
相手の視線の動きを把握し、レイガは笑う。
そう、今はまだあの氷壁が勝因になるわけではない。
防御に使うわけでもない。氷壁を直接、攻撃に使うわけでもない。
しかし――これが、この戦いの決め手になる、とレイガは確信している。
空中の銃を掴み取り、左右同時に発砲。
狙いはシエンではなく、出現させた氷壁。
銃弾は氷壁に激突し、直後。
二発の銃弾が、同時に跳弾し、シエンへ向かう。
驚異的な曲芸。初見でこれを防ぐのはまず無理だろう。
――だが、シエンにとって初見の攻撃などというものは、この世のどこにも存在しない。
「そいつは既に俺の未来視が捉えた攻撃だ」
後方へ跳び、同時に襲来する跳弾を躱すシエン。
彼の握る赤い銃が、輝きを放つ。
「爆ぜ砕けろ」
輝きを纏う銃。構えた瞬間、二丁の銃から同時に魔法陣が出現する。
銃になんらかの効果が付加されたことが察せられた。
左右同時に一発ずつ。放たれた二発の弾丸は、跳弾により弾道の予測を困難にさせるために設置された氷壁に着弾。
刹那、爆音が轟く。
シエンの持つ能力は未来予知。そして、魂装者の属性は火。
爆破術式を作用させ、着弾と同時に爆破する銃弾を放っていたのだ。
さらに。
シエンの握る銃の輝きが増す。
大量の爆破術式を纏った銃弾を、レイガへと叩き込む。
□ □ □
爆炎に巻き込まれレイガの体は吹き飛ぶ――などと、都合のいいことになるとは、シエンも考えていない。
爆破術式を込めた弾丸は、先刻の停止が作用したか否かという情報から、一つ踏み込んで敵の能力を検証するための攻撃だ。
大量に放った内のレイガへ直撃するコースの弾丸が停止させられた、その刹那。
停止した弾丸に、レイガが放った弾丸が激突。
弾丸で弾丸を撃ち抜くという、常軌を逸した神業。
先程の跳弾を利用した射撃といい、レイガの振る舞いからは考えられぬ繊細な技術に、シエンは戦慄させられた。
弾丸をぶつけられ、爆破術式が込められていた弾丸は、標的から大きく離れた場所で虚しく爆ぜた。
それでも全てが弾かれたわけではない。
停止せずレイガの後方へ抜けた弾丸がいくつかある。
やはり全てを停止させられるわけではないようだ。
停止の条件には既に当たりをつけていた。恐らくは範囲。停止するものはレイガへ当たる軌道のもので、そうでないものは停止せず外れるのみ。
今しがたの射撃と、その前の射撃、どちらも共通して狙いが外れた弾丸は停止しなかった。
停止させる領域の範囲――シエンが確かめたいのはそれだ。
そして、推測が正しければ、この一手で決着……とまではいかずとも、能力を破る手立ては見つかるはずだ。
外れた爆破弾丸が作動。レイガを後方から爆発が襲う。
予測は、当たった。
レイガは後方に氷壁を出現させて爆発から己を守った。
氷壁による防御。
停止ではなく、防御だ。
停止範囲に制限がないのなら、全て停止させ躱せばいいだけだ。それをしないということは、防御した部分からの攻撃は死角ということ。
停止が作用するのは前方のみ。
それでも十分強力ではあるが、絶対の壁ではない。
シエンが停止領域を避け、後方からレイガを襲う形で爆発が及ぶ軌道を計算し、一気に追撃の弾丸を繰り出そうと銃を構えた途端。
シエンの狙いを即座に察したレイガが、素早く駆け出していた。
ならばとシエンは、レイガが動いた先を狙って射撃するも――今度はレイガがそれを読んで急停止。それによりシエンの狙いはズレて、弾丸は停止領域に重なる。
停止した弾丸は撃ち抜かれ、弾き飛び爆ぜる。
「……へぇ――――ッ! やるねェ、いいねェ、さすがに弱点まで教えなくても勝手に当ててくれるか、でもさァ!」
銃を手放し、指を鳴らし、即座に銃を掴む。一連の動作を高速で終えるレイガ。
「こっちだって、そっちの能力を破る算段はついてんだよねェッ!」
叫びと同時に、氷壁が大量に出現する。
二人の左右、そしてシエンの背後にすら。
空間にいくつも現れた氷壁。配置も無作為のように見えるが……。先程は二つのみだったが、今回は大きくその数を増やし、少なくとも十数個は下らない。
レイガは手近な氷壁を撃つ。そこから跳弾しようが、どうやってもシエンに命中することはないという位置にある氷壁だった。
弾丸が、氷壁に当たり――跳弾、そしてその先には氷壁が、そこへ当たると、さらに跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾、跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾。
弾丸はピンボールさながらに高速で氷壁に弾かれ続けていく。
レイガは発砲を繰り返しているので、空間を縦横無尽に跳ね回る銃弾は増えていく。
ただの跳弾ならば、一度で威力は大きく減退するだろう。だが氷壁には魔術的作用が仕掛けられているのだろう、銃弾は勢いを失わずに跳ね回る。
並みの騎士なら、これで終わりだ。
そもそも銃弾を回避するということやってのけるレイガとシエンは前提として異常なのだ。
縦横無尽に跳ね回る銃弾、などというものは、普通の騎士にはどうやっても回避不可能。
しかし、夕凪熾焔が普通の騎士であるかといえば――断じて、否。
彼が持つ未来予知には、どれだけ複雑な軌道だろうと関係なく、自身に当たる銃弾を見ることができる。
だというのに。
銃弾をいくつか躱した時だった。シエンの頬に激痛が走る。頬を銃弾が掠めた。
躱しきれなかった。
□ □ □
シエンは考える。
恐ろしい技だ。
未来予知がなければ躱すことは不可能だっただろう。
切れた頬が熱い。
だがこれで終わりだ、当たるのはこの一発が最後。
相性が決定的に悪かった。自分以外ならば、こんな技は躱すことはできないだろう。
防御するなり、この技の発動自体を防ぐしかない。
だが自分ならば――全て見切り、躱して見せる。
そして、時間停止を破る方策も見えている。
銃弾を躱しきり、その隙に爆破術式を込めた弾丸をありったけ叩き込む。
それで終わりだ。
停止領域に制限がある以上、全ての弾丸を防ぎ切ることはできないだろう。
勝利するという未来は、既に見えている。
□ □ □
レイガは考える。
確かに、未来予知という能力は凄まじい。
大抵の攻撃は、見えてしまえば躱せるだろう。初見では躱せない、という類の攻撃ですら、大前提ある『初見』を潰せる、言わば『初見殺し』殺し。
では――見えていたとしても躱せない攻撃ならば?
レイガの放つ銃弾による包囲は、そういう狙いの攻撃だ。
跳ね回る銃弾が見えたところで、前後左右上下、あらゆる方向から襲い来るのだ。
その場合――未来予知を持つ者が見る光景は……。
□ □ □
シエンは、確信する。
□ □ □
レイガは、確信する。
□ □ □
二人の騎士は。
同時に己の勝利を、確信した。
□ □ □
「さァ、そろそろ終わりだ、ありがとよッ、楽しめたぜッ!」
「ああ、終わりだな……お前の敗北でな! その驕りと共に、爆ぜ落ちろ……ッ!」
「いいや、オレは負けねえッ! 目に焼き付けとけよ、アンタの負ける未来をなッ!」
再び互いに銃を突きつけ合う。
同時に、発砲。
瞬間。
シエンは信じられない未来を見た。
跳ね回っていた弾丸の一発が、シエンの銃に直撃。
下から跳ね上がってきた銃弾は、銃口を上へ逸した。当然、狙いを過ち、爆破術式が込められた弾丸は明後日の方向へ猛進。
……という未来を見た以上は、一度その弾丸を躱して、再度狙いをつけて……、
――と思考している最中、さらに未来を見た。
今度は別の弾丸が、己の額に命中する未来だ。
首を振って躱し――そこで、さらに別の未来が、今度は胸を弾丸が貫く。
一度右へステップして、未来を見た。回避動作。未来を見た。回避動作。
未来を見た、未来を見た、未来を見た、未来を見た、未来を見た……敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、敗北する未来を見た、――シエンは、どうやっても回避は不可能という、敗北する未来を見た。
「ほーら、言っただろ?」
未来予知で見た通りの軌道を描いた銃弾が、シエンを撃ち抜いた。
どれだけ未来を見ようが、関係ないほどの物量で押しつぶせばいい。
レイガの打ち出した策は極めて単純なものだった。
シエンが読みきれなくなるほどの弾丸を撃ち続け、高速の乱反射でさらに軌道を読む手間を何倍にも増やした。
未来予知のキャパシティを超え、予知が出来なくなったか、それとも単に『読めているが躱せない』という状況に陥るのか、どちらでもよかった。
同じことだ、自分の勝利は揺るがない。
「――目に焼き付けなァッ! そいつがアンタの敗北だッ!」
□ □ □
崩れ落ちたシエン。
倒れてから、何かがおかしいと気づく。
自分は、なぜまだ意識がある? 自分は、なぜまだ生きている?
銃で撃たれたというのに。なぜ自分は平気でいられる?
「殺されるとでも思ったかッ!? ばーか、殺さねえよッ! そんなことしたらもったいねえだろッ!?」
そう語りながら、レイガが歩み寄ってくる。
「周り見てみろってッ! アンタの部下も生きてるぜー?」
シエンは言われた通り、周囲のレイガにやられた騎士達をよく見てみる。
誰も、血を流していない。うめき声を上げている騎士達。彼らは気絶しているか、立てなくなるほどのダメージを負っているだけだ。
「仮想戦闘術式か……!」
そこでシエンは己の頬に触れる。
そこは銃弾が掠めたところだが、血が流れていない。
あるのは痛みだ。
極限の状況で気がついていなかったが、ずっと仮想戦闘術式を用いた戦闘だったのだ。
シエンはそれを使用していない。発動させたのはレイガだ。レイガはあの戦いの中で、相手を攻撃する以外に余分な魔力を使っていたことになる。
拮抗した戦いだったと思っていた。
間違いだった。彼にとっては、相手を倒すこと以外に術式を発動させられるような、余裕がある戦いだったのだ。
一人の騎士が同時に使える術式の数は限られる。個人差はあるが、少なくともレイガは命への配慮をしなければさらに高度な術式や、並行して術式を行使することもできた。
「そォ――――ゆ―――ことッ! オレァ、戦うのは好きだけど、殺すのは別に好きじゃねェんだよなァ~……っつ―――か、もったいねえだろッ!? ここでアンタを惨めに惨めに惨めェ――――に生かせばさ、オレにリベンジしてくれるかもしれねえしさァッ! 待ってるぜェ~……楽しみになァ……アンタとの戦いは楽しかったよッ!」
銃声。
脚に銃弾が撃ち込まれる。
仮想戦闘術式下ではあるが、肉体的ダメージはなくても『銃で撃たれた』痛みはある。
「ッ……ぐッ、……ァ……」
撃たれた箇所に灼熱の痛みが走る。
「だからッ!」銃声。
「頑張ってッ!」銃声。
「たくさんオレを恨んでッ!」銃声。
「強くなってッ!」銃声。
「そうしたらッ! またやろうぜッ!」銃声、銃声、銃声。
何度も何度も、念入りに撃ち抜かれ、痛みで意識が途切れていく。
仮想戦闘術式下であろうと、ここまで痛みを叩き込まれれば、確実に後遺症は残る。
シエンの今年度の大会出場は絶望的だろう。
彼には望みがあった。
自分と再戦の約束をした後輩を倒すこと。彼に誇れる先輩であること。最後の大会、三年間の高校生活全てを懸けて、優勝を目指すこと。
彼は、彼を倒した後輩と共に、優勝候補の一人だった。
今ここに、一人の騎士の挑戦が、願いが、始まる前に、終わりを告げた。
□ □ □
『――終わったか?』
レイガは端末で通話をしていた。
「おう、終わった終わったー。久々にいい感じにバトれて楽しかったなァ――――……あァ、最高だ、最高だ、最高だ……やっぱ優勝候補クラスになると違うなッ! こういう時、アグニについてきてよかったって思うよ」
『こうして有用性を示した時は、オレも貴様を拾った甲斐があると思えるよ』
「だろ~? そんで、次はどーすんだ? オレは何をすればいい? 誰と戦えばいい?」
「標的の情報を送る。悪いが今回は戦闘じゃない、身柄の確保だ」
「…………戦っちゃダメ?」
「断じて許さん」
「えー……そいつ強いの? ボコってから捕まえればいいじゃん……」
そして。
「ああ、その標的はな――――」
続く言葉を聞いて、レイガは口端を吊り上げる。
「なあ、戦っていいか? 戦っていいよな……ッ!?」
溜息が聞こえてくる。
「標的は絶対に傷つけるな、丁重に扱え。この任務は貴様向きではないが……安心しろ、この後に貴様向けの戦いも用意してある」
「ふぅ――――ん? なんだよなんだよなんだよなぁ……まあ気が乗らねえけど、気が乗らねえことした後に楽しい楽しい戦いが待ってんならしゃーねェか、バトれるのを楽しみに、さっさと簡単なお仕事を片付けるとしますかッ! じゃ、標的のデータよろしく~~~~」
「ああ、しくじるなよ」
「誰に言ってんだ」
通話が切れる。
端末にデータが送られてくる。
写真と名前、居場所が記載されていた。
写真には、長い黒髪をリボンで結んだ、赤い瞳の少女が映っている。
標的の名は――――屍蝋アンナ。




