第24話 在りし日の選択
「――私とライキは親友だったんだ」
ハヤテ達が戦闘訓練を行っていた際、時を同じくしてジンヤはこの国で最強の騎士――天導セイガと向き合っていた。
告げられた事実には驚きもあるが、同時に納得もある。
セイガとライキは同世代の騎士だ。セイガと父がそういう間柄でもおかしくはないだろう。
同時に気づいた。
自分は本当に父についてよく知らない。
ずっとあった父への後ろめたさ。それが意識的であれ無意識的であれ、父から自分を遠ざけていたのだろう。
「……と言っても、私としてはあまりいい友であった自信はない。というのは……例えば、私のせいでジンヤくん――君が、君としてここに存在しない可能性だってあったんだ」
「……え?」
(僕が僕として存在しない……?)
彼のなにか特殊な能力よって――ではなく、言い回しの問題だろうが、それでも一体どういうことなのかすぐには理解できなかった。
「……戸惑わせてすまない。ああ、ダメだな。いつかこの日が来るのはわかっていたのに、いざ来てみるとやはりどうにも上手く話せないな」
そう言って、困ったように自嘲的な笑みを浮かべる。
年齢を感じさせない爽やかな笑み。
不思議な感覚だった。彼はどこかほんの少しだけ、父に似ているような気もする。
なぜだろうかと考えてすぐに思い至る。
セイガは、記憶の中にあるライキくらいの年頃――三十代程度の容姿のままなのだ。
ライキも若々しい容姿であったが、彼が亡くなってから随分経つ。
だというのに、セイガはその頃のライキと同程度の容姿に見えるのだ。
まったく老けない俳優などが話題になることがあるが、まさにそういうタイプだ。
「順を追って説明しようか。本題にも関係することだからね」
そう言ってセイガは語り始める。
ジンヤにとって謎多き父――ライキ。その若かりし頃に起きた、彼の在り方を示す出来事を。
□
セイガとライキが出会ったのは、彼らがまだ学生時代――それも、中学に上がる前だ。
当時、騎士――いやその頃はまだ《魔術師》と呼ばれていた時代で、《魔術師》が《騎士》に変わっていく激動の時代だった。
世間に秘匿されていた異能が開示され、大勢の人間が異能へ目覚めていく。
そうして異能者――《騎士》人口が爆発的に増加し、《騎士》、《騎装都市》、《彩神剣祭》――今では当たり前に存在するそれらが作られていく時代の最中。
そんな時代で、二人は出会った。
今の時代では当たり前になった枠組み――剣祭の第一回。セイガとライキは共にその初代王者を目指していた。
《騎士》や《魂装者》の力が才能に依存するというのは、当然今も昔も常識だ。
騎士はより強い魂装者を。
魂装者はより強い騎士を。
より才能がある、強いパートナーを求める。
そんな当たり前を、刃堂ライキは受け入れなかった。
ライキがパートナーとして選んだのは――後にジンヤの母親となる女性。旧姓、夕菅ミカ。
彼女は魂装者ではあったが、ジンヤと同じように才能に恵まれていなかった。
今よりも魔術師的な思想、差別がずっと幅を利かせていた時代だ。ライキが有望な騎士であったこともあって、ミカとライキの交際――そして、ライキがミカと組んで剣祭に出ることは、周囲から猛反対された。
『魔術師の恥だ』、『力を持ちながら、それを十全に発揮しないのは怠慢だ』、『どれだけ身勝手なのだ』――頭の固い者達が、ライキを好き放題罵った。
セイガは自身の友が悪く言われるのは不快だったものの、ライキの考えが理解できないという点では同じだった。
ライキは優秀な騎士だ。凄まじい才能を持っている。彼はいずれ世界を守るために必要なのだ。その彼が、わざわざ自分の足を引っ張るような魂装者を選ぶことは許せなかった。
「……なあライキ、いつかその選択を後悔することになるぞ」
「賭けてもいいよ、セイガ。僕は一生、この選択を誇るとね」
言葉で説得できないのなら、剣で語るしかあるまい。
そして迎えた剣祭。
その決勝でライキとセイガは激突し――ライキは、初代優勝者となった。
□
こうして彼は、実力で周囲を強引に黙らせてしまった。
後にライキとセイガは《ガーディアンズ》に所属し、平和のために共に戦うことになる。
その頃になると、ライキは別の魂装者と組んでいた。
生死がかかった場において、自身の拘りを優先して自身と愛する者を失うことはしたくなかったのだ。
だが、ライキが愛したのはミカだけだった。
ライキがミカと結ばれる段になっても、未だに周囲からの反対は消えなかった。
次に周囲が糾弾したのは、ライキという才能ある騎士が、才能のない者と子を成すということに対してだった。
これも魔術師としての常識に照らせば、ありえないことだった。才能ある者同士で結ばれ、次代に優秀な子を成す。これが魔術師の義務と考える者は、《七家》を中心として大勢いた。
だが、どれだけ誰に何を言われようが、ライキの想いは揺らがなかった。
こうしてジンヤが誕生する。
ミカという非才の母体から生まれた子供とはいえ、まだ才能がないと決まった訳ではない。
ライキの分の才能だけでも継げていたのなら、十分に有望だ。
――だが、ジンヤには才能がなかった。
セイガはそれまで、ずっとライキのやることに文句をつけてきたし、彼の考えには賛同できなかった。
彼は温厚で聡明、問題などほとんど起こしたことがない。
ジンヤが才能が恵まれなかったことに対して、罰が当たったのだろうと口にした者がいた。
セイガはそれを口にした者を殴り飛ばしていた。
「……セイガ。いつか君は今日の選択を後悔しないか」
「賭けてもいいぞ、ライキ。俺は一生、あいつを殴ったことを微塵も後悔しないよ」
今でこそ《八部衆》の頂点である彼の輝かしい経歴についた、数少ない傷がそれだった。
□
その後ライキは一つの決断をすることになる。
ジンヤにどういう道を選ばせるのか。
騎士として生きるのか、そうでないのか。
ライキは迷い続けた。
騎士として生きるのなら、ジンヤは確実に苦しむことになる。騎士は才能の世界だ。才能がない者が生きるには、あまりにも厳しい。
だが、そうでない者として生きるのなら、自分の存在が重荷になる。偉大な騎士の息子として生まれながら、その才を継げなかったという烙印を押され、必要ない蔑みを受けてしまうことからは逃れられないだろう。
迷い続けるライキに対し、ミカが出した答えは単純なものだった。
「……あなただって散々周囲の言うことに逆らって、誰がどれだけ無理だって言っても少しも聞く耳を持たなかったのに、どうして息子にはお利口な道に進んでもらおうとしているの?」
もっともな意見だった。
自分と似たようなことを、ジンヤがやりたがるかもしれない。
誰もが出来るわけがないという道へ、進むかもしれない。
その時自分は――子供の頃大嫌いだった大人達と同じことを言うのだろうか。
そんなのはごめんだった。
ライキが歩んだ道のりは、決して楽ではなかった。
だから無意識に、ジンヤには自分と同じ苦しみを味わって欲しくないと考えてしまっていたのかもしれない。
だが、それを決めるのは自分ではない。
全てジンヤが決めればいい。そして、彼が決めた道を全力で応援する。
それが夫婦で出した結論だった。
ライキはその結論を、セイガやオロチに伝えていた。
常に己の身を危険に晒す戦いが続いていた。自分にもしものことがあれば、誰かにジンヤを託さなければならない。
その後、ライキは亡くなった。
生前、結局ジンヤとライキはすれ違ったままだった。
ライキは無理やりジンヤを騎士にするつもりはない。だから必要以上にジンヤに騎士としての訓練を強いることはなかった。
だが、それをジンヤは、自分が非才ゆえに、父に見限られたのだと思いこんでいた。
そうして自分を責め続けるジンヤを変える出会いがあった。
――その出会いで、ジンヤは自分が進む道を決めた。
□
ユウヒやオロチのように――セイガもまた、ずっとジンヤを待っていたのだ。
龍上ミヅキを倒し、剣祭への出場を決めた。
一回戦、風狩ハヤテを倒した。
仲間と協力し、罪桐ユウを撃退した。
二回戦、《開幕》を扱う屍蝋アンナすら突破してみせた。
確かにジンヤに才能はない。
ライキのような魔力量や出力――今の世代の騎士でいう、龍上ミヅキのようなド派手な雷を扱う技の数々。それらとは似ても似つかない。
それでも。
誰もが出来ないと思ったことをやってのけるあの在り方は、やはり彼の息子だと確信させてくれる。
ジンヤがこの大会でどこまで行けるのかはわからない。
それでも、彼はもう十分に、かつてライキが願った通り――いやそれ以上の結果を出しているのだ。
□
「……以上が、私のライキと君への想いだ。……これを聞いて分かる通り、はっきり言って私は君に顔向けできない。ライキとミカさんが結ばれることには反対していたし、君が騎士を目指すことも、当初はあまりにも危険だと反対していた。……だというのに、今では手のひらを返して君という戦力をしっかり頼りにしている。我ながら都合がいいにも程があるという自覚はある。それでも言わせてくれ――」
苦々しそうに眉根を寄せ、セイガは続ける。
「……すまなかった。やはり君はライキと同じだ。周囲が無理だと思っても、最後にはやり遂げてしまう。わかっていたはずなのに、それでもまた私は信じることができなかった」
自分より遥か目上の人間に頭を下げられ、ジンヤは――
「……いえ。天導さんに謝られることなんてどこにないですよ」
ジンヤが存在しない可能性を作る原因となるかもしれなかった。それは、彼がライキとミカの仲に反対していたことからだろう。
さすがにそれを糾弾する気は微塵も起きない。
ライキが――自分の父が、自分に似ているというのなら、誰がなんと言おうが自分は生まれていただろうという気がする。
自分が騎士になることに反対だった、というのも当然の話だ。自分が騎士を目指す危険性など、嫌というほどわかっている。
ジンヤが《ガーディアンズ》に入るように仕向けたことについての謝罪も含まれるのだろう。
それについても文句はない。
セイガにも、ジンヤに対して《親友の息子》として接するのか、一人の騎士として接するのかという葛藤があったはずだ。
だが、あの場を納めるにはああするしかなかった。
ジンヤはアンナを守るためならどんな手段も選ぶと決めている。
あの結末に、セイガの意図が含まれていようが、落とし所に文句はない。
「……まったく、そんなところまであいつそっくりだ。あいつもそういう気の使い方をしていたよ」
どこか嬉しそうに、セイガは微笑んだ。
「……さて、修行の邪魔をしては悪いな。私はセイハの師だからね。もうセイハは敗退してしまったが、それでも他の出場者に肩入れするつもりはない。……なかったのだが、これくらいは構わないだろう?」
セイガがオロチの方へ視線をやった。
そうして、セイガはその場を後にした。
セイガが語ったライキの話。
自分の知らない所で、自分を巡って様々な者達の想いが積み重なっていた。
父に相応しい騎士に。以前からずっとジンヤを支えていたその想いに、今日聞いた話が焚べられ、ジンヤの闘志はより強く燃える。
□
「……セイガさん、ありがとうございました……!」
「……なにがだい?」
セイガの後を追ったユウヒは、礼を口にした。
「セイガさんは、ジンヤくんの置かれた状況をわかっていて話してくれたんですよね? こうすれば……ライキさんの話をすれば、ボクへ流れてしまっているかもしれない《係数》が、ジンヤくんへ正しく流れるかもしれないと思って」
「……さて、どうかな。……今はただ次の試合を楽しみにしているとだけ言っておこうかな」
はぐらかされてしまうのは、やはり彼が表立ってセイハ以外に肩入れすることはないという意思表示だろうか。
いずれにせよ、セイガがした話はジンヤにとってプラスになるはずだ。
どういう思惑があるにせよ、ジンヤとの宿命を果たすことへ繋がるのならば、ユウヒにとっては好都合だった。
□
同刻。
ジンヤの対戦相手である黒宮トキヤもまた、彼にとって重要な話をしている真っ最中だった。
トキヤと向かい合って座る男、レヒトが告げる。
「――オレは並行世界において、雪白フユヒメを殺している」
トキヤの視線が一瞬で剣呑な色に染まる。横に座るフユヒメとエコも驚愕している。
相手の反応に構わず、レヒトはさらに驚くべき言葉を重ねていく。
「そしてこのままだと、雪白フユヒメはこの世界でも死ぬことになる」
レヒトは語り始める。
黒宮トキヤに――《主人公》に課せられた、その過酷な運命を。




