第19話 英雄の継承者
(…………なんか、妙な緊張感があるなぁ……)
二回戦を終えた翌日。
ジンヤが宿泊する部屋にて――彼は強張った面持ちで周囲を見渡す。
いつもならばリラックス出来るはずの場所はしかし、現在は様子が違っていた。
それもそのはず。理由は、現在この部屋にいる人物達にある。
まずジンヤの師である叢雲オロチ。
そしてジンヤの父であるライキの弟子だったという輝竜ユウヒ。
比較的珍しい二人だ。
オロチは付き合いはそれなりに長いが、普段気軽に会うような間柄でもない。
ユウヒと出会ったのはつい最近で、あれから何度か会ってはいるものの、未だに彼と接する際にはどこか背筋を伸ばさねばという気にさせられる。
ユウヒはオロチと以前――ライキが生きている頃に、彼の紹介で会っていたらしい。
そしてジンヤの親友である風狩ハヤテ。彼の恋人であり、ライカの友人である翠竜寺ナギ。
ジンヤの妹弟子である屍蝋アンナ、彼女の魂装者である花隠エイナ。
さらにジンヤの友人である龍上キララ。彼女の魂装者である氷谷ユキカ。
ここにジンヤとライカを加えて、合計十人。
ジンヤ、ユウヒ、ライカは椅子に座っているが、それでも部屋の椅子は全てだ。
オロチが二つあるベッドの内一つを占領し、残りの面々はもう一つのベッドに腰掛けている。
アンナは気を抜くとジンヤの膝の上へ向かおうとするので、ライカが拘束し、己の膝の上に封印していた。
集まった全員の共通点は、しいて言えばジンヤの関係者といったところか。
発端はオロチから話があると言われたことなのだが、その際に呼んでいたのはジンヤとユウヒの二人だけだ。残りの面々は本来必須ではないのだが、それでも聞いておくべきでもある、ということなので席を外してもらう必要はないらしい――とはユウヒの言。
部屋に漂う緊張感。その原因は、様々な理由が絡み合っている。
まずユウヒ。彼がアンナやハヤテへ向ける視線はどこか剣呑な色を含む。
それはハヤテとアンナがユウヒへ向けるものも同様。
アンナとユウヒの相性が悪いのは仕方がない。それは以前の一件でわかっていたことだ。
本来、同席するのも気まずい関係だ。
しかし、ユウヒとハヤテの間に流れる雰囲気が険悪なことには、ジンヤは少々首を傾げていた。
海で出会った時からそうなのだが、二人の仲は良好とは言えない。一応、挨拶くらいはしているはずだが、誰とでもすぐに打ち解けるハヤテが、ユウヒには気安く声をかけることがない。
ジンヤとしては、二人とも良き友人でありライバルなのだが、なにやら彼らにしかわからないものがあるらしい。
「大勢の前で話すことじゃねえんだが……まあいいか。どうせここにいるようなヤツなら知るべきことだしな」
オロチが部屋を見回しながら語り始めた。
「まずは念のために、前提を共有しとくぞ」
そう言って彼女は《英雄係数》、《主人公》、《開幕》についての軽い説明をする。
《英雄係数》。
未だどう変動するのか謎に包まれてる部分が多いそれが基準値に達した騎士を《主人公》と呼ぶ。そして、《主人公》の中でも限られた条件を満たしたものは、《開幕》と呼ばれる領域に至る。
今更この事実を知った者などいない。
アンナが《開幕》に至った時点で、ジンヤ、ハヤテはオロチからこの話は聞かされていたし、ユウヒは以前から知っていたようだ。
キララもジンヤ対アンナの試合後、アンナから《開幕》などについて聞いていた。
「……《主人公》ってAランクじゃないとダメなんでしたっけ? ならなんで兄貴は《開幕》っての使わないんだろ? ……温存?」
以前海で集まった際にオロチと面識を持っていたキララが、物怖じせずに質問した。
「さあな。別にAランクだからって《主人公》だとは限らねーし、《主人公》だとしても《開幕》が使えるとも限らない。龍上ミヅキが《開幕》を使えなくても不思議じゃねえ――というか、今回の大会がおかしすぎるんだよ。本来、学生で《開幕》に至るなんてのはありえねえ」
屍蝋アンナ、黒宮トキヤ、夜天セイバ、真紅園ゼキ、蒼天院セイハ。
セイハは学生でありながら《八部衆》の一人という規格外だ。だが、セイハ一人でも異常だというのに、そこへさらに四人。
加えて――
「輝竜はどうなんだ?」
ハヤテがユウヒを睨む。
「……一応、使えると言ってもいいでしょう」
「……あん?」
何か引っかかる言い回しだった。
だが、これで六人。
ジンヤの推測になるが、赫世アグニとレヒト・ヴェルナーも、他の《主人公》と同等かそれ以上の力を持っていると思われる。なので《開幕》を使えるはずだ。
合計八人。
『学生で《開幕》を使えるのはおかしい』ということを踏まえると、『今回の大会はおかしすぎる』というオロチの言葉にも強い実感が伴ってくる。
「今回の大会がおかしい、ってのは覚えておいてくれ。それでだ……」
ここまでは前提。
ここからが本題。
「ジンヤ――どうしてオマエが《開幕》を使えないのか……今日はそれを伝えておく」
「……え?」
意外な言葉だった。
なぜ《開幕》を使えないのか。
ジンヤは、《主人公》という存在を知った時に、自分が《主人公》ではないことにあっさりと納得していた。
ずっとGランクとして生きてきて、そのことで悩み続けた彼だ。今更自分の才能がないことをどう形容されようが気にする段階ではない。
驚いたのは、こうして改まって語る程に何か理由があるということ。
ジンヤにしてみれば『才能がないから』の一言で済むことだったのだ。
「え、ちょ……は!? それって絶対なんですか? もう確定? この先もずっと?」
キララが焦って口を挟む。
ジンヤが受け入れてることでも、キララにとっては信じられないことだった。
彼女からしてみれば、《主人公》と呼ばれる者達と、ジンヤやミヅキの明確な区別などつかない。
全員等しく強者だ。だというのに、どういう訳かその強者達の中に理解の及ばぬ区別があるという。
「どうだろうな……。さっきから曖昧な返事ばっかでわりいが、《英雄係数》ってのは未だによくわからねーことが多いんだ。『今回の大会はおかしい』ってことはわかるが、その原因がよくわかってねえように、他にもわからないことだらけだ」
ばつが悪そうに語るオロチ。彼女にしても、不明瞭なことを語らなければいけない歯がゆさはあるのだろう。
彼女程の騎士ですら詳細なことがわからないのだから、キララからすれば雲をつかむような話になるのは仕方がない。
「《係数》が高い者程、他者の《係数》を感じ取れるようになるんだ。で、アタシもまあ《開幕》を使えるくらいにゃ高いんだが……この場にいる人間で《係数》を感じるのはアンナ、ハヤテ、ユウヒだけだ。龍上の嬢ちゃんとジンヤからは《係数》は感じねえな」
「マジっすかあ……」
露骨にショックを受けた表情を見せるキララ。
「アタシの知る限りじゃ、Bランク以下で《開幕》を使えるヤツはいないな……」
「……。マジ……っすかあ……。そっかあ~……」
「……え? ララ、そんだけ? もっと落ち込まない?」
「……まー、別に? だってジンジンだって別に落ち込んでないじゃん?」
ユキカの問いに、あっさりと答える。
キララは口元に笑みを浮かべつつ、ジンヤに目配せ。
「そうだね。正直羨ましいのはあるけど、言い始めたらキリがないよ。ないものねだりはしないって決めてるから」
ジンヤがもし『それ』をしてしまうのならば、真っ先にせめて少しでも魔力が多ければ、少しでも『拡散』の項目が高ければと考えてしまう。
――だが、とっくの昔にそんな考えは捨てた。
自分の弱さを才能のせいにしない。
――――「――強く産んであげられなくて、ごめんね……」
かつて母に言わせてしまった言葉。
刃堂ジンヤが生涯するであろう後悔。
絶対に己の弱さを才能のせいにはせず、他者の才能を妬むこともしない理由。
「……続けてもいいか?」
「どうぞ」
「あっ、すいません。お願いシマス……っ」
オロチの言葉にジンヤとキララが頷く。
「で、どうしてジンヤが《開幕》を使えないのかだが……まず単純にランクの問題、これが有力だが、これだけなのかはわからねえ。もし別の理由があるとすれば、ってのがあるんだが……そこで関わってくるのがライキさんだ」
「……父さんが?」
刃堂ライキ。
ジンヤの父で、ジンヤとは才能に溢れた騎士だった男だ。
「ランク――というか、才能ははある程度遺伝する。同じように、《係数》も遺伝すると考えられてる。まあこれは要するに、ランクが高いヤツは《係数》も高いってだけの話だから何も不思議はねえな。少しややこしいのが、《英雄係数》ってのは、ランクだけで決まるって訳でもないってことだ」
ランクのみで決まるのならば、龍上ミヅキや斎条サイカはもっと高い《係数》でなければおかしい。
高い《英雄係数》を持つ存在――つまりは《主人公》というのは、その名の通り『主人公らしい存在』だ。
では、主人公らしさとは何か。
――《主人公》の特徴として、親が偉大な人物というものがある。
これは、親の優秀な素質を受け継いでいる、というだけでなく、その親に育てられることや、親によって作られる環境、親の持つ因縁など、様々な要素において『親』が持つ影響は大きいということ原因なのだろう。
ここで浮かび上がる疑問。
刃堂ライキは偉大な人物であるというのに、なぜ刃堂ジンヤは《主人公》ではないのか?
ライキは生前、現在国内最強の騎士である天導セイガのライバルだった。
その息子であるジンヤが《主人公》でないことは、本来ならばおかしいのだ。
ジンヤはライキの才能を受け継げでいないから。
それが原因なのはわかるが、親の影響は遺伝的要素だけに留まらない。
ユウヒの《係数》が高いことからも分かる通り、《係数》を受け継ぐ『親子』というのは、『育ての親』でも成立するのだ。
ユウヒの《係数》に関しては、ライキの影響が大きいと推測されている。
ジンヤはライキから《係数》を受け継げず、ユウヒは受け継いでいる。
つまり、こうは考えられないだろうか。
――ジンヤが本来受け継ぐはずだった分の《係数》まで、全てユウヒが受け継いでいるのではないだろうか、と。
□
「……ボクが今ここにいるのは、そういうことです――ジンヤくん、ずっと黙っていてすみませんでした。……ボクは、キミが得るべきものを奪い取ってしまっているかもしれないんです」
ユウヒの告白。
それに対して一番最初に反応したのは――、
「んだよそれ……ッ、謝って済む話か!?」
「……ハヤテ!」
頭を下げるユウヒに掴みかかる勢いで立ち上がるハヤテ――ジンヤはすぐに、親友を制した。
「……僕は、別に謝られることなんて何もないと思ってるよ」
「でもよ……っ、いいのかよ? こいつさえいなきゃ、ジンヤはもっと強くなれるってことじゃねえのか? だいたいなんなんだよその《英雄係数》ってのは……意味わかんねえよ。生まれがどうとか、そんなもんどうでもいいだろ? なんでそんなわけわかんねえもんに、ジンヤを馬鹿にされねえといけねえんだよッ!?」
ハヤテは罪桐ユウに直接会ってはいないが、彼がジンヤに言ったことは聞いている。
そして、ジンヤは《開幕》ができないという事実。
《主人公》になれないという事実。
その原因が、ユウヒにあるという可能性。
やり場のない苛立ちにより、荒々しい声を発してしまう。
全てがユウヒのせいではないことくらい、彼だってわかっている。
それでも――誰かのせいではないとすれば、一体どこへ怒りをぶつければいいのだろうか。
まるでこの世界の法則そのものがジンヤを否定するような事実の数々。
理解を超える現実。
理解を拒絶したくなるような真実。
ジンヤは最初からそれらの事実に対してまるで憤りを見せていない。
最初から全て受け入れてしまっているようだった。
そのことも、ハヤテにとっては苛立ちを加速させる一因だ。
「ふざけんじゃねえよ……奪ったってんなら返せよ……おかしいだろうが……オレが《主人公》とかいうので、ジンヤはそうじゃねえ? んな馬鹿な話あってたまるかよ、クソったれが……!」
誰に。どこに。どう怒りをぶつけていいのか――扱いのわからない怒りだけが蓄積されていく。
ユウヒへの怒りだって、ほとんど八つ当たりに近い。
理解していながら、そんな真似をしてしまう程に、ハヤテにとって、ジンヤの現状は許しがたいものだった。
ジンヤがあまりに物分りの良い顔をしているから、余計に怒りが湧いてくるのかもしれない。
彼の代わりに怒ったところで、そんなことはジンヤが望むべくもないこともわかっているのに。
「……僕のために怒ってくれるのはありがとう。……でも、言ってもしょうがないさ。《係数》っていうのは、簡単に人に渡せるものでもないんでしょ?」
「……簡単ではありませんが、それでも変動させる方法はあります」
「……え?」
「ボクからしたかったのは……謝罪と、そして提案です――ジンヤくん……、可能性は極小かもしれませんが、それでも《開幕》を手に入れるための方法を試してみませんか?」
予期せぬ言葉を告げられ、大きく目を見開くジンヤ。
「僕としては出来なくて当然だったんだ……もしも出来るのなら、それがどれだけ極小だとしても、賭けるだけの価値はあると思う」
これから先の相手は恐らく全員が《開幕》を使ってくる。
もしも習得することさえ出来れば、優勝という夢に大きく近づけるはずだ。
「なんだよ……そんなもんあんなら、オレがキレてんの馬鹿みてえじゃねえか?」
「いえ……ボクも少しは気が楽になりました。ジンヤくんは、少しも責めてくれませんから」
「で、オレに手伝えることは?」
「当然あります。……ここにいる方々には、ジンヤくんの修行と、それからもう一つ、別のこと……といっても、これもジンヤくんのためなんですが、協力して欲しいことがあるんです」
次の試合までに残された時間は多くはない。
こうして――さっそくジンヤの《開幕》習得のための修行が始まった。
□
それから、現在地であるホテルから付近にある騎士が訓練を行える施設へ移動する最中の出来事。
「……悪かった。お前だって、好きでそうなってる訳じゃねえんだよな」
ハヤテはユウヒに素直に頭を下げた。ユウヒがした提案。わざわざ敵になるかもしれない相手のためにそこまでするのは、彼も本当にジンヤのためを思っているのだろう。
ハヤテはユウヒに対し、少々複雑な想いがあるのだが――それでも、そこだけは認めることにした。
だからこその謝罪だった。
「……いえ。先程も言いましたが風狩くんの存在には助けられました」
「ハヤテで構わねえよ」
「では、ハヤテくんで。ボクも下の名前で構いませんよ」
「んじゃユウヒ。……そういや気になってたんだけどよ……お前、なんでいつも魂装者を武装化させてんだ?」
「……ええと、これは……」
以前ならば『人間形態になるのを好まない』というような言い訳で躱したところだが、事情が少し変わってしまった。
もし今そんなことを言えば、彼女が――。
ユウヒがどうしたものかと考えている最中のことだった。
「そうよ、ユウヒ。ずっと武器に押し込められていたら退屈だわ」
そう言って、ユウヒが背負っていた刀が突然人間形態へ変化。
現れたのは、真っ白い髪の少女。少女はかなり頼りない薄手のネグリジェだった。往来でするにはあまりにも問題のある格好だった。
「……お前の魂装者、ずいぶんちっちゃい子だったんだな。っつーか、なんつー格好させてんだ? お前まさかそういう趣味が……」
「――ハヤテ、キミは今間違いなく大いなる勘違いをしている」
「ふふ、そうよ。わたしのご主人様は、わたしの未発達な体や、わたしの服装の露出度に並々ならぬ拘りがあるという、少しばかり救えない癖があるのよ」
「うわ。お前…………。なあ~~~~! ジンヤ――――っっ!」
ハヤテはユウヒに怪訝の視線を向けたかと思えば、すぐさま後方を歩いているジンヤを呼びに走った。
「なッッッッ!? おい、待て、待てハヤテ! なんだその判断の早さは!?」
「……ふふふ、よかったわねユウヒ、楽しいお友達が増えて」
不本意な勘違いをされた上に、それをジンヤへ知らされそうになって本気で焦るユウヒ。
それを見て楽しげに笑う白髪の少女、リンドウ。
ユウヒは彼女を表に出せば、すぐにこのような目に合うだろうと予測し、それを恐れてずっと武装化させていたのだ。
――だが、リンドウは勝手に武装化を解いた上に、恐れていた事態を引き起こしてしまった。
本当に、つくづくとんでもない少女だ――そう思いつつ、ユウヒは頭を抱えながら、必死にハヤテを追うのだった。




