エピローグ 今宵見る夢はきっと
トキヤが勝利した瞬間――
「ははッ、ははっははっはッ、あっははははは、ひゃ、あひゃっはほっははははは!!!
ざまあああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――――みろ刃堂ジンヤぁぁぁあああああああ!!!!
これに懲りて分ッ相ッ応ッ! というものを学んだら金ッ輪ッ際ッ! 《主人公》に挑もうなどと考えるな!!
やはり!! 私はァァ! 正しかった!!! あひゃほほほはっはははっははははは!!!!」
試合を見ていた白衣の男、トレバーは狂笑を上げながら歓喜に震えて身を捩っていた。
刃堂ジンヤが敗北した瞬間――厳密に言えば、刃堂ジンヤが意識が途切れかけ、そこを狙ってキルがジンヤを夢の中へと引きずり込んだ瞬間のことだ。
『夢の中』はジンヤの主観を元に形成されている以上、ジンヤが認識していない部分など存在しないように思えるが――キルの作り出した『世界』は特殊で、そう単純な構造ではなかった。
――キルが作り出した『夢の中の世界』は、《概念属性・夢》以外にも、彼女が《想像》によって扱うことのできる別の異能が利用されていた。
キルはジンヤの魂を、今の世界から引き離し、並行世界へ送り込んだのだ。
『ジンヤがトキヤに負けていたら』――そういう分岐によって生まれた並行世界。
その世界でジンヤを絶望させ、さらに別の夢の中へ落とす――蜜木キリカという少女とジンヤが共に過ごしていた世界へと。
そして、この並行世界というのがまた特殊だ。
夢の中の世界であり、並行世界――どっちつかずの不確定、そんな特殊の状態だからこそ、ユウヒ達は魔力を込めたペンダントという経路を通じて侵入することが出来た。
不確定が確定し、別の並行世界として確立されてしまえば、『夢の中』で侵入する方法だけでは、辿り着くことはできなかった。
だが、キルによって諦めの底へ落とされていたジンヤは、ユウヒ達の協力によって、再び戦うことを決意した。
ジンヤが夢から目覚めて、トキヤを打倒したことにより、不確定な世界は消えてしまった。
ジンヤとトキヤ、その勝敗の不確定さが消えたように。
これにより――トレバーの歓喜もまた、泡沫と消える甘い夢の中のみでの出来事となった。
つまり、今の世界においてのトレバーが取るべき反応は――
□
「なぜだァッ! なぜッ、なぁぁぁぜぇぇえッッッ、こんなことが起きるのですかァァァァァァァアアア――――――ッッッッ!?!?!?
夢か!? 夢だろ、悪夢でしょうががあああぁぁあァァ、覚めろォォォォオイイイイォオオオオオオオオオオオオ!!!」
空手家が瓦割りでもするかのように、試合の観戦に使っていたタブレットを叩き割るトレバー。
そんな彼を、暴れているペットでも眺めるような視線で見つめるビクターが、こう提案した。
「そんなに不思議ならもう一度精査してみたらどうだい? あまり生産性のないことをしてると、僕も心苦しいがキミの頭をそこでクッキーみたいに割れてるタブレットと同じように割ってみて、不出来の理由を調べないといけなくなる」
「…………申し訳ありません、ビクター様……、あまりにもおかしな結果が出てしまったもので。そうですね……え、ええ……、もう一度確認してみましょう」
ビクターは口調こそ穏やかではあるが、それが自身が知りたい情報を得るのに必要なことであれば、鼻歌混じりで人の解剖だってできる男だ。トレバーだってそんなことは承知している。
それでもなお取り乱してしまう程に異常事態が起きてしまった。
トレバーは多数いる《英雄係数》についての研究を担当していた者の一人だ。
《係数》や《主人公》に纏わるこの世界の《法則》に関しては、様々な角度から調べねばならない上に、研究者だけでは調べようがない要素が多すぎるため、当然トレバー一人で全てを調べられるわけではないが、それでも彼はこの研究にやり甲斐を感じ、携わることに誇りを持っていた。
例えば《幻想都市計画》。
あれは罪桐ユウの趣味が多大に反映されてはいたものの、ユウだけが関わったことではない。
《幻想生物》を扱う以上は、アルテミシア・エトワールフィラントも関わっている。
トレバーもあの一件で、《係数》にまつわる面白い実験が出来た。
だというのに――これまで積み上げてきた前提が、刃堂ジンヤなどというGランクの、《主人公》ではない、下らないモブ同然の学生騎士一人のせいで台無しになった。
容易に受け入れられることではなかった。
別のタブレットを取り出し、ジンヤ対トキヤの試合を確認していく。
終盤の一幕――ジンヤが《リワインド》を打ち破り、試合が決したかに思えた時のことだ。この直後、トキヤがそれまで見せていなかった技――《紅蓮刻斬・刹那咲き》を放つ。
恐らくここで明確に、《補正》が効いているだろう。
未完成な技を土壇場で都合よく完成させる。《主人公》らしいと言える。この現象をもう少し詳しく見ていくとこうなる。
あの瞬間――トキヤは《開幕》を進化させたのだ。
ここが《主人公》の恐ろしさだ。
その時点で自身の物語を押し通す力が足りないのならば、より強い力に《覚醒》してでも敵を排除し、自身を押し通す。
詳しい術理は戦闘を専門としている者に聞かねばわからないが、《アヴニール》を使えるように《開幕》を調整したのだろう。
そもそも自身で性能をデザインできるのも《開幕》の強みだ。その場で必要な方向性へデザインし直すことも可能だ。
無論簡単なことではない。《リデザイン》は、魂装者が新たな武装形状を獲得することなどと同様に、膨大な修練と時間を必要とする。それすら省略してしまうのが《補正》という現象の理不尽さ。
だが、その理不尽は、理不尽によって破られた。
トレバーからすれば、なによりも理不尽なのは刃堂ジンヤの存在だ。
《主人公》は勝つ。そんな当たり前の大前提となる法則を崩してしまったのだから。
刃堂ジンヤは《主人公》を打倒できる。それはわかった。受け入れたくないが、起きてしまったことを否定はできない。
ただ嘆いていても、なんの生産性もない。それではビクターに失望されてしまう。
ではこの結果を受けて次に考えるべきことは――刃堂ジンヤはどの程度の《主人公》まで倒すことができるのか、だ。
黒宮トキヤは正真正銘の《主人公》であったし、彼の物語にジンヤとの戦いで敗北する可能性を組み込む必要性など皆無。彼に勝ちの目は十分にあったし、些細な違いで勝敗は変わっていたはずだが、過ぎてしまったことは一旦捨て置くとしよう。
トキヤがどれだけ強い力を持っていようが、それでも彼よりも高い《係数》を持っている騎士はまだいる。
真紅園ゼキ、赫世アグニ、輝竜ユウヒ、レヒト・ヴェルナー。
三回戦第二試合は、真紅園ゼキ対赫世アグニ。これは順当に赫世アグニが勝ち上がるだろう。
赫世アグニとの対戦となる準決勝――刃堂ジンヤの命運もそこで尽きるだろう。
最初から風前の灯のような弱々しい命運が、太陽の如き圧倒的なアグニという運命の前に飲み込まれるのだ。
そして、今重要なのはその結果ではない。
今後、刃堂ジンヤという存在をどう利用するか、だ。
「……法則の突破。イレギュラーな方法ですがそれは実現しました。となれば次は……」
「ああ、そういうことだ。《主人公》を倒せるという存在を、次はそれを――」
トレバーの言葉を引き継ぎ、ビクターが語る未来。
神の法則を凌駕する者。
それを利用して行うことと言えば当然――神を■すことだ。
□
試合後――治療を終えたジンヤのもとへライカとユウヒがやって来た。
ライカはちょっとだけ不機嫌そうな顔でユウヒへ視線をやっている。
『なぜいる……』という顔だろう。二人きりになれるチャンスをなぜか潰されてしまったのが不満のようだ。
「……あれ、二人だけ?」
「……むう、どーゆーことかな、ジンくん……?」
ジンヤとしては素直な疑問だったのだが、ライカの声には怪訝が強くでている。
「え、と……だって、みんなにお礼が言いたくて。オウカさんやユウジくんにも……、」
「……なんでそこでオウカさん?」
明確にライカの視線が険しくなった。
なぜだ、とジンヤの混乱が増した。
今回キルの策略を打ち破ることができたのは、決して自分の力だけではない。
例えば、あの場にいた誰かが欠けていたとしても、ジンヤは立ち直ることはできたかもしれない。だが、再び立ち上がり、《主人公》でない自分を信じ切ることができたのは、これまでのたくさんの出会い全てに様々な意味があり、あるがままの自分を誇ることができたからだと、ジンヤは思っている。
だからライカやハヤテ、ユウヒにアンナ、キララ、ヤクモは勿論、ユウジやオウカ――あの場にいた全員にしっかりと感謝を伝えたかったのだが――。
「……ジンヤくん……そのことなんですが……」
ユウヒが耳打ちしてくる。
「ボク以外は全員、夢の中でのことを覚えていません」
「――……えっ、どうして……!?」
「本来、あの夢の中での記憶を留めておけるかは、恐らくはキルの裁量で決まります。ジンヤくんはイレギュラーな脱出をしたことで。ボクは……、イレギュラーな侵入をしたことで、キルのコントロール下から外れているので、記憶が残っていますが……他の方達はそういったイレギュラーではありませんから」
「……そう、なんだ……」
ジンヤの感謝は行く先を失ってしまった。皆に助けられたというのに、皆の中にその記憶は存在しないという。
「……それでも、ありがとうって言いたい気持ちは変わらないかな。それに応援してくれてたのは事実だろうし、せめてそこにだけは一言言っておきたいし」
「それなら構わないでしょう」
「……ユウヒくんも、ありがとう。今回は世話かけっぱなしだったね」
胸元のペンダントを握りつつ言うジンヤ。
「……いえ、それに関しては礼には及びませんよ。下らない横槍でボクとキミの宿命を邪魔されては困りますからね。……まあ、それでも気が済まないというのなら、全て剣で返してくれれば十分です」
「……じゃあ、そうするよ」
返しきれない程の大きな恩を前に途方に暮れそうになっていたが、そういうことなら話が早い。
ユウヒはジンヤの性格をよく掴んでいる。ジンヤなら、どれだけ礼をいらないと言われようが聞かないだろうが、『剣で返せ』と言われれば是非もない。
似たような論法を龍上ミヅキにも使われていた。彼もジンヤを助けたことがあるが、その礼は決勝の場以外で受け取るつもりはないと言われている。
「……いつまで二人で喋ってるの?」
膨れっ面のライカがこちらを睨んでいた。
「……では、ボクはこの辺りで」
伝えるべきことは伝えた。ユウヒは自分が場違いな自覚はあったので、早々に退散することにした。
ユウヒが去り、二人きりになるジンヤとライカ。
いざ改めてこうなると、上手く言葉が出てこない。
戦っている最中も、ライカに感謝を伝えねばと思ったし、その後の夢の中でも、また彼女に救われた。
夢の中での件は彼女は覚えていないようだが、どう話したものだろうか。
「……輝竜くんとなにコソコソ話してたの?」
「そのことなんだけど……」
ジンヤは迷った末に、正直に話すことにした。
夢の中での出来事。敗北した先の世界。《主人公》という存在に敵わないこと絶望し、全てを諦めた。そしてあのキルによく似た少女と過ごした甘い蜜に沈んだような、停滞した日々。
だが――蜜の底で、ライカの姿を見て、ジンヤは全てを思い出した。
そして、またライカの言葉で諦めから引きずりあげられ、戦うことを決意できた。
全て正直に話した。
蜜底の日々に関しては、話すのが躊躇われたが――ライカ以外の少女とああいう関係になっているというのは、夢の中とは言え、浮気になってしまうのだろうか……、とジンヤが不安に襲われていると、
「ふぅぅ~~~~ん…………、また違う女にねえ~~~…………、そうなんだぁ~……」
極寒の瞳だった。
蒼天院セイハすら凌駕するような冷気が放たれている気がする。
「あの、その、本当に、スミマセンデシタ……」
夢の中だとかそんなことは関係ない。どんな理由があろうが、ダメなものはダメだとジンヤは思った。
「……まあ、いつもアンナちゃんがやらかした後と同じだよね」
「……え?」
「他の女とイチャついた分、私にも構ってよ……」
つーん、と口を尖らせつつ怒りながらも、頬を赤く染めてそんなことを言う。
反則だと思った。
反則だと思ったので相応の対処をしなくてはならない。
「わっ、ちょっとジンくん……っ!?」
ジンヤは傷が痛むのも構わず、ライカを抱き寄せた。
「……ライカ、ありがとう……。キミが覚えてなくても、僕は絶対に忘れないから。キミのおかげで、また僕は強くなれたから」
――――「――私は、ジンくんが主人公でなくちゃ、主人公になれない!
ジンくんがいなくちゃ、私の人生は完成しない! 始まりすらしないの!」
夢の中でライカにもらった言葉。
ジンヤにとっても同じだ。ライカがいなければ、《主人公》には勝てない。
《主人公》になれずとも。ライカがさえいれば、彼女のための主人公になることができる。
自分の人生の主人公になることはできる。
「……ところで、今回はどうしたら許してくれる?」
「……うーん、とりあえず、今晩は私の夢を見なくちゃダメ」
「わかった。頑張ってみる」
ずいぶんと可愛らしい要望だった。
そうでなくとも、今もずっと夢のような現実がこの手の中にあるけれど――なんて、そんな甘くてクサいセリフを飲み込んで、ジンヤはまたライカを抱きしめる力を少し強めた。
□
「……トキヤ!」
目覚めた瞬間、目元の腫れたフユヒメが安堵した表情が飛び込んできた。
トキヤはそれで再び実感した。
ああ、負けたのだと。
彼女を泣かせてしまった。
「……わりィ、負けちまった」
「……そんな、謝ることなんて……」
「でも、負けちまったんじゃ結局……」
悔しくない――なんてことはあり得ないが、それでも結果に今更文句を言うつもりはなかった。
全力で戦った。限界を超えて、実力以上の力を出せたと思う。それでも届かなかった。
やり切ったと――清々しい気持ちになれることだってあったかもしれない。
彼女を泣かせさえ、しなければ。
――それに。
試合前、レヒトが言っていたこと。
フユヒメを襲う死の運命。それに負けない力を持たなければいけないというのに。
この先どうなってしまうのだろうか。こんなところで負けた自分に、フユヒメを守ることはできるのだろうか。
「――いいや、彼女の言う通りだ」
そこで、いつの間にかレヒトが医務室に入ってきていることに気づいた。
「……なんだよ。どういうことだ?」
なにしに来たのだ、といった諸々の疑問は脇に置いておく。ちょうど彼に聞きたいことがあったのだ、向こうからやって来てくれるのなら都合がいい。
――正直、『次に会うのは決勝で』という約束が果たせなかったので、合わせる顔がないという気持ちもあるが、それでも聞かねばならないことがある。
「……良い戦いだった。まずはそう言っておこう。お前が敗北したことで、彼女の安否が心配かもしれないが、今すぐに危険が及ぶという訳ではない、とだけは言っておこう」
「慰めに来たわけじゃねーだろ?」
「……だがお前の健闘は称えられるべきだ。本題の方はいずれまた近い内に話すことになるだろうが、今日のところは本当にそれだけだよ」
「……そうかよ。そりゃどーも。……それから、悪いな」
「言ったはずだ、良い戦いだったと――……、」
「それでもだ。どれだけ言い繕っても、負けは負けだ。オレは……お前に届かなかった。今はそれだけだ。……だから悪い。だが、いずれ必ず追いつく」
「……ああ、そうしろ。ならば俺は一足先に高みで待とう。お前を斬ったあの少年にも興味が出てきたからな」
そう言って微笑むと、銀髪の青年はその場を後にした。
「相変わらず意味深に気取りやがって……」
軽く毒づきつつも、トキヤの表情は苦しげだった。やはりレヒトとの宿命を果たせなかった後悔があるのだろう。
だがこうなってくると、自分を倒した刃堂ジンヤと、あの宿命の男がぶつかった時、どんな戦いを見せてくれるのか――そんなことも気になってしまう。
その場合レヒトはまず次の輝竜ユウヒ戦を超えなければいけない。レヒトもユウヒも、実力の全貌を明かしていない騎士達だ。どういう結果を迎えるか、まるで見当がつかない。
それでも――自分はもう敗退してしまったが、つくづく興味の尽きない大会だった。
□
「…………っつーか、最悪だなあ……、結局エコからのご褒美はなしか……」
「勝ったら何かあったの? なんだったの?」
「ちゅー」
「本当に死んだら?」
「一応お前からもされる予定だった」
「……なッ! はぁ? ……な、なによそれ、知らないわよ、死になさいよもう……」
「エコからのご褒美がないなんて死んだも同然だっての……」
不貞腐れたようにベッドに体を沈めるトキヤ。
沈黙。
静けさが二人を満たした後、唐突にフユヒメが動いた。
ぐい、と強引にトキヤの体を起こすと。
目をつぶって、真っ赤な顔で、一方的に。
一瞬――ほんの一瞬、フユヒメはトキヤに唇を重ねる。
「――――はっ!? え、は……!? なに、なんで……!?」
「私がこれだけしてあげて……そんな第一声なの?」
「いやだって、なんで……オレ、負けたろ」
「知らないわよ。勝ったらしてあげるなんて約束、私は受けてないんだから関係ないわ。……アンタはよくやった。試合中のアンタは、格好よかったわ。……だから……、その、……ご褒美よ」
「……おう……、マジか……。ありがとう……?」
トキヤはフユヒメから顔をそらし、顔を真っ赤にして口元を抑えながら、動揺して震えた声を発する。
「……勘違いしないちょうだいね」
「なにがだよ」
「……その、アンタも夢を見たでしょう?」
「……ああ」
「だから……その、これは……未来のためなの。今日のアンタは格好よかったけど……、それでも別に私はアンタのことなんか……、だから、調子に乗らないことね」
夢で見る並行世界。
並行世界は時間軸に関わらず無数に存在する、とは以前レヒトが言っていたが、基本的に今よりも『先』を見ているだろう。進んだ関係性。『死』という未来で待ち受ける事象。
トキヤは知っている。
亡くなる直前に、互いの想いを伝え、口づけをした後に彼女を失う――そんな並行世界があることを。きっとフユヒメも、そのことはわかっているのだろう。
そんな結末を迎える前に、別の形で口づけをしてしまえば、運命を変えられるのではないか。
なんの根拠もない発想だ。ただの照れ隠しに、随分と大仰な理屈をつけたものだと思う。
それでも――根拠はなくとも、きっと今、運命が切り替わった――トキヤにはそんな気がした。
「……フユヒメ」
「……なによ」
「夢の続きは?」
「……ないわよ。見たいなら一人で勝手に寝て見なさい」
強めに殴られた。
こっちは怪我人だというのに。
夢の続きを現実で見ることは叶わなかったが――今夜はきっと、彼女の夢を見るだろう。
□
迅雷の逆襲譚
■雷の逆■譚
■■■■■■
刻■■■■■
□
――――ザザッ……。
□
■■■■■■
迅雷の逆襲譚
□
「あーあ……、黒宮トキヤの《物語》に、ジンヤくんを飲み込ませてみようとしてみたりとか、いろいろ凝ってみたけど、結局は元通りかあ~」
薄暗い部屋の中で、何かを手の中で弄んでいる少女――罪桐キル。
今回の作戦は失敗だった。
だが――それでも。
自分の目論見は打ち破られたというのに――その瞬間を思い返す度に口元がほころぶ。
目論見を壊される。
予測を超えられる。
やはりジンヤはいつだって自分の救いになってくれる。それがどういう形であれ、彼がそのことを自覚にしてないにせよだ。
罪桐ユウの件、今回の件、それに、あの時だって――。
正直、甘い蜜夢の底でのことは惜しかった。あのまま彼を絶望させて楽しむのもキルにとっては至福ではあったが――本当に悩ましいのだ。
刃堂ジンヤはあまりにも楽しめる幅が広すぎる。どういう趣向でも楽しめる。
あのまま蜜に沈んでも良かった。
だが、こうして現実に戻り、さらに《法則》を突破してみせてくれたのもまた素晴らしい展開だ。
「悩むなあ……、絶望に沈むジンヤくんも、絶望に抗ってボロボロになるジンヤくんも、素敵過ぎて悩んじゃうなあ……、次はどんなジンヤくんを見ようかなあ……♡」
彼がこうして神の法則に逆らってくれるのは、キルとしては歓迎すべきことだ。
大勢の下らない予想通りの《主人公》達にはない面白さ。
彼女にしてみれば、大会で勝ち残っている《主人公》達など下らない存在だ。
ジンヤがこうして再び彼が困難に挑むことを決めたくれたことにも拍手を送りたい。
つまりそれは、ただの絶望への下準備。
次はどのような絶望を与えようか、考えただけで達してしまいそうだ。
「なにはともあれー、もう大会中の一番の楽しみは終わっちゃったなぁ~……」
黒宮トキヤ戦での仕掛けが、大会中においてのキルの最大の楽しみだった。
まだ彼女の仕掛けは残っているが、その対象はジンヤではないし、ジンヤ以外のことを考えるくらいならば、大会が終わった後に今度はジンヤに何を仕掛けるかに思考を割きたい。
「ん~……微妙にやる気でないけど、まーがんばりますか。これが上手くいけば、またグッチャグチャになるジンヤくんを見れるかもしれないっちゃそうだしねー、ちょっと回りくどいけど……でも、それを考えればやる気もわいてきちゃうしー♡」
一仕事終えて落ちかけたモチベーションをどうにか保つ。
物語を紡ぐ上で、当然筆が乗らないシーンも出てくるだろう。
キルとしては興味が薄いが、それでもこの辺りでの物語も、後々のことを考えれば重要だ。
指で弾いた人形が落ちてくるのを掴み取り、それを盤上に配置。
その人形は、赫世アグニを模していた。
そして、その向かいに置かれるのは――……。
この仕掛けは、いずれ排除せねばならない存在――アーダルベルトとの戦いにおいても大切になるはずだ。
彼もまた、ジンヤと同じように《法則》に抗うバグのような存在ではあるが、キルの興味からは外れていた。
なぜなら結局、アーダルベルトは《勝利する者》だから。いくら彼が自身の在り方を憎んでいようが、彼の在り方がつまらないことは変わらない。
キルが今《終末赫世騎士団》に所属しているのも、所詮は仮初めでしかない。いずれ排除する者達を油断させ、さらに効率よく好みの絶望にありつける立場についておくのは色々と好都合であった。
この先の戦い――《救星神装守護騎士団》と《終末赫世騎士団》、正義と悪がぶつかるというような単純な構図にはならない。
――――《ガーディアンズ》、《終末赫世騎士団》、そしてその裏で暗躍する《作者》。
さらに別の世界からやって来た者達に――そして、この世界にはまだそれ以外にも実力者は存在している。
誰が正義なのか。
誰がどの勢力に所属しているのか。
それぞれの勢力の目的はなんなのか。
誰が味方で、誰が敵なのか。
混沌は加速し――世界の終わりを巡る予測不能な戦いの幕が上がろうとしていた。




