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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第5章 ■■の■■■
130/164

第23話 新型戦闘訓練④/率然






 屍蝋アンナ +1 真紅園ゼキ、脱落 風狩隊 1点


 夜天星刃 +1 風狩ハヤテ、脱落 夜天隊 1点


 龍上ミヅキ +1 翠竜寺ランザ、脱落 龍上隊 1点


 零堂ヒメナ +1 龍上キララ、脱落 蒼天院隊 1点


 灼堂ルミア +2 屍蝋アンナ、ハンター・ストリンガー、脱落 夜天隊 3点






「――――うん、はい確定」





 ここまでのスコアを見て、ガウェインは小さくそう零した。





「……え? なに、どしたんガーたん」

「もう勝つチームわかったよ」

「は? マジで? 確定? ホワイワイワイなんで?」






「それはねー、まず――が落ちたでしょ? でも、たぶんもう――は――に――を渡してると思うんだよね」







 □






 ルミアによる一挙2得点。

 そんな瞬間の直後だろうが、夜天星刃が戦闘中に油断することなどあり得ない。




「ルミア、次は水村だ」


 即座に次に取るべき行動をルミアへ指示する。

 なぜユウジなのか。単純に位置が近いこともあるが、それよりもセイハの存在が大きい。

 一度はユウジはセイハから逃げおおせたとはいえ、相性が悪いこと変わりはない。

 セイハも狙うとすれば取りやすいユウジだろう。

 

 ユウジを蒼天院隊の方へ釣りだして、二つの隊をぶつけ、その隙にまとめて取るという策もあるが、今の状況では成立しない。得点で夜天隊が単独トップな以上、悠長にしていては龍上隊と蒼天院隊がまとめてこちらを潰しにかかる。

 そうなる前にさらにリードを広げておく必要があった。



(――ここで水村を落とせるかは重要だな……)




 □


(――とでも考えてるだろうな)


 ミヅキは星刃の考えを読み切り、彼へと蛇腹剣を伸ばした。


「……チッ、」

 

 舌打ちする星刃。

 ミヅキの蛇腹剣が星刃の刀へ巻き付いたかと思えば、凄まじい膂力により刀ごと振り回される。

 ルミアから引き離され、セイハの方へと投げ飛ばされる星刃。


 星刃がユウジを狙うのは読めている。やらせるつもりは、当然ミヅキには少しもなかった。

 まだここでユウジを落とさせる訳にはいかない。

 そして、ここで星刃を蒼天院隊への『盾』として使う。


 □


「――わっ、と?」


 目の前へ星刃が投げ飛ばされてきて驚くヒメナ。



「……龍上くんのミスでしょうか?」


 ルミアと星刃を引き離したかったのはわかる。だが、こちらへ星刃を渡すような真似をすれば、得点はこちらのものになってしまう。

 蒼天院隊と1得点で並んでいる龍上隊が、こちらへ点を献上するような動きは下策に見えるが――。


 そのまま星刃を落としにかかるヒメナ。だが――


「……っ!?」


 飛び退くヒメナ。遠距離から彼女へと水弾が放たれていた。

 ――ユウジだ。

 彼は今、ミヅキと共にルミアを攻めつつ、同時にこちらにも気を配っている。

 なんという射程。狙いの正確性。二つの戦局を同時に把握する並列思考。


「やりますね。なるほど、1点も渡すつもりはない、と……!」


 こちらへ星刃を渡したのは、あくまでルミアを落とすまでの時間稼ぎのつもりだろう。


「ですが……!」


「ああ、そう舐めてもらっては困るな」


 セイハが動く。

 彼は地中・・に巨大な氷柱を出現させた。それによって舗装されていた足元からコンクリートが押し出される。

 無論、容易い技ではない。生半可な魔力の者がこれをしても、押し出す程の力がなければ不可能。それに地中という目視できない場所に術式の座標を指定するのも高い技術を要する。

 押し出されたコンクリート塊を、魔力で強化、防護した足で蹴飛ばす。

 豪速で放たれる塊。

 ――星刃の無効化魔力では、物理攻撃は防げない。トキヤ対星刃でも、トキヤによる似た手に星刃は苦しめられていた。



「……くっ、」


 セイハの攻撃を躱した隙に、ヒメナがトドメになる一撃を放つ。


「両手健在なら防げたのかもしれませんが……これも一応、ゼキさんとの連携ですかね」

 

 体勢を崩し、右手が下がっている状態の星刃。左腕はゼキによって使用不能にされている。

 ヒメナの拳が、星刃を貫いた。


『ここで夜天選手が落ちた! 蒼天院隊は合計2得点で2位へ! 依然夜天隊が3得点でトップですが、ここまでの得点は全て夜天隊長が絡んでいました。残された灼堂選手は持ちこたえられ――……ああっと、ここで灼堂選手が落とされたぁ――っっ!』


 セイハ、ヒメナ対星刃と当時に、ミヅキ、ユウジ対ルミアが繰り広げられており、ほぼ同時に決着がついた。

 




 □

 




「……やられたか」


 ダイブを終えた星刃は器具を取り外して、ベッドに体を放り出すと天井を仰いだ。

 途中までは上手くいっていた。

 自身の無効化は、連携によってさらに有用な使い道があることは確かめられた。

 ルミアとランザはよくやってくれた。

 決して勝てない試合ではなかった。

 ――自分がもっと、上手くやれていたら。

 反省点はいくつもある。

 だが、今一番明瞭に浮かんでくるのは――。


「……やってくれるな、龍上」


 


 最後のシチュエーション。

 蒼天院隊対星刃、龍上隊対ルミアの形に持っていかれたのは、直前のミヅキによって星刃を動かされたからだ。

 あそこを防ぐことさえできれば。

 ミヅキの蛇腹剣は魂装者アルムによる機構であるため、無効化魔力では防ぎようがない。

 結局のところ、星刃の技量でどうにかするしかない部分だ。

 それに、ゼキに腕をやられてさえいなければ。


「わかっていたことではあるが、俺もまだまだだな……」


「……もう、つい最近も同じようなこと言ったでしょう? 強くなろう、一緒に」

「ああ、そうだぞ、隊長。未熟なのは俺も同じだ」


 そうだった。トキヤに敗北した時に誓ったばかりだ。

 自分は――自分達は弱い。

 だが、必ずもっと強くなれるという確信がある。

 このチームでなら、きっと。




 □




『これで蒼天院隊、龍上隊、共に2得点で並んだ! 

 得点上は夜天隊がトップですが、全隊員が落ちたことでこれ以上得点が望めないので、トップ争いは残った2チームによるものになります!

 二対二、二つのチームによる対決にもつれこんだこの試合、勝つのはどちらのチームになるのでしょうか!』




 □




「――水村。こっから先、テメェにかかってるぞ」

「……う、うん」


 ミヅキの言う通り、ここから先の局面は自分の動き次第で勝敗が変わってくる場面だ。

 ――任せろ、とそう自信を持って言えればよかったのだが。

 今のユウジには、まだそこまでの自信はなかった。


「――任せたぞ・・・・

 

 なかった、はずなのに。


「――うんっ、任せてよ……っ!」

 

 ミヅキの一言で、胸の奥から欲しかったものが湧いてくる。


 そしてミヅキとユウジはそれぞれの相手のもとへ向かう。

 ミヅキはセイハへ。ユウジはヒメナのもとへ。


 □


 セイハが氷柱を撃ち放った瞬間――、


「余所見してんじゃねェよ」


 セイハがユウジを狙った氷柱が、ミヅキによって切り落とされる。

 さらに斬りかかってきたミヅキの刃をセイハはガントレットで受けた。


「都合の良いことを言うな。お前だってチャンスがあればあちらの戦局に援護の一つもするだろう?」

「……お見通しか。ま、構わねェ。ああそうだ、アンタが元《頂点》だろうがオレの都合で動いてもらう」

「……ふっ、随分な言い草だな。……なあ、ミヅキ」

「あァ?」

 

 二人の視線が交錯する。セイハの青い瞳が、ミヅキの銀眼を射抜いた。


「お前達の世代には、俺達を超えていって欲しいと願っている。そうすれば今よりもずっと、俺が願った平和は強固になる――だがな……、」


 右腕を振って刃を弾き、即座に右拳を放ちつつ、セイハは言う。


「――それは、今ではないな」


 現在3年のトキヤ、星刃達の代。2年のセイハ、ゼキ達の代。いずれも近年稀に見る有望な騎士が揃った世代と言われていたが、今年の1年はさらにその上をいくだろう。

 ジンヤ、ミヅキ、キララ、ユウヒ、アグニ。三回戦に勝ち残った一年がこれだけいるのだ。

 アグニは例外にしても、セイハはミヅキ達の代に強い期待をかけている。

 だからこそ――自分は高い壁として立ちはだかるべきなのだ。

 いずれは超えられるかもしれない。だが、簡単に超えられてしまっては張り合いがないだろう。それでは彼らの成長のためにならない。

 自身が願う平和のために。

 自分がいなくなった後も、この街を守ってくれる者達のために。

 蒼天院セイハという壁は絶対的なものでなくてはならない。


「ぐ、ゥッ……!」


 セイハの拳を左手のガントレットで受けるミヅキ。

 通常の打撃ならば受けきれるが、セイハが本気を出せば、恐らくはミヅキの豊富な魔力を用いた防御も突破されるだろう。

 ミヅキが仰け反っているのも構わず、セイハのさらなる攻撃が放たれようとした瞬間――


「――、」

 

 大量の水弾がセイハを襲う。セイハは周囲に氷壁を張って冷静に対処。

 水弾が飛んできた方向を見るが建物に遮られユウジの姿は見えない。

 いつもまにかステージ東部から西南部方面にある建物が多いエリアへ移動している。

 こちらからユウジが見えないということは、ユウジはこちらを見ずに射撃した――もしくは、

射撃直後に身を隠したか。どちらにせよ、ヒメナと戦いながらそんなことをやってのけるのは凄まじい技量であった。

 ユウジの援護は厄介だった。

 距離が遠いため、こちらが防御しようがないタイミングを正確に狙うようなことはできていないようではあるものの、運悪くミヅキの攻撃へ対応している最中ならば防ぎようがない。

 

 即座に浮かぶ対処は二つ。

 今からユウジを優先的に処理するか。

 それとも、ユウジからさらに距離を取って援護を封じるか。

 前者の場合、1対1を二つに分けたのを再び2対2に戻すことになる。

 ミヅキの狙いとしては、セイハとユウジを近づけたくはないのだろう。相性の問題で、セイハがユウジを落とそうと思えばそう時間はかからない。だからこそ、率先してミヅキがセイハを狙ったのだ。


 では後者か。その場合、ユウジの援護をカットできるが、ヒメナをカバーすることはできなくなる。

 こちらを選ぶかどうかは、ヒメナがユウジに勝てると信じるかどうかだった。

 

(……俺としたことが、あいつを侮ったな……)


 これは明確なセイハのミスだった。

 こうなる前に、ミヅキの狙いの乗らず、集中してユウジを潰しておくべきだったのだ。

 無意識とはいえ、ユウジの脅威を見誤っていた。

 以前は今よりもずっと実力差があり、さらに相性的にも負ける余地がないからこそ――いいや、そんな言い訳はどうだっていい。

 現状、不利な選択を突きつけられている時点で、ユウジの実力に――ミヅキの策によって、追い込まれているのだ。

 

 今は信じるしかないだろう。

 ヒメナがユウジを倒しさえすれば、何も問題はない。

 そうなればあとは2対1、勝利は確実だ。


 □


 ユウジは焦りを感じていた。

 セイハは距離を取る方を選んだ。これでもうミヅキを援護するのは難しい。

 後は自分がヒメナを倒せるかどうか。

 恐らくミヅキとセイハはそう簡単には決着がつかない。自分達の決着の方が早いだろう。となれば、この勝負が、チームとしての勝敗を決定づけると言っていい。

 この勝負に勝って、隊長を援護できたチームが勝利する。

 負けられない。

 重要な戦況だということ以外にも、まだ理由はある。

 

 ヒメナは、かつて四天王だった。ユウジと同じようにだ。

 ユウジもヒメナも、四天王の序列は最下位。

 だが、それは過去の話。

 今ならば過去よりもずっと強くなっている。

 電光セッカ、ルッジェーロ・レギオン、嵐咲ミラン――学内序列で自分より上の騎士達を倒す自信はある。

 それはヒメナも同じだろう。

 ヒメナは蒼天学園から真紅園ゼキを追いかけて炎赫館学園へ行ってしまったため、もう四天王ではない。

 だが、共にセイハの下で戦った経験があるという点では同じだ。

 それに、共に一回戦で負けている。

 

 苦い経験をした者同士、その次も簡単に敗北する訳にはいかないだろう。


 □


 ヒメナもまた、ユウジと同じように焦りを感じていた。


 セイハが距離を取った意味は、彼女も理解している。

 これはつまり、自分ならばユウジを倒せると信じてくれたということ。

 セイハさえ来れば勝てる。そういう甘えがどこかにあったのは事実だ。

 だが、セイハがこちらへ近づいてくる間は、その分だけユウジもセイハを狙いやすくなるのだ。ミヅキの相手をしながらでは十分に落ちるリスクがある。

 

 ――甘えは捨てよう。


 勝つ。勝って兄からの信頼に応える。

 そして、思う存分、心置きなくゼキを笑ってやろう。いつもからかわれてばかりなのだ、たまには仕返しの一つもしてやりたい。

 それに、勝てば少しは自分のことを見直してくれるかもしれない。

 理想をいえば、彼を倒し、彼が自分を敵視し、自分をもっと見てくれるようになるのが望ましいが、まずはその前段階から。

 一歩ずつ、確実に前へ。

 そのためにも――目の前の相手には、絶対に負けられない。


 □


 ヒメナが地を蹴飛ばすと同時、ユウジは水弾を一斉に放った。

 相性で言えば、やはりヒメナが有利だろうか。

 セイハ同様、ヒメナはユウジの《水》を《氷》で凍てつかせることができる。


 ヒメナは水弾からこちらへ当たる軌道のものを正確に見抜いて、凍てつかせると同時に拳で砕いていく。

 ユウジの攻撃は防げる。

 しかし、数があまりにも多すぎる。いくら砕いても、弾雨が止む気配がない。

 もっと速く。もっと、もっと、もっと――!

 拳打の回転率を上げていく。一度近づきさえすればいいのだ。自分の距離にさえ持ち込めれば、一気に決められる。

 

 ――そこで、ヒメナは異変に気づいた。


(……これは……霧……?)


 少しずつ周囲が白く染まり、視界が悪くなっていく。《水》を高い《精密》で操れば、こういうことも出来るだろう。

 距離を取るための策だろうか。

 見失ってしまえば、相手から一方的に魔力反応頼りで――もしくは当てずっぽうで攻撃されてしまう。

 そうなれば遠距離で強いユウジがあまりにも優位。

 霧が視界を塞ぎ切る前に決めなければ。

 こちらへの射撃に加えて、同時に別の術式を行使しているからだろう、攻撃の手が僅かに緩まった。

 この機を逃すわけにはいかない。

 

「――セァァァッッ!!」


 

 ヒメナが吼える。高速の拳打で一気に迫る弾雨を全て跳ね除けて、ユウジへと肉薄していく。

 

 ――捕まえた。


 こちらの距離だ。


「これで……ッ!」


 ユウジを捕らえる右拳を放とうとした瞬間。

 違和感。

 振り抜こうとしたはずの右手が動かない。




 

 そこには――糸が。


(糸……? どうして……ハンター・ストリンガーは既に落ちているはず……いいや、違う……、これは元々仕掛けられて……! ……ああ、そういうことですか。霧は逃げるためではなく、糸を目立たせなくするために……!)


 ハンターは試合開始直後、姿を消していた。その間に仕掛けていたのだろう。

 しかし、罠にかかった後に全てを理解してももう遅い。





「……い、一対一ならわかりませんが――この場でなら負けませんよ」

 

 ユウジは抜刀の構え。


「――《蒼流一閃ヴォルテクス》ッ!」


 激烈な水流により加速した一閃が放たれる。


 だが――


(それなら、龍上キララの方が速かった――ッ!)


 ヒメナは即座に右足を振り上げて、ユウジの鞘を蹴飛ばした。

 狙いが狂って、一閃が空を切る。

 同時、ヒメナは左で蹴りを繰り出す。


「づ、ァ……っ!」


 咄嗟にガードするも、それに費やした右腕を折られた。

 直後、ヒメナの足元から樹木が伸びて、軸足にしていた右足を刈り取られる。

 体勢を崩した――かに見えたが、

 即座に蹴りに使っていた左足を着地させ、倒れない。そこからさらに一度体勢を戻して、再び蹴りを放とうとするが――、

 動かない。

 さらに別の糸が、足の動きを封じている。


(――今の樹木は、足を払って体勢を崩すためではなく、別の糸に誘導するために……!)




「――――二対一なら、負けられないです」



 一閃。

 右腕が折られたため、左手に持ち替えていた刀によってヒメナが斬り裂かれた。


 二対一。そう、先にやられてしまったとしても、今もハンターと一緒に戦っているのだ。

 これこそが、チームでの戦い。





『零堂選手が落ちた! これで龍上隊は3点目! 二つに分かれた戦局、その一方での決着がつきました! 制したのは水村選手! これで2対1となってしまう、蒼天院選手、絶体絶命!! 龍上隊、勝利は目前か!?』

 




 □





「……すみません、兄さん」


 負けた。勝てなかった。あそこは、なんとしても勝たなければいけなかったはずなのに。

 それなのに――


『いいや、後は任せておけ』


 セイハの声音には、未だに微塵も敗北の色はない。

 この絶体絶命の状況においてなお、彼は勝利を諦めてないというのだろうか。





 □


 零堂ヒメナが落ちた。これで残りは、セイハ一人。

 ユウジと連携すれば、確実に勝てる。

 もう、ここで勝負は決まったも同然のはず。


 ――それなのに。


「……さあ、ここからだな」


 短く息を吐いて、気を引き締めるセイハ。


(……こいつ……、)


 ミヅキは改めて目の前の男の強さを――そびえた壁の高さを実感した。

 諦めていない。

 どころか、本気で勝つつもりでいる。


「……ハッ、上等だ」



 あの男とは――常に挑み続ける彼とは正反対の強さ。

 君臨し続けた者の、挑戦者を歓迎する王者の気高さ。

 正反対ではあるが、関係ない。どんな種類の強さだろうが、いずれは全て自分が超える。





「――《蒼弾の氷拳ブルーブリットフィスト撃砕形態モードストライカー》」


 セイハのガントレットが、その姿を変えた。

 巨大なパイルバンカーが装着されたそれは、拳打の際に杭打ち機構の衝撃もそのまま拳に乗せ、さらに威力を高めることが可能だ。

 

 

 

 ゼキとの戦いで使っていなかったのは、あれを使う前に《開幕ライトアウト》を発動し、そしてその後魂装者アルムが壊れてしまったから。

 それでも、あれは《開幕ライトアウト》を非使用時においての切り札だろう。


 間違いなく、まともに食らえば一撃で落とされる。セイハはゼキと並んで、学生騎士内で最強の打撃を持っている。

 ――どう攻めるか。

 当然、拳の間合いに入れるのはまずい。

 ならば。

 ミヅキは大きく飛び退きながら、蛇腹剣をセイハへ伸ばした。

 扱う武器の特性上、近距離に強い相手を間合いに入れずに戦うのは得意分野だ。

 だが――セイハはパイルバンカーが装着されていない方の左手で伸びてきた蛇腹剣を掴み取った。手の内側に氷を張っているのだろう、思い切り握っているにも関わらず手が傷ついている様子はない。

 ならばとミヅキはセイハを引き倒そうと、蛇腹剣を急激に手前へ引く――が、動かない。

 単純な膂力ではセイハに劣っているということか。

 逆に蛇腹剣ごとミヅキが引き寄せられ――、


 杭打ちが装着された右が引き絞られる。


 まずい――そう思った時だった。

 

 セイハに水弾が殺到する。


「よかった……、間に合った……っ!」


「来たか、ユウジ」


 これで2対1、圧倒的に不利になったというのに、セイハの口元には笑みが浮かんでいた。




「水村、最後の仕事だ。連携して潰すぞ」


「うん、やろう……ッ!」


 

 二人が同時にセイハを攻めようとした瞬間――





「させると思うか」

 

 たん、とセイハが足で地面を叩いた。途端、ミヅキの足元から巨大な氷塊が激烈な勢いで飛び出す。

 それは、ミヅキを打ち据えてダメージを与えるためのものではなかった。

 巨大な氷は、ミヅキが立っていた地面ごと上空へ伸びて、彼の体を空中へ跳ね上げてしまった。

 

(……分断だな)

 

 させない。そう考えつつ、ミヅキは手近なところにあった街灯へ蛇腹剣を伸ばして、自身の体が吹き飛ばされないように繋ぎ止めることを狙うが――


 今度は目の前に巨大な青の魔法陣。

 そこから再び氷塊が飛び出し、ミヅキの体を遥か後方へと押し飛ばす。

 ――分断成功。


 そして、セイハがユウジへ迫る。


「……まだ……っ!」


 ユウジは諦めない。自分が持ちこたえれば、すぐにミヅキが戻ってくる。

 しかし。

 通じない。

 水弾も、樹木も、全て凍てつき、砕けていく。自分の持つ手札の全てが、蒼天院セイハには通用しない。


「《蒼流一閃ヴォルテクス》――ッ!」


 右腕が折れているため、左手による逆手の抜刀で一閃を放とうとするも――、






 ――抜けない。

 鞘と刀までもが凍てつき、抜刀一閃を放つことすらできない。






「まず一人。確かにお前達をまとめて相手にすれば俺は敗北するだろう。だからこそ、一人ずつ潰していこう」


 右拳が放たれる。

 咄嗟に樹木で盾を形成するも、セイハの拳は止まらない。盾をぶち抜き、なおも勢いは衰えず、一撃でユウジを粉砕してみせた。





『な、なんと蒼天院選手……最後の一人に追い込まれたというのに止まらない! 止まらない! 止まらない――っっ! 

 水村選手脱落! これで、蒼天院隊、龍上隊が共に3得点で並んだ! 勝負は隊長同士の一騎打ちに委ねられる! 蒼天院選手、このままひっくり返してしまうのでしょうか――――っっっ!?』





 □





「さあ、決着といこうか」

「……あァ」


 ミヅキが駆けつけた時には、既にユウジは落とされていた。

 いよいよ最後の勝負だ。

 もう他の隊員の援護は期待できない。


 ――だが、それでも。





「――《雷竜災牙アドヴェルサ八岐之大蛇オクタグラム》」






 剣祭の一回戦。ユウジとの戦いで見せた八つに分かれた刃による、高速八点同時斬撃。

 が――セイハはガントレットにより斬撃をガード。足りない分は、細かく分割した超硬度の氷壁によって防ぐ。

 高速同時斬撃でさえ見切り、ミヅキ程のパワーでさえ防ぎ切る防御力。

 自身の最高威力の技が防がれるも、ミヅキは怯まない。

 すぐに意識を切り替える。

 正面から切り崩せないのならばと、距離を取る。

 周囲の金属を切り裂き、磁力によって操ってセイハへと殺到させる。

 無論、この程度ではセイハの氷壁を破壊できないが、これは防御を破壊するのではなく、防ぎきれない程の量で押して、防壁の隙を突くのが狙いだ。

 それでも。

 通じない。

 周囲全てを凍てついて、磁力で飛ばす金属の『弾』を作り出すことから封じられた。

 既に地形に仕込んであったハンターの糸も、凍てつき砕かれては使用できない。

 そして、明確にミヅキが押され始める。

 ミヅキがどんな手段を講じてもセイハを崩すことはできず、少しずつセイハの攻撃がミヅキを捉え始める。

 致命的な一撃は入らずとも、完全に防ぎきれなかった打撃が、確実に彼を削っていった。

 右腕骨折、左腕骨折。

 これで両腕共に使用不可能。

 もはや蛇腹剣を振るうこともできない。

 蛇腹剣は消しておき、残った魂装者アルムは左手のガントレットのみ。

 腕が振るえずとも魂装者アルムを残すのは、魂装者アルムを身に着けていなければ扱える魔力が大幅に下がってしまうからだ。

 もう武器を振るえない。

 それでも、ミヅキはまだ諦めていないのだ。





 ――力の差はわかった。

 現状、未だセイハに実力で届いていない。

 いずれは超える。だがそれは今ではない――セイハが先程言っていた通りの結果。

 今回の設定も不利に働いただろう。

 ミヅキのようにな剣士タイプは基本的に一撃当てさえすればそれで決着なので、今回耐久値が低く設定されている恩恵が少ない。

 恩恵が大きいのは打撃中心のタイプだろう。耐久値が通常設定ならば、骨折まではしていなかったかもしれないのだから。

 だがそんな言い訳はどうでもいい。

 敗北。

 それだけが。その結果だけが、許しがたい。ミヅキを支配するのは、そんな単純な理屈だった。

 もう負けないと、誓っているから。

 それがどんな状況であろうとだ。




 ――それに、ユウジとハンターは駒としてしっかりと役割を果たした。

 それなのに。

 彼らを使う自分が不甲斐ないところを見せては、隊長としての失格だ。


 ――――まだ手はある。


 これが最後の攻防だ。

 正直この手は使いたくなかったが、それでも負けるよりずっとマシだ。


 ミヅキは左手のガントレットを一度消して、右手へ付け替える。

 そして、駆け出した。







 ――なにかある。

 セイハは油断せず、ミヅキを迎え撃つ。


 動かない右手を磁力と生体電流操作により強引に動かして、右拳を放つ。

 同じくセイハも右拳を放ち――激突――直後、激痛。折れた右手に走る痛み。痛みのレベルも引き下げられているものの、それでも元の痛みが膨大すぎるのだろう。引き下げられたものでも頭が焼き切れそうになる。

 そんな激痛の中で。

 

 ミヅキは最後の手札を切った。


 セイハと交錯した瞬間――磁力を操り、足元に落ちていた金属の刃をセイハへ突き刺す。


 あまりにも小さいそれは、セイハに突き刺さったところで大したダメージを見込めないはずだった。


 ――しかし。







「……が、ぁ、……あああああ…………っっ!」


 凄まじい痛みが、セイハを襲う。








「な……にを……?」


「面白くねえ小細工をさせてもらった。まあ、負けるよりマシなんでな」


 セイハの動きが止まった。

 その瞬間――ミヅキがさらに磁力を操り、周囲の鋭利な金属でセイハを取り囲む。





「今はテメェに敵わねえとしても、チームとしてならオレ達が上だったな」






 チームとしては。


 ――――『構わねえ。テメェの分の・・・・・・仕事は十分だ・・・・・・


 ミヅキはハンターが落ちた時にそう言っていた。

 それはハンターが落ちる前に見せた活躍や、試合開始直後に既に糸を仕掛け終わっていたことへの言葉ではあったが、それだけで全てではない。







 ――神経毒。

 かつてミヅキも苦しめられたそれを、ハンターは既にミヅキへ渡していたのだ。


 セイハへ突き立てた小さな金属片には、猛毒が仕込まれていた。


 ――――毒で動きが鈍ったセイハへ、大量の刃が突き立てられる。







『決まったぁぁぁぁ――――っっっ! 最後の一騎打ちを制したのは龍上選手!!

 これで龍上隊、4点目! さらにここで全てのチームを倒したため、龍上隊には生存点ボーナスが入ります! 龍上選手一人が生存しているため、さらに1点!

 合計5点で龍上隊が単独トップとなりましたっっ!!』






 □


 





 最終スコア



 1位 龍上隊  5点

 

 2位 蒼天院隊 3点

 2位 夜天隊  3点


 3位 風狩隊  1点






 得点詳細



 屍蝋アンナ +1/風狩ハヤテ アシスト1/真紅園ゼキ、脱落/風狩隊 1点


 夜天星刃 +1/翠竜寺ランザ アシスト1/風狩ハヤテ、脱落/夜天隊 1点


 龍上ミヅキ +1/水村ユウジ アシスト1/翠竜寺ランザ、脱落/龍上隊 1点


 零堂ヒメナ +1/蒼天院セイハ アシスト1/龍上キララ、脱落/蒼天院隊 1点


 灼堂ルミア +2/夜天星刃 アシスト1/屍蝋アンナ、ハンター・ストリンガー、脱落 夜天隊 3点


 零堂ヒメナ +2/蒼天院セイハ アシスト2/夜天星刃、脱落/蒼天院隊 2点


 龍上ミヅキ +2/水村ユウジ アシスト2/灼堂ルミア、脱落/龍上隊 2点


 水村ユウジ +1/アシスト なし/零堂ヒメナ、脱落/龍上隊 3点


 蒼天院セイハ +1/アシスト なし/水村ユウジ、脱落/蒼天院隊 3点


 龍上ミヅキ +3/アシスト なし/蒼天院セイハ、脱落/龍上隊 4点 生存ボーナスにより+1 計5点



 □





『さて、雷轟さん。いかがでしょう今の試合を振り返ってみて!』


『まあ結果を見りゃわかりやすいが……龍上ミヅキは単体でも戦えて、リーダーとしても上手くやれる器用なやつってのが大きかったなァ。

 水村もストリンガーも、エース級を落とすような活躍はしてないが、じゃあ活躍してないかっていうとまったくそんなことはねェ。とにかくサポートが上手いな。個々人のスキルが上手く噛み合ってこそいいチームだ。このへん他のチームはまだ磨く余地がある部分だな。

 

 その点じゃ夜天隊もよかったな。星刃は能力も性格もチーム戦向きなんじゃねェか。他を活かすのが上手い。連携は出来てるから、後は個人のスキルアップか。

 

 蒼天院隊は言うまでもなくまずゼキのアホがしっかり隊長の言うことを聞くことからだな。

 セイハは自分で戦っても強いが、他を活かすのもできてる。水村と並んで最多のアシスト2

だしな。

 

 風狩隊は、最初はよかったんだけどなァ……。ポテンシャルを活かしきれてねェって感じだな。屍蝋をもっと上手く使えてれば、確実に取れた点は変わってるはずだ。

 ……こんな感じでいいかァ?』


『はい、ありがとうございました!

 それでは皆さん、また大会の方で会いましょう!』





 □






「……やられたな。今回は文句なくミヅキが――いや、龍上隊が上手かった」


 悔しそうにそう漏らした後、どこか清々しい笑みを零すセイハ。



(常山の蛇、といったところか……文字通りだな)


 常山の蛇。孫子に出てくる隙のない兵法の例えだ。

 常山という山に住む率然という両頭の蛇は、首を撃てば尾が助け、尾を撃てば首が助け、胴を撃てば首と尾が助けたという。

 

 ミヅキという蛇を支える両頭――その片方の頭がユウジとハンターという訳だ。

 




「うう……すみません兄さん。水村くんを倒せませんでした」


「……0得点、0アシスト………………」


 肩を落とすヒメナと、未だにベッドにうつ伏せに――というか顔面をめり込ませているゼキ。

 二人を見て、またセイハが笑う。


「……俺にもミスはあった。全員まだまだということだな。この先の戦いに備えての課題は見えた。各々たっぷりと反省点を洗い出して、次に繋げよう。……ゼキ、お前は特にな」


「うるせえ……わかってらぁ…………」

「ゼキさん、今だけは歯向かう権利ないですよ」

「……ウィッス……」





 □





「うわっ、やべえガーたん大当たりじゃん、さすが~~~!!」

「でしょ~~~~~??? 当たったしガチャ奢ってよ」

「マジ?」



 

 ――『それはねー、まず龍上隊のネフィ――……じゃないや、ハンターが落ちたでしょ? でも、たぶんもうハンターは龍上ミヅキに前に試合で使ってた毒を渡してると思うんだよね』




 《人類最悪》すら罠にかけた経験を持つガウェインだ、この程度は簡単に予測がつく。


 ガウェインとしても友人のネフィラ――ハンターやアンナが楽しそうにしているところを見られたので、わざわざ見に来た価値があった試合だった。





 □




「さっすがダーリンっ! ワタシとダーリンのラブビクトリー!」


「うえー、くもおんなの『しる』が……さいあく……」


 ごしごしとハンターの制服にめるくが手を擦り付ける。

 ミヅキが使った毒は、最初は彼が握る野太刀――つまりは魂装者アルムであるめるくが変じた刀身に仕込んであった。それを分離させた小型の刃が決め手になった訳だ。

 

 人間形態へ戻った今、めるくの体のどこにも毒は付着していないのだが、どうやら精神的な問題のようだ。



「イェーイ、メルクチャンもナイスな活躍デシタネー!」


 自分の力が決め手になったことで上機嫌なのか、いつも以上に絡み方が鬱陶しかった。

 ハンターに頬ずりされて、めるくはほぼ無表情ながら、とてつもなく眉間にシワが寄っている。

 

「ごめん、龍上くん。最後、あっさり落とされちゃって」

「いいや、カバーできなかったオレも悪い」

「……しかし、やっぱりすごいね。ストリンガーさんの毒を使ったとはいえ、まさかセイハさんに勝っちゃうなんて……それに、こんな強敵揃いのチームの中で1位なんて……」

「……ハッ」


 感動でもしているのだろうか、震えるユウジを見てミヅキが短く笑う。




「……言ったろ、テメェらは使える駒だ」



 

 ミヅキには目的がある。

 無論、現状では何よりも優先されるのは、あの少年を叩き潰すことではあるが――その先の戦い。

 めるくに秘められた謎を解き明かすためにも、この世界の巨悪であるビクター・ゴールドスミスへ挑む際、自分一人ではどうにもならないだろう。

 その時に使える駒を見定めておく必要があった。

 結果は満足いくものだった。

 こいつらは使える。想定していた以上に。

 ハンターはそもそもビクター側である《工房》の所属だが、時が来るまでに裏切らせる算段はいくらでもつく。

 この先に待つ大きな戦い。

 そこで待ち構える巨大な敵に喉元へ突き立てるための牙が、水面下で静かにしかし確実に研がれていた。 




 

 

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