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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
137/164

第■■話 ■■■■■■■■■■■■




「さて、誰からいくよ?」


 ハヤテの問いに答えたのは――






「……じゃあ、僕から!」

 



 ユウジが恐る恐る前へ出てきて、ジンヤを見つめる。


「刃堂さん……あなたが自分で自分をどう思おうが、僕があなたに憧れたことは変わりません! 僕があなたが龍上ミヅキを倒す様を見て、自分だって出来るかも知れないと、そう思って強くなれた事実は、絶対になくなりません!」


 叫んだ後、少し赤くなったユウジは、横にいたオウカへ「ど、どうぞ……」と緊張しつつ促す。

 オウカは大きく息を吸い込み、そして――






「刃堂くん! 私はずっと誰かの背中を押すために頑張ってきたけど……でも、その私の背中を押してくれたのは、刃堂くんなんだよ!? だからどうか、自分を卑下しないでください……! 自分勝手な言い分かもしれないけど、憧れた人が変わってしまう悲しさを、私はよく知ってるから……っ!」


 もしも本当に心の底から、ジンヤが諦めて、自分の道を諦めたのなら、それでもいい。

 オウカが憧れた人――マツリは、新たな道を少しも恥じていなかった。

 でも、ジンヤはどうだろうか。

 彼は決して、諦めた先の道が正しいだなんて、思っているようには見えない。







「ジンヤ。お前は私が立ち上がる『理由』になってくれた……これでも私はお前の姉弟子あねだ。お前が立ち上がれない時、私は何度だってお前の『理由』になってやるよ」


 ヤクモが静かに告げた。

 誰しも、もう立ち上がれないと不貞腐れる時はある。そんな時は、少し強引にも引きずりあげてやることで上手くいくことがあるのを、ヤクモはよく知っている。

 それを教えてくれたのは、ジンヤ達だ。









「――バカジンヤ。オレの親友は世界中探してもお前しかいねえんだぞ。代わりなんていねえんだよ。やっぱやめますとか、そんなん通らねえからな? だいたいお前意味わかんねーんだよ。……なあ、ユウヒ?」


 ハヤテがそう言って笑った。

 ここでジンヤが全てを諦めてしまえば、自分は一体なにを目標にすればいい。

 ジンヤに負けてから、リベンジするために修行し、新技だってたくさん身につけているのだ。それを披露できないなんて冗談ではない。









「……ええ、本当にそうですね。どうして《主人公》でなければ価値がなくなるんですか? 代わりがいくらでもいることになるんですか? ちょっと落ち込んだくらいで自信をなくしすぎなんですよ……雷崎さんに聞いていましたが、想像以上です、これはちょっと酷すぎる」


 龍上ミヅキに負けて廃人になり、罪桐ユウに陥れられれば自殺を図り、ライカに出会わなければよかったと言い出す。

 本当に――彼はいつもいつも極端なのだ。


「――ジンヤくん。世界がどうだとか、そんなこと今のキミが気にする必要はないんですよ。だって、世界を救うのはボクなんですから――キミはただボクとの約束を果たせば、それでいいんです。……そもそも、本当にいいんですか? ここでキミが諦めたら、キミの正義は……キミの守るべきものは、どうなるんでしょうね?」


 そう言ってユウヒは、アンナへ視線をやった。アンナはユウヒに気づくと、べーっと舌を出す。


 屍蝋アンナを守ることは正しいのか。

 ユウヒは結局、それを保留にしているが、少しも認めてなどいない。ジンヤがいなければ、一体誰がアンナを守るのか。

 それをユウヒ自身が言い出すのはおかしなことではあるが、彼にとっては『許せない信念』だろうが、その信念を途中で放り出されることもまた、許しがたいことなのだ。

 自身の正義とは相容れずとも、それが己の正義ならば貫いてみせろと――ユウヒはそう言いたいわけだ。








「…………じんや、アンナはじんやに救われたんだよ? ほかの《主人公》ってやつらじゃなくて、じんやに救われたの。いやだよ……アンナはじんやでなくちゃ嫌なんだからね? ほかのやつらなんか全員どうでもいいよ、アンナにとっての主人公ヒーローは、じんやだけだからね」


 世界を救ってくれる者のことなど、アンナは心底どうでもいい。アンナにとって大切なのは、ジンヤだけだ。

 屍蝋アンナという、正しくない存在を救ってくれるのは。

 刃堂ジンヤという、正しくない英雄ヒーローなのだから。










「――――ジンヤ!」

 

 キララは、一際大きな声で、そう叫んだ。普段の『ジンジン』ではなく、真面目な場面で、彼女はその呼び方をする。



「水村だって、爛漫院オウカだってそうだけど……アタシだってそうだよ! アタシは《主人公》なんてわけのわからないものじゃなくて、刃堂ジンヤに憧れた! 

 アタシだって、《主人公》じゃないよ! そんなの知らないけど……でもさ、どうでもいいじゃんそんなこと! 知ったこっちゃないじゃん! ジンヤが諦めたら、アタシはどうしたらいいわけ? そりゃジンヤに頼りっきりじゃダメだけどさ……それでも、憧れを抱かせた責任は取ってよ! 才能がなくても、《主人公》じゃなくてもやれるってとこ見せてよ!」


 ユウジも、オウカも、キララも、みんな彼に憧れた。その彼が――先を進む彼が、最初に壁にぶつかるのは当然のことだが、それでも彼の背中を見つめる者としては、彼が諦めることなんて許せない。











「――――ねえ、ジンくん」


 最後に、ライカがジンヤへ歩み寄る。


「ジンくんの人生の主人公は――絶対に、ジンくんだけだよ。自分の人生を、他の誰かがやってくれることなんてないから。

 それから――……アンナちゃんに先に言われたんだけど……」


 ライカがアンナを見ると、彼女は満足そうな顔をしていた。


「私の主人公ヒーローも、ジンくんだけだから……私、ジンくんがいなきゃどうしようもないよ。……ミカさんの話ね、私知ってたよ。だってミカさんから聞いてたから。同じだよ、私だってそうだよ……!」

 

 熱を帯びていくライカの言葉。


 ジンヤの母、ミカは優れた魂装者アルムではなかった。

 それでも、ライキとミカが結ばれるには、周囲をねじ伏せるしかなかった。

 そのためにライキは、ミカを使って、立ちはだかる運命を全て斬り裂いた。

 それがなければ――ライキとミカが運命に立ち向かわなければ、ジンヤは生まれていない。

  

「――私は、ジンくんが主人公ヒーローでなくちゃ、主人公ヒロインになれない!

 ジンくんがいなくちゃ、私の人生ものがたりは完成しない! 始まりすらしないの!」


 叫んだ後に、静かにこう続けるライカ。


「何度目だろうね――――まだ、願える?」


「何度だって言うさ――――願えるよ」


 ずっとみんなの言葉に耳を傾け続けていたジンヤが、ライカの問いに応じる。


 その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 どれだけの人が、自分を思っているのだろう。

 逃げていただけだった。

 一度負けた自分には、何の価値もないのだと思いこんでいた。

 そんなことないと、最初から誰もが言っていただろう――その言葉にすら、耳を閉ざしていたのだと想う。


「……みんなのおかげで、また願える。本気で願って、叶わないことなんてない……僕は、みんなのおかげで《主人公》に勝つと、そう本気で願えるよ」


 ――――ああ、本当に……と、たった今強く実感した言葉を、ジンヤは紡ぐ。








「僕がどれだけ才能にも、使命にも、恵まれていなかったとしても……出会いにだけは、恵まれていた」


 




 

 

 ――――雷崎ライカに出会って、ジンヤは騎士になることを誓った。

 

 彼はこの場には来てくれなかったが、きっと何時も通りだろう。

 『オレが行くまでもねェ』とか、そんな感じだろう。ある種誰よりも、信じてくれているのかもしれない。

 

 ――――龍上ミヅキに敗北したから、強くなれた。


 ――――風狩ハヤテと共に競い合ったからこそ、強くなれた。


 ――――屍蝋アンナを守るためなら世界を敵に回してもいいと思えたから、強くなれた。


 ――――輝竜ユウヒに信念を問われたからこそ、強くなれた。


 龍上キララが、雨谷ヤクモが、水村ユウジが、爛漫院オウカが――自分と同じように、才能がなくとも、《主人公》でなくとも、諦めずに進んでいる。そのことに、一体どれ程の勇気がもらえるだろうか。


 ユウヒは言う。世界を救えなくてもいいと。

 アンナは言う。正しくなんかなくてもいいと。


 愚かだった。

 わかっていることだったはずなのに、また勘違いをしていた。



 黒宮トキヤという壁の高さに怯えて。

 罪桐キルの言葉に、惑わされすぎていた。


 

「……大丈夫。僕はもう大丈夫だ。《主人公》がどうとか、もうそんなことはどうだっていい。もうそんな理由で諦めるのはやめる」


「――――では、行ってください、ジンヤくん。その覚悟があれば、必ず勝てます」


「……勝つって、誰に? 行くって、どこに……?」


「――黒宮トキヤとの戦いに決まってるじゃないですか」


「……え?」


 決まってる――とは、何を言っているのだろうか。


 トキヤに敗北したところまでが現実なのだ。

 どれだけジンヤが立ち直ったところで、勝敗までは覆らない。




「……勘違いしているようなので言っておきますが、ジンヤくんは黒宮先輩にダウンさせられたところで《夢》の中に引きずり込まれて、それ以降はずっと夢ですよ? 目覚めた瞬間、まだ試合中で、目の前に黒宮先輩がいますからね?」

 

「…………………………………………………………………………………………マジか」


 思わず変な声が出た。


 

(…………いや、そうだ、そうだった……ずっと違和感があったのはあの試合の直後からだ。試合の最中から《夢》の引きずり込まれていたのなら、目覚めるのも試合中か)


 あまりに長い夢だったから、感覚が幻惑されていた。


 

 ――――勝てるだろうか。


 ――――いいや、勝つ。相手だ誰だとか、自分がどうだとか、もう関係ない。


 


「では行ってください。ペンダントを握りしめて、現実の自分を意識すれば、それだけでここから出ることができます!」


 ユウヒが告げた瞬間。


「そんなことさせるわけ……ッ!」


 キルが動き出そうとして――


「――こっちのセリフだ、今更何かやらせるわけがないだろう」


 斬りかかるユウヒ。


 そして、夢の世界からジンヤの姿が消えて――――……。










 □







 目覚めると、大歓声が耳に突き刺さった。





『立ったァ――――――ッ! 刃堂選手、黒宮選手の一閃を受け、もはやこれまでと思われたところから立ち上がった!!』



「おいおいマジかよ……お互い様だが、しぶてえな」


「――少し寝ている間に、諦めの悪さが取り柄だってことを思い出したので」


「……そのまま寝てろよ、って言いたいところだが、いいじゃねえかッ! 本当におもしれえやつだな、お前は……ッ!」


 獰猛な笑みを浮かべるトキヤ。


 もうキルの邪魔は入らない。

 これでやっと、正々堂々と、正真正銘の決着をつけることができる。


 もちろん、キルの邪魔など関係なく、トキヤは強い。彼女を排除したからと言って、勝てる保証はどこにもない。

 だが、保証なんて必要ない。

 神の保証がなくとも、もっと大切な強さを源が自分にはあるのだから。


 ――一度はジンヤを沈めたトキヤの技。

 意識が閉ざされる前の光景は、しっかり脳裏に焼き付いている。


 テレポートのような移動。コマ落ちのような、見えない挙動。





 正体不明の技を破る策は――――ある。





 策を要は、試合開始直後のジンヤの動きの中にあった。





 □







 睨み合う二人――、静寂が世界を満たしていく。

 

 まるで空気が、時間が、全てが粘性を帯びるように、二人が停止していき――……、


 トキヤが両剣を構えたと思えば、彼の姿が消えて――――……、


 以前の一撃であれば、次の瞬間にはトキヤがジンヤを斬っていた。








 ――――《紅蓮刻斬サンディクス刹那咲きアヴニール》。


 その正体は、これまでのものとは比べ物にならない『加速』によって成り立っている。


 《凍刻領域コキュートス》を対象との間に一直線に引いて、自己加速と共に、外部から自身をさらに加速。極限の時間加速は、もはや擬似的な『時間跳躍』となる。


 つまり、『両剣を「右回転」させ自己加速、距離を詰めて斬る』という動作全てが加速され、まるでコマ落ちのように、過程を見ることすら敵わず、気づいた時には斬られているというわけだ。


 まず、そもそも『両剣を回転させ加速』というモーションすら一瞬で行うには、そのために事前にもう一つ回転モーションを終えておく必要がある。

 

 一度目は、トキヤがジンヤを殴り飛ばした後に終えていた。

 

 二度目――今回は、トキヤがジンヤからダウンを奪う直前に。

 

 この試合、ジンヤは終始トキヤのこの発動トリガーとなっている両剣のモーションを潰すことで、技の発動を防いでいた。棒手裏剣を多く持っていた理由は、ここにも関わっている。

 

 発動した時点で、確実に相手を斬る。この技を防ぐのなら、『加速』させること自体を防ぐか、もしくは常に《凍刻領域コキュートス》の範囲に入らないことだろう。

 だが、後者はこのリング上ではほぼ不可能だ。

 障害物がないリング上では、どこに逃げようが《凍刻領域コキュートス》で相手と自身を直線で結び、《加速のレール》を形成できる。


 既に技は発動した。

 一度目は、これまでにない加速を制御しきれず仕損じたようだが、感覚は完全に掴んだ。

 もう絶対に外さない。

 次は必ず斬る――そして、この技は発動した時点で、結果を確定させる。


 つまり――トキヤの勝利が確定した。









 ――だが。


 トキヤの動きが、止まっていた。

 それも、ジンヤを斬っていないにも関わらずだ。


 その答えは――。











 □






 障害物のないリング上において絶対的な技だと、トキヤはそう考えていた。


 その通りだろう。

 本当に、障害物がないのならば。


 トキヤの動きを止めていたのは。

 彼の足に突き刺さっていた――――棒手裏剣。






 《アヴニール》は過程を省略したかのような超加速による一閃。だが、本当に未来で移動したわけでも、テレポートしたわけでもないのだ。

 ただ《凍刻領域コキュートス》によって、凄まじい加速をしているというだけ。


 つまり、トキヤは確かに直線状を動いているのだ。

 そして、その動きはもはやトキヤ自身にすら把握できていないだろう。


 トキヤの加速は、人の知覚や思考速度では及ばない領域にある。


 ではどうするか。


 『構えた』と思ったら、『斬られている』――では、構えた瞬間に、自身とトキヤの間に障害物をおけばいい。

 それが棒手裏剣。

 しかし、露骨な動作ではトキヤが技をキャンセルさせるだけだ。




 トキヤが構え、技を発動させると同時――トキヤに気づかれずに、棒手裏剣を放つ方法。


 一度は既に、ジンヤはそれを成し遂げている。




 ジンヤが試合開始直後に使った方法。

 抜刀の構えによるフェイク。





 ジンヤはあの時、棒手裏剣をどこから取り出したのか。


 ブレザーに仕込んでいる分を取り出したのでは、確実に気づかれる。

 試合開始前から手に握っていれば、どこかでトキヤが不審に思うかも知れない。




 

 トキヤの隙を盗み簡単に取り出せる場所――ジンヤは左手首にリストバンド型のケースを仕込み、そこに棒手裏剣を仕込んでいた。




 その中には、《リワインド》対策の白い棒手裏剣も仕込んでおり、簡単に確認できるため、『巻き戻し』にもすぐ気づくことができた。


 あとはタイミングの問題。

 こればかりは少々賭けだったが、トキヤが構えた瞬間に、軌道上に棒手裏剣を投擲。


 これだけで、後は加速したトキヤが勝手に突っ込んでくる。


 ――――そして。


 一瞬でいい。

 たった一瞬、トキヤが動きを止めれば、それだけで十分だった。











「――――《迅雷一閃エクレール》」



 









 今度こそ、完全に入った。



 

「……ちくしょォ……、剣でも、駆け引きでも、お前のが上か……」




 花開く鮮血の中、トキヤが倒れていく。





「……それでも、黒宮先輩は少しも才能に驕らない素晴らしい騎士でした……ッ!」

 








 幾重にも連なる策と駆け引き、剣戟の果てに。


 《主人公》でない少年は、《主人公》でないままに。

 

 ――《主人公》を、確かに打ち破った。





  


 

 三回戦、第一試合――刃堂ジンヤ対黒宮トキヤ。



 勝者――――刃堂ジンヤ。









 □









 ――――今ここに、作者かみの法則に逆襲は成された。


 物語の登場人物は、いつだって作者かみの思惑を超える。









 

 □









「きひ、きひひひ、きひゃ、斬夜破破破キャハハハッ!


 ジンヤくん…………キミって本当に最高。


 だって……作者アタシの思惑を……アタシの思惑を超えてくれるんだもん。


 クソつまんねえ、予測通りの《主人公》なんかより、キミの方がずっと面白いや」










 

 □








 彼が神の思惑を超えた以上、この物語の行く末は――――もはや神にすら予測できない。


 

  







 □







 第■■話 ■■■■■■■■■■■



 第30話  神の法則しゅじんこうすら、斬り裂いて

 









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