第01話 赫世の呪い
三回戦の試合が行われる前日――赫世アグニは、とある人物と会っていた。
その人物の名は――不知火アザミ。
コンタクトを取ってきたのは向こうから。アグニが『裏』での仕事用に使っている連絡先に、『赫世の秘密を教えたい』などと意味深なことを切り出してきた。
それだけならアグニも取り合うことはない。
アグニが『赫世』の名を隠していないのは、その名を知る者がそう多くはいないというのと、知っている少数に対しては『警告』として機能するからだ。
赫世。
――血塗られ歴史を持つ、呪われた一族。
その名を知る者ならば、抱くのは恐れであるはずだ。
曰く、一族の中で優秀な跡継ぎを選別するために蠱毒の如き殺し合いを行わせていた。
曰く、敵対する一族を、灰も残さず焼き尽くし鏖殺した。
魔術師の家系には当たり前のように付き纏う噂ではあるが、その辺りの事情について深く知る者ならば、これが偽りなどではないこともわかっているだろう。
相手の意図はわからないが、このようなやり口は異常であった。
赫世の秘密。
そんなことを知っている人間がいるはずがないのだ。釣り餌にしても、もう少しまともなことを思いつくべきだ。
なぜならアグニは、たった一人の赫世の生き残りなのだから。『秘密』を知る者など生き残っているはずがない。
たった一人残された赫世――だからこそ彼は、全てを復讐のために焚べたのだ。
挑発ならば、あまりにも愚かだ。
赫世の名を出せば、アグニの神経を逆なですることは容易ではある。その愚かさの代償は命を焼き尽くすことでしか贖えない。
――だが、万が一、本物ならば?
相手が本当に『赫世』について何か知っているのなら?
どうにも相手の語り口には気になる部分があった。
確かめる価値はある――そう考え、アグニは不知火アザミなる人物の提案に応じ、彼女と会うことを決めた。
□
「ガチだとしたら、どうやって『赫世』のこと知ったんだろうなァ?」
「直接問いただしてやれば済むことだ」
レイガと二人、競技場付近にある喫茶店で相手を待つ。この場所は以前、ユウヒがレヒトに付き添い、トキヤ達を呼び出した場所だ。
場所はこちらで指定しているので、相手が罠を張ることは難しいだろう。
レイガを連れてきているのは戦闘になった際に備えだ。
店内に誰かが入ってくる。
小さな少女だった。中学生か、それとも小学生くらいだろうか。
黒い無地のパーカーにデニムショートパンツ。
着飾っている様子はない。あえて印象を消している、というような雰囲気だ。
だが、地味な様相に反して深めにかぶったフードの隙間から伸びる赤色の髪は鮮やか輝きを放っていた。
赤髪の少女はきょろきょろと店内を見回した後、こちらを見ると目を見開いて歩み寄ってくる。
□
「……なんだよガキ、あっちいってな」
しっしっ、とレイガが苛立たしげに近寄ってきた少女に向けて手を振る。
「……む、またですか……」
「はァ?」
「私、子供などでは――……! っと、あ……ダメですね、これではソウジさんの時と同じです……。……はい……子供です……13歳です……」
赤髪の少女――アザミは屈辱に震えながらも、見た目通りの年齢を告げる。
百を超える年月を生き、ディアスティマ星導王国においての最高戦力《四星剣》として民を守り続けてきた誇り高き騎士であるはずなのに。
この世界における異能者の呼称としての《騎士》ではなく、本来の意味での騎士である自分が。
この身は異形を宿し、成長することはない。
その辺りの事情は全て、こちらの世界で軽々しく口にしていいことではない。
それ故に、かつての世界において最強の騎士であった少女は、この世界においては女子中学生を装わなければならないのであった。
「あァ? なんなんだよ、やっぱりガキじゃねえか。ほら、失せな、おにーちゃんザコには興味ないからさァ、おにーちゃんが優しくしてる内に言うこと聞いたほうがいいよー?」
「ぐ、ぬ、ぬぅ……!」
歯噛みするアザミ。
(こ、このガキぃ~……)
ぶっ飛ばしてやろうかと思った。
さすがに赫世アグニには敵わないだろうが、この少年くらいならば今の自分でも勝てるはずだ。
しかし我慢しなければ。
こちらは大人なのだ。悠久の時を生きる者として、子供のやることに腹を立てる訳にはいかない。
「……始めまして。私が不知火アザミです。……まず伝えておきましょう、アグニさん。
――私も《赫世》の生き残りです」
「……、」
「……はァ? はァァァアアアア……ッッ!? アンタ、なに言って……ッ!?」
アグニの視線が変質した。
絡んできた生意気な少年も驚愕に目を剥いている。
かましてやった。
アザミは内心で『してやったり』と思った。
これが悠久を生きる大人だ。
□
「どういうつもりか知らないけどさァ、ナメたこと言ってるとその口ブチ抜いて二度と喋れなく――、」
「――レイガ、逸るな」
ジャケットの内側に仕込んだホルスターから武装化させた魂装者である銃を引き抜こうとするレイガを制するアグニ。
レイガは殺しはしない主義だが、魔力神経を損傷させて口を利けなくさせるくらいは本当にするだろう。
それくらい『赫世』の話題はアグニにとって気安く汚されていいものではないと、レイガは考えている。
「説明しろ。わざわざ戯言を吐きに来たわけではないのならな」
「……この世界の赫世はあなた一人だけ、というのはあなたが一番よくわかっていますよね」
アグニは頷く。それで言いたいことが読めた。
「つまり、お前は《並行世界》の人間ということか?」
「理解が早くて助かります。私はこの世界の人間ではありません。詳しい素性は言えませんが……しかし、ある人物から、《赫世》についての情報を持たされています」
ある人物。
情報を持たされている。
彼女は誰かからのメッセンジャーということだろう。しかし彼女自身がただの使いっ走りとも思えない。
『ある人物』とやらの人選には、なんらかの意図がある。
彼女が並行世界の《赫世》というのも、ある程度信頼できると考えていいだろう。
あの鮮やかな赤色の髪。あれは赫世特有の魔力の出方だ。それに魔力の印象も、どことなくアグニが知る赫世の者達に似ている。
よもや『万が一』の方が来るとは。
目的はさておき、彼女は応対する価値がある人物だ。
「情報というのは?」
「……まず、前提の確認をさせてください。《赫世の呪い》については、どこまで?」
「当然知っているよ。今もまさに、その呪いの末路をこの身が体現している」
「そう……ですか……」
――《赫世の呪い》。
アグニも幼い頃から、父によく聞かされていた。
『赫世は深く愛する者を、その激情で焼き殺してしまう』。
『赫世の怒りは、やがて世界そのものを焼き尽くす』。
最初にこれを聞いた時は、《赫世》が持つ強大な魔力や、一族の者の精神性の傾向を表しているだけで、『呪い』というのは大げさな比喩だと思っていた。
だが違う。
そうではなかった。
断じて比喩などではなく、赫世は真実呪われている。
この世界に存在する法則に《因果》というものがある。《因果》が結ばれた相手とは、いつか戦うことになる。
他にも、《主人公》と呼ばれる存在が背負った《物語》。
その者の願いなどに応じて、未来に起きる事象の可能性が変化していく――噛み砕いて言えば、《主人公》はある程度願った通りの人生を歩めるということだ。
が、全ての《主人公》がそうではない。望まぬ物語を背負う者だって大勢いる。
赫世アグニもその一人だ。
もはやそのことに文句を言う段階はとうに過ぎ去ったが、望んで自身の物語を背負っているわけではない。
どこの世界に、自分の愛する者が殺し尽くされることを願う者がいるだろうか。
だから、アグニにとって自身が背負った《物語》は、呪いなのだ。
呪いの通り、いつかアグニは世界を焼き尽くすのだろう。
「――――呪いの原因については、知っていますか?」
「……一族の呪いというからには、赫世の先祖はさぞ深く呪われるような悪業を重ねてきたのだろう」
仮に自身に起きた悲劇の責が先祖にあるのならば、その者達に対する怒りは当然沸いてくるがしかし――既に死んでいる者に怒りを燃やしたところで空虚なだけだ。
そんな曖昧な方向へ怒りを向けるつもりはない。
この赫怒を向ける相手は、明確なのだから。
父親を殺した男――アーダルベルト・シュナイデル、彼を殺すことのみが我が人生。
「……いいえ、呪いの原因は、あなたの先祖のせいだけではありません」
――そして、
「もちろん一因ではありますが、より大きな因果をあなたに与えてしまった者は――……」
彼女は告げる。
《赫世の呪い》、その真実を。
「私の兄、ヒギリ・シラヌイ。
そして、私をここに送った人物である――赫世レンヤ。
彼らの《物語》による影響が、あなたにその悲しい《物語》を背負わせてしまっているんです」
というわけで、次回はメモリアとキミラグについても触れられるので、次回までに読んでおくとより楽しめるはず……!
2作とも読んでない方は、1週間で2作も無理でしょ……というのもあると思うので、優先度的にはメモリア>キミラグですかね。
ただ、結局はアグニさんのお話で、それは今作の中で完結するものなので、読んでいなくても問題ないといえばないです。
ここである程度過去作についてのネタバレをされてしまいますが、その後でも十分楽しめるはず……_(:3」∠)_




