第09話 澄み渡る夏空の下で
――――「《世界焦がす破滅の炎剣》」
巨人が剣を掲げたが如き、天を衝く威容。
そのまま静かに、アグニはゼキの行く末を見つめていた。
もはや立ち上がれまい。
そう思いつつも、どこかで反する気持ちも抱いている。
「――……、」
たった今、自分が抱いた気持ちの正体を掴みあぐねた。が、どうでもいいことだ。直にこの戦いは終わる。
『な……なんという……速さ、破壊力……ッ! 凄まじい一撃をもらってしまった真紅園選手! 果たして立ち上がれるのか!?』
――1、2……。
カウントが開始される。
その間、アグニは魔力を抑える義務はない。仮にゼキが立ち上がったところで、そこへ最大限魔力を高めた一撃を叩き込むことができる。
ボクシングなどの格闘技において、クリンチ(相手に抱きつくなどして動きを止める)後に距離を取って仕切り直しが行われるが、異能格闘において『魔力を抑える』ことを義務とした場合、リングアウトを利用する戦法があまりにも有利になってしまうからだ。
大技を仕掛けた際に、すぐに場外に逃げて封じるようなことが罷り通れば、まともな戦いには成り得ないだろう。
そもそも剣祭自体、ある程度実戦を想定した戦いだ。実際の戦場で、相手が呑気にテンカウント待ってくれることはない。
だが、この状況においてゼキが圧倒的不利に追い込まれているのは、アグニの異常性あってこそだ。
ここでゼキが立ち上がったとしても即追撃――それも、あまりにも強烈な威力のものが放たれるのは、アグニの瞬間出力があまりにも桁違い故になのだ。
本来、一度場外に相手を弾き出すような攻撃の直後に、もう一度同等の威力の技を放つことなどできないのだから。
高威力の技には、相応の魔力を練り上げ、術式を構築する時間が必要になる。
だが、アグニはそういった全ての常識を超越していた。
ゼキは立つことができるのか。
立てたとして、リングに戻るのが間に合うのか。
そして、リングに戻れたとして、次の攻撃をどう対処するのか。
『人間ってあんな吹っ飛び方するのか……』
『なんだよあれ……、これ、学生の試合……だったよな……?』
『……でも、良い試合だったよな』
口々に驚愕に満ちた声を漏らしていく観客達。
良い試合だった――そんな空気がスタジアムを満たしていく。
勝負は決した。
真紅園ゼキは、十分に善戦した。ここまで一瞬で勝負を決めてきた赫世アグニに、何度も攻撃を叩き込んだ。
前の蒼天院セイハとの試合だって、剣祭史上に輝き続ける名勝負として語り継がれるだろう。
よくやった――そんな気持ちと共に、まばらに拍手が起こり始めた。
その時――零堂ヒメナは、表現し難い感情を滲ませていた。
誰もがゼキを賞賛している。
なのに、それなのに、ヒメナは拍手をすることが出来なかった。
本当に、これで終わりなのだろうか。
ここで彼は負けてしまうのだろうか。
この拍手には、何も悪意がない。それでもヒメナは、諦めることが出来なかった。
まだ、何かあるのではないか。
具体的な根拠はない。
それでも――真紅園ゼキはいつだって、どうしようもない絶望の底から這い上がり続けてきた。
セイハに出会い、敗北してから――。
嵐咲ミランと戦った時も、
電光セッカと戦った時も、
そして、再び蒼天院セイハと戦った時も。
立ち上がった。立ち上がって、立ち上がって、立ち上がり続けたのだ。
ヒメナは知っている。
ずっと彼を見てきたから。
だから、何一つ逆転の可能性が見えない暗闇の中でも、それでもゼキが立ち上がることを願ってしまう。
そして。
「……称えてやるには、まだ少し早いな」
横に座る兄――蒼天院セイハが、静かにそう言った。
「……え?」
「ヤツがこのまま終わると思うか?」
「……いえ、思いません。でも……」
「むしろここからだろう――あの男は、地に這わされた後……そこから立ち上がってからが恐ろしい」
セイハはこの世界で誰よりも、その恐ろしさを知っている。
何度叩きのめしても立ち上がり向かってくる、消えぬ闘志を燃やすあの男の底力を、よく知っている。
「いつまで寝ている? いいのか、お前の勝利を称えるもの以外の拍手など響かせておいて」
セイハがそう呟いた瞬間だった――――
――――ッッドォンッ!! と、突如砲弾が炸裂したかのような音が轟いた。
ゼキが立ち上がり、リング端の壁を殴りつけていた。
彼自身が叩きつけられたものほどではないが、巨大な亀裂が生じている。
勝手に終わらせてんじゃねえ――と、そう拳で語るように。
一撃。
――――たった一つの拳で、競技場を静寂へ叩き込んだ。
「…………いいわけねえだろ」
セイハの声など一切届いていないが、こんな無様を晒せば彼がなんと言うかなど即座にわかった。
その後平然とリングへと戻り、
「……悪ィ、待たせたな」
「構わない、数秒長引いただけだ」
「あんだけ派手にブッ飛ばされたからな、そう簡単にゃ収まんねえぞ……まあいいや、後は拳でな――レフェリー」
「――え、あ、ああ……!」
ゼキに促されたレフェリーが試合の再開を告げる。
『立ち上がった――――っっっっっ!
真紅園選手、もはやこれまでと思われたところが立ち上がり、それどころか! 未だ闘志は消えていないと言わんばかりに拳を振るった!!』
まばらな拍手から一転、大歓声に包まれる会場。
『……そうじゃねェとな』
これまであえて沈黙を貫いてきた解説のソウジが静かに呟く。
無論、ゼキのことは心配していたが――それ以上に信じていた。セイハと同じだ。立ち上がる確信があったからこそ、多くを語る必要などなかった。
「お前の心がどこまで不屈であろうと、肉体の方焼き消してやればどうすることもできまい」
燃え盛る巨大な炎剣が一瞬で消失――否、圧縮、超高密度魔力が宿り、赤熱した剣が振るわれた。
炎剣をそのまま振り下ろすのでもなく。
炎剣の膨大な魔力を推進力に変換するのでもなく。
炎剣を一度圧縮、さらに極限まで魔力を高め、より明確な指向性を持たせ、触れたモノ全てを焼き尽くす必滅の業火として放つ。
「《世界焦がす炎竜の咆哮》」
多少の充填時間を要する分、威力・射程ともに炎剣を利用した突進すら遥かに上回る。
例え魂装者だろうが、直接当たれば確実に溶かし貫く防御不可能攻撃。
真実、《終末赫世騎士団》クラスの騎士にすら通用する、アグニの殺意が結実した絶技であった。
『なんという桁外れの技だァァ――――――――ッッッ!!!!??
軌道上の全てを焼き尽くす極大の火炎!!! リングが熱せられてドロドロに溶けて、さながらマグマの海のようだ!!』
――――アグニが技を放つのと同時。
リング端に待機していたある騎士――天導セイガは駆け出していた。
「――ぐッ……、さすがは、《終末赫世騎士団》と言ったところか……!」
彼が生み出した強大な重力場が、業火の軌道を捻じ曲げた。
捻じ曲げられた業火は、競技場上部を溶かしてもなお進み続け、天空目掛け伸び、雲を引き裂いた後にやっとその姿を消した。
アグニの力はもはや安全のための結界術式を凌駕していることは、一回戦の雪白フユヒメとの戦いの時点でわかっていた。
それでなくとも、彼は《終末赫世騎士団》。これくらいやってのけるだろう。
だが――それでも彼は、出場選手であることに代わりはない。
そんな彼に対し、出場を取り消してしまうなり、力を抑えるように命じることは出来た。
しかし、セイガにはある意図があって、それらの選択は選ばず、彼が全力で振るえる場を整えた。
リング周辺には天導セイガ、叢雲オロチ、八尺瓊ガライヤといった面々が待機しており、アグニが本気を出した時点でセイハも安全確保のため、観客席から降りてきていた。
『爆煙も晴れ、無残に変質したリングが露わになりましたが、しかし……真紅園選手の姿が、見えません……! こ、これは、まさか……そんな……!』
実況の桃瀬の声は始めに困惑、そして徐々に絶望を帯びていった。
ゼキの姿がない。
本当に、宣言通り殺したというのか。
死体すら残さず、完全に消滅させたというのか。
当然の結果――だろうか。
リングの上に、逃げ場はなかった。
そして、防御も無意味。
であればもはや、あの技から逃れる方法などないのだろう。
単純に考えれば――あの技を防げるのは、セイバ、レヒト、ランスロットのような概念系統の防御方法を持っている騎士だけだろう。
そうでない騎士は、まずあの技を発動させることを防ぐしかない。
――これが赫世アグニ。
――これが《終末赫世騎士団》。
あのジンヤ、ユウヒ、アンナ、ガウェイン、セイバ、レイガの六人がかりでやっと倒せた罪桐ユウと、正攻法の火力勝負でやり合える程の力が、今のアグニにはあるのだ。
次元が違いすぎる。
必然ではあるが――あまりにも無慈悲で、凄惨な決着。
「そ、んな……、こんなのって……」
真紅園ゼキは、灰も残さず消え去った。
その事実を受けて、零堂ヒメナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた――――その刹那。
「――――《開幕》――――」
――声、
その声の主は、
直後、アグニは振り向き、背後へ一閃。
そこにはゼキの姿が。
アグニの剣がゼキを捉えた――かに見えたが、ゼキの姿が消え去り、
「――――……テメェも、もういっぺん、ブッッッッッ飛べやッッッオラアァッッ!!!!」
再びゼキの拳が、アグニへ突き刺さり、彼の体を弾き飛ばした。
『真紅園選手、生還――――――――ッッッッッッ!!!! 生きていた、生きていた! それどころか、再び赫世選手に拳を叩き込んだああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアア!!!!!』
『なるほどな……、防御のしようがねェ、逃げ場もねェ……なら、逃げ場を作っちまえば良いわけだ。布石は打ってたな』
リングの上に、逃げ場はなかった。
リング全域を覆う程巨大な訳ではなかったが、それでも回避しきれるような速度ではなかったのだ。
だからゼキは、横でもなく、上でもなく――下へ逃げた。
布石は、アグニに容易く防がれていた、足元からの血杭。あの技の何重にも意味があった。
アグニの血溜まりの罠によって固定するためだけではない。
地面を掘り進み、トンネルを掘っておくことためでもあったのだ。
魔力を込めた血ならば、コンクリートすら容易く削ってしまえる。
気づかれぬように、崩れぬように、戦いながら、少しずつリング地下を掘り進めていた。
そして――、業火が放たれた直後、地下へ逃げ込み、トンネルと通って背後へ回っていた。
□
「今……《開幕》って……!?」
ヒメナはいつの間にか、リング端のセイハの横に立っていて、そこで口をパクパクさせながら答えを求めるようにセイハの方を見つめた。
ゼキが本当に死んだと思った彼女は、観客席の最前まで駆け寄って彼の姿を探し――そして、突然現れたゼキがアグニをブン殴った瞬間、あまりの驚愕と興奮によって観客席から身を乗り出して、そして――そのままリング端へと落っこちた。
セイハは素早くヒメナの危機を察知し、彼女を抱きとめ、そのまま兄妹並んで観戦している。
「どうして……、ゼキさんの《開幕》は、一度使ってしまったらもう……」
「――使っていなかった。それだけの話しだろう」
□
(……この男は、本当に……ッ!)
歯噛みするアグニ。
わかっていた。ここまで何度も出し抜かれ、警戒していたが、それでもなお、再び相手にペースを握られかけている。
ゼキの《開幕》。
そのあまりに特異な性質も相まって、上手く騙された。
アグニはずっと、『一発限りの必殺』に意識を集中させられていた。
当てれば確実に勝利することが出来る一撃。ゼキはそれすら囮するという大胆な策を選んだ――かに見せかけたのだ。
『《開幕》』とそう口にして、魔力を爆発的に高め、その後魔力を抑えて、さらにその後にアグニへ大量の打撃を入れた時も、あえて魔力を抑えていた。
騙される――というより、疑う余地がなかったのだ。
なぜなら、意味がわからない、筋が通っていない。
《開幕》を使って――使ったと見せかけて、であったが――囮にし、血による固定の罠に嵌めた後。
なぜそこで、まだ《開幕》が残っているのならば使わなかったのだろうか?
使えばそれで、終わっていたのではないのか?
「……まさか、ただ、俺を殴り続けるためだけに……?」
「それもあるけど、それだけじゃねえよ――そこで『一発』を打っても、テメェなら相殺出来ただろ?」
確かにあの時点ではまだアグニも《開幕》を使っていない。
あそこでゼキに《開幕》を打たれていたら、同時にこちらも《開幕》を使い、全力で『一発』を迎撃しようとしただろう。
それでは、アグニを倒しきれない。
ゼキの『一発』は絶対だ。それでも、アグニの《開幕》を使った全力ならば、相殺することが可能なはずだった。
だからゼキはあのタイミングでは、《開幕》を伏せたまま殴り続けた。
――そして、今。
ついにゼキは本当に《開幕》を使った――はずなのだが。
おかしい。
彼の《開幕》は『一撃に限り最高威力の拳打を放つ』というものではないのか。
であれば、先程のトンネルを利用した奇襲の時点で決着がついているはずだが。
――《開幕》の効果が、変わっている。
アグニはゼキの奇襲自体には気づくことが出来た。
《世界焦がす炎竜の咆哮》を放った後も、それでも『万が一』に備えて警戒を解いてはいなかったから。
だが――、あの時、奇襲に気づいたアグニの迎撃は躱された。
熱屈折による光学偽装も、それを見破るための熱線探知に対する、熱的偽装も、警戒していたというのに。
それでもなお、当たらなかった――ということは、光学偽装以外のカラクリが存在しているということだ。
それが新たな《開幕》なのだろうか。
ゼキの《開幕》は継続している。
持続時間が1秒以上経っている――つまり、『一発』は捨てたのだろう。一撃の威力を捨てた代わりに、異なる効果と持続時間の《開幕》へ《リデザイン》していたのだ。
――――そう、《主人公》ならば、それが出来る。
そこが、正道に《開幕》を手に入れた者と。
《魂装供犠》で《開幕》を手に入れた者の。
決定的な、差だった。
《開幕》の《リデザイン》には、魂装者の協力が必要不可欠だ。
最愛の魂を奪われたアグニでは、《開幕》を変化させることができない。
だからこそ、多大な負荷を許容してまで、《終焉神装》に手を出しているのだ。
(カレン……もしも今も、君と共に戦っていれば……)
――あり得ない、夢想をしてしまう。ずっと封じ込めていた、最愛への想い。
それは弱さだ。そのような情けない思考では、到底復讐は成し遂げられない。
弱さは全て、憎悪の火に焚べると、そう誓った。
軟弱な思考を捨て、勝利のための思考へと切り替える。
――――ヤツの《開幕》の効果はなんだ?
回避のための能力?
だがおかしい。そんな能力をヤツが選ぶだろうが。
――いいや、先入観を捨てた方がいい。
真紅園ゼキという男は、単純で、直情的で、一見何も考えずに好き勝手に振る舞っているように見えて、その実どこまでも己の目的達成のためにクレバーだ。
彼はその過程で平然と非合理なことをしたり、余人の理解に及ばぬ拘りを見せることがあるが、しかしどうやら馬鹿ではない。
今回の場合、アグニの態度が気に食わないと何度も言及し、それ故に勝機をあえて見逃しているかのように見えて、実際には全てが勝利のために繋がる行動を選んでいる。
《開幕》の能力は不明。
先刻見せた謎の回避方法も不明。
――――それでも、負ける訳にはいかない。
あの日の地獄のために。
失われた全てのために。
立ちはだかる敵が強い程に。追い詰められる程に、脳裏に浮かぶ地獄は濃く、深くなっていく。
あの地獄の中で芽生えた憎悪に懸けて、負ける訳にはいかないのだ。
「《世界焦がす破滅の炎剣》」
魔力解放――即座に炎剣を収束。
必滅の業火を放つ《咆哮》か、それとも自らの肉体を用いた《突進》か。
この状態ならば、自由に選択出来るのが強みだ。
高速戦闘を行いながらの、強力な術式の構築、維持。並の修練では到底辿り着けぬ境地ではあるが、憎悪を糧にこれまで重ね続けた研鑽にどうにか足を踏み入れた。
「――――ハァッ!」
《咆哮》でも《突進》でもなく――爆炎加速によって一閃の速度を高めた斬撃を、リングへと叩きつける。
インパクト地点からリングへ巨大は亀裂が広がり、ゼキはそれに足を取られて動きを止めた。
さらに巨人が足踏みするかの如き衝撃が同時起こり、リングが揺れた。
亀裂に足を取られた上に、揺れによって動きを止められる。
アグニの桁外れの膂力が可能にした、常識外れの行動阻害。
――さらに振り下ろした直後の剣を爆破、切り返し、加速。
爆破加速を利用した《燕返し》。
足を取られているゼキへ刃が迫る――、
「――ッ、ぶ、ねえ……ッ!」
ゼキはあえて血を操作して足元へ、わざと足を滑られせることで斬撃を強引に回避――が、それでは体勢を崩しているため、追撃を避けることはできない――
――直後、自らの体を爆破させ後方へ吹き飛ばして回避。
派手に転がって衝撃を分散させつつ、なんとか立ち上がる。
「……ッ、はァ……、はぁ……ッ!」
荒い呼吸をしつつ、肩を上下させるゼキ。
アグニの《開幕》直後に受けた《突進》によるダメージ。
そして槍により受けた二箇所のダメージと出血。
さらにここまでで幾重に策を張り、アグニの猛攻を躱し続けたことによる激しい魔力消費。
《開幕》は継続中だが――限界に近い。
だが、同時に――
「こ、ほッ……」
血を吐き出したのは――アグニだった。
本来であればどちから片方でも凄まじい負荷がかかる《開幕》と《終焉神装》の同時使用。
さらに開始直後と《開幕》後に受けた打撃、そして大量に受けた乱打。
アグニもまた、限界が近づいていた。
肉体的なダメージも、魔力のスタミナもだ。
このままでは、《開幕》の継続も危うい。
早々に決着をつけねば――と、再び魔力を解放させようとした瞬間だった。
「――――《炎華繚乱》」
再び、ゼキの一撃が、アグニを捉えた――。
いいや、否。
一撃、ではない。
一撃どころか――
断続的に鳴り響き続ける爆発音。
繚乱と、そう言った。
咲き乱れる花の如く。
幾重にも爆破が巻き起こり、ゼキの突きを、蹴りを、加速させて、継ぎ目なく、何度も、何度も、アグニへと打撃が突き刺さり続ける。
□
「――――っっっ!」
観客席で、アザミが拳を握りしめた。
この技は、ヒギリ・シラヌイがヴァン・シュトゥルムとの決戦において、ゼキが使っているのを参照し使用した技だ。
復讐のためにその身を焼き尽くした男の技は。
復讐者を焼き尽くさんと吼える少年が使った技に由来していた。
この奇妙な構図、壮大ではあるが、希薄な細い縁。
それでもアザミは救われる想いだった。
届くかも、しれない。
アザミの言葉では、アグニをどうすることもできなかった。
それでも――ゼキの拳ならば。
拳は時に、言葉よりもずっと雄弁なはずだから。
□
「――――ぐッ、こ、の……ッ!」
再びゼキに殴られ続け、脱出しようと足掻くも抜け出せない。
速い、速すぎる。反撃を試みるアグニよりも、ゼキの拳は一手先を行き続ける。
□
《開幕》限定奥義――《赫焉拳華》ではなく、
――――《赫焉拳華・繚乱》。
これが《リデザイン》した新たな限定奥義の名だ。
鍵になったのは、《火》ではなく《血》の方だ。
――――高地トレーニングというものがある。
高地トレーニングとは、人間の環境への適応能力を活かし、運動能力向上につなげるトレーニング方法だ。高地とは、低圧、低酸素、低温の環境のことで、効果的な標高は1500~3000mとされており、高地では酸素濃度が薄いため人間の体は酸素を取り込みにくくなり、血中の酸素濃度が低下する。
体は環境に適応した酸素濃度を確保するために、体内で赤血球数やヘモグロビン濃度を増加させ、酸素運搬・消費力のアップさせる。
ゼキはこのようなトレーニングを行わずに、このトレーニングより遥かに素早く、効率的に血中成分を操作して、爆発的に身体機能を高めることができる。
これにより、『一撃必倒』は失われたが、その代わりに持続時間と、驚異的な連撃を手に入れた。
もともとの《開幕》をどういったものにするか考える時にあった候補の一つで、《赫焉拳華》と並行して修練していたものだ。
セイハとの戦いの中で、クレナと絆を深めたことにより、こちらも高い精度で実現することが出来た。
故に、ゼキは今、強力な二種の《開幕》を使い分けることができるのだ。
勿論、一つの戦いで二つを使うことはできない。
だが――既にこれまで見せたように、相手は常に『一発』を警戒するしかないのだ。
だからこそ、これが効く。
『一発』を警戒させ続けたところへ、予想外の連撃を――特に今回は初披露だ。
こればかりは、誰であろうが、この上なく突き刺さる。
□
打たれ続けながら、それでもアグニは諦めていなかった。
脱出方法を探し、探し、思考し続けて――そして、見つけた。
少しずつ、少しずつ、アグニの体が鎧に覆われていく。
魂装者の形状変化。
やがて、アグニは全身を鎧で覆い、ほとんどゼキの打撃によるダメージを無効化した。
だが――。
「が、はッ……!」
「は、ァ……、はァ…………ッッ!」
さらに血を吐くアグニ。よろめき、倒れるゼキ。
二人の限界が、同時に訪れた。
ゼキの《開幕》は解けて、アグニもまた《終焉神装》と《開幕》が解除された。
アグニの《終焉神装》――その効果は、『レーヴァティン』の正体不明という逸話を活かしたことによる、高速武装換装。
《終焉神装》は、魂装者とは別系統の技術のため、《開幕》のように、魂装者に関する部分は干渉できないのだ。
だが、《スルト》と関係する『レーヴァテイン』の逸話によって、武装に関する能力を発現させていた。
高速で槍へと変化させたのも、鎧を纏ったのも、《終焉神装》の能力だったという訳だ。
互いに通常状態に戻った。
互いに既に、満身創痍。
しかし――――当然、互いに未だ、闘志は萎えず。
□
「おいおいおいおい……マジかよ、嘘だろ、嘘だろ……ありえねえ……ッ!」
信じられないという声をあげながらも、ハヤテの口元には狂気にも似た喜びが混じる笑みが浮かんでいた。
「ああ……本当に……、本当にすごいな、ゼキさんは……」
ジンヤもまた、静かに偉大な騎士への敬意を滲ませた。
一度は誰もが諦めた。よくやったと、勝手に終わりを決めつけた。
そこから――ついに、対等まで持ち込んだ。
そして、ここからだ。
ここからが、真紅園ゼキの本領。
□
「――――――さあ、殴り合おうや」
嬉しそうに。
爽やかな、少年のような笑みを浮かべて。
真紅の手甲に覆われた拳と拳をガチンとぶつけて、真紅園ゼキは、そう言った。
その日はアグニが収束させた業火で雲を切り払うことなどせずとも。
――――どこまで澄み渡る、青い青い夏空だった。
□
――――その笑顔を見た瞬間に、
なぜだろう。
いつかの記憶を思い出す。
あの日の地獄で、心が全て塗りつぶされる前の記憶。
いつかの夏の日。
「…………ねえ、アグニ。わたし達が大きくなって、もっと強くなって、そして日本に行ったら、そうしたら、いつか…………」
あの夏の日、カレンと約束したことは、なんだっただろうか――――。




