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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
136/164

第■■話 甘い夢の底で








 ――ザザッ






 □





 あの試合の、最後の瞬間――――《リワインド》を攻略し、《迅雷一閃エクレール》により勝負を決めにかかるも、決めきれなかった。

 そして、トキヤが放った正体不明の技によって斬り裂かれ、決着を迎える。


 刃堂ジンヤは、敗北した。



 

 □







「――――…………またか……、またあの夢……」





 ――9月。

 騎装都市全体が剣祭の熱気に包まれる8月が終わり、季節は移り変わっていく。

――大会は、終わった。ジンヤとは関係のないところで盛り上がり、ジンヤではない者が優勝し、ジンヤの絡まないところで、勝手に決着した。

 あの熱気の中に、ジンヤの居場所はなかった。

 あの物語の中に、刃堂ジンヤは登場しない。

 

 ――放課後。

 ジンヤは微睡みの中から目覚めた。


 またあの夢を見てしまった。

 またあの悪夢を、見てしまった。

 ――トキヤとの決着の瞬間を。

 頭から離れず、何度も何度も繰り返しあの瞬間を頭の中で再生してしまう。そんなことをしても、なんの意味もないのに。

 ジンヤに《時間操作》なんて使えないのだ。時は巻き戻らない。トキヤだって、敗北した事実を巻き戻してやり直すことなどできないだろう。

 敗北は、覆らない。

 あの敗北は、ジンヤの心を苛み続けている。

 しかし、意外なことに、龍上ミヅキに敗北した時や、罪桐ユウの策略により追い詰められた時人は異なり、廃人同然になるというようなことはなかった。

 もちろん、あの敗北は人生の中でも屈指の悔しさがあった。正確な順番などつけられないが、龍上ミヅキや罪桐ユウの時と同じか、それ以上に悔しかったはずだ。

 上手く表現できないが、なんというか――以前までの絶望とは、落ち込み方の性質が違う。

 一度に強く落ちていくというよりは、じわじわと蝕まれているような。

 事実、あれからジンヤは燃え尽きてしまったように、戦いに全力で打ち込むことがなくなってしまった。

 あの敗北の後だ。周りの者達も、ある程度は仕方ないと思っていてくれてるのだろう。ジンヤを急かすようなことはないが、そういった配慮が読めてしまうのもプレッシャーになっていた。


「ジーンジンっ!」


 明るく話しかけてくれたのは、同じクラスである龍上キララだ。


「アタシこれから闘技場いくけどどうする? オウカも来るし、後から風狩とアンナちゃんも来るって」

「……いや、僕は……」

「見てるだけでもいいからさ! ジンジン来ないとアンナちゃんごねるしさ、ね? いいでしょ……?」

「……ごめん」


 逃げるように、教室から駆け出した。

 

 苦しかった。

 気を使われるのが、辛かった。

 そのまま人目を避けるように早足で寮の自室へ帰宅する。


 部屋は少し散らかり始めていた。最近になって人を呼ばなくなったからだろう。

 以前はライカ達がよく来ていたが、大会以降極端に人に会うのを避けてしまっている。

 

 倒された写真立て。中には、前にライカ達と撮った写真が入っている。

 ――その手前には、赤いペンダントが。

 トキヤとの試合の前に、キララから渡された、みんなの想いが込められたお守りだ。

 あの敗北から、あれを身につけることはできなくなった。

 自分には、そんな期待を背負える器はなかった。


 ――――もしも。


 もしも、自分が《主人公》だとすれば、何か変わっていたのだろうか。


 《主人公》とは、よく言ったものだ。

 自分は《主人公》ではない。だから、自分の人生がもしも物語だとすれば、このような興ざめする、期待外れの展開にしかならない。

 いや、自分が不甲斐ないだけならまだましだ。

 周りを巻き込んで、期待を煽っておいてこのザマだ。

 本当にタチが悪いにも程があるだろう。

 自分が読者なら本を投げ捨てている。

 読んでくれている人間に失礼にも程があるだろう。

 作者に文句を言いたくなるだろう。

 こんな物語は、さっさと打ち切った方がいい。

 誰も興味がない物語なんて、なんの価値もないだろう。

 ――この例えで言えば。刃堂ジンヤの物語は、関わった人間全てが不快な思いをする、とんでもない駄作ということになる。


 そこまで頭に浮かべると、ペンダントに手を伸ばす。


 ――――砕いてしまおうか。

 

 もう、この先これまでと同じように戦うことなんてできないかもしれない。もうみんなに顔向けできない気がする。

 だったら、こんな見ていて辛いだけのものは、目の前から消えてくれた方がずっといい。


 しばらく握りしめて、結局破壊に踏み切ることはなかった。


 なぜだろう。まだ何か、執着があるのだろうか。このペンダントに込められた意味など関係なく、ただ誰かにもらった物を壊してしまうのは失礼だとか、そんな当たり前の理由で躊躇ってしまっただけだろうか。

 ――わからない。

 もう考えるのも面倒だと、ペンダントを乱雑に放り投げたて、ジンヤは部屋の外へ出ていった。


 □


 行くあてもなく夜の街を歩く。欠かさずにこなしていた日課のランニングとはまるで違う、ただの無意味な徘徊だ。

 どこかに行けば。誰かに会えば。何かが起これば。

 そんな他力本願な偶然で、この苦しみから救われると思っているのだろうか。

 

 ――――そもそも、自分はどうなりたいのだろうか。

 

 自分の人生ものがたりとは、一体なんだったのだろうか。








「らいと……あうと……」


 なんの意味もなく。







「…………《開幕ライトアウト》…………、」


 ただ、その言葉を、呟いてみる。









 

 当然、何も起きない。

 刃堂ジンヤは《主人公》でないのだから、彼の物語が始まることはない。








「……《開幕ライトアウト》……、《開幕ライトアウト》……っ」


 ――――なにも、起こらなかった。









「……なんで、だよ……、」


 涙が、溢れた。

 どうして自分の物語には、なんの価値もないのだろう。






 以前誰かに言われた通りになった気がする。

 あれは一体、誰だっただろうか。






「――――ねえ、どうしたの?」





 さらりと、長い黒髪が揺れて甘い香りが広がった。

 気がつけば、一人の少女がこちらを覗き込んでいる。

 淡い水色のワンピース。腰には大きなリボンが、襟元には全体の色とは異なる紺色の小さなリボンがアクセントになっている。夏らしい爽やかな出で立ち。

 綺麗に切りそろえられた前髪。口元に浮かぶ穏やかな笑み。

 どことなく、育ちのいいお嬢様といった印象。


 差し出される真っ白なハンカチ。

 

「……あ、えっと……、」


 ハンカチを受け取らず、涙を拭う。恥ずかしいところを見られてしまった。気がつけばどこかの公園のベンチに座り込んで泣いていたのだ。

 本当に、情けない。





「……きひひ、遠慮しなくていいって~、ほらほらぁ」





 ぐいぐいとハンカチを顔に押し付けられて、強引に涙を拭われる。見た目の印象ほどお淑やかではないらしい。

 というか、なんだか笑い方がちょっと独特だ。

 誰かに似ている気がするが、誰だっただろうか。


「いえ、ほんと、大丈夫なんで……!」

 

 あまりに情けないところを見られたのと、汚してしまっては迷惑だろうと思い、彼女の差し出してきたハンカチを拒絶したというのに、それがあっさり崩されてしまって戸惑う。

 なんなのだろう、この少女は。


「そう? 本当に大丈夫?」


 きょとんと首をかしげた後、今度は横に座って顔を覗き込んでくる。

 近い。

 馴れ馴れしい。

 やはり見た目の印象とは大きな乖離があるようだ。


「……すみません、あの、もう……」


 強引にその場を去ることにした。

 誰だか知らないが、初対面の人間に話すことなどない。彼女がどういうつもりであれ、見せたくないところを見せてしまった。

 失礼だっただろうが、それでもこれ以上取り合っていたくなかった。

 ――それから。

 帰ってきて、気づいた。


「…………あ、ハンカチ……」


 しまった。どうしたものかと考えていると、ポケットに紙片が入っている。


 そこには『またね』という文字と共に、連絡先が書いてあった。


 □


「やあ~、また会ったね、偶然」


「いや、待ち合わせしましたよね……」





 いい加減わかってきた。

 この人は、お嬢様然とした見た目に反して、かなりテキトーだ。

 見た目だけで勝手に印象を決めつけたのはこちらだが、それでもなんだか騙された気分になる。


 彼女に連絡し、またあの公園で会っている。今日は洗ったハンカチを持ってきたのだ。

 

「――わざとですよね?」

「んー?」

「……連絡先。最初から仕込んでたんじゃないですか? ハンカチも口実ですか?」


 ジンヤが泣いている、ということは予測できなくとも、ハンカチを使う用途はいくらでもあるだろう。連絡先を書いてある紙片といい、事前の仕込みが多い。

 最近のナンパはこういう小細工を使うのだろうか。

 いや、ナンパなどとは、自惚れ過ぎか。

 いつ『この壺を買えば一気にAランクになります』などと言い出さないか警戒する。

 ――正直、今の心境なら買ってしまいそうだが。

 

「仕込みってもう~……運命ですよ、運命。疑り深いなあ」

「……性分なもので」

「別に騙すつもりはないよ?」

「それで信用できると――、」

「……ファンなんです。試合、残念でしたね……刃堂ジンヤ選手」

「――ッ、えっ、と……」


 対応に困る。剣祭出場選手ならば、この手の絡まれ方をすることくらいはあるだろうが、ジンヤは無縁だった。

 ハヤテやユウヒに対処法を聞いておけばよかった。一体どうすればいいのだろうか。


「……僕は、もう……」

「選手じゃない、ですか?」

「…………ええ……」


 こう言えば、失望して帰ってくれるだろうか。





「いいですよ、別に。負けたって、ジンヤさんはジンヤさんですよ?」


「――――、」





 どうしてだろう。そんな言葉、なんの慰めにもならないはずなのに。

 初対面の相手に、そんなことを言われたところでなにも響かないはずなのに。


 ――いいや、初対面だからこそ。

 以前のジンヤに強い期待を寄せていた者ではないからこそ。このある種、無責任な言葉が、逆に心地いい。

 ジンヤはきっと、彼女の期待を裏切ってはいないのだから。

 彼女は、負けてもいいと言ってくれた。

 

 負けてはいけなかった。

 ライカのために。ハヤテのために。ユウヒのために。アンナのために。キララのために。

 これまで関わってくれた全ての人達のために。

 負けてはいけなかった。大勢の想いを、背負っていたはずなのに。


 だからみんなを避けてしまっているのだろう。

 彼女は『みんな』ではないから。

 それが不思議と、救いになる。



 なんだろう、もう考えるのが嫌になってきた。


 楽な方へ、甘い方へ流れたくなる。

 あれから――トキヤに敗北してから、ずっと夢の中にいるように意識が曖昧で、どこか靄がかかったような感覚が続いている。

 その感覚が強まって、何も考えられなくなっていく。


 ――だが。

 不意に脳裏をよぎる、情景がある。

 夕焼けに立ち、黄金の髪をなびかせる彼女の姿。


 彼女を裏切るような真似は。

 ――いいや、もう裏切っているのか。

 だからもう、これ以上は――……。


 □


 ザザッ、ザザザザザザザッ…………


 □


 いいんだよ、ジンヤくん。

 キミは《主人公》じゃないんだから、《主人公》らしいことはそういう連中に勝手にやらせておけば。


 あー、クソくだらない。

 神の操り人形になって、決まりきった、結果のわかっているつまらない人生を送ることのなにがいいんだか。

 ――――《主人公》とか、全員死ねばいいのに。

 ……おっと、いけないいけない。



 さあ、ここからもっと楽しくなるね。どうでもいい結果がわかりきった茶番バトルは終わり。


 どうせ同じ茶番なら、楽しい楽しいラブコメのほうがいいよね。



 

 □











 ――――8月12日。


 第二十八回彩神剣祭アルカンシェル・フェスタ





 三回戦、第一試合――風狩ハヤテ・・・・・対黒宮トキヤ。








 

「あっつ……」

「あっついねえ~……」


 はその様子を、公園のベンチに座り、端末で見ていた。


「暑いのによくやるなあ……」

「ホント、そうだよね~」


 『ん~~♡』と可愛らしく声を上げながらアイスを舐めている少女は、蜜木キリカさん。

 彼女とはここで出会って――、ええっと……たしかハンカチを貸してもらったんだっけな。

 

 連日、剣祭に出場する騎士達が熱戦を繰り広げる中。

 僕とキリカさんは、そんなこととは全然関係ないところで、二人並んでアイスを食べている。



「うわっ、すっご……今の何連撃だ? 全然見えないや」


 風狩選手の二刀が、黒宮選手に迫る。

 あそこまでの剣捌きに至るには、一体どれだけ剣を振ったのだろう。

 考えただけで気が遠くなる。

 

 一応、僕も騎士といえばそうだけど、まあGランクなんて一般人みたいなものだ。

 大した魔術は使えない。

 《雷属性》ではあるものの、スタンガンを隠し持った一般人と大差ないだろう。


 確か僕の父はすごい騎士だったらしいけど……幼少期に亡くなってしまったので、あまり記憶がない。

 母さんは、僕が騎士を目指さないことについては特に文句を言っていなかった。

 母さんが亡くなる前に言われた言葉は、今でも少し胸に刺さっているけど。

 でも、別に僕は気にしていない。

 強くなれなくたって、死ぬわけでもない。                         

 こうして毎日楽しくやっているのだから。


「いいなあ、すごいなあ……」


 それでもやっぱり、画面の向こうで戦う彼らに憧れがないと言えば嘘になる。

 何かが違えば、僕も剣祭の頂点を目指すようなことがあったのだろうか。


「じゃあやってみよーよー」


 そう言って、キリカさんは木の枝を二本持ってきた。


「……ははっ、危ないって」

「そんなにガチでやらなくていいって笑」


 こうして、二人のテキトーなチャンバラが始まった。


「デザストル!! ……こんな感じかなー」


 木の枝を折って二刀流になり、風狩選手の動きを真似してみる。


「あはは、うまいうまい。大会で優勝できちゃうんじゃない?」

「そうかな? 今からでも遅くないかな?」

「うそうそ笑 めちゃくちゃ弱くて安心したよ~」

「なんだよもうー」


 そうしてふざけあって木の枝をぶつけていると、時折華麗な太刀筋を見せるキリカさんのスカートがふわりと浮き上がり、目のやり場に困る。


「……あっつ……、そろそろやめない?」

「そうだね~」


 そうしてまた二人でベンチに座り込む。

 テキトーだけど、満たされた日々。


 いつしか辺りは夕焼けに照らされていた。もうすぐ日が沈む。一日が終わる。でもまだしばらくは夏休みで、こうやって彼女とだらだらと過ごせるだろう。

 

 こんな日々がずっと続けば――――…………、







「――――…………あ、……」






「…………ん、どしたの?」










 その時――僕の視界に、黄金の少女が飛び込んできた。









 □


 夕焼けに照らされる黄金の髪。

 なぜだろう。

 どうしてこんなにも、懐かしい気持ちになるのだろう。

 

 彼女のことなんて、知らないはずなのに。


「……もう、ジンヤくん、デート中に他の女の人に見とれてるの?」






「え、あ、いや……、……あれ……? あれ…………?」


 止まらない、涙が溢れて、止まらない。






 何が起きているのだろうか。

 彼女は――、彼女の名前は――……■■■。

 ……ダメだ、頭が痛い。なんだろう、思い出したいのに、思い出そうとすると、頭が壊れそうになる。


 なぜだろう――――







 

 ――「――――男がただやられっぱなしで、悔しくないのかッッッ!?」


 ――「「――この世界に、本気で願って叶わないことなんてないッ!」」

   

 ――「これが! この技が! 僕達の/私達の逆襲だッ!」







 こんな記憶は、知らないはずなのに。

 僕は、■■■■■と戦った?

 勝てるわけないのに、あり得ないのに。







 ――「一回くらい僕に救われろッ! いいや、この先何度も、僕に一生救われ続けろ! キミがどれだけ死ぬと叫ぼうが、世界中がキミが生きることを否定しようが、僕は絶対にそれを許さないッ!」


 ――「負ける気がしないなッ!」「負ける気がしねえなッ!」






 知らない記憶が、溢れてくる。

 僕が■■■と親友だった? 

 意味がわからない。どうしてこんな僕のことを、彼が相手にしてくれるんだろう。








 ――「ジンくんが、死んじゃおうとするからあ……そんなの……そんなのぉ……いやだよぉ……いやに決まってるでしょぉ……うっ、ぐぅ、あああ……ああああ……」



 ――「幼馴染ってなに!? 子供の頃の思い出がそんなに大事なの!? ないよっ……そんなのっておかしいよ! アンナの子供の頃は、ずっと地獄だった! じんやとらいかさんが楽しく過ごしてる時、アンナは人を殺してたんだよ! ずっと! ずっと! ずうぅぅぅっと! なんでアンナばっかりこんなひどい目に合うの!? だったら少しくらい、アンナだって幸せになってもいいでしょっ!?」



 ――「…………大切な妹がなにをしても、全部、絶対に許す。そして、なにがあっても、必ず守る」



 ――「いい加減にしろッ! ボクの前でそんな醜態を見せるなッ! キミは……キミは、刃堂ジンヤだろう!? ライキさんの息子だろう!? 彼は諦めなかった! なにがあっても……なにがあってもだ! 死んでも、諦めなかった! だからキミも、そうあってくれよッ! 動揺なんてするなッ! こんな下らないことで立ち止まるな! 進め! 進めッ! 死んでも進み続けろッ! ボクが信じた刃堂ジンヤは、そういう男のはずだッ!」











 なんだか、辛い記憶ばっかりだ。

 何度ももう無理だと思っていた気がする。

 何度も諦めた。

 死のうとしたことだってある。

 こんな記憶はいらない。見たくもない。

 ――そのはず、なのに。

 辛いはずなのに。


 どうして。

 どうして、こんなにも――……。






 ――「キララさんッ! 僕は、嬉しかったんだ、キララさんがここまで強くなっていて! クモ姉に聞いたッ! 僕を目指してることを! 嬉しかったんだ! こんな僕が、誰かの目標になれるなんて! 待ってるから、僕は、絶対、誰にも負けないからッ! だからッッ!」

 

 ――「なにふらついてんだテメェはッッ!!!!

 テメェは! テメェだけは! アンナちゃんに負けちゃならねえだろうが!

 兄弟子おまえ妹弟子アンナちゃんに負けんじゃねえ!

 才能がどうとか知ったこっちゃねえよッ!

 守るんだろうが! 誓ったんだろうがッ! 

 男が、一度守ると誓った女を守れねえのは、クソだろうがよォォォッッッ!!!」


 ――「《絶対負けない、アンナ達の/わたくし達の狂愛アイのためにッ!》」




 たくさんの人と出会って、戦って。

 負けて泣いたことも、たくさんあった。

 もう勝てないと思った相手だって、たくさんいた。

 というか、そんなのはいつものことだ。

 楽に勝てると思った戦いなんてない。

 わかり合えたこともあれば、そうでないことも。

 憎んだことも、憎まれたこともあった。

 死にたいと思ったことも、殺してやりたい程許せないやつもいた。

 痛かったこと、苦しかったことばかりだ。


 ――――それなのに。


 そんな記憶が。

 そんな物語が。






 どうしてこんなにも――――愛しいのだろうか。


 







「――――チッ、まだ《夢》にちゃんと落ちてないか……」


 キリカさんがそんなことを呟いた瞬間――――、












「ここで死ね、クズ――――《閃光一刀エクレール》」


 突如現れた少年が放つ一閃が、キリカさんを、座っていたベンチごと両断した。








 □


「――な……っ!?」


 驚愕するジンヤ。

 たった今、目の前で人が殺されて――、


「…………輝竜ユウヒくんかぁ~~~……、なんでここにいるのかなあ……? いや、別にいてもいいけどさあ……でも、なんでこんなことができるのかな? なんでちゃんとした記憶があるのかな?」

 

 殺されていない――キリカは平然としていた。

 もう滅茶苦茶で、わけがわからない。


「自分で考えたらどうだ?」

「――レヒトか」

「ああ、無駄に恨みを買って、無駄に動きすぎたな」

「でもなんで……、アタシは黒宮トキヤの有利に……アイツの望み通りになるようにしてやったのに……」

「卑怯な方法が嫌いなんだろう、お前と違ってな――信じているんだろう、宿敵のことを」

「……はあ~……わっけわかんねえー……、しょーがない、やり直しか……」


 ――ぱちん、と少女は指を鳴らした。

 瞬間、世界の全てが消失していく。裂かれたベンチが、公園の風景が、真夏の空が、全てが消えて、真っ白い空間だけが残される。


 キリカの姿も変わっていた。お嬢様然とした風貌から、黒のキャミソールにホットパンツ、まるでこれまでと違う格好だ。


「――ジンヤくん、これを」


 金髪の少年から、何かを手渡される。

 赤色の石と鮮やかな羽がついたペンダントだった。


 それを手にした瞬間――――、


「ぐッ、うううぅぅぅ……ッッ!」


 頭に凄まじい負荷のようなものを感じる。

 記憶が――、黄金の少女を目にした時に蘇ってきた記憶が、さらに鮮明なものになる。

 そして、ばらばらになっていた記憶が統合されていく。





 これまでの刃堂ジンヤの人生。

 そして、トキヤに敗北してからの、夢の中にいたような感覚の日々。

 さらにその後の、蜜木キリカ――罪桐キルの姿をした少女との日々。


 

 ――――全て、思い出した。


 

 曖昧な記憶が、鮮明になっていく。


 

「…………ありがとう、ユウヒくん。ひとまず正気には戻れたと思う」

 

「……ええ、ですがここからでしょうね」


 礼を言うジンヤに、静かに頷くユウヒ。

 二人は目の前の少女――罪桐キルへ視線をやる。


 罪桐キル。

 彼女に対しての記憶も、今のジンヤは取り戻している。


 あまりにも得体の知れない少女だ。

 突然、罪桐ユウにアンナが殺されているところを見せたかと思えば、ジンヤに自身を貫かせ、ジンヤを殺し、夢の中でジンヤと戦い、《主人公》についての知識を与える。

 かと思えば、その記憶は消してしまい――今度は今とまったく違う世界で、そこでジンヤと起伏のない日常を送っている夢を見せる。

 ――彼女は一体、なにがしたいのだろうか。

 ユウと同じように、相手を絶望させることを好んでいるならさぞ楽しいのだろう。

 ジンヤは夢の中で彼女に何度も絶望を見せている。

 それに――夢ではなく、現実・・で、トキヤに敗北し、最大級の絶望を見せた。


 結局、今はどういう状況なのだろうか。どこからが夢で、どこまでが現実なのか。

 トキヤと戦っている時は、夢の中にいるような感覚はなかった。


 トキヤとの敗北までが現実――それがジンヤにとって一番絶望的ではあるが、一番しっくりきてしまう。


「ユウヒくんは、この状況がなんなのかわかってるの?」

「……ええ、まあ。長々と説明している暇はないので簡単にいきますが――まず、ここは罪桐キルの能力の中――つまり、夢の中です。概念属性《夢》と言ったところでしょうか……、まあ恐らく大本は罪桐ユウと同じく《想像》でしょうし、ほとんど何でもありみたいなものでしょうが」


 キルがユウと同じ能力を持っているのなら、『どういう能力か』などという推測はあまり意味がないだろう。

 『どんな能力にもなる』という、あまりにふざけた性能をしているのだ。

 しかし限りなく自由度が高いが、そこには確かに制限がある。

 ガウェインが見抜いてみせたように、その『制限』を探っていくしか勝機はない。


「……あいつの相手をするのは、ジンヤくんではなくボクの役目です。ですが、この状況を切り抜けられるかは、ジンヤくんにもかかっています」


「……それで、僕はなにをすればいい?」

「それは――、」



「――――ねえ~、ユウヒくん」


 そこで二人の会話を遮るように、キルが声を発した。




「いいのかなあ、ジンヤくんを現実に戻しちゃって……辛いだけの現実にさあ……。それってジンヤくんを苦しめてない?」


「ふざけたことを抜かすなよ、卑怯者。誰より彼を苦しめているのはお前だろう。黒宮トキヤとの戦い……最後の場面で、お前が細工をしなければ、こんなことにはなっていない」


 キルの仕掛けは、確かにあった。

 ユウヒはそれをレヒトから聞いて警戒していたし、対策を打っていた。

 だが、防げなかった――というか、防ぐには、この状況に持ち込まなければならなかった。

 

 キルのやり口は巧妙で、仕掛けがあることはわかっていても、その発動自体を防ぐことはできなかったのだ。だが、発動した後ならば話は別だ。


「バレたか~笑 ……でもさあ、問題はそこじゃないよね。確かにちょーっとだけジンヤくんに仕掛けはしたよ。……以前、ジンヤくんに教えておいた《主人公》に関しての話、あれをちょうど黒宮トキヤに負けそう! ってところで思い出させてあげたんだよね~」


 それがキルの仕掛けの正体。

 ジンヤはトキヤが最後に繰り出した技によって斬られ、意識が薄れた瞬間に、キルから以前消しておいた記憶を呼び戻された。

 夢の中で《主人公》について語られた時も、ジンヤは絶望しかけたのだが、直前で一度記憶を消されてしまった――そんな記憶を、トキヤと戦い、彼の力を目の当たりにした後という最悪のタイミングで呼び戻されたのだ。


「つくづくゲスだな……そんな横槍を入れておいて、ジンヤくんが《主人公》に勝てないと主張するつもりか?」


「するけど~? だってさあ、ジンヤくんが諦めちゃったの、事実でしょ? ねえー、ねえねえ、ジンヤくん……あの時さ、まだ立てたよね? 今までだって、ああいう場面で立ってきたよね? でも、諦めちゃったよね~~~?」


 キルの言葉に対し、ジンヤは――――、


「…………ッ……、」


 言い返すことが、できない。

 事実だった。

 ジンヤはあの瞬間、確かに《主人公》に勝てないと、そう思ってしまった。


 《開幕ライトアウト》もできない。土壇場で成長することだって出来ない。想いの力の分だけ強くなることなんて、できない。

 《主人公》に比べ、ジンヤはできないことだらけだ。


 それに、それだけではないのだ。

 《主人公》の戦闘における特権だけで、ジンヤが諦めたわけではないのだ。


 ――――ジンヤは、世界を救えない。


 キルによって一度記憶を封じられていたことで忘れていたが、ジンヤはあの悪夢のループの中で、様々な世界を見た。

 滅んだ世界を見た。そして、英雄が世界を救う様を見た。


 どこまでも王道な英雄譚。生まれた瞬間から世界を救うことを定められた者が、世界中の人間から感謝され、世界中の人間から背中を押され、世界を背負い、世界を救う。


 ――対して、今のジンヤはどうだろう。

 トキヤに敗北した後のことを経験して、自分がどういう人間なのか、自分の人生がどういうものなのかよくわかった。

 身近な者達の想いを背負い、その全てを台無しにした。

 《主人公》ではないどころか、関わった人間全てを苦しめる駄作――それがジンヤの物語だ。

 



「……僕には、ないんだ……《主人公》を倒していいような権利も、力も……」





 世界を背負い、世界を救う《主人公》。

 

 誰の想いも背負うことができない自分。


 どちらが勝つべきかなど、考えるまでもなく。





「僕は、誰の想いも背負うべきじゃない……そんな《主人公》みたいな真似、僕がしていいはずがないんだ。世界を救う《主人公》の代わりなんてきっとどこにもいないけど……僕の代わりなんていくらでもいる……」



 今になって、罪桐ユウや罪桐キルの言っていたことに強い実感が伴う。

 散々モブだのNPCだの言われたが、全て正しかったのではないだろうか。






「だって僕は、《主人公》じゃなく、どこにでもいるような、背景と大差のないやつだから……、だから、僕ができなかったことは、他の誰かが……、僕よりもすごい《主人公だれか》がすればいいから……――、」









 ――――瞬間、


 ユウヒが思い切り、ジンヤを殴り飛ばした。









「本当に、聞いてたとおりですね……それじゃあ皆さん、あとはどうぞ」







 次の瞬間。


「――ねえ、ジンくん」


 ライカが、ジンヤのことを殴り飛ばしていた。






「ぐぁッ、」


 なぜ、と思っていると今度は――


「ったく……お前、ホント馬鹿だよな……」

 

 ハヤテがこちらへ手を差し伸べてくる。


「ハヤテ、なんでここに……が、はッ」


 手を引いて、立ち上がらされたかと思えば、また殴られた。





「もう、みんなじんやのことボコボコにしちゃだめだよ……?」


 今度は、いきなりアンナに抱きしめられた、かと思えば――


 ――ぺしんっ、とアンナがジンヤの頬を叩いた。


「でも、わかる、本当に、じんやは、ばかすぎる」








「……アタシも殴ったほうがいい感じ? 正直ブン殴りたいけど……」


 キララが呆れつつも、怒りの表情をジンヤへ向けている。


「屍蝋ちゃんと同じように抱きしめにいったらどうだい?」


 ヤクモがそう言うと、キララは顔を赤くしてしまう。


「え、えっと……私はいいです、アイドルなので……」


 オウカが目の前の光景に驚きつつ言う。


「僕もちょっと、まだその領域には……」


 遠慮がちに後ろの方から様子を伺うユウジ。









「みんな……なんで……?」


「…………どうして、モブどもがぞろぞろとアタシの夢の中に……っ」


 ジンヤが疑問の声をあげると同時、キルもまた苛立たしげに言う。






「簡単なことだ――お前の能力は、大抵の能力は再現できるが、決して無条件でなんでもできるわけじゃない。必ず元になった能力の発動条件などもコピーしてしまう……そして、恐らく《夢》の発動条件は、対象と経路パスを繋ぐこと。だからこっちも、経路パスを繋いでおいたんだよ」


「……こんな大勢との経路パスなんて、どこに……」


 ユウヒの言っていることは当たっていた。

 ユウヒがレヒトと協力し、キルの仕掛けを調べ、打っていた対策。


 キルがジンヤへ能力発動のためのなんらかのマーカーを仕掛けていることはわかっていた。

 それが《夢》へ引き込むための経路パス

 キルはどこかでジンヤと接触し、ジンヤに自身の魔力を付けていた。

 キルならば、それくらいのことはいくらでも出来るだろう。

 そこまでわかれば、こちらも同じように魔力によるマーカーを仕掛ければ、《夢》へ侵入できる。

 






 そのマーカーとなるのが、ジンヤへ渡していたペンダントだ。


 ここに魔力を込めているものは、その経路パスを通じて《夢》へ侵入することができる。













「さて、誰からいくよ?」




 ハヤテは集まった者達に、キルへ挑む順番――ではなく、ジンヤを言葉をかける順番を問う


 ――――さあ、逆襲開始だ。


 ここに集まった者にはそれぞれジンヤに言いたいことがある。

 

 刃堂ジンヤは、自分のことを諦めた。


 では――刃堂ジンヤを想う者達はどうだろう?












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